黒と銀の巡る道   作:茉莉亜

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20.嵐の前の静けさに

 

 

 

 

 

 

 

 緑間がシュートモーションに入った。

 不意をついた3Pに、海常側で反応出来た選手はいない。

 

 

「……っ!?」

 

 

 だが次の瞬間、見えたのは光る金髪。

 黄瀬が緑間のシュートをブロックするべく、大きく跳躍していた。

 

「させねえっスよ!!」

 

 あの一瞬で緑間へのパスに反応したってのか。

 ──―だが、ブロックされるかに見えた所で、緑間はシュート寸前のボールを下げた。

 残り数秒の間際でフェイク。

 

 いや──あれは緑間も分かっていたのか。黄瀬なら必ず追いついて、止めにくるって事が。

 

 緑間の手から、ボールが放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 審判の笛が鳴った。

 大坪主将も高尾も、ベンチにいる宮地も木村も、誰も何も言わず呆然としている。

 海常側も固まったように動かなかった。リングをくぐったボールだけがコロコロと転がっている。

 

 緑間はシュートを打たなかった。

 

 ゴールネットが揺れている。

 3Pシュートを決めたのは緑間ではなく、時田だった。緑間からのパスを受けて、時田がその場から咄嗟に打ったのだ。

 

 パスを出した。あの緑間が。

 

「……よく気付いたっスね。緑間っち」

 

 海常も秀徳も、誰もが言葉を失っている中で、黄瀬の震えるような声はよく聞こえた。

 黄瀬のその言葉に応えるように、緑間の影からいきなり人が出てきたから驚いた。

 

 いつの間にか、緑間のすぐ右サイドに控えていた笠松だった。──―まさか、黄瀬がブロックに飛んだ事は囮だったのか。

 緑間があのまま自分で3Pシュートを打つ事を選んでいれば、笠松にカットされていた可能性があったか──―どちらにしろ100%成功はしていなかっただろう。

 

「気付いた訳ではない。……お前の目には確かな勝算があった。

 あれは、力任せに攻めてくる者の目では無かったのだよ」

「…………そっスか」

 

 緑間の素っ気ない返答に、それ以上黄瀬は何も言わなかった。

 

 そして整列の号令がかかり、コート上のメンバーが歩き出す。止まっていた時が動き出したように、ギャラリーからパチパチと控えめな拍手が始まって、やがて体育館全体を震わせるような喝采に変わっていった。

 

 

「94対93で、秀徳高校の勝ち!!」

 

 

 俺達が、秀徳が勝った。

 ようやくその事を実感した時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか全国前に、こんな借りをもらうとは思わなかったぜ。IH(インターハイ)で返せないのが残念だな」

「構わんさ。冬に本当の決着をつければいい」

 

 試合が終わると、今までの殺伐とした空気がやっと無くなったように思えた。

 何だか現実感が湧かねーけど、スコアボードを見る限りこっちが勝ったのは間違いないんだろう。しみじみ実感すると、予選リーグの時よりもドッと疲れを感じてきた。大坪主将は笠松と主将(キャプテン)同士で、激励なんだか牽制なんだか分からない事してるし。

 

 試合終わった後で、よくあんな駆け引きじみた事やる気力があるな。

 笠松が律儀に高尾にも話しかけている隣で、黄瀬がゆっくりと緑間に近づいていく。

 

「悔しーけど俺の負けっスわ。……あーあ、黒子っちにもまだリベンジ出来てないのに」

「フン、人のシュートをコピーしておいてよく言うのだよ」

「って言っても、結局完全にコピーするには時間が足らなかったっスけどね。つーか、ほんと驚いたっス。緑間っちがパス出すとか。どんな変化っスか?」

 

 それは俺もものすごく同意したい。

 けど本人は眼鏡のブリッジを上げただけで何とも答えない。その反応に黄瀬が苦笑気味になるが、俺の視線に気が付いたのか、こっちに顔を向けた。

 

「雪野さん、っスよね。ほんと手強かったっス。……でも、次当たる時は同じようにはいかねーっスよ」

「……ああ、どーも」

 

 そして手を差し出す黄瀬。

 爽やかに笑顔を浮かべる黄瀬と、差し出された手を見て、一瞬思考が固まる。…え、何がこいつの琴線に触れたの? 

