黒と銀の巡る道   作:茉莉亜

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5.予選開幕

 

 

 

 

 

 

 40分あった筈の試合は、終わってみるとその半分も無かったように思えた。

 

 結果は秀徳の圧勝、トリプルスコア。

 いやまあ、秀徳っつーよりも緑間の圧勝っていうのが正しい。何かと理由をつけてはフル出場しない天才様がやる気……いや殺る気に満ちていたおかげでとんでもないワンサイドゲームになった。後半は寧ろ、犠牲になった相手校に同情が湧いたくらいだ。

 

 大坪主将もリバウンド取るし、宮地兄もシュート決めたし、俺もそこそこ働いたけど、緑間の3Pがそれはもうえげつない得点率を叩き出した。あいつだけで90点は余裕で決めてる。回されるパスを次から次へ3Pシュートで決めて、相手チームの精神力もバッキバキに、完膚なきまでに叩き折った。ちょっとは加減してやれよ……。

 緑間の3Pはまるでレーザービームの如き命中精度でゴールを貫いたが、当の本人はビーチバレーでもしてんのかっていう優雅さだ。キセキの世代の身体能力は正にミラクルというかミステリーで、もう俺の頭なんかで理解しようとすんのは無理だ。こいつらはこう、次元の違う種族くらいに思っておこう。

 

 俺はアウトサイドのシュートは苦手だし、あんまりやらないけど、シュートに性格って出るよな。大坪主将なんかは期待を裏切らずにパワー炸裂のダンクするけど、緑間の場合は杓子定規、四角四面、精密機械、針の穴でも通すみたいな繊細な作業、という感じだった。そうか、あいつが毎日変なアイテム(今日:くまのぬいぐるみ、昨日:オーブントースター以下略)を持ち込むのもそういう事情……いや絶対これは関係ないと思うんだよなあ。

 3Pってのは、ゴールから遠い距離で打って難易度が上がるから点が高いわけであって。こんなポンポン入るようなもんじゃねーんだけど、普通は! フォームは無駄に教科書通りな癖に、そこから先があらゆる手本をガン無視してるから笑えてくる。あの細身のどこに、あの異常なループを飛ばせる筋力があるのか。そりゃボールの滞空時間が長い方が戻りやすくなるけど、別にバスケって長い時間飛ばした方が勝ちとか、そういうゲームじゃねーよ!? 

 

 後半はもう緑間の独壇場に近い試合だったから、大坪主将や宮地兄は面白くないような雰囲気だった。高尾は……うん、欠伸してるわ。

 

「緑間君、整列だよ」

 

 やっと試合終了のブザーが鳴った時、また単独行動をしていたエースに呼びかける。

 緑間は観客席と化していた二階のギャラリーを見上げて、棒立ちになっていた。こんにゃろ、返事くらいしろっての。こいつ試合中だと輪をかけて無口になるよな。

 

 ギャラリーでは観戦している誠凛生の集団の姿が見えた。

 緑間達と話していた赤髪の10番と、元チームメイトだっていう奴、名前が……えーと……とにかく、そいつも一緒にいる筈だ。

 けど俺もさっさと帰りたい。試合は神経を使うから疲れて仕方なかった。

 

 

 

 

 

 

 

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 強豪だろうと弱小だろうと、試合をやって終わるまでの流れは変わらない。予選の試合を終えて軽くミーティングをすれば、その日はもう解散になった。

 

 つっても、予選の段階じゃあミーティングで話す事なんてあってないようなもんだ。

 去年もそうだったけど、秀徳が予選で落ちる事はまずないだろうと、大坪主将も監督も思っている。確かに、今日対戦した錦佳レベルの高校だったら現三年だけで圧勝出来るだろうし、何しろ「キセキの世代」が加わった。

 緑間の3Pをいう絶対の得点源がある以上、この先の試合で引き分けはあっても負ける事は俺もイメージが出来なかった。ま、緑間が試合で好きにやる分だけ、主将や宮地兄の機嫌が悪くなるんだろーけど。ああ、面倒臭ぇ。

 

 一応勝った俺達の方が、負けた相手よりギスギスした空気になってるから変な話だ。元凶である緑間はしらっとした顔で荷物を確認しているから、何か俺まで腹が立ってきた。まあいい、早く帰っちまおう。

