黒と銀の巡る道   作:茉莉亜

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23.今と昔と

 

 

 

 

 

 

 さっき買ったらしい缶コーヒーを手元で遊ばせながら、花宮はニッコリと笑った。

 非の打ち所が無いくらいの完璧な笑顔だ。

 

 俺が咄嗟に言葉を出せないでいると、薄墨色の目が、俺から隣の緑間に視線を泳がせた。

 

「あれ? もしかして君は「キセキの世代」の緑間真太郎君かな?」

「…………何故貴様がここにいる、花宮真」

「天才シューター様に名前を覚えてもらっているなんて光栄だなあ。勿論、決勝リーグの試合観戦だよ。悪い?」

 

 地を這うような、とでも言える声で警戒する緑間を、花宮はからかうように流す。

 静かに戦争でも始まりそうな空気になって、やっと俺も頭が回ってきた。

 

「あー……緑間君、悪いけど先に行っててくれない?」

「雪野さん?」

「ちょっと用事が出来たから」

「………………」

「あっ、お汁粉なら僕が買っといてあげるからさ」

「そういう意味では無いのですが…………」

 

 俺が軽く背を押すと、納得しきってはいない様子ではあったけど緑間は会場の出口に歩いて行った。去り際に、花宮に対して敵意丸出しの視線を残していくのも忘れない。……いやお前、一応相手は一年先輩なんだから、もうちょっと本音隠せよ。

 

 緑間のでかい後ろ姿が見えなくなると、場に沈黙が落ちた。

 ……おい、無言は止めろ。胃が痛くなる。

 何か喋れよこいつ、と思って横目で様子を伺うと―――花宮が笑いを嚙み殺していた。

 

「……お前……「僕」って、おい……ふはっ」

「爆笑してんじゃねーよ」

 

 今吉さんの倍は笑い転げてんのがムカつく。

 

「何、お前高校デビューでもやったの? グレた不良キャラから今度は真面目ないい子ちゃんって?」

「誰が高校デビューだ! 猫被ってる奴に言われたくねーよ」

「俺は優等生してる方が何かと都合いいからやってんだよ、お前のはただキモいだけだろ。それに、何だよその白髪」

「いいだろ別に、こっちのが地毛なんだから……」

 

 ニヤニヤとおかしそうに笑う花宮はスルーして、その背後にある自販機へと進んだ。お汁粉は流石に無いだろうけど……って、ある!? 

 知らない間にお汁粉ってそんなメジャーな商品になってたのか。

 緑間の強運を思うべきか、自分の世間知らずさを思うべきか迷ったけど、とりあえず汁粉を1本買ってやる。俺も喉が渇いてきたから炭酸を1本。

 

 …そして思ったよりずっと、こいつと普通に話せている事にホッとしている自分が居た。

 中学の卒業から、もう再会する事なんて無いだろうって思ってた奴だ。実際に会ったら、何て言えばいいかなんて考えてなかった。

 

 すると花宮は突然笑みを消して、冷めた声で言った。

 

「「キセキの世代」と随分仲良くやってんじゃねえか。オトモダチが出来て良かったね?」

「どう見たらそんな風に見えんだよ。めんどくさいだけの後輩だからな」

「めんどくせーのはお前だろ。バスケなんて止めてると思ってたのに、三大王者なんて選んで何がしたいんだよ」

 

 突き放すような冷たい響きが、喉元に突き立てられた気がした。

 買った炭酸のプルタブを開けて、言葉も一緒に流すように呑み込む。干からびかけた喉が潤っていく。

 花宮の追及するような視線に耐えられなくなって、話題を強引に変えた。

 

「……今吉さんの試合観に来てたんだろ。お前こそバスケ続けてんの?」

 

 制服姿である所を見るに、学校帰りにわざわざ試合観戦に来たんだろう。

 

 ……聞いてはいたけど、マジで霧崎第一に行ったのか、こいつ。

 都内じゃ有数の進学校と、花宮のイメージが少し結びつかない。

 

