黒と銀の巡る道   作:茉莉亜

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11.予選閉幕

 

 

 

 

 

 

 

 緑間がシュートモーションに入った。

 まともに反応出来ているのは、足を壊している火神だけ。これならいける、そう確信した。

 

 

「……嘘、だろ」

 

 

 次の瞬間、信じられないものを見ていた。

 ゴールめがけて高く上げられたボールに向かって、火神は再び跳んだのだ。俺も含めて、秀徳のスタメンは全員驚愕しただろう。

 あの跳躍の勢いなら、緑間のシュートはまたブロックされてしまう。

 

 ──―しかし、そのシュートは打たれなかった。

 

 火神のブロックは空振りに終わった。緑間が土壇場でフェイクを入れ、一度ボールを下げたのだ。コンマ数秒を争うこの状況で駆け引きを入れる精神力には、改めて感服する。

 そして間違いなく、今度こそフリーだ。

 体勢を崩されない限り、絶対に外さない3P。

 

「決めろ緑間ぁ!!」

 

 高尾も、主将達も、皆が叫んだ。

 最後のシュートが放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 試合終了を告げるブザーが鳴った。

 審判だけが高らかに合図をかける。

 観客からは歓声がまた爆発して、会場内が興奮と熱気に包まれた。

 

 誠凛のベンチの奴等が、お互い抱き合ったり叫んだりしてもみくちゃになっている様子が見える。マネージャーらしき女子生徒も、目元を拭っていた。

 

 俺はやけに頭が冷えたままで、周りの状況を眺めていた。

 主将も、宮地も、真っ先に何か騒ぐ高尾さえコートの上で何も言わず棒立ちになっている。緑間を見ると、その目は閉じられていて、いつも分かりにくい表情が尚更分からなかった。

 

 土壇場でフェイクまで仕込んだ緑間のシュートは、入らなかった。

 緑間の背後から現れた黒子が、シュート寸前でボールをカットした為だ。

 

 その黒子は、向こうの4番やスタメン達に頭を撫でられたり、背中を叩かれたりして乱暴な称賛を受けている。試合が終わった今になって、あの見えない五人目の選手は、コートの中央にはっきりと存在が見えていた。今更姿が見えていたって、もう遅い。

 俺達は整列の為に、重くなった足を引きずって並ぶ。

 

 

「82対81で、誠凛高校の勝ち!!」

 

 

 秀徳は負けた。

 つまりIH(インターハイ)への挑戦権──―この夏への大会もまた、ここで終わった。

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 

 決勝戦も終わり、予選リーグが正式に閉幕になった後、俺達はといえば散々だった。

 控室に引き上げてからも無言のままで、ベンチに入っていた同期の室田はスタメンの俺達より落ち込んでいるし、金城は涙声を抑えきれないでいるし、宮地(弟)の方が怒鳴るように慰めていたりで、全員の感情がバラバラになっているような雰囲気だった。

 

「……金城君、そんなに泣かれても困るから」

「うるせえなあ、泣いてねえよ…………」

 

 泣いてるだろ、どう見ても。

 頼むからこれ以上暗くするなよ。二年生が涙なんて流してたら、下級生にまで湿っぽさが伝染する。いつもなら、この辺りで宮地(兄)が真っ先に怒鳴っている筈なんだけど、口を引き結んだままで何も言ってこなかった。主将もだ。

 葬式みたいに暗い雰囲気になっていた所を、ぶった切るように一声放ったのは、やっぱりこいつだった。

 

「少し外に出てきます」

「おい!」

 

 室田が呼び止めたけど、緑間は無視して会場の外に行ってしまう。

 

「はんっ! 負けたってのに冷めたもんだぜ」

「……まさか。何も感じて無い筈ねえっスよ」

 

 心底忌々しそうに言った室田へ、静かに言ったのは高尾だった。

 でもその声は小さなものだったので、多分隣にいた俺しか拾えなかっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会場の外に出ると、台風が来たみてーな大雨になっていた。

 行きは快晴だったってのに、どこか遠くでは雷まで鳴っている。何だか、俺達の試合結果への嫌味のように思える天気だった。

 

 つーか、緑間はこの雨の中どこに行ったんだよ。

 監督も放ったらかしにしてるし、探しに来るこっちの身にもなってほしい。

 

 こんな天気になると思ってなかったから、傘なんて持っちゃいない。

 玄関口の傘立てに置き忘れてあったらしいビニール傘を適当に借りて、外に出た。思った以上に雨脚は強く、大量の雨粒がすぐに傘を濡らした。

 

 ……マジで緑間の奴、どこに行った!? 