 俺なんか眼中にも入ってなかったと思うのに、妙に好意的というか、親しげになった気がするんだが。とりあえずこの場は握手しとけばいいんだろうか。

 

 試合が終わると、体育館に集まっていたギャラリーもだんだん散り始めている。(黄瀬目当ての女子の群れはまだまだ残っていたけど)俺達もすぐに引き上げって事で、借りていたロッカーへぞろぞろと向かい始めた。

 と、体育館と校舎をつなぐ渡り廊下を歩いていた所で、足を止めた俺に宮地(弟)が声をかけた。

 

「おい、どうしたんだよ雪野」

「……ちょっとすいません。忘れ物してきたので、先に行っててください」

「いや忘れ物って、お前何も持ってってねーだろ」

 

 思い切り不審がられたけどそれには答えず、俺だけ秀徳の列から外れて体育館に戻る。

 帰り始める前に、気になる用件があった事を思い出した。

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 体育館に一度戻ってから、裏側の出口を目指して隠れるように中を通り抜ける。

 コート内にはまだ海常のスタメン達が残っていたから、SG(シューティングガード)の森山がちょっと振り返って、一人だけ戻ってきた俺を不思議そうに見た。……さっさと戻ろう。

 

 体育館裏に出ると生徒用の水飲み場があり、さすがにそこには見物のギャラリーも残っていなかった。……そーいや、前に誠凛との練習試合見た時は、黄瀬と初めてここで会ったんだっけか。

 あの時は黄瀬が頭から水浸しで突っ立ってたからビビったけど。

 

 代わりにいるのは、イケメンのモデルじゃなくて胡散臭い元先輩だし。

 

「お、雪野~。何やわざわざ来たんか?」

「いや、あんなチラチラ意味有り気に見られたらそりゃ来るだろ」

 

 試合中は意識しないようにはしてたけど、隠れもせずに堂々と観戦してるからすげー鬱陶しかったんだぞ! 

 中学時代の知人に高校での試合を見られるのは、恥ずかしさと居たたまれなさが同時に襲うから勘弁してほしい。俺のそんな心理なんてお見通しなのか、今吉さんは狐みてーに笑った。

 

「まっ、おめでとさん。海常に勝つなんて大金星やん」

「所詮練習試合ですけどね」

「何でそういちいち卑屈なん……。お前も随分やる気出しとった癖に」

 

 からかうように笑みを深めて言う。

 試合見終わったんなら帰ってくんねーかな。

 

「さっさと帰れとか酷ない? 折角やしお前に伝えとこ思て待っとったのに」

「は? 話すって何を」

「ほらほら、これ見てみ」

 

 と、今吉さんは鞄から一枚の紙切れを取り出して俺に渡した。

 

「……何これ」

「いやその反応は無いやろ! 来週に始まる決勝リーグの対戦表やで」

 

 その言葉でやっとピンと来た。そういや、去年も見せられた事あったな。

 Aブロックには誠凛の名前がある。Dブロックには泉真館。へえ、今年は三大王者の中で一つだけ上がる形になったのか。Cブロックには鳴成ってあるが、聞いた事あるような無いようなって名前だ。

 

「Bブロックに桐皇。……って事は」

「せや、初戦はうちと誠凛さんの試合になるで。まっ、お前の仇も取ったるから安心し」

「別に頼んでねーし。……それに誠凛は強いよ」

 

 今吉さんが開けてるんだか閉じてるんだか分からねー目を向けてくる。

 おい、その視線は止めろ。無言でリーグ表を突っ返す。

 

「意外やなーお前がそんな素直に褒めるなんて」

「実際俺達は負けてんだから、何言っても仕方ねーだろ」

「そか? 確かに雪野が負けるとは思わなかったけどな。うちには青峰がおる」

「青峰ねえ……」

 

