「I never expected to see you here. What a surprise !」
「You don’t look surprised at all. Still wearing a poker face?」
「I‘m not trying to hide my feelings. I’m just expressing them in my way」
俺の目の前で流暢な英語が飛び交っている。
え、ここ日本だよな?
爺ちゃんの知り合いだとか言って、わざわざ秋田の高校からやって来た氷室辰也という男。
そいつに連れられて俺は、オフの日なのにストバスの大会に参加する派目になっていた。
初戦の相手チームは偶然にも東京三大王者の一つ正邦だったり、氷室が予想よりも数倍バスケが上手くて、あっさり正邦に勝利してしまったりと色々あった中で────火神を含めた誠凛の連中と出くわした。重なり過ぎだろ、偶然。
しかも、氷室は火神の「兄貴」らしい。兄、って。
それにお前ら二人共こんな英語ペラペラなの?
誠凛でテストやら課題が出る度に家に持ち帰っては苦しんでいた、あの火神が、本場のように鮮やかな英語を駆使している。何だこの敗北感……。
「Is it Mr.Himuro? Kagami’s friend?」
「ああ、日本語で大丈夫。向こうにいたのが長くてまだ慣れないだけだから」
「あ、そう? よかった、助かるわ」
と、呆気に取られる俺達の中から氷室に話しかけた勇者は木吉だ。
氷室は柔らかく笑うと、誠凛メンバーにも聞こえるように告げた。
「友達とは違うよ。強いて言えば、兄貴かな」
「ああ……」
対する火神の顔には、何故か陰りが差している。
何でも、二人が出会ったのは火神がアメリカにいた小3の頃。
親の転勤っていう、ありふれた理由での引っ越しだったらしい。
けどアメリカと日本の文化の違いで、なかなか友達が出来ずに悩んでいた所に話しかけてくれたのが氷室だった。
そこから氷室に誘われて火神はバスケを始めるに至り、二人はお互いに切磋琢磨して、何度も何度も勝負を繰り返しては競い合って、腕を磨いていったんだと──
「このリングを身に着けたのもその頃だよ。これは俺達にとって兄弟の証なんだ」
「へー……」
氷室が首に下げているシルバーのリングに触る。
言われてみれば、火神の首元にも似たようなリングがいつも光っていた。
何だ、兄貴って言っても本当の兄貴じゃねーのか。花宮とみちるみたいに、顔が似てない兄弟なのかと思った。
……でも兄弟の証持ってるくらい縁が深いんだったら、何で再会してこんな気まずい雰囲気になってんだ?
俺の疑問に答えるように、氷室は声を硬くして言った。
「──けど、その絆もここまでだろうな。……アメリカで別れる前、俺は次に勝負する時は、タイガにこの
「え……? 何でまた??」
「兄と名乗る以上は負けたくないし、負けたとしたら名乗りたくない」
と、氷室が向けた鋭い視線に、苦い顔をしている火神。
「以前、ロスで50勝目を賭けた勝負をした時、俺が本調子でなかった事に気を遣ってタイガは手を抜いたんだ。結果として、その試合は俺がいたチームが勝った。……試合で情けをかけられるなんて屈辱だし、今後もそういう事が繰り返されるくらいなら、思い出なんて無い方がいい」
「タツヤ……!!」
「何だ?」
「俺は、もうお前とは……!」
いつもの単純な…いや明るい火神とは信じられないくらい弱々しい声だった。
火神は本当に感情が顔に出る奴だから、氷室の突き放すような言い方にしょぼくれてんのが丸分かりだ。でかい図体が二回りくらい縮こまって見える。
こいつも火神の兄貴って言うんなら少しは容赦した言い方してやれよ……と思う。その絶縁宣言に、聞いているこっちまで居たたまれなない。
アメリカ育ちなせいか知らねーけど、氷室の奴、行動も言動もストレート過ぎるだろ。
と、その時だった。
「いって……2号────!?」
「火神君にウジウジされると鬱陶しいです」
いきなり火神の隣に登場した黒い子犬が、頬に肉球で軽くパンチを入れた。
──いや、登場したのは犬じゃなくて、人だ。
「……って、黒子君!?」
「こんにちは、雪野さん」
お前も居たのかよ!