 外に出てくるったって、その辺に居るだろうって思っていたけど、あの緑頭が全く見つからない。曇り空で視界が悪いから余計にだ。

 大体、こういうのは高尾の役回りなのに何やってんだよあいつも。

 

「…………あ」

 

 その時、見つけた。

 

 会場の正門の陰に隠れていたから、あのでかい図体が見えなかったらしい。

 しかも傘も差さずに銅像みたいに突っ立って延々と雨に打たれている。何がしたいんだあいつ。

 色々言いたい事はあったけど、とりあえず呼びに近付いた。

 

「緑間く──―」

 

 声は、最後までかけられなかった。

 

 見えたのは、涙だった。

 緑間が、泣いていた。

 

 いや──雨の滴が顔を流れただけかもしれない。

 でも、一瞬垣間見えた表情はそう思えた。

 あのいつも無表情で、無感情で、機械みたいに3Pを打つ事しか考えてない緑間が。

 

 こいつが今の自分を見られたくなくてこんな所に居たんだったら、尚更俺は行き場が無かった。

 中途半端に距離を空けて、緑間の後ろに佇む。

 すると視線で気付かれたのか、濡れ鼠になった緑間がゆっくり振り向いた。最初は死んだような無表情だったが、俺の存在を認識し始めると、みるみる目が見開かれていく。意外と考えてる事が顔に出るんだな、こいつも。

 

「……雪野さん、いつからそこに?」

「ほんの数分前からだけど……」

「………………」

 

 気まずい。

 ものすごい気まずい。

 

 流石に見てはいけない場面を見てしまった自覚はあるから、俺も藪蛇になるような事は言わない。……でも完全に墓穴掘ったよな。緑間がほとんど睨んできてるし。

 何も無かった事にして逃げてしまおうかと思った矢先に、どこからか携帯の電子音が鳴った。俺のは鞄に入れっぱなしだから違う。

 すると緑間の携帯だったらしく、ポケットから出して通話を押した。

 

『あ──―ミドリンひっさりぶり────―!! 

 ど──だった試合──―!? 勝った──―!? 負けた──―!? 

 あのね────こっちは』

 

 ブツッ、と間髪入れずに通話は途切れた。

 

 今の、何だよ。

 すげーテンション高い女の声がしたぞ。

 

 ぼんやり眺めていたら、また緑間の携帯が鳴り、続けて誰かと会話をし始めた。

 ここで聞いてていいものかと思ったけど、こいつを放ったらかしにしてく訳にもいかねーし、まあ内容なんてほとんど聞こえてねーしいいか。

 

「……そうだ、せいぜい決勝リーグでは気を付けるのだよ。青峰」

「ん?」

 

 数分にも満たない会話だったが、最近耳に入った名前が聞こえた。

 

「……アオミネって、もしかして桐皇の青峰?」

「そうですが、それが何か?」

「いや何も」

 

 声に棘があるような気がする。別に、覗き見するつもりはなかったんだけどな。

 青峰って言えば確か、今吉さんが言っていた、スカウトしたっていう「キセキの世代」だ。

 試合の後にわざわざ電話なんてかけてきたのか。

 どんな連中なのか俺も全然調べてねーけど、天才は天才同士のコミュニティみたいなものがあるのかもしれない。

 

「……とりあえず戻ろうよ。ここに居たままじゃ風邪引くし、先輩達も心配してたよ」

「俺の事は放っておいて下さい。戻るなら先に雪野さんだけでどうぞ」

「いや、そういう訳にもいかないから」

 

 滝行でもする気かよ。

 普段より五割増しはぶっきら棒に言い捨てられたが、この土砂降りの中に置き去りに出来る訳ない。

 こいつは放っておいてほしいのかもしれねーけど。

 

 緑間はまだ、自分に罰でも与えているように雨に打たれ続けている。

 主将や宮地(兄)に怒鳴られても何言われても、いつも澄ました顔していたこいつが落ち込んでいた。

 ……負けはチームの責任だから、緑間君のせいじゃないよ。

 次に勝てばいいでしょ、元気出しなよ。

 慰めの言葉なんて、いくらでも適当に浮かんできたけど、どれも陳腐な言い様に思えたし、そんな事じゃこの面倒なエース様は復活しなさそうだった。

 それに、俺のそんな偉そうな事言える資格があるのか? 

 

「……とにかく、ほら。戻るよ」

 

 会場の玄関口から拝借してきたビニール傘を緑間の頭上に掲げてやると、やっとこっちに視線を向けてきた。疲れの滲んだ緑色の双眸が俺を捉える。

 雨粒で髪が崩れているせいか、疲労が出ているせいか、何だか緑間の様子がいつもより後輩らしく見えた。練習も試合も隙を見せない奴だから、たまに年下って事を忘れる。

 

 やがて会場で待っていたらしい高尾がやって来て、先輩方が俺達を置き去りにさっさと引き上げてしまった事を伝えてくるまで数分後。

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

「あーあ、参っちゃいましたねー。天気は崩れるし主将達に置いてかれるし」

「……高尾君、まさか今日会場にもこれで来た訳?」

「そりゃそうっスよ。いや、俺は試合前に漕ぐの疲れるから止めとこうぜって言ったんスけどね? 緑間が気に入っちゃっててごねるもんだから」

「ごねてないのだよ」

 

