黒と銀の巡る道   作:茉莉亜

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9.『おは朝占い、本日の1位は蟹座のあなた』

 

 

 

 

 日本に来てからしばらく、一人住まいだった俺の家がにぎやかになったのは、ある電話がきっかけだった。

 

 IH(インターハイ)予選の4・5回戦を勝ち抜いて、手足はくたくた、体力は空って状態で家に帰った。エネルギーを欲して腹の虫が大きく鳴っている。冷蔵庫には残り物しかなかったはずだけど、炒飯くらいなら作れるかな。

 携帯がいきなり鳴ったのはその時だ。

 

『あ! もしもし大我君? 久しぶり~元気にしてました? 聞きましたよーもう高校生なんですってねー大きくなりましたねーサーシャが話してましたよ』

「えっと……」

 

 電話越しにハイテンションでまくしたてられて、一瞬誰だか分かんなかった。

 普通にどっかのセールスかと思ったけど、何か、この声は聞き覚えがあった。

 

「…………もしかして、ダイスケ、さん? です、か?」

『そう! よく分かりましたね! 嬉しいです!』

 

 忘れるわけねーよ、あんたみたいな人は。

 マジで俺の知ってる「ダイスケさん」なんだとしたら、最後に会ったのはガキの頃、十年くらい前だ。アメリカでタツヤと一緒に毎日毎日飽きもせずアレックスにバスケを教わりに行っていた時、アレックスの主治医だーとか言っていつの間にかちゃっかりコートに加わっていたプラチナブロンドを思い出す。

 医者なんだか研究者なんだか、今でもあの人が何やってんのか分かんねーけど、とにかくすげー人だった。

 結構爺さんらしいのにバスケはすげー上手いし、物知りだし。

 

『実はサーシャの愛弟子と見込んで頼みがあるんですよ~私の家が冬までちょっと使えなくなってしまって、大我君の所で孫を預かってくれませんか?』

「What’s!?」

 

 あと、めちゃくちゃな人だった。

 

「おい、いきなりどういう事だよ! ですか!」

『大丈夫ですよ。歳は大我君と近いし、ちょっと引っ込み思案ですけど良い子だから、仲良くしてあげてくださいね~』

 

 それじゃ、と数年ぶりだっつーのに要件を言うだけ言って電話を切られた。

 やっぱりとんでもないセールスだった。

 

 と同時に、玄関のチャイムが鳴った。

 

 

「……すいません、雪野大輔の孫の(アキラ)といいます。祖父から話を……って、え?」

 

 

 俺よりもちょっと目線の低い位置で、真っ白な髪が挨拶してる。

 今日見たばっかのオレンジのジャージ。緑間のチームメイトが立っていた。

 

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 

 あの後、ダイスケさんから改めて連絡がきて、色々上手い事丸め込まれたよーな気がするけど、結局冬までこの「アキラさん」とかいう人をうちに泊める事になった。

 元々、親父と二人で住むつもりだったから余裕はあるし、今は一人暮らしみてーなもんだから、一人増えるくらい困る事はあんまり無い。……困るとしたら、俺達の事情だ。

 

 雪野瑛、さん。

 秀徳のPF(パワーフォワード)、二年だから一応先輩。雪みたいな真っ白な髪の毛に(キタコレ! って言葉が頭に浮かんだけどスルーした)、青っぽい目の色をした人だった。人種も何もかもごちゃまぜでアメリカでは色んな人間を見てきたけど、日本じゃほとんど黒髪黒目の奴ばっかりだったから、少し新鮮だった。(黒子とか緑間とか、まあ例外はいるけど)

 ダイスケさんにそっくりだったけど、何か雰囲気はタツヤにちょっと似てるかもしれねえ。coolそうな所とか? 

 

 アキラさん……雪野さんも(呼び方で困ってたら「呼びやすい方でいいよ」って言われた)俺の家に住んでる事はバスケ部には知られたくねーみたいで、誰にも話さないよう念を押された。ちょっとカジョーじゃないかってくらいに。

 俺だって緑間と同じチームの奴と住むなんて、すげー複雑な気分だったけど、ダイスケさんの頼みってなら仕方ない。あの人言い出したらそもそも聞かねーし。ちょっと自分中心に世界回ってるみたいに思ってるし。いや、良い人なのも知ってるけど! 

