黒と銀の巡る道   作:茉莉亜

14 / 35
14.エースの資質

 

 

 

 

 

 

 

 >大我君とちゃんと仲良く出来ていますか? 喧嘩してません? 

 >ところで(あきら)君はドナルドとデイジーどっちが好きです? 

 

 渡米中の爺ちゃんからそんな意味不明のメールが届いたのは、午後の授業もようやく終わって、放課後を知らせる鐘が鳴り始めた頃だった。

 内容も意味が分かんなかったので無視してもよかったけど、添付に画像のファイルがあったのでそれを見たら疑問は解けた。

 暗闇の中で燦々と光り輝くイルミネーションを模したパレードの行列と、カメラに向けて笑顔を向けている爺ちゃん。頭には猫耳ならぬネズミの耳のカチューシャがついている。まさかとは思ったけど本場のネズミの王国だろう。両脇にはまた知らない女がいた。

 俺は衝動的に一文だけ返信をした。

 

 >どっちでもいいから帰ってくんな

 

 あの爺の事だから遊んでるんだろうとは思ったが、見せつけられるとすげームカついてきた。自分のじゃなかったら携帯を思い切り投げ捨ててやりたい。

 こっちは初対面の家に下宿させられるわ、試合には負けるわで色々あってばっかりだってのに、何であいつは呑気にしてんだよ。

 

 遥か海の向こうにいる爺にイライラしても仕方ない。かといって今からの事を思うと欝々としてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 期末テストも終わり、バスケ部も今日から活動再開って知らせが届いた。

 俺はと言えば、直前までの補習をパス出来るかどうか進級出来るかどうかの瀬戸際だったから、正直部活の事を忘れてた。

 ちなみに補習については前の休みに、桐皇の練習に行ったりしたせいで完全に遅刻してしまったが、そこは担任のお情けで猶予をもらった。そして何とか合格して今に至る。

(担任と部活の監督が同じってのは勘弁してほしいって思ってたけど、そのせいで大目に見てもらったならちょっとだけ感謝したい)

 

 こうしてストレスを一つ消したが、また新たに悩みは生まれる訳で。

 試合で負けた後の練習は上級生はピリピリしてるし、同期も暗い顔してるばっかだし、良い思い出が無い。

 去年、IH(インターハイ)本選で負けた時もそりゃ酷かった。まあ、あの時は主将(キャプテン)を始め三年の方が早く吹っ切っていたから、下の俺達のあんまり引きずらずに練習を始めたけど。

 

 少しだけ昔の事を振り返っていたら、部室の扉の前に着いた時、その大声にビビらされた。

 

 

「……っいい加減にしろよてめぇ!!」

 

 

 鼓膜を破るような怒鳴り声がドアを突き抜けて聞こえてきた。

 うわ、またこのパターンかよ。

 部室で何が起きてるのかしらねーけど、よくない状況になってそうなのは確かだ。二年組で一、二を争う短気の室田の声だし。もうちょっと間を空けてから入るか? なんて思っていたら、室内の口論が漏れ聞こえてきた。

 

「……それは俺に対してでしょうか?」

「ああ、そうだよ。お前以外に誰がいるってんだよ。予選落ちしてIHにも行けなかったってのに、よく涼しい顔してられるよな。何が「キセキの世代」だ? 迷惑かけるだけで疫病神じゃねえかよ!!」

「……試合の事は確かに俺の人事の尽くし方が足りなかったです。しかし部活を辞めた覚えはありません。練習に来る事に何の問題があるんでしょうか?」

「何だと!!」

 

 何かもう、声だけで部屋の様子が見えてくるようだった。

 ほぼ予想はしていたけど、やっぱり原因は緑間か。

 口喧嘩って割には不穏過ぎる空気に、思わずドアノブを回してしまった。作りの古い部室の扉は、ちょっと力を入れるだけで簡単に開いてしまう。

 いきなり部屋に入った俺の姿に、口論中の室田と緑間も含めて室内の視線が一気に集中した。

 

「……あー遅刻してなかったみたいでよかったー。皆どうしたの? 練習行かないの?」

 

