黒と銀の巡る道   作:茉莉亜

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13.探し人

 

 

 

 

 

 あの緑間が負けたってのは眠気覚ましにくらいにはなるニュースだったけど、話してみりゃ、本人が分かりやすく落ち込んでたから笑えた。

 

「んだよ暗ぇなーさてはアレっしょ!? 負けちゃった!?」

『……青峰か』

 

 いつも妙にエラそーにしてた緑間はどこいったんだよ。

 電話越しでも辛気臭さが伝わってきた。

 

『……そうだ、せいぜい決勝リーグでは気を付けるのだよ』

「はーいー!? 何言ってんだよ! キモいって! ……俺を倒せる奴なんざ俺しかいねーよ」

 

 帝光の時にさんざん分かっている筈なのに、的外れ過ぎだろ。

 あとこいつが素直になってるのは普通にキモい。落ち着かねー。

 

『相変わらずだな青峰。分かっているのか? つまり決勝リーグで黒子と戦うという事なのだよ』

 

 さつきでさえ滅多に出さない名前を、わざわざ出してくる所は相変わらずだった。こういう遠慮が無い所は割と嫌いじゃない。空気が読めないとも言うけど。

 まあ別に、突かれてどーとも思わねーし。中三以来、話すどころか顔もろくに会わせず別れた水色頭を思い出す。

 

「……何かカン違いしてるぜ、緑間。昔がどうでも関係ねぇだろ、今は敵だ。

 じゃな、切るぜ」

『ああ』

「ミドリーン! 落ち込んでる時にごめんね──!! 元気出し」

「うるせーよ!!」

 

 さつきが横からキャンキャン叫んでくんのがやかましくて、さっさと通話を切る。考えてみりゃ高校に入ってから中学の面子と話すのは始めてだったが何とも思わない。昔は同じチームでやってようが、今は敵だ。緑間も、テツも。

 

「んもー、勝手に切らないでよ青峰君! 私だって久しぶりにミドリンと話したかったのに!」

「うっせーなあ。ついこの間まで同中だったのに話す事なんかねーだろ」

「色々あるの! 今日の試合の事も聞きたかったし、テツ君の様子だって気になってたのにー」

 

 起きてても寝ててもこの幼馴染はうるさい。

 大体、こいつがその気になりゃ緑間の負け試合だって簡単に調べられる癖して、本人とわざわざ話したがる理由が分かんねー。あのプライドの鬼みてーな緑間が負け試合をベラベラ話す訳ねーし、テツの事が半分以上本音だろうな。

 

 午後いっぱい昼寝していたから体が痛ぇ。いい加減体を動かしたくなってきた。

 体育館の外に出ようとすると、後ろからさつきの声がやかましく響いた。

 

「明日練習ある事忘れないでよ? たまには出ないと、青峰君だってレギュラーなんだから」

 

 俺が行く訳ねーって薄々分かってるなら、無駄な事言うんじゃねーよ。

 入部から二ヶ月近く経ったが、練習に顔を出した回数なんて片手で数えられる。桐皇は全国から優秀な奴を引き抜いてるーとか説明されたけど、最初の練習でレベルを知っちまってやる気は失せた。

 外はいつの間にか、嵐みてーな大雨が降っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 

 

「青峰君は本当に虫を見つけるのが上手ねー」

「そっかあ? 大体、木とか登ればどっかにいるだろ」

「私が木登りなんてしたら途中で倒れるわよ」

「どんだけ体力無ぇーんだ、あんた……」

 

 中庭にあるそこそこでかい木によじ登っていた俺を、下から黒髪の小さな顔が見上げている。芽王寺(めのうじ)みちるサンとかいうこの人は、今吉サンの中学の後輩らしくて、よくバスケ部に来ていた。練習どころか部室にすら行ってねーから、初めて会った時は新しいマネージャーなのかと思った。

 そしたらさつきに、他校の先輩なんだから失礼の無いようにねとかすげーうるさく言われた。俺はガキかよ。そもそも、いつの間に知り合いになってたんだお前。

 キレーだけど胸があんまり無ぇーからタイプでもねえ。C……いやDくらいか? あ、目元とかちょっと似てっかも。この前マイちゃんと一緒に表紙に載ってた松山ユリに。

 

「ねえねえ、何かいたの?」

「あー……ここはあんまいねーかも。お、こいつはいたか」

 

 黒光りする甲羅をわし掴んで、座っていた枝からそのまま地面に飛び降りた。

 ちょっと高さはあったけど、木登りなんてガキの頃からやってたから今更ビビる事なんて無い。

 地上で待っていたみちるサンの前に獲物を見せてやると、黒目がちの目が吸い寄せられるように見た。

 