黒い子犬──テツヤ2号を抱えた黒子が、相変わらず表情筋が死んでいる顔を向けて小さく会釈した。もう飽きたぞ、このくだり。
「話は大体分かりました。その上で、僕が思った事を言ってもいいですか?
とりあえず……最後に手を抜いた火神君が悪いと思います」
すると火神に向かい合って、バッサリ言い切る黒子。
「それは……もしあそこで勝ってたら……」
「氷室さんを兄とは呼べなくなるし、そもそも本調子でない時に勝つ事は不本意だったかもしれません。けどやっぱり大好きなもので、手を抜かれて嬉しい人はいないと思います」
兄弟分じゃなかったとしても、二人の仲が別人に変わってしまう訳じゃないでしょう?
────と、聞き分けのない子供を諭すように黒子は言う。
いやいやお前も
と、心の中で思ったが、流石に空気を読んで黙ってやった。
そりゃ黒子の言ってる事は正論だけど、そんな風に言われて火神もあっさり受け入れられんのか?
そう思ったけど、俺は火神の切替の速さというかメンタルの強さをまだ見くびっていた。
「……そうだな、そもそも俺がバスケを好きな理由は、強い奴を戦うのが楽しいからだ。
それはやっぱり、タツヤが相手でもそうだ。だから……サンキュ、黒子。
腹は決めた! もし戦う事になったら何があっても全力でやるよ、タツヤ」
「……ああ」
火神はすっかり吹っ切れたような、いつもの目つきになって氷室に力強く宣言した。
……そういや、青峰にボコボコにされた後も、結局何だかんだで立ち直って今元気にやってる訳だしな。性根が逞しいっつーか、どこまでも前向きなんだろう。
少し眩しいものを眺めるような気持ちになってくる。
「今日当たるのを楽しみにしているよ。……ところで、キミ。ごめん、誰だっけ?」
「今気づいたのかよ……」
と、目の前の黒子を今更認識したのか、氷室がすまなそうに言った。
まあ、俺も未だに発見出来てないけどな。
黒子本人は慣れているのか、気分を害した風もなく自己紹介する。
「黒子テツヤです。初めまして」
「そうか、君が……。面白い仲間を見つけたな、タイガ」
「? 氷室君、黒子君の事知ってるの?」
「ああ、ちょっとね。俺がいるチームにも面白い奴が一人居るんだ。さっき言っただろう? ここで待ち合わせている奴だから、会ったら紹介するよ」
それだけ言うと、戸惑っている誠凛メンバーを置いて氷室はコートから下がってしまった。
おい、俺を置いてくな。よく分かんねーけど、試合が終わった以上は俺もぼんやりしていられない。今日だけのチームメンバーを追いかけて俺もコートから退散した。
予想通り、火神と黒子達もオフの日を利用してこのストバス大会に参加してきたらしい。
(何で一年の面子の中に木吉が紛れているのかは疑問でしょうがない)
そこそこ参加チームの多い大会ではあるけど、あれやこれやで試合は進み、いつの間にか決勝戦にまで進行していた。上位2チームにまで進出したのはもちろん、俺と氷室が助っ人として加わった即席チームと、火神達の誠凛チームだ。
……こんな場外乱闘みたいな形で火神達と試合していいのか?
うん、まあ別に監督から草試合禁止とかは言われてねーし、ダメな事は無いと思うけど。
『さあ、この大会も遂に決勝戦! 勝ち残ったのは両チームとも高校生! 勝つのはどちらかな!?』
「あれ? アキラ、何だか元気が無いね」
「そりゃあ、元気な訳無いでしょ……」
ただでさえ会いたくないと思ってたのに、何でオフの日に木吉と試合する事になってんだ。あ、何か目が合った。人の気も知らず木吉は能天気に微笑みかけてくる。……やっぱり今からでも言い訳つけて抜けようかな。
「……ねぇ氷室君。ちょっと僕、抜けてもいい?」
「え? いきなりどうしたんだい?」
「いや、その……あ~少しお腹が痛いような気がして……」
「Oh! それは大変だね。……じゃあ、アキラは動かなくて大丈夫だよ」
「へ?」
「今の俺なら一人で十分勝負になるから」
……すげー自信。
氷室が強い事はさっきまでの試合で分かったけど、そうだとしてもここまで言い切るか。
相手の誠凛チームは火神に黒子、木吉だ。あとの二人はベンチで見かけた顔ぶれで一年っぽいけど、火神と木吉がいるんじゃ点取るのは相当手強くなるぞ。氷室は木吉の実力を知らねーだろうし、大丈夫なのか?
