黒と銀の巡る道   作:茉莉亜

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21.新鋭の暴君

 

 

 

 

 

 ドンガラガシャン!! 

 

 

 と、何か金属が落下したような鈍い物音が、その日の俺の目覚まし代わりになった。

 

「ふあっ!?」

 

 一瞬で睡魔が覚めて、ベッドの上で起き上がる。

 きょろきょろ周りを見回してみても、特に部屋の何かが落ちたような様子は無かった。そもそも、本来は火神の親父の部屋である筈のここは、私物がびっくりする程無い。たまに、高そうなインテリアを置いてあるだけで、雰囲気はどっかのモデルルームみたいなシンプルさだ。

 だからこそ、俺が突然下宿するなんて事が出来たんだが。

 

 時計を見たら午前六時少し前。何だ、まだまだ寝れたな。

 そういえばアメリカに仕事に行ってる(遊びに行ってるともいう)爺ちゃんから全然連絡ねーけど、いつ帰ってくる気だよあのジジイ。まさかずっと火神の家に住まわせとく気じゃないだろーな。

 

 欠伸をしながらリビングに向かうと、そこにはキッチンでボールやら皿やらを仕舞っている家主がいた。

 

「何やってるの火神君」

「いや、何か食っておこーと思って皿出そうとしたら、うっかり他の奴も落としちまって」

 

 ああ、さっきのはそれが落ちる音だったのか。

 床に散乱している皿や調理器具を見る。プラスチックのものばっかなのが幸運って言うべきか。

 

 何だか危なっかしいので、俺も仕舞うのを手伝ってやる。

 ……と、火神の傍に、ショルダーバックに無造作に入ったバスケットボールがあるのが見えた。

 よく見たら火神も制服に着替え済みだし、これから出かける寸前って雰囲気だ。

 

「…………火神君。もしかして、バスケしてから試合行くつもり?」

「え?」

「…………」

「い、いや何だよその目は! ……です! 試合まで時間ねーんだからちょっとでも動きを確かめときてーんだよ……」

 

 別に俺相手に弁解しなくてもいいのに、分かりやすく声が小さくなる火神。

 今日の夕方に開幕するIH(インターハイ)都予選の決勝リーグ。全国への切符を賭けて、この暑苦しい家主も一段と気合が入っている訳だ。

 って言っても、俺は誠凛に負けた身だし、こいつを応援する義理も無い。ただ、ここ最近ずっと左足を気にしながらうろつかれていたから、ちょっと忠告はしたくなった。

 

「足の怪我だよね?治ってないなら試合なんて止めておいた方がいいんじゃないの?」

「だからもう平気だ! です! それに出ないなんてあり得ねーよ。……黒子と約束したからな、青峰をブッ飛ばしてやるって」

 

 まだ始まってすらいないのに、火神の目は殺気じみた気迫を放っている。

 ……これは俺が何言っても無駄だな、そう思った。

 けどブッ飛ばすって、おい。あの影の薄い11番を思い出す。あいつこそ青峰にブッ飛ばされるどころか、飛んで無くなりそうなんだが。

 

 落ちていた皿を片付け終わってから、俺は床にあったショルダーバッグを拾って、火神に手渡した。

 

「まあ、がんばってね」

「……おう!」

 

 火神は子供みてーに笑うと、一秒でも惜しいって感じで玄関から飛び出て行った。

 あの図体だから火神は高校生離れしてるけど、たまにアホっぽく…いや無邪気に笑う感じは年下らしい。

 

 他校生のあいつの家に、いつまでも下宿なんかしてていーのかって考えた時もあったけど、当の本人が、ちっとも気に留めてねーって感じだから、いつの間にか俺も気にしなくなっていた。誠凛に負けてからも、結局生活に大した変わりは無かったし。

 まあ気にするだけ無駄だ。多分火神は何も考えてない。

 休日ですら暇さえあればストバスコートに行ってる奴ようなバスケバカだ。それ以外の細かい事は考えるように出来てないんだろう。ある意味、一緒に生活してて楽な奴ではある。

 

 あいつが青峰相手にどこまでやれるか。それが今日の試合の肝だ。

 それに桐皇には今吉さんもいる。火神みてーな単純な奴は一番相性が悪く思えるが、その辺は他の連中がカバーするんだろうか。

 