 

 変な共同生活が始まったわけだが、そんな面倒な事は起こらなかった。お互い、学校行って部活もやってると帰って来る時間はバラバラだし、さすがに飯は俺が出来るもので作ってるけど(雪野さんはそもそも包丁の使い方から知らなかった)、雪野さんが俺に対してすげー遠慮してくるっつーか、何かオーバーなくらい丁寧に接してくるもんだから、とりあえず喧嘩になるような事はなかった。

 緑間の先輩っていう割には、タイプが全然ちがうもんだ。先輩なんだし、もっと偉そうにしてくると思ってたのに。

 

 ギャップと言えば、この人が試合に出てた時の事もよく覚えてない。あんまり目立ってなかったし。

 緑間の3P以外で言えば、C(センター)のリバウンドの方が印象に残っていた。けど、カントクや主将(キャプテン)は話してた事を思い出す。

 

「大坪主将ね……また一段と力強くなってるわ」

「去年はあいつに雪野もいて、インサイドは丸っきり歯が立たなかったのにな……。今年は緑間までか」

 

 秀徳の選手から聞かされたけど、去年の決勝リーグで先輩達は三大王者にトリプルスコアでボコボコに負けたらしい。先輩達だって弱くはねえ。それは入部してから一緒にプレイしたり試合してきて、ちゃんと分かった事だ。

 雪野さんもそんなに強い相手なら、尚更燃えてきた。緑間の奴に好き勝手言われた分の借りを、俺だって返してない。先輩達のお返しなんて言うつもりはねーけど、全部まとめてぶっ潰してやるぜ。

 

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 

 IH予選最終日。

 準決勝、正邦との試合は勝った。つーか、俺は4F(ファール)もらっちまったから第2Qからベンチに下げられていた。言っておくけど、もらいたくてファール取ったわけじゃねえ。津川とかいう坊主頭がわざとやって……いや、言っても仕方ねえか。

 とにかく、俺と黒子は途中から温存ていう形になって、先輩達に試合は任せる事になった。

 これ言ったらキレられそうだけど、全く不安が無かったわけじゃない。

 温存とか備えとか言ったって、この試合に負けたら終わりなんだ。だったら、一番点取れる俺が強引にでも出た方が良いだろうと思っていた。

 俺の考えなんてお見通しなのか、黒子は試合を見守りながら俺の事もじっと目線で制してきた。あんまり睨むなよ。表情は変わらねー癖に、こいつ、目力? は結構迫力がある。

 

 そして俺が心配したような事にはならなかった。

 主将も伊月先輩も水戸部先輩もそれぞれ正邦に去年の借りを返して、きっちり勝利を持ち帰って来た。(トラブルがあって途中から黒子は試合に入ったけど。結局待たされたの俺だけじゃねーか!)

 試合が終わった時、カントクの目がちょっと潤んでるように見えた。俺達は全員が勝利の興奮に浸りながら控室に戻ったけど、俺は部屋に入ると同時に爆睡した。

 次の試合は秀徳だ。

 そういえば緑間だけじゃなくて雪野さんもいんのか。寝付きながら、そんな事を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決勝開始時間、数分前。

 俺達が円陣を組むと、中心にいた主将は気の抜けるような溜息を吐いた。

 

「いや~~~~~疲れた!」

 

 試合前にどんな掛け声だって話だけど、俺達は何も言わずに聞いている。

 

「今日はもう朝から憂鬱でさ~~二試合連続だし、王者だし、正邦とやってる時も倒してもあともう一試合あるとか考えるし……。

 ……けどあと一試合、もう次だの温存だのまどろっこしい事はもういんねー、

 気分スッキリ、やる事は一つだけだ!」

 

 きっと全員が分かっている事だった。

 そんで、俺もずっと溜め込んできた。

 