「は? 違ぇーよ。みちるに連れて来させられたんだよ。あいつ、人連れ回しといてすぐ居なくなりやがって……」

「え、みちるも来てたのか? 居ないって大変じゃねーか」

「そんな大袈裟な話じゃねーよ。試合も終わってんだし、その内ひょっこり出てくるだろ。お前には関係ねーよ」

 

 俺は言葉に詰まって、その場に立ち竦んだ。

 言い方は軽いけど、はっきりした拒絶の意思を感じる。

 

 花宮は無表情のまま、つまらなそうに視線をやって会場の方へ歩き出した。

 

「そういえば秀徳は今年のIH(インターハイ)出ないんだな。いやあ、新設校相手に残念だね。ご愁傷様」

「……悪かったな、予選落ちで」

「いやいや、俺達もIHには出ないからお仲間だよ」

 

 やけに芝居がかった言い回しで、花宮はすれ違い様に言った。

 ……ん? 俺達、という言葉が引っかかる。

 

 

「まあ冬には良い試合をしようね。──―お互いに、さ」

 

 

 去り際に見えた、おかしそうに歪んだ口元。

 昔とちっとも変わらない、そう思った。

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 

 とんだ所で、とんだ奴と出くわしてしまった。

 予想すらしていなかったから本当にビビったけど、花宮と別れた後で、グルグルと頭に浮かんでは消えるものがある。普通に話せていたんだろうか。

 

 考えながら、会場の出口に向かう。

 もう時間は六時を回っていたけど、夏だからか陽はまだ高い。空も少し薄暗いだけで夕方とは思えないくらいだ。

 さて、緑間を結構待たせてしまった。

 まあ2m近い男子高校生を放っておいても何も心配はいらねーだろうけど、あんまり放置しておくと、あの偏屈な後輩がもっとめんどうくさくなりそうだ。

 

 速足で出口まで着いて、会場の外に出る。

 しかしそこに、探している緑頭の長身はいなかった。……え? まさかあいつさっさと一人で帰ったのか? だとしたら、すげー腹が立ってきた。人の事をラッキーパーソンとかいって呼びつけておいて、こいつ。

 

「…………ん?」

 

 外の薄暗がりに目が慣れてきた頃、路上の植え込みで何かがガサゴソと揺れていた。

 猫か何かか? ……と思ったら、違った。

 

 

「…………えっ……み、緑間っ!!?」

 

 

 よく見りゃ制服。茂みに頭から突っ込んで、両足をバタバタと揺らしていた不審者は、探していた後輩だった。いや顔は見えないけど、分かる。足の長さとか、あとは何か……雰囲気的に。

 え……えええええっ!? 何がどうなってそんな事になってんの!? 

 

「緑間? おーい、緑間君だよね?」

「っ! …………雪野さん、ですか?」

「うん。ねえ、何やってんの?」

「……………………」

 

 慌てて茂みに近寄って謎の塊に声をかけると、聞き覚えのある低い声が返ってきた。

 うわ、マジで緑間なのか……。出来れば人違いであってほしかった。

 

「…………まさかそこから抜けなくなったの?」

「……………………」

 

 緑間は無言を貫いているけど、そうだって言ってるようなもんだからな。

 何があったらちょっと人を待っている隙に茂みに頭からダイブするような展開が起きるんだよ。

 けどこのまま放っておく訳にはいかない。何か見てて可哀想になってきたし。

 とりあえず、茂みから出ている無駄に長い両足を掴んで、思い切り引っ張った。「痛っ!」という声が聞こえたような気がしたけど、我慢しろそれくらい。

 

 やがて弾みをつけて緑間の上半身が茂みから飛び出して、俺も反動で思い切り尻もちをつく。

 

「痛っ! ……あ~もう……緑間君、大丈夫?」

「…………問題ありません」

 

 いや問題大有りだったろ! 

