最終Q前の
あと10分で試合も終わる。このしんどさと暑苦しさも少しの辛抱……。
そう思っていたら、ふと、誠凛側のベンチが視界に入った。
その時、火神が黒子に殴られた。
「はっ!?」
見間違いかと思って身を乗り出してしまった。
が、一瞬吹っ飛ばされた火神はすぐ立ち上がると、もの凄い剣幕で黒子に掴みかかる。あの体格差だ、黒子はあっさり胸倉を掴まれて宙吊りに近い状態になった。
いやいや何やってんだよあいつら!
しかも今度は火神が黒子を殴った。おい、放っておいていいのか。
「どうした雪野?」
「どうしたじゃないですよ、ほら、あれ! 止めないと!」
「……あ? 何だ、揉めてんのかよあいつら」
「……確かにあまり良くない雰囲気ではあるな。向こうの監督はどうしたんだ」
第3Qの疲労が勝っていたのか、思ったより先輩方の反応は薄い。宮地(兄)は苛立ったように眉をしかめ、こういった揉め事には手厳しい大坪主将も、誠凛側の様子を伺うのみだ。
高尾は乱闘がしっかりと視野に入っていたのか、「うわー黒子の奴やるー」と引いたような感想を漏らしていた。緑間は何も言わない。
……百歩譲って主将や高尾がこういう反応になるのは分かるけど、緑間、お前はもうちょっと関心持てよ。元チームメイトが殴られてんだぞ。
「落ち着きなさい。あちらさんの事はあちらさんに任せておこう。
試合はまだ終わってない、さっきの10番の勢いには大分追い込まれた。気を引き締めてかかるぞ」
ざわつき出した俺達を鎮めるように、監督が言った。
いつも通りの気の抜けた口調だが、その言葉で弛みかけた緊張感がまた張りつめた。
今のスコアは(誠凛)45対63(秀徳)。
秀徳の18点リードで残すは第4Qのみ。
一見して何も問題無い展開に思えるが、主将も監督も手放しで喜んでいない。
原因は火神だ。
第3Qは誠凛じゃなく、火神一人に対して俺達全員が追い詰められかけた。
もしかして緑間がずっと口利いてねーのも、ブロックされたショックが抜けてないからか。
「確かにさっきはやられたけど、向こうもそろそろ限界なんじゃねーの?
あれだけでたらめに動いて持つのかよ」
「……そうだと思います。緑間君をブロックしようとした時、一度跳びかけて失敗していましたし」
宮地が投げかけた疑問に対して答えた。
第3Qが終わる直前、火神は跳躍しようとして明らかに不自然な動きで固まっていた。
誠凛側のベンチの様子を伺うと、未だに揉めているのか騒がしい。
こんだけ騒ぎになってるのにあっちの監督は何してんだよ。
まともな大人が監督だったら、火神にこれ以上無茶な走り方させる事はあり得ない。
誠凛はパスワークの要だった黒子を、何でか途中でベンチに下げてるし、4番の3Pも結構入ってたけど緑間の命中率とじゃ比較にならない。後はただ、最終時間を消化するだけだ。
「そうだろうね、彼は無茶し過ぎだ。これ以上差が詰まる事は無い。
……向こうが何か手を打つとしたら、やはり11番を投入してくるだろう」
「黒子は必ず出ます。あいつは、ここで大人しくしているような男ではないのだよ」
今まで黙っていた緑間がいつになく断言した。
本当にこいつは黒子の事は素直に褒めるよな……。確かにあの手品みたいに出たり消えたりするパスはすげーけど、その一欠けらくらいの評価を火神にも向けてやれよ、とも思う。
俺が知る限り、緑間はシュートを外すどころか、シュートモーションに入ってから止めた奴なんて一人もいなかったんだから。
「まっ、あいつが出てきたって逃がさねースよ。俺の
「うん、高尾は11番のマーク、雪野は10番につけ。大坪も宮地も積極的に攻めろ、決め手には緑間で行く」
「えっ!!?」
「あ? 何だよ、いきなり」
首筋をタオルで冷やしていたら、とんでもない采配が降って来た。
熱くなっていた頭が一気に冷める。右隣の宮地が俺の反応を胡乱げに見ているのが分かったけど、気にしていられなかった。
「え、監督、その……僕が10番につくんですか……? 緑間君じゃなくて?」