「ぶっ倒れるまで全部出しきれ!!」

「おう!!」

 

 主将の声を合図に、俺達はコートにそれぞれ入っていく。

 そこには相手になる秀徳のスタメンが揃っていた。

 早速緑間の野郎が黒子に何か話しかけている。相変わらず黒子以外は敵じゃねえってか。黄瀬の時もそうだったけど、「キセキの世代」ってのはとことん周りを認めねーのな。認めた奴以外のその他大勢はどうでもいいって態度が分かりやすい。

 その隣で雪野さんが不安そうに様子を伺ってるのが見える。流石にお互いのチームの話をした事はなかったけど、たまに聞く秀徳の様子から、緑間の扱いに相当困ってるのは知っていた。

 

「あれ? 挨拶は黒子君だけでいーのかよ? 火神は……」

「必要ない。あんな情けない試合をする奴と話す事など無いのだよ。

 もし言いたい事があるようならプレイで示せ」

 

 高尾とかいった秀徳のPG(ポイントガード)が訊くと、緑間は振り向きもせずに言った。

 言ってくれるぜ。

 

「同感だね……。思い出す度、自分に腹が立ってしょーがねー。

 フラストレーション溜まりまくりだよ。

 だから……早くやろうぜ、全部闘争心に変えてテメーを倒すために溜めてたんだ。

 もうこれ以上抑えらんねーよ」

「……何だと」

 

 ベラベラ言葉で語るのは俺もまどろっこしくて好きじゃねー。

 そっちがその気なら、お望み通り全力でぶっ潰してやる。

 

 緑間は微かに眉間に皺を寄せて、澄ました顔が不機嫌そうになった。雪野さんが一瞬こっちを見たような気がしたけど、気にしてはいられなかった。体中の全神経が、次の瞬間に始まる試合に集中していく。

 

 

 ティップ・オフ。

 ジャンプボールでは俺が競り勝ち、ボールは水戸部先輩に渡った。

 

 その瞬間、秀徳側もそれぞれDF(ディフェンス)について隙がない。水戸部先輩から伊月先輩にボールは周り、そして黒子に渡った。

 試合が始まると、どのタイミングで速攻をかけるか一本を取るかは打ち合わせなくても勘で判断出来る。特に黒子は点に繋がる最高のタイミングでパスをするから、俺も迷わずに動き出せた。

 

 黒子がボールを宙に飛ばし、俺がその勢いに乗せてアリウープする。

 ──けどゴールに叩きこむ直前、間に入った緑間がボールを思い切り弾いた。

 

「全く……心外なのだよ。その程度で出し抜いたつもりか?」

 

 こぼれたボールが秀徳側に渡る。緑間の蔑むような声が耳に届いて、悔しさが残った。

 驚いて一瞬、戻りの対応が遅れる。

 

 黄瀬とやった時の経験があったから、まさかブロックされるとは思ってなかった。

 こいつ、3Pだけじゃなくてディフェンスの反応も一流かよ。

 

 ボールは高尾から雪野さんに渡っていた。もう敵のゴール下に近い。

 主将がブロックしようとしたけれど、ダブルクラッチで躱されて2点の得点が入る。

 先制点を取られた。

 観客の騒ぎのせいで、その事実が俺達の胸にもひしひし刻まれていく。

 

「落ち着け! 取り返すぞ!」

 

 動揺しかけた俺達に対して主将が叫び、仕切り直す。

 また伊月先輩から今度は主将にボールが渡った。3Pが入れば流れは拮抗する。けど、打つ瞬間、秀徳の8番のディフェンスに防がれた。主将は強引に打ったけど、軌道が逸らされたのかボールはリングに当たって弾かれる。

 

 リバウンドを取ったのは、秀徳のCだ。(確か大坪って言っていた)

 そこから高尾にパスが回り、速攻をかけられる。俺達もすぐディフェンスに戻ったが、次にボールを手にしたのは緑間だった。

 緑間はそのまま顔色一つ変えずに、平然と3Pを打った。シュートが入る瞬間を見届ける事もなく、ディフェンスに戻ってやがる。くそっ、入るのは当然って事か。

 これで(誠凛)0対5(秀徳)。

 始まってから2分も経ってねーのに、最悪な流れだ。

 

