黒と銀の巡る道   作:茉莉亜

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4.スタメン決定

 

 

 

 

 

 

「昨日は悪かったな、日本に来たのが久しぶりだったもんだから、つい羽目を外してしまった」

「いや……別にそんな気にしてませんから」

 

 どういう経緯でこうなったのか、俺は爺ちゃんのガールフレンドというアレクサンドラ=ガルシアさん──通称サーシャ──と一緒に、通学路を歩いていた。

 夜が明けたとはいえ、早朝だと人手も少なく、町全体が眠っているような雰囲気が漂っている。

 朝練があるから早く起きたのだが、昨晩酔いつぶれてたはずのサーシャが更に早く起きてコーヒーを飲んでいた時は、俺の目がいかれたのかと思った。二日酔いしてる気配が微塵も見当たらないし、あの大量に消費された酒はどこへ消えたんだよ。

 

「アキラは本当にいい子だし、かわいいな~。じゃあ、昨日のお詫びだ」

「へ?」

 

 サーシャがいきなり俺の後頭部を掴んで、自分の方に振り向かせた。そしてその明るい美貌が真正面、どころじゃなく、ほとんど距離が無くなる。

 この人は俺と身長ほとんど変わらないし、背高いな──なんてどうでもいい事を考えたが、すぐ我に返った。サーシャを突き飛ばして試合中の時のように身構えたが、本人はきょとんとしている。

 

「……っ!!? っなに! 何すんだ!?」

 

 早朝で、ほとんど人がいない時間帯で良かったと心から思う。

 つーかこのアメリカ女、何考えてんだ!? 

 

「んん? かわいい子にはキスしたくなるもんだろう? お、アキラの目って少し青いんだな」

「どうでもいいんだよ!! つか、普通はそんな事しねぇから!」

「……思ったより乱暴な言葉使うんだな」

 

 冷静な指摘に、俺は思わず口を噤んだ。

 いや、でも往来でこんな真似されたら言葉遣いもキャラ作りも崩れるだろう。

 

「安心しろ。私がキスしたくなるのはかわいい女子供限定だ。

 そんな誰にも構わずしてる訳じゃないぞ」

「何も安心出来ないんですけど……」

 

 黄瀬涼太と並んでも見劣りしないレベルの金髪美人、しかもスタイル抜群の女にここまでされたら男としては喜ぶべきなんだろう。あんまりオープンだから、有難みを感じないけれど。自由奔放な爺ちゃんと何で友達やってるのか理由は分かった気がした。

 

「アレクサンドラ、さん? 別に爺ちゃんに言われたからって僕についてこなくてもいいんですよ? 朝練の後は授業になっちゃいますし」

「ああ、サーシャでいいぞ。アレックスって呼ぶ奴も多いけどな。

 私の事なら気にしないでくれ。用事は昨日済んでいるし、ダイスケの所に寄ったらすぐ向こうへ帰るつもりだったんだ」

 

 お前とも話したかったしな、とサーシャはいたずらっぽく笑った。

 実年齢は上だろうが、気取らない笑顔は学生のようにも見える。

 

「……あの、サーシャ、は爺ちゃんとどういう縁で……?」

 

 あの祖父の交友関係は謎に包まれているから、外国人の一人や二人いても驚かない。

 けどこの人がバスケの元女子プロと聞くと、一体どんな縁で知り合ったのかと疑問だった。確か爺ちゃんの仕事は病理系の研究だし、接点が分からない。

 するとサーシャのエメラルドグリーンの瞳が、過去を懐かしむように細められた。

 

「昔、長い事世話になっていたんだよ。私もバスケをやってて、一時はプロを名乗ってたんだが、視力を突然落としてな。その時親身に診察してくれたのがダイスケだったんだ」

「そうだったんですか……」

「日本に来る時は遊びに行こうと思っていたんだが、驚いたぞ。こんなにかわいい孫が出来てるんだからなー!」

 

 肩を組んでこようとするサーシャをさっと躱すと、少し不満そうな顔をされた。

 いくら何でもこのスキンシップはどうなんだよ。文化の違いか、そうなのか。

 

