黒と銀の巡る道   作:茉莉亜

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番外編
30.5.秀徳高校バスケ部


 

 

 

 

 

 俺が二年に進級した春、小生意気な後輩が一人バスケ部に入部してきた。

 

 

「雪野(あきら)です。ポジションは別に……」

 

 

 第一印象は、お前舐めてんのか、だった。

 

 例年通り、わんさかと集まった入部希望者の中でその真っ白な髪は目立っていた。

 周りの一年も不審そうに見ていたけど、髪色なんて染めてようと何だろうとどうでもいい。俺も地毛が薄茶色なのに、中学の時からしょっちゅう教師に注意を受けたから同じような真似はしたくなかった。真正面から見ると、目の色が少し青い。もしかしてハーフとかかもな。

 

 何て事をぼんやり思っていたら、第一声があれだ。

 確かに秀徳バスケ部はそもそも部員の母数が多いし、スタメン争いは厳しい。元の希望通りのポジションにつける方が少ない。けどだからってこの言い方はねーだろうが。やる気あんのか。

 あと全体的に覇気もねえ。

 髪と目の色で目立って見えるけど、周りで緊張しながら整列してる一年と比べたら、何かぼんやりしているし。

 

 とりあえず持ってたクリップボードで反射的に頭を叩いてやったら、驚いた顔をされた。

 何だコラ、舐めた真似する気なら轢くぞ。

 

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

「っとに、今年の一年はムカつくよなー! なあ、そう思うだろ木村!」

「落ち着けって」

 

 昼休み。

 俺は教室で木村と顔を突き合わせて飯を食っていた。(と言っても購買で買った総菜パンを並べただけの昼飯だが)大坪はレギュラーの緊急ミーティングが入ったとかで席を外している。

 

 そして高校に入ってからの友人兼部活仲間に愚痴をこぼしていたら、木村は強面に似合わずなだめるように声をかけてきた。

 

「ムカつくって、もしかして雪野の事か?」

「そうだよ。他に誰が居んだ」

「いや、けどあいつって何かやったか? 一年の中じゃ大人しい方だし、室田とかの方が結構他の奴等に噛みついてる感じだろ」

「ああ、室田な……けど俺が気に入らねーのは雪野の方だよ。あいつは何もしてねえ、むしろ何もしようとしてねー所がムカつく」

 

 我ながらまとまりの無い言い方だったけど、他に言い様も無かった。

 新たに一年部員が入部してきて一ヶ月強、毎日の練習に追われながら、俺はあの白い髪の後輩が悪い意味で気になっていた。

 

 結論から言えば、雪野瑛は入部した一年勢の中では一番バスケが上手い奴だった。

 都内中のバスケ部でも一、二を争うレベルできつい練習量だと自負しているのに、大して疲れた様子も見せないし、外周の時は必ず先頭近くを維持している。何よりミニゲームの一環で二年との混合試合をやった時にも、自分でゴールこそ決めなかったが、俺達二年に引けを取らない動きで試合を回していたのは驚かされた。

 いや、引けを取らないなんてのは嘘だ。

 俺だって伊達にずっとバスケをやってきた訳じゃない。あいつは俺達二年より……もしかしたら三年より上手い。直感でそう感じた。

 

「何もしようとしてない?」

「ほら、この前ミニゲームやっただろ。あれの前半が終わる時に雪野がボール持っていい位置にいやがったのに、あいつわざわざ金城に回しただろ」

「あー、あったな。でも確かその時ってお前が雪野の事マークしてたろ? 抜けないと思ったから味方にパスしたんじゃないのか?」

「いーや、あれは自分でも抜けられた癖にさっさと諦めたやがったんだよ」

 

 直接コートの中で対戦していると、相手が持っている気迫だの殺気だのそういうのを感じるっていうが、そりゃ当たっていると思う。

 公式戦どころか、やっとベンチ入りさせてもらった俺には、まだそこまで殺伐とした試合は経験した事が無い。でも向かい合ってる相手がやる気あんのか無いのかくらい察せない程バカじゃねえ。

 

 チームワークっていや聞こえはいいが、あいつがやってる事はただ味方に任せきりにしているようにしか見えなかった。

 

 俺の苛立ちにはすっかり慣れているのか、木村は苦笑しながら話題を変えた。

 

「そういや大坪から聞いたんだけどな、何でも元々雪野は監督がスカウトして来たらしいぜ」

「は? あいつ推薦で入ってたのかよ」

「いや、普通に一般で入学してるらしい。けど監督が誘ったから秀徳に入ったとかいう噂を聞いた」

「…………」

 

 俺は少し自分の記憶を掘り起こしていた。

 俺達の下の代で「キセキの世代」だの「無冠の五将」だのいう才能溢れる奴等が出揃っている事は高校に入ってから月バスや試合で散々知っていた。

 けどその中に、雪野なんて名前見た事あったか? 

