黒と銀の巡る道   作:茉莉亜

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12.青峰大輝

 

 

 

 

 

 IH(インターハイ)予選リーグ終了後、秀徳バスケ部は期末テスト期間と重なった事もあり、二週間近く部活を休止する事になった。

 タイミングとしては丁度良かったんだろう。どうしたって気持ちを切り替える期間が必要だったし、俺だってあれだけ手痛く逆転勝ちされた後でいきなり練習する気分にはなれなかった。

 去年もそうだったけど、負け試合の後の部活は死ぬほど空気が澱んでいる。前は、まだIH本戦に出場した上で負けたからまだしも、今年は予選敗退だから次元が違う。去年も今までも、本選出場を前提にしたスケジュールを組んでいたのにそれが全部白紙になったんだ。反省会も兼ねたミーティングはやったものの、監督も主将(キャプテン)も、今後の方向性が一気に狂った事について頭を悩ませていた。テスト明けにまた主将や宮地(兄)達、他の二軍の奴等と顔を合わせるのが非常に気まずいし、気が重い。

 

 そして、それはそれとして俺個人には別の問題が降りかかっていた。

 

「……雪野さん、何スか? このプリント」

「話しかけないで。覚えた公式飛ぶから」

 

 リビングのテーブルを占領して、教科書とプリントの束を散乱させている俺の様子を、火神が遠巻きに伺う。

 朝っぱらから、不等式だの三角関数だのこんな暗号文の解読みたいな作業したくなかったけど仕方ない。ついこの間行われた学年別の期末学力テストで、俺は見事なまでに赤点を叩き出してしまっていた。

 担任でもある中谷監督からの呼び出し、教科担当からの説教のダブルパンチを受け、危うく保護者への連絡にまで話が飛びかけたがギリギリの所で止められたのが幸運だった。

 今週末の補習で合格点を出したら問題無しって救済措置を出してくれたけど、このままじゃ真面目に留年の危機だ。補修や課題出されるくらいは別に苦じゃねーけど、流石にダブリは勘弁したい。そこで俺は、受験から休眠していた脳味噌をフル回転させて補習対策に励んでいた。正直、範囲覚えんのもきっついけどな! 

 

「……うっわ、全然分かんね……」

「当たり前だよ、高二の範囲なんだから。そういえば火神君は試験大丈夫だったの?」

「あー……一応な。です」

 

 どうも歯切れの悪い返事だったが、何故か目を泳がせて火神は言った。

 誠凛も同時期にテスト期間だったらしいのだが、火神は予想を裏切らず赤点候補組だったようで、つい先週まであの女監督さんの家に泊まり込みで勉強合宿をしに行っていた。

 仮にも女子の家に泊まり込みとかいいのか? とも思ったけど、まあ他校には他校のルールがあると思うので深く首は突っ込まないでおく。その間の自分の食事をどう賄っていくかという方が大問題だった。

 

「じゃあ、俺はちょっと出てくんで。戸締りはお願いします」

「はいはい、いってらっしゃい」

 

 あんまり喋らせるな。一声出すだけで単語が頭から抜けそうだから、俺は教科書から顔を上げずに火神に向かって手を振る。本当あいつ、どんだけバスケ馬鹿なんだよ……。

 バッグにバスケットボールだけ入れた身軽な姿で、家主が出掛ける音が聞こえた。

 

 それにしても試合で負かされた奴と、何で俺は普通に会話して、しかもまだ一緒に暮らしているのか。

 つくづく変な状況になったもんだけど、もう深く考える事は止めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 数学なんて生きてて不要な勉強のベスト3くらいに入るんじゃねーのか。

 少なくとも俺の中のランキングでは常にトップを独走してる。サインとかコサインとか何だよ、絶対俺のこの先の人生で二度と使わねー自信があるぞ。だったら勉強しても無駄じゃね? 

 何て事を考えていたが、実際問題これを乗り越えねーとダブリの危機だ。文武両道を謳うだけあって、秀徳のシステムはその辺りの落第生には厳しい。何でこの学校選んだのか、と過去の自分を定期的に恨みたくなる。俺は参考書を音読しながら受験生に戻ったような気持ちで大通りを歩いていた。

 天気は快晴。世間は休日。補修なんて悲しい名目で学校に向かっているのは俺くらいなもんだ。虚しさを感じなくもねーけど、家にいてもこれからの部活の事とか考えて滅入ってくる。……にしても、全く頭に入った気がしねえ。これで大丈夫か? 考えたくはねーけど、万が一の時は本気でダブリも覚悟しとかねーとやばいかもしれない。

 参考書を片手に早足で進んでいたその時、この陽気な日に似合わねー柄の悪い声が聞こえた。

 

「ねえねえ、いーじゃん。俺達も二人で男女丁度いいしさ。俺面白い所知ってるんだよね~」

「あの、すいません。私達急いでますから」

「君達高校生? めっちゃ可愛いよね。何の用事? 送ってあげようか?」

 