「緑間をフリーにする為だよ。
最終Qだから向こうも勝負をかけて挑んでくるかもしれない。10番の跳躍とバネは恐るべきものがあるが、お前なら防げるだろう」
マジかよ。
やんわりと言い渡された宣告に脳内が拒否反応を起こしていた所で、右からどつかれた。
「何嫌そうな顔してんだ。言っとくけど次やる気出さなかったら刺すからな」
と、宮地が黒い笑顔を隠さずに脅してくる。
脅迫しなきゃ喋れねーのか、この人は。
「別に嫌とは言ってないですけど……」
「だったらグダグダ言ってんじゃねーよコラ。あの一年坊主くらいお前だって跳べんだから、
「宮地、落ち着け。とにかく任せたぞ」
主将がやんわりと宥めてくれたおかげで、宮地の物騒な気配もしぶしぶ収まった。
別に出し惜しみしてるとかいう訳じゃねーけど、火神くらい高く跳ぶのは普通に疲れるし、後々で足に響くから試合ではそう使いたくなかった。
体格とか筋肉の差とかもあるんだろうが、10分であれだけ何度も飛び回れる火神が異常なんだよ。
「不要です。今の火神程度、俺一人で充分です」
「あぁ?」
と、話がまとまりかけていた所に、大人しくしていたエース様が乱入した。
宮地のこめかみに青筋が浮かぶ。
「おい木村、後で軽トラ貸せ。こいつ今日中に絶対轢くから」
「いいけど壊すなよ」
「あいつの体力はとっくに空に近い筈。ならば残り時間、俺の3Pでねじ伏せてやるまでです」
「それが無理だったからこういう話になってんだろーが!! んな事言って、てめえ万一ブロックされたらどうする気だ? あ?」
「そんな事はあり得ません」
頼むから俺を挟んで口喧嘩すんのは止めてくんねーか?
宮地の怒声は頭の芯まで響くから、耳元で叫ばれると普通に怖い。なのに緑間は機械みてーに同じトーンで返してるもんだから煽ってるように聞こえてくる。
おい、監督も見守ってねーで仲裁してくれよ。
「ぶはっ! さっすがエース様! 頼もし過ぎっしょ」
「うるさいぞ、高尾」
「……じゃあ緑間君、10番が仕掛けてきたら僕がフォローするから。それでいい?」
毎度ながら高尾がツボに入って脱線しかけたので、流石に言った。話が進まねーよ。
緑間が分かりやすく眉間に皺を寄せる。どんだけ人の手借りるのが嫌なんだよ……。
「不要だと言った筈ですが」
「念の為だよ。念の為。ボールは回すから……それに緑間君だって、中途半端な対策でやるなんて嫌じゃないの?」
「………………」
おい、沈黙は止めろ。
隣にいる短気な先輩を刺激したくねーんだから、何か言えって。
宮地からの圧力というか、視線が痛い。
「……緑間君?」
「あー雪野さん。一応、納得したみたいなんで大丈夫っスよ。ほら、こいつツンデレっすから」
どうしたらそんな好意的な解釈が出来るんだ。
そのツンデレ(?)本人は射殺しそうな目つきでお前の事睨んでるけど!?
こんな反応されて笑っていられる高尾が菩薩か何かに見えてきた。
「うん、話はまとまったようだね。残り10分だ、押し切れ」
俺達の心情がまとまったのかは非常に疑問だったが、その時、最後の対戦を知らせるビーブ音が響いた。
最終Q。
予想通り、誠凛側は黒子を出してきた。……火神に殴られたらしい左頬の跡が妙に気になる。
火神含めて他のメンバーの様子にもあんまり変化は無い。何があったか知らねーけど、さっきの揉め事は解決したらしい。
確かに(誠凛)45対63(秀徳)の点差、切り札を出し渋ってる状況じゃない。
まあ、あいつは高尾に任せておけばいい。俺がやんなきゃならねーのはこっちだ。
最初に、誠凛の眼鏡をかけた4番から火神にボールが渡った。
しかし火神は、突っ走らずに
ついさっきとは180度変わった火神のプレースタイルの方に驚かされて、ゴール下にいる主将も一瞬手出しが遅れた。
ほんの数分前まで、ボール取らなきゃ死ぬ動物みたいな感じになってたのに、別人みたいに落ち着いてる。……黒子に殴られたおかげで、目が醒めたって事か?