 一軍・二軍もそれぞれでばらけ、俺も主将に軽く挨拶している間に、緑間と高尾がまたギャンギャン何かを騒いでいるような声が聞こえた。けど逃げるが勝ちだ、迷わず帰路に着いた。何であいつら試合終わったばっかりであんなにテンション高いんだ……。特に高尾とか、高尾とか。こっちは帰って一眠りくらいしたい気分だってのに。

 けれどこの日の俺は厄日だったらしく、そう簡単には逃げられなかった。

 

 

「…………室田君?」

「……ああ、よう。雪野じゃん」

 

 

 ぶらぶらといつもの帰り道を歩いて、左手前に、朝も通り過ぎているストバスのコートが見えた時、そこにいたのは暗い表情の室田だった。室田は同時期に入部して、俺とは一応クラスメイトでもある。更に言えば、部内一のアンチ緑間と言ってもいいくらい緑間嫌いな奴である。何となくまずいタイミングに出くわしたように感じたが、とりあえず話しかけた。

 

「えーと……お疲れ様。帰らないの?」

「ハッ……スタメンのお前の方が疲れてるだろ? いいんだよ、どうせ俺はベンチだったし、適当に体動かして帰るつもりだったから」

 

 これはまたストレートに嫌味がきた。

 そういえば室田は今日の試合ではベンチだったが、緑間がフル出場しなかったらSG(シューティングガード)として試合に出ていたかもしれないのだ。その落胆が聞こえてくるような気がした。

 室田は地面を蹴りつけると、苛立ちを隠そうともせずに言った。

 

「ったく、キセキ様ってのは嫌になるよな。試合に出るのも自由! 出ないのも自由! バスケ部の事も試合の事も、自分の玩具か何かだと勘違いしてんだぜ? あれ」

「…………」

「こんなふざけたものベンチに持ち込みやがってよ。……本っ当消えてほしいぜ、あいつ」

 

 言葉に一瞬詰まった。室田が汚れ物でも触るように摘み上げていたのは、掌サイズのくまのぬいぐるみだった。今日の試合で緑間が持ち込んできたラッキーアイテム。

 

「室田君、それって」

「は? 雪野お前見なかったのかよ。さっきの緑間の反応! これが無いって分かった時顔色変えててマジで笑えたぜ?」

「じゃあさっきの騒ぎってこれだったの……」

 

 室田は心底意地の悪い笑みを浮かべているが、苛立ちが吹き飛んだというように晴れ晴れした様子に見えた。そういえば室田だけじゃなくて、緑間をよく思ってない二軍の連中も、さっき騒いでいた緑間達を面白そうに見ていたっけ。何つーか……緑間の人望が無いのか、他の連中の底意地が悪いだけなのか。いやまあ、俺も言える程いい性格してねーけど。

 

「何が天才だよ。あんなムカつくガキのシュートなんて、二度と入らなきゃいーんだよ」

 

 もしも緑間本人がここにいたら唾でも吐きつけそうな勢いで室田は言って、持っていたぬいぐるみを雑に投げ捨てた。本当にストバスをやるつもりだったらしく、一人コートの中に入っていく。

 俺だったら試合の後にまでわざわざバスケやろーなんて思わねーのに、よくやるもんだ。ものすごい短気な奴だけど、努力家な所は感心する時もある。だから余計に緑間みたいなタイプが癪に障るんだろうな。

 

「…………」

 

 繁みの中で、忘れられたように転がっているぬいぐるみが目に入る。

 ……別に俺が捨てた訳じゃないし、もしかして誰かが見つけてくれるかもしれないし。巻き込まれんのはごめんだ。

 そう自分を納得させて、俺もまた帰りを急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……で、結局、俺の手には今、小さなくまのぬいぐるみが収まっている。よっぽど雑に持ち出されたのか、あちこち擦り切れたり薄汚れているのが分かった。いや、勢いで拾ったはいいけど、どうするんだよこれ。

 明日の部活の時にこっそり緑間のロッカーに入れるか? いやそれか、部室の目立つ所に置いとけばいいか? そしたら流石に緑間の奴も気付くだろうし、あいつじゃなくても高尾とかは目敏いから発見しそうだ。よし、そうしよう。

