黒と銀の巡る道   作:茉莉亜

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2.期待の新人

 

 

 

 

 

 中学デビューとか、高校デビューとかあるだろう。

 

 人によっちゃそれが成功する奴もいるだろうけど、大体の奴は無理して後で黒歴史になる。例えば高校に入っていきなり似合わねー金髪に染めたりとか、似非ヤンキーぶったりとか。

 ……まあ、今時そんなベタな事する奴はいないか。いたら笑っちまいそうだけど。

 

 かくいう俺は、というと。

 

 ある意味高校デビューを果たしていた。

 いや別に髪染めたりピアス開けたりはしていない。んなバカな事今更やらねーし、そもそも地毛が真っ白だから染めなくたって同級生の視線がうるさい。しかも髪の事で初日に五人連続して同じ事聞いてくるし。こっちは忍耐力鍛えに学校来てんじゃねーぞ。別に他人が白髪だろうが金髪だろうがどうでもいいだろ。渋谷とか行って来い、もっとすげー頭の連中がうろうろしてるぞ。

 

 高校生活は今度こそ平和的に、穏やかに過ごすと決めている俺にとっては、無駄に注目なんてされたくなかった。

 

 只でさえ面倒事に巻き込まれてる真っ最中だってのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 秀徳バスケ部に入ってから、俺はなるべく慎ましく一年目を過ごそうとしていた。

 三大王者だの東の王者だの、大層な名前で呼ばれてるここも、結局WC(ウィンターカップ)じゃベスト8で敗れた。

 

 呆気ないもんだ。王者とか言っても勝てない時は勝てない。

 三年の主将達にとっては高校最後の大会だ。一体どんな反応をするかと不謹慎に思っていたら、意外にも涙一つ見せず、何とも爽やかに引退していった。引退式では俺達一年と二年にそれぞれ激励の言葉まで贈っていったくらいだ。

 口煩かった二年の連中も涙をすすり、一年までもらい泣きして、今生の別れみたいな雰囲気になった事が記憶に新しい。あの湿っぽい空間が耐えられず、俺は途中で脱け出していたんだけれど。

 元主将も俺に対して、「お前がこれからは秀徳の中心になれ。頑張れよ」なんて妙に輝いた目で言ってくるから俺は曖昧に笑うしか出来なかった。

 

 一年の時のIH(インターハイ)予選の日から俺は正式にレギュラーになり、試合に出されていた。あの試合だけの例外かと思ったのに、負傷した三年の怪我が思ったより重傷だったようで、復帰させる訳にもいかずなし崩し的に俺がそのポジションに収まった。

 同級生の宮地弟なんかは「監督もお前に期待してるんじゃねーの? 何ビビッてんだよ、ったく先越されちまったぜ」と暑苦しく言って、背中をバシバシ叩いてきた。

 誰も彼も俺の意志を無視するな。

 唯一の一年レギュラーなんて妬みがあるに決まってるし、他の上級生からすればパシリと変わらねーし、良い事なんて一つも無い。WCで負けた時、他のレギュラーから何も責任を押し付けられなかつたのはちょっと驚いたけど。

 

 三年が居なくなってからはすぐ追試と期末試験という名の新しい地獄を見る事になったり、やっぱり赤点の連続で血を吐く事になったり色々あって、苦労の果てに俺は高校二年目の春を迎えている。

 

「そういえば雪野。今年はバスケ部すごい事になるんじゃねーの? 

 聞いたけど、あのキセキの世代が入るんだろ?」

「ああ、よく知らないけど、そうみたいだね」

「いや、お前は知ってなきゃダメな事だろ! 

 ……え、つーかマジで知らねーの!? 今週の月バスに特集載ってるぜ? 貸すか?」

 

 HR前の数分、教室で俺に話しかけていた同級生は強引に一冊の雑誌を押し付けてきた。月間バスケの今月号である。

 

「月バス……?」

「今月の奴マジで面白えーから! ほら青峰(あおみね)桐皇(とうおう)行っただろ? 