 何も無かったみたいな顔で眼鏡をかけ直してんじゃねーよ。宮地(兄)がこいつを引っ叩きたくなる気持ちがちょっーと分かる気がしたけど、暴力はダメだ。

 どうどうと自分を理性で宥めて、緑間に訊ねる。

 

「それで、何であんな所に頭突っ込む事になってたの? 新しい遊び? おは朝がまた何か言ってたの?」

「…………猫が」

「猫?」

「雪野さんを出口の近くで待っていたら、猫が寄って来たのだよ」

 

 悪い、全く話が分からん。

 

「……その野良猫から逃げていたら、いきなり突風が吹いてきて」

「うん」

「飛んできたビニールシートのせいで周りが見えなくなってしまった所に、躓いて茂みに入ってしまいました。……やはり11位では、ラッキーアイテムだけでは補正しきれなかったのだよ……」

 

 え……ええええ……? 

 そんなピタゴラスイッチみたいな不運の連鎖で、あんなバカな状態になってたって事か? 

 よく見りゃ、茂みの近くにあった木に、ピクニックで使うようなでかいビニールシートが引っかかってバサバサはためている。どっから吹っ飛んできたんだよ、あんなもん。

 

 で、飛んできたあのシートが緑間の頭に思い切り被さって、パニックになってすっ転んだと。

 ラッキーアイテムに持っていた小型のびっくり箱は、転んだ拍子に落としたのか、ひしゃげた形で緑間の足元に転がっていた。

 ……何か緑間から、静かに責めてくるような雰囲気を感じるんだが。

 え? 俺のせいなの!? いやだって、ほんの数分離れたくらいでこんな事が起きるなんて誰も思わねーよ!? おは朝やべえな……。

 

「ま、まあ、ほら。ついてない事が続く時ってあるから、そんな落ち込まないで。ほら、お汁粉」

「落ち込んでなどいません。それにラッキーパーソンの雪野さんが居ますから、もうこれで安心です」

「そんな信頼向けられても困るんだけど……」

 

 何か、こいつを家まで送り届ける事が難易度S級のミッションじみて感じてきた。

 俺、今日無事に家まで帰れんのかな……。そしてこんな状況でもしっかりとお汁粉は飲むんだな。よくこんな夏場に甘ったるいもんが飲めるなと思うけど。

 

 立ち上がって颯爽と歩き出した緑間に続いて、俺も慌てて帰り道を歩く。さっきまであんな間抜けな姿だったのに、すっかり切り替えているようだった。高尾がこの場にいたら笑い過ぎて呼吸困難起こしてるぞ。

 

 試合が終わった会場からも、そろそろ他の観客達も出てきている頃だった。誰もいなかった歩道にポツリ、ポツリと人が増え始める。

 まだ試合の興奮冷めやらないって雰囲気で騒いでいる集団からは、試合の感想がいやでも聞こえてきた。誰もが青峰のスーパープレイと、強烈な得点力を褒めちぎっている。まあ、あんなの全国予選の試合でやるには刺激が強過ぎだよな……。

 敗者の誠凛の事を話している奴なんて、誰もいやしない。

 

「……雪野さん」

「え?」

「花宮真と、何かあったのですか?」

 

 一瞬、足が止まりかけた。

 すぐ前方を歩く緑間が不審に思わない内に、何とか歩き出す。唐突に爆弾をぶん投げてきた後輩といえば、こっちを見てもいないので表情は分からない。

 

「いや、別にただの中学の同級生だよ。卒業以来会ってなかったから驚いたけどね。緑間君こそ、花宮と知り合いだったの?」

「中学の頃、何度か対戦しただけです。知り合いという程の縁はありません」

「ふーん……」

 

 何度か対戦した、って言葉に冷や汗が背筋を流れる。けど、この口振りじゃ多分俺が居ない時だ。そりゃそうだな、こんな個性が強過ぎる奴と試合なんかしてたら流石に覚えてる。

 

