黒と銀の巡る道   作:茉莉亜

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22.DF不可能の点取り屋

 

 

 

 

 

 

『桐皇学園、メンバーチェンジです』

 

 

 交代のアナウンスが流れる。

 遅い登場をした桐皇のエースは、ジャージを桃井に押し付けると悠々とコートに出てきた。

 

「キセキの世代」エース、青峰大輝。

 前半丸々すっぽかした癖に、悪びれた様子は微塵も無い。コート内の選手全員の注目が、自然とそいつに集まっていた。観戦している俺も、隣の緑間や黄瀬も、黙って様子を見つめている。

 

 今の状況は誠凛にとって最悪だ。

 点差は10点ビハインド、エースである火神の足も万全じゃない。しかもここで青峰が来てしまった。

 ……ここから、あいつらが盛り返せるのかどうか。

 

 青峰はコートに出ると、黒子と何か言葉を交わしたように見えた。

 同中だから何かと話はあるんだろう、って思うけど、それにしちゃ雰囲気が悪いな。

 

 前半も残り僅かだが、青峰が加入してリスタートする。

 桐皇ボールで始まり、数度のパスの後、すぐ青峰にボールが渡った。

 

 ──―そして青峰と正面切って向かい合ったのは、火神だ。

 

「アイソレーション……!」

「使う時の理由はいくつかあるが、この場合は見たままなのだよ」

 

 緑間の言う通りだ。

 青峰と火神の付近だけスペースを空けて、他のメンバーは片側に寄っている。

 目的は両チームのエースの1対1(ワンオンワン)。この勝敗が、試合の勝敗そのものに関わってくる。

 

 動いたのは青峰だ。

 レッグスルーからクロスオーバー。その動作だけであっさり火神を置いていく。

 日向がヘルプに入ったが、まるで動きを止めずに抜き去る。

 そして青峰のダンクが決まる直前──―後方から跳んだ火神が、ボールを弾き飛ばした。

 

 さっき抜かれた一瞬で追いついて、止めたのか。

 その動き方は足の不調なんて感じさせない。すぐに誠凛の速攻が始まった。

 けど桃井に動きを読まれている分、桐皇側のDF(ディフェンス)も早い。

 

 その時、コートを貫通するようなロングパスがいきなり放たれた。

 また黒子だ。俺達の試合の時でも見せた、あの超長距離パス。ゴール下に戻った火神がそれを受け取り、ダンクシュートを決めにかかる。

 ──―が、戻りに入った青峰によって、それも防がれた。

 

 そのタイミングで、前半終了のブザーが鳴る。

 

「すげぇ……あれが青峰……」

「めちゃくちゃ速くね!? 素人目にも半端ねーよ」

 

 突然現れた青峰の暴れっぷりに、観客は分かりやすく騒いでいた。

 その反応は分かる。確かに速いけど……何か、違和感がある。気のせいか? 

 以前、桐皇の練習で、少しだけ青峰と1対1をした時の事を思い出す。中途半端に終わってしまったけど、あの時はもうちょっと反応が速かった気がしたんだが……。

 

「青峰っち……」

「全く、気に食わん奴なのだよ。ノロ過ぎる、まるでやる気が無かったのだよ」

 

 両隣の「キセキの世代」が、答えを出してくれた。

 やっぱり手抜きしてたのか、あれ。

 

 後半開始まで休憩(インターバル)のアナウンスが放送され、誠凛も桐皇もそれぞれ選手が控室に引き上げていく。青峰は他のスタメンに何か怒鳴られていたけど、本人は笑って聞き流していた。

 

「……青峰君って、昔何かあったの?」

 

 手すりに寄りかかりながら聞くと、緑間と黄瀬が一瞬、戸惑ったような気配をした。

 まあ、いきなり過ぎる聞き方だったな。

 

「いや深い意味は無いけどさ……。「キセキの世代」とか呼ばれてるのに、何だかあんまりバスケやりたそうに見えないから」

 

 俺も人の事は言えねーけど。

 ただ、今吉さんが最強って太鼓判を押してる割には、試合に対して目に見えてやる気が無いし、シュートを決め損なっても大して悔しそうにしてないし。

 

 俺の疑問を察したように、緑間が静かに口火を切った。

 

「……いえ、あいつは寧ろ、俺達の中では誰よりもバスケが好きで、一番打ち込んでいた人間でした。変わったと言えば、あいつの才能が開花した頃です」

「……才能?」

 