 何てぼんやりと思っていたら、突然、リビングに置いてあったままの携帯が鳴り出した。

 こんな朝っぱらから誰だよ。

 充電器から携帯を取り外すと、ディスプレイに着信相手が表示された。

 

『緑間 真太郎』

 

 これが今朝二度目の、眠気が吹っ飛ぶ出来事になった。

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

「……あのさ、緑間君」

「何でしょうか」

「それ、何?」

 

 俺が短く訊ねると、視線で分かったのか、緑間は何故かドヤ顔をして解説し始めた。

 

「サングラスです。広い会場とはいえ、知り合いにでもあったら面倒な事になりますから」

「へー」

 

 何でその目立つ緑頭を隠そうって発想にならないのか。

 もうツッコミは諦めて、隣を歩く後輩を遠い目で見る。というか、ここに来るまでの道中で何かもうエネルギーを使い果たした。

 

 ……とりあえず、足の方は問題無さそうだな。チラッ、と緑間の足元を見てそう思う。

 中谷監督も、疲労が溜まっただけとか言ってたし、出歩いて問題無いなら良かった。

 

 学校終わりの夕方となってから、俺は緑間と肩を並べて決勝リーグの会場に向かっていた。

 もちろん試合を観戦する為なんだが、何でわざわざこいつと仲良く連れ立って行く事になったのか。

 今朝いきなりかかってきた電話が始まりだった。

 

『……もしもし?』

『緑間です』

『いやそれは分かるけど……何か用?』

『雪野さん、今日一日俺と一緒に過ごしていただけませんか』

『は?』

 

 この切り出しで始まって、何とか要点を理解出来た俺は誉められていいと思う。

 

 聞いてみると、今日はおは朝でかに座が11位とワースト2位。加えて、その内容も『今日のかに座は11位! 何か予想もしなかった出来事に遭遇するかもしれないドキドキの日! ラッキーアイテムとラッキーパーソンで準備を万端に!』らしい。

 そのラッキーパーソンが、「名前に天気が入っている年上の人、クラスもしくは部活動が同じなら更に良し」らしい。

 そんな奴居るか! ……って、居たよ。俺だよ。

 

 明らかに個人特定してるレベルなんだが。何者なんだよ、おは朝。

 全国のかに座に対して難易度が鬼畜過ぎるとも思うけど、大真面目に実行しているかに座は、全国的にも隣の後輩だけだろう。

 

「緑間君、僕っていつまで一緒に居ればいいの? 試合終わるまで?」

「いえ、家に帰るまで油断は出来ません」

 

 家まで送れって事か! 最近慣れてきたと思ったけど、やっぱこいつワガママだ! 

 

「別にそこまでしなくても……僕達が試合する訳でも無いんだしさ」

「人事というのは、特別な日にだけ尽くしても意味はありません。毎日最上の結果を積み重ねてこそ、天命はやってくるものです。運命を逃さない為にも、俺は日々の人事は欠かさないようにしています」

 

 滔々と運命論を説いているが、俺まで変な宗教に引き込むなよ。

 割と良い事言ってる風だけど、占いに命握られるのは何かおかしいからな!? 

 

 試合会場に近付くにつれて、俺達と同じように観戦目的なのか、他校生らしき制服の集団や、バスケファンらしき私服の一団やら、色々と人が賑わってくる。

 まあこの辺の注目度は、この前の予選リーグとは比べられないか。

 去年は俺達も決勝リーグに出場している立場だったのに、今年は観戦する側になったから変な気分だ。

 

「けど高尾君も誘わなくてよかったの?」

「何故高尾が出てくるのですか」

「……いや、だって仲良いんでしょ?」

「……あいつは下僕のようなものです。居たらうるさいだけなのだよ」

 

 言い方! 何か高尾への同情心が湧いてきた。

 

 大坪主将の号令で決勝リーグはスタメン全員で観戦しに行く事になってはいたんだが、こいつは例のワガママで突っぱねたらしい。

 でも結局見に行ってんだから、矛盾しまくりじゃねーかとは言いたい。高尾に言わせるとツンデレって奴らしいけど、何でもそれで解決するなっての。

 

「…………雪野さんは、良かったのですか」

「? 何が」

「いえ、主将達が一緒に観戦しに行くと言っていましたから」

「え、緑間君、やっぱり一緒に観たかったの?」

「そうではありません」

 