 立ち止まるんじゃなかった、と直感的に思った。

 

 駅前にあった小さなカフェの前で、男二人が制服姿の女子二人を取り囲むようにして絡んでいた。どう見ても質の悪いナンパだ。まあ詳しい状況は知らねーけど、女子の方は明らかに嫌そうにしてるし、男の方は俺と同級か少し上くらいに見えるが、随分しつこく迫ってる。休日っつってもまだ午前中だし、他の通行人も揉め事を察しつつも、面倒に巻き込まれたくないのかその集団から遠ざかっている。

 すると女子の一人が、男の態度に腹を立てたのか更に強い口調で言った。

 

「あの! 迷惑だって言ってるんですけど!」

「わー、怒った? かーわいいー」

 

 男は気にした様子もなく、かえって楽しんでいる。

 

「その制服見た事あるけど、桐皇学園っしょ? あそこの女子レベル高いねー。

 そっちの子はもしかしてさ」

「……あー、ごめんごめん! 待った!?」

 

 ……本当、何で俺は毎回毎回こんな面倒な場面に出くわすんだろうな。

 運勢とかがもしあるなら、自分の巡りの悪さが嫌になるし、首突っ込んでる事にも呆れる。

 

 俺は大声で呼びかけながらその集団に割って入ると、一瞬ポカンと呆けたナンパ野郎共を掻き分けて、女子二人の手を取った。

 珍しい桃色の髪をした女の子が、いきなり現れた俺に目を丸くしている。そりゃそうだろうな。

 

「悪いね、待たせて。さあー行こう行こう……って、……」

「………………アキちゃん?」

 

 桃色の髪の女子と一緒にいた、もう一人の女子を見た途端、言葉が出てこなかった。

 その子もまた俺と同じ心境のようで、首を傾げて俺の顔を見つめている。

 けど、呑気にお互いを検分するには時と場合を考えるべきだった。

 

「おい、コラてめー。いきなり入ってきてなんだ? この子達は今から俺らと遊びに行くんですけどお?」

「……いや、さっきから見てたけど嫌がってるでしょ。てゆうか、どう見てもフラれてるじゃん。諦めて出直せば?」

「んだと!?」

 

 すっかり忘れていたナンパ野郎共の一人が突っかかって来た。というか、まだ居たのかこいつら。その根性にはちょっと感心しなくも無い。

 俺の右側に居た奴が怒鳴りながら胸倉を掴んできた。桃色の髪の子が、小さく悲鳴を上げる。

 

 こんな所で暴力沙汰とか勘弁してくれよ。

 胸倉を掴んでいる腕を咄嗟にひねって外すと、痛みに呻いた男の隙だらけの足元を思い切り払ってやった。それでバランスを崩したのか、男はそのまま後ろへ豪快にすっ転んだ。

 もう一人の男が、「お、おい!?」と叫ぶ。

 

「ほら、今の内に早く!」

「う、うん!」

 

 転倒して目を回した男を見やりながらも、桃色の髪の女子は答えて走り出した。

 もう一人の女子もまた、何も言わずに俺の手を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一目散に逃げ出した俺達は、あの場からやや離れた場所にあった公園のベンチで一息を吐いていた。女子二人をとりあえずベンチに座らせて、俺もいきなり逃走する羽目になったので乱れた息を整える。

 普段の部活での扱きに比べたらこのくらいの助走は何でも無い。息が上がったのはもっと別の事だ。

 

「…………何してんだよ、みちる」

「久しぶりねー、アキちゃん。髪の毛染めてるから分からなかったわよ? どうしたの、その髪、真っ白じゃないの」

「違ぇーよ、俺はこっちが地毛だ。お前こそ何してんだよ」

「何ってお買い物よ。そしたら変に絡まれちゃって、困ってたから助かったわ」

 

 上品に微笑みながら頭を少し下げられると、ウェーブがかった長めの黒髪が風に揺れた。

 俺の記憶よりも伸びてるかもしれない。中学時代のマネージャー、芽王寺(めのうじ)みちるは相変わらず華奢で、どこか影のある雰囲気も変わっていなかった。確かこいついいとこのお嬢様だしな……バスケ部っていう響きが今も似合わない。

 

「……ていうか体はいいのかよ」

「それならもう大丈夫よ。落ち着いたし、今年の春には退院出来たもの」

「そっか…………」

 

 俺が適当な反応しか返せないでいると、微妙な沈黙がまた流れた。

 すると、みちるの隣に座っていた子が何かを察したように口を開いた。

 

「雪野さんですよね? 本当にありがとうございます。ああいうナンパって、私達だけだと振り切れなくって困ってたんですよ」

「あ、ああ。うん……えっーと?」

「桃井さつきちゃん。桐皇学園のマネージャーをしている子よ」

 

 やばい、この子が居るって事忘れてた。

 猫被って話してなかったけど、特に気にされていないのが幸いだ。みちるが短く紹介すると、桃井と言ったその子はにっこりと可愛らしく微笑んだ。俺より年下っぽいのに、妙に艶のある笑顔だった。