「すごい! これカブトムシ?」

「じゃねーの? これくらいの奴ならまだその辺にいるだろ」

「やっぱりクワガタと違って角が一本だと何だか逞しいわねえ。あ、ほら籠に入れて」

「あんたここに虫捕りに来たのかよ」

「違うわよー。マネージャーの勉強の為。こっちはただの趣味」

 

 俺の知ってる女子はカブトムシ摘まんだりミミズ見ても笑ってたりしねー筈なんだけどな。

 虫も殺せなさそーな見た目だからギャップがすげえ。

 いや、あの腹黒眼鏡の知り合いってんだから普通の奴の筈ねえか。

 

「そういえば青峰君は練習行かなくてよかったの? 確か桐皇って決勝リーグも近いんでしょう」

「いーんだよ、俺は試合だけ出るって事でここに来てやったんだから」

「今吉さんも大変そうねえ」

 

 虫カゴに入れた戦利品を眺めながら、みちるサンは微かに笑った。ちょっと小馬鹿にしたような笑い方だったが、俺に向けている訳じゃない事は分かった。

 

「でもそんな事してたらバスケ部で孤立しちゃわないかしら。試合だけ出るのも寂しい気がするけど」

「別にどう思われたって知らねーよ。今更弱い奴等と足並み揃えて練習したって何になるってんだ。……つーかこの話続けるなら帰ってくんね?」

「ごめんなさい、私の知り合いとちょっと似てたから気になっちゃって」

 

 籠の中のカブトムシを眺めながら、別の何かを見ているような言い方だった。

 

「ねえ青峰君、男の子って一度喧嘩したら仲直りって出来ないものなの?」

「んだよ、いきなり」

「やっぱり選手同士にしか分からない事ってあるのかしら。友達だったんだから、また元通りになるって思うんだけど」

 

 結構この人もマイペースだった。

 

「知らねーよ。大体、テツと今更話す事なんかねーんだよ」

「テツ?」

「……何でもねえよ」

 

 元に戻る事なんて何も無い。

 あいつにはどうしたって俺の事なんて理解出来ねーし、俺だってそうだった。誰一人俺にはついてこれない。テツだってそうだ。

 まあ、試合になったらせいぜい手加減せずに相手してやるけど。あいつは一人じゃ何も出来ねー癖に手抜きすると怒る。多分そこは変わってねーんだろう。

 

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 緑間がテツに負けたっつー事を聞いた時は、あの変人が落ち込んでるなんてレアなもんに注目してたからすっかり気付かなかった。

 テツが進学した誠凛とかいう高校に興味が出てきた。つっても、ほんのちょっとな。

 さつきは練習に行け行けうるせーし、マイちゃんの写真集は部室に忘れるし腹は減るしで、何か退屈してた。

 興味が沸いたのは、誠凛つーより、そこの選手だ。

 

 火神大我。

 さつきのノートに書いてあった誠凛のエース。テツの新しい相棒って所に興味が出た。

 緑間に勝ったってのがマジなら、久々に面白そうな奴を見つけられるかもしれない。少しだけそう思っていた。

 

 スポーツジムの傍にあるストバスのコートに行くと、俺とそう背の変わらない野郎が一人でシュートを打っていた。すげーな、マジでいる。さつきの情報網ってどうなってんだ。

 

「火神大我……だろ? 相手しろ、試してやるから」

「……あ? 誰だテメー」

 

 警戒バリバリっていう目で睨んできたから、めんどくせーけど名乗ってやった。

 予想してた通りに顔色が変わる。いつの間にかバスケやってる奴には必ず知られるようになってたから、こっちは何もしてねーのに相手が勝手に戦意喪失しちまう事が多い。けど、とりあえずこいつはやる気になってる分だけマシみてーだ。

 

 ……ま、結果的には、わざわざこんな場所まで探しに来たのは無駄だった。

 ほんの五分くらいだったが、火神は結局俺から一度もボールなんて取れやしなかった。それどころかこっちの動きについてくんのがやっとだ。もうへばってやがる。

 届きもしねー癖に必死になって俺からボールを取ろうとしてる様子は無様だったが、元相棒の影がちらついて余計に期待外れだと思った。

 

 

 ────青峰君より強い人なんて、すぐに現れますよ。

 

 