 これはまた、嫌な話になりそうだ。

 

「中学の頃から、青峰のバスケは周りより抜けていました。それでも最初は、頭一つ程度のレベルです。ある時期を境にして才能が開花した事で、奴は強くなり過ぎました。―――周りと比べると圧倒的に」

 

 まるで自分に言い聞かせているみたいな口調だけど、緑間も黄瀬も、そのせいで色々あったんだろうか。

 

「……じゃあ、それで周りと差が開き過ぎて孤立しちゃったって事?」

「……あいつが何よりも求めているのは、自分と対等に戦える好敵手(ライバル)です。青峰が失望したのは、それが見つからないと分かったからでしょう」

 

 それ以上は緑間も話したくないのか、俺も詳しくは聞かなかった。

 

 対等に戦える好敵手、ね。

 そんな真っ直ぐなものを求めていた分、あんなにやさぐれちゃった訳か。

 ……でもその孤独感は、少しだけ分かるような気がする。

 

 インターバルはあっという間に終わり、誠凛と桐皇がまたそれぞれ登場した。そしてただ一人だけ、チームの輪から外れて到着した選手。

 

 ──前半とはまるっきり雰囲気を別にした青峰が、頭にかけていたタオルを取った。

 到着した時の緩さが完全に消えている。前に1対1をした時に見せたような、野生の豹みたいな剥き出しの気迫。コートにいる誠凛も呑まれたように沈黙している。

 

 けど火神の闘争心は、まだ消えていないようだった。

 ……あいつならもしかして、青峰が言う好敵手になるんじゃないだろうか。なんて、俺が考えても仕方ない事か。

 

 そして後半、第3Qが始まった。前半とは変わって静かな立ち上がりだ。

 と、誠凛側はメンバーを変えて、黒子をベンチに下げている。

 

「あれ? 黒子君はベンチなんだ」

「あっ、黒子っちの視線誘導(ミスディレクション)は40分フルには使えないんスよ」

「え、そうなの?」

 

 妙なタイミングで下げるかと思ったら、そんな弱点があるのよ。しかも致命的じゃねーか。

 

「ミスディレクションは黒子の影の薄さがあってこそ発揮されるものです。ですが長時間試合に出る程、「慣れ」が生じて効きにくくなります。ここで下げないと、第4Qまで持たないでしょう」

「……でも第4どころか、この10分が持つのかって思うけどね」

 

 ただでさえ火神は本調子じゃない。しかもスタメンの二年は相手に研究済。黒子の見えないパスワークがないと、点差を縮めるには厳しい気がする。

 緑間も同意見だと言うように、黙ってコートを見つめている。

 

「……そうっスね。確かに青峰っち相手に黒子っち抜きは厳しすぎる。けど俺は、あの成長スピードを考えると何か起きそうな気がするんス」

「…………」

 

 火神を信じてる、というよりも、対戦した相手だからこその信頼を感じる言葉だった。

 そう、あいつの諦めの悪さと爆発力は俺だって実感している。このまま終わらないって思いたいけど…………この嫌な感覚は何なんだ。

 

 後半は開始早々、青峰にボールが渡った。

 確実にこれからのOF(オフェンス)は青峰で来る。火神が止められねーと、誠凛に打つ手が無くなるぞ。

 青峰はドライブでいきなり真正面から火神に切り込んだ。

 フェイクもかけてない。それでも火神は全くついていけていなかった。

 速さと反応なら火神も青峰に負けてねー筈なのに、あそこまであっさり抜くもんなのかよ。

 

 そのまま加速して青峰は特攻するが、前には素早く誠凛側のヘルプが二人入った。

 しかし青峰は急停止すると、その位置からフェイダウェイでシュートを放った。

 正面でブロックする二人の事なんて、気にも留めちゃいない。

 

「……あの速さからよく止まれるね」

 

 思わず、間抜けな感想が漏れた。

 

「運動において、速さとは最高速だけではありません」

「……加速と減速の事言ってるの?」

「その通りです。0→MAXへの加速力と、MAX→0への減速力。すなわち敏捷性(アジリティ)。青峰のそれは、俺達の中でもズバ抜けています」

 

 緑間の説明に納得しつつも、コートから目を離せない。

 

 青峰がシュートを放った時、追いついた火神が後方から僅かにボールに触れた。

 けどかすめただけだ。一瞬危ない軌道になったが、ボールはリングをくぐってしまう。

 

 直後、日向がロングパスを放って速攻をかけた。

 火神がすぐさま反応し、ボールを受け取ってゴール下まで駆け抜ける。

 けどシュートする直前、青峰によってボールが弾かれる。……あの一瞬で反対のゴール下から火神に追いついたのか。いよいよ速さが化物じみてる。

 

 ……ていうか、うん? 