 あ、青峰は流石に分かるよな? それで他の学校とのパワーバランスがどうなるかってのを書いててすっげー面白いぜ!」

 

 俺としては、確かアーチェリー部だとか言ってたこいつが何でそんなにバスケ界に詳しいのかも気になった。え、何、俺がそんなに世間知らずなの? 

 

 バスケ選手、特に中高生の学生層を中心にして構成されているから、部内でも情報源の一つとして何冊かまとめて置かれている。俺はぶっちゃけ、他の学校の事まで気にしていられない状況だったから、この雑誌の存在自体を忘れていた。入学してから数カ月の間は、バスケの勘を取り戻す事と、クラスでまともに人間関係を築く事に必死だった。

 わざわざ渡してくれた同級生には礼を言い、俺はその月バスを一旦預かる事にした。その号の見出しは『「俺に勝てるのは俺だけだ」──コートを蹂躙する漆黒の野獣。青峰に迫る!』

 ……バスケの雑誌、だよな? これ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 勝っても負けても部の練習がオフになる事は無い。

 ぶっちゃけ週に四回くらいは朝練さぼりてーと思っているけれど、そんな事したら宮地兄による校内轢き回しの刑に処される事は確実なので想像するのみだ。まっ、入部初日にここの空気とか雰囲気をいやって程学んでからは、上級生の機嫌の取り方を何となく掴んでいった。

 ちなみに本日の二年、つまり現三年は全体的にイラついているように見えた。空気がピリピリしている。特に宮地兄が苛立っているように見えた。だからって後輩に当たらないでほしいもんだ。

 

「……宮地さんも主将も、何だかイライラしてる?」

「呑気だなお前は。今日、あの新入部員が来るだろ。だからイラついてんじゃね」

 

 同じ二年部員の室田が言った。その時決めたシュートがリングに弾かれて、チッと舌打ちが聞こえる。

 同時期に入部したのに、俺が先にレギュラーになったせいか、沸点の低いこいつはたまに嫌味を言ってきて鬱陶しい。文句なら監督に言えっての。

 

 今年のバスケ部入部希望者が、ぞろぞろ体育館に入ってきたのはそれから数分後の事だった。右も左も勝手が分からない一年坊主達が、恐る恐る体育館に入っていく様子は過去の自分を思い出すが、ここまで頼りない感じじゃなかった……筈だ。

 三年の先輩方は練習を続けているから、新入生の受付や仕切りは俺達の仕事だ。一年の時も雑用ばっかで面倒臭かったけど、今年も今年でストレスが溜まりそうだ。一年の人数は相変わらず多い。俺達の代と変わらないか、それより少し多めなくらいか。これがまた半分以上減っていくのかと思うと、この受付作業も虚しさしか無い。

 

 で、ずらりと並ぶ一年坊主達の列の中に──―「噂の新人」とやらは居た。

 監督から事前に、上級生とレギュラーのみを集めたミーティングで知らされていたが、実物を見るのは初めてだ。それにしても分かりやすい見た目だから、一目でそいつだと分かった。

 

 黒髪の一年坊主共の群れの中に、一人だけ鮮やかな緑色の髪が際立っていた。その上、やたらでかい奴で頭一つくらいひょっこり飛び出ている。

 俺だって180㎝と少しはあるから男子の平均以上だ。なのに、その一年は俺の10㎝は軽く目線が上にあった。緑色の髪に、しかも緑の目ときた。

 こいつ本当に日本人かと言いたくなるカラーリングだが、それ以外はお手本みたいにきっちりした見た目の奴だ。バスケよりも部屋の中でPCとかいじってる方が似合いそうな気がする。

 

 その新人をちらりと見ながら、俺は目の前の一年から名前を聞いた。

 

「じゃあ名前と希望のポジション言って」

「うぃっス! 高尾和成(たかおかずなり)PG(ポイントガード)希望です。よろしくお願いします!」

 