「えーと、じゃあ僕はもう行きますね。そろそろ急がないと遅刻しますから」

「お、朝練か。そういえば日本のバスケ選手をまだよく見れてないからな、後で見学に行ってもいいか?」

「折角ですけど遠慮します。日本のバスケなんて本場のアメリカに比べたらレベルが低すぎてつまらないんじゃないですか?」

 

 自嘲のつもりで言った。東京三大王者って言っても、アメリカの元プロに耐えうるレベルかは怪しい所だろう。しかしサーシャは動じずに答えた。

 

「うーん確かにな、日本のバスケを少々舐めてる所はある。

 だからこそ色々見ておきたいんだ。何せ私の愛弟子がいる国でもあるからな」

「弟子?」

「ああ。タイガというんだが、知らないか? 今年の四月からこっちの高校に入学してる筈だ。背が高くて赤髪だから、分かりやすいと思うぞ」

「さあ……高校っていっても、都内だけでたくさんありますから」

 

 それに秀徳に入ってから、練習試合と公式だけで何十戦とやっていちいち他校の事なんて覚えてられない。

 朝練についていきたがるサーシャを何とか追い返し、俺は見慣れた道を早足で急いだ。

 つーかそろそろ時間がやばい、宮地兄に殺される! 

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 ギリギリの所で朝練開始には間に合い、俺は二年組の練習に加わった。

 入部当初から人数は減ったものの、一年生の数もさすがに安定している。その中でも真っ先に緑頭の長身が目に入った。全くあらゆる意味で目立つ後輩だ。けどまあ、その鉄仮面ぶりは何も変わってなく、いつも通りに黙々とシュート練習をしていた。

 昨日、一緒に海常の試合を観戦した事や、あいつをバイクに乗せてやった事が全部夢だったように思える。黄瀬の前では楽し気に話していたように見えたが、練習中のあいつはいつも通り無口で無表情だった。

 

「……何だか、人数減ってる?」

 

 パス練習をしながら思わず呟くと、室田がすぐさま反応した。

 

「減ってるどころじゃねーよ。三年生が三人も辞めていったんだと」

「三年が?」

「そりゃ辞めたくもなるだろ。ずっと練習し続けてきて、ポッと出の一年にレギュラー取られるんだからさ」

 

 途中から室田の声は明らかに聞こえるような声量だった。

 いつもより空気が殺伐として感じるのは、IH(インターハイ)予選が近いから、という訳じゃないらしい。

 けれど、対象にされている緑間はどこ吹く風という様子でシュート練を続けている。本っ当に周りの事なんか一切視界に入れてねえな……。何となく緑間を見ていると、高尾がいきなり爆笑しながら話しかけているのが見えた。体育館の隅に置かれた小さなトースターを指差して爆笑し、それに緑間が怒鳴っている。

 

「……また何か、緑間君持ってきてるんだね。ラッキーアイテムだっけ?」

「ふざけてんじゃねーっての。キセキだか何だか知らねーけど、あの一年頭おかしいんじゃねーか!? 普通、あんなの練習にいちいち持ってくるかよ。許す監督も監督だしよ」

 

 そういえば室田は入部した時、SG志望だと言っていた。それで余計に緑間に対抗意識というか、苛立ちが強くなるんだろうか。だからって俺に吐き出されたって困るけど。

 

 三年が何で退部届をこの時期に出したのかは、何となく分かった。

 インハイ予選まであと数日。それはつまりスタメン発表の時でもある。その内一つが緑間で確定である事は、秀徳バスケ部内では暗黙の了解だ。三年からしてみれば、自分達が必死で積み重ねた努力と実績が、一人の天才に劣る事を証明される瞬間なのだから逃げたくなって当然だろう。

 室田は随分カリカリしているが、俺はそこまで緑間に噛み付く気は起きなかった。

 退部という選択をしたのは上級生自身なんだし、辞めるのがそんなに悪い事か? とも思う。

 もう何もかも嫌になって耐えられなくなった時に、それでもバスケって続ける程の事なのか。

 

「おい室田。さっきからうるせーぞ、今は練習中だろ」

「あ? 何だよ。じゃあお前は何とも思わねーのかよ、三年が引退前にこんなに辞めるなんて相当だぞ」

「俺達がうだうだ言ってどーするんだよ、退部してく人を引き留められねーだろ」

 