 花宮と対戦した事があるんなら、あいつのプレイスタイルとか色々知ってんだろうな。それならさっき、あれだけ威嚇してた理由も分かる。いかにも潔癖そうな性格してるし。

 前方をさっさと歩く緑間のでかい図体を眺めながら思う。

 

「……そういえば、黄瀬君も言ってたけど、黒子君に何か言ってあげなくていいの?」

「何故ですか?」

「何故って……あんな負け方しちゃったんだから」

 

 観客席から見ても分かるくらい、誠凛の連中は暗いオーラを漂わせていた。

 緑間はしばし無言だったが、やがて静かに口を開いた。

 

「あいつを慰めてやる義理はありません。確かに昔は同じチームでしたが、今は敵です」

「………………」

 

 お前らって一体何があったんだよ……。

 緑間が後ろ姿だけでも、それ以上聞いてくるなオーラを出しているから、俺も藪を突いて蛇を出したくはない。

 

 それからは会話も無くなり、お互いに無言で帰路を歩いた。口喧嘩した訳でもねーのに、やけに気まずさを孕んだ沈黙が落ちている。

 陽は完全に沈み、夕暮れの空が橙色から黒色に変化しつつあった。

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 

 結局、緑間の家まで付き添って送る派目になったらか俺の帰り道からは随分遠回りになった。しかも何だあいつ、送ってやったのに会釈するだけでさっさと家に入って一言の礼も無かった。今日くらい礼を言われてもいいだろ、俺も。

 

 もやもやした気分を抱えながら、俺の家(というか下宿中の火神のマンション)に一人寂しく歩く。今日一日、後輩には振り回されるし、花宮にはいきなり再会するし、ろくな事が無い。

 誠凛もあんな惨敗したから、今頃火神の奴、家でどんだけ落ち込んでるんだろうな……。それを思うともっと気が滅入ってきた。

 

 もう人影もほとんど見えなくなった大通りを歩き続けて、いつもの見慣れた風景に差し掛かろうとした時、右隣の道路を挟んだ向かい側に公園があるのが見えた。

 公園というか、半分は児童用の公園だけど、一部がストバスのコートになっている。こんな時間じゃ他に人は誰もいない。

 

 ――――俺は方向を変え、そのまま道路を横断してストバスのコートに入った。小さなコートだけど、それなりにしっかりした作りだ。

 

 けどボールが無いんじゃ意味無いか。

 と思っていたら、目の前にコロコロとバスケットボールが転がって来た。

 ……誰かが置き忘れてたのか? 何か都合よく感じるけど、まあ丁度いいか。拾い上げて、片手でドリブルして感触を試してみる。

 

「すいません。それ、僕のです」

「へ? ……って、うわあぁっ!!?」

 

 聞き覚えのある声に顔を上げる。──―いきなり、目の前に人が現れた。

 

 心臓止まるんじゃねーかってくらい驚いた……。よくよく見れば、コートにたった一人で佇んでいたのは幽霊でも悪霊でもなく、つい最近見た顔だった。

 黒子テツヤ。誠凛のスタメンにして、「キセキの世代」幻の六人目(シックスマン)

 只でさえ影が薄いっつーのに、周りが薄暗いからこいつが景色に同化して消えかかっている。薄水色の髪が暗闇に浮かび上がってるみたいに見えるから余計に怪談じみていた。

 

 ……本っっ当にビビった。怨霊か何かがついに現れたのかと思った。

 

「お、お前……。……黒子、君? いきなり出てこないでよ、びっくりするから」

「最初から居ましたけど」

「だったらもう少し主張して……いや、いいわ」

 

 この存在感の薄さは、もう周りが慣れていくしかねーんだろう。

 こんな消えたり出たりするような奴相手に、誠凛の奴等はよく上手くチームなんて作れてるよな。ちょっと感心してきた。

 

 にしても、試合が終わったばっかりなのにこいつは何してたんだ? もうとっくに夜も更けた時間帯だ。ジャージの恰好のままだし、試合終わってからまだ家にも帰ってねーみたいだけど。