 そして改めて声を聴いて思い出した。この声、誠凛との試合の後で、緑間に電話をかけてきた女の声だ。

 ……ていうか、でかいな。

 何がって、あれだ。パーカー着ているから分かりにくいけど相当胸でかいぞ。

 

「アキちゃん、一体どこ見てるの? いやらしー」

「うるさいな! 別に何も見てねーよ!」

 

 何かみちるが軽蔑したような目をしてやがる。おい、そのドン引きしたような冷たい目線は止めろ。

 この桃井とかいう子はよく見ると普通に可愛い子だった。あの時電話越しで聞いたハイテンションの女と同一人物なんて想像出来ない。桃色の長い髪はサラッサラで、人形みたいに大きな目と白い肌。実は雑誌のモデルですって言われても信じそうだ。この子とみちるが並んで歩いてたら、そりゃあナンパしてくれって言ってるようなもんだろう。

 

「……桐皇学園って事は今吉さんの所の?」

「そうですよ~! うちのバスケ部の主将が今吉さんで、確か雪野さんは、今吉さんと中学が同じなんですよね」

「…………。え? ちょっと待った。俺、君に名前教えたっけ? それに中学の事とか」

「ふふ、知ってますよー。雪野(あきら)さん、秀徳バスケ部二年、身長183cm体重69㎏、ジャンプ力と先読みを活かした技巧派PF(パワーフォワード)、レギュラー抜擢は一年の時で」

「待った待った、待って」

 

 プライバシーって何だっけ!? 

 歌でも歌うように紡がれていく個人情報に慌てて待ったをかける。みちる、お前も笑ってんじゃねーよ。

 

「凄いでしょう? さつきちゃんは情報収集のスペシャリストで、選手のデータの分析にかけては一流なんだから」

「ええ~みちるさん。そんなに褒めないで下さいよー」

「限度ってあるでしょ……」

「それに秀徳にはミドリンも行ってますから、データ集めは尚更がんばんなきゃって思って」

「ミドリン?」

「あっ、緑間君です。緑間真太郎君。私、帝光中のバスケ部でもマネージャーをやってたんですよ」

 

 帝光中……って事は、緑間とか、「キセキの世代」がいた中学か。

 あの機械仕掛けみたいな緑間がこの美少女と選手とマネージャーの関係だった事がいまいち想像出来ないんだが。ていうか、ミドリンって。どっかの栄養素か。

 するといきなり、腕時計の時間を見るなり桃井さんが弾かれたようにベンチから立ち上がった。

 

「いっけなーい! 早くしないと、テツ君達の練習が終わっちゃう!」

「あっ、さつきちゃん。それなら急いでいかないと。私はここでいいから」

「みちるさん、本当にごめんなさい! 後でお詫びしますね! 雪野さん、突然すみません、私はこれで失礼しますね!」

「あ、ああ……」

 

 何があったのか知らないがよっぽど急用だったらしく、桃色の髪はあっという間に走り去って消えていった。

 

「それじゃアキちゃん、私達も行こっか」

「…………え? 行くってどこに」

「桐皇学園に」

 

 みちるは何故か俺の手を取りながら、にこやかに微笑んで言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何で俺まで付き合わなきゃならねーんだよ……」

「久しぶりに会えたんだからいいじゃないのー。それにアキちゃんが一緒だと心強いんだもん。声をかけられたのも、さっきの人達で三回目だったし」

「どんだけ引き寄せてんだ」

 

 まあ、こいつは一人でフラフラしてても目立つからな。その意味だと放っておくのも気が引ける。

 大人しそうに見えて変な所で押しが強いこいつにグイグイ引っ張られるまま、電車を乗り継ぎ、大通りを歩き、どういう訳か俺は桐皇学園までの付き添いを任されていた。

 

「……何だよ、さっきからジロジロ見て」

「ううん、そっちの髪色の方が何だか明るくて綺麗だし、アキちゃんらしいなって思っただけ。あ、でも黒髪の時も私は好きよ?」

「そりゃ、どーも。……そういや、あの子はどこ行ったんだよ」

「さつきちゃんなら誠凛高校の練習を見に行ったの。あそこのバスケ部にも、さつきちゃんと同じ中学だった人がいるみたいだから」

「…………ああ、もしかして黒子の事?」

「そうそう、確か黒子テツヤ君って言ってたわ」

 

 気を抜くと姿を見失う、あの影のうっすい水色頭を思い出す。……あいつと桃井さんが並んだら、黒子の存在感が一気に喰われそうな気がするけど。帝光中は緑間といい黄瀬といい、黒子以外の連中がどいつもこいつも派手過ぎる。

 

「けど、アキちゃんがバスケやっててくれて嬉しい! (まこと)君が聞いたら喜ぶわよ」

「………………どうかな」

 

 多分八割くらい俺に気を遣って言ってくれてんのが分かるから、苦笑した。

 ちらっと横目で、みちるが着ている制服の校章を見てみる。

 

「あいつと同じとこに行ったんだな」

「うん。アキちゃんは秀徳って聞いたけど、凄いわね。東京の三大王者だなんて」

「IHじゃ予選落ちしたけどな」

 

 思わず自虐が漏れた。自嘲した俺を、みちるが隣で戸惑ったように眺めているのが分かる。

 

「部活が上手くいってないの?」

「まあ上手くいってないっつーか……予選で負けたし、これからゴタゴタしそうで、ちょっとうんざりしてんだよ」

「あら、何だか楽しそうね」

「楽しくねーよ!」

 

 お前何聞いてたの!? 