 見間違いじゃなければ、今の火神の踏切位置ってフリースローラインからじゃなかったか? 

 確かに火神の跳躍力なら出来るかもしれないけど、あいつ、自分の足の状態分かってるのか。レーンアップなんて、万全の時でも膝に負担がかかるんだぞ。今の所、青峰が優勢だけど火神との勝負は五分五分。決着をつける前に足壊したら意味がねーんだ。

 

 また青峰からのボールでリスタート。

 すると、さっきまでとは急に攻め方が変わった。

 ユラ……と流れるように青峰の体が傾いだかと思うと、ボールを火神のすぐ背後に放ってしまう。そして次の瞬間には、火神の背後に回り込むと一瞬でボールを奪い取り、ただのドリブルで火神のDFをあっさり躱した。

 

 いや、さっきまでとはフォームが全然違う。変則の動き。それなのに更に速い。

 その奔放な動き方に対応出来ず、バランスを崩した火神がコートに尻もちをついた。

 

 壁をなぎ倒した青峰は、ドライブでゴール下まで止まらない。

 けどシュート前に、誠凛の日向、そして8番と9番が同時にブロックに跳んだ。三人がかりだ。突き抜けるスペースも無い。

 しかし青峰は最初から無視して突き進んでしまう。シュートフォームに入った所で、位置はもうゴールの裏側。

 

 ──―青峰はそこで、ゴールの裏側からリングに向けてボールを放った。

 

 ボールが裏側からゴールを乗り越え、始めから決まっていたみたいにネットをくぐる。

 一瞬の静寂。

 そして観客席から、歓声と興奮が沸き起こった。

 

「すげ──!! ゴールの裏から決めた!!」

「何であれが入るんだ? これが「キセキの世代」のエースか!!」

 

 観客の声がBGMのように耳に流れていく。

 ………メチャクチャ過ぎるだろ、おい。

 

 コート内では観戦している俺以上に動揺しているのが分かった。

 それでも誠凛側は動きを止めず、また青峰がボールを持った時、火神も止めにかかる。

 けど、青峰の動きに火神は全くついていけてない。すっかりペースを乱されている。

 

 と、青峰はシュート体勢に入りながら、ゴールとは全く違う方向に跳んだ。

 あんな位置からシュートする気か? 

 そう思った矢先に、青峰はボールをゴールのバックボードに叩きつけるように投げた。ボールはバックボードに跳ね返ってからリングに当たり、ネットをくぐる。

 

 シュートどころか、ただボールをぶん投げてるようにしか見えねーよ!? 

 何であんなやり方で入るんだよ。

 俺の心中を察した訳じゃないだろうけど、緑間がまた淡々と話し始めた。

 

「バスケットに限らずどんなスポーツでも、その歴史の中で洗練されてきた基本の動きがあり、理想の型があります」

「……そうだね。確かに緑間君は理想のフォームで投げてるし」

 

 バスケの入門書でもあそこまで正確には描いてないってレベルの、緑間のシュートモーションを思い出す。

 今見ている青峰のそれは対極の極致だ。フォームを崩しているどころか、そもそも型なんて考えちゃいない。

 

「洗練され、無駄が無くなったからこそ、選択肢は限られ逆に予測も成り立つ。そこにOF・DFの駆け引きも生まれる。それが試合です。……雪野さんならよく分かる事だと思いますが」

 

 その言い方だと褒めてるのか嫌味なのか分からねーよ。

 俺は黙って、目線で続きを促した。

 

「青峰は物心つく前からバスケットボールに触れ、大人に混じり、路上(ストリート)でずっとプレイをしてきました。もはや体の一部と化したボールハンドリングと、天性の速さ。自由奔放なバスケットスタイル。ドリブルもシュートも、青峰の動きに型はありません」

 

 コートの中で、まるでストバスでもやってるみたいに誠凛側を翻弄している青峰を見る。

 

「その動きは無限……故に、『DF不可能の点取り屋(アンストッパブルスコアラー)』。

 それが「キセキの世代」のエース、青峰大輝です」

 

