黒と銀の巡る道   作:茉莉亜

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8.眠れる獅子

 

 

 

 

 

 緑間がシュートを放った。

 銀望の5番が直前でブロックを仕掛けたが、その手は空を切った。そりゃ2m近い高さからシュート打たれたらな。本当に色々と反則だ。

 

 ボールは変わらない軌道を描いてゴールに決まる。

 相変わらずお手本みたいに綺麗なフォームだった。三本連続の3Pにギャラリーから歓声が上がる。

 

主将(キャプテン)

「あ? もういいのか」

「はい。感触は確かめられました」

 

 が、当の本人は、ノルマ終了、とでも言うような軽さで大坪主将に報告している。

 まあ……うん、こいつからすればウォーミングアップ代わりなんだろうな、本当に。練習中にも結局、緑間が3P外した所なんて見た事ねーし。

 

 緑間はすぐベンチに下がり、控えていた12番と交代した。ちなみに、秀徳バスケ部ではもう数少ない三年だ。誰が来てもいいけど、同じく控えにいた二年の室田がすげー緑間を睨んでる。もうちょっと敵意隠せ、と思った。

 

 まだ第1Qも終わってねーけど、コート上では既に勝負はついたような弛んだ空気が出ていた。点差は(銀望)2対18(秀徳)。完全に秀徳の流れって奴だ。

 そうなると、少し気になるのはもう一つの試合だった。隣では正邦と誠凛が、俺達と同時進行で試合をやっている。俺の個人的な事情としても下馬評通り正邦に勝ってほしい所だが──

 

「オラ雪野! ボケッとすんな、DF(ディフェンス)だ!」

「っ、はい!」

 

 宮地(兄)にシバかれる前に、俺の思考回路は再び銀望との試合に戻った。

 

 

 

 

 

 

 そして40分後、俺の予想と期待は一番嫌なパターンに当たる事になった。

 

「38対120で、秀徳高校の勝利!」

 

 審判の宣言の後、両校の選手の礼が爽やかに響く。こっちの試合自体は圧勝だった。

 緑間だけでなく俺も高尾も第2Qで交代したから、実際には大坪主将や三年の上級生が中心にボコボコにした訳だが。緑間も緑間だけど、この部は上級生も含めて普通に全員が容赦ねえ。

 王者の貫禄を漂わせて帰ってきた大坪主将以下先輩方に礼をして、俺達も休憩に入る。

 って、話はそこじゃない。

 ベンチでぼんやり試合経過を眺めていたら、気付けば隣のコートでとんでもない番狂わせが起きた。

 誠凛が正邦に勝っていた。

 かなり僅差だったようで、タイムアップと共に誠凛のスタメンがコート内で集まり、歓声をげているのが見えた。いや、まだ準決勝だろ。何だよ、あの決勝みたいな盛り上がりは。

 

 そして最悪な展開になってしまった。

 これで決勝の相手は火神だ。やりづらい。家主と居候という意味で。

 

「あれ? 雪野さん、何か疲れてます?」

「あーうん……いや、さすがに連続で試合は少しね」

「ぶはっ! そうっスね! 俺達どんだけバスケ好きなんだっつーの」

 

 左隣にいた高尾が、また訳も分からず噴き出した。いいよなこいつは、何も悩みが無さそうで。

 高尾の更に左隣に座っていた緑間は、何を考えているか分からない顔で、誠凛のいるコートを見つめていた。その口元がちょっと笑ったような気がしたのは、俺の目の錯覚だろうか。

 

 

 

 

 

 

 大会運営ってのはとことん機械的で淡々と進むものだから、敗者がいようと誰がいようと関係無い。勝者側の俺達もとっととコートを追い出されて、決勝開始時間まで控室に一旦戻った。

 さっき試合に出ていた三年がストレッチをしたり、エネルギーを補給したり、各々疲労回復に充てる。

 俺もそこまで動いていなかったから身体的な疲労は問題無い。問題なのは……とりあえず今は精神面の方がしんどかった。

 