まあ、火神の顔は黒子と違って、もう殴られた跡なんて消えてたけど。どんだけ非力なんだよ、あいつ……。
それでも、火神と真正面から対峙すると、こいつが疲れている様子は分かった。
疲れは俺達だって同じだけど、こいつに限っては脂汗が滝のように流れていて、前半ではあんなにギラギラ野蛮な光を放っていた目も陰っている。思わず溜息が出た。
「……だから無理するなって言ったのに」
「ああ?」
「その足、無理してるんでしょ? 意地張らないで交代しないと、二度とバスケ出来なくなるよ」
何でここまで体の限界を超えて頑張ろうとするのか。
自分がダメになったら何もかも終わりだろ。
「そんなもん知らねーよ。言っただろ、あんたにも緑間にも、勝つってよ」
火神は少し、笑って言った。不敵、と言えるような笑い方だった。
その底知れない空気に呑まれたのかもしれない。
火神は俺に出来た一瞬の隙をついて走り抜けた。
第3Qの様子から考えても足はとっくに限界──―そう思っていた為の、一瞬の遅れだった。
火神の狙いなんて最初から一つだ。
高尾からパスを渡され、緑間は既にシュートモーションに入っていた。あれを防ぐなら、さっき見せたような
けど火神みたいな単純な奴は、頭に血が上ると同じ動きしかしない。だから先も読みやすい。
すぐさま火神の正面に先回りして、行く手を阻む。これで緑間が決めれば勝ちだ。
その時、突然見えない壁にでもぶつかったように、動けなくなった。
一瞬の躊躇を火神は見逃さなかった。獣みたいな俊敏さで俺の隣を駆け抜けていく。
すぐ背後に薄水色の頭が見える。いつの間にか現れてスクリーンをかけた黒子だった。
「緑間君!」
咄嗟に叫んだ時と、緑間がシュートを放った瞬間は同時だった。
火神が跳躍し、打ち上げられかけたシュートを吹っ飛ばす。
3Pは天を飛ぶ事なく、コートに叩き落とされた。
誠凛のPG、伊月がこぼれたボールを瞬時にリリースする。
ボールはネットをくぐり、誠凛側に2点加算。観客から歓声が上がった。
「…………高尾君」
思わず背後を振り返ると、高尾と目が合った。
高尾もまた、あり得ないものを見たかのように硬直していた。
どうして黒子があんな所にいた?
高尾が見失った? いや、鷹の目の視野から外れるなんて出来る訳がない。
「……高尾君、何があった?」
「分からないです。……いつの間にか、黒子が俺の視界から消えてました」
高尾の傍に行って訊ねたが、呆然とした様子で首を振った。
しかし疑問が解決する間もなく、試合は進んだ。
再び伊月がパスを回す前に、火神に目線をやった。この状態の火神にパスなんて何考えてる。
相手が分かるなら先回りして止めればいい。すると高尾もパスコースを見抜いたのか、こちらへ駆けた。
その時、ふとコート上に現れたのは薄水色の頭。
黒子は火神に回されたパスを、滞空中に思い切りぶん殴った。
超加速されたボールは高尾の掌を弾き、俺のすぐ横を切り裂くように通り抜けた。
ボールは火神の手の中に。
ゴールまでディフェンスはいない。
「絶対に行かせん!!」
ゴール前に立ちはだかったのは緑間だ。
火神は飛び上がると、ゴールめがけて思い切り振りかぶった。
監督が
先程、火神が緑間を吹っ飛ばしてダンクシュートを決めてから、黒子の見えないパスと4番の3Pの合わせ技で誠凛は乗りに乗り、急激に点を詰めてきた。
16点差あったスコアが、今じゃ(誠凛)74対78(秀徳)の2ゴール差だ。残り時間は2分強。逆転の射程圏内だ。
つまり俺達は優勢から、一気に崖っぷちに立たされる事になった訳だ。
主将も宮地兄も、誰も口を開かない。息遣いを整える声がするばかりで、具体的な事は誰も切り出さなかった。
8分足らずで第3Qから戦況はひっくり返された。控えにいた同期の室田も金城も、補給を差し出す手が止まっている。