 スコアはいつの間にか(桐皇)55対39(誠凛)。

 じわじわと広げられて16点差になっている。

 青峰の前に日向がDFについたが、青峰はいきなり脱力してボールを手放すと、日向がボールに気を取られた隙に急加速し、サイドを抜けた。変則のチェンジオブペース。

 

 シュート体勢に入った青峰の前に、火神が勢いをつけて跳躍し、ブロックする。

 

「今までより一段と高い!」

「──―いや、あれじゃダメだ」

 

 黄瀬の反応に、思わず返す。

 確かに今までよりずっと高い。けど、高さを意識し過ぎたせいで隙だらけだ。

 

 青峰は中空にいたまま、上体をほとんど寝かせながらシュートを打った。

 まるで火神を嘲笑うように、ボールはゴールリングに吸い込まれる。

 

 ……普段見ている緑間のシュートが何で落ちないかは分かる。あいつは絶対に落ちないように、フォームもループの高さも常に一定で打つからだ。

 逆に青峰はシュート体勢はでたらめ、ループの高さもバラバラで不規則。それなのに全く落ちない。

 

 コート内の誠凛側の混乱は、観戦している俺の比じゃないだろう。

 続いて火神にボールが渡り、すぐさま跳び上がってシュートに移ろうとしたが──―正面の青峰にボールをカットされて奪われた。それはもう、ごく簡単な様子で。

 

 ドリブルして突き進む青峰の背を、追う火神。どちらも速い──―けど。

 

「……え、追いつけない!?」

 

 火神が走っても走っても、青峰との差が縮まるどころか逆に開いている。

 速さが勝っているとしても、ドリブルしている状態で火神を突き放すのか。

 

 距離の差が開いても、火神に諦めた気配は無かった。

 ギリギリまで近づいてから、シュート体勢に入りかけた青峰の背後に跳び上がる。それが命取りになった。

 力任せに跳躍した火神の体が、青峰の背中にぶつかる。同時に鳴る審判のF(ファール)の笛。

 

 青峰は後ろを振り返る事もなく、ファールを取りながら背中越しにボールを放った。

 手を伸ばした火神の上空を舞って、ネットをくぐるボール。

 

「バスケットカウント、ワンスロー!」

 

 放心状態になっている誠凛を横目に、審判が宣言する。

 青峰はフリースローも片手間のように決めた。これでスコアは20点差。

 

 すると青峰は、青ざめている様子の誠凛側のベンチに近寄って、何事か話しかけている。

 ──―相手は黒子か? 

 ベンチにいても影が薄いから、客席からだともっと分かりにくい。

 

『誠凛高校、メンバーチェンジです』

 

 その時、選手交代のアナウンスが流れた。

 薄水色の小さな人影が、ゆっくりと現れてコートに入る。

 

「キセキの世代」幻の六人目(シックスマン)。そして誠凛の最後の切り札。

 こいつを加えた状態で逆転出来なきゃ、もう誠凛に勝ちの芽は無い。桐皇側もそれを分かってるのか、点数は圧倒的に有利なのに油断した様子が無い。

 

 一体どうする気だ、誠凛。

 

 試合が再開するなり、黒子の超長距離パスがコートをいきなり縦断した。

 ゴール付近の火神がそれを受け取る。……けど、青峰もすぐに追いついて後方に詰めている。

 

 またカットされるか、と思った所で、火神は日向に対してバックパスを放った。

 それを受けて日向が3Pを打つ。後半開始で初の誠凛の得点。 

 

 青峰との1対1の勝負を捨てて、当初からの連携で点を取っていく気か。

 正しい選択だと思った。頼みの綱の火神があそこまで手も足も出ないなら、わざわざ正面から勝負していくのはリスキー過ぎる。避けられるなら避けた方がいい相手だ。

 

 続いて桐皇の攻撃。桐皇の7番が今吉さんにパスをする。

 それは、いつの間にかその中間に現れた黒子にスティールされた。黒子から伊月にボールがつながり、更に2得点。観客から歓声も上がった。

 

 俺達と試合した時と同じ、手品みてーな読めないアシストだ。

 黒子が加わった事で、一気に流れが誠凛側に傾きつつある。

 

「……この調子なら、もしかして」

「……いえ、このままでは恐らく黒子は勝てません」

 

 俺の独り言が聞こえたのか、隣の緑間が冷静に告げてきた。

 誠凛や黒子をバカにしている言い方じゃない。ただ事実を述べているような淡々とした口振りが気になった。

 