「すいません、ちょっとトイレに行ってきます」

「あっ、じゃあ俺も!」

 

 何でだよ。

 一人になりたい気分だったのに、何故か高尾もついてきた。お前は緑間とセットじゃなかったのか。

 その緑間はベンチに腰掛けたまま、自分の左手の指を見つめている。意味分からん。

 

「……けどびっくりでしたねー。マジで誠凛が来るなんて」

「本当にね」

 

 手を洗いながら、高尾の言葉には心から同意した。

 正直誠凛が勝てるなんて思ってなかったから、最初はあのスコアが間違ってんのかと思った。こればっかりは大坪主将や、他の三年も同じ意見だろう。

 

「まっ、俺としては決勝で当たる方がいいスけどね。

 これであいつともちゃんとやり合えるし」

「……あいつ? 誰か知り合いでもいるの?」

「ほら、真ちゃんと同中の……よっ」

 

 最後の声は、俺に向けられたものじゃ無かった。

 つーか、誰に言ってんだ? 

 その時丁度、同じようにトイレにきたらしい他校生の姿が鏡越しに見えた。というかジャージからして誠凛生だ。けど俺と同い年くらいに見えるし、まさかこいつに言った訳じゃないだろう。

 

「って……うわっ!? ……何だ、黒子君か。そうならそうと言ってよ……」

「ぶはっ! い、いやすんません。雪野さんがそんなビビるなんて思わなくて」

 

 宮地じゃねーけど、高尾の爆笑に殺意が沸いたのは初めてだ。

 猫のような口の誠凛生と一緒にいたのは黒子テツヤ、緑間とは同中で元チームメイトの一年だった。そして影が薄過ぎて自動ドアに阻まれるなんて、コントみてーな事をやらかした奴。

 

 黒子も高尾と一瞬目が合ったようだが、意表をつかれたのか、特に返答はしてこなかった。

 水晶みたいに透き通った目が、ちらっと俺の事も見る。

 それにしてもいつ会っても仏頂面っつーか、表情が無い奴だ。

 

「あれ? 先輩達も連れションっすか~? 次の試合、よろしくでっス!」

 

 テンションが高いんだか挑発してるんだか分からない台詞を残して、高尾は出た。

「あ、ああ」と二年らしき誠凛生が戸惑っている。

 

「それじゃ、またね」

 

 幽霊少年にも別れを告げて、俺もさっさとその場を去った。

 出来る事なら、もうこいつらと再会したくないものだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 

 

 決勝開始時間、数分前。

 体育会系は円陣を組んで気合を入れるのが恒例だけど、秀徳もその辺りは例外じゃない。

 入部してから今まで何回とやらされてきたが、こういうノリは永遠に慣れねえ。つーか緑間もしっかり加わってるのがすげー絵面に違和感がある。こいつ、こういう事は意外とちゃんとやるんだな。

 

 「正直…ここまで誠凛が勝ち上がって来ると予想していた者は少ないだろう。北の王者の敗退は番狂わせという他無い。

 …だがそれだけの事だ。秀徳(ウチ)にとっては何も変わらん。

 相手が虎であろうと兎であろうと、獅子のする事はただ一つ。

 全力で叩き潰すのみだ!いつも通り、勝つのみ!」

 「おう!!」

 

 大坪主将の一声を皮切りにして、スタメンもそれぞれコートに向かう。

 決勝戦だからもう会場には俺達と相手校の二校しか揃っていない。準決勝の時よりも少しコートが広く感じられた。観客もざわつきを潜めているようで、試合前の無音が余計に際立っている。

 

 誠凛のスタメン側に、やはりというか火神がいるのを発見した。

 あーやっぱり俺この試合ベンチにしてくれねーかな……とか思っていたら、火神とは何故か目も合わなかった。てっきりまた、緑間に喧嘩でも売りにくるのかと予想していたのに、しおらしいくらいに落ち着いている。

 え? 流石に決勝だから緊張してるのか? 

