Fate/GRAND Zi-Order ーRemnant of Chronicleー   作:アナザーコゴエンベエ

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神へと返すレクイエム・ハンドトゥセーブ2008

 

 

 

 腰を落としてライドヘイセイバーを脇に構える。自分から斬り込むような姿勢ではないが、泰然とした待ちの構え。そんなジオウに対峙するスタークは相手の意図を読みかねるように訝しげに銃口を揺らし―――次の瞬間、ジオウがその場から消えた事に息を呑んだ。

 

「そういうことかよ!」

 

 スタークが振り向く。前方、左右、天井、彷徨わせた上で止まるのは滝のように蛇が溢れる天井の一角、その場に消えた瞬間と全く同じ姿勢で、ジオウが逆さまに立っていた。目を凝らし確認すれば、彼の足元には天井に突き立った無数の苦無の内のひとつがある。無論、鏡のように磨かれた見事な刃だ。

 

「なに―――?」

 

 天井に張り付いていたパライソが突然至近距離に現れたジオウに目を剥く。その間にもジオウの指はヘイセイバーのセレクターを回し、その剣に秘められた力を引き出す準備を終えていた。

 

〈ヘイ! ドライブ!〉

〈ドライブ! デュアルタイムブレーク!〉

 

 ジオウの踵が火花を散らし天井を焦がす。彼はその場で腕ごと剣を伸ばすと、振るうのではなく自分の体ごと回転させ始めた。まるで独楽のような動作に巻き込まれて刈られる黒い蛇たち。飛散する呪い蛇の肉片が土砂降りする。

 その直前に足場を蹴り、床へと飛び込むアサシン・パライソ。彼女は直上で芝刈りの如く繰り広げられる惨殺を見上げ、舌打ちした。

 

「チィ……ッ!」

「覚悟!」

 

 着地し、上を見上げるパライソの隙を衝くのは風魔小太郎。彼は即座に宝具で集わせる風魔忍群の影を数人のみ召喚すると、忍者刀を逆手に疾走した。

 目の前に降り注ぐは蛇の残骸、呪詛の雨。普通ではその中に身を投げるなど叶わぬところ、頭領に先んじて飛び込む影忍たちが小太郎が走るための傘になる。雨の止んだ道を得た小太郎の疾走は限界まで加速。擦れ違い様に刃をパライソの頸へと叩き込み、確かに斬り落とした。断たれた頭が体と無関係にぐらついて、そのままごろりと床に転がった。

 

「―――ク、カカ」

 

 だがその惨状の中、床へ落ちた頭が嗤う。頭部を失ってぐらりと揺れた少女の体がその場に踏み止まる。改めて動き出す骸は危うげなく腕を伸ばすと、長い黒髪をむんずと掴み頭と首を繋げるように元の位置に戻した。そのような処置で当然のように繋がる頭と首。

 パライソは首から流した血で体を濡らしつつ、何事も無かったように元に戻る。

 

 “宿業”。英霊剣豪と呼ばれし骸と魂をこの地に縛る呪詛。

 それを宿すが故に復元した忍は、血に塗れた顔で小太郎へと問いかける。

 

「覚悟、とは? よもや衆目に血化粧を晒す女に配慮してくれたわけか? 片腹痛いわ」

「…………」

 

 彼女が流した赤い血が、蛇の黒い血の雨によって流されていく。どす黒く染まったくノ一の嘲るような問いに対して、彼女を斬り捨てつつ雨の降る場所を抜けた小太郎は答えない。

 小太郎はただパライソを気にしつつ、むしろ天草四郎に対してより注意を向けている。パライソを殺せずとも妖術師を討ち取ればいいのだ。それは誰にでも分かる優先順位だった。

 

 小太郎が瞬時に苦無を抜き、天草に向かって投じる。牽制の意味合いだろうか、速度はあるが余裕で弾けそうな威力と見える。天草は眉を顰めつつも腰の剣に手をかけた。

 が、それを抜く前に銃撃が苦無に直撃してそれを木端微塵に消し飛ばす。

 

