黒と銀の巡る道   作:茉莉亜

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34.才能と本能

 

 

 

 

 

 

 ドリブルで敵陣地に突っ込む。

 一年側の反応は意外と早く、遠藤(一年・PF(パワーフォワード))と吉田(一年・C(センター))がDF(ディフェンス)を仕掛けてきた。右の死角をついて二人を躱し、レイアップを決める。

 

(一年チーム)3対2(二年チーム)。

 試合って言っても、時間は1ピリオドのミニゲームでしかない。あれこれ考えてたら緑間の3Pで決められて終わりだ。敵に回すと、日頃からあいつが口癖にしていた「二点より三点の方が強い」って言葉が重みを感じてくる。

 

「ナイス、雪野」

「あ、ああ……」

 

 金城(二年・C(センター))が俺に軽く言葉をかけてきた。

 いきなり単独で動いちまったけど、良かったのかな。

 

 続いて吉田から高尾(一年・PG(ポイントガード))にボールが渡った。

 高尾のマッチアップについたのは渡部(二年・SG(シューティングガード))だ。身長差や体格じゃ渡部の方が勝っているけど──高尾がノールックで放ったパスが、後方の緑間の手に入る。

 

 ボールを手にした直後、シュートモーションに入る緑間(一年・SG(シューティングガード))。3点決められる事に二年側が身構えた。

 ──でも、こいつのやり方だって何度も見てきたから分かってる。

 

 緑間がシュートを放ったと同時に、俺も勢いをつけて跳んだ。

 指先のボールが掠める。

 リーチの差であと数㎝足りない。ボールは決まりきった軌道を描いてゴールネットに吸い込まれた。目の前の緑髪の後輩は、シュートの瞬間を見もせず自陣に戻り始めている。

 

 ……本っ当、敵に回すと腹立つ奴だな。

 

「ったく、緑間相手にしてるとめんどくせーな」

「……宮地君、ちょっとマーク代わってもらいたいんだけど」

「は? 緑間のマークって事かよ」

「違う違う。あっちだよ」

 

 俺が目線で差した方向で察してくれたのか、宮地(弟)(二年・SF(スモールフォワード))はポジションを代わった。

 血の気が多いのは兄の方と同じだけど、まだ話が分かるから助かる。

 

 続いてボールは俺に回って来た。

 一年側のSFやPFを躱していけばゴールは間近だ。視野の広さで厄介な高尾には宮地がマークについてもらっている。それですんなり得点出来ればいいんだけど──

 

 ──ゴール付近に戻っていた緑間が道を阻む。

 ちょっと攻めあぐねていたらボールはあっさり叩き落されて奪われた。

 瞬く間に3Pシュートで3点追加。

 

「……ごめん、金城君。ちょっとパス出してもらっていい?」

「え? あ、ああ」

 

 金城に声をかけてボールをもらう。

 一年チームが緑間で来る事なんて分かりきっていた。そんなに本気だって言うなら、こっちだってやってやる。

 

 再びドリブルで駆ける。するとまたすぐに緑間が立ち塞がってきた。

 普段はひょろっとしてて見えるくらい細身なのに、こうして相対するとそれなりに威圧感を感じるのは流石「キセキの世代」なのか。

 DFにも隙が無い。他の一年組と比べれば差がよく分かる。このまま何も仕掛けず時間切れになるのは癪だ。この小生意気な後輩にやり返してやりたい、そんな気持ちが芽生えた。

 

 集中する。

 周囲の雑音が掻き消えて、目の前の緑間だけが鮮明に捉えられる感覚。

 こいつの死角──利き手側でない右を狙ってドライブした。

 

 緑間をすり抜けてゴール下まで一気に到達する。

 このままレイアップを決め──ようとした所で、シュート体勢に入っていたボールは、その上から伸びてきた腕によって叩き落された。視界にちらついたのは、間髪入れずに追いついてきた緑間の姿だった。

 ……どんだけ反応速ぇーんだ。

 

 アウトボールになった事で攻守交替。高尾から一年側のCに向けてパスが出された。

 そのボールを宮地が素早くスティール。

 

「雪野!」

 

 そして直後に俺にボールが回る。

 こんな素直にボールを渡してくれていいのか、と思いつつ受け取った。

 

 迷っている時間は無い。すぐにゴール下めがけて駆けた。

 

「──そう簡単に行かせないのだよ」

 

 だろうと思ったよ。一年チームの中で誰よりも早く反応して戻っていた緑間がまた壁になる。普段と変わらない鉄仮面、の筈なのに、普段より険しさを感じたのは気のせいか。

 俺の何が気に入らねーのか知らないけど、そんな不機嫌まき散らしてんじゃねーよ。

 