 精一杯とぼけて愛想笑いを浮かべてみせたが、効果はなかった。

 初夏なのに部室の空気は冷え切っていて、俺の呼びかけも誰も応えず虚しく消える。

 

 部室にいたのは、室田と、最初に比べて数も減った二年生が数人。ほとんど二軍だが。

 そして一年生は緑間と高尾。普段はバカみてーに笑いまくってる高尾が珍しく真顔で、ちょっと新鮮だった。

 

「……大体、お前もお前だろ」

「え?」

「分かってんのか? もう俺達は今年のIHには出られねーんだぞ。俺達だけじゃねー、主将や三年の先輩達はこれが最後の機会だったんだ。それがつぶれたっていうのに何でそんな平気な顔していられるんだよ」

「……別に、僕だって平気な訳じゃないけど」

「聞いたぜ? お前桐皇の練習に行ったんだってな。うちじゃやる気が起きねーから、他所でやるってのかよ」

 

 何でそんな事知られてんだ。

 桐皇のバスケ部員の中に、室田の知り合いでもいたのか? だとしたら高校バスケ界の世界の狭さを思い知る。

 桐皇、の言葉に緑間が少し反応したような気がしたが、それに構う暇は無かった。

 

「いや、それはたまたま知り合いに引っ張り込まれて無理やり……」

「どうだかな。お前、練習の時だってやる気があるんだか無いんだか分からねーし、本当はこのバスケ部にうんざりしてるんじゃねーの? これからずっと「キセキの世代」に振り回される事が決まってるんだしよ」

 

 流石にこの発言は聞き逃せなかったのか、高尾が何か言いたそうな素振りを見せた。

 が、緑間が目線で制して押し留める。緑間にしては良い判断だ。この状況で室田に何とか言えるとしたら俺しかいない。

 

「室田君、予選の事なら僕だって悔しいと思ってるよ。でも誰も責められる事じゃないし、一年に当たっても仕方ないでしょう」

「確かに八つ当たりに聞こえるだろうな。けど、俺だけがそう思ってると思うか? 他の二年や、先輩達にも聞いてみろよ。誰のせいで負けたのかなんて、きっと同じ事言うぜ」

「……あのさあ、そんな犯人探しみたいな事して何になるの。わざわざ喧嘩でもしに部活に来た訳?」

「俺が言ってるのは、いつまでこいつを最優先しなきゃならない状態が続くのかって事だよ」

 

 室田は目も合わせたくないと言うように、顎で緑間を指した。

 指名された本人は、表情一つ変えず静かに俺達のやり取りを見ている。

 

「「キセキの世代」だからって監督は無条件に出したけど、こいつを出し続ける事だけが正解か? 他にもレギュラーを望んでて、こいつよりずっとチームと協調してやっていける奴

 なんている。あれだけ好き勝手にワガママ言われて、結局勝てませんでしたって言うなら、レギュラーから降りてもらうのが筋じゃねーのか」

 

 しん、と部室に怖いくらいの沈黙が落ちた。

 他の二年生も口こそ挟まないが、それはほとんど肯定してるようなもんだろう。

 

 室田はSG(シューティングガード)志望でここに入部していた。沸点は低いが、こいつがスタメン入りする為にどれだけ練習してきたかは知っている。

 そして緑間がその枠を取っている以上、この先室田の試合での出番はまず無い。

 

「……その言い方はあんまりじゃない? 大体、誠凛との試合で、緑間君がいなかったらもっと点差つけられて負けてたよ」

「好き勝手しといて勝てねーような天才様ならいらねーよ。お前だって木村先輩押しのけてスタメン取ってんだから、もうちょっと結果にこだわったらどうだよ。勝てなきゃ何の意味もねーんだから」

「………………」

 

 俺はバスケやってて、結果にこだわった事なんて無かった。

 自分が楽しくやれてればそれでいいって思っていたし、それで充分だった。

 去年のIH本選で、優勝には届かず負けて、前の主将や上級生が苦い顔をしていたのを思い出す。あの時には6番のユニフォームをもらってコートに立っていたが、宮地(兄)や木村はベンチだった。

 試合に出た俺よりずっとずっと悔しそうな顔をしていたけど。

 俺が黙り込んでしまったその時、部室のドアが壊れるんじゃねーかって勢いで開かれた。

 