 監督がスカウトしてたくらいの奴なら、中学で有名でもおかしくねーだろうに。

 

 ますます分かんねー奴だと、その時はそう思っていた。

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 練習に試合にと追われてると時が経つのが目まぐるしい。

 今年のIH(インターハイ)に向けて秀徳バスケ部は順調に予選を勝ち進み、決勝リーグに駒を進めた。

 

 決勝リーグ参加の4校は、東京三大王者と評されている秀徳・正邦・泉真館の3校。そして4校目が誠凛。

 王者の3校が決勝リーグを独占しているのは例年通りの内容だったが、誠凛なんていう聞いた事がない高校が加わったから俺達は少しだけ騒いだ。けど調べてみれば今年出来たばかりの新設校、しかもバスケ部まで創部一年目って話だから二重の驚きだ。

 そんなに弱小規模でいきなり決勝リーグまで進んでるからには、とんでもなく凄腕の選手でも入ってんのか? 

 

 謎が多いままで決勝リーグの試合は進み、うちはというと、第一試合目からいきなりその誠凛とぶち当たった。

 

 俺はまだ控え選手でしかなかったから、この時もベンチで応援に徹していた。

 うちのスタメンには富田主将(キャプテン)を始めとして三年の先輩が四人、唯一の二年として大坪がC(センター)に抜擢されて試合に臨んだ。大坪は三年を含めたバスケ部員の中じゃ一番体格が良くて力がある。ゴール下に置けばあいつ以上に頼りになる奴はいない。俺もその事はよく分かっていたが、正直羨ましくもあった。

 俺も昔から身長は平均以上にあるが、長身ぞろいのバスケ部の中じゃそれも埋もれてしまう程度のものだし、俺には自分だけの武器が無かった。だからどれだけ自主練習を早朝と放課後に積み重ねてもスタメンの座は遠いままだった。

 

 そして誠凛との試合だが、予想したような苦戦はなかった。

 むしろ秀徳の方がリードして突き放し、前半だけでもう20点差をつけている。どんなチームなのかって気を揉んじゃいたけど、考え過ぎだったのか? 

 コートに立っているスタメンには知っているような有名選手の顔はなかったし、何より贔屓目無しにうちのスタメンの方が地力で圧倒している。勝ち上がったのもただのマグレだったって事か。

 

 そう思い始めた矢先に、トラブルは起きた。

 

「っおい!? 大丈夫か!!」

「担架持ってこい! 医務室だ!」

 

 コートの中から主将が叫ぶ。その足元にはうずくまっている牧村先輩の姿。

 ジャンプから着地した時、汗で滑ったのか足首を思い切りひねる形で傷めてしまったのだ。

 試合は一時中断され、すぐにやってきた担架で先輩は医務室に運ばれていく。

 

 レギュラーと控え選手、監督を交えて緊急会議が始まった。

 幸い、うちは大所帯なだけあって控え選手の層も厚い。牧村先輩のポジションはPF(パワーフォワード)だが、代わりになる人間は十分揃っている。監督は顎に手を当てて何か思案しているように見えた。

 

「監督どうします? 牧村の代わりとなると太田を入れますか」

「いや……雪野、いけるか?」

 

 監督の指名に、驚いたのは本人よりも周りにいた俺達や三年の先輩達の方だ。

 

 てっきり、三年でPF控えの太田先輩か、もしくは足が一番早い青島先輩あたりが抜擢されるんだろうと予想していた。

 いくら何でも一年に代わりをやらせるなんて本気かよ。

 この監督は良くも悪くも感情的にならない人だが、今日ばっかりは何を考えてるのか本当に分からなくなった。

 