 緑間がいつものように異を唱えたが、声には何となく覇気が無かった。

 IH予選決勝を敗戦という形で終えて、俺は今、緑間と高尾の一年コンビを引き連れて帰路に着いている。何でこうなったかと言えば、ちょっと控室から離れていた間に主将や上級生達は他の二軍を連れて引き上げてしまっていたからだった。しかも監督までである。マジふざけんな。

 よく見たら一応携帯に主将からの連絡は来ていたけど、俺に押し付けようとすんなよ! 試合後で疲れてんのに、こいつらのお守りなんてうんざりした。

 

 高尾は何かまたリヤカー付きの自転車引いてきてるし。

 さっきまで降っていた雨で濡れているから、流石に緑間も乗ろうとはしていない。まあ、乗り始めたら俺は全力で距離を取るけどな。

 

「真ちゃんもいつまで拗ねてんだよ。おは朝だって偶には外れるって言っただろ」

「うるさい」

 

 宥めるように高尾が言ったが、緑間は容赦ない。

 その反応に対して、高尾が僅かに肩を竦めると、俺に向けて耳打ちするように言った。

 

「今日、おは朝でかに座が一位だったんですよ。だから絶対負ける訳ないって試合の前に言ってて」

「それであんな狸まで持ってきたの……」

 

 振り向くと、リヤカーの荷台で揺られる狸の設楽焼の円らな瞳と目が合った。

 よくまあ、こんなもん持ち込んできたな。

 

「雪野さん雪野さん、折角だしどっかで飯でも食べて行きましょうよ~。逆転負けされた上に雨に打たれて、もう身も心も寒々しいですよー」

「……別にいいけど、程々な所で頼むよ」

「さっすが雪野さん太っ腹ぁ!」

 

 頼むから程々な所を選んでくれよ!? 

 呑気に渡米してる爺ちゃんから生活費は一応送られてるけど、必要以上には送ってこないから何やかんやで俺の懐も寂しいんだ。あんまり堂々とたかるな。

 

「でもこの辺って店なんて無いでしょう? 入るならマジバとかになるよ」

「えー試合終わった後なんですし、どうせならいつもと違う所に行きません?」

 

 相方の緑間はさっきからずっと黙り込んでいるのに、高尾は相変わらず喋りづめだった。沈黙に耐えられないとでも言うみたいに、どーでもいい事まで拾ってくる。

 もしかしてこいつもこいつで、無理にテンションを上げているのかもしれない。

 まあこれが緑間と二人きりだったら、耐えられないどころか空気が重過ぎて潰されてる所だから、こいつの明るさが今は有り難かった。

 

「なーんかガッツリしたもん食いたいっスね。あー焼肉とか!」

「高尾君、少しは僕の財布を思いやって」

「ぶほっ! 切実っスね! そんな先輩にたかったりしませんよ~」

 

 意外と抜け目ない高尾の事だから、ちゃっかりねだられても困るので釘は差す。そもそも焼肉は好きじゃねーから入られても困る。

 しばらくの間、三人組の足音とリヤカーの車輪が転がる音が夜道に響いていく。

 今頃になって体が疲労感を訴え始めてきたから、足腰が重い。焼肉は論外としても、どっか店に入って一休みはしたい気分になってきた。

 

「あっ! あそこなんか良くないっスか?」

「え?」

 

 三人揃って無言で歩いていた時、高尾が暖簾を掲げた一軒の店を指差した。

 垂れ幕の名前と、漏れ聞こえてくる鉄板の音からして、お好み焼き屋らしい。ここなら値段もリーズナブルそうだ。後ろの緑間も特に異論は無さそうだったので、俺達はこの店で一息入れる事にした。

 リヤカーは一旦店先に止める事になったけど……まあ、ダメならダメで店から何か言ってくるだろう。

 

「すまっせーん。おっちゃん、三人。空いて……」

「ん?」

 

 引き戸を開けて、店に入る。

 そして次の瞬間、硬直した。

 

 店内のテーブルと座敷席をほぼ占領していた他校の集団が、今正に乾杯の音頭を取ろうとしている所だった。もっと言えば、その集団はついさっきまで俺達がコートで対面していた奴等──―誠凛高校だった。

 何っでお前らが居るんだよ。

 

「何でお前らがここに!? つか他は!?」

 

 とか思ってたら、誠凛の方から同時にツッコまれた。

 

「いやー真ちゃんが泣き崩れてる間に主将達とはぐれちゃってー。

 ついでに飯でも、みたいなー」

「おい!」

「……二人共、とにかく店を変えよう」

「同感です。高尾、さっさと行くぞ」

「あっ、ちょっと」

 

 店の引き戸を開けて、俺と緑間が同時に外に出る。

 その瞬間、横殴りの雨と風が狙いすましたかのようなタイミングで俺達に叩きつけられた。

 ……って、ふざけんな、嫌がらせかよ。

 ジャージも一瞬で濡れ鼠になって気持ち悪い。俺達は無言のまま、大人しく店内に引き返した。緑間がすげー渋い顔になっているのが見えたが、今ならこいつの気持ちが分かりそうだった。

