暗躍する請負人の憂鬱    作:トラジマ探偵社

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第33話

 時はさかのぼり。

 

「樫和の盆暗から一人引き抜きたい奴がいる」

「誰ですか?」

「名前を十六夜夜子という。貴様の妹じゃ」

「妹ですか。妹とやらを開発していたとは、一人だけだと戦力的というか安全面で心許ないので作りたがる気持ちは理解できなくもないですね。引き抜くにしたって九校戦にボディーガードとして入るだけでは現れてくれないと思いますし、そう簡単に渡してくれるんですかね」

「彼奴は貴様が表舞台に出ようとすれば殺しに向かうだろう。貴様には花になって貰う。遠山つかさがいるから、気取られないように用心しておけ」

「分かりました。では、この件に際して俺は自分自身に暗示と洗脳を施して内心では閣下とは敵対的立場とさせていただきます」

「……姫殿下対策か」

「あの方は良くも悪くも派閥の長で、何より優しすぎます。しかし、露骨にやれば樫和派も黙ってないと思われますが……」

「貴様が預かれ。最良はこちら側に引き込むことだが、どうせ姫殿下の手前があるからお前が預かればどこにも角が立たん」

「分かりました。しかし、普通に考えるなら俺を殺すために開発した十六夜夜子を引き込んで大丈夫ですか?」

「ただの人間に勝てない貴様に魔法師なんぞ必要ない」

「…………」

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 後夜祭が終わった後、自分自身にかけられている洗脳や暗示が解除され、同時に弄った記憶が戻った。

 

 でっち上げた依頼を遂行しようとしていたから、自分を取り戻せたのは幸いだった。といっても、殆ど変わることなく頭の回転率が良くなるのと魔法力に制限があった状態が無くなり、皇悠の考えに共感するようにしていた事が無くなるといったところか。そんな事をしたのは無論、嘘発見器みたいな人外に全身突っ込んで浸ってる嘘が通じない皇悠への対策だ。直感的に解るのだから、演技も嘘も通じない。

 

 対策は初めから演技や嘘をつかなければいいから、閣下からの命令が出た後にこっちで考えた三文芝居を実行させてもらえるようにお願いした。実際に皇悠と顔を合わせる俺は彼女が勘違いするように自分自身に暗示と洗脳を施して九校戦の日程が終える頃に解かれるように設定しておいた。奴が俺を目立たせようとしていたのは解っていたが、魔法力に関して変にテコ入れするとバレる危険性があるので何もしていない。結局、なんだかんだと俺も他の魔法師と同じように自己顕示欲があったという事なんだろう。同じ穴の狢というヤツで、静かにフェードアウトしよう。

 

 そんな事した理由はどっかで語った『皇悠の暗殺』などという自分たちの首を絞める行為ではなく、十六夜夜子を樫和派から引き離すことだ。かといって皇悠の駒にななられるのは困るし、閣下は私的な力を所有するのは方々に無用な警戒心を与えるので嫌がり、妥協案で俺が預かることで軟着陸することで……樫和のジジイも十六夜家も妥協する。恩義を売る形で交渉を有利に進めるためには十六夜夜子が皇悠を襲撃して負傷させなきゃいけないワケで、それは『何も知らない』状態にされている俺が皇悠を全力で守って奴を殺してしまわないようにもしなければならず、四葉の壬生さん襲撃未遂は渡りに船だった。事前に恐らく閣下の差し金だと思われ、俺がいないのは僥倖だった。残る問題は遠山つかさが全力で守らないようにする事と陸軍や十師族が皇悠を見捨てさせる事だが……陸軍や十師族はどうせ何もしないので無視して、遠山つかさに関しては変にテコ入れすると言い逃れできないので十六夜夜子に頑張ってもらうしかなかった。ただし、こんな作戦を実行すれば、やらかし具合は最悪な部類に入って方々に迷惑をかけたのは言うまでもなく、辻褄合わせと火消しに閣下の協力を得るために成人したら飲もうと集めていた年代物のワインを手放す羽目になった。

 

 そもそも論として皇悠に事情を話せば協力してくれると思うのだけど、ほぼ確実に遠山つかさに知られ、彼女がまだ繋がっている樫和派に知られ、別の奴が投入される可能性がある。十六夜夜子は俺を訳のわからん理由で殺したがっていたから、どこかで襲撃が遭ったのだと思われるが確実性が欲しかった。顧傑のテロとか天狗少佐が拘束してくるなんて想定外だったけど、固有魔法が白日の下に晒されるという事態は避けられている。九島烈はともかく、藤林響子は軍人でもあるので陸軍の面倒な奴らに知られて連鎖的に他の十師族に知られる恐れがある。既に目をつけられているだろうけど、戦うような依頼は請け負ってないし今後はほとぼりが冷めるまで静かにしてよう。過度なストレスを抱えたようだが、そこら辺の情動を一時的に消しておけば、何とかなる。今までもそうしてきたし、大丈夫だろう。

 