「走ってて下さい」

 

 その時、耳元で通り抜けるような声が聞こえた。

 普段から黒子と連携をしてなきゃ、うっかり聞き逃してたかもしれねえ。

 

 けど、ここでその手を使うのか。

 自陣に戻っていた緑間の、更に後ろにまで俺は回り込むと、その瞬間に黒子から超長距離パスが飛び込んできた。そこそこ強いパスなのに、全然躊躇いがなくて気持ちいいくらいだ。

 今度こそ何も障害がないゴールに向かって、ダンクで決める。

 これで(誠凛)2対5(秀徳)。

 勝負はこれからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 黒子必殺の超長距離パスの効果は早速出ていた。

 次も秀徳は緑間にボールを回してきたが、さっきと違い、すぐに3Pを打たなかった。カントクが言ってた通り、あのパスを使ったカウンターを警戒している。

 

 どうやって緑間を封じるか、それが俺達がさんざん話し合った事の一つだった。

 そんなもん俺が正面からぶっ倒してやるって思ってたけど、カントクに「それだけで勝てたら苦労は無いのよ、バ火神!」って言われた。何で怒鳴られたんだ。

 

 黒子には雪野さんがマークについていた。けど、やっぱり見失ってるらしく、黒子はまた伊月先輩から水戸部先輩へパスを繋げている。そりゃあな、俺だって未だに黒子を見失ってばっかいるんだ。そんじょそこらのマークであいつは捉えられない事は実感してる。

 すると、秀徳がマークを変えた。

 黒子に雪野さんから、高尾にマークが交代する。

 今更何だってんだ? 見失うほど存在感ねーんだぞ、誰がついても同じだろ。

 

「どーゆーつもりだ? 高尾がいくら速ぇからって、そーゆー問題じゃねえぞ黒子は」

「黒子の力など百も承知だ。……すぐに分かるのだよ」

 

 教える気はねーってか。

 本っ当に癪に障る奴だな。

 

 緑間が3Pを打てない今の内に、点を取り返してやりたい。膠着状態に入りかけた時、ゴール下に近い位置で主将がフリーになった。

 しかし、バチィッ! という音と共に、弾かれたボールがコートに転がった。

 次の瞬間、黒子が主将に繋げようとしたパスが、高尾に防がれたのだと気が付く。

 

「黒子のパスが……!?」

 

 嘘だろ。

 きっと俺達もカントクも、全員が同じ思いになっていた。そしてその一瞬の隙をつかれて、また秀徳に得点を許してしまった。

 すぐにカントクがT・О(タイムアウト)を申請して、俺達は全員ベンチに戻った。この緊急事態を整理しないと、とても試合は続行出来ない。

 俺達全員の疑問に対して、真っ先に答えたのは伊月先輩だった。

 

「さっきの黒子のパスは失敗じゃない。

 多分、高尾も持っているんだ。俺の鷲の目(イーグル・アイ)と同じ……いや、視野の広さは俺より上の鷹の目(ホーク・アイ)を」

「なっ……!」

「黒子の持つミスディレクションは、黒子を見ようとする人間の視線を逸らす。

 けど鷹の目はコート全体を見る能力だ。黒子一人を見ようとはしていない。……つまり高尾には黒子のミスディレクションは効かない」

「おい、マジかよ」

「とんだ天敵がいたもんね」

 

 小金井先輩が顔色を変え、カントクが考え込むように顎に手を当てた。

 緑間が妙に余裕ぶってたのはこういう事か。隣に座ってる黒子も黙ったままだ。こいつは只でさえ影が薄いのに、黙ってられると居るんだか居ないんだかもっと分かんなくなる。こう見えて図太い奴だから、落ち込んじゃいねーと思うけど。

 

「おいまさか、お前このままやられっぱじゃねーだろーな」

「まあ……やっぱちょっと嫌です」

「ハッ、じゃーひとまず高尾は任せた」

 