 丁度、俺の前にいた一年は俺よりも背が低い奴で、元気よく挨拶した。うんうん、この辺りが普通の身長なんだよ。この部は宮地兄や現主将も含めて平均身長がちょっとおかしい。

 そしてすぐ、緑頭の番になった。

 間近で見ると、そいつは何だか生白い顔をしていて、監督から聞いていなければ評判の選手だなんてとても思えなかっただろう。確かにでかいけど、どっちかと言うと細長い印象の体格だし。

 噂を限りなく疑わしく思いながら、俺はそいつの名前を聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 

 

 この春、新体制の元でバスケ部が始まる前、新三年生とレギュラーを集めたミーティングが行われた。そこで監督が告げた言葉は、特に三年にとっては残酷な一言だった。

 

「もう知っている者も居ると思うが、帝光中の緑間真太郎(みどりましんたろう)君が来年度から秀徳に来る事が決まった。これから、ゲームメイクやチームの中心は緑間になる。大坪、そしてお前達もそのつもりでやっていてくれ」

 

 新しく主将になった大坪は、神妙な顔をしてその言葉を聞き入っていた。

 そして他の三年の宮地兄や木村達は何も言わなかったが、皆これから部活で起きる波乱は予感しているんだろう。

 全中三連覇を果たした天才集団「キセキの世代」

 その内の一人が、ここに来るらしい。

 上級生達は言葉こそ発していないが、誰もがこれから起きるポジション争いとレギュラー落ちの予感を察している。その緊張が空気を刺々しくしていた。

 

 俺だけが唯一お気楽な表情をしていたから、宮地兄に怒鳴られるのも尤もな事だった。「キセキ」だとか一体誰のネーミングセンスなのか考え込んでいたからな。

 

「おい、雪野。お前もぼけっとしてんじゃねーぞ。うかうかしてたらレギュラーなんてすぐ取り換えになるんだからな」

「すいません、それは分かってます。あの、緑間真太郎ってどんな選手なんですか?」

「ああ!?」

 

 宮地兄は笑顔だが、目は相変わらず笑っていないから器用なもんだ。

 それでも自分の知ってる事を教えてくれる辺り、この人も言ってる事とやってる事が結構あべこべだ。

 

 宮地兄が言うには、緑間真太郎は「キセキの世代」でも№1のシューターで、特に3Pは百発百中と太鼓判が押されている選手らしい。実物を見た事もなく、月バスで記事を斜め読みくらいしかしてない俺には、説明されてもどっかの物語を聞かされているような気分だったが。

 いやだって、3Pが百発百中って何のギャグだよ。笑えねーよ。

 プロの世界だって3Pの確率は5割切ってるんだぜ、ビッグマウス過ぎる。

「キセキの世代」とか大袈裟な名前付けられてるけど、どうせ月バスの編集部が売上目的であんな馬鹿げた見出しとネーミングを付けて、その評判が独り歩きしてるんだろ──と。

 

 この時の俺はまだ笑っていられた。

 バスケの常識をぶっ壊すような化物の事を、知らないでいられた時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 練習が始まって二十分もすれば、俺の中にあったあらゆる価値観とか常識は叩き壊される事になった。

 

 緑頭の一年生、緑間真太郎は本当に「天才」だった。

 一年の実力を計る為に行われたシュート練で、こいつはバスケ部全員の度肝を抜いた。

 自分に注目が集まっている事を自覚しているのか、緑間はわざわざ3Pシュートをやってみせたが、評判通り只の一度もシュートを落とさなかった。二連続、三連続とゴールを決めた時には感心するぐらいだった体育館内の目線が、五連続あたりから不審に代わり、十本連続で決めた時には周囲は静まり返っていた。ついでに言うと、体育館中の視線を涼しい顔して無視し、次のメニューに取り掛かった緑間には何かムカついた。