 

「あ──! 雪野さん、それっ!!」

 

 後ろから叫ばれた声に、俺はめちゃくちゃビビらされた。

 何しろ丁度頭に浮かんでいた後輩の声だったのだから。

 

「…………高尾君」

「よかった! 気付いてくれて! 雪野さん、それどこで拾いました!? 緑間がラッキーアイテム無くしたって言って、試合終わった後からずっと探し回ってたんですよ!」

 

 振り返ると、大慌てでこっちに駆けつけた高尾が、呼吸を整えながら訴えていた。

 試合前でも試合後でもテンションの高さは変わらない。つーかこいつ、いきなり出てきたけど一体どこから俺の事見つけたんだよ。普通にビビったぞ。

 

「いやー本当によかったですよ、見つかって! 本っ当にありがとうございます!」

「ああ、いや別に……。じゃあ緑間君に渡しておいてね」

「会場にもあの近くにもどこにも無いから、真ちゃん機嫌悪くなるわ落ち込むわで大変だったんスよ~」

「それはお疲れ様……」

 

 俺が盗んだとか、その辺りを問い詰めてこない辺り、もしかしてこいつも色々察してるのかもしれない。まあ、普段から緑間と一緒にいるみたいだし、上級生からどれだけやっかまれてるかは知ってるか。

 それに一年でスタメンって点で、一部から妬まれてるのは高尾も同じだ。こっちは性格とかコミュ力が緑間と対極にも程があるから、標的にはなりにくいんだろうけど。

 

「じゃっ、俺はこれ真ちゃんに届けてきますね!」

「え? 緑間君も近くにいるの?」

「あーほら、あそこの自販機でのんびりくつろいでるでしょ? あれっスよ! ったく、いきなりお汁粉飲んでいきたいとか言い出しちゃって」

 

 高尾が指差す方向を見れば、確かに少し離れた位置に自販機と、その傍らで偉そうに突っ立っている緑間の姿が見える。すげーな、緑間の身長って自販機とほとんど変わらないのか。

 

「そしたら雪野さんがチラッて見えて、見覚えのあるぬいぐるみ持ってたもんだから、慌てて走ってきちゃって訳です」

「よく分かったね、あんな所から……」

「そりゃあ、これでも鷹の目(ホークアイ)なんて言われてますからー!」

 

「キセキの世代」でもなく、スタメンの中では一番小柄である高尾がPG(ポイントガード)に抜擢された理由とも言える。俺も試合でプレイしてみて初めて実感したが、こいつはパス回しと試合中の状況判断が上手い。三年も含めた中でずば抜けてる。

 宮地兄や木村の会話から聞いたけど、何でもこいつは視野が異常に広く、コートが平面じゃなくて上から俯瞰するように立体で見えているらしい。だから鷹の目。

 正直、緑間にパシリ扱いされてるだけかと思ったのに、こいつも充分人間離れしてたって事だ。

 

「つーか雪野さん一人ですか? なら俺達と一緒に帰りましょうよ」

「え? いやいや、いいよ」

「えーそんな事言わずに! 今日の試合の事とか、これからに向けてアドバイス聞きたいな~なんて! 緑間の奴だって何にも言わねーっスけど、先輩と親睦深めたいって思ってるんですよー」

「いや、それは無いんじゃないかな……」

 

 一年が仲良くしてる所に、仮にも先輩の俺が混ざったら気を遣わせるだけだろ、とか。緑間とは試合前にほんの少し気まずい空気になったから、あんまり顔を合わせたくねーんだけど! とか。主張したい事は山のようにあったけど、高尾の勢いに流された。

 つーかこいつも! 緑間とは別の意味で人の話を聞け! さっきから会話に間が空かなくて困るんだよ! 