 

「こんな所で何やってるの? 試合終わったんだし、早く休まないと次に響くよ」

「…………いえ、ちょっと。……帰る気になれなくて」

 

 黒子はいつもと変わらず人形のように無表情だが、目から明らかに覇気が消えている。

 緑間みたいな鉄仮面と話してたせいか、こいつの表情も少しは読み取れるようになったかもしれない。

 

「……ねえ、黒子君。時間あるなら、ちょっと僕と1対1(ワンオンワン)してくれない?」

「え?」

「いや、僕も何か動きたい気分だからさ」

 

 今日は一度に色んな事が起きて、頭の中が全然落ち着かない。

 とりあえず何でもいいから動いて、気分を紛らわしたかった。

 

「僕は構いませんけど…………後悔しますよ?」

「うん?」

 

 黒子が言う事の意味がいまいち呑み込めないが、とりあえずボールを持ってコートのセンターサークルまで歩く。黒子はバッシュ履いてるのに対して、俺は革靴だったけど、まあ相手は後輩だし良いハンデになるだろ。

 時間も時間って事で、先にシュートを五本取った方が勝ち、というルールで始めてみた。

 

 ────何て思っていたのが、間違いだった。

 

 時間なんて5分も必要なかった。

 勝負は俺の圧勝。……つーか、黒子が予想を超えて弱かった。弱過ぎた。

 ドリブルすればのろいし自分で蹴っ飛ばす始末だし、対面すると隙だらけだし、何よりシュートが全く入らない。ふざけてんのかって思うレベルで掠りもしねえ。

 

 確かに緑間が前に、「一人では何も出来ない」って言ってはいたけどなあ……まさかここまでとは思わねーだろ!? 緑間みたいな化物と比べたら、って話かと思うだろ……。

 平均的な基準に照らしても、本当に何も出来ない奴だった。

 

「だから言ったじゃないですか、後悔するって」

「後悔ってそういう意味!?」

 

 ちょっとキリッとして言ってんじゃねーよ。

 こいつがパス特化の選手になった理由がよく分かった。パスしかやらないんじゃなくて、それしか出来ないからだ。

 

「僕と雪野さんじゃ勝負になりません。僕は影です。……僕だけじゃ、何も出来ません」

 

 汗を拭いながら、どこか自虐的に呟く黒子。

 ……その沈んだ様子が見ていられなくて、思わず口を出した。

 

「…………今日の試合、残念だったね」

 

 月並みな慰めしか浮かばなかった。黒子の表情はタオルに隠れて見えない。

 

「でも、決勝リーグはまだ二試合あるでしょ? それに勝てたらIHは出られるんだし、そんな落ち込む事じゃないよ」

「…………そうですね」

 

 思ったより傷口が深いらしく、かえって気まずい空気が広がるだけだった。

 青峰のプレイは残酷なくらい才能を見せつけてくれるもんだったけど。

 

「……そんなに青峰君に負けた事がショックなの?」

「………………」

「気持ちは分かるけど、いつまでも引きずってたら勝てる試合も勝てなくなるよ」

 

 俺にしては珍しく、先輩らしい忠告をしたと思う。

 実際、試合の敗北なんて引きずってたってろくな事にならない。さっさと忘れて、切り替えるのが一番だ。

 

 って、そろそろ俺もこいつもいい加減に帰らないとやばいか。

 大会前に補導なんてされたら笑えねーぞ。

 

「青峰君が強い事は知っていました。けど…………それでも、僕は勝ちたかった。僕だけじゃなくて、火神君も一緒なら勝てると信じていました」

 

 と、普段は小さな黒子の声が、今だけはよく通って聞こえた。

 

「緑間君から、少し話聞いたよ。青峰君と黒子君って、バスケじゃ一番噛み合ってたんだってね」

「……そうですね。青峰君とは、バスケでは本当に気が合いました。でも、僕はもう青峰君に信頼されていないと思います」

「は?」

 