 

「あれっ? もしかして海常の笠松さん!?」

「何で知ってんだ?」

「月バスで見たんで! 全国でも好PG(ポイントガード)として有名人じゃないっスか!」

 

 と、その間に高尾はさらりと店内にいた客とコミュニケーションを始めていた。

 お前はどれだけ適応力が高いんだ。

 つーかよく見ると店にいたのは誠凛だけじゃない。黒子と火神のテーブルで、ヘラを弄んでいる金髪──―黄瀬涼太が居た。何で誠凛に混ざっているのか知らねーけど、ジャージの集団の中に制服でいるもんだから余計に目立って見えた。緑間とは別のベクトルで存在感がある奴だ。

 

「ちょっ……うお──!! 同じポジションとして話聞きてーなあ! 

 ちょっと混ざってもいいっスか!?」

「高尾君! 止めなって……」

 

 何さらっと話進めてんだ!? 明らかにこれ、誠凛が祝勝会やってるムードだろーが。

 

「誠凛が打ち上げやってるんだから、僕達がいたって気まずいだけでしょ」

「えーもう試合終わったんだし、そんな細かい事いいじゃないっスか。

 どうせ雨なんだし、俺達も混ざらせてもらいましょうよ」

「いや、そんな気軽にね……」

「……別にいーんじゃーねーの? ですか。一緒に食おうぜ」

 

 高尾との問答が止みそうになかった所で、誰かの声が割って入った。

 大ジョッキに入った烏龍茶を、ビールみたいにグビグビ飲んでいた火神だった。……家でも俺の三倍は胃がでけーんじゃねえのかと思ってたけど、飲み物にも例外無しか。

 

「火神君まで何言ってるの……」

「そっちこそ何遠慮してんだ、です。どうせ帰りは同じなんだし、雨止むまでいりゃいーじゃないスか」

「まあ……そうだけど」

「え? どういう事? 雪野さんって火神と知り合い??」

 

 ……ミスった。

 最近、火神と話す事が生活の一部になってたから普通に受け答えしていた。

 高尾が釣り目を瞬かせ、緑間が訝しむような視線を向けているのが分かる。ど、どうする……? どうやり過ごすのが正解なんだ。

 

「知り合いというか、火神君は雪野さんとルームシェアをしているんですよ」

「黒子君っ!?」

 

 思いもよらぬ伏兵が居た。

 コートの外でも存在感の薄いこの一年は、読めない表情のままで言ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「びっくりしたー。雪野さん、火神の家に下宿なんてしてたなら教えて下さいよ! めちゃくちゃ面白そうじゃないっスか」

「いや、全然面白くないから。うちの爺……お爺さんが勝手に決めて、仕方なくだから」

「じゃあ火神が最近、部活終わって妙に時間気にしてたり、携帯いじってたのって雪野……君への連絡だったのか?」

「俺てっきりもう彼女とか作ってんのかと思って、すげー気になってたのに!」

「ぶっふぁっ!! 雪野さんが、火神の彼、女……っ!!」

 

 誠凛の奴等が思い思いの感想を述べた所に、高尾がおかしな部分だけ拾って吹き出した。

 その笑いがムカついたので、高尾の手前にある鉄板にはお好み焼きの焦げた面を押し付けてやる。

 

 黒子によるカミングアウトのせいで、他の誠凛の連中まで一瞬騒ぎ出しかけたが、その時奥の座敷が丁度空席になったのが始まりだった。

「あ! そこも空いたし、詰めれば奥の席で全員座れるんじゃないスか? ほらほら真ちゃんも雪野さんも! はーい笠松さんはこっちで! で、黒子と火神はここね!」あれよあれよと高尾が反論もさせずに席を取り決めてしまい、結局俺達は、黄瀬とその先輩、そして誠凛も含めたメンバーと共に全員で鉄板を囲み、お好み焼きをつついている。

 ……どんな状況なんだ、これ。

 

「同情するのだよ。こんな騒がしそうな奴と住むなど、俺なら考えられん」

「んだと!? 喧嘩売ってんのかてめぇ!」

「あーもう緑間っちも何でそういう事言うっスか。ほら、何か頼んで。俺はさっきもんじゃ食ったし、結構いっぱいだから」

「よくそんなゲロのようなものが食えるのだよ」

「だからそういう事言わないでってば!?」

 

 右隅のテーブルが早速さわがしくなってきた。

 一番右のテーブルには、奥から順に火神・黒子・黄瀬・緑間の四人が顔を揃えている。「キセキの世代」揃いぶみ……いや約1名違うけど。高尾の奴、ちゃっかり狙ってやったな。

 緑間一人だけでも目立つのに、赤と黄色が加わってあのテーブルだけ異様に派手だ。

 