「おい、お前ら! もうとっくに練習始まってんだぞ! チンタラしてんじゃねえ!」

「宮地、ドアが壊れるぞ……」

 

 いつもの怒声と共に現れたのは宮地(兄)と、それを控えめに止める木村だった。

 普段なら怒らせた宮地なんて避けたい限りだが、この息苦しい空間には救世主が来たように見えた。

 そして向かい合っている俺と室田、それを遠巻きに見ている緑間や他の二年達という状況に、只ならぬ事態を察してくれたらしい。

 

「…………練習にも来ねーで何揉めてんだ。予選が終わったからって、気ぃ抜いてんじゃねーぞ」

「すいません、宮地さん。大した事じゃないんです、すぐに……」

「先輩、お願いがあります」

 

 俺の言葉を押しやって、室田が宮地と木村の正面に向き合った。

 

「俺に緑間と試合させて下さい。スタメンの座を賭けて」

「は!? 何言ってんだお前」

「室田君!?」

「負けたら俺はバスケ部を辞めます。その代わり勝ったら、これからの試合では俺を使ってください」

 

 続いての宣言に、いよいよ部室中にどよめきが走った。

 いや、本当何言ってんの!? まさか意地になってんじゃねーだろうな。

 宮地も一瞬言葉を失って、木村と顔を見合わせている。が、考え込むように蜂蜜色の髪をガシガシと掻き回すと、諭すように言った。

 

「──―そういう事やりたいんなら、まず大坪に言え。それで監督が構わねーっていうなら、好きにしろよ」

「分かりました。主将に話します」

 

 室田は三年コンビに一礼すると、さっさと部室を出て行った。とんでもない爆弾発言を残していくんじゃねーよ。緑間の事、散々自己中だの何だ言ってたけどお前も大概だぞ。

 ともあれ胸がつぶれそうな重苦しい空気がなくなったから良かった。そう思っていたら、いきなり脳天を引っ叩かれた。

 

「っ痛!?」

「おい雪野、一体どういう事だ。何があったんだ、さっさと吐け。でないと潰す」

「落ち着けって宮地。……何であんな事いきなり言い出したんだ? 何か喧嘩でもしてたのか?」

 

 この上級生は第一印象と内面が真逆過ぎるだろうと思う。

 

「いや喧嘩と言うか……試合の事でちょっと」

「室田さんは俺がスタメンにいる事が不満だと言っていました」

 

 緑間、お前はもう黙ってろ。

 宮地の目線が俺に移る。言い訳を許さねーようなこの目線は正直苦手だ。

 

「おい、そうなのか?」

「……はい、まあ。いや、でも室田君が一方的に言ってるようなもんでしたから、緑間君に原因は無いですよ。僕が少し煽るような事を言ってしまって」

「……とりあえずお前ら、全員さっさと着替えて練習に来い。これ以上のろのろしてんじゃねーぞ」

 

 どうするべきか顔色を窺っていた二年生にも言い捨てると、宮地も部室から出て行った。

 何を思われたのか、宮地が去った後に木村が小さく話しかけてきた。

 

「これ以上宮地の機嫌損ねない方がいいぞ。あと、あんまり心配するなよ」

「……はい、すみません」

 

 善意で声をかけてくれた木村に、少し罪悪感を覚えた。

 俺が心配してるのが室田の事なのか、自分の部内での立ち位置なのか、分からなかったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして練習着に着替えて体育館に着いた時、監督から、俺のあらゆる予想を上回る発表をされる事になった。

 

「今日は基礎練の後に、一年対二年のミニゲームを行う。一年には緑間・高尾・遠藤・伊豆倉・吉野、二年には室田・金城・雪野・宮地・笹川が入れ」

 

 サラッと組み分けが発表されたが、俺は心の中で軽くパニックになっていた。

 え、一年と二年のチーム戦はまだしも、俺と室田が同じで緑間が敵? え、え!? 