 緑間、黄瀬に並ぶ「キセキの世代」を思い出す。

 桐皇にお邪魔した時に一度だけ1on1(ワンオンワン)したきりだけど、確かにあいつの反応速度と敏捷性は獣じみていた。あれを抑えるとしたら、誠凛じゃ火神しかいねーだろう。どっちが上になるかは正直分からない。全体的には青峰が上に感じたけど、火神は土壇場になって爆発するタイプみてーだし。

 

「雪野も決勝リーグは見に来るんやろ? スカウトの話も、試合見ながらよーく考えとってな」

「……え、あれマジだったの?」

「だからそう言うとるやん! 何でそこまで疑うんや!」

「いやだって、あんた真面目な顔して嘘吐くだろ」

 

 それに今更、俺を自分のチームに入れたいとか本当に思ってんのか? 

 するとかつての先輩は、目元を両手で覆って嘘臭く泣き真似をしてみせた。

 

「後輩からの信頼が薄くて悲しいわー……。ワシは強い奴は好きなんやで。お前もチームに欲しいて、本気で思うとるよ?」

「………ふーん」

「おい」

 

 と、背後からいきなり声がして、思わず肩が跳ねた。

 振り返ると、そこには眉間に少し皺を寄せて笠松が立っていた。

 

「………雪野、秀徳の奴等はいいのか? 多分正門あたりで待ってるぞ」

「っ!? うわ……すいません。じゃ、今吉さん。僕はこれで」

 

 すっかり他の連中の事を忘れていたので、背筋に冷や汗が伝う。

 うわ……これは宮地(兄)に鉄拳もらうだけじゃすまねーわ。俺が慌てて猫を被って挨拶すると、今吉さんがちょっと吹き出したように見えたので睨んでおく。

 

 すると、他校の今吉さんに気付いたのか笠松が怪訝そうな顔をするのが分かった。体育館の裏口の段差に立っている分、笠松の方が目線は高いが、臆した様子もなく、今吉さんがニッコリと笑う。

 

「あー! どうもどうも、海常の主将さんやろ? ワシ、桐皇学園のバスケ部で主将やらしてもらってます、今吉翔一言います。どうぞよろしゅう」

「は? 桐皇って……青峰が行った所じゃねーか」

「お、ご存知で嬉しいわー。そちらさんは確かIH出場決まったんやろ? おめでとさん。対戦する時には、お手柔らかにお願いしますわ」

 

 丁寧な言葉遣ってるのに、いつもの2割増しくらいで胡散臭いってどういう事なんだ。

 突然現れた他校の主将に笠松も鋭い目つきをしていたが、静かに言った。

 

「ここに居るのは偵察(スカウティング)か? つーか桐皇の主将が、秀徳のレギュラーと何の話だよ」

「別に? ただの世間話やで。ワシと雪野、中学が同じやねん。元先輩としては、後輩がちゃんとやれてるかっちゅーのが気になるやん」

 

 今吉さんがしれっと言うと、二人の主将の間に沈黙が落ちた。

 ………え、何。この探り合うみたいな空気。主将同士はどいつもこいつも、こんな水面下で戦ってんのかよ、平和にやれよ。

 俺の声なき叫びが通じた訳じゃないだろーけど、先に折れたのは今吉さんの方だった。

 

「ほなワシも失礼するわ。じゃな、雪野。笠松君も、今度は試合で会いましょ」

 

 クルリと背を向けて、飄々とした足取りで今吉さんは去っていった。

 今の内に俺もこっそり逃げてしまおうと、忍び足で笠松の横を通り抜けようとしたら、そう簡単にはいかなかった。

 

「おい、雪野」

「へ!?」

「……いや、何だよその反応」

 

 だって呼び止められるなんて思ってなかったし。

 試合の感想とか言いたければ、高尾あたり捕まえれば俺の10倍は喋ってくれるぜ?なんて思ってたら、ある意味今吉さん以上の爆弾を落としてくれた。

 

「今日の試合、正直驚いたぜ。てっきり、もっと荒っぽいプレーで来るのかと思ってたからな」

「…………。どういう意味です?」

「いや、お前の事どっかで見たなって思ってたんだけどよ。この前やっと思い出したんだよ。部室に置いてあった昔の月バスで、お前の事が載ってたから」

 