 緑間に距離が近付く前に、助走をつけて跳び上がる。

 フリースローラインを目印にして高く跳んだ。緑間が驚いたような気配を出したけど、これならDFされようと関係ない。空中に敵はいない。

 

 久しぶりの宙を浮く感覚。

 邪魔者のいない空間。周りの奴等が一瞬遠ざかる。

 そしてすぐ目の前に見えたゴールリングに、今度こそボールを叩き込んだ。

 シュート後、少しリングにぶら下がって衝撃を落ち着かせて、着地する。そこそこ年季の入ったゴールだからが、シュート直後にリングが少し軋んでいた。……壊れねーよな? これ。

 

「……って、え?」

 

 ふと周りを見ると、一年も二年も、特に遠藤や吉田みたいな二軍のメンバーが沈黙していた。

 呆然としたような表情で俺を見ている。

 

 審判の宮本(二年)が得点を知らせた事で、やっと時間が動いた気がした。

 え? 何でこんな注目されてんの? 

 

「すげー! 雪野、レーンアップなんて出来たのかよ!」

「え、ああ……まあ……」

「つーか高校生でやれる奴なんて初めて見たぜ!? え、でも大丈夫かよ? あんな思いっきりジャンプして足とか痛めたんじゃ……」

「いや、とりあえず平気。大丈夫だから。ありがとうね」

 

 渡部が興奮してまくしたててきた。

 そういえば海常との練習試合でやったきりで、普段の部活じゃこんな事やる場面がないから驚く奴は驚くか。まあ好意的に受け取られてるみたいだから良かった。

 

「このまま逆転して緑間に一泡吹かせてやろーぜ。一年に負けてられるかってんだ」

 

 そういや、こいつも室田と同じで緑間にムカついていた組の一人だったな。声が明らかに生き生きしている。

 つっても、点差は(一年チーム)9対4(二年チーム)。

 残り時間は8分を切った。素直に負けてやる気がないのは俺も同感だけど。

 

 続いて一年チームのオフェンス。

 伊豆倉(一年・SF)がドリブルで進む。思ったよりスピードは速く、笹川(二年・PG)からのDFを躱しつつ、上手いことボールを運んでいく。

 緑間一人の攻撃で来るかと思ってたけど、他の一年もそれなりに攻める気持ちはあるらしい。

 

 伊豆倉から緑間にボールが渡った。

 ──あくまで3Pで押してくるっていうなら、打たせないだけだ。

 緑間がシュートモーションに入った所で、思い切り助走をつけて跳び上がる。

 手に伝わる衝撃。今度こそやった。叩き落されたボールは一拍空けてコートにバウンドする。

 

 いち早くボールを捕えたのは宮地だった。宮地はすぐさまドライブで切り込み、ハイポストまで駆け上がる。ジャンプシュートが放たれて、2点得点。

(一年チーム)9対6(二年チーム)。あと3P一つで追いつく点差。二年側のメンバーの勢いが上がってくる。

 

 それでも一年側は懲りずに緑間へボールを回した。

 確かにこいつが得点源になるのは間違いないけど――そう何度も同じ手に引っかからねーよ。 

 

 緑間がシュートモーションに入った瞬間を見計らって跳び上がり、ボールを叩き落した。今度はコートから出てアウトボールになってしまったので、一時試合の流れが止まる。

 二度連続で決め技を妨害されたってのに、緑間本人は眉一つ動かしてないのが気になった。

 ……3P一つ止められたくらいで何ともない、とか言いたいのか? 

 それならそれで、こっちは攻めるのみだ。一年側が回したボールを、伊豆倉に渡る寸前でスティールしてレイアップを決める。2点得点。

 

 けど俺が感じていた違和感は、やはり正しかったらしい。

 一年側が戦法を変えてきたのはここからだった。

 

 伊豆倉がドリブルで突っ込み、DFをかけられたタイミングでバックパスする。

 それを受け取ったのは、やはり緑間だ。

 シュート体勢に入り、3Pが打たれようとしている。すぐさま俺もブロックにかかろうとした時に──ボールはいきなり軌道を変えて、緑間の手を離れた。

 

「は!?」

「緑間がパス!?」

 

 外野でミニゲームを観戦していた三年陣から声が上がる。

 