 まさか本当に室田が主将と監督に直訴したのか? とうの監督はいつも通り、のほほんとした様子で突っ立っていて、俺の無言の訴えなんて気づきやしねえ。

 大坪主将他、三年達も何故か見学ムードになっているし、今更中断なんて言えない雰囲気だ。

 

「……ねえ室田君、監督に何言ったの?」

「だから、緑間と試合させて勝ったらあいつを退部させろって言ったんだよ。……なのにチーム戦とか何だよ、くそっ……」

 

 小声で訊ねると、短気な同級生は舌打ちと共に返した。

 やっぱりお前が原因かよ……舌打ちしたいのは俺の方だ。そんな大事に巻き込まれるのは御免だし、只のミニゲームなのに色々な意味で難易度が跳ね上がる。

 俺達が勝ったら緑間がスタメン落ちする事になるし、負けても室田の今後に関わる。そんな重い判断を試合に絡めないでほしい。

 

「おい室田、雪野。モタモタしてんじゃねーよ、一年相手だからって気ぃ緩めんなよ」

「うるせーな、お前に偉そうに言われなくても分かってんだよ。そっちこそ足引っ張んなよ」

「んだと!?」

 

 ……それに、このチーム分けは深刻な人選ミスを感じるんだが。

 室田と宮地(弟)が早速険悪になり始めている。これじゃあ一年チームの方がまだまとまって……いる訳でもないか。隣のチームを見ると、緑間がベンチに巨大なウサギのぬいぐるみを腰掛けようと四苦八苦していた。

 そのぬいぐるみが洒落にならないデカさなもんだから、俺も二度見したね。どーやって持ってきたんだ、あんなもん。高尾はまた腹抱えて爆笑してるし。

 

 

 

 秀徳二年チーム

 

 金城孝(二年)   C 188㎝

 宮地裕也 (二年) SF 192㎝

 雪野瑛 (二年) PF 183㎝

 室田晃一(二年) SG 193㎝

 笹川佑人 (二年)PG 179㎝

 

 

 秀徳一年チーム

 

 吉田秀樹(一年) C 186㎝

 伊豆倉遼(一年) SF 181㎝

 遠藤光 (一年) PF 183㎝

 緑間真太郎(一年)SG 195㎝

 高尾和成 (一年)PG 176㎝

 

 

 

 試合っつってもあくまでミニゲーム。時間は10分の1Q。

 一年側もスタメンは緑間と高尾だけで、あとの三人は試合経験が無い後輩達だ。

 パッと見では、身長や体格の面でも二年側が有利だった。つーか改めて見ると緑間がでか過ぎる。スタメンの中だと埋もれてて分かりにくいけど、一年の中にいると頭一つ飛び抜けてる。

 

 ティップ・オフ。

 最初のジャンプボールは金城が先取し、そのままPGの笹川に回された。

 ──ように見えたが、背後から瞬時にボールをスティールしたのは高尾だった。

 カットされたボールを手にしたのは緑間だ。

 緑間はボールを手にするや否や、シュートモーションに入り、放った。

 そして3点が得点される。

 

「いきなりかよ……」

 

 宮地(弟)が呟いたのが聞こえる。

 俺も同感だった。ちなみに今のシュート位置はセンターラインからだ。もうとっくに分かりきってたつもりだったけど、この後輩の辞書に遠慮とかいう文字は無いらしい。

 先制点を取られて、二年陣がいきなり殺気立ったのが分かった。

 得点した本人はいつもながら涼しい顔してる。ついさっきまでの室田とのやり取りなんて記憶から消してるみてーだ。

 

 

 どこまでもブレねー緑間の様子に感心するが、3分も経つと呑気に構えてられなくなってきた。

 何しろ、緑間にパスが渡ったらその時点で得点されたようなもんだからプレッシャーがやばい。敵に回してしみじみ実感したけど、こいつ本当何で出来てんの? オールコートで3P入るってのが化物だし、仮にも先輩相手のゲームで容赦なく披露しちゃうのがこいつだよなあ。

 

 点差は15対6。一年チームが優勢だった。

 

「……おい、笹川! 俺にボール寄越せ」

「え? あ、ああ……」

 

 室田がこちらのPG(ポイントガード)に指示する。

 笹川は素直に室田へパスした。あまり話した事はないが、確か二軍でよく室田とつるんでいた奴だ。

 3Pラインよりやや外側から、室田がシュートした。ボールはリングに乱暴に引っかかりながらもゴールする。

 