 俺達の反応を流石に気遣ってんのか、雪野も二つ返事で引き受けはしなかった。

 でも監督が半ば強引に決めてしまって、しぶしぶといった感じでコートに出て行く白い髪の姿。

 

 本当に大丈夫かよ、あいつは。

 普段の練習での調子を思い出しながら、俺はどうにも安心しきれない気持ちで試合を眺める事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 対誠凛戦ではその後、161対45っつーえげつないスコアを叩き出して初戦から華々しい勝利を飾った。

 この点数に一番貢献したのが、途中から交代した一年部員だってんだから、もう驚くしかねえ。雪野は自分からシュートする回数こそ少なかったが、誠凛のシューターを的確にDF(ディフェンス)して3Pを防いだり、パスコースを読み切ってボールを奪い取ったりと、文句のつけようがないアシスト振りを披露してくれた。

 何より、ベンチで見ていた俺等も度肝を抜かれたのが、あいつの異常な跳躍(ジャンプ)力だ。

 ワイヤーで吊ってんのかってくらいの高さまで跳び上がって、どんなボールも軽々止めちまう。

 それに大坪のパワー重視の鉄壁みたいなDFも加わって、インサイドは文字通りに無双状態だった。

 

 そしてあの試合がきっかけになって、雪野は控えから本格的にレギュラー入りする事になった。

 

 牧村先輩の足の怪我が思ったより重傷だった事も重なったが、この秀徳バスケ部で一年からいきなりスタメン入りなんてあり得ない事だ。

 

「なー裕也、お前って確か雪野と同じクラスだったよな?」

「あ? ああ、そうだけど」

「あいつって普段どんな感じなんだよ」

 

 風呂上りでソファにだらっと寝そべりながら一日の疲れを感じていると、キッチンの方に裕也がうろついているのが見えたので何となく聞いてみた。

 冷蔵庫から牛乳を出して飲んでいたらしい。俺もこいつも十分長身に入る部類なんだが、まだ背伸ばし足りないのか。

 

「どうって言われてもなー……。クラスじゃほとんど喋らねーし、あいつも何か近寄りがたい所あるし」

「ふうん」

「何か気になる事とかあんの?」

「いや別に。まっ、どうせそんな事だろうと思ったぜ。あいつ、愛想無ぇーからな」

「まあ……人見知りとかじゃねえ?」

 

 この弟は意外にも、雪野に対してそんなに悪印象は無いらしい。印象が悪くなるほどあいつが他の一年と絡んでないせいもあるんだろうが。

 一年でいきなりスタメン抜擢なんて、周りからやっかまれるいい標的だ。

 俺も納得しきれなかったが、あいつが実力あるのは間違いねーし、主将や先輩の指示にも比較的従うなら改めて注意する点がねえ。

 

 ただ、それからも雪野が妙に一歩引いた態度で試合に臨む事は変わらなかった。

 そこだけは未だにムカついてしょうがない。(だから何かときっかけを見つけては怒鳴ったり叩いて喝を入れてやった)

 折角俺達や三年の先輩まですっ飛ばしてスタメンの座をもらったってのに、何でいつも暗い顔してんだ、あいつは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………

 ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 更に一年後。

 俺は雪野に対して抱いていた不満がどれだけ甘いものだったかを思い知る事になった。

 

 バスケ部に、更なる問題児が入部してきたからだ。

 

 名前は緑間真太郎。

 十年に一人の天才と言われる「キセキの世代」の一人。

 やはり監督が直々にスカウトしてきた逸材らしく、こいつの入部前にはレギュラーと上級生全員が集められて今後のチームの方針を伝えられた。

 

 緑間は自分の才能を披露する事に、一欠けらの迷いも躊躇いも無い奴だった。

 同じ天才でも雪野とは性質が真逆だ。

 シュート練習をしたいからゴールを一人だけ独占する。監督にワガママ三回なんてふざけたルールを適用させてもらって無理を通す。先輩の言う事なんて聞きやしねえ。

 こだわりの一つか何か知らねーが、毎回練習に変なものを持ち込んできた時は、最初はあの眼鏡を叩き壊してやろうかと思った。皆が皆、必死に血反吐はいて練習している中で、遊び半分で参加されてるように感じた。オーブントースターとか持ち込んできた時は勿論怒鳴りつけたが、本人は謝るどころか涼しい顔して聞き流してるのが余計に腹立つ。