 問い詰めたくなったが、時と場所を考えて自重した。こんな大通りで女子相手に、しかも見るからにお嬢様然とした女に怒鳴ったりしたら今度は俺が悪役だ。

 

 そんな適当な話をしながら20分ばかし歩いている内に、目的地に辿り着いた。

 通りに沿ってひたすら歩き、バス停を通り過ぎた所で乳白色の建物が見えてきた。こうして他校の校舎を見る度に、秀徳の校舎のボロ……由緒正しさを感じてならない。あっちも改築なり新築なりすりゃいいのにって思うんだが、何でも工事の振動に建物が耐えられないらしく、ずっと未定のままらしい。悲しい話だ。

 

「他校なのにそんなホイホイ行っていいのか?」

「大丈夫よー。さつきちゃんとはお友達だもの。たまに練習も見学させてもらってるし」

「ええ……よく許してくれんな」

「マネージャーの仕事上手くなりたいーって悩んでたら、今吉さんが、たまになら見に来てええよーって」

 

 似てねーよ、その関西弁は。

 みちるは結構休みがちだったから、確かにマネージャー業も不慣れな面の方が多い。それで勉強に来てるのか……まあ、こいつの性格だと半分遊びだろうけど。今吉さんもそれが分かってるから許してんだろう。

 

 正門からそう遠くない場所で、ダッシュする掛け声やらドリブルの音やら、バスケ部らしき騒がしさが耳に届いた。あれが体育館らしい。それにしても、秀徳と比べると敷地全体が広々してるし建物のデザインは妙にお洒落だし、高校っていうより大学みたいな所だ。

 こっちはいかにも古臭い……いや古き良き学校を維持したままなのにこの差は何だ。

 

「じゃ、俺はこれで行くから」

「え、折角ここまで来たんだから練習見て行きましょうよ」

 

 面倒な事になるのが目に見えてるじゃねーか。

 俺の心境を分かってないのか、分かって無視しているのか、みちるは腕を取ってしつこく引っ張った。……密かに面白がってるよな、こいつ。

 気持ちは大分面倒臭さの方に傾いていたんだけど、ここでさっさと逃亡しとかなかったのが俺の要領の悪さなんだと思う。

 

「……あれ? 何や懐かしい顔が集まっとるやん」

「あ、今吉さん」

「うわ」

「何やそのリアクション」

 

 ケタケタ愉快そうに笑って現れたのは、俺達のかつての先輩だった。

 だから突然現れんなよ。何でこう神出鬼没なんだ。

 

「別にさっきからこの辺にいたで? やっと進路相談が終わってん」

「だから人の心読むなって」

「こんにちはー今吉さん。遊びに来たんですけど、練習見て行ってもいいですか?」

「おお、ええよ。もう始めとけっていうとるしな」

「ちょっと!?」

 

 だから人の話聞いてんのか!? 

 みちるは今吉さんといつの間にか談笑し始めてさっさと体育館に向かってしまう。このまま二人の後ろ姿から遠ざかって逃げ出す手もありなんだろうが、その場合、後々でしつこく言われるに決まっている。

 俺は半分諦めて、元先輩に先導されるままに桐皇学園バスケ部に邪魔する事になった。

 

 中庭に直通の扉を開け放しているせいで、体育館からは掛け声やらバッシュの音やら、馴染みのある騒々しさがうるさいくらい聞こえてきた。

 もうバッシュにまで履き替えてる為か、今吉さんは部室に回り込むでもなく、開け放しの扉から直接体育館に上がっていった。

 

「ウィース」

「ウィース!!」

「すまんのー、進路相談長引いてしもーた。すぐストレッチして入るわ」

 

 今吉さんが軽く声をかけると、中で走り込みをしていた部員が立ち止まって一斉に挨拶を返した。そういや、この人主将だとか言ってたっけ。あんまり体育会系っぽくないから、そんなイメージが沸かねーけど。

 にしてもどの部でも暑苦しさは似たり寄ったりらしい。挨拶はそりゃ大事なんだろうけどちょっとビビったぞ。

 俺達はとりあえず今吉さんの後をついて中に入っていたが、部員の奴等からは不審そうな目で見られていた。練習を優先してるのか、今吉さんに遠慮して聞いてないのか知らないが、ものすごい怪しく見られてる気がする。