 何となく危なっかしさを感じていると、宮地(弟)が小声で話しかけてきた。

 

「……おい、雪野。室田の奴、何かあったのか?」

「……。いや、別に何も?」

「ならいいけどな。妙に力入ってるぜ、あいつ」

 

 そういう機微には疎そうな宮地(弟)ですら気付いてんだから余程だ。

 けど、このゲームは室田に任せないと収まらないんだろう。何より本人が納得しそうにない。

 

 笹川もだが、俺もボールを持った時にはなるべく室田にパスを回した。

 一年チームは当然ながら緑間を中心に攻撃してくるから、ミニゲームと言いつつ、流れは完全に一年と二年のSG対決と化していた。

 緑間が絵に描いたように綺麗なフォームでシュートするのとは逆に、室田の場合はダンクするかってくらいの勢いで打っている。おかげでゴールが壊れそうだ。

 

 けど、そんな大味な展開がいつまでも続く筈が無い。

 時間と共に点差も少しずつ開いてきた。

 緑間は百発必中で決めているが、室田はそうじゃないからだ。そしてボールがリングから弾かれる度に、室田の顔つきは険しくなっていた。

 点差は、27対15。残り時間も2分足らず。

 

 緑間がまたボールを持った。シュートモーションに入ろうとしている。

 ────俺はマークを振り切って、緑間のシュートを阻むようにジャンプした。緑間が目を僅かに見開く。

 思い切り腕を伸ばしたら、指先がボールをかすめた。いや、やっぱりタイミングが間に合わない。ボールはリングの円周を回転したが、数秒かかってゴールした。

 

 着地してから、足首を回して負荷を逃がす。

 ……よくこんな高さを火神はポンポン跳べたな。一回やっただけで相当疲れたぞ。

 

「余計な事すんな!」

「いや、一応ミニゲームだから……僕達の事忘れないでよ」

 

 アシストしようとしてやったのに室田の反応は冷たい。

 緑間を叩きのめしたいんだろーけど、こいつとシュート対決なんて無謀過ぎる。

 

 引き続き高尾にボールが渡ったが、宮地(弟)と笹川にダブルチームについてもらった。

 一年チームは試合運びに慣れているのが緑間と高尾だけだから、自然とこの二人にボールが集中している。ならマークする相手も楽だ。

 

 高尾が二人のマークから強引にパスした。あの状況でパスする隙間を見つけられた事に驚いたけど、一年側のSF(スモールフォワード)に回ったボールは俺がスティールする。

 何だか試合中で久々にボールに触った気分だった。

 そのままジャンプシュートを決めようとしたが──―すんでの所で、緑間に防がれた。

 俺も平均より大分高いんだが、こいつとの身長差が恨めしい……っていうか、こいつもう(センター)とかやれよ! この高さでSGとか反則だろ! 

 

 その後もボールが飛び交い、SG同士の打ち合いが始まり、試合は続いたが──―所詮ミニゲームだ。決着はすぐに着いた。

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 試合結果は30対24。二年チームの負けだった。

 

 チームの面子がそれぞれ汗を拭ったり、無言で体を休め始める。一年に負けたってのもあるけど、緑間一人に完封されたようなもんだから酷い空気だった。

 こういう時真っ先に口喧嘩を始めている宮地(弟)と室田が揃ってだんまりなのが不気味過ぎる。

 すると室田は、こっちに顔も見せないままでいきなり体育館から飛び出していった。

 

「! 室田君!?」

 

 思わず追おうとした俺を呼び止めたのは主将だった。

 

「雪野、止せ。放っておいてやれ」

「…………」

 

 試合経過を観戦していた大坪主将や、数少ない三年陣も苦虫を噛んだような微妙な表情を並べている。

 一年チームもその様子を察したのか、勝ったのに嬉しがってはいなかった。まあ結局緑間の一人勝ちみたいなもんだったし無理もないが。

 

 ……けど、何か居心地が悪い。

 勝った側も負けた側もバツの悪そうなこの状況が耐えきれなくて、気が付くと俺は主将の声も無視して体育館から脱け出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然飛び出していった同期の姿はすぐに見つかった。