氷室は落ち着いた様子のままで、自分からさっさとジャンプボールに行ってしまった。
そんな自信満々ならいいけど。誠凛からは火神がジャンプボールに立つ。
『さぁ……両チーム、位置について……今!! ティップオフ!!!』
広場にアナウンスが響き渡る。
ふわりと浮かんだボールを目指して、跳躍する氷室と火神。
試合開始の火蓋が切って落とされた────正に、その瞬間だった。
「ゴメ~~~ン。ちょおおっと、待ってくんない」
浮かんだバスケットボールの真上に、何か飛来物が落ちてきた。
────かと思ったら、いきなり乱入してきた人物がボールを横からさらってしまった。
試合真っ最中のコートに現れた乱入者に、観客も俺達も一斉に注目する。
唯一、何でもないように話し始めたのは氷室だった。
「遅いぞ、アツシ」
「悪い悪い。迷っちゃって」
アツシ?
──って確か、氷室が言っていた、ここで待ち合わせていた奴の事じゃなかったか。
コートに現れた謎の人物は、190……いや、2mは超すんじゃねーかってくらいの大男だった。
木吉や火神の目線すら超えている。でけえー……。もしかして大坪主将より高いかもしれない。
けど威圧的な長身の割には、漂わせる雰囲気が妙にほわほわしていて緩い。長めの紫色の髪で目元が隠れていて表情はよく見えなかった。……それに、片手にぶら下がっている大量のビニール袋からはみ出たポテトチップスの袋は何なんだ。
試合もストップして訳が分からなくなっている時、続いて口を開いたのは黒子だった。
「……お久しぶりです。紫原君」
「アラ……!? 黒ちんじゃん、何で? つか相変わらず……真面目な眼だねえ……真面目過ぎて……ひねりつぶしたくなる」
紫バラ、紫原?
そう呼ばれた乱入者は、のんびりした動作で長い腕を伸ばすと──黒子の頭をわしゃわしゃと撫で回した。
え、何なの。物騒な台詞言って何をするのかと思ったら、まるで子供をあやすみたいに黒子を撫でている。……こいつと黒子が並ぶと、本当に大人と子供みたいな体格差だ。
黒子もムカついたのか、「やめてください」と紫原の手を雑に振り払った。
紫原は間延びした声で「ごめ~ん」と愉快そうに謝っている。
「えっと、氷室君……この人は……」
「さっき言った「面白い奴」だよ。名前は紫原敦。俺が入っているバスケ部の後輩で──「キセキの世代」の
こいつも「キセキの世代」。
もう今更どんな奴が一年に出てきたって驚かないと思ってたけど、こんな巨人じみた奴まで居んのか。
「来ないかと思ったよ」
「つーか急に会う場所変える方が悪―し!日本帰って来て東京見物したいってゆーから来たのに……何か結局バスケとかしてるし、さ…………」
「アツシ?」
と、氷室に対して文句を言っていた紫原が、急に固まった。
気のせいじゃなければ――氷室の隣に居た俺と目が合った途端にだ。ポテチを摘まんでいた手も停止している。
「……何で、あんたがここにいる訳?」
「え?」
「? アキラ、アツシと知り合いだったのかい?」
「い、いや全然!!」
初対面に決まってんだろ!! こんなでかい奴、一度会ったら忘れねーよ!!