 そんな事言っていた癖に、テツの目も随分曇ったもんだ。

 DF(ディフェンス)する火神をほとんど無視して通り抜け、ゴールにボールを投げ入れた。シュートする時にいちいちゴールに入れようとかいう意識は無い。入れようと思えばいつだって入れられる。それがどこだろうと、誰が敵だろうと関係無かった。

 

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 

 

 コートから出た時には腹の虫が鳴っていた。

 多分そろそろ昼だろう。テンションは上がらねーし、むしろ気分は萎えたくらいだし、このまま家に帰っちまおうか。

 確か今日は練習日だとさつきがガミガミうるさく言ってたから、学校には行かねー方がいいかもしれねえ。あ、でも練習日なら良も来てるだろうから弁当にはありつけるな。さて、どうするか。

 

「ちょっと! 今日練習でしょ!?」

「あー火神ってのと会ってきた」

「行くなって散々言ったじゃん! それにまだ彼の足は多分……」

「っせーなー、わってるよ。つか悲しいのは俺の方だぜ? これから少しは楽しめるかと思ったのにガッツ萎えたぜ。このまま練習フケる」

 

 ぶらぶら歩いていたら見慣れた髪色と出くわした。

 緑間との試合で火神が足を痛めた事はさつきからちらっと聞いていた。それにしたって、あれはねーだろ。こっちの気も知らずに説教してくる幼馴染は置いていった。

 

 

 

 

 

 このまま帰ってもよかったが、途中でマイちゃんの写真集を部室に忘れてた事に気が付いた。こういう退屈した日はマイちゃんを見て癒されねえとやってらんねえ。

 休みにわざわざ学校に行って、部室に寄ったらそれだけで体力が尽きた。体育館の方ではきっと練習してるんだろーが、またご苦労なこった。

 

 ちょっと覗いていくと、ステージの方に部員が全員集まって何か騒いでいた。

 昼飯中だったなら丁度いいや。

 

「お、うまそーじゃん」

「あっ」

「えっ」

 

 良の茶色頭が見えたので後ろから覗き込むと、やっぱり今日もうまそーな弁当を持ってきていた。適当にウインナーを摘まんで空腹を満たす。

 

「青峰!! どこ行ってたんだよお前!!」

「ん──―……テスト?」

「嘘吐け、そんなんねーだろ今日!!」

 

 若松に怒鳴られた所で怖くも何ともない。主将の今吉サンは放っておいてくれんだから、こいつもそーしてりゃいいのにと思う。

 

「おはよう、青峰君」

「……よお、みちるサンじゃん。何、来てたの?」

 

 この人も他校なのにほいほい来るよな。まあ別にいいけど。虫捕りの話は合うし、部員の連中やさつきよりうるさい事言わねーから。

 練習終わりで汗臭い連中が集まってる中で、マネージャーっていうよりどっかのお嬢様みたいな雰囲気のみちるサンは結構目立つ。それに、その隣にも見た事ねー奴が混ざっていた。

 

「あれ? つーか、お前誰?」

「ああ、彼は雪野(あきら)君。ユキちゃんって呼んであげてね」

「いや、呼ばなくていいからね」

「他校のスタメンくらい知っときいや、青峰……」

 

 弁当を広げていた今吉サンが呆れたように言った。

 んな事言われても、他所の連中なんてどうせ雑魚だし、いちいち覚えてらんねーよ。

 

「おい青峰! そん事より午後からはちゃんと練習出んだろーなあ!?」

「はっはー、まっさかー。てかうめーなコレ、全部よこせ」

「えっ、いやこれは……スイマセン! どうぞっ」

「やってんじゃねーよ桜井!!」

 

 良の弁当のおかずをほとんど全部食ってると、聞いちゃいねーのに若松がうるさい。

 だから練習に来るのは面倒なんだよ。ちゃんと参加しろ、ちゃんとやれ、バカの一つ覚えみてーに同じ事しか言ってこない。

 まともに返事するのもだるくて、マイちゃんの写真集を取りに来た事を話したらもっとキレた。そりゃそうか。

 

「じゃ、お疲れー。がんばって。あ、次から俺の弁当も作って来いよ」

「えっ……」

「デコはマイちゃんで」

「分かりました、スイマセン!」

 

 俺にしては珍しく気の利いた事言ったと思うけどな。特に邪魔してねーし、練習してる奴等に応援までしてるし。それでもこのセンパイにはお気に召さなかったらしい。

 

「待てよ青峰!! いー加減にしろよお前、練習出ろっつってんだろ!」

 

 こいつ何聞いてたんだ? 写真集取って来たし、体力もう無ぇーから帰るって言ってんだろ。

 ステージから降りて出て行こうとした所で、若松に胸倉を掴まれて止められた。

 