 体育館からそう離れていない、グラウンドに近い水道で水浸しになっていた。

 汗を流しているつもりか知らないが、噴水みてーに水道水を撒き散らしているから何事かと思った。

 

 声をかけようか迷っていると、先に室田の方から話し始めた。

 

「……何、来てんだよ雪野。言われなくても俺、部活は辞めるから」

「え…………」

「んだよ、その顔」

 

 水道の水を止めると、室田はタオルで顔を拭き始めた。

 俺はよっぽど間抜けな顔をしてたらしーけど、室田が今どんな顔してるのかも分からなかった。悔しいのか、悲しんでいるのか。

 

「いや……何も辞める事無いんじゃない? そんな意地にならなくてもさ……」

「……お前はいいよな。本当、羨ましいよ」

「は?」

 

 背丈だけ見れば俺より高くて、体格もいい筈の室田がすごく小さく見えた。

 タオルから離したこいつの顔は、何だか泣きそうに見えたからだ。

 

「……お前は一年の時からスタメン入りしちまうし、緑間相手に試合したって立ち回れるじゃねーかよ。本当、どうしたらそんなに上手くなれんのか教えてほしいぜ」

「…………」

「俺だって努力してきたつもりなんだぜ? けど緑間にはどうやったって敵わねーし、やる気が無ぇお前の方がバスケ出来るんなら、もう俺が部に居る意味なんてねーだろ」

 

 グラウンドにいるはずの野球部の練習が遠いものに聞こえた。

 室田と目が合う。今まで見た事が無い縋るような目だった。

 

「なあ、何でそんなにいっつも他人事なんだよ。スタメンがどうでもいいなら譲ってくれよ何でお前はバスケやってんだよ」

 

 それだけ言い捨てて、室田は背を向けて去っていった。

 そしてその日を境にして、この同期は本当にバスケ部には現れなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 

 体育館に戻ると、とっくに後半のパスワークが始まっている時間だった。

 宮地(弟)も他の二年も普段の練習に戻っていたが、緑間は例によってワガママを使ったのか、一人でゴールを占領してシュート練習をやっている。毎度の事だからもう見慣れたけど、心臓が鉄で出来てんのかあいつは。

 そして巨大なウサギのぬいぐるみはベンチに守り神のように鎮座している。……ラッキーアイテムが何かしらある事にも慣れてしまったから、俺も大分毒されている。

 

 まあ、勝手に練習脱け出してちゃっかり戻ってきてる俺もどうかと思うが。

 一番隅の扉からこっそり入って、気付かれないように練習に混ざろうと思ったけど、そう上手くはいかなかった。

 

「ゆ~き~の~。てめー勝手に脱け出しといて無言で戻ってくるたあいい度胸じゃねえか!」

「痛っ!?」

 

 宮地(兄)の鉄拳が脳天に落ちた。

 見逃しちゃくれないだろとは思ってたけど、もうちょっと手加減してくれないか!? 

 只でさえ赤点をさまよってるのに、これ以上脳細胞を死滅されたら学生生活に関わる。

 

「すいません……でも殴らないでください……」

「室田の事見に行ってたのか?」

「……はい、まあ」

「下手に慰めるなんて止めとけ。それより自分の事考えろ」

 

 宮地の咎めるような視線が突き刺さる。

 実際、俺はありきたりな事しか言えないから、本当に落ち込んでる奴を慰めたりなんて出来っこない。

 

「来週は練習試合が入ってんだからな、さっさと切り替えねーと絞めるぞ」

「……えっ? 練習試合? この時期にやるんですか?」

「この時期だからこそだろ。さっきお前が出て行った時に、監督が知らせたんだ。部室に日程貼っとくから確認しとけ」

 

 少し驚いたが、IH予選が終了したこのタイミング。

 本選出場を逃した強豪だったら、冬へのリベンジに向けて対策を取ってる時期だろう。

 それなら練習試合を組まされるのも納得だった。

 

 

「あの……相手はどこの高校ですか?」

「海常だ。「キセキの世代」相手にすんのは面倒くせーけどな」

 

 

 反射的に、俺は緑間の姿を見た。

 秀徳の「キセキの世代」は何も変わらず、黙々とシュートを打ち続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。