 ボールは緑間から、隣に現れた高尾にパスされた。

 俺が跳び上がったタイミングと同時だ。すんでの差で追いつけない。高尾は素早くドリブルすると、その特殊な目でDFの隙間を掻いくぐってボールを回した。

 ハイポストに控えていた遠藤がボールを受け取る。完全に虚を突かれた二年チームの面子は、僅かだけど反応が遅れた。遠藤のジャンプシュートで2点追加。

 

(一年チーム)11対8(二年チーム)。

 外野のざわつきも雑音とばかりに聞き流している可愛げのない後輩に、思わず言った。

 

「…………へえ、パスとかやるようになったんだね」

「…………」

 

 無視かよ。

 緑間は何も返さず、視線だけ投げてポジションに戻って行った。

 

「マジかよ……緑間がパスとか初めてみた」

「あーでも、海常との試合じゃ確かやってたぜ。一回だけ」

「あれはマグレっつーか、負けそうで仕方なくだろ? こんなゲーム中にやってくるなんてな」

 

 二年チームの面々も、今見たものが信じられないように話していた。驚きより困惑の方が強いんだろう。確かに練習試合で一度だけあいつはパスやったけど、あれはあの試合だけのレアな出来事だと思っていた。

 驚きに浸ってる間は無い。金城が残り時間を気にしつつ、隣で呟いた。

 

「パスまで加えてくるなんてな……緑間の奴、本当にどうしちゃったんだ?」

「……さあ。とにかく、もうのんびりしてられないって事だね」

 

 残り時間はあと4分強。

 うだうだと悩んだり考えている余裕は無い。

 

 まるで緑間のパスが引き金になったように、二年チームと一年チームのぶつかり合いは激しくなった。

 

 俺が中からシュートを決めたら、緑間が3Pで外から打ち返す。

 緑間がフェイントで味方にパスして翻弄させてきたら、俺がブロックしてシュートを止める。

 お互いのチームのスコアは時間と共に上がっていった。けど同時に攻守が入れ替わる度、点数の優位も入れ替わってキリが無い。

 ただの3Pなら俺が跳んで防ぐ事は出来る。そこへ攻撃一辺倒だった緑間がパスやフェイクを織り交ぜてきたおかげで、試合経過が単純に進まなくなってきた。

 実力では緑間が飛び抜けているけどチームの総合力で言えば二年側が有利だ。でも一年側のメンバーもスタメンの緑間、そして高尾の動きに刺激されたのか粘り強い。そのせいで点の取り合いは途中から完全に拮抗し、やがてスコアは動かなくなった。

 

 とうとう残り時間は30秒に迫り、秒読み間近だ。

 スコアは(一年チーム)31対29(二年チーム)で硬直したままだった。

 

 一年側からの攻撃、ボールを持ったのは伊豆倉。

 この局面でパスを出す相手なんて決まっている。伊豆倉から緑間へのパスをスティールし、そのまま俺がドライブで突っ込んでシュートする。

 

(一年チーム)31対32(二年チーム)。

 

 滑り込みで、やっと差が上回った。

 

「おしっ!!」

「────違う、まだだよ!」

 

 残り時間が砂粒程度になったタイミングで逆転。

 思わず喜びかけた吉田に叫ぶ。目線をコート内に動かした。焦る頭でボールを発見した時、それは既に一年エースの手の中にあった。

 

 残り時間10秒。

 緑間がシュートモーションに入り、ボールを高く掲げる。

 

 二年チームが一斉に駆け出す。そして緑間の手からボールが離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────(一年チーム)31点、(二年チーム)32点で、二年チームの勝ち!」

 

 審判の宮本が高らかに宣言した瞬間、一年チームの連中は緑間以外がたちまち崩れ落ちた。

 

 いや、力尽きたって言うべきなのか? 特に吉田と伊豆倉みたいな、試合に出る事が少ない一年連中は打ち上げられた魚みたいにコートに転がっていた。ミニゲームでいきなり上級生相手にして、しかも本試合並みに緊張感のあるゲームになったから無理ないかもしれない。……ちょっとだけ、申し訳なくなった。

 

「おっしゃっ──―!! 勝ち!!」

「宮地君、声でかい……それに一年相手の事じゃん」

「勝ちは勝ちだろ! ……緑間にもこの前の借り、返せてやれたしな」

 

 隣の宮地が満面の笑顔で俺の背中を叩く。痛い。

 力尽きた一年とは逆に、二年側のテンションは爆上げになっていた。前に室田が辞めた時のミニゲームでは一年に負けたから、嬉しさも倍って奴か。

 ……まあ、俺も嬉しくない訳じゃ無い。

 試合が終わった時の、緑間の唖然としたあの顔を見た時はちょっとスカッとした。

 