 暗い目をして、淡々と黒子は話す。

 

「僕の役目は六人目(シックスマン)として、皆にパスを回す事でした。でも残り数秒の大事な場面があれば、「キセキの世代(彼ら)」は絶対にパスを出しません。自分で得点を決めます」

 

 黒子が手に持っていたボールを、ワンバウンドさせて俺にパスした。

 本当にパスだけはまともに出来るんだな。予選リーグで見せた魔法か手品みたいなパスを思い出す。

 

「だから僕は、だんだんコートで信頼されなくなっていったんです。青峰君にも、「キセキの世代」にも」

「………………」

「青峰君にも……昔みたいに、笑ってバスケをするようになってほしかった。

 でも本当は、僕のバスケを認めさせたかっただけなのかもしれません」

 

 その結果がこれで、落ち込んでるって訳か。

 青峰のあり得ないフォームレスシュート。黄瀬の模倣技。緑間の必中の3Pシュート。

 こいつらが同じ中学、しかも同じチームに居たってんなら、そりゃもう鬼か悪魔みたいな強さになるだろう。そして天才様だったら、どんなピンチも自力でどうにかしてしまう。

 ──―その時、つい最近の練習試合の一幕が脳裏をよぎった。

 

「…………この前、うちと海常高校で練習試合やったんだ。それで黄瀬君とも会ったよ」

「……ああ、はい。そういえばカントクが偵察(スカウティング)に行っていました」

 

 え、あの女カントクさん来てたの? 

 確かに観客はわんさか居たから誰が誰やら分かんなかったけど、抜け目ないな、あの子も。

 

「じゃあ結課知ってる?」

「はい、秀徳が勝ったと聞きました」

「残り3秒くらいだったかな、最後の最後で緑間君がシュートじゃなくてパスを出したんだよ」

 

 黒子がタオルから顔を離して、その表情が見えた。

 

「僕達も驚いたけど……多分、予選リーグで負けた事がきっかけだよ。あの状況で、緑間君だったら絶対に自分で決めると思ったから」

「………………」

「だから、まあ…………あの緑間君でさえ変わったんだから、青峰君だってきっと何とかなるよ」

 

 言い方がまとまらないけど、あの偏屈なエースに変化が起きたんだから、青峰に無理って事は無いんじゃないか。

 

「ほら、緑間君より青峰君の方が単純そうだし」

「それは同感ですけど…………緑間君も頭いい癖に意外とアホですよ」

「うん、ちょっと分かる」

 

 天才とアホは紙一重っていう言葉を、緑間を見てるとしみじみ実感するからな。

 ……ていうか、こいつも意外と言うな。

 

 黒子はベンチに置いていたショルダーバッグを持ち直すと、俺に向かい合っていきなり頭を下げた。え、どうした? 

 

「ありがとうございます、雪野さん。……少し目が醒めました」

「あ、あぁ……。……僕はいいけど、火神君ともちゃんと話しときなよ? 足もそうだし、大分落ち込んでたでしょ」

「はい。…………火神君には、近い内にちゃんと話そうと思っています」

「うん、それがいいよ」

 

 話せる内にしっかり話し合っといた方がいい。

 それすら出来なくなったら辛いからな。

 

 黒子は礼儀正しく頭を下げてから、コートを出て去っていった。

 仮にも他校のスタメンに余計な事言い過ぎたか?とも思ったけど、何か見ていて放っておけなかった。

 俺もちょっと感傷的になってるのかもしれない。黒子の言ってた事は、正直俺にも刺さってくる話だったから。

 

 

 残りの試合までに、誠凛が立ち直ってくれればいいけど。

 

 黒子や火神の為か、それとも自分の為か、どっちへの願いか分からなかったけど

 楽観的に祈りながら、俺もコートを後にした。少し冷たい風が吹き始めていた夜だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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