「ちょっと、何だかワクワクするわね、あの席!」

「喧嘩にならなきゃいいけどね……」

 

 ウキウキと弾んだ声に対して、俺は思わず呆れ気味に返す。

 緑間も大人しそうな顔して歯に衣着せねーし、火神は見た目通りに単純だし、騒ぎになんなきゃいーけど。

 高尾も高尾で、笠松とかいう人と話せてそんなに嬉しいのか、すっかり緑間の事放ったらかしにしてるし。頼むから騒ぐにしても程々にしてくれよ、面倒見切れねえ。

 そんな風にしてぎこちなくも、各自のテーブルでお好み焼きがひっくり返り、もんじゃが焼かれ、奇妙な面子で打ち上げが始まろうとしていた。

 

 ん? 何か普通に答えちゃってたけど、今のって誰だ。

 周りを見る間もなく席を決められたので、俺の左隣を改めて見たら、誠凛の女子生徒らしき女の子が座っていた。栗色のショートカットがいかにも運動部らしく、勝気そうな目と視線が合った。

 

「えーと、誠凛のマネージャー、さん?」

「ううん、違うわよ。私は誠凛バスケ部の監督」

「へー監督……監督!?」

 

 一瞬理解が遅れた。

 監督っていうのは、あれだ。秀徳でいうなら中谷監督と同じポジションっていう事だ。

 って事は、ついさっきまでの試合の指示出しやゲームメイクなんかは、この子がやってたって事か!? 

 

「え……嘘でしょ? 女子が監督って……」

「失礼ねー。本当よ」

「去年も対戦していた癖に、まさかうちのカントクを知らねーとは思わなかったけどな」

 

 と、刺すような口振りで言ったのは、誠凛の4番──あのSG(シューティングガード)だった。正面の席にいるもんだから、とりあえず俺は烏龍茶を飲んで気まずさを誤魔化す。

「おい、日向」と、そいつの左隣にいた切れ長の目をした奴がたしなめるように声をかけた。

 誠凛のスタメンの中に放り込まれてんじゃねーかよ……高尾、何でこの席順にした。

 

「いや、その……失礼な事言ったならごめんね。僕、他校の人の顔とか名前覚えるの苦手で」

「なっ!? 覚えてねーのか? 去年の予選の事も!?」

「あー……誠凛の試合したのは覚えてるけど、流石に名前までは、ちょっと……」

 

 正直に白状したら、その眼鏡君は驚いた後に段々肩の力が抜けていって、がっくり脱力したようなポーズになった。……俺、そんなに変な事言っちまったのか? 

 けど覚えてないもんは仕方ない。入部してから公式非公式含めて試合は山ほどあったけど、出場するだけで神経使うのに対戦相手の事にまで気を回してたら頭がパンクする。

 

「覚えてねえって……何だったんだよ、俺の去年からの執念は……」

「まあまあ、そんなガッカリする事ないだろ日向。リベンジは果たせたんだからいいじゃないか。ハッ! 便所でリベンジを果たす! キタコレ!」

「伊月黙れ。永遠に黙れ」

 

 ……何か訳の分からない掛け合いが始まってるし。

 眼鏡君──日向というらしい──のバッサリ切り捨てて言う様は、少し宮地(兄)に似ていた。どの学校もこういうタイプがいるもんなのか。

 

「えーと……?」

「ああ、うちはいつもの事だから気にしないで。それより、今日はお互いお疲れ様」

「……あ、うん。お疲れ様」

「あ、これとかもう焼けてるから。どうぞ?」

 

 と、誠凛の監督(未だに信じられねーけど)が、鉄板の上のお好み焼きをヘラで皿によそってきた。別に俺はそんなに食いたい訳じゃないから譲るのに、気を遣ってくれたのか。

 

「ねえ、ちょっと聞いてもいい?」

「え? 何か……?」

「火神君、家でもちゃんとしたもの食べてる? あと、体とか無理に動かしたりしてない?」

 

 口喧嘩だか何かをまだ言い合っている火神達のテーブルを横目で見ながら、小声で言った。

 そういう女監督さんの表情は真剣そのもので、茶化せるような空気は無い。

 何となく、本当にこの人は誠凛の監督なんだと思った。

 

「はい、それは。まあ、僕も火神君も時間が合う訳じゃないけど、火神君の方が料理作ってくれてるから、食事は僕の方が助かってるくらいだし」

「えっ? 火神、料理なんて出来たのか?」

「得意なんじゃないかな。炒飯とか野菜炒めとか。この前はミートローフとか作ってたし」

「マジかよ!?」

 

 何故か日向がダメージを受けている。何でだ。

 まあ、最初の内は俺もあのギャップにはビビらされたもんだけどな。今じゃすっかり慣れたもんだ。

 考えてみたら、俺も自分の家だと飯なんて適当に済ませてるから、その意味では火神と一緒に住んだのは得になった。

 