「けどすげーよ雪野! お前が見抜かなかったら負けてたって!」

「うんうん、本当にな。よく分かったよな、緑間がパスするって」

「あー……あれね」

 

 試合終了間際の、10秒足らず。

 シュートモーションに入りかけた緑間に、二年チームの面子が即座に飛び掛かっていった、あの瞬間。

 ──実際に、緑間が決めた選択はシュートじゃなくパスだった。

 二年チームの奴等を引き付けておいて、隣に控えていた高尾にボールを投げたのだ。

 

 俺がやった事は、その高尾へのパスをスティールして、緑間の反撃を止めたこと。

 やがて時間切れになり、結果としては俺達が勝った。

 

 宮地を始めとして他のメンバー全員が読み切れなかった為なのか、皆して俺の事をしきりに褒めてくる。……どうにも落ち着かなくて、とりあえず笑っておいた。

 

「まあ……何か勘だよ、勘」

 

 その時、監督の指示が下ってミニゲームをやっていた面子は休憩に入った。

 次はメンバーを変えて見学していた三年と他の二年で試合をするらしい。……うわ、それを思うと先にゲームやっといて良かったかも。宮地(弟)はまだしも、宮地(兄)(三年・SF)の敵チームでやるのは色々と怖い。

 

 ゲームに参加していた奴等がそれぞれ小休止に入っている中で、俺はこっそり体育館を出た。

 たった1Qのゲームなのにすげー体動かした気がする。思い出したみたいに流れてくる汗が鬱陶しくて、体育館裏の水道場に向かった。蛇口を上向きにして思い切り水を開放する。今日はちょっと涼しい日だから頭から水を被ると少し寒さを感じた。

 

 俺が文字通りに頭を冷やしていたその時、そいつは音も無く現れた。

 

「雪野さん」

「っ!!?」

 

 完全に気を抜いていたから思わず蛇口に額をぶつけた。

 

「……み、緑間君? 何……?」

「…………」

 

 俺が額を摩りながら振り返ると、そこにはさっきまで試合をしていた後輩が突っ立っていた。……おい、その憐れみ含むような目は止めろ。お前のせいだからな! 

 

 蛇口を締めて水を止めると、その場に沈黙が落ちた。

 ……え、本当に何? 

 呼びかけた癖に、口を閉じたままの緑間。何の用だよ。まさか負けたからって恨み言とか言いにきた訳じゃないだろう。たかが練習中のミニゲームだし、いくら機嫌が悪いからってそんな事で八つ当たりするような奴じゃ……無い、と思う。

 

 こいつが入部して、紆余曲折あって半年くらいの付き合いにはなるけど、未だにその行動には理解が追いつかない事の方が多い。他の部員の奴等も同じ答えだろう。高尾に関しては、あいつは緑間に限らず対人能力が強過ぎる。

 

 緑間の視線と視線が合う。でもお互いに言葉は出てこない。

 ……もう適当に引き上げていいかな、これ。この気まずい沈黙に耐えられなくて俺が逃げ道を考え始めた時だった。

 

「すいませんでした」

「はいはい。じゃあ僕は戻るから……。…………え?」

 

 遂に幻聴が聞こえたのかと思った。

 

 自分の耳を軽く叩いたけど、特に変わった様子は無い。グラウンドで走る野球部の掛け声だってしっかり聞こえてくる。

 

 だとしても、え? 

 この小生意気な後輩から飛び出た言葉を頭が信じられなかった。

 

「ごめん緑間君、今なんて……?」

「ですから、昨日は失礼な事を言ってすいませんでした」

「…………」

 

 とうとう幻覚まで……あーいや、現実だ。

 陸上部が遠くでタイム取ってる音も聞こえてくる。

 

 主将にも三年の奴等にも意見を言ってばかりで監督にも口答えする緑間が、あの緑間真太郎が、俺に謝っていた。

 

「いや、昨日はまあ……僕も気にしてないし、そんな謝らなくてもいいよ。律儀だね、緑間君……」

「俺は最初、雪野さんはスタメンの枠を取ってる癖に試合には真摯に取り組もうとしない、適当な方なのかと思っていました」

 

 謝るのか喧嘩売るのかどっちなんだよ。

 静まりかけたイラつきが復活しそうになったが、緑間の言葉は続いた。

 

「ですが……間違っていました。貴方は確かに人事を尽くしてプレイしていた。さっきのゲームでよく分かりました」

「…………」

「それが分かったから、謝りに来たんです」

 

 いつになく殊勝な様子で、軽く頭を下げる緑間。

 