 試合終了後だってのに、体中の血の気が一気に引いたのを感じた。

 笠松はうんうんと、自分の記憶がつながった事に納得しているけど、俺は地雷原を歩いて行くような心境で聞いた。

 

「え…………? 昔、って事はもしかして……中学の?」

「ああ。京華(けいか)中と祇ヶ崎(しがさき)中の試合が載ってる奴だったぜ」

 

 アウトだった。

 ばっちり俺がスタメンやってる時の試合だ。

 

「……おい、どうしたんだよ。どっか怪我でもしてんのか?」

「いえ……あんまり昔の試合は知られたくないんで」

 

 いきなり落ち込んだ俺に笠松が戸惑っているのが分かる。

 ちょっと今はあんまり優しくしないでほしい、別の意味で心が傷むから。

 

「まあ、その……中学の時は、ちょっと荒れてた時があったんですけど。今はそういうのは止めたっていうか、もうやらないって決めたんで…………いや、そのすいません……」

 

 何に対して謝ってんだ俺は。

 自分でもめちゃくちゃ要領を得ない言い方をしているのは分かっているけど、何か弁解しないと居たたまれない。ああ……何で月バスなんて刊行されてんだ。全部燃やしてしまいたい……。みちるとかに頼んだら全部買収出来ねーかな…。

 

 と、目の前の笠松を見れば、不思議そうな表情で、太目の眉を寄せて首を傾げていた。

 この人、高尾と同じくらいの身長なのに妙に迫力あるから、正面から話すと緊張する。

 

「謝る事なんて無いだろ。今日だって、お前は正々堂々と試合してたじゃねえか」

「…………」

「そりゃ、最初はどんな手で来るのか警戒してたし、黄瀬にも注意はしたけどな。でもお前は真っ向から黄瀬と勝負して、そして俺達に勝った。だったらそんなグズグズするんじゃねえよ。堂々としてろ。それが勝った奴の礼儀ってもんだろ」

 

 それだけ言い切ると、「ほら、もう行かねえと置いてかれるぞ」と笠松は俺の肩を叩いて促した。え、この人、中学の事で俺に言いたい事があるとかそんなんじゃねーの?

 

「何だよ、そんな顔して」

「いえ……てっきり、何か言われるのかと思ってましたから」

「お前の直接の先輩でもねーのに、俺があれこれ説教なんか出来ねーよ。まして昔の話なんだから。お前のチームメイトは何も知らねえのか?」

「そりゃ、言ってないですし」

 

 言えって言われても無理だろ。

 顔に出ていたのか、笠松は呆れたような溜息を吐いた。

 

 

「まあ、外野がどうこう言う事じゃねえけどよ…。チームなんだから、そんなビビらずに信じてみたっていいんじゃねーの?」

 

 

 ほら早く行けって、と再び俺の肩を小突いて促す。

 ……って、やばい!本当に置いていかれるじゃねーか!

 

 笠松に軽く一礼だけして、俺は海常高校を後にした。

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 正門に慌てて行くと、秀徳のオレンジジャージの集団が待機しているのが遠目にも分かった。やっぱり俺のせいで待たせていたらしく、合流するなり、宮地(兄)の鉄拳が降り注いだ事は言うまでもない。

 

 ともあれ、予選リーグの時とは違って今度は白星での帰路だ。

 主将や先輩達の機嫌も、どことなく良い感じに見えるので俺も気が軽い。(宮地の鉄拳制裁も心なしか、比較的軽めに感じたし)

 

 監督の先導で、行きと同じようにオレンジ色の集団がぞろぞろと進んでいく。

 ……マジでこのジャージの色どうにかならねえのかな。

 どっかに遠征しに行く度に注目が集まってんだけど。今年は大坪主将とか宮地とか緑間とか、図体がでかい奴等ばっかりいるから余計に悪目立ちするんだろう。

 

「おーい、雪野」

「……え、……はい?」

「雪野さん、監督が呼んでますよ」

 