 会話をシャットアウトするように緑間が言い切ると、それきり話題は無くなった。

 もうこいつと二人きりだと言葉のキャッチボールっていうより、お互いボールを投げ飛ばしてるようにしかならねーよ……。改めて高尾の有難みが分かる。

 

 今日の部活終わりに、主将は律儀に俺にも声をかけて観戦に行こうと言ってきたが、風邪気味だとか適当に言って断ってしまった。

 試合を見に行くのは別にいい。

 ただ今日の対戦カードを考えると、あんまり大勢で揃って観たくねーなってのが本音だった。実際に見た時に、自分がどういう反応を取ってしまうのか分からない。

 緑間は高尾と違ってバスケ以外のアンテナは鈍そうだし、並んで観戦してても大丈夫そうだなって事で、現在の状況になっている。

 

 と、緑間が最初からずっと持っている小箱が、不意に気になった。

 

「緑間君、この箱、何?」

「今日のラッキーアイテムです」

 

 言った瞬間、箱の蓋が開いて中からバネ仕掛けの玉が飛び出した。

 偶然傍を通りかかった通行人が、その仕掛けに肩をビクッとさせる。……やっぱり、ちょっとは他のアンテナの精度も上げろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あと数分で試合開始って所で、ギリギリに会場の中に入れたので、客席はほとんど満員状態だった。仕方ないので一番後方の通路から立ち見で観戦する。

 俺も緑間も平均以上のデカさだし、わざわざ前列に行って悪目立ちしようとは思わない。だだっ広い作りにしてある会場のおかげで、この位置からでもコートの様子は結構よく分かった。

 

 A・Bブロックに誠凛と桐皇、C・Dブロックで泉真館と鳴成の試合。

 確かC・Dブロックは泉真館でほとんど決まりとかいう噂は聞いた。会場の客が、誠凛と桐皇のコートの方に偏ってる気がするのもそのせいか。

 

「おお──! 出てきた!!」

「誠凛と桐皇学園!!」

 

 コートに現れた白と黒の集団に、観客が一気に熱狂し始める。

 真っ黒のユニが桐皇で、白い方が誠凛か。分かりやすくて何よりだ。

 

 桐皇の方の4番が今吉さんか。

 そして誠凛の白ユニの中に、目立つ赤毛を発見する。火神の奴、本当に足は大丈夫なのか? 何か意地張ってそうだし、妙に引っかかっていた。他のスタメンは変わりないらしく、日向とかいった誠凛の主将もいる。黒子もいるはずだけど……うん、見つからねえ。

 ……つーか、一応先輩だし今吉さんの方を応援するべきなんだろうか。でも火神には日頃の生活で文字通りに世話になってる訳だしな……。

 

「……ん?」

「どうしました?」

「いや、桐皇に青峰君が見当たらないから」

「奴の事だから、寝過ごして遅刻でもしているんでしょう」

「は!? え、試合だよ!?」

 

 サラリと緑間は言うと、どこか共感するような溜息を吐いて続けた。

 

「青峰にやる気が無いのはいつもの事です。中学の時も、奴は途中から練習すらほとんど出ていませんでしたから」

「ええ……」

 

 どうなんだよ、それ。

 まあ今吉さんは随分青峰を買ってるみたいだったし、そういう事も大目に見てるのかもしれない。

 

 時間になると場内にアナウンスが響いた。

 決勝リーグの開幕だ。そして、誠凛と桐皇の試合も始まる。

 

 火神の奴、あれだけ分かりやすく打倒青峰! って調子だったのに、本人が不在ってなると怒ってそうだな。いや、キレてるかも。

 けど敵チームのエースが居ないんなら、ある意味チャンスだ。

 居ない間に点差を離してしまって、エース不在の間に決着出来たら更に良い。

 

 きっと誠凛もそのつもりで、始めっからガンガン攻めていくんだろう──―なんて予想しながら試合を眺めていたんだが。

 

 開始から4分も経てば、少しずつ押されてきたのは誠凛だった。

(桐皇)10対4(誠凛)で、点差はまだそれほど無いけど、傍目には桐皇の勢いに負けてるように見える。……いや、桐皇の方が個々で攻撃してるから、そう見えるのか? 