 わざわざ偽の依頼をでっち上げ、自分の行動を捻じ曲げて存在を衆目に晒して悪目立ちさせた結果、得たものは一人の少女の自由だった。皇悠は俺が臆病者だの覚悟がないだの勘違いしているが、俺の問題は請負人事務所が立ち上がった時点で解決している。当然、そんな事を皇悠は勘付いていない。

 

 そこまで考えていたところで、携帯端末にメールが届く。皇悠からで、一時的に十六夜夜子を預かるという旨と俺に彼女を預けるとあった。皇悠はあくまで象徴であり、自由に動かす力を得るのは誰も望んじゃいない。

 

 計算通り。携帯端末を仕舞う。

 

「誰かからの連絡か?」

 

 一条がポテチを食べながら、目線だけを向けて訊いてくる。

 

「姫殿下からのメールだ。ちょっとした仕事だよ」

 

 仕事内容に関しては秘密だ。そういう取り決めだから、という事で納得してもらう。

 

 狭くもなく広くもない部屋に野郎が集合し、各々が持ち寄った菓子とジュースが広げられていた。三高の九校戦に出場した一年男子のみの集まりで、今は打ち上げの最中だ。

 

 思春期の野郎が考えている事は単純で、皇悠の名前を出したら一人がとんでもない事を口にする。

 

「姫殿下って綺麗だよなー。あと胸も大きい」

「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花って姫殿下のためにある言葉だな。一高の司波深雪って娘とは別の魅力があるよな」

「それよりも、僕はあのおみ足に踏まれたいね」

 

 不純から始まり、最後は妄言という前世でどんな業を積んできたのか心配になる輩がいた。檻の中に入ってろ、淫獣め。

 

 しかし、彼らの言い分も理解できなくもない。皇悠は見た目は完璧だ。これで男勝りな言動をしたり、人外に両足を突っ込んでたりしなければ完璧だが……天は二物を与えずというのは皇悠のためにあるような言葉だ。

 

「志村もあんな美人の近くにいたら、そりゃあ他の女なんか目に入らないよな」

 

 え、あんなのを異性として見るとか天地がひっくり返っても有り得ないだろう。ガワだけは完璧だけど、中身はゴリラじゃん。その内、目からビーム出すんじゃないか? 

 

 そんな事は言えないから、単純に俺の性癖をカミングアウトした方が早いか。

 

「俺は黒髪ロングは好きじゃない。金髪巨乳がいい。性格は痴女っぽいとポイントが高いな。見た目だけじゃ駄目なんだよ。滲み出るエロさが必要なんだ」

 

 ドン引きされた。

 

「それなんてエロゲー? 現実を見ろよ」

「それはお前らにも当てはまることだろ。ドMとかロリコンとか前世でどんな業を背負って生まれてきたんだよって言いたい奴がいるな」

「失礼な。僕はロリコンじゃないよ!」

 

 吉祥寺を流し見したから、即座に否定してきた。吉祥寺のロリコン疑惑はあくまで噂である。というのも、一条家から家族も同然の扱いを受ける彼は、一条の妹から熱烈なアプローチを受けていた。休日にデートしていると思われる様子が散見され、噂が独り歩きしてロリコン疑惑が浮上したのだ。しかし、彼の名誉の為を思って発言するけど、吉祥寺と一条の妹は3歳差であり、もし吉祥寺が23になれば、件の一条の妹は20という具合でロリコン問題は消えるのだ。他の幼女を微笑ましく見ることはあってもアウトな目をしてないことから、彼はロリコンではないことが窺える。たぶん。

 

 ちなみにドMに関しては事実なので否定してこなかった。

 

「僕よりも、今更だけど志村に妹がいたのは初めて知ったんだけど。しかも、あの十六夜家に養子に入ってるとか何でもっと早くに言わなかったの?」

「ちょっと家庭環境が複雑なんだから、言える訳ないだろ。それに十六夜家っていえば十師族批判してる家だから、変に拗れるのは嫌だったんだ。そんな事より、吉祥寺はまさかうちの妹に懸想してるのか?」 

「そんなワケないよ。代表して聞いてるだけだよ」

 

 気になるとか言われても、見た目は良いから騙されてる輩は多いだろうな。同い年だし、どうせ高校に通ってないのは分かっているから三高に突っ込む予定なので狙う輩は多いだろう。紹介してくれなんて頼まれても、気に入らない相手は蜂の巣にする性格なので覚悟はしておいた方がいい。言わないけど。

 

 今は火消しに専念しなければならない。今回のなんちゃって暗躍で俺は目立ち、俺が実力を隠している疑惑を与えたのは言うまでもなく、余計に目を付けられてしまった。七草と四葉の遺伝子の掛け合わせで生まれた人間だと知られると、確実に面倒で厄介な事に巻き込まれるだろう。

 

「早くに言わなかったのは、単純に俺の立場が曖昧だったからだよ。妹が十六夜家の養子であるけど、俺自身は十六夜家と関わりというか繋がりが無いんだ。関係ないのに十六夜家の関係者だなんてあちらも困るし、俺だって困るから言わなかったんだ」

 