それなのに目の前の紫原は、まるで親の仇でも見るみたいな凶悪な目つきで俺を睨んでいる。どれだけ前向きに捉えても友好の「ゆ」の字も浮かんでない。
只ならぬ気配が俺達の間に流れかけた時、笛の音が空気を切り裂いた。
「ちょっと君! 困るよ! 試合中に入られたら!」
「え~?」
硬直していた空気に割って入ったのは、大会の審判だった。
助かった。こいつが何に怒ってんのか知らねーけど、ここは第三者に入ってもらった方がいい。
水を差されて紫原も頭が冷えたのか、きょろきょろと辺りを見回して状況を把握したようだった。
「あっそーだ、室ちん。
「えっ、そうなのか? 参ったな」
「だからほら! 行くよー」
と、氷室の背をグイグイ押してコートの外に出て行こうとする。
って、待て待て。今、完全に俺を無視しただろ。
さり気なく俺を押しのけて氷室を連れて行こうとする紫原を、その時、止める声がかかった。
「ちょっと待てよ! いきなり乱入してそれはねーだろ。ちょっとまざってけよ」
「……それより、その眉毛どーなってんの? 2本?」
去ろうとする紫原の肩を掴んで止めたのは火神だったが、紫原は全く意に介さず、少し屈むと火神の眉毛をブチッと抜いてしまった。
「ってぇー!!」と火神の叫び声が上がる。そりゃ痛いわ。
何つーか……予想に漏れず「キセキの世代」は誰も彼もマイペースなのか。いや、緑間も天然入ってる感じはあるけどここまでネジが緩くはないか。
火神は紫原に試合を持ちかけようとしてるけど、相手のやる気はゼロらしく、そもそも会話が成り立ってねえ。……何でもいいけど、この試合どうなんの? 中断されてからコートのど真ん中でグダグダ揉め始めて、周りの観客からの視線が痛い。
「なーんだガッカリだわ、全く。そんなビビりだとは知らなかったぜ。逃げるとかダッセー」
と、火神が小馬鹿にするような顔で紫原に言った。
挑発のレベル低っ!! こんなの誰も乗らねーだろ……
「はあ? 逃げてねーしっ」
乗るのかよ!!
火神の挑発を聞きつけた紫原が、あからさまに機嫌を悪くして立ち止まった。
「オイオイ無理すんなよ? ビビッてたじゃん」「無理じゃねーしっ、てゆーかビビッてねーし」お前ら小学生か。二人のやり取りに誠凛の面子までげんなりしている。
「そっち入れて―」
「えっ!?」
でかい図体が目の前に現れたかと思ったら、紫原が俺達のチーム側に一歩近づいていた。
審判が何か注意してきているのが聞こえるけど、氷室は考えたように微笑むと小声で話しかけてきた。
「……それなら丁度いいや。アキラ、体調が良くなかったんだよね。アツシと交替してもらっていいかい?」
「え? あ、ああ……僕は別に」
「えー俺、こいつの代わりなのー?」
「こら、アツシ」
紫原の不満そうな声が頭上から降ってきた。
見上げると、髪と同じ紫色の双眸が蔑むような目線を向けている。それも「ような」どころじゃなく、本気の嫌悪を感じる。
……まさか、中学の時の俺が試合した奴等の関係者、か?
だとしたらどこだ?
この炎天下の中で冷や汗を流しながら俺が頭をフル回転させていると、氷室は他のチームメンバーに紫原の事を説明したり「適当に口裏合わせて」とか言って外堀を埋めにかかっていた。行動が早い奴だ。
「ほら、あんた邪魔~」
「痛っ」
と、紫原に乱暴に背を押されて、俺はコートから閉め出されるように追いやられた。ほとんど突き飛ばされたぞ、おい。
……マジ、どこで買った恨みだ? 今更ながら、心当たりがあり過ぎる自分に悲しくなってきた。
そうこうしている内に、コートの中では仕切り直して決勝戦の試合が始まった。
ボールはチーム誠凛から。黒子がゴール下の木吉に向けて、コートを縦断するようにパスを飛ばした。
****
けどこの試合の結末は、誰も予想していなかった終わり方を迎えることになった。
試合も盛り上がり始めた時、ポツッ、と水滴が鼻についた。
やっぱりそれは気のせいじゃなかったらしく、水滴が空から落ちてくる間隔はどんどん短くなり、ふと見たらいつの間にか曇り空に変わっていた上空からシャワーでも流したみたいな大雨が降り注いできた。
『雨────!? 中断!! 一時中断にします! 選手及び審判もテントに入ってください!!』
慌てたアナウンスが響く。
さっきまで試合を眺めていた観客達も、いきなりの大雨にそれどころじゃなくなったのか我先にと屋内へ逃げて行った。
本当に突然すげー降ってきたな……。コートに残っているのはもう俺と氷室、紫原。あと誠凛の奴等だけだった。さっきまでチームを組んでいた他校の奴等も、もう試合が中止だと判断したのかどこかに行ってしまった。まっ、これじゃ試合は無理だな。
「……フゥ、参ったな。残念だけど勝負はお預けだな」
氷室が雨に濡れながら、心底惜しむように言った。
いちいち妙に艶のある表情をするなっての。
これから試合も本番、ってタイミングで雨に降られたから興醒めもいいとこだ。
火神は不完全燃焼なのか、氷室に食い下がった。
「待てよ、タツヤ!」
「俺も続けたいのは山々だが、この雨だと直に中止のアナウンスが出るだろう」
「そうだよ、火神君。滑る地面でバスケなんて危ないよ。このままじゃ風邪引くし、さっさと帰ろう」
「雪野さん、でも……」
「タイガ。先輩が古傷を再び傷めたらコトだろう?」
……こいつ、木吉の膝の事気付いたのか? さっきの試合の一瞬で?