 桐皇の攻め方はパスを最低限回す程度で、あとはOF(オフェンス)DF(ディフェンス)もほとんど自力でこなしている。パスワークの連携重視な誠凛とは真逆だ。今吉さんらしいっちゃ、らしいチームだけど。

 

 その個人技重視の攻め方に、誠凛側が戸惑っているように思える。

 予選リーグの時もそうだったけど、あの学校で本当にチームワーク重視って雰囲気だしな。

 

 と、日向が3Pシュートを投げた。俺から見ても軌道にブレは無い。シュートが入る。

 それに応戦するように、今吉さんが速攻でロングパスを投げた。

 取りに行くのは桐皇の6番……って、あれってC(センター)だろ? 本当に何でも有りだな。

 

 誠凛側に反応出来ている選手は居ない──―かに見えたけど、一人居た。

 つーか今やっと発見出来た。

 他の連中に混ざってると、一段と小さく見える薄水色の影。黒子もロングパスに反応してコートを駆けている。本当に今までどこに居たんだよ、あいつ。

 

 と、黒子が空中のボールをカットするべくジャンプする。

 

「……いや、低っっっ!!!」

 

 思わず声が出た。隣の緑間がちょっとビクッてしたのが分かる。

 いやだってお前、あれジャンプって言わねーよ。全っっ然跳べてねーしボールは遥か上空にあるままだし、何がしたいんだ、あいつ。

 

 心の中で総ツッコミを投げていると、コートでは黒子に代わって火神が勢いよく跳び上がり、難なくボールをカットした。黒子の倍くらいの高さを軽く跳んでいるけど、正解例をちゃんと見せてくれたようでスッキリする。そうそう、ボール取るならあんな感じに跳ぶんだよ。

 

 

「……緑間っち!? と……雪野さん!?」

 

 

 最近聞いたような声が聞こえてきて、俺達はそろって振り返った。

 

 制服姿の学校帰りらしい雰囲気で歩いてきたのは、「キセキの世代」の一人、黄瀬涼太。

 一瞬驚いたけど、考えたら桐皇にも「キセキの世代」がいるんだし、こいつらが集合してくるのは当たり前か。

 観客も試合に夢中になっているから、こいつに気が付いて騒ぐ女子も居ない。

 

「黄瀬っ!? 何故気付いたのだよ!?」

「何で気付かれないと思うんだよ」

「そーっスよ、そんなバレバレで! つかサングラスとかアホっスか! 恥ずかしいからソッコー外してほしいっス!」

「なにぃ!?」

 

 ありがとう黄瀬。俺が言いたかった事全部言ってくれて。

 

「あれスか? 見たくないとか周りには言ってたけど結局来ちゃったんスか?」

「適当な事を言うな! 近くを通っただけなのだよ!」

「嘘嘘。見る気満々だったよね、緑間君」

 

 この期に及んでまだ言うか、お前。

 見かねて俺が口を挟むと、黄瀬が少し近寄ってきて俺と緑間を交互に見比べた。

 

「……けど、二人で見に来てたんスか? 緑間っちが先輩誘うとか、そんな事有るんスねー」

「いや一緒に来たっていうか、そうせざる得なかったというか」

「雪野さんは今日のかに座のラッキーパーソンなのだよ。だから俺は今日一日、傍を離れる訳にはいかん」

 

 緑間の宣言に対して、黄瀬の顔に分かりやすく、うわぁ……と書かれた。

 

「……何かすいません。緑間っちって、中学の時からこんな感じなんスよ」

「別に気にしてないよ。……程々にしてほしいとは思うけど」

「ですよねー。俺も双子座と相性悪い時は、近付くな!とか言われたから分かるっスよ」

 

 もっと別世界に住んでるようなモデル様かと思っていたけど、何か一気に親近感が沸いた。……こいつも中学で苦労してきたんだろうな。今度キセリョが出てる雑誌とか見てみようかな。

 

「それで、どースか? 試合は」

「…………。どうもこうも無い、話にならないのだよ。青峰が居ないようだが……それでもついていくのでやっとだ」

「青峰っち、居ないんスか!?」

 

 そりゃ驚くよな。

 黄瀬は誠凛贔屓らしいのか、コートの様子を見て言った。

 

「まあ今、あの二人が決めたじゃないスか。これからっスよ」

「忘れたのか、黄瀬。桐皇には桃井も居るのだよ。

 あいつはただのマネージャーでは無いだろう、中学時代、何度も助けられたのだよ。……つまり逆に、敵になるとこの上無く厄介だ」

 