 

「まさか本当に勝ち上がってくるとは思わなかったのだよ。

 だがここまでだ。どんな弱小校や無名校でも、皆で力を合わせれば戦える。そんなものは幻想なのだよ」

「ちょっと、緑間君」

 

 そしたら今度は、緑間が黒子相手に喧嘩を売っていた。

 あーもう! 何で今の一年はどいつもこいつも喧嘩っ早いんだよ! 

 

「来い。お前の選択がいかに愚かか教えてやろう」

「……人生の選択で何が正しいかなんて誰にも分かりませんし、

 そんな理由で選んだ訳ではありません」

 

 緑間がどこぞの悪役じみた台詞を叩きつけた所で、黒子は静かに反論した。

 

「それに一つ反論させてもらえば、誠凛は決して弱くはありません。

 負けません。絶対に」

「…………」

 

 すげーな、あの緑間に真正面から睨み返してる。

 いや、黒子は別に睨んでないのか。こんな時でも目つきどころか表情にも全く変化は無かった。緑間はきまり悪そうに黙り込むと、踵を返して秀徳の列に戻っていった。

 

 人生の選択、ね。

 あんまり聞きたくない言葉だ。ゲームみたいに最初から選択肢と結末が分かってるなら、間違える事も無いんだろうけどな。

 

 そうこうしている内に、試合開始時間になった。

 秀徳、誠凛の2チームが整列して、決勝開始の号令が鳴る。

 

 ──泣いても笑っても、40分後には全てが決まってしまう訳だ。

 IH(インターハイ)予選の勝者も、あとは俺の今後の住処も。

 後者の方が俺としては切実なんだが、ここまで来たら腹を括るしかない。もう、なるようになれだ。

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 ティップ・オフ

 開始はまず誠凛ボールに渡った。

 そしてどういう因果か、俺はいきなり黒子のマークについている。あんまり会いたくないって思った傍からこれかよ……。何考えてるか分かんねーし、小さいし影薄いし、マークしづらくて仕方ない……って居ない!? 

 

 すぐ背後にいた筈の黒子は、いつの間にか姿が消えていた。

 すると誠凛のPG(ポイントガード)が黒子にパスを回し、黒子がその軌道を切り替えて一瞬で火神にボールを繋ぐ。

 火神はそのままボールの勢いを殺さず、ゴールに叩きこみにいく。アリウープだ。

 でかい図体の癖に、よく跳ぶ奴だ。

 

「やったー! 先取……」

 

 誠凛のベンチから歓声が起こった──―が、それはすぐ驚愕の声に変わった。

 素早く回り込んだ緑間が、火神のシュートを阻んだのだ。

 

「全く……心外なのだよ。その程度で出し抜いたつもりか?」

 

 失望したような緑間の言葉に対して、火神が屈辱に呻く声が聞こえる。

 (センター)やっててもおかしくない長身なんだから、あのシュート止めるくらい訳無いだろう。まあ、それを差し引いても緑間のバスケセンスが3P以外もデタラメなんだけどな。「キセキの世代」は色々反則過ぎると思う。

 

 ボールはそのまま高尾が受け取り、即座にペネトレイトに入る。

 が、誠凛のPGにディフェンスされる。すると慌てるどころか、口元に楽しんでるような笑みを浮かべた。なーんか企んでるな、あの顔は。

 予想通り、高尾は背中越しにノールックで俺にパスを寄越してきた。

 そのパス捌きに、誠凛のPGが一瞬驚いたように見えた。

 

 今、自陣はフリーだ。邪魔も無い。軽く跳んでシュートモーションに入る。

 

「させっかよ!」

 

 と、あの距離から追い付いてきたらしい。誠凛の4番がシュートを防ごうとする。

 咄嗟に滞空中にボールを持ち変えてディフェンスを躱し、放った。一拍遅れて、ネットが揺れる音がする。

 

「決まった──!」

「先制点は秀徳だー!」

 