 室田の苛立ちに対して、穏やかじゃない声をかけてきたのは弟の方の宮地だった。

 うわ、と俺は一気に面倒臭さが倍増した気配を感じる。部内の二年組の中でもトップ2を誇る沸点低い二人だ。

 

「何落ち着いてんだよてめーは! 悔しくねーのかよ。一年坊主にこんな好き勝手されてよ! おかげで俺達が試合出るチャンスがどんどん無くなってんだぞ」

「だからそんな事言ってたって仕方ねーだろ! 俺達の力が足りねーってんなら、練習するしかねーんだろうが!」

「ハッ! それでがんばって練習して、結局はキセキ様が何もかも優先されるのかよ!?」

 

 どっちも血の気が多い性格のせいか、只の注意が口論になっている。いや、室田が煽るもんだから宮地弟も止まらなくなっている。こんな場所で喧嘩なんか勘弁してくれよ、と思いつつ二人を伺ったが、どっちも周りが見えなくなっていた。

 おいおい、一年の視線が段々向いてきてるのに気付かねーのかよ。

 

「練習中に何してんだてめーらあっ!! すり潰されてぇのか!!」

 

 体育館中に響き渡った怒声に、その場が水を打ったように静まり返った。

 いつもなら鬼にしか見えないこの三年が、今なら救いの神のように見えた。

 

「朝練中に喧嘩とは随分余裕だなあ、お前ら。そんな体力が余ってんなら外周でも行って来いよ」

「い、いや違うんです。宮地さん、さっきの話は……」

「ああ?」

 

 室田が抗議しかけたが、宮地兄に威圧されるとさすがに押し黙った。

 そして宮地弟と共に外周に向かい、嵐が過ぎ去った気配に、体育館内には誰ともなく溜息が漏れた。

 

「おい、雪野」

「は、はい」

「何があったか知らねーけど、黙ってねーでお前もちょっとは仲裁しろよ。特に室田か? 同級生だろ、確か」

「すいません……」

 

 俺まで怒られんのか、と理不尽さを感じるが、さっきは助かったので素直に謝った。

 宮地兄は顔に似合わず体育会系なスパルタ上級生で、一年の頃からそりゃもう扱かれてきたが、俺達二年にも弟の裕也にも、天才として特別扱いが公認される緑間にも平等に怒鳴る所は嫌いじゃない。

 宮地兄と一緒に練習にやって来たのは、大坪主将を始めとした三年の主要レギュラー陣だった。一軍で見慣れた顔はほとんど変わらないが、確かに人数が減っている。

 

「で? 何だったんだよ、さっきの原因は」

「いや、三年の先輩達が辞めたって聞いて、室田君が緑間君のせいだって言い始めたんです。それで裕也君と口喧嘩になって……」

 

 説明し終わる前に、宮地兄は恐ろしく機嫌が悪そうに舌打ちした。

 という事は、やはり噂でなく事実か。

 

「……あの、やっぱり本当なんですか? 三人辞めたっていうのは」

「ああ? んな訳ねーだろ。五人だよ、五人」

 

 いいから練習しとけ轢くぞ、と宮地兄は人の頭をはたいていった。だから地味に痛いから止めろっての! 

 俺は内心で、サーシャを追い返しておいて本当に良かったと思った。こんな歪でギスギスした状態の練習なんて、恥ずかしくて見せられねえよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 怒涛のような勢いで朝練が終わり、俺達は息つく暇も無く教室に駆け込んでいく。

 放課後の部活に比べれば朝練は時間の制約もあってまだ軽いが、この疲労の後に頭を使うと思うとしんどかった。

 四限の英文法は前にやった小テストが返って来たが、予想通りというか悲惨な数値だった。……うわ、このままサボっていいかな俺。

 

 このクラスには俺も含めてバスケ部が四人いる。その内の一人である室田は斜め前の席に座っていた。今日の朝練で宮地兄に絞られてから大人しいもんだ。

 と、ここで鐘が鳴り、クラス全員が待ちに待った昼休みの開始となった。中谷監督が間延びしたような、おっとりしたような掛け声で日直に合図をさせる。部活の監督がやる授業だと落ち着かねえ。それに、この人は何だかんだ掴みどころがないからやりづらかった。