 緑間がこんなベタ褒めするなんて珍しいな。

 桐皇側のベンチを見ると、桃色の髪をした女子が、監督の隣に小さく座っていた。

 確か名前は桃井さつき。みちるの友達で、あと胸がでかい子だった…。いや、あの大きさは見ちゃうだろ。

 

「そんなにすごいんだ、あの子」

「あ、そーいえば雪野さん知らないっスかね。桃っちは俺等が中学の時にマネージャーだったんスよ。そんで、青峰っちとは幼馴染っス!」

「へー……」

 

 黄瀬が親切にも説明を入れてくれる。

 この辺は緑間と同じだな。こいつらって、昔の仲間の事はすごく楽しそうに話す。

 

 青峰と幼馴染、って事はもしかして、あの子って青峰の彼女か何かか。

 

「あと桃っちって、昔から黒子っちの事が好きなんスよ。

 だからもしかして、今日本気出せねーんじゃないかと思うんスよねー」

「え、黒子君の方なの?」

「そうだったのか?」

「……いや緑間っちがその反応はおかしいでしょ!? まさか気付いてなかったんスか!? バレバレっつーか、むしろ毎日アタックしまくりだったじゃないスか!! 

 あれ見て気付かないとか、猿スか!!」

「何ぃ!! 猿とは何なのだよ!!」

 

 緑間が猿ってのはちょっと同意出来なくも無いけど、俺は桃井と黒子の組み合わせが想像出来なくて混乱した。

 だってあんな美少女が、あの影がうっすい……モヤシみたいな11番にアタック……? 

 こいつらの中学では一体何が起きていたんだろうか。

 

「……まあいい、だったら尚更なのだよ。黒子が試合で手を抜かれる事を望むはずが無いのだよ」

 

 サングラスを外していつもの眼鏡をかけなおし、緑間はコートを見つめる。

 

「そもそも形が違えど、あいつのバスケに対する姿勢は選手と遜色無い。

 試合でわざと負けるような、そんなタマでは無いだろう」

 

 試合は誠凛が桐皇を追いかける形で進んでいた。

 火神が3Pを大ぶりに投げる。──―いや、あれは最初から入れる気が無い。

 アリウープ狙いか、と思った所で、桐皇の7番に進路を防がれて火神は止められた。ボールは外れ、リバウンドが桐皇側に渡る。

 

 続いて誠凛の8番がフックシュートを打とうとしたが、再度止められる。

 誠凛側の攻撃が、出す前から完全に見抜かれていた。

 すると隣の緑間が、恐らく俺に対して説明をしてきた。

 

「桃井はマネージャーとして偵察(スカウティング)を主な業務にしていましたが、その情報収集力はズバ抜けていました。誠凛の選手のOFは、間違いなくあいつに研究されています」

「成程ね……」

 

 研究した、とは簡単に言うけど、あそこまで対応を先読みしてるのは驚きを超えて感心する。

 動きの先読みに関しちゃ、俺も得意だ何だって言われてきたけど、それは実戦で相手の動きや技を体感しているからだ。目の前の相手にひたすら集中していれば、どう動いてくるかは何となく分かってくる。

 

 けど、試合を外から見るしか出来ないマネージャーの立場で、あんなに正確な分析が出来るものなのか。「キセキの世代」はマネージャーでさえ只者じゃないらしい。

 

「……でも、集めた情報(データ)を使ってるなら対策は出来るんじゃない? 新しい動きをすればいいんだから」

「いえ、それをやっても無意味です」

 

 俺の疑問の答えは、コートですぐ明らかになった。

 

 日向が3Pのモーションに入る。

 しかしフェイクだ。ギリギリまで引き付けてからボールを下げる。──しかしそれでも、桐皇のDFは振り切れなかった。

 

「情報に無い手できた場合、普通なら対応出来ません。

 しかし桃井は集めた情報を分析して、その後相手がどう成長するかまで読み取ります」

 

 そんなの有りかよ。

 ……いや、「キセキの世代」に常識を期待しちゃいけないか。

 現に、誠凛は手を変え品を変え攻めてはいるが、成功する事は無く完封されている。

 青峰の事ばっかり自慢してたけど、今吉さん、とんでもないマネージャー引き入れてんじゃねーか。

 

 第1Qも残り少ない。

 このままじゃ何も出来ずに終わったら、その後の士気に関わる所だ。

 