「今特にガッツ無くしててよ、だから一度許してやる。離せ」

「なんっ……」

 

 若松の鳩尾めがけて思い切り膝を入れてやると、あっさり拘束は解けた。

 様子を見るだけだった今吉サンや他の部員の奴等が慌てたようにステージから降りてくる。

 真っ先に反応した白髪頭の他校生が、うずくまる若松に駆け寄って心配そうに声をかけていた。

 いや、離せってちゃんと言ったし。俺悪くねーだろ。

 

「練習しろ練習しろ、笑わせんなよ。良―俺前の試合何点取ったっけ?」

「えっあの……82……点です」

 

 写真集をコートの脇に置いて、その辺に転がっていたボールを手に取った。

 アップなんてしなくても、ドリブルなんて目を瞑っても出来る。その後の動きにしたってそうだ。

 試合で俺より結果出してる奴なんかいねーのに、何で練習に出ないくらいで文句を言われなきゃいけないのか。第一、いくら練習した所でここにいるバスケ部の連中全員かかっても俺には勝てねーじゃねえか。

 

 適当に助走をつけて跳び、ゴールリングめがけてボールを叩きつけた。

 むしゃくしゃしてきたから、シュートしたっていうより叩きつけたって方だな。そしたらゴールの瞬間、掌に妙な感覚が伝わった。

 

「あり? またやったー……」

 

 リングが接着部分から剥がれて、ゴールから取れちまっていた。

 手の中には輪投げみたいな只の輪っかが収まっている。入部してからこれで三回目くらいだった気がするけど、ちょっと勢いつけただけで壊れるんだから仕方ねーだろ。

 いつの間にか体育館は静まり返っていて、部員の奴等が無言で俺を見つめていた。

 みちるサンはのんびりステージで昼飯食ったままだけど。

 

「こうなったら今日の練習とか中止でよくね? えーと……何言おうとしてたんだっけ……

 ああ! 俺より結果出してから、言えよ。あり得ねーけど」

 

 只のゴミになったリングを捨てると、金属音が虚しく反響した。

 ぼそりと呟くような一言が聞こえたのはその時だった。

 

 

「緑間君は練習してるのに…………」

 

 

 つい足が止まっちまったのは、知り合いの名前が出てきたからだろう。

 そうでなきゃ、こんな退屈な場所に用なんて無い。

 

「……あ? 緑間が何?」

「あーいや、何でもないよ。気にしないで」

「雪野は秀徳のスタメンやで。緑間君が行った所やろ」

 

 今吉サンが妙にニヤニヤした笑い方で言った。

 只でさえ胡散臭いのに、そういう笑い方するとますます何か企んでそうに見えんぞ。

 

 秀徳のスタメン、と聞いて改めて目の前の白髪頭に視線を移す。

 爺さんみてーに白い髪に、よく見りゃ青っぽい目。

 背はそこそこあるけど俺よりか小せーし、ついさっき火神とやったばっかだから比べると貧弱に見える。

 年上っぽいけど先輩か? 勘だけど。

 でも目が合いそーになったら何故か怯えたみてーに逸らされた。何だよ、もうビビってんのか。その反応だけでガッカリしたが、退屈しのぎにからかってやりたくなった。

 

「へー、あんた緑間のセンパイ?」

「まあ一応……。……僕が口出す事じゃないけど、練習くらい出たら?」

「クハッ、緑間みてーに口うるせーな。つーか秀徳って事はテツに負けた奴だろ? 

 試合で負けてる癖に偉そうに言ってんじゃねーよ」

 

 白髪のセンパイの目元がちょっと動いたような気がしたが、表情は変わらない。何だ、怒らねーのか。

 緑間がテツに負けたってのが口に出しても信じられねーけど、他の連中に足でも引っ張られたのか? 毎日毎日、バカみてーに3Pを打ちまくってたチームメイトを思い出す。帝光の時もクソ真面目で変人だったけど、あいつ高校でも変わってねーのかな。あの占いのアイテムとか。

 

「確かに負けたけど……火神君達は強かったからね」

「火神が強い? 冗談だろ。あんなヌルいのは負けてるとか、テツだけじゃなくて緑間も衰えてのかよ。あ~あ…………悲しくなるぜ」

「…………あのさ、その言い方は」

 

 がっかりで、悲し過ぎて、笑っちまいそうになった。

 珍しく期待して行ってみたら、その火神は俺の相手にもならねーし、緑間はこんなボケッとした奴とつるんでテツに負けてる。

 昔だって拍子抜けする相手しかいなかったけど、高校でもこれなんて思わなかったぜ。

 