 

「おい、雪野」

「は?」

 

 いきなり話しかけられてビビったが、室田がいつの間にか傍に立っていた。

 朝の苛立ちを引きずっているのか、眉間に皺が寄っている。

 

「お前、あの後宮地さんから何か聞いたりしたか?」

「いや別に……何も」

「ふうん」

 

 室田が疑わしそうに俺を見下ろす。

 三年の退部者について実は色々聞けたが、今こいつに話すとうるさそうだ。何より俺を巻き込むなよ、頼むから。

 初日から予感はしていたけど、「キセキの世代」が入部してからバスケ部の雰囲気は日を追うごとに荒れている。主にレギュラーから外れた二軍を中心に。室田は短気な奴だけど、言ってる事が的を外してる訳じゃない。だから二軍の中にはこいつに同調する奴も多いようだった。まっ、同じ短気でもすぐ冷めるタイプの宮地弟とは相性が悪いみてーだけど。俺としては、中学でも高校でもおかしな派閥争いはあるのか、とげんなりする。

 

「雪野―ちょっと来い」

「! はい」

 

 俺は運とかラッキーとかあんまり感じない質だけど、今日ばかりはツイてる日だと思った。

 本日二回目の天の助け。中谷監督の呼び声に、俺は立ち上がった。まだ何か言いたげだった室田には軽く謝り、俺は監督を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……監督、何か用ですか?」

 

 呼び出されてみれば職員室にまで来ていた。

 中谷監督は「あーうん、ちょっと待ってなさい」などブツブツ独り言を言いながらデスク周りの書類を探っている。

 

「雪野。何で呼んだか理由は分かるか?」

「……来週のインハイ予選の事、ですか?」

「うん、違うね。今日返した小テストの点の事なんだが」

 

 そっちかよ! 俺は今すぐにこの場から逃げたくなった。

 救いの声と思って着いて来た先は、まさか更に地獄が待っていた。監督は怒ってるんだか呆れてるんだか分からない表情で、クラス全員の点数が記録されているリストを見ている。

 

「あまり良くない点が続いているようだけど、バスケ部との両立が辛いのか?」

「いやいやいや、そんな事は無いです。

 ちょっと今回は点を落としちゃったんですけど、次はがんばりますよ」

「ふむ、そうか」

 

 と、それだけで納得してくれたらしい。

 拍子抜けしたのは俺の方だ。この流れだと補習の一つは覚悟していたのに。

 

 今でもだけど、最初に会った時からこの監督は調子が狂う。

 上級生が全員あんな感じの割には、熱血監督って風にも見えないし。部活中に指示出しをする時も最小限で、いつも何か考え込んでいる時の方が多い。

 いい機会だ。こうなったら、俺は思い切ってみる事にした。

 

「あの、監督」

「何だね」

「……今度の試合では、僕はスタメンから外してくれませんか?」

「何だ、もう自分がスタメンに選ばれた気でいるのか? 珍しく自信家だな」

 

 はぐらかされて苛立ったので、遠回しな言い方はここで止めた。

 

「いや、そうじゃなくて。監督だって薄々分かってるんじゃないですか? 今の部の事。

 三年が辞めたって聞きましたし、僕までスタメンのままでいたらまずいですよ」

「お前は試合に出たくはないのか?」

「僕は二年ですよ? 先輩を押しのけてまで出ようとは思いませんし、部の空気が悪くなるだけです」

 

 あの緑間みたいに、自分への陰口の中でシュート打ち続ける鋼メンタルなんか持ってやしない。とばっちりで俺にまで当たりが強くなったら最悪だ。出来るだけ自分に向く矛先は躱しておきたいと思うのが普通だろう。

 が、監督は常と変わらず、眠たそうな目つきで俺を見つめると。

 

「うん、その言い分も分かるけどね。私としても、やる気がないって言うんなら、今居る三年もそうだが、お前が試合に出た事でスタメンを諦めざるを得なかった部員にその枠を与えてやりたいとも思う」

 