 と、斜め後ろの高尾も言ってきたので、俺は列の真ん中程度の位置から少し進み、最前列に移動した。

 こんな帰り道で一体何なんだよ。

 前列は大坪主将や、三年組が固まってるからあんまり近寄りたくないのに。こっそりと中谷監督のすぐ後ろに近付くと、俺が来たのが分かったのか、静かに話しかけてきた。

 

「忘れ物があったそうだが、見つかったか?」

「え? あ、ああ……大丈夫です。それは」

「そうか」

 

 口から出任せだったから、適当に話を合わせる。

 ……え、まさか集合に遅刻した事を説教されんの? わざわざここで? だとしたら面倒臭いなと思っていたら、予想外な事を言われた。

 

「今日の試合、黄瀬と対戦してみてどうだった」

「え……」

 

 どう、と言われても。

 

「……天才だな、とは思いました。元々の速さや技術もですけど、あの数分で緑間のシュートを模倣出来るセンスとか、才能が違う」

「ふむ、成程」

 

 何を言わせたいんだ、この監督は。

 緑間といい、黄瀬といい、「キセキの世代」が天才集団な事は今更な話じゃねーか。

 

「だがまあ、安心したよ。お前が勇気を持って「キセキの世代」と対戦してくれたおかげで、勝機が開けた」

「え?」

「前に言った事を覚えているか? スタメンを選ぶ上で、意味の無い人選はしていないと」

 

 そりゃあ覚えている。

 上級生押しのけてまでスタメン取りたくねーのに、監督が有無を言わさず指名してきたからな。

 

「これからの秀徳には、緑間とチームメイトが協力していく事が必要になるだろう。逆に雪野、お前は、自分から戦う事を恐れない事が必要になる。今日の試合は良いきっかけになった。自分の中で消化して、よく落とし込んでおきなさい」

 

 IH直前に組まれたこの強行スケジュールの練習試合。てっきり、緑間の為のものかと思っていたけど。

 ────―もしかして俺の為の試合だったのか? 

 隣にいる監督を見ると、普段から考えが読み取りにくい顔に、ちょっと笑みが浮かんでいるように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 隣県の神奈川からの遠征を経て、やっと東京に戻った所で本日は解散となった。練習試合っつっても、強豪相手、しかも他県への遠征だったから疲労感もすごい。大坪主将も宮地達も、二軍の連中も流石に疲れているのか、それぞれ別れて帰路についている。

 

 俺もさっさと帰って横になりたい、と思ってた矢先に、後ろからの声に捕まった。

 

「雪野さーん! 帰りっスか? 良かったら一緒に帰りましょー!」

「え……緑間君はいいの?」

 

 試合後でもいつでも無駄に元気だな、こいつ。

 でも、最近じゃ高尾とワンセットで行動している緑頭の長身が見当たらない。

 

「あ、真ちゃんは監督の付き添いで病院に寄るらしいんです。俺も行くっつったんスけど、邪魔だって追い返されちゃいました」

「邪魔って……」

 

 何で誰に対しても、こう心閉ざしてるんだよ、緑間は。

 ていうか、そこまで言われて笑ってられる高尾がすげー。ここで俺が追い返すのも可哀そうなので、高尾と連れ立って帰り道を歩く事になった。

 

「病院か……。緑間君の足も、大した事無いといいけどね」

「ほんとっスよねー。真ちゃん、そういう大事な事全然言ってくんないんだから参っちゃいますよ。つーか、雪野さんよく気付けましたね? 真ちゃんが足首傷めてるって。何で分かったんですか?」

「ん、んー? まあ、何ていうか……。勘だよ勘」

 

 緑間の場合、シュートのタメが伸びてたのもあるけど。

 足を傷めてる奴って、そこを庇って歩くから歩き方が分かりやすくなるんだよな。詳しく言うと墓穴掘りそうだから曖昧に言っておく。

 

「でも、やったっスね! 海常に勝利! これが公式戦じゃ無いのがめちゃめちゃ残念スよ~。

 この調子でいけば、もしかして冬には大逆転出来る感じじゃないスか? 俺達」

「明るいね、高尾君」

 

 宮地がお気楽って言ってたのがちょっと分かる。

 