 ギャラリーの大袈裟な騒ぎとは対照的に、コート内はまだ静かな緊張感が張りつめていた。

 先取点を取られた誠凛が、一本取り返して流れを掴もうとOF(オフェンス)に勢いが増し、秀徳は逆にそれを阻もうとする。

 

 均衡状態に入りかけたが、やっぱり地力の強さで比べれば秀徳が上だ。

 誠凛の4番であり、SG(シューティングガード)が投げたシュートはリングに当たって外れた。

 間髪入れず、大坪主将がリバウンドを取る。

 

「速攻!!」

 

 受け取った高尾が目の前の4番を阻みつつ進み、再びノールックで左後方にパスを出す。

 鷹の目(ホークアイ)ってのは便利なもんだな。後ろにもう一つ目があるんじゃねーのか。

 ボールは緑間の手に渡った。そして何の躊躇いも無く3Pを打つ。

 

 予定調和のようにシュートはゴールをくぐった。

 緑間は打った途中から、もう自陣に戻り出している。ゴール下に居なきゃならない俺達の身にもなれよ。

(誠凜)0対5(秀徳)。

 バスケに流れってものがあるとするなら、それは確実に秀徳にきていた。

 

 ──―コートの端から端を、高速のパスが縦断したのは次の瞬間だった。

 

 緑間の顔のすぐ真横を突風がすり抜けた。

 それがパスだと分かったのは、緑間の更に後方、ゴール下で受け取った火神が、そのままシュートを決めたからだ。

 

「すいません。そう簡単に第1Qを獲られると、困ります」

 

 緑間の3Pへの意趣返しのように言ったのは黒子だった。

 って、え!? 

 今の訳分かんねー剛速球をこいつが打ったのか? こんな箸より重いもの持てないようなひょろっこい奴が!? 

 大坪主将も高尾達も、流石に今の超長距離パスには驚きを隠せないでいる。つーか普通はあんなパス思い付いても誰もやらねえ。さらっと受け止める火神も何者だよ。

 

 緑間の同中、いや「キセキの世代」のお仲間は訳の分からない奴ばっかりだ。

 ……しかも、こいつ大人しそうな顔して結構ちゃっかりしてるな。

 あんな超速攻をカウンターでやられたら、これからシュートを打つ時にトラウマもんだ。緑間みたいな滞空時間が長いシュートは余計にいい餌食だろう。

 まあ俺達も自陣に戻ってディフェンスすれば解決する問題なんだけど……それは無理だからな、うん。

 

 緑間もあのパスを見て攻めあぐねたのか、ボールを持っても今度はシュートを打たなかった。その辺の見切りは冷静な奴だ。

 歯がゆそうな緑間とは逆に、パスを受けた高尾はあくまで余裕のままだ。

 今までの対戦校でダブルチームを仕掛けたりアウトサイドを捨てたりして、緑間対策をやってきた連中もいたけど、確かにこのパターンは始めてだ。だからって慌てる話でもないが。

 

 高尾は鷹の目をフルに活かしてディフェンスを躱し、大坪主将にパスを出す。ダンクが決まり、2点加算。緑間がダメでも他に回せば済む話だから、PGの高尾に選択肢は残っている。

 問題は相変わらず黒子だった。

 俺もマークについてはいたが、こいつが本当に何をどうしても見失う。

 気が付くと居なくなっていて、どこからともなく現れて誠凛側のパスの中継役になっていた。そしてそれが絶妙なタイミングのアシストなもんだから、誠凜の攻撃に勢いをかけている。

 成程、こういう事か。

 あんな貧弱そうな体格でどうやって試合でやってくつもりだよ、と思っていたけど、パス特化の選手って訳か。影の薄さを武器にしてくるのは予想の斜め上過ぎるけど。

 それにしても……パスに能力を全振りし過ぎだろ。透明人間か幽霊を相手にしてるみたいな気分になってきた。

 

 その時、天の助けならぬ監督の一声が掛かった。

 

「おーい。雪野、高尾、マーク交代。高尾、11番につけ」

 