 

 高尾に引きずられるようにしていくと、自販機の傍にいる緑頭とオレンジ色のシルエットが見えてきた。うーん、遠目に見てもやっぱりオレンジは無ぇよな、うちのジャージ……。

 

「高尾。どこへ行っていた、早くくま吉を探しに行くのだよ」

「だーいじょうぶだって真ちゃん。ほら、ラッキーアイテム見つかったからさ」

「何っ!!?」

 

 高尾がくまのぬいぐるみを見せると、緑間はポーカーフェイスをものすごい形相に変えて駆けつけた。おい、さっきの試合の時よりいい反応してるんじゃねーよ。

 

「ちゃんとお礼言えよ? 雪野さんが見つけてくれたんだぜ」

「……ありがとうございます」

「あ、ああ。いいよ別に、そんな」

 

 軽く頭を下げてまで礼を言ってくるもんだから、戸惑った。

 いや、たかがぬいぐるみだろ。命を救った訳でもあるまいし、そこまで礼を言われるとちょっと怖い。

 

「今日の運勢は悪いものでしたので、ラッキーアイテムで補正しておかないと心許なかったのです。見つけて下さって感謝します」

「まあ、役に立ったなら良かったよ」

「……よろしければ、これをどうぞ」

「え?」

 

 緑間が一缶のジュースを手渡してきたので、反射的に受け取る。何だ、こいつもちゃんと礼が出来るんじゃねーか──―と思いながらジュースを見ると、その名称は「おしるこ~夏季限定冷たい~」。要らねえ……。

 

「ぶっ……ぎゃははははっ! ちょ、この暑い日でもおしるこ!? 真ちゃんマジぶれねー!」

「何がおかしい高尾! 暑いのだから、ちゃんと冷た~いに決まっているだろう!」

「そ、そういう問題じゃねえって……ぎゃははっ!」

 

 お前ら二人共うるせえよ。つーか、こんなもん渡してきて何の嫌がらせだ。

 俺はきっと部活で作っている愛想笑いが引き攣っていただろう。すると高尾が、まだ笑いを耐えきれてないという表情のまま、俺に話しかけた。

 

「あ~いや、雪野さん。誤解しないで下さいね? 感謝の気持ちなんですよーそれ。ほら、真ちゃんツンデレだって言ったでしょ?」

「黙れ高尾!」

 

 いやだから、ツンデレってそういう使い方するんだったか? 

 それにしても、いっつも取り澄ましてる印象しかない緑間が、こんな風に怒鳴ったり大声を出してるのを見るのは新鮮だった。前に黄瀬と話していた時も、バスケ部の上級生と話すより気さくには見えたが、妙にかっこつけてる風だったのにな。

 その後もけたたましく騒ぐ(主に高尾が)一年コンビを何とか振り切って、俺はやっと自分の帰路に着く事が出来た。試合帰りだっていうのに余計疲れた。とりあえず緑間が絡むと面倒事がもっと面倒になる事は学習してきたぞ。もう必要以上に近付くまい。

 

 ところが、すぐ後に、この出来事なんて吹っ飛ばすような大事件が起きる。

 

 

 帰ったら、家がなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ爺ちゃん、これどういう事だよ」

「どういうって、メールしたでしょう? 友達がブラジルから遊びに来てるって」

「うん、それは分かってる。俺が聞きてーのは別の事なんだよ。

 何で俺の家がそいつらに占領されてんだ?」

「コラコラ(あきら)君、あの家の名義は私だから瑛君のものじゃないよ~」

「どーでもいいんだよそんな事はよ!!」

 

 庭に転がっていた積石でこの狸爺をぶん殴らなかった俺の理性は称賛されるべきじゃないか? 狸爺もといクソ爺は、呑気なツラして缶のココアを堪能しているが、それどころじゃねーんだよこっちは! 

 

 やっとの事で家に帰ってみれば、何故か爺ちゃんが外に出て俺を待ち構えていた。しかもスーツケースやらバッグやらどこの旅支度かと言わんばかりの荷物と一緒にだ。家の中では、ブラジルから来日したとかいう爺ちゃんの友人の集団が宴会騒ぎを始めている。この時点で嫌な予感はしたが、それは的中した。そして試合後の疲労も吹っ飛ぶレベルの特大級だった。

 

「だから何っっでどこの誰とも知らねー奴らが勝手に家を使ってて、俺達が外に放り出されなきゃならねーんだ!? 意味分かんねーんだけど!!」

「ちょっと落ち着いてってば、瑛君。近所迷惑ですよ?」

 

 あんたの行動の方がよっぽど迷惑だ。主に俺に対して。

 