いつも騒音の8割くらいの大元になってる高尾が黙っているからか。やけに沈黙が重苦しい。見ると、本人は俯いていて様子は分からなかった。
「一体どうなってんだよ……なあ高尾、お前なら11番見失わないんじゃなかったのかよ」
「……すんません」
訊ねたのは室田だった。
気の強いこいつも、控えにいる時は滅多に口を挟んでこない。けど、この展開には黙っていられなかったらしい。高尾が、似合わない謝罪を口にする。
「室田君、落ち着いて。それを言っても仕方ないでしょう」
「そりゃそうだけどな、んな悠長な事言って……」
「──―恐らく11番は、高尾の「目」の特性を逆に利用して封じたんだろうね」
熱くなりかけた室田を抑えるように監督が言った。
その言葉に、高尾が顔を上げる。
「あの11番は、高尾がコート全体を見渡して自分を捉えている事を分かったんだろう。だからこそ、視線を避けるんじゃなく、あえて自分に引き付ける事で視野を狭めさせたか……」
成程、と俺はその分析に納得していた。
俺も他の全員も、高尾が黒子を捕捉している事に安心しきっていたけれど、それを逆手に取られたか。
「……けど、11番が動き回れるようになったんなら俺達じゃ止めようがねーぞ。
それに何なんだよ、さっきのふざけたパスは! おい緑間! お前知ってただろ!」
「あれは帝光中時代に、黒子が使っていた特殊なパスです。
普通なら「キセキの世代」しか取れないものですが」
苛立ちをこめて怒鳴った宮地に、緑間が機械的に説明した。
そういう事は早く言えよ。多分宮地も、他の上級生も思っただろうが、それを怒鳴る元気は無かった。
黒子のパスもふざけてるけど、それ以上に火神だ。
とっくに足は限界なんて超えてガタガタの筈。それなのにどうして引っ込まねーんだよ。
「流れは今、誠凛にある。気を抜けば、こちらがやられる状態だ」
監督の静かな声が耳に届いて、我に返った。
「残り2分、向こうは11番を中心にパスを回して攻めてくる。だが彼にばかり気を取られるな、10番があの状態である以上、
監督の視線を受けて、主将が僅かに首肯した。
火神の状態が最悪には変わらない。なら誠凛に残った手段は4番の3Pだけだ。そして同じ3Pなら、分があるのはこっちだ。
「こちらの攻撃は全て緑間で行く、3Pでねじ伏せろ」
最後のタイムアウト終了のビーブ音が鳴る。俺達は無言のままに、コートに散った。
僅差に追い込まれたこの状況、誠凛のペースに乗せられずに平静を保って、緑間の3Pで突き放せ、という事だ。
分かりやすい作戦で何よりだけど、気にかかる事があった。
宮地から緑間にボールが渡る。
すると緑間に渡る寸前で、突然ボールがカットされた。
「なっ!?」
手品のようにいきなり緑間の真横に現れたのは黒子だった。
宮地が驚いた声を上げる。
スティールされたボールは伊月に渡り、誠凛の4番、
けど、そんな易々とシュートされる訳にはいかない。
4番に渡る直前で、今度はこっちからスティールしてやった。
誠凛の4番が、眼鏡越しに俺を見たような気がした。
「緑間君!」
呼びつけて緑間にパスを渡す。
誠凛が一瞬の硬直に入った隙をつけた。そのまま緑間はシュート体制に入り、放った。秀徳に3点追加。
誠凛のベンチ側から落胆の声が聞こえる。
高尾の「鷹の目」が黒子を捉えきれなくなった以上、残り時間、あの見えない選手からどこまで守り切れるかが難題だ。確かにあの緑間が評価しているだけはある。少し気を抜くとスティールを仕掛けてくるから、下手にボールを維持できない。
けど、試合中ずっと接触していて分かってきた事もあった。
あいつはパスを中継してばかりで、自分からは決して得点しにいかない。自分が打った方がいいような位置でさえ、パスを回していた。緑間の3Pみたいに、パス専門! みたいな変なこだわりでもあるのか?