 そんなに評価してくれるのは有難いけど、俺としてはひたすら複雑な思いだった。

 確かにさっきのミニゲームは結果としては俺達二年が勝ったけど、緑間の俺に対する「適当な人」って認識は、的外れでもない。

 

 昨日の緑間の言葉にあんなにイラついたのだって、こいつの指摘が何一つ間違ってないからだ。

 俺が目を逸らしていた事を、あんまりにも真っ直ぐぶつけてきたから。

 

「だから、緑間君が謝る必要なんて無いよ。さっきのゲームだって僕達が勝ったけど、途中はどうなるか分からなかったし」

「……それでも、あの最後のパスが止められたのは予想していませんでした。何故雪野さんには、あの数秒で看破出来たのですか?」

 

 あれ、もしかしてこいつちょっと凹んでるのか。心なしか声が弱々しい緑間を見て思う。

 緑間からすれば時間切れのギリギリの隙をついたフェイクだったろうし、あのパスが通っていれば一年チームが逆転してた可能性もある。

 

「うーん……見破ったとかそんな大袈裟な話じゃないけど。単にボール持ってる緑間君を集中して見てただけだし」

「集中?」

「昔からなんだけど、試合中にちょっと相手をよく見るようにしてると、段々集中して相手の動きがよく分かるようになるんだよ」

 

 言葉に出して説明するのは難しかった。

 大体、少し集中して見てれば相手がどう動くかなんて分かってくるもんじゃないのか。

 

「……試合中に、雪野さんの動きが読みにくくなっていたのも、そのせいなんですか?」

「え? あー……多分そうなんじゃない?」

 

 自分の事だけどよく把握していない。集中し過ぎていると周りがよく見えなくなるのも昔からだ。

 つーか随分質問してくるな。パスを止められた事がそんなに珍しい事だったのか?

 すると緑間は、納得していないように続けた。 

 

「あんな事が出来るのだったら、試合中にもっと使えばいいじゃないですか」

「別に出し惜しみしてた訳じゃないよ。わざわざ僕が出しゃばる時が無かっただけで……」

 

 去年は大坪主将がいたし、今年のIH予選だって緑間がいた。戦力的には十分なんだから、わざわざ目立ちたくなかった。

 

「……緑間君が昨日言ってた事、間違ってないんだよ。手を抜いてたつもりはないけど、今までの試合で全力を出してきたかって言われたら、頷けないから」

「…………」

「多分、怖かったんだよ、試合が」

「……何故ですか?」

 

 緑間が穏やかに訊ねる。

 その問いで、俺は危うく口が滑りかけていた事に気付けた。

 

「……ちょっと昔ね、対戦したチームとゴタゴタがあって大変だった事があって。すっかり吹っ切れたかと思ったんだけど、まだ引き摺ってたみたい。ごめんね、緑間君達にまで気遣わせて」

 

 俺の話の切り上げ方が唐突だったのか、緑間は眉を寄せて不可解そうな表情をした。

 ……危ねえ。うっかり話しちゃまずい事までベラベラ話す所だ。思ったより疲れてたのかもしれない。

 でも緑間も、それ以上突っ込まないから何か察してくれたらしい。その程度の機微を読む力はあったのか……それとも、さっきの試合が良い方向に働いたのか。

 

 こいつの気分の良し悪しはまだ掴めなかったけど、とりあえず機嫌を直してくれたなら安心だ。部活中の気まずさに耐えるのも限界だったし。と、試合終わりの緩んだ空気が流れかけたのも束の間。

 

「……おーい、二人共。いつまでサボってるんだ、戻ってこい。雪野、お前またゲーム参加だぞ」

「えっ!? ……僕、さっきもやりましたよ?」

「他の二年もローテーションで入るんだ、早くしないと宮地がキレるぞ」

 

 と、俺と緑間を探しに来たらしい時田(三年・SG)がサラリと死刑宣告をしてきた。

 ……おい緑間、今ちょっとほくそ笑んだだろ。しっかり見たからな!? 

 

 

 

 体育館に戻ると、予想通りに宮地(兄)の怒号が降り注ぎ、俺はまたしても鬼のようなペースで試合に参加する派目になった。

 

 どうも、俺にあれこれ悩んだり考えたりしている暇は無いらしい。

 今度は三年陣との試合に挑むべく、またコートに踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◆◆◇◆◆◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──そして時は流れ、3ヶ月後。

 11月7日土曜日、正午。

 

 

 

 WC(ウィンターカップ)予選────開幕。

 

 

 

 

 

 

 

 


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