 随分露骨な言い方をされて、俺は少し戸惑った。

 あんたが有無を言わさず試合に出したんだろーが、と言いたくなるが、責められている訳ではないらしい。

 

「だがね、雪野」

 

 のんびりした口調は変わらない。けど頭ごなしに怒鳴られるより、いつの間にか聞き入ってしまうのだ。

 

「スタメンを選ぶ時に、意味の無い人選はしていないつもりだ。お前を去年のIHで試合に出した時も、お前の力が必要だと思ったから出したまでだよ」

「……」

「部の事を考えてくれるのはいい事だけどね。チームにとって本当に自分が何をすべきなのか、もう少し考えてから結論は出しなさい。あと、こういう形でスタメンを譲られても、特に三年は喜ばないと思うよ」

 

 最後の一言は、こちらの軽率さを咎めたような言い方だった。

 俺が口を噤むと監督は、話は終わった、と言わんばかりに自分のデスクに向き直った。そうなると俺も帰るしかないので、一礼だけして職員室を出た。

 二年前にこの人に話しかけられた時の事が頭をよぎる。

 

 

 ──―ちょっと君、もしかして京華中の雪野君かな? 

 ──―よかったら考え直して、秀徳に来てみる気はないかい。全国を目指す為に、君の力が必要だと私は思っている。

 

 

 あんな社交辞令を真に受けた訳じゃないが、本気で言っていたとは思わなかった。後輩も変人ばかりだが、この監督も大概だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◆◆◇◆◆◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新入部員が入って一カ月もすれば、すぐにIH地区予選の時期になった。

 この間にサーシャが帰国したり、帰国記念と称して爺ちゃんがまた酒盛りを始めたり色々あったが、俺は二度と思い出したくない。もう来るなと叫んで見送ったもんだ。

 

 段々夏場の空気が近づくにつれて、部の緊張感も全国に標準を合わせて高まっていく。バスケ部でも上級生組は流石に動じていないが、一年生の中では初めての大会経験者もいるらしく、浮足立っている奴もいた。言うまでも無く緑間はポーカーフェイスのままで、初戦の相手校を聞かされても眉一つ動かしやしなかった。それ以前に、こいつが顔色変える時ってあるのか? 

 

 俺も去年はそもそも高校の全国大会の仕組みがさっぱり分からずに参加してたから、後輩に偉そうにどーこー言える立場じゃねえけど。その時はマジギレされた宮地兄にトーナメントの進み方を解説してもらったりした。

 

 そして試合当日、大坪主将を先頭に俺達は予選会場に向かっている。

 たかが運動部っても、スタメン、一軍、二軍がほぼ全員そろって試合に向かうもんだから結構な大所帯だ。すれ違う人からチラチラと見られてる気がする。

 ……いや、絶対このジャージのせいだよな!? 

 秀徳バスケ部のジャージはオレンジだ。そう、あのオレンジ色。薄黄色とかそんなものじゃなく、曇りなきオレンジ。最初に渡された時は、発案者のセンスを疑った。

 そりゃ俺も服にそんなこだわりはねーけどさ、でもせめて黒とか紺とか……オレンジって……無いだろ。俺の場合、只でさえ頭が白髪なのに、これ以上変なカラーリングにしないでほしい。

 

「あれ、雪野さん元気無いっスね? もしかして疲れてます?」

「あ、いや大丈夫……。ありがとう高尾君」

「あははーどういたしまして! つーか聞いて下さいよ、真ちゃんてば、今日のおは朝で9位だったもんだからずっと元気無くしちゃってるんですよー。試合行く前だって「今日は運気が悪いから外出は控えたいのだよ」とか言っちゃって」

「真似をするな高尾」

 

 と、いつの間にか隣にいた高尾が、少し低い目線から話しかけてくる。

 間髪入れずに後ろにいた緑間が訂正したが、こいつは全く気にしていないようだった。

 カラーリングについては緑間の方が酷いか。はっきり言ってこいつの緑頭とオレンジジャージが組み合わせるとニンジンを連想して仕方がない。

 

 というか、前から聞きたかった事があった。

 