「何だか変な話ね、うちのエースと秀徳のエースが同じ家って」

「本当にな。っていうか、まさか火神からうちの情報取ろうとか、そんな事思ってねーだろうな?」

 

 そうそう、俺が期待していた……っていうか、予想してたのはこういう反応なんだよ。全く無いのも何だか物足りないし、変に安心した。日向がガンを飛ばすように威嚇しているが、妙な落ち着きを感じる。

 

「……え? エースって誰の事?」

「誰って、雪野、君の事だけど」

「……いやいやいや、秀徳のエースは緑間君だから。その誤解は直してほしいな!?」

「……はあ? 去年、俺達に散々やってくれた奴が嫌味かよ」

 

 別に嫌味のつもりはないんだけれども。そんな必要以上に高評価されても困る。

 とりあえず、俺がこれ以上何言っても火に油を注ぎそうだ。

 

「あーほら、これとか焼けてるから、どうぞ」

「お、おお。悪いな。…………って、何でお前、そんな平然としてんだよ」

「……え? あー、やっぱり僕達が誠凛の席に混ざったらまずかった?」

「いやそうじゃなくて……何で試合負けたのに冷めてるっつーか……もっとこう、何かねーのかよ!?」

 

 多分、俺はポカン、とした顔をしていたと思う。

 こいつが何を言いたいのかよく分からなかったし、実際、言葉が足りてない自覚はあるらしい。頭をガシガシ掻き回して悩んでいる。

 すると、隣にいた切れ長の目をした奴──伊月、とか言われてたPG──が、見かねて声をかけた。

 

「あのな、去年の決勝リーグで、俺達が秀徳にトリプルスコアでやられたのは覚えてるだろ? その時の試合から、日向は、雪野君にリベンジする事を目標にしてきたんだよ」

「おい、伊月! 余計な事言うんじゃねえよ」

「別にいいだろ。でないと話が進まないよ」

 

 そこまで言われて、俺もやっと納得した。

 つまり、こいつらからすれば念願の雪辱戦を果たしたのに、肝心の相手である俺のリアクションが薄いから不満なんだろう。そうは言っても、これ以上どうしようもねえけど。

 

「何か……ごめんね」

「謝るなよ……もう気にしちゃいねーし、俺が一方的に思ってた事だしな」

「いや、何か……こういう時にどう思っていいのか分からなくって」

「は?」

 

 試合に負けた。それも予選で。

 主将も宮地も木村も、二軍の連中も全員が黙り込んで悲しんでいた。緑間でさえ。

 

 俺はといえば、いきなり終わってしまったような虚しい感覚があるだけで、どう言っていいのか分からなかった。はっきり言って負けるなんて予想してなかった。

 去年は圧倒的な点差で予選は突破したし、いくら火神の馬力がすごくても、緑間のでたらめぶりなら誰も相手にならないって思っていた。

 

 すると女監督と伊月、日向は鉄板越しに顔を見合わせて、変なものを見るような目で俺を見ていた。

 

「……負けた事無いから、どういう気分なのか分からない、って事?」

「はあ──―贅沢な悩みだな、おい!」

「何もそこまで言わないよ。……久しぶりの事だから、自分でもどう思ってるのか、ちょっと分からないだけで」

「負けたら悔しいに決まってんだろ。だから俺達だって、死ぬ気でお前らや正邦と戦ったんだよ」

 

 不満そうな顔をしている日向と目が合った。

 しかしすぐ、自分の言葉が照れ臭くなったように視線を逸らされる。……なら言わなきゃいいのに。

 

 その時だった。

 隣のテーブルでお好み焼きを作成していた高尾が、ひっくり返した。けど勢いがつき過ぎたそれは、生焼けのまま空中を舞った。

 

「あ──っ! 雪野さん避けて!」

「え?」

 

 その声が無かったら、きっと反応は出来なかった。

 俺は咄嗟に、空いていた皿でお好み焼きを受け止めると、勢いを殺さず高尾に向かってお好み焼きを投げ返した。──―筈だったんだけどなあ……。

 視界が煙で悪かったせいか、お好み焼きは高尾を超えてその端に……緑間の頭上に命中した。

 

 緑頭のてっぺんに、生地がくずれたお好み焼きが冠のようにのっている。

 一瞬、俺達の席全体が無言に包まれた。

 

「……高尾、ちょっと来い」

「え!? 俺!? いや、それ投げたのは雪野さ……ちょっと待っ……だギャ──―!!」

 

 抵抗虚しく、高尾の襟首を掴んで緑間は外に連行していった。お好み焼きを被ったままで。

 ……とりあえず心の中で、高尾に合掌しておいた。

 その光景を眺めていると、日向が遠い目をしながら呟いた。

 

「……秀徳も一年に苦労してそうだな」

「分かってくれる!? そうなんだよ、先輩とは毎日揉め事起こすし、コミュニケーションはろくに取らないし変なアイテムは持ち込むし、どうやって取り扱えばいいのか分からなくって」

「急に生き生きし始めたね、雪野君……」

 