「皆、ブラジルにいる私の友達なんですから大目に見て下さいよ。大会が近くてしばらく日本にいなくちゃならないのに、宿泊先がなくて困っているんですから」

「…………しばらく?」

「はい」

「それっていつまでだ?」

「うーん、大体12月くらいまでですかね」

 

 身内に対しても殺意って湧くんだな、と実感した。

 いや、この祖父に対しては例外なんて無いが。

 

「そんな怖い顔しないで下さいよ。まさか瑛君に外で寝泊まりしろなんて言う訳無いじゃないですか~。ちゃんと代わりの下宿先くらい見つけてありますよ」

「俺が追い出されるのは納得いかねーけど、百歩譲ってその事を早く言ってほしかったもんだな……」

「瑛君がせっかちなんですもん。年寄りの話は最後まで聞くものですよ?」

 

 コテン、と首を傾げて言ってみせたが、そんな仕草が似合うのは女子だけだぞ、おい。けどまるで中学生くらいに幼い見た目のこの祖父は妙に違和感が少ない。何か得体の知れない薬でも摂ってんのかと思える。

 

「で? どこだよ、その下宿先って。疲れたから早く行きてーんだけど」

「ああ、住所はここです。気をつけて下さいね」

「は?」

 

 掌に収まるくらいのメモを渡すと同時に、俺達の目の前に一台のタクシーが到着した。爺ちゃんは何の迷いも無くスーツケースを乗せ、自分も乗り込んでいく。

 面食らった俺だが、慌ててその小さな姿に叫んだ。

 

「おい! どこ行くんだよ爺ちゃん!」

「本当にすみませんね。ちょっと仕事の都合で、これから私もロスに行かなくちゃならないんですよ。お土産は買ってきますから楽しみにしてて下さいね」

「いや絶対観光目当てだろ!? この状態の家を放っぽってく気かよ!」

「だーいじょうぶですって。この下宿の方には瑛君が行く事を説明してますから、きっと楽しく過ごせますよ」

 

 大会は見に行けるようにしますからね、という言葉を最後にタクシーは発車した。

 後に取り残されたのは、オレンジジャージ姿のくたびれた俺と、荷物。そして掌の中のメモが一つだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この住所間違ってねーだろうな。

 疲れた体を引きずって電車を乗り継ぎ、メモの住所を目指すと、とんでもない区画に辿り着いた。周りに建ち並んでいる家は洒落たものばかりで、いつの間にかいわゆる高級住宅街とやらに紛れ込んでしまっていた。こんなジャージ姿でうろうろしていると疎外感がものすごい。

 それもこれもあの自由な……いや自己中な爺のせいだ、クソ。もう年寄り相手だろうが爺だろうが知った事か、帰ってきたら一発殴ると心に誓った。

 

 スーツケースをゴロゴロ引いてやっと辿り着いた目的地は、駅の近くにあるマンションだった。しかも玄関がオートロック……。渡されていた鍵で何とか入る事は出来たけど、もう腰が引けてきた。一体いくらだよここ。今更帰る事も出来ないのでエレベーターに乗り、メモに書かれている部屋番号──904号室を目指す。

 爺ちゃんと住んでた時も、振り回されてばっかでろくな事はなかったが、いきなり他人の家に仮住まいとなるとストレスが増える気しかない。まあ日中は学校と部活だし、ほとんど帰らなきゃいい話か。

 両肩が重くなる気配を感じながら、深呼吸して、俺は904号室のインターホンを押した。

 

 

「……………………。はいー!」

 

 

 ややあって、部屋の中から応じる声。そして乱暴に駆け出してくる音。

 ほんの数秒のタイムラグで玄関が開いたものだから、危うく反応が遅れかけた。

 

「っと……。すいません、雪野大輔(だいすけ)の孫の瑛と言いますけど、祖父から話を……」

「……はっ!? あんた……秀徳のPF(パワーフォワード)!?」

「え?」

 

 

 掌の中のメモがひらりと落ちたが、気にする余裕は無かった。

 

 緑間に劣らない高身長に、燃えるように真っ赤な髪。

 コート上ではギラギラと好戦的に輝いていた両目が、今は間抜けな形になっている。

 

 いや、間抜けな顔は俺もだ。

 部屋から出てきたのは、誠凛高校の名も知らぬ10番だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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