「……高尾君も仲良いね。真ちゃん、って?」

「ああ、それっスか? 緑間真太郎、だから真ちゃん、って事で! 堅物なエース様がちょっーとでも親しみやすくなれるようにっていう心遣いですよ~! ねー真ちゃん!」

「だから馴れ馴れしく呼ぶな」

 

 ……傍から見れば全く親しみやすくはなってないんだが。

 悉く拒絶されてる割には、ずっとお気楽に話し続けている高尾のコミュ力とメンタルには感心する。俺だったら最初の会話で匙投げてるぞ。

 

「お前らさっきからうるせーぞ! 特に高尾! あんま騒いでると殴んぞ」

「ちょ、宮地さん。もう手出てます、出てますから!」

 

 余程うるさかったのか、最前列を歩いていた宮地兄が言うより早く高尾の頭に拳を振るう。それで何で俺まで!? 完全にとばっちりだろ! 

 

「ったく、試合前だってのに気ぃ緩み過ぎじゃねーのかお前ら。

 おい緑間。てめーも占いだか何だか知らねーが、それでヘマしたら轢くからな」

「いえ、俺は試合には出ません」

「は?」

 

 そしてこの天才様は、いきなり爆弾を落とした。

 

「今日のかに座は行動し過ぎると不運を招く、とありましたので、試合にも出たくありません」

「はあっ!? 何言ってやがんだてめえは!!」

 

 最前列にいた宮地兄が怒鳴ったもんだから、後方の下級生が何事かと怯えている。

 宮地兄の隣にいた木村が、なだめるように声をかけた。

 

「おい宮地、落ち着け。ほら、一年がビビってるぞ」

「落ち着いていられるかよ! こいつがまたふざけた事ぬかしやがって……」

「監督からは了承を得ています。今日はまだワガママを使っていませんので」

 

 しれっとした顔で緑間が言い返すと、宮地兄は整った眉を更に引き攣らせたように見えた。試合前だってのに早速揉め事が発生しているレギュラー陣を、俺達も二軍も伺うように遠巻きに見守った。つーかあの中に関わりたくねえよ、絶対。

 

 ふと隣にいた高尾と目が合った。仲裁をするという事もなく、面白半分呆れ半分みたいな顔をして緑間と宮地兄の口喧嘩を眺めている。意外といい性格してるな、こいつ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 緑間の爆弾発言が宮地兄の怒りに着火し、試合前にどうなるかと思われたが大坪主将のとりなしがあって何とかその場は収まった。まあ、主将も思い切り不本意そうだったけど。

 そのおかげで試合会場に着いた時は、到着時間を十分近く過ぎていた。

 尤も、秀徳が都内三大王者の強豪校だって事は高校バスケ界じゃ常識らしいから、多少の遅刻でも気にはされなかった。強者の余裕、みたいに都合よく解釈してくれたらしい。実際は身内のゴタゴタがあっただけなんだが。

 

 会場に入ると、分かりやすく周囲がざわついた。先頭の主将や、他の三年生なんかは涼しい顔をしているが、俺は何度経験してもこの雰囲気は好きになれない。

 ギャラリー席には応援として二軍が上がり、「不撓不屈」の垂れ幕が掲げられた。

 はっきり言って今日の試合相手は格下だし、緑間が出ない所で問題は無い。それは大坪主将も他の皆も分かっているんだろう。けど、どんな試合だろうと全力を持って応じ、叩き潰すのが王者の流儀──―らしい。

 

「おい、雪野」

「! はい」

「ちょっと緑間を連れ戻して来い。何か面倒が起きたら事だ」

 

 と、大坪主将は言って、顎でコートの中央辺りを示した。

 見れば、いつの間にか輪から離れた緑間がそこで他校の誰かと話している。前の試合をやっていた他校生がまだ残っていたようだ。

 

「……高尾君も居るし、放っておいてもいいんじゃないですか?」

「高尾に任せていたらかえって騒ぎが大きくなるだろう。

 試合の前に連れ戻して来い」

 

 何とも正論だ。

 面倒に思いながら、俺はコートの中央に向かう。

 

 

 

「普通に名乗っても、いかにも覚えてないとか言いそうな面してるからな、お前。

 先輩達のリベンジの相手には、きっちり覚えてもらわねーと」

 