 その采配に感謝して、高尾と代わる。俺にこいつはミスマッチだ。

 高尾は何故か黒子に対抗意識を燃やしていたようだから、釣り目が好戦的に輝いていた。

 俺からすれば、共通点がパサーって所くらいで、他は対極もいいとこだと思うんだが。

 

 高尾に黒子。

 緑間に火神。

 偶然なのか必然なのか、結局は一年同士で対決する事になるのか。

 

「……黒子はそう簡単に封じられるような奴じゃねーぞ? 何考えてんだ」

「さあね、僕には何とも。その内分かるんじゃない?」

 

 敵にべらべら言うのも何なので、空とぼけてみせる。

 すると誠凛の4番の眉間に青筋が浮かんだような気がしたが、気のせいだと思っておいた。

 この4番からも、去年の決勝リーグ以来すごい敵意向けられてる気がするんだよなあ。トリプルスコアの恨みは根深いのか知らねーけど、俺以外にもスタメンはいるんだから、そっちに矛先を向けてほしい。

 

 試合が進む中、高尾がマークについた効果はすぐ発揮された。

 ゴール下、黒子が4番に繋ぎかけたボールを、直前で高尾がブロックしたのだ。

 誠凛側に一瞬の驚愕と動揺が走る。

 こぼれたボールは宮地が拾い、そのままシュートを決めた。誠凛側がすぐさまタイムアウトを取ったのは、秀徳にも予想出来る流れだった。

 

 

 

 

 

 タイムアウト中、俺達は各々疲労回復に努めていた。

 一方で、誠凛側のベンチには困惑が広がっているのが遠目にも分かる。

 そりゃそうだ。俺だって、いや多分秀徳のスタメンは高尾以外黒子の姿を捉えられてない。この時に限って言えば、高尾は緑間より異常な存在に見えるだろう。

 

「あーらら、誠凛困っちゃったね~」

「気を抜くな。奴はこれで終わるような男ではない」

「大丈夫だって! 影の薄さ取ったら只の雑魚っしょ?」

 

 軽く言う高尾に対して、緑間は諫めるように告げた。

 

「……俺が黒子の事を何故気にくわないか分かるか? 

 それは黒子の事を…………認めているからだ」

 

 聞くともなしに聞こえた二人の会話に、少し驚かされた。

 

「身体能力で優れている所は一つも無い。一人では何も出来ない。

 にもかかわらず帝光で俺達と同じユニフォームを着て、チームを勝利に導いた。

 あいつの強さは俺達とは全く違う、異質の強さなのだよ」

 

 緑間が他人を褒めている……? 

 あの、唯我独尊で我が道を行って、3Pとおは朝しか興味の無い緑間が。

 

「……何ですか、雪野さん」

「……いや、てっきり緑間君、黒子君の事嫌いなのかと思ってたから、ちょっと驚いて」

「別に好きではありません。ただ気にくわないだけです。

 俺の認めた男が力を活かしきれないチームで望んで埋もれようとしているのですから」

 

 つまり嫌いじゃないって事だよな。

 緑間語はひねくれ過ぎてて俺には理解出来ない。

 

「だが俺も負ける訳にはいきません。タイムアウト後からは本気でいきます」

 

 

 

 

 

 

 タイムアウト後、誠凛がどう出てくるかと思ったが、マークに変わりは無かった。

 緑間に火神、高尾に黒子。

 俺は誠凛の小柄なPGについている。ふと思ったが、こいつも高尾程じゃねーけどパスの捌き方が上手い。あんな影の薄い奴を見失わずにパス出せてるんだから大した話だ。

 もしかしてこいつも、高尾と同じ系統の視野を持ってるのかもしれない。

 

 けどやっぱり、鷹の目の視野の広さの方が優っていた。

 高尾が黒子のパスを巧みにスティールし、中継を断ち切るおかげで、誠凛側の連携プレーは沈黙している。

 誠凛の攻撃の要が黒子のパスなら、これでもう手段が潰れたも同然だ。

 