「……何でそう思うの?」

「中学時代、俺達の中でも青峰と黒子は一番お互いの息が合っているコンビでした。黒子が最もパスを出していたのは青峰でしょう」

 

 コート内では、伊月から黒子にパスが渡った。

 黒子がまた長距離パスを出す──―いや、今度のパスは加速もついて更に速い。

 

 緑間の声が、同時に耳に届いた。

 

「青峰に黒子のパスは通じません。誰よりもそのパスを取ってきたのは──あいつなのだから」

 

 青峰は加速付きのパスを、片手間のように右手で受け止めてしまった。

 

 そして正面の伊月を抜け、日向を躱し、C(センター)の8番も反応が出来ない。

 三人抜きだ。一人でシュートまで持ち込むつもりなのか。

 ゴール下に先回りしていた火神と黒子が、青峰のシュートをブロックするべく同時に跳ぶ。

 

 青峰はそんな妨害を無視して、ゴールにボールを叩き込んだ。

 吹っ飛ばされた火神と黒子が、コートに半ば落下してへたり込む。

 

 誠凛のスタメン五人抜き。

 あまりの圧倒さに、女カントクさんもベンチの奴等も言葉を失っている。

 ──―黒子と火神を見下ろす青峰の視線は、ぞっとする程冷たかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最終Qが始まる頃には、客席からの歓声や応援の声も少しずつ減り、ただ呆然と試合経過を眺めていた。コート内で見せつけられるのは青峰の圧倒的な実力と、虫でも散らすみたいに相手にもされていない誠凛。

 スコアは既に(桐皇)82対51(誠凛)。

 

 予選リーグで俺達を散々困らせてくれた黒子のパスが、青峰には全く通じていなかった。

 味方に回しても、フェイントで長距離パスを仕掛けても、全て手に入る前にカットされる。

 

 また青峰が黒子のパスをカットし、ドリブルに持ち込んだ。

 火神がDFにつくが、青峰は背を向けて半回転してみせると、ロール中にボールを打った。

 

 フォームもバランスも何もあったもんじゃない。

 青峰はただ、ゴールへ向けてボールを投げてるだけ。火神や誠凛の連中がDFしても、半分遊んでいるようなもんだ。

 それでも一瞬の隙をつこうと食らいついている火神の根性には、尊敬すら感じた。

 

『誠凛、メンバーチェンジです』

 

 その時、選手交代がかかる。

 女カントクさんが指名したのは火神だ。──―まさか、足の限界が来たのか?

 

 当然火神が引くはずなく、何事か反論していたけれど、女カントクさんが一喝して黙らせた。

 只事じゃない雰囲気だ。この状況で引っ込めざる得ない程、悪化したってのか。

 火神は黙ってベンチに座る。タオルをかけられているから、表情は伺えない。

 

 火神が抜けた事は、今の誠凛にとって最後の攻撃手段を失ったと同然だ。

 DFじゃ青峰を誰も止める事が出来ない。その上、スタメンのほとんどは桃井に研究されているからOFも通じない。

 

 差を縮める手段も見つからずに、時間だけが流れていく。

 最終Qが5分経過してから、もうスコアは(桐皇)93対53(誠凛)。

 逆転を考えるには、もう絶望的過ぎる。

 

「……終わったな……」

「さっきからもう一方的じゃん。見てらんねーわ」

 

 ポツポツと、試合が終わっていないのに席を立ち始める観客も出てきた。

 それはそうだ。バスケに一発逆転は無い。逆転不可能な大差がついた時点で、つまらない消化試合にしかならない。……俺だって見てられねーよ。

 

 黒子はコートの中で、青峰と向かい合っていた。

 ミスディレクションの時間が遂に切れたのか、黒子の姿は試合開始の時よりずっと鮮明に捉えられた。……でもそれ抜きにしたって、黒子と青峰じゃ体格からして差があり過ぎる。火神みたいに、正面から止めるなんて無理だ。

 

 それに黒子自身も、もうヘロヘロじゃねーか。

 他のスタメンよりバテてるように見える。これじゃ火神だけじゃなくて、黒子も交代させた方がいいんじゃないか。

 

 誰がどう見ても、桐皇の、青峰の勝ちは決まった。

 

 ────それなのに、黒子はまだ諦めようとしていなかった。

 

 火神も居ない状況で、追いつくはずもねーのに青峰を追いかけて、パスを回そうとボールに手を伸ばす。

 その時、日向がベンチに向かって叫んだ。

 