 伊月がやや引いたように俺を見た。

 だって言いたくもなるわ。主将も宮地も、最近じゃ何だか俺に緑間の面倒を押し付けてるような感じがあるし。

 

「そんなもん、一発しっかりシバいたらいいじゃねーか。先輩後輩のケジメはちゃんとしねーと舐められるぞ」

 

 言ったのは、黄瀬と一緒にいた海常の人──確か高尾が、笠松とか言っていた──だった。見た目は小柄そうだけど、声質は強くて、喋っていると背筋がシャンと伸びるような感覚があった。

 

「え、シバくってどういう事ですか……?」

「んなもん、生意気言ったら蹴るか殴るかすればいいだろ」

「笠松さん、意外と過激なんスね」

「まあうちも練習真面目にやらないような奴は叩き出してるから、似たようなものではあるかもね」

「カントクも容赦無いからな……」

 

 怖ぇよ! 

 宮地といい、何っで体育会系の奴等ってすぐ実力行使に訴えるんだ。そしてその会話が聞こえたのか、何故か黄瀬が隅のテーブルで震えていた。……何でだ? 

 

「もっと平和的にいきましょうよ……部活なんだから」

「真剣にやらねーような奴はそんぐらいで丁度いいだろ。……つかお前、俺とどっかで会った事あるか?」

「はい?」

 

 笠松の視線が、探るように俺を見た。冷や汗が頬を流れたのが分かったが、これは鉄板の暑さのせいじゃないだろう。

 

「……月バスとか、その辺の雑誌じゃないですか? 秀徳なら、載った事はあるだろうし」

「あー確かに雑誌だった気がするんだけど、最近じゃなかったような気がすんだよなー。

 何だったかなー……」

 

 頼むからそのまま記憶の蓋を開けないでくれ。

 俺の祈りが通じたのか、隣にいた女監督さんが別の話題を出してくれた。

 

「あら、もうお好み焼き無くなってるじゃない。しょうがないわね、じゃあ次は私が作るわ」

「っ!? い、いやいやカントク! 試合終わったばっかで疲れてるんだし、いいって! そんなの俺達がやるって!」

「遠慮しないでいいわよ。疲れてるのは皆同じでしょ、じゃんじゃん食べて体力付けてちょうだい!」

 

 と、女監督さんが笑顔でお好み焼きの追加を頼むと、日向達だけじゃなく、他のテーブルにいた誠凛のメンバーも何故か慌て始めた。

 何だってんだ? そんなに料理作らせると危なっかしいのか、この子。傍にいた伊月の肩をたたいて、こっそり訊ねた。

 

「あの、この子そんなに料理が上手くないの?」

「いや上手くないっていうか……。……止めないと、俺達は死ぬかもしれない」

「え」

 

 そう、覚えてないなんて言った罰が当たったのかもしれない。

 数分後、俺は身を持って誠凛の恐ろしさを知る事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さん、雪野さん」

 

 次に目が覚めた時、視界には緑色が広がっていた。

 若葉のような緑色の瞳に、間抜けな顔をした俺が映っている。

 

「あれ……? 緑間君……? 何でうちにいるの……?」

「寝惚けないで下さい。もう解散する所なのだよ」

「解散……」

 

 頭がぼんやり霞みがかった状態のまま起き上がると、俺が座っていたテーブルの面子は全員ぶっ倒れて屍が積みあがったような有様と化していた。女監督さんが、まだ目覚めていない日向と起こそうとしている。

 マジで何が起きたんだ……。

 ダメだ、思い出せない。確か女監督さんが焼いてくれたお好み焼きを勧められた所までは覚えてるけど……。

 

「ダメだ、思い出そうとすると頭が痛い……」

「……? 本当に大丈夫ですか? 雪野さん」

「あー大丈夫、平気だから。何か目眩がするけど」

 

 雨も止んでるみたいだし、確かにもう切り上げ時だ。これ以上、この後輩共を連れ回してる訳にもいかない。

 持っていたバッグやら身支度を軽く整えていると、隅で相撲取りのように腹を大きくさせていた火神が見えた。

 

「……火神君、どれだけ食べたの……」

「こいつだけで五人前は平らげていました。思い出しただけで胸焼けしそうなのだよ」

「緑間てめぇ……憎まれ口しか言えねーのかよ。雪野さん、悪いけど先帰っててくれ、ださい」

「胃薬でも用意しておくよ……」

 

 呆れ気味に答えてから、俺は自分が言った事に気が付いた。

 誠凛と試合を始める前まで、こいつの家に住み続けられるかどうか、すげー悩んでいたっていうのに、何当たり前みたいに帰る事前提に話してんだ? 