とにかく、それさえ分かれば、パスコースを見極めればいいんだから対処法はある。
試合は進む。
緑間が得点し、(誠凛)74対81(秀徳)になってからスコアは凍り付いた。
残り時間1分を切った状況で7点差。さっきの緑間の3Pは誠凛にとっては痛恨の失点だった。
それが分かるからこそ、俺達も誠凛のペースには乗らず慎重にボールを回す。こうなったら後は時間を稼いで終わらせてしまえばいい。
「伊月、くれっ!!」
誠凛の4番が叫んだ。
そんなあからさまで、ディフェンスしてくれって言ってるようなもんだろ。
だが俺はまた見えない壁に阻まれた。黒子が音も無くスクリーンを仕掛けてきた為に足は止まり、ボールは4番の手に渡る。そのまま3Pが入った。観客から歓声。
低い目線に薄水色のつむじが見える。存在感どころか生気も薄い癖に、絶妙に嫌なタイミングで壁になってくる。
すると顔を上げた黒子の首筋には、汗が流れていた。やっぱり幽霊じゃなくてちゃんと生きてんだな、なんて事を感じた。
「そう簡単には行かせません」
「……あっ、そう」
妙にイラついた。
得点された事も、こいつに俺の動き方を読まれた事も含めて。
(誠凛)77対81(秀徳)。 あと30秒弱。
主将が宮地に声をかけ、マークを代わる。
誠凛の4番に直接主将がマークについた。これで3P得点の芽は消えた。
伊月が手にしたボールを、今度は高尾が後方からカットした。
それをゴール下についていた宮地が受け取ったが、黒子がまたしてもスティールする。
誠凛のCが受け止め、そのままシュート体勢に入った。
だが火神程の跳躍じゃない、これなら取れる。
俺も跳びあがり、そのCの遥か上からスティールをしかけた時、ボールは強引にゴールに押し込まれた。
「っ!?」
体勢を崩しかけて、咄嗟にバランスを取って着地する。
目の前には、汗をびっしょりかいて、荒く息を吐く火神がいた。
カットする寸前だったボールを、突然現れたこいつが得点させたのだ。
俺は言葉が出なかった。
あの人間離れした超跳躍をもう二回もやって、どこにこんな体力が残ってんだ。
「何無茶してんだ!!」
伊月が叫ぶと、本人は「大丈夫っス」と小さく返事をする。
(誠凛)79対81(秀徳)。
あと20秒弱。
8番から伊月にボールが渡った。
4番のマークについていた大坪主将の背後に、いつの間にか陣取ったのは火神だ。スクリーンをかけて4番をマークから外す。
4番が駆け抜けたのは3Pラインから遥かに手前。フリーだ。
「────こっちだって、打たれちゃ困るよ」
4番の真正面に向き合ってディフェンスする。
このSGに絶対ボールは集めてくるから、反応する事は簡単だった。
──―そう言えば、去年もこうやって決勝リーグで対戦したんだっけ、とこんな時に記憶の断片を思い出した。
「これ以上借りはいらねーんだよ」
雰囲気に似合わず、4番が荒い言葉を返す。
4番が僅かに右に動いた。
ボールを持っているのは伊月。ディフェンスに徹すれば勝てる。
だが4番はいきなり大きく左に動いた。
3Pラインから更に離れてどうする気だ。
バシィッ! という音と共に、正面に掲げた両手に、次の瞬間にはボールが収まっていた。
振り向くと、薄水色の影がちらつく。
黒子が伊月からのパスルートを、掌底で変えたのだ。
「決めろ日向ぁ!!」
4番の3P。
ボールがネットをくぐる。一拍置いて、歓声が爆発した。
「……逆転!!?」
「マジだぜ、誠凛の逆転勝ちだ!!」
「うわああ信じらんねえ!! 残り数秒で誠凛が勝ったああ!!」
ギャラリーの大き過ぎる歓声が、何か遠いもののように聞こえた。
だからゴール下で高尾がボールを受け取った事も背景みたいに見えて、一瞬頭が追い付かなかった。
「勝ってねーよ、まだ!!」
高尾がロングパスを放った。
受け止めた相手は────緑間だ。
誠凛の奴等も、俺や主将達でさえ全員が虚をつかれた瞬間だった。
残り時間3秒足らず。
(誠凛)82対81(秀徳)。
緑間が、シュートモーションに入った。