チラッと木吉に目をやると、同じことを思ったのか視線が交わった。
「とはいえ、せっかくの再会だ。これで終わりじゃ味気ないな。
──土産を置いていくよ。タイガの知らない技だ」
好きに守っていいぞ、と氷室は唐突にボールを持つとシュートフォームに入った。
火神が反射的に手を伸ばしてブロックの体勢を取る。只のジャンプシュートだ、それで十分ボールは止められると俺も思ったが────ボールは火神の手をすり抜け、背後のゴールネットをくぐってしまった。
――今のは、何だ。フェイクのシュートか?
横で見ていた俺にも、シュートがブロックをすり抜けたようにしか見えなかった。
実際にブロックしていた火神も、信じられないものを見たように目を見開いている。
これが氷室の必殺技みたいなものか。
だとしたら、わざわざ大会前に披露していくなんて気前がいいというか――いや、氷室からの宣戦布告なのか。
『本日、大会はここで中止とします。つきましては……』
やっぱり大会は中止になったのか、今後の日程についてアナウンスが改めて流れ始めた。
俺達も戻らないといい加減にまずいぞ。本格的に振り出してきた。もう頭からずぶ濡れ状態だから雨から逃げる意味も無いけど。
「じゃあな。次会うとしたら、冬だな」
雨粒に打たれながらいやにカッコつけて氷室が弟分の火神に言い放った。イケメンはどんな状況でも様になるものらしい。火神もその言葉の意味を噛み締めるように、黙って聞いている。
すると氷室は俺に近付いてくると、少し雰囲気を柔らかくして言った。
「じゃあね、アキラ。今日はありがとう、楽しかったよ」
「……それは良かった」
「ダイスケさんによろしく言っておいてくれ。──今度は、試合で会おう」
オーラのキラキラっぷりは黄瀬を彷彿とさせるけど、こいつは見た目によらず好戦的だ。最後の言葉には、負けない意志をはっきり感じた。
「室ちん~何やってんのさ~。さっさと行こうー」
「ああ、ごめんごめん」
と、紫原が焦れたように氷室の隣にやって来た。
さっきまで黒子達と何か話していたみたいだったけど終わったのか。
「何だ、まだ居たんだ。あんた」
「アツシ」
氷室の咎める声に、紫原は僅かに殺気立った気配を収めたように思えた。
……たとえ氷室が仲裁に入ろうとしてくれても、俺自身さえ、紫原がこんなに敵意を向けてくる原因をまだ分かってねーんだからどうにもならない。
この激しい雨音が、少し気まずさを紛らわせてくれた。俺が言葉を見つけられずに沈黙していると、呆れたような溜息が聞こえてきた。
「…………まさか覚えてない訳? 信じらんねーんだけど」
「いや、その……」
俺の煮え切らない反応に苛立ったように、紫原が舌打ちする。
「緑ちんがこんなのと同じチームって意味分かんねーし……」
けど意外にも、それ以上紫原は何も追及せず、背を向けて雨音の中を歩いていってしまった。
氷室もその後を追って、二人の陽泉高生はコートから去っていった。
雨はますます激しさを増して、何もかも洗い流すように降り注いでいた。
後ろから火神が呼ぶ声が聞こえたけど、俺はもう少しだけ、雨に打たれていたかった。