 

 

 柄の悪さと力強さが混ざった声が聞こえてきたのは、その時だった。

 他校生が、緑間に対して何か宣戦布告している。

 

「フン、リベンジ? 随分と無謀な事を言うのだな」

「あぁ?」

 

 それを受けて立つどころか、反撃している緑間。

 だからお前は誰彼構わず喧嘩売らなきゃ気がすまねーのか! 俺は咳払いをすると、精一杯和やかな笑みを作って話しかけた。

 

「あー緑間君、高尾君も。話してる所にごめんね。そろそろ戻ろう?」

「誠凛さんでしょ。ってか、先輩から何も聞いてねーの? 誠凛は去年、決勝リーグで三大王者全てにトリプルスコアでズタズタにされたんだぜ? 

 確か雪野さんの時のスコアが、予選で最高記録だったんですよね?」

 

 高尾、お前もか。そして俺を巻き込むな。

 緑間と話していた他校生の目が見開かれ、俺にその視線が注がれる。

 

 よくよく見れば、そいつは誠凛高校の10番だった。俺からすれば、あまり久しぶりじゃない出会いに、少しだけ驚いた。まあ前は、海常の試合を遠目に見ていただけで、こいつの名前も知らないけど。

 緑間とほとんど変わらない長身に、深い色の赤髪が目立った。

 こいつも一年なのか? だとしたら今年の下級生は髪色がカラフル過ぎる。

 

 と、壁際のベンチに座っている誠凛生、恐らく上級生からの射すような視線を感じた。

 今なら改めて思い出せる。去年、あの眼鏡の4番のマークについて3Pを防ぎまくった事が懐かしい。あんなスコアで終わったから、向こうからは恨まれてもおかしくないだろうが。

 

「息巻くのは勝手だが、彼我の差は圧倒的なのだよ。

 仮に決勝で当たったとしても、歴史は繰り返されるだけだ」

「緑間君」

 

 思ったより硬い声が出て、今度は緑間達の視線まで俺に集まってしまった。

 いや、そんな大した事言うつもりじゃねーっての。ただこれ以上喧嘩を売るなって言いたいだけで。

 

「あー……、そんなさ、勝負なんて決めつけられないものでしょう? 

 もしかして、次は僕達が負けるかもしれないし」

 

 おちゃらけて言ったつもりだったが、これは失敗だった。どこか空気が凍り付いたような気配を感じる。緑間と、高尾まで驚いたように目を見開いてパチパチと瞬かせている。

 え、そんなにまずい事言ったか? 

 

「その通りですよ、緑間君」

 

 と、どこからかフォローの声がかかってくれて、安堵する。

 ん? けど、ここには四人しか集まってないのに、一体誰が? 

 

「過去の結果で出来るのは、予想までです。

 勝負はやってみなければ分からないと思います」

「うわぁっ!?」

 

 誠凛の10番の隣に、いきなり人が現れた。

 比喩じゃなく、本当に今まで居なかった筈なのに──―いや、居ると分かっても見逃しそうになる。それくらい影の薄い奴だった。10番が存在感の塊みたいな奴な分、並ぶと掻き消されてしまうように見える。

 

「……誰?」

「黒子テツヤ。帝光中の元チームメイトで、幻の六人目(シックスマン)と呼ばれていた男です」

 

 思わず訊ねると、緑間は端的に答えた。

 六人目って……キセキの世代だけじゃなくて、そんなのも居るのかよ。高尾よりも身長は低く小柄で、何だか全体的にぼんやりした印象の奴だった。それにしても何なんだこの影の薄さ。コートに入っても見失うぞこんな奴。

 黒子とかいう奴が割って入った事で調子が戻ったのか、緑間はまた高飛車に言った。

 

「相変わらずお前は気に食わん。何を考えているのか分からん。目が特にな」

 

 お前が言うな、と俺は内心で思う。

 

「言いたい事は山程あるが、ここで言っても虚しいだけだ。まずは決勝まで来い」

 

 言い方は凄まじく上から目線だけど、もしかして緑間なりの激励なのか? 