 二年の俺達でさえ、未だにバテているウォームアップと基礎練習の地獄の組み合わせをこなして息一つ乱していない。汗は掻いていたから疲れはあるんだろうけど、一人だけケロッとしやがって。

 

 とにかく初日の数分で、「キセキ」の天才様はバスケ部全員の注目を集めて、恐らく全員の敵意も集めていた。

 俺も言葉が出てこなかったが、同時に、何かめんどくせー奴、と思う。

 才能があるのは充分分かったけど、わざわざ自分から敵を作りにいかなくてもいいだろう。まだ一年だってのに、上級生から反感買ってどうするんだっての。それとも天才様は誰でもこれくらい面倒臭いものなのか。

 

 そう思った矢先に、早速揉め事は起きた。

 

 

「は? 何言ってんだお前、コートはレギュラーが使ってんだろーが」

「では一つ使わせてもらえませんか。俺はシュート練がしたいです」

「んだと、てめっ……」

「おい、そこ! 何くっちゃべってんだ!」

 

 

 下級生はパス練習を移るという時、緑間はシュート練習を続けたいだの言い出した。室田があと少しで手を上げそうだったので止めるのに苦労した。やり取りを聞きつけた宮地兄が加わって、結局二人共叱られたけど。

 聞き入れてもらえなかった緑間は、いかにも不満たらたらという様子で一年の練習に戻っていった。いや、当たり前だろ! と心の中で、そのデカい図体に叫ぶ。何であんな頼み方で大丈夫だと思ったんだよ。せめて頭を下げるとか言い方とか……こう、もう少しやり方があるだろ! 

 

「……何っなんだよあの一年! キセキの世代だか何だかしらねーけど調子乗りすぎだろ! 

 こっちは先輩だぞ!? あの態度! 自分が一番偉いとでも思ってんのかよ!」

「ちょっと落ち着きなよ、室田君……」

 

 怒り狂っている同級生をなだめたが、俺もまあその辺は同意見だ。

「天才」が何を考えてるかなんて知らないが、やっぱり能力のある奴は高慢ちきっていうテンプレなのか。

 宮地兄に怒鳴られても眉一つ動かしてなかった、あのロボットみたいな表情からは何も読み取れなかった。

 

 あんなとんでもない人材を入れたって事は、監督は今年こそ全国制覇を視野に入れてチームを編成しようとしているんだろう。

 それはいいとしても、初日からこの調子でこの先大丈夫なのか。

 当の本人はこっちの騒ぎなんて知らぬ存ぜぬっていう顔でパス練をしている。黒髪の一年が相手をしていたけど、パスの相手くらいはいた事にちょっと驚いた。

 天才は天才でもちょっと変わった奴みたいだし、これから三年の先輩達と板挟みで、苦労するのはどう考えても二年の俺達だ。憂鬱過ぎる。

 

「……ん? 何これ」

 

 体育館の壁に、タオルと共に立て掛けるようにして置いてあったのは皿だった。

 食い物とかを乗せる、あの皿だ。

 しかも結構な大皿で、種類は知らないが高級品なんじゃないか? 何でいきなりこんなものがあるのか知らないが、危ないだけだ。

 

「それは俺のです」

「は?」

 

 俺が皿を片付けようとした時、緑頭の長身が立ち塞がった。

 いつの間にやって来たのか、緑間真太郎君である。目の前に立たれて見下ろされると、一年らしくない威圧感があった。一体何を食ったらこんなデカく育つんだよ。

 

「え? 緑間君の? ……何でこんなもの部活に持ってきてるの?」

「おは朝のラッキーアイテムだからです。

 かに座は今日10位。ラッキーアイテムの大皿を片時も手放す訳にはいきません」

「………………へー」

 

 大皿を渡してやると、緑間は丁重な手つきで受け取ってから、また自分のタオルと共に置いた。これでよし、と言わんばかりの様子で練習に戻っていく。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 前言撤回。

 とんでもなく変わってる一年の面倒を見なければならなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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