「くそっ……」

「何をぼっーとしているのだよ。ここからは本気で行く、もっと必死に守れよ」

 

 冷徹に宣言しながら、緑間はボールを保ちつつ下がった。

 3Pラインの更に外側―――センターラインまで。

 

 その位置に、火神の顔色が変わる。

 

 

「俺のシュート範囲(レンジ)は、そんな手前ではないのだよ」

 

 

 緑間がシュートを放った。

 コートの半面から放たれた軌道は美しい弧を描いて、やはり全くぶれずにゴールに入った。

 会場中がそのシュートに沸く。

 ハーフコートから平然と3P打つ奴なんて居ないだろうからな……。

 

 その滞空の合間に、緑間はゴール下に戻っていた。こいつも隙が無い奴だ。

 いくら火神達が得点しても秀徳は緑間が3点必ず入れる。2点と3点。まあアホみたいな理屈だけど、シンプルな理論だ。単純に差は開いてくる。

 

 すると火神が3Pを打った。は? 

 けど俺から見ても明らかに外れそうな軌道だ。自棄になってるのか知らねーけどなんのつもりだ。

 が、リバウンドを取る事は叶わなかった。

 既に走っていた火神がアリウープを仕掛け、こぼれたボールをリングに叩きこんだのだ。

 最初っから外れる事は計算済かよ。けど力技過ぎ……っていうか派手過ぎる。

 

「動きが派手なだけだ! オタオタするな!!」

 

 大坪主将が俺達に一喝し、2点返した。

 これで11対18。秀徳がまだ7点リード。

 

 残り13秒足らず。誠凛側からすれば、あと1本取ってゴール差を縮めてこようとする筈だ。

 

 ボールを手にしたのは誠凛の4番だった。

 そして全く臆さずに3Pを決めた。プレッシャーがかかるこの局面で、よく入れるもんだ。何か打つ寸前に妙な言葉を叫んでた気がするけど。

 柄にもなく素直に感心していたが、次に緑間にボールが渡った事で、俺は誠凛に同情した。

 

「いいシュートなのだよ、人事を尽くしているのがよく分かった。

 だが……すまないな」

 

 緑間がシュートモーションに入る。

 

 コートの最も端──―エンドラインから。

 

 一瞬の静寂の後、緑間はシュートを放った。

 この試合中、恐らく最も高い弾道を描いて放たれたシュートは、やはり一寸の狂いも無い精度でゴールに入る。

 火神も黒子も、誠凛側の人間は全員が言葉を失って、微かに揺れるネットを呆然と見つめている。

 

 

「そんな手前では無いと言ったのだよ。俺のシュート範囲は、コート全てだ」

 

 

 第1Q終了のブザーが、同時に鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 インターバルの最中、俺達と誠凛は全く違う種類の沈黙に包まれていた。

 俺達は単に体力維持の為に口数を減らしていたが、片や誠凛は、まるでお通夜みたいな暗さだ。

 あんなシュート見せられたらそうなるよな。

 

 緑間がエンドラインからの超長距離シュートを俺達に見せたのは、練習試合で一度だけだ。

 あの時は相手校以上に、俺達の方が何が起きてるのか分からなかった。高尾だけは前に知っていたのか、試合後に爆笑して緑間を茶化していたけど。

 思わず緑間に「何であんな所から打ったの……?」と訊ねて「より遠くから打った方が止められないからです」って大真面目に答えられたのが懐かしい。

 確かにコートの端から打たれたらディフェンスしようがないけど……バスケってそんなスポーツだったか? 緑間のプレイを見ていると俺の中にあったバスケの常識が粉々になっていく。

 

 でも慣れって怖えーな。

 そんなデタラメシュートでも3点得点出来て、かつ敵チームのメンタルもへし折ってんだから、これで勝ちは決まったって思ってる自分が怖い。

 誠凛側のベンチに、落ち込んでる様子の赤毛が見える。

 ……ごめんな火神。俺が勝っても家から追い出さないでくれるとありがたい。

 