 まあ一ヶ月近くこいつの性格と付き合い続けて、慣れただけかもしれないが。すると高尾は、まるで十年来の友人に会った時のように、黒子の肩に腕を回して話しかけ始めた。こいつはこいつで肝が据わり過ぎている。

 

「いや~言うね。君、真ちゃんの同中っしょ? 気にすんなよ、あいつツンデレだからさ。

 本当は超注目してんだぜー何たって予選の一回戦まで見に行って」

「いつも余計な事を言うな、高尾」

 

 俺は高尾の言うツンデレの定義を問い詰めたくなった。

 こいつはあれだろ、ツンデレっつーより電波だ、電波。

 

 そうこうしていたらベンチの大坪主将から怒声が飛んできた。まずい、これは代表で俺が説教を受けるパターンだ。緑間と高尾の首根っこを掴んで、俺は慌ててベンチに二人を引っ張った。去り際に、黒子という誠凛の11番と目が合った気がしたが、多分気のせいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベンチに戻るなり、緑間は本日二回目の騒ぎを起こした。

 

「スタートから出る? 占いが悪いから出たくないって言ってなかったか」

「旧友に会ってテンション上がっちゃったんだろ~?」

「調子を確かめたくなっただけだ」

 

 なら最初から出ろよ! と高尾以外の全員の意見が恐らく一つになったに違いない。

 この場でも空気を読まずに緑間を茶化す高尾の笑い声が響く。

 大坪主将も、緑間がシュートを決めさえすれば文句は無いそうだが、好き勝手ごねられる事には静かに腹を立てていた。……というか緑間も、ビビるくらいなら最初から素直に従ってろよ! 

 中谷監督は緑間限定で、「一日三回」でワガママを使う事を認めてるらしいが、この調子だとこいつ絶対フル活用してくるぞ。

 

「あのさ緑間君、あまり主将達に喧嘩腰にならない方がいいと思うけど?」

「俺はいつも事実を言っているだけです。喧嘩を売った覚えはありません」

「まあそうかもしれないけど……」

「それに俺のシュートは落ちませんから、試合では何も問題は無い筈です」

 

 緑間の返答はにべもない。左手に几帳面に巻かれたテーピングを慎重に外している。

 

「それ程、気にするような事ですか?」

「え?」

「先輩方の機嫌を伺って、周囲に諂う事が勝つ事よりも大切ですか?」

 

 緑間の翡翠の双眸が、じっと俺を見据えた。

 けど、その眼光に嫌悪の色が浮かんでいるのをはっきりと感じた。

 

「俺は試合に出るからには、人事を尽くします。

 雪野さんは負けてもいいと思っているのかもしれませんが」

「……」

 

 咄嗟に言葉を失うと、緑間は立ち上がってコートに向かっていった。後には、ベンチにくまのぬいぐるみだけが残されている。もう誰も指摘しないが、緑間の今日のラッキーアイテムだ。

 

「あー雪野さん、気にしないで下さいね、緑間の奴、さっきは同中の前だったからカッコつけたかったんだと思いますよ? だからほら、雪野さんが誠凛の味方したような気がして拗ねてるんですって」

「ああ、うん……。ありがとう」

 

 高尾が気遣うように声をかけてきた。さっき誠凛の一年の前で言った事なら、あの場を収めたくてほとんど適当に言っただけの事だ。それの何が緑間の癪に障ったか知らないが、また厄介事が増えた、と感じる。

 ただ―――緑間のあの目線に見据えられると、隠し事や誤魔化しが許されないような気分になるのだ。自分の本音を見抜かれるようでドキリとする。

 

 対戦校のスタメンも揃い、俺達もまたコートに整列した。

 誠凛は既に体育館のギャラリーに登り、この試合を観戦するつもりらしい。成程、緑間が突然張り切ったのもこれが原因か。

 

 

 初戦の対戦校は錦佳高校。

 今、試合開始だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────

 

 

 

 秀徳高校スターティングメンバー

 

 大坪泰介(三年) C  198㎝

 宮地清志(三年) SF 191㎝

 雪野瑛 (二年) PF 183㎝

 緑間真太郎(一年)SG 195㎝

 高尾和成 (一年)PG 176㎝

 

 

 

 

 

 

 

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