 ──―その時、桐皇のDFを、誠凛の突然現れた選手がスクリーンをかけて止めた。

 黒子だ。

 あの突然現れるスクリーン、ビビるんだよな……。予選リーグの時の試合を少し思い出した。

 コートの選手がもっと驚いたらしく、火神にボールがつながるのを許してしまう。

 

「よしっ! 流石黒子っち!」

「……黄瀬君は誠凛を応援してるの?」

「そりゃ、うちに勝ったんだからあっさり負けてほしくはないっスよ。それに火神っちもいるし、どうなるか分からないじゃねーっスか」

 

 丁度その時、第1Qが終了。

 得点は(桐皇)25対21(誠凛)。差っていう程の差はついてねーけど、青峰が居ない状況でこれは後々厳しくなるぞ。 

 

 それは誠凛の女カントクさんもよく分かってるらしく、強く選手を鼓舞してコートに送り出した。

 スタメンは第1から変わらずに続行だ。

 

 第2Qからは、火神がいつになく暴れ回った。

 走り回り、遠慮なくジャンプして、ダンクを決める。……まあ、ダンクばっかりだから単調だけど、あいつの跳躍力に桐皇側も届いていない。誠凛側のベンチが盛り上がる。

 けどあんなに無茶苦茶な跳び方してると、見てるこっちもハラハラしてきた。

 

 俺の思考が伝わった訳じゃねーだろうけど、カントクさんはいきなりメンバーチェンジを申し出た。火神を指名し、代わりに誠凛の6番が出る。

 

「あいつ交代!? あり得ねーだろー」

「何考えてんだ、誠凛」

「やっぱちゃんとした監督居ない所はダメだなー」

 

 突然の交代に、観客席から好き勝手な野次が飛んでいる。

 水差された気分なんだろうが、分かってねーのはお前らの方だよ。

 

「……やっぱり火神君、完治してなかったんじゃ……」

「え? 火神っち、まさかどっか怪我してるんスか?」

「利き足をちょっと傷めてるって聞いたよ。本人はもうすっかり治ったとか言ってたけど」

「フン、体調管理を怠るとは、人事を尽くしていないのだよ」

 

 いやお前が言うなよ!? 

 お前だってこの前の海常との試合で、足首の事隠してただろ! 

 じっとりと隣の緑間に視線を向けるが、本人は「何か?」と涼しい顔して返してきた。こいつに火神の素直さを一欠片でも分けてほしい。

 

 コートでは火神が抜けて二年生4人プラス黒子のメンバーで続けているけど、能力的にも身長的にも火神がいないと押されるばかりだ。

 桐皇のインサイドは、多分190超えはしてそうな図体だし、今の誠凛の面子じゃ抑えるには弱過ぎる。こういう所も隙が無ぇな今吉さん。

 

「残りの二年生4人は桃井のせいで動きが読まれている。やはり火神の抜けた穴は大きい」

「いずれにせよ、まずいっスよ。点差が開き始めた……!」

 

 第2Qが始まり、(桐皇)38対29(誠凛)。

 このまま二桁差がついたら、巻き返しは更に難しくなる。

 誠凛側のベンチで、カントクさんにテーピングをしてもらっているのか座っている火神が見える。何か話をしているようにも見えたが、立ち上がった火神に、カントクさんが発破をかけたようだ。

 

 ……そうだな、怪我してるからって大人しく引っ込んでる奴じゃない。

 予選リーグの時の試合でも、足の限界を超えて止めにくるような奴だ。

 

「……いや、火神君はまだ折れてないよ。それに、ここから逆転するのが誠凛じゃない?」

「……そうっスね! そう言われたら弱いっス」

 

 海常も誠凛相手に負けた事があるんだったな。

 黄瀬も思い当たる節があるのか、ちょっと苦笑気味に微笑んだ。緑間は無言のまま、コートを見つめている。

 

 誠凛側が、再びメンバーチェンジを申し出た。

 気合を入れ直した様子で、火神がコートに一歩踏み出す。

 

 ――――その時、見知らぬ人影が火神の隣に立った。

 

 火神が驚いたように振り向いた事で、コート内にその姿が顕わになる。

 

 

 

 

 

 

 前半終了まで残り1分。

 

「キセキの世代」のエース、青峰大輝は急ぐ事もなく、まるで王様みてーな足取りで登場した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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