 

 そして緑間は当たり前のようにスタメンの一つを獲得し、試合に出る権利を得た。

 

 緑間の入部が決まってから、毎年大量に出ていた退部者の数が激増した。

 特にSG(シューティングガード)を希望していた三年・二年の部員は根こそぎ消えた。あいつがいる以上、公式で使われる機会はほぼ無くなるからだ。

 只でさえ雪野がスタメン入りして自信を失くしかけてた奴らが、緑間の登場で完全にトドメを刺されたと思った。

 

 ちなみに、緑間と一緒にスタメン入りした一年は他にもいた。

 高尾和成。体格はバスケ部の中じゃ小柄だけど、視力と空間認識の能力がズバ抜けている奴だ。何でもちょっと人より良い「目」を持ってるとか聞いた。

 とにかくやかましい奴で、緑間が喋らねーのを補うみてーに喋る喋る。緑間に比べりゃ百倍は扱いやすい奴だったが、それでも一年がいきなり二人もスタメン入り。有り得ないも極まりだ。

 

 その時は三年の中で、まともに会話が弾んだような記憶が無え。

 皆が皆、言葉に出す事を怖がっていた。

 自分達の今までの努力が分かりやすく否定された事を、誰も認めたく無かった。

 

 同じ年、主将に就任した大坪とこんな話をした事がある。

 

「なー大坪」

「何だ」

「今年は何人残るんだろうな」

「さあな。元々うちの練習は厳しい事で有名だからな」

「下村達は辞めるんだってな」

「…………「もうこれ以上がんばれない」って、確かそう言ってたな」

「………………」

「宮地、お前は」

「は?」

「いや……何でも無い。気にしないでくれ」

「辞めねーよ。絶対に」

 

 一年の時に入部して、今までずっと一緒に進んできたと思っていた同期の奴等が、次から次へと才能っていう現実に絶望して去っていく。

 木村だって最初はPFとしてスタメン入りが有望視されていたのに、雪野にその立場を取られてからは控えに徹する事になった。

 

 だから尚更、辞めてたまるかって思った。

 後輩から逃げるみてーにして辞めるなんて冗談じゃねえ。それがムカつく後輩なら余計にだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう思いながらしがみ付いて、何とか三年の夏にスタメン入りを果たした。

 入部してからやっと、自分の努力が望む形で報われたと思った。

 

 けど本格的な試合を経験する前に、俺にとって最後のIHは呆気ない幕切れを迎えた。

 

 予選の最終試合であたった対戦校は、何の縁なのか誠凛だった。

 去年の事を考えると、向こうにとったら因縁めいてるんだろうが、俺達にしてみればトリプルスコアで下した弱小校でしかない。最初から眼中にはなかった。

 

 それなのに、今度は俺達が、その弱小校に叩き潰される事になった。

 

 誠凛には緑間と同中の知り合いが入っていて、他にも手強い一年が加わっていた。

 雪野以外にも、あんな超人じみたジャンプが出来る奴がいるなんて思ってもいなかった。

 俺達は必死で戦った。雪野も緑間も高尾も、後輩共も揃って最善を尽くしていた。

 

 でも負けた。

 一点差だろうが二点差だろうが負けは負け。

 俺達三年の夏は、そこで終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩、お願いがあります。俺に緑間と試合させてください。スタメンの座を賭けて」

「室田君!?」

 

 IH予選で敗北した後、更に俺の頭を痛くするような事を二年の後輩が言ってきた。

 

 室田は二軍の中じゃ、それなりに実力がある奴だが、その代わり何でもはっきり言いやがる。

 別に悪い事だとは思ってねえ。俺だって口も手も出る男とかしょっちゅう言われる。

 けどまさか部員のほとんどが遠巻きにしてる緑間相手に、こんな話持ちかけるなんて思わねえだろ。

 

 大坪と監督に事情を話して、一年と二年で変則のチーム戦をやらせる事にした。

 俺としては、退部するより真正面から緑間に挑もうとしてる室田にちょっと共感する思いがあったからだ。雪野は二年生が揉め事起こすのを嫌がっているのか、ずっと慌てていたけど。

 

 そして結果は言うまでもまく、緑間率いる一年チームの勝利。

 室田は何も言わず、黙って部を去った。

 今まで辞めていった奴等もあれくらい自分の気持ちを言えていたら何か変わったんだろうか、漠然と思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部の空気が最悪のままで、時間は流れた。