 何でお前はそんなケロッとしてられるんだよ、と、練習風景を面白そうに眺めているみちるに言いたくなった。

 

「……あら? 青峰は?」

「勝手にどっか行きました! てか、またサボリっすよ」

「全く、しょうがないっやっちゃな」

「あっ、すいません! 自分クラス一緒だから止めたんですけど……ダメでその、ほんとすいません。生きてて」

「いや、えーよ。別にそーゆー……生きてて!?」

 

 館内を見回した今吉さんの疑問に、ボールを持ったスポーツ刈りの奴が不満げに言い、茶髪で小柄な男が何故かへこへこ頭を下げながら言った。

「キセキの世代」の青峰は練習に来ていないらしいが、今吉さんも慣れた事のように溜息を吐いた。

 ……本当にサボってんのかよ。うちにも手のかかる一年はいるが、そいつは練習だけは引くほどクソ真面目にやっているから色々信じられなかった。ていうか、秀徳でそんな事してたら間違いなく宮地(兄)の制裁が下っている。

 

「つーか主将。芽王寺はいいとして……誰スか、そいつ」

「おん、こいつは雪野。中学の時の後輩なんやけど、見学したいっちゅーから連れてきてん」

 

 スポーツ刈りの男が、不審感を丸出しにして俺を睨んでくる。早くもここから逃げたくなってきた。

 

「……あのっ、もしかして秀徳の雪野さんですか?」

「は?」

「すいません! 前の月バスに載ってたのみました。聞いてしまってすいません!」

「いや、別に謝らなくていいけど……」

 

 こっちを遠巻きに伺っていた茶髪の男が、掛け声なみの勢いで謝りながらまくし立ててきた。小柄に見えるけど、大体高尾と変わらないくらいか。けどあんまり卑屈に謝るもんだから実物よりもっと縮こまって見える。

 

「せやでー桜井。あの「東の王者」でPFやっとる雪野瑛。実力は折り紙付きや」

「は!? 主将! 他校のレギュラーなんか何で連れてきてんですか!?」

「まーまー、ええやないの。見られて困るもんもなし」

「でも秀徳の人にうちの情報知られるのはまずいんじゃないかと思います……すいません!」

 

 まあ、こういう反応になるよな。

 秀徳は一足先に脱落したけど、他は決勝リーグ前で神経質になってんだ。ひょっこり見学に来ていい時期じゃねえのは俺でも分かる。あと、この茶色頭は何でいちいち謝らなきゃ喋れねーんだ? 

 

「何だか揉めてるわね」

「だから嫌だったんだよ……やっぱり俺帰るからな」

「あ、それならアキちゃんも一緒に練習すればいいんじゃないの?」

「は!?」

「おー、成程。それは有りやな」

 

 今吉さんが閃いたとばかりに頷いてるけど、何が有りなんだよ。

 

「え、ていうか俺制服だし、バッシュも無いんですけど……」

「そんなん適当に貸したるよ。見てるだけも暇やろうし、ちょっと混ざるくらいええやん。

 丁度青峰おらんから一人足りん所やったり、いやー良かった良かった」

「おいコラ」

 

 絶対分かってて丸無視してんだろ。

 文句の一つや二つが喉元まで出かかったけど、バッシュとシャツを渡されてしまった時にはもう抵抗なんて諦めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果的には、「ちょっと混ざっていく」なんてレベルの練習にはならなかった。

 アップだとかで走り込みやらされるわ、その後に5対5のチーム戦に参加させられるわ、昼休憩になって区切りがついたから良かったものの、根こそぎ体力と気力を搾り取られた気分だ。

 ちょっと練習覗きに来た程度で、何でこんな目に遭わなきゃならねーんだ……。

 

「アキちゃん大丈夫? すごい苦しそう」

「これが楽そうに見えんのかよ……」

 

 ステージに背を預けるようにして座り込んで俯く俺に、みちるの呑気な声がかかった。顔を上げんのもだるいと思っていたら、スポドリを手渡してくれた。体が水分を欲しているから普通に有り難い。

 桐皇は午前練が終わるとそのまま各自で昼食になるらしく、部員は昼飯を持ち寄ってステージの方に集まっていた。いい加減に俺達もこの辺が去り際だと思っていたら、みちるは突然ビニール袋を突き出した。

 

「…………え、何?」

「何って、ご飯。さっき近くのコンビニで買ってきたの。アキちゃんはお握りで良かったでしょ?」

「そこじゃねーよ。別に俺はここで食べてくつもりなかったのに」

「いいじゃない。皆で食べたほうが面白いし」

 

 ステージにいる桐皇の連中に声をかけると、みちるは勝手知ったような様子で上がってい

 った。部員の何人かが顔を赤くしながらスペースを空けている。

 仕方なく俺も後に続くと、弁当を広げていた今吉さんが労うように声をかけてきた。

 