 薄水色の頭をぐしゃぐしゃにしてやると、前髪の間から黒子と目が合った。

 考えてる事は同じみてーで安心したぜ。

 

「カントク、残り時間このまま行かせてくれませんか」

「えっ……火神君はともかく、高尾君にはミスディレクションは効かないのよ? 大丈夫なの?」

「大丈夫じゃないです。困りました」

「うん、そう……って、おい!」

 

 すっとぼけるみたいに言った黒子に、カントクもツッコむ。けど黒子はふざけてない、真面目に言っている。この状況でそんな事言えんだから、やっぱり図太いなお前。

 結局、黒子の謎の勢いに負けたのか、第1Qはそのまま出す事になった。

 黒子にばっかり頼ってられねえ、俺の方もまだアイサツしてねーんだ。折角ある新技も試してやりたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 タイムアウト後、黒子は高尾に、俺は緑間に変わらずついた。

 ボールマンの伊月先輩の正面には雪野さんがいる。伊月先輩から黒子を中継してパスが渡った。──―けど、主将に回る寸前で高尾にスティールされた。

 

 やっぱり見えてるのか。

 しかもさっきのディフェンス、俺から見てても雪野さんは全然防ぐ気が無かった。高尾にスティールさせる為に、わざと伊月先輩にパスを出させたって言うのかよ。

 

「何をぼーっとしているのだよ。ここからは本気でいく、もっと必死で守れよ」

 

 ボールは瞬く間に高尾から緑間に移る。

 緑間はセンターラインで足を止めると、シュートモーションに入った。

 

「俺のシュート範囲(レンジ)は、そんな手前ではないのだよ」

「なにっ……!?」

 

 何の躊躇いもなく打たれた3Pは、吸い込まれるようにゴールに命中した。

 ハーフコートから打ちやがった! 

 この距離から入るってどんだけデタラメなんだ、こいつは。

 

 俺達がその長距離シュートに目を奪われていた隙に、緑間はゴール下にまで戻っていた。

 あそこまで戻られたら、黒子のパスで後ろを取る事も出来ない。

 緑間はもう俺達の負けを決めつけるように言ってみせた。こいつのシュートは3点。俺達がカウンターを返しても2点。どれだけがんばっても差は埋まらない。

 ──―それでもごちゃごちゃ細かい事なんて、考えてられるか! 

 シュート範囲がどれだけ広くても、こいつが3点取るなら、それ以上に取り返してやるだけだ。

 

 次は俺にボールが回ってきた。正面には緑間がディフェンスを仕掛けてくる。

 その位置からノーフェイクで3Pを打った。

 緑間も、他の秀徳のスタメンも驚いた顔をしている。それだけでこの新技をやった甲斐はあった。

 

「そのまま入りゃそれでいーし、外れたら……自分でぶち込むからな!!」

 

 予想通りシュートはリングに引っかかって外れた。

 でも、寸前で受け止めて、アリウープに繋げる。バックボードが揺れて、勢いよくボールがネットをくぐった。

 

「ナイスです」

「…………」

「ナイスじゃないっスか!」

「伊月ほんとそれ、もー止めて、イラつくから」

 

 黒子と先輩達が思い思いに声をかけてくる。一部すごく気が抜ける言葉もあったけど。

 

 その後、主将が3Pを決めて差が詰まった。

 何か変な事叫んでたのは気のせいか? とにかくこれで第1Qは何とか巻き返せる。

 俺達のその安心は、次に緑間が打ったシュートでどん底まで落とされる事になった。

 

 緑間が次に3Pを決めたのはコートの端、エンドラインからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 第1、第2Qの20分なんてあっという間に終わり、俺達は控室に戻った。

 インターバルの間、控室ではカントクも先輩達も皆黙っていて、口を開こうとしていない。

 