 

 三年の退部者は更に出るわ、試合に出てない控えからの不平不満がボロボロ出るわ。

 あれだけ優遇して「キセキの世代」を試合に出しておいて、結果が出なかったんだからどうにもならない気持ちが溜まっているのが分かる。

 

 俺だって同じだ。

 最後、これが最後の夏の大会だったんだ。

 今までの努力が線と線をつなげるようにやっと実を結んで、ユニフォームをもらって、公式戦で堂々とプレイ出来る直前だったってのに。

 

 負けた後でも全く様子が変わらない緑間にも、相変わらずやる気が無い雪野にも、イライラしていた。

 

 朝の練習で、あいつらと鉢合わせるまでは。

 

「…………宮地さん」

「……お前、いつから来てたんだよ」

「いや、ちょっと前からですけど……」

 

 嘘吐け、明らかにずっと前から居ただろ。あちこちにボールが転がってんぞ。

 日課の早朝練習で、白い髪の後輩と出くわしたのはある日の事だった。

 

 正直驚いた。雪野は確かに普段の練習こそ真面目にやってたが、それも何つーかマニュアル通りにこなしてるだけで本気で身を入れているようには見えねーし、まして自主的に練習してる所なんて一度だって見た事がなかった。

 

 その雪野が、あの予選の後からほんの少しだけ、変わってきているように見えた。

 

 こいつは緑間に負けず劣らずで愛想が足りねーし、ほんの小さな事かもしれねーけど。

 それでもボールを持つ目線に、今までとは違う何かを感じた。

 

「……おい、何逃げようとしてんだ。自主練してたんなら最後までやってけ。轢くぞ」

「朝っぱらから轢くのは勘弁してください……」

 

 俺が来てやりにくいとでも思ったのか、さりげなく体育館から去ろうとしてる雪野を呼び止める。こういう変な所で遠慮する所は変わらねーのな。

 

 その後に緑間や高尾も練習に来て、朝っぱらから騒々しい練習になった。

 ……どんなにムカついても、緑間に対して見限る気になれないのは、このせいだ。

 入部した時から誰よりも早く来て練習を始めてる所なんてみたら、日頃のワガママに何も言えなくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、いきなり組み込まれた海常高校との練習試合で、俺達は勝った。

 非公式の試合だ。いくら圧勝しようと、この勝利のおかげで全国大会に行ける事なんてないし、俺達が誠凛に負けた事実も変わらない。

 けれどこのメンバーでやってきた試合で、始めて一番勝利の実感を得られた試合になった。

 

 あのいつも消極的なプレイばっかしてた雪野が、レーンアップなんて大技でゴールを決めた。

 あの我が強くて、自分の事しか考えてねー緑間が、最後の瞬間にパスなんて出した。

 

 あっちこっち好き勝手な方向に動き続けてた後輩共と、やっと同じ方向を向いてバスケをやれたような気がした。

 

 帰り道、いつもより浮足立った気分で歩きながら、隣にいる友人に話しかけた。

 

「なあ、木村」

「ん?」

「冬、勝とうな」

「どうしたんだよ、いきなり」

「うるせー! 何か言いたくなったんだよ」

 

 指摘されると急に恥ずかしくなってきて、木村の背中を叩いた。

 背は俺より低くても体格はごつい。スタメンになれなくても、ずっとこいつが筋トレと体力作りを欠かしてなかったのは知っている。

 

「そうだな、勝とうぜ。俺も三年になったのに全国見れないまま卒業したくねーよ」

「同感だな。このままじゃ終われねーよ」

 

 そうだ、終われない。

 下村も八木も徳田も、一緒に切磋琢磨してたはずの奴等が皆消えていって、それで俺達まで諦めたら、一体この三年は何だったんだ。

 俺達の積み重ねた努力が、歳月が、全部が無駄なんて事あってたまるか。

 

 他校にも「キセキの世代」とかいうクソ生意気な一年が散らばってるけど、生意気な後輩の相手なんてもうこっちは飽きるほど経験済なんだよ。

 

 

 キセキだろうが何だろうが、次は勝つ。

 勝って勝ち抜いて、こいつらと頂点に立ってやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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