 夏のIHが終われば、すぐ冬にはWC(ウィンターカップ)がやってくる。

 それが実質、三年組にも最後の大会になるだろうけど、逆転ったって、課題がまだ山積みだろ。

 

「冬に逆転って言っても、それまでが大変でしょう。先輩達はピリピリするだろうし、緑間君は……あんな感じだし」

「えーでも、真ちゃんもあれで大分変わってきてるんスよ?」

「そうなの?」

 

 思わず真顔で聞いてしまった。

 

「そうっスよ。今日の試合だって、緑間から時田さんに最後パスを出したじゃないっスか。あれ、びっくりしましたもん」

「まあ、確かにあれは驚いたけど……」

 

 ていうか、多分秀徳バスケ部全員が驚いたぞ、あれ。

 残り時間3秒で、自分がボールを持っている状況。緑間なら確実に自分でブザービーターを決めていた。それがパスなんて選択をした事が、今でも信じられねえ。

 

 予選リーグで誠凛に負けて、緑間も思う所があったんだろうか。

 あの鉄仮面の下で何を考えてんのか、試合中でも試合外でも、俺にはさっぱりだ。

 

 唯一、その変化が分かるらしい高尾は、更に面白そうな声で言った。

 

「それにほら、今日のラッキーアイテムとか」

「ああ、あの金魚ね……」

 

 集合時に宮地の怒りに火を着けた、赤い金魚を思い出す。

 

「聞いたんスけど、あれって、かに座のアイテムは『大きめの金魚鉢』らしいんです」

「? どういう事?」

「『赤い金魚』の方は、今日の蠍座のラッキーアイテムなんです。あ、スタメンだと俺と宮地さんが蠍座なんスけどね。何か真ちゃんが言うには、「蠍座は本日最下位、練習試合の日に不吉なのだよ。だから不運をカバー出来るように両方のアイテムを用意した」って事らしいっス」

「…………努力する所、そこなの?」

「ぶっふぉ! そうっスよね! 真ちゃん、マジ面白過ぎで!」

 

 あと高尾の物真似が妙にクオリティ高いのが何かムカつく。

 ……緑間の言うラッキーアイテムにしても、それがかえってトラブル生んでんだろーが!! って言いたくてならないけれど。

 

「まっ、最下位ってのは言われてみると納得っスけどねー。今日の試合で、前半とか、俺全然役に立たなかったし」

「それは言い過ぎだと思うけど……」

「いや、流石に俺も分かってるっスよ。スタメンの中じゃ、俺が一番身長も無いし、笠松さん相手にしたら歯が立たねーなって実感しました」

 

 何て言ってやったらいいのか分からなくて、高尾の言葉を黙って聞く。

 最終的に勝ちはしたけど、今日の試合の前半、海常側は高尾を集中的に狙って攻めていた。本人に暗い様子は見えないけど、もしかして落ち込んでるのか。

 

 高尾がわざわざ俺に話しかけてきた理由って、まさか誰かに話したかったのか? こいつは。大坪主将や宮地達に言うにはハードルが高過ぎるし、俺くらいが丁度よい相手なのかもしれない。

 

「……高尾君」

「はい?」

「何かおごろうか?」

「ぶっ!」

 

 何でここで吹き出す。

 

「あ、すんません。ぶふっ……いやだって、すげー真面目な顔して言うから何かと思って構えてたのに」

「じゃあ、僕はここで」

「ちょ──っと雪野さん! 待った待った! 怒んないで下さいよ! そうだマジバ! マジバ行きませんか? 今なら季節限定の照り焼き売ってますよ!」

「いや、僕マジバあんまり好きじゃないから……」

「え!? マジバ嫌いな人っているんスか!?」

 

 

 と、話が別方向に脱線しつつ、俺達は何やかんやで二人でささやかな祝勝会をする事になった。

 ……結局、気が乗らねーマジバをおごらされる派目になったけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして俺の長い長い一日は終わった。

 ──―そして翌週。6月24日。

 

 

 

 

 IH東京都予選、決勝リーグが始まる。

 

 初戦は、誠凛高校 対 桐皇学園高校。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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