「まあー多分ねー、あちらさんは何とか緑間止めにくるよねー。

 いくつかパターンはあるけど、どうしようかねー」

「監督、第2Q俺に全部ボール下さい」

 

 と、また緑間が空気の読めない発言をした。

 ピシリッ、とその場に亀裂が入ったような音がする。

 

「監督ー、こいつ轢いてもいい?」

「……宮地、軽トラなら貸すぞ?」

 

 宮地が黒い笑顔で訊ね、俺達にタオルを持ってきていた木村が気遣うように言った。

 

「ギャハハッ!! どんだけ唯我独尊だよ! マジ好き! そーいうの!」

 

 この状況を笑い飛ばせる高尾のそういう所は嫌いじゃない。

 ツボに入ったのか面白がって緑間の背中を叩いている。本当すごいなお前、怖いもん無しか。

 

「どんな手で来ようが……全て俺が叩き潰す」

「うーん……」

「……いいんじゃないですか? 監督。緑間君に任せてみましょうよ」

 

 別に何か考えがあった訳じゃない。

 何となく言ってみたら、監督と大坪主将の目線が俺に集中した。ついでに言うと緑間まで驚いたように俺を見た。いや大した事言ってねーから、そんなに見るな。

 

「……ふむ、どうして雪野はそう思うんだ?」

「いや、えっーと、誠凛は何だか勢いに乗らせると怖そうですし、緑間君の3Pで確実に得点出来る内に引き離していた方がいいと思うんですけど?」

「成程」

 

 何でここで俺の意見なんか求めるんだよ。ますます先輩方の機嫌が悪くなるだけだろう。

 が、監督は何を思ったのか、最終的には判断した。

 

「よし、緑間の今日のワガママ1回目で手を打とう」

「マジすか監督!?」

 

 宮地はやはり不満そうだった。

 大坪主将も緑間に対して、鼓舞なのか脅しなのか分からない言葉をかけている。つーか緑間、毎回ビビるくらいならあんな喧嘩売るような言い方すんなよ……。

 

 ミーティングかどうか曖昧な時間が終わり、俺達はコートに戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第2Qは、やはり誠凛側から仕掛けてきた。

 ボールを持った緑間の前に立ちはだかったのは、何と黒子だ。

 

「……え?」

 

 こいつ、ディフェンスも出来るのか? 

 ずっとサポートに回ってるからパス特化の選手かと思っていたけど。

 それでも緑間と黒子じゃ体格差からして勝負にならない。

 

「その程度の奇策で怯むと思うか!」

 

 緑間は構わず黒子を左から抜く。強引な奴だ。

 ──―高尾がスクリーンをかけて黒子を止めたのは、それと同時だった。

 そのタイミングで防がなければ、緑間がバックチップを仕掛けられてボールを獲られていたかもしれない。

 

 ったく、見逃すつもりはなかったのに、気付いたら黒子がまた視界から消えてる。どういう原理なんだよ。

 

 続いて緑間に対峙したのは火神だ。けれど緑間はドライブで切り込む、と見せかけてシュート。そのチェンジの速さに火神は追い付いていない。

 

 今度は誠凛の8番から火神にボールが渡った。

 当然だろうな。攻撃の要になってんのは黒子のパスだろうけど、得点源(スコアラー)は火神だ。

 緑間がディフェンスにかかったが、火神はあらぬ方向にパスを出した。

 その先にいたのは黒子だ。──―けどボールは渡らなかった。黒子と火神の間に入り込んだ高尾が、ボールの軌道を変えたのだ。

 バシィッ! という音と共にボールがバウンドし、緑間が即座にそれをリリースする。

 

「おおお来た!! 緑間2連続!」

「マジで落ちねえ! どうなってんだあのシュート!」

「秀徳! 秀徳! 秀徳! 秀徳!」

 

 観客の歓声と共に、秀徳側のベンチから応援の声が混ざる。

 点差はこれで14対26。

 