 試合が終わってからも火神が全然態度を変えてねーから、いつの間にか普段のやり取りをしていた。

 

「雪野さん、どうかしましたか?」

「……ああ、いや? 別に。あ、これ、俺の分置いときます」

 

 誠凛の連中を介抱していた女監督さんに声をかけて、俺の分の飯代を渡す。

 そんなに食ったつもりはねーし、二千円もあれば足りるだろう。

 

「ありがとう! じゃあ、清算しておくわね」

「悪いね。ご馳走様でした」

「いーえ。そんな事より、うちの選手の顔と名前、もうきっちり覚えてくれたかしら?」

 

 にこにこと微笑む女監督さんはパッと見可愛い感じなんだが、目は笑ってない。

 てゆーか、やっぱり根に持ってたんじゃねーか。

 

「……覚えたよ。しっかりとね、監督さんの事も」

「それなら良かった! またいつでも試合はやりましょうね、雪野君」

「ソウデスネ……」

 

 何かこの女監督、ちょっと怖い。俺は早めに逃げたくなって、バッグを肩に引っ掛けると店の出口に急いだ。

 

「……火神。一つ忠告してやるのだよ。東京にいる「キセキの世代」は二人。

 俺ともう一人は青峰大輝という男だ。決勝リーグで当たるだろう。そして、奴はお前と同種の選手(プレーヤー)だ」

 

 と、店を出る直前で、緑間も火神に何事か話していた。

 

「……はあ? よく分かんねーけど、とりあえずそいつも相当強ぇんだろ?」

「……強いです。……ただあの人のバスケは……好きじゃないです」

 

 火神の問いかけに対して、答えたのは黒子だった。

 その顔つきは、変わらない無表情だったけどどことなく暗い。黄瀬も黙って言葉を発さない。

「まあせいぜいがんばるのだよ」と、またしても緑間が喧嘩を売るような事を言った後、その背に黒子が声をかけた。

 

「……緑間君。また、やりましょう」

「……当たり前だ。次は、勝つ」

 

 緑間の後に続いて、俺も店の外に向かう。

 打ち上げ騒ぎをしている間に、あの土砂降りもすっかり止んでいた。

 

「何か、意外だね」

「……何がです?」

「さっきのアドバイス? わざわざ教えてあげるなんて優しいんだね」

「アドバイスなんていうものではありません。第一、今の火神では青峰の相手にならない。警告してやっただけの話です」

 

 それをアドバイスって言うんじゃねーのか? とも思うが、緑間の基準では違うらしい。

 それに引っかかったのが、その青峰って奴が火神でも相手にならないって言い切る事だ。

 気になったけど、緑間はそこを説明しようとはしなかった。

 

 店を出ると、そこには自転車に乗った高尾が、待っていたようなタイミングで居た。

 

「……今日はじゃんけん無しでもいーぜ?」

「……フン。しても漕ぐのはいつも高尾だろう」

「にゃにおう!?」

 

 あ、やっぱりこれを漕いでいくのか……。

 ラッキーアイテムもそうだけど、こいつのこのリヤカーへの執念も何なんだよ。これに乗らねーと死ぬの? 

 

「ほらほら、雨が降ってこねー内に乗れって。

 そういや雪野さんは方向どっちですっけ?」

「いいよ、僕が漕ぐから。高尾君、代わって」

「……えっ!? マジっスか!?」

 

 高尾だけじゃなく緑間まで驚いている。

 俺だって好きで漕ぐ訳じゃねーけど、流石にあんな試合の後で、後輩を労わる気持ちくらいは残ってる。

 

「二人共、疲れてるでしょ? いいよ、送るから。ほら、乗って乗って」

「え、えぇ──? ありがとうございます雪野さん! さっすが! 超尊敬します!」

「……しかし大丈夫ですか?」

「? 平気だよ。普段の自転車と同じ要領で漕げばいいんでしょ──―」

 

 高尾と緑間がリヤカーに乗り込んだ所を確認し、自転車に乗ってさあ進もうとサドルを押した──―が。

 超重てぇ。

 え、何だこれ。リヤカー引くってこんな辛かったのか? 確かに緑間達の重さがあるとは言っても、全然思う通りに進んでくれねーんだけど!? 

 何とか夜の車道をぎこちなく進み始めたが、早くも俺の脳内は安請け合いした事を後悔し始めていた。

 

「雪野さーん! がんばって下さーい! ほら、ちゃんと進んでますよー!」

「少しふらついていませんか? もっと安定させた方がいいと思いますが」

「……二人共、ちょっと黙ってくれない……?」

 

 特に緑間、お前は運ばれといてどんだけ上目線なんだよ。叩き落とすぞ!! 

 っていうか、この重さは明らかに余計なものが乗っかってるせいだろ。

 

「その狸、次はどうにかならないの……?」

「抜かりはありません。次は、もっと大きい設楽焼を揃えてみせます」

「いや、ぜってーサイズの事言ってんじゃねーと思うよ!?」

 

 

 

 自転車にリヤカーなんてバカバカしいものを引きながら、俺達は雨上がりの夜道を帰っていった。

 敗退した事もバスケ部のごたごたも、全部忘れてしまったみたいに好きに騒ぎながら。

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 


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