「おー雪野、お疲れさん。助かったで、お前が入ってくれて」

「そうですか……僕は何だかすごい疲れましたけどね」

「ぶっ……やっぱり猫被んやな」

 

 笑いを噛み殺しているのが非常に腹立たしいが、俺は黙殺して鮭握りの包装を開いた。

 

「つーかお前、何が程々だよ。涼しい顔しやがって」

「いやいや、誤解だよ。ここの練習も大変だからついてくのがやっとだったし」

「その割にキレは相変わらずやん。あの跳躍(ジャンプ)とか、懐かしいわ」

 

 館内に来た時から俺を睨んでいたようなスポーツ刈りの奴──若松とかいって、俺と同年らしい──は、目つきもあるが人相がやたら悪い。本人の姿はでかい焼きそばパンを貪るよ

 うに平らげているから、怖さもへったくれもねーんだけど。何だかこの血の気の多い感じが室田を思い出した。

 練習中でやったミニゲームはこいつと敵チームになった。若松も桐皇じゃスタメンで、C(センター)のポジションを獲得しているらしい。リバウンドの度に大声出すからすげー鬱陶しかったけど。

 

「……けどさっきのジャンプもだけど、こっちの出方が読まれてるみたいだったのには驚いたな」

「先読みは雪野の得意技やからなー。いやあ心読まれとるみたいでほんま怖いわ」

「あんたが言うんですか……」

 

 そっちこそ、よっぽど人の心が見えてんじゃねーかと思ってんのに。

 すると左隣ではみちるが、あの謝ってばっかりの茶髪と何故か盛り上がっていた。

 

「かわいいー! これって桜井君のお母さんが?」

「え? いや……自分で作ってきたんです、すいません!」

「自分で? すごーい! このクマとかどうやって作ったの?」

「何の騒ぎ? さっきから」

「桜井君のお弁当。これ自分で作ってるんですって」

「へえ、手作りなんて偉いね……って、随分かわいいな!?」

「はい、よく作るんです! すいません!」

 

 やたら謝る茶髪──桜井というらしい──の弁当を見せてもらうと、タコさんウインナーに彩りよく串刺しになったカット野菜とチーズ、極め付けは桜でんぶで白飯にクマの顔を描いていた。「妹の奴とかと間違えたんじゃねーのかよ……」と若松が呟いたのが聞こえた。

 その辺の雑誌で弁当特集とかで載っててもおかしくねーくらいの完成度である。普通に美味そう。

 謝ってばっかだから、変になよなよしてる印象の奴だったけど、女子顔負けのスキルを持つような奴だった。少なくともみちるは負けてる。

 

「あ……良かったら何か食べますか?」

「あら、いいの? じゃあ私のフルーツあげる」

 

 と、桜井が弁当箱を差し出すと、みちるも自分が買ってきていたカットフルーツの詰め合わせを出した。この空間だけ女子会みてーになってるぞ。

 

「じゃあ、そのタコの……」

「おっ、うまそーじゃん」

「あっ」

「えっ」

 

 唐突に、桜井の背後から伸びた腕が弁当箱からタコ型ウインナーを一つさらっていった。

 花が舞ってるみたいにほのぼのしていた空気が一瞬固まったのが分かる。

 鼓膜を突き破るんじゃねーかってくらいの若松の怒声が、硬直を破った。

 

「青峰!! どこ行ってたんだよお前!!」

「ん──―……テスト?」

「嘘吐け!! そんなんねーだろ今日!!」

 

 桜井の背後で眠たそうな目つきをした男は、言いながら弁当をつまんでいる。ちなみに人の弁当だ。

 

「おはよう、青峰君」

「よお、みちるサンじゃん。何、来てたの?」

「ええ。さつきちゃんも一緒だったんだけど、誠凛に行くっていうから」

「あーだからあんな所にいたのかよ……」

 

 月バスで見た事はあっても実物は始めてだった。

 こいつが青峰大輝。

 浅黒い肌に、短めの青みがかった黒髪。雑誌の通りの見た目だったけど、何というか、実物はすげーふてぶてしかった。緑間と同中なら一年の筈なのに、優等生のテンプレみたいなあいつとは印象が真逆だ。似てるのは自分中心みたいなオーラだけか。

 と、あんまりにも普通に話しているから、こっそりみちるに訊ねた。

 

「……おい、みちる。お前いつから青峰とそんな仲良くなってたんだよ」

「別に仲良いって訳じゃないわよ。この前一緒に蝉取りに行って」

「また何してんだよ!? 倒れても知らねーぞ!?」

「大丈夫よ。それに、珍しい場所があったから行きたかったんだもの」

 

 しれっと知らされた事実をちょっと問い詰めたくなった。すると俺の存在にやっと気づいたように青峰が言った。

 

「あれ? つーか、お前誰?」

「ああ、彼は雪野瑛君。アキちゃんって呼んであげてね」

「いや、呼ばなくていいからね」

「他校のスタメンくらい知っときいや、青峰……」

「おい青峰! そんな事より午後の練習は真面目に出んだろーなあ!?」

 