 前半は秀徳に、というか緑間に一方的にやられる展開になったからだ。

 俺も頭の中では、さっきまでの緑間との接戦を思い出してばかりだった。

 只でさえ打点が高いのに、シュートモーションに入られたら止める隙が無い。どれだけ高く跳んでも、指先一つボールにはかすらなかった。

 俺達の遥か上空を飛んで、次々にゴールに入っては得点していくあのシュートが何度も蘇る。

 

「黒子、何してんの?」

「前半ビデオとっていてくれたそうなので。高尾君を」

「何か勝算あるの?」

「さあ」

 

 ビデオを見つめていた黒子に、伊月先輩が声をかける。

 けど黒子の反応は薄かった。振り向きもせずに、ビデオの映像をじっと眺めている。

 

「「勝ちたい」とは考えます。けど、「勝てるかどうか」とは考えた事は無いです」

 

 黒子は感情のこもってない声で淡々と言った。

 

「てゆーかもし100点差で負けてたとしても、残り1秒で隕石が相手ベンチに直撃するかもしれないじゃないですか。だから試合終了のブザーが鳴るまでは、とにかく自分の出来る事を全てやりたいです」

「いや!! 落ちねえよ!」

「隕石は落ちない! てかすごいな! その発想!」

 

 全員が色んな方向からツッコんだり、黒子の意見に乗ったり、控室はいきなり騒がしくなった。

 

 俺はその騒ぎに混ざる気分になれなかった。

 さっきの前半で緑間のシュートに手も足も出なかった事が引っかかっている。

 隕石がどうこうはともかく、黒子の言ってる事はこいつらしいと思った。確かにこいつなら、どんな絶望的な点差の試合になっても、途中で投げたり、自棄になったりしないだろう。

 けど、全力を尽くしたから満足しました、なんて終わり方はごめんだ。

 勝負するなら俺は勝ちたい。負けても満足するなんて、そんな事あり得ねえよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 後半は開始早々、また緑間にボールが渡った。

 シュートモーションに入られる。それと同時に、俺も跳んだ。

 ダメだ、高さが足りない。ボールには触れられず、3点が入る。このシュートを止めるにはもっと高く跳ばなくちゃならねえ。もっと、更に高く。

 

 小金井先輩がミドルシュートを打つ。2点返した。

 間を空けずに、高尾から緑間にパスが渡った。

 

 ────こんなに胸がざわつくようなワクワクするような奴等と戦うのは、日本に来てからだ。ずっと強ぇ奴とやらなきゃ物足りなかった。血が沸騰してるみてーに体中が熱い。

 けど試合やればそれで満足、負けてもがんばりました、で済むわけあるか。

 

 緑間にボールを渡したら終わりだ。こいつは必ず得点してくる。

 全身のバネを使って宙に跳んだ。

 それでもボールは指先に掠っただけで、シュートを許した。ボールはゴールリングをごろごろと転がり、数秒後、俺達が見守る中でネットをくぐった。

 

「……お前、星座は?」

 

 後ろにいた緑間が、いきなり訳分かんねー事を聞いてきた。

 

「? ……獅子座だよ」

「……全く、本当によく当たる占いなのだよ」

 

 何言ってるか分かんねーけど、おかげでちょっと見えてきたぜ。

 こいつのシュート、無敵ってわけじゃない。その隙を突ければ止められる。

 

 主将も3Pを入れたが、俺達の緊張は続いていた。

 点差は前半から開いたままだ、それなのに時間は砂が落ちるみてーになくなっていく。流れを変えるには緑間を止めるしかない。

 

 目の前にいる緑間の動作一つも見逃さねーように全神経を集中させて、壁になるように立ちはだかった。

 ギャラリーの声とか応援がやけに遠く聞こえる。先輩達がどのポジションについてるのかも今は頭から抜けていた。

 

「はっ、止められるかよ! 今は2対1だぜ!?」

「それでも止める! さんざ見せられたおかげで一つ見つけたぜ! テメーの弱点!!」

 

 高尾が割って入り、スクリーンして緑間へのマークを外してきた。

 その僅かな隙に緑間がシュート体勢に入る。──―打たせねえ! そう感じた瞬間、手足が勝手に動いていた。

 絶対に外れない緑間の無敵の3Pシュート。

 何度も目の前で打たれたおかげで気付いた。打つ前に、どうしたって余分なタメの時間が出る。それもゴールまでの距離が長けりゃ長い程に! 