 今までの対戦校だったら、第2Q辺りから戦意喪失するタイミングだけど、誠凛は随分辛抱強いチームだ。ついさっきエンドラインシュートなんて見せられといて、まだ諦めてる様子は見えない。

 

「伊月! あいつらにばっか頼ってねーで俺らも攻めるぞ!」

 

 誠凛の4番がPGに発破をかけた。

 そういえば、今更思い出してきた。

 去年の決勝リーグでこいつらと対戦した時も、もっと絶望的な点差になったのにこの4番もPGも最後まで必死に食らい付いてきたんだっけな。

 

 俺がマークについているPG──伊月とか呼ばれていたか──は、やっぱり高尾と同じ系統の「目」があるらしい。

 パスを出す前に、視線の動きや予備動作が無い。どこまで見えてるか知らねーけど、俺より視野が広い事は確かだ。

 まあ、それでも今の状況だと関係無いけどな。

 伊月がノールックで右前方に出したパスをカットし、そのままペネトレイトする。

 

「なっ!?」

 

 カットされると思ってなかったのか、驚く声が聞こえた。

 いや、多分普通なら俺も取れなかっただろうけどな。

 誠凛が1点でも点を取り返したいこの状況なら、SGの4番に回すしかねーから、最初から構えてただけだ。半分くらいは勘だけど。

 

 火神が即座に反応してきたが、あいにくお前とやり合う気はねーよ。

 ボールは左にいた緑間にパスしてやった。

 

「どう足掻こうと無駄なのだよ。

 何をしようと、俺のシュートは止められない」

 

 緑間がシュートモーションに入ると同時に火神も跳んだ。

 けどブロックするには高さが足りていない。いくら跳んだ所で、元々の打点が高い緑間に届くのは無理だ。

 ……それでも、今の一瞬、火神の指先がボールに触れるんじゃないかと思った。

 いや、いくらなんでも、まさかな。

 

 三連続得点。

 これで点は14対29。観客が沸く様子とは裏腹に、誠凛側のベンチには不穏な空気が漂っていく。

 

「すげーすげー!」

「はははっ、やっぱ終わったらあいつ轢くわ。木村に軽トラ借りてぜってー轢く」

 

 そしてこっちも、無邪気に称賛してる高尾とは逆に、宮地の緑間への殺意も濃厚になっている。俺にとばっちりが来なきゃいいけど。

 

 勝負は見えたか、と思い始めていた。

 黒子のパスは高尾のおかげで完封しているし、緑間のシュートは誠凛で一番馬力のありそうな火神でも止められない。他の面子は、去年俺や大坪主将達がボコボコにした連中ばかりだ。

 いくら試合は何が起こるか分からないっつっても、限度がある。後はもう、秀徳が一方的に点を取る流れだろう。

 

 ふと、コートの中央で棒立ちになっている火神が目に入った。

 緑間のデタラメシュートに落ち込んでいるのか、それとも自分を責めてるのか、その後ろ姿からは分からない。

 予想はしていたけどこんな展開になってしまった。試合が終わった後でどう顔を合わせりゃいいんだよ…。何か恨み言とか言われても嫌だな。

 すると、俺の視線に気づいた訳じゃないだろうが、いきなり火神が振り返った。

 

 

 俺の予想は全て外れていた。

 振り返った火神は、落ち込んでも悲しんでもいなかった。

 

 野生の獣のように、獰猛に、荒々しく、笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――

 

 

 

 秀徳高校スターティングメンバー

 

 大坪泰介(三年) C 198㎝

 宮地清志(三年) SF191㎝

 雪野瑛 (二年) PF 183㎝

 緑間真太郎(一年)SG 195㎝

 高尾和成 (一年)PG 176㎝

 

 

 

 

 

 誠凛高校スターティングメンバー

 

 水戸部凛之助(二年) C 186㎝

 黒子テツヤ(一年) ?? 168㎝

 火神大我 (一年) PF 190㎝

 日向順平(二年)SG 178㎝

 伊月俊 (二年)PG 174㎝

 

 

 

 

 

 

 

 


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