 話が脱線しかけていた所に、若松がまた青峰へ一喝した。

 何かこの怒鳴り方が宮地を思い出すから、俺の心臓にも悪い。けど肝心の青峰は右から左に……いやほぼ無視している。

 

「っせーなあ、嘘だの出ろだの……ちゃんとした理由がありゃいいのか? 休んで」

 

 その時眠たそうだった青峰の目つきに、凶悪な光が灯ったように見えた。

 俺は反射的に身構えたけれど。

 

「堀北マイちゃんの写真集取りに来ただけだよ。んで、部室まで行ったら体力尽きちゃった。だから帰るわ」

 

 手元から印籠か何かのように取り出したのはグラビア雑誌。思わずずっこけそうになった。

 それにどっちかつーと堀内マコ派だ……って何を言ってんだ俺は。

 

「んじゃお疲れー。あ、次から俺の弁当も作ってこいよ」

「えっ……」

「デコはマイちゃんで」

「分かりました、すいません!」

「待てよ青峰!!」

 

 青峰はステージを降りると悠々とコートを歩いて行く。若松は完全に頭に血を上らせて後を追うと、青峰の胸倉を掴んで怒鳴った。壇上にいた桐皇バスケ部全体に流石にざわめきが走る。

 ……おい、止めなくていいのか。ちらっと今吉さんを見ると、いつもと変わらない糸目のままで騒ぎを眺めている。

 

 

 館内中に響くようだった若松の怒声は途切れた。

 青峰がいきなり膝蹴りをくらわして、若松はその場に蹲るように倒れ込む。思わず俺もステージから降りて、二人の傍に駆けつけた。

 

「おいっ!? お前、何して……」

「いや、ちゃんと言ったし。放せって」

 

 そういう問題じゃねーよ。

 腹を抱えている若松に声をかけると、「大した事ねぇよ」と言葉が返ってきた。……結構容赦なく鳩尾に入ってたから相当痛いと思うのに、タフな奴だ。

 

「練習しろ練習しろ、笑わせんなよ。良ー俺前の試合何点取ったっけ?」

「えっ、あの……82点です」

 

 桜井が怯えながら答えた。つーか何? キセキの世代ってのは80点がアベレージみたいなもんなのか? でたらめ過ぎだろ……。

 青峰はグラビアを床に置くと、その辺に転がっていたボールを持ってドリブルを始めた。

 

「練習ってのは本番の為にやんじゃねーの? 本番で結果出てるのに何すりゃいーんだよ? 

 そーゆー事はせめて、試合で俺より結果出してから……」

 

 そのまま軽い助走をつけて踏み込む。

 ボールを叩きつけるようにゴールにぶち込んで、豪快な切れ味のダンクが決まった。

 ──―と同時に、シュート以外の何かがひしゃげるような不協和音が聞こえる。

 

 ゴールリングが青峰のシュートに耐え切れず、付け根から引き千切られていた。

 

「あり? またやったー」

 

 本人はリングを輪投げか何かのようにぶらぶらさせると、絶句しているバスケ部の連中に向けて嘲笑うように言った。

 そんなほいほいぶっ壊すもんでもねーぞ、ゴールって。

 

 

「えーと……何言おうとしてたんだっけ? ……ああ。俺より結果出してから、言えよ。あり得ねーけど」

 

 

 投げ捨てられたリングがゴミのように転がった。

 こっちを一瞥もせずにコートを歩いて行く青峰は、まるで野生の獣がのし歩いているように見えた。実際、桐皇バスケ部の連中も放し飼いにされた豹でも見るような目線で遠巻きにしている。恐れずに噛み付こうとしてるのは若松だけだ。

「キセキの世代」でもこんなに違いがあるのかよ、と思ったら無意識に口に出していた。

 

「緑間君は練習してるのに……」

 

 と、コートを縦断しかけていた青峰の足が止まる。

 俺は自分の失言を察したが、遅かった。

 本当にただの独り言だったけど、体育館が静まり返っていたもんだから予想外にその言葉は響いてしまった。

 

「……あ? 緑間が何?」

「あーいや、何でもないよ。気にしないで」

「雪野は秀徳のスタメンやで、緑間君が行った所やろ」

 

 話を逸らしたかったのに、何故か今吉さんが補足してきた。

 青峰は品定めするような視線を向けてきたが、退屈そうな表情に特に変わりはなかった。

 

「へー、あんた緑間のセンパイ?」

「まあ一応……。……僕が口出す事じゃないけど、練習くらい出たら?」

「クハッ、緑間みてーに口うるせーな。つーか秀徳って事はテツに負けた奴だろ? 