 

 俺がボールに手を伸ばした時と、緑間がシュートを打ちかけた時はほとんど同時だった。

 今度こそはっきり、指先がボールの表面に触れた。

 ボールは宙に放たれて、ゴールに向かって緩やかな軌道を描く。でも、それはリングに当たって弾かれた。

 ベンチで一瞬の歓声が上がる。

 やっと止めたか、と思ったのに、Cの大坪が強引にボールを押し込んだ事で得点になった。

 けど今ので、ブロックのタイミングは完璧に掴んだ。次はもう、打たせない。

 

 伊月先輩から小金井先輩にパスが回る。

 しかしそれは大坪がカットして、高尾に渡った。

 さっきのリバウンドを見てから、大坪には小金井先輩達がダブルチームでついている。高尾は少し考えた風にすると、緑間にボールを渡した。

 ──―だからもう、打たせてたまるか! 

 タメは短かったが、タイミングを掴んだ分さっきよりも簡単にブロック出来た。両足のバネを使って思い切り跳び、緑間が手にしたボールを力任せに叩き落とす。

 ボールが落ちた後、緑間の澄ました顔がビビったみてーに固まってたのが見えた。この試合で始めて見た顔だと思った。

 

 こぼれたボールは伊月先輩が拾い、2点返す。

 これで(誠凛)34対50(秀徳)。

 

「うわああ! 今のすげえブロックだぞ!」

「誠凛、勢いに乗るか……!」

 

 今まで一方的に点を取られていたから、緑間を止めた事でギャラリーが騒ぐ。

 

「高尾、よこせ!」

「へ? でも、大坪さんにはダブルが!」

「構わん!」

 

 次に、ダブルチームしていた筈の大坪にパスを回された。

 体格だけなら緑間以上の東京屈指のC。

 大坪が水戸部先輩達の上から打とうとしたダンクを、更に跳んでその上からボールを弾いた。ファウルを一つ取られたが、ゴールを防げるんならどうでもよかった。緑間も他の奴等にも、正面から相手に出来るのは俺しかいない。

 

 さっきのブロックを警戒してんのか、緑間も3Pを打たずにディフェンスに回っていた。

 最大のチャンスがきた。

 ボールが回って来ればディフェンス出来ないくらい高く跳び、ゴールをぶっ壊す勢いでシュートした。俺の高さなら緑間も、秀徳の他のスタメンもブロック出来ない。

 ボールを取って、跳んで、シュート。ひたすら繰り返した。

 秀徳も点を取り返してきたけど、それ以上に点を取り返す。

 

「すげーな、ナイス火神!」

「もっとガンガンボールくんねーですか」

「え?」

 

 明るく褒めてくる小金井先輩の声が、今はやけにイライラして聞こえた。

 今は得点する事に集中したかった。

 

 秀徳の8番にボールが渡る。緑間のマークについていた俺とは距離があった。

 考えてる暇は無い。走り出して、シュートモーションに入ったボールを後ろから弾いた。

 主将がボールを拾い、俺に回す。──―が、ボールはその手に届かなかった。

 

 ボールをカットしたのは雪野さんだった。

 スティールする隙なんて無かったはずなのに、一体いつ!? 

 

 雪野さんはすぐさま体勢を立て直して、ジャンプシュートのモーションに入りかける。

 俺もすぐ左後ろに回り込み、ほとんど反射的にボールを叩き落とそうと手を伸ばしたけど、空振りになった。俺の反応を見るや、雪野さんはボールを下げて瞬時に8番にパスを渡していた。そして秀徳から2点が入る。

 単純なフェイクに引っかかった自分に対して、舌打ちが出る。

 

「……ねえ、火神君」

「あ?」

「余計な事かもしれないけど、あんまり無茶するのは止めた方がいいよ。そろそろ休んだら?」

 