「あ──―はいはい、そこまでにしとき」

 

 パンパン、と。

 俺達の間に割って入った今吉サンが、現実に引き戻すみてーに手を叩いた。何でか、俺と白髪のこいつを見比べている。

 

「なあ青峰、体力有り余っとンなら、雪野と1on1(ワンオンワン)でもやってみたらどうや?」

「え……はっ!!?」

「あー? んだよ、面倒臭ぇ。今特にガッツ無くしてんだけど」

「喧嘩するよりマシやん。それにこいつは強いで。試してみ」

 

 この人がこんな持って回った言い方する時は、大体何か企んでる。

 入部してから数えるくらいしか部活も来てねーけど、この人が性格悪い事は薄々分かっていた。

 まっ、一回相手する程度ならいいけど。

 雪野は今吉サンに何か耳元で言われたみたいで、あからさまに嫌そーな顔をしながらコートに来た。逃げ出さなかったのは意外だった。

 

「あんたから好きに攻めろよ。タラタラやんのダリ―から、それで一本でも取れたら勝ちでいーぜ」

 

 それだけ言ってボールを投げると、ぼけっとした割にはすぐ受け止めた。反応は良い。

 どの程度のもんか知らねーけど、とりあえず退屈がまぎれるくらいの相手であってくれよ。

 

 体育館が静まり返った。

 雪野がドリブルする音だけが響いている。

 

 俺は特に何も構えずにただゴール下に突っ立って、その様子を眺めていた。練習だろうと試合だろうと、他の奴等の動きは遅すぎて、真面目に構えてたら疲れるだけだって学んだ。

 こうして目でボールを追ってるだけで、追い付くには余裕過ぎる。

 

 雪野は俺の左サイドを狙って走り出した。

 速さはそこそこ。けど反応出来るレベルだ。ボールをカットしようと雑に手を伸ばした。

 が、その時。

 雪野がいきなりドリブルを止め、ボールを俺の目の前で投げた。コートに叩きつけられたボールがバウンドして、あらぬ方向に飛ぶ。

 訳が分かんねー行動をされて一瞬だけ俺も動きが止まった。

 

 その一瞬の内に、雪野は跳躍すると宙に浮いたボールを掴んでシュート体勢に入っていた。

 目が覚めたみてーに硬直が解ける。

 咄嗟に飛びあがり、ゴール寸前だったボールを奪い取った。着地する前に空中で体勢を変えてゴールへ投げ込むようにシュートを決める。ボールは何の苦も無くネットをくぐった。

 

 ドダッ、という音がして振り向くと、雪野がコートに尻もちをついていた。あれだけでかくジャンプした癖に、着地に失敗してんのかよ。ますます訳が分からなくて呆れていると、今度はいきなり顔色を変えて立ち上がった。

 

「……今吉さん、俺、帰ります」

「は? いきなりどないしてん」

「……俺、今日補習なんですよ!! 行かないと留年になるんです!!」

「ええ……雪野、お前また赤点取ったんかい……」

 

 バッシュと練習着の恰好のまま、泡を食ったように体育館から飛び出していく。

 

「しかも補習って……何で忘れてるのよ」

「原因が言うんじゃねーよ!!」

 

 呆れ返った風に言ったみちるサンに一声だけ怒鳴って、緑間のセンパイは消えた。

 勝負に勝ったのは俺の筈なのに、一方的に置き去りにされたみてーで、何か面白くねえ。

 コートの隅を転がっていたボールを拾ったのは、ステージから降りてきたみちるサンだった。

 

「今の勝負って引き分け?」

「あ? 決めたのは俺なんだから、俺の勝ちだろ」

「でも青峰君、さっきはちょっと危なそうに見えたわよ?」

 

 無邪気に笑って言うもんだから、俺も腹を立てる事を忘れた。

 

「芽王寺もからかうのはその辺にしとき。何や中途半端になってしもたけど、やっぱ雪野も青峰には勝てへんかー」

「なあ、あの白髪って今吉サンの知り合い?」

「おん、中学一緒やねん。まあ随分長く会うてへんかったけどな。……何や、お前が興味持つなんて珍しいな」

「…………別に。俺より弱ぇーし、どーでもいい」

 

 何言われようが、結局あいつも火神と同じだ。俺を止められやしなかった。

 俺より強い相手なんてテツは言ってたけど、そんなもんは存在しないし、どーやって会えばいいってんだ。

 

 

 俺に勝てるのは俺だけだ。それが変わる事なんてあり得ねえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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