 試合で負けてる癖に偉そうに言ってんじゃねーよ」

「青峰!」

 

 隣で怒鳴ったのは若松だ。さっきまで蹲っていたのに回復の早い奴だ。

 

「確かに負けたけど……火神君達は強かったからね」

「火神が強い? 冗談だろ。あんなヌルいのに負けてるとか、テツだけじゃなくて緑間も衰えてんのかよ。あ~あ……悲しくなるぜ」

「……あのさ、その言い方は」

「あ──はいはい、そこまでにしとき」

 

 俺と青峰の間の空気を掃うように手を打ち鳴らしたのは今吉さんだった。

 止めるのが遅ぇーよ、と思わなくも無いが助かった。こんな所で他校と揉め事起こす訳にいかない。すると今吉さんは俺達を見て、一瞬口元に笑みを浮かべたように見えた。背筋に嫌な寒気を感じる。

 

「なあ青峰。体力有り余っとんなら、雪野と1対1(ワンオンワン)でもやってみたらどうや?」

「え……はっ!!?」

「あー? んだよ、面倒臭ぇ。今特にガッツ無くしてんだけど」

「喧嘩するよりマシやん。それにこいつは強いで、試してみ」

 

 勝手に話を進めるな。でも俺の抗議なんてお見通しっていうように、今吉さんは傍に来ると囁くように言った。

 

「まあまあ、雪野もあんなコケに言われて悔しいやろ? ここは一つ、ガツーンと先輩としてやったり」

「いや、あんたの所のエースだろ。そんな扱いでいいのかよ……」

「ここで喧嘩される方が困るんやて。ほら、ゴールならあそこ使えばええし。……予選落ちしてストレス溜まっとんのとちゃう? ここで発散しとき」

 

 そんな分かりやすい挑発に乗るかよ。

 でもここまで言ってくるなら、もう俺は引き受けるしか選択肢は無いのでしぶしぶコート内に進む。後方から「おー雪野、やっちまえ!」という若松の声と、「ユキちゃんがんばってー」というみちるの声が聞こえた。応援なんだか脅迫なんだか。

 

 ボールを器用にも指先で回していた青峰は、俺を一瞥すると乱暴にボールを投げ渡した。

 

「あんたから好きに攻めろよ。タラタラやんのダリーから、それで一本でも取れたら勝ちでいーぜ」

「…………あっ、そう」

 

 ここまで嘗められてるとかえって清々しいもんだ。

 揉め事起こす気はなかったけど、こいつの鼻をあかしてやりたい気持ちもちょっと芽生えてきた。

 

 館内が静まり返る。

 ドリブルの音だけがコート上で響いた。

 

 ……考えてみれば、「キセキの世代」だとか言われてる一年とサシでやるのは始めてだ。

 緑間とは練習中のミニゲームでも当たらなかったし、黒子はパス特化の選手だったし。

 目の前の青峰は何ら力を入れる事なく、自然体でいる。もっと言えば隙だらけだ。

 俺がどう行こうと止める自信があるんだろう。

 

 なら余裕見せてる内にやってしまうか。

 青峰の左サイドを狙って一気に駆けた。けど、俺が接近した瞬間に青峰は反応している。カットされる事を直感し、咄嗟にボールを青峰の目の前を横切るようにしてコートに叩きつけた。

 力いっぱい叩きつけたボールがバウンドして空中に昇る。

 不意をつかれた青峰が、唖然とした表情でそれを眺めていた隙に回り込み、ジャンプして滞空中のボールを取った。目と鼻の先にはゴール。

 

 このままアリウープでいける。

 ――――かに見えたが、ゴールに入れる直前、ボールは勢いよくカットされた。

 

 青峰は俺からボールを奪ったかと思うと、ほとんど宙に浮いた体勢だっていうのにそのままボールをリングに投げ込んだ。

 あんな不安定な姿勢でどうして入るんだよ。

 その光景に目を疑っていると、俺はコートに落下していた。すっかり体勢を崩していたから、思い切り腰を打った。すげー痛い。

 

 ……1本勝負の決着は一瞬で終わった。

 観戦してた桐皇バスケ部の奴等もみちるも、皆黙り込んでるから居たたまれない。

 気まずい雰囲気を感じていると、ふと、体育館にあった時計が目に入った。昼を回っていて時刻は丁度午後1時を過ぎたあたりだ。

 

 ……1時? 

 その時、俺は全身の血が一気に引いたように思った。

 

「……今吉さん。俺、帰ります」

「は? いきなりどないしてん」

「……俺、今日補習なんですよ!! 行かないと留年になるんです!!」

「ええ……雪野、お前また赤点取ったんかい……」

「しかも補習って……何で忘れてるのよ」

「原因が言うんじゃねーよ!!」

 

 焦りとパニックに襲われた俺は、バッシュとシャツを借りたまま体育館から外に飛び出した。

 一気に思い出した現実的危機のせいで、ゴールの下で突っ立っていた青峰の事なんて、外に出た時にはきれいに忘れ去っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――キセキの世代のエース、青峰大輝。

 

 最強の点取り屋であり、最大の敵になる男と本当の意味で対決する事になるのは、また別の話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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