 雪野さんの青い目が、気の毒そうに俺を見た。

(誠凛)45対58(秀徳)のスコアボードが視界の端に映る。その一言にすげーイラついた。

 

「何だそりゃ、諦めろって意味かよ。これくらいの点、俺一人でひっくり返してやれるぜ」

「いや、そーじゃなくて……だから僕が言いたいのはね」

 

 ごちゃごちゃ言ってきたけど、無視して試合に集中した。

 何だってんだ。散々、一緒に住んでる事は黙ってろだの、秘密にしとけだと口うるさく言っといて自分から話しかけてきてんじゃねーか。

 

 試合は続いていく。

 主将はすぐ俺にパスを寄越した。さっきの2点を取り返す為にも、俺は最大の力を振り絞って跳んだ。

 

「──―なっ!?」

「嘘だろ!?」

 

 そのシュートはまたゴールに届かなかった。

 俺と同じ──いやそれ以上の高さに跳んだ雪野さんが、シュート直前にボールを叩き落とした。雪野さんは音も無く着地して、白い髪がふわっと舞ったのが変にきれいだった。

 

 こぼれたボールを手にしたのは緑間だ。

 すぐにディフェンスに向かう。自分の息切れさえ今は鬱陶しかった。

 

「折角の忠告も聞かんとはバカな奴だ」

「何だと!?」

「……お前の力は認める。だが、ここまでと言う事だ」

 

 緑間がシュートモーションに入った。

 まだ3Pを打つつもりなんだろーが、やらせるものか。何度だって跳んで止めてやる。

 ──―けどその時、力を入れようとした両足が、コートに縫い止められたみたいに動かなくなった。

 

 跳ぶ事も、ブロックする事も出来ずにその場で固まっちまう。

 フリーになった緑間は容赦なく3Pを打った。すぐに秀徳に3点得点。眼鏡越しに、機械みてーな冷めた目が俺を見下ろした。

 

「悪いが……これが現実だ」

 

 両足の関節がハンマーで叩かれてるみたいに痛ぇ。体が重い。息が上がる。

 意識した瞬間に、ずっと考えないようにしてきた「現実」が体中を襲ってきた。

 体力の限界、俺の限界。

 その裏側にある一番見たくない現実を知りたくなくて、俺は体の痛みなんか無視して走り出した。

 

「うるせーよ!! この程度で負けてたまるか!!」

「火神待て!!」

 

 ボールを手にした瞬間、ゴールに向かって突っ込んだ。

 けど、ゴールめがけて跳んだ矢先にボールは叩き落とされる。

 

 ブロックしたのは、また雪野さんだった。

 何で……どうしてこの人は俺がシュートする位置が分かるみてーにブロック出来んだ。

 

 ボールは秀徳の8番に渡り、カウンターで得点された。

 第3Q終了のブザーが鳴る。

(誠凛)45対63(秀徳)。俺達は点差以上に疲れ切って、ベンチに戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「火神、熱くなり過ぎだ。もっと周り見ろよ」

「そうだ、それにさっきのは行く所じゃねーだろ! 一度戻して……」

「戻してパス回してどうすんだよ?」

「あ?」

 

 ベンチに戻るなり、主将達が色々言ってきたけど、今はそれが全部やかましかった。

 

「現状、秀徳と渡り合えるのは俺だけだろ。

 今、必要なのはチームプレーじゃねー。俺が点を取る事だ」

「おい、何だそれ! それと自己中は違うだろ!」

「大体、これからお前一人でどうやってやる気だよ。秀徳は緑間だけじゃないんだ、さっきも雪野に思い切り読まれてただろ」

 

 右から左から騒がれる。

 けど、俺が点取らなきゃ誰がやれるっつーんだ。

 

「うるせえな。俺がやんねーと他に誰が出来るんだよ。何でもいいから俺にボール回して

 ──―黒子?」

 

 と、いつの間にか目の前に立ってたのは、後半から交代してた黒子だった。

 もう結構慣れたけど、ビビるから急に出てくんなよ……。

 

 

 

 次の瞬間、俺は黒子に殴られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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