 まあ、事実である。閣下に教えられる前まで知らなかったからな。九重八雲から教えられたのは辻褄合わせの側面が強く、皇悠に不審を抱かせないようにするために予め頼んでいたのだ。演技していたのは閣下と九重八雲で、本心をでっち上げて俺は道化になっていた。

 

 俺の事は知りたいことは知れたし、誰が良いだの悪いだの話したところで残るは話題が上らないように存在感を消していた一条の恋愛模様に移った。

 

「一条はあの司波さんとはどうなったんだ?」

 

 一条はちょうどオレンジジュースを飲んでいたところでもあり、口に含んだものを吹きそうになり、寸でのところで耐えて飲み込むも顔を赤くして訊いてきた野郎を睨む。

 

「お、俺は別に司波さんとは何もなかったからな!」

 

 大声でそんな悲しい事を言わなくてもいいのに。

 

「なあ、吉祥寺。一条がツンデレ化してるんだけど、このままだと何もなくて終わりそうだよな。ああいう美人って既に思い人がいるか、既に婚約者がいるの二択だろうし、一条が入り込む余地が無いのは明白でも横から掻っ攫う気概は見せてほしいところだよ」

「前から思ってたけど、志村ってナチュラルに酷いこと言うよね。いくら事実でも、言っちゃうと将輝のメンタルがボロボロになるから言わないであげて」

「いや、ジョージも何気に酷いからな」

 

 だが、実際問題として四葉家が一条家とくっつく可能性はゼロだろう。司波深雪は完全に実兄を恋愛対象として見ていて誰も見ていないから、一条には今までの受動的な姿勢は改めて能動的に行動しないと意識すらしてもらえないのだけど、主体性が無いというか、本気で司波深雪が好きなら何かしらの行動をするのは当然で、相手から来るのを待っているだけなのは本気で彼女が好きなのか疑問だ。まあ、好きだの嫌いだの人間の感情は一言で表せない複雑で、一条の恋愛感情がどういった思いから抱くに至ったか不明瞭であることから、応援だの何だのが難しい。

 

 そうして消灯時間に差し掛かった頃だった。

 

 ──―ビー!! ビー!! 

 

 警告音が鳴り響いたのだ。

 

「敵襲か……!」

 

 尚武の三高と呼ばれるだけあり、1年生ながらにして実戦を想定した実習をしていることから、すぐに身構えて警戒態勢に入る。

 

 しかし、

 

「俺の携帯端末の音だから、そんなに警戒しなくても大丈夫だ」

 

 杞憂だった。

 

「紛らわしいことするなよ」

 

 将輝が代表して怒り、一気に白けた雰囲気になった我ら三高諸君は片付けを始める。

 

「ちょっとトイレに行ってくる」

 

 俺はさり気なく部屋を出て行き、携帯端末に映し出された座標を確認する。

 

 警告音は緊急事態が発生した際に鳴らせるようにしていたもので、発信相手は根暗ちゃんということは馬鹿な俺がスケープゴートにしたばっかりに軍あるいは十師族に襲撃されて逃げている最中なんだろう。

 

 彼女が持つ情報は何もない。どんな状況下であろうと俺に関する情報を流さないように情報精神構造を変えているから、ここで見殺しにしたところで情報漏洩は無い。安全策を取るなら、このまま見捨てるのが最適だろう。卑怯者なので、見捨てないにしても誰か代理人を立てないと怖くて表に出たくない。

 

 ていうか、動くのが早すぎて草しか生えない。魔法を使った八高の選手の確保に乗り出さず、対四葉向けの隠蔽工作によってスケープゴートに仕立て上げた根暗ちゃんへ襲撃を仕掛ける人間は、四葉しか有り得ない。逆説的に司波兄妹が動いているのだと証明され、その支援で天狗少佐及び所属部隊が動いているのだと思われる。既に捕捉されていたと思われ、未知の魔法を使って危険すぎるという判断が出たのだろう。要すれば、恐怖心から排除あるいは術式を手中に収める事に乗り出したと推測される。

 

 しかし、司波達也は春の一件も全部引っくるめて俺を下手人だと思っているから、襲撃するなら直接俺に仕掛ける筈だ。回り道してるが、まさか俺が助けに動くのを待っているのだろうか。根暗ちゃんには時間稼ぎと交渉用にダミーの術式を持たせているが、果たして間に合うか。

 

 罠なのは確実。しかし、無視は寝覚めが悪い。

 

 携帯端末に搭載してある発信機を利用して場所を特定しようと端末を確認……発信源が消えた!? 

 

 根暗ちゃんの携帯端末が破壊されたと仮定するならば、もはやお手上げだ。どうやって助ければいいんだろう。とりあえず、最後に確認された地点へ向かってみるか。

 

 背中に寒々しいものを感じながら、俺はトイレから出るのだった。

 

 

 




不定期更新になります。

最近、マブラヴがアニメ化されるので、それを題材にBETAやアメリカなどに反省を促すダンスをするネタを思いついたのだが、シリアスが消えてギャグにしかならんな。

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