「コラ、ベンチお通夜か! もっと声出せ!!」

 

 その叱咤をきっかけにして、沈み込んでいたベンチから掛け声が再び上がる。

 日向は全員に告げるように、更に叫んだ。

 

「1点でも多く縮めるぞ! 走れよ、最後まで!!」

 

 その言葉に応じるようにして、他のスタメンも再び動きが活気づく。

 ベンチからは火神も応援するように声を出していた。

 

 ………何であいつら、そんなに諦めないでいられるんだ。

 この試合を観ている誰一人も、ここから誠凛が勝てるなんて思ってねーのに。もう誰も逆転の期待なんかしちゃいないのに。

 

 誠凛の振り絞るような掛け声が、コートの中で一段と大きく響いていた。

 

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 

 

「―――112対55で、桐皇学園高校の勝ち!!」

 

 永遠に続くように思えた最後の5分間が終わって、決着はついた。

 

 両チームが整列して礼をする。日向も黒子も、誠凛は一人も諦める事なくラスト1分までプレイをし続けた。

 でも奇跡の逆転劇なんてのは、起こらなかった。

 誠凛の負け、桐皇の勝ち。しかも結果はダブルスコア。

 

「……行きましょう、雪野さん」

「え? あ、ああ……うん」

「早っ! ちょっとはショックとか無いんスかー? この結果に」

 

 感想の一言も無く去ろうとした緑間に、黄瀬がツッコむ。

 それは俺も聞きたい所だった。緑間は黄瀬に背を向けたまま語る。

 

「俺の心配をするぐらいなら、黒子の心配をした方がいいのだよ」

「え?」

「スコア以上に……青峰に黒子のバスケは全く通用しなかった。精神的にも相当なダメージだろう」

 

 まあ、こんな負け方して心が折れねー奴はいないと思う。

 

「しかも誠凛はまだ若いチームだ。この修正を一晩でするのは容易ではないのだよ。

 ……残り2試合に影響が出なければいいがな」

 

 それだけ言うと、「じゃあな黄瀬」とだけ挨拶を残して、緑間はさっさと会場を出てしまった。おい、今日のラッキーパーソンとか言ってた癖に俺を置いていくな。

 俺も黄瀬に簡単な挨拶だけして、自由過ぎる後輩の後を追う。

 

 会場の出入口を抜けて一般客用の通路に出ると、コート内の声援や観客の声が一気に無くなって、周りが静まり返ってしまったように感じた。

 

 緑間は無言で俺の少し前を歩いていた。

 ……マジでさっき黄瀬に言った事で感想は終わりか。俺も今はベラベラ喋る気分じゃないから、緑間が黙っていてくれるのは少し有難いけど。

 

 こいつの言ってた事は当たっている。

 決勝リーグの試合は全部で三試合。初戦からこんなボロ負けを体感してしまったら、残りの試合までに切り替えるのは難しくなる。

 その辺はあの女カントクさんと、主将の日向に懸かってるのかもしれないけど、果たして大丈夫なんだろうか。

 

「……って、痛! ……いきなりどうしたの?」

「すみません。ちょっとお汁粉を買ってきます」

「はあ? お汁粉って、こんな暑いのに?」

「冷たーい、が売っている時期です。少し飲みたくなったのだよ」

 

 緑間が急に止まったから、そのでかい図体に思い切り激突した。鼻が痛ぇ。

 どんな時でもマイペースだな、こいつは……。緑間からすれば、チームメイト同士の試合だったんだろうに、感想は無くても、もうちょっと感情は出せよ。

 

 と、通路を少し進んだ所で会場用の自販機があるのが見えた。

 丁度いいけど、お汁粉なんてマイナーな商品売ってるのか? 思いつつも、緑間の後を追うように進む。

 自販機の前には先客がいて、買った商品を取ろうと屈み込んでいる。

 先客が立ち上がり、振り返った事で、俺達と偶然目が合った。その時──――息が、止まった。

 

「雪野さん?」

 

 突然立ち止まった俺に、緑間が怪訝そうに訊ねる。

 

 後輩の声も耳に入らず、俺は金縛りに遭ったように動けなくなった。

 自販機の先客も一瞬驚いたような気配を出したけど、すぐに調子を戻して、口を開いた。

 

 

 

 

「よう、(あきら)。久しぶり。

 …………会えて死ぬ程、嬉しいよ」

 

 

 

 

 中学時代のチームメイト、花宮真はそう言って、昔のように、笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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