「オイ、妖術師様! 剣なんざ抜いてくれるなよ! 魔王がそっちに跳べるようになったら止められねェぞ! そこらに刺さってるクナイにも近づくな! 全部が中継地点だ!」

 

 天井への銃撃でジオウを弾き落としつつスタークが叫ぶ。小太郎が必要以上に飛び道具を天井や壁にバラ撒いたのは、全てジオウの移動範囲を広げるため。

 今のやり取りもその末に苦無でも剣でも抜き身の刃が天草の元に残れば、ジオウがミラーワールドを通してそこに跳べるようになっていた。

 

 天井から落とされたジオウが黒い血の海に着地し、激しく飛沫を飛ばした。本来は赤とマゼンタの鎧の表面に黒い返り血が流れる様は、正しく魔王然として見える。

 

「―――段蔵!」

「―――――」

 

 アナザーキバが動く、目標は当然ジオウ。指先を紅に染めて突き出す一撃。それはただの手刀ではなく、魔皇力によって形成した決殺の刃である。けして軽い攻撃ではないそれを、しかしジオウはライドヘイセイバーの刀身で危うげなく受け流すと同時に、がら空きの胴体へと向けてミドルキックを叩き込んでみせた。

 ジオウは反撃と共に周囲に気を配る。それはキバのしもべ三人への警戒だろう。何故かは分からないが、彼らはこの戦場にまだ姿を見せていない。

 

(どっかで様子見してるのかな?)

 

 彼らもまた目的の見えない勢力だ。必ずしもアナザーキバに従っているわけではない、という様子だが果たしてどうなのか。

 

 小太郎は今度こそそちらに意識を取られず、即座に天草に向かって走り出した。迫りくる小太郎に対し、天草は憎々し気に手を突き出す。

 

「リンボ! 貴様が彼奴の相手をせよ!」

「御意のままに」

 

 刹那の間だけ空間が撓み、そこから面妖としか言えない男が現れる。天草がそう呼んだ以上、彼がキャスター・リンボに間違いないだろう。彼は指に挟んだ呪符を間を置かず数枚投擲すると、それを以て己の前にしもべを繰り出した。

 顕れたのは半透明で黒く濁った浮遊する骸骨霊、かたちを得た霊障の類。それらは頭蓋骨をかたかた鳴らしながら小太郎の進路を塞ぐように展開する。しかしたかが霊障、降霊術においても最上位に位置づけられる英霊にかかれば壁ならずそよ風のようなものだ。

 

 忍者刀の刃が骸骨を裂く。その瞬間、叫ぶように頭蓋骨がガタガタと震えた。その様子、発生した影響に僅かに顔を顰める小太郎。続々と緩慢な動作ながら小太郎を目掛け集結してくる骸骨霊たち。舌打ちしつつ大きく後ろに跳び退り距離を取りつつ、小太郎はリンボを睨み据えた。

 

「魔力を奪うか……!」

「然り。元がたかが知性を亡くした低級霊であろうとも、怨念のひとつやふたつ抱えているもの。拙僧の手に掛かればそれを増幅し、サーヴァントから魔力を奪える強度に仕立てる程度、これこの通り。無論結果は今感じて頂いた通り……貴方のような相手から時間を稼ぐには、丁度都合が良い仕上がりでしょう」

 

 リンボが大きく腕を広げると、いつの間にか呪符が全ての指に挟まれている。それらが撒かれると、髑髏霊が更に増えていく。一つ一つの影響は小さいだろうが、全て相手にしていては魔力が目減りする。宝具を使い忍群で一斉に薙ぎ払っても、魔力を奪われる事には変わらないだろう。広範囲に及ぶ非接触攻撃を持たない小太郎が影響を最低限にするには投擲で削るより他にないが、それではリンボが霊を供給し続ければ千日手。相手の言う通りに相性の悪い壁だ。

 多少魔力を奪われようが燃費が悪くない小太郎であれば、そう問題になる話ではない。が、吸収された魔力がリンボに集うとなれば話は別だ。英霊剣豪の中でも異質、恐らくは妖術師天草と結託した黒幕側。あの男に魔力を少しでも与えるのは面白くない。

 

(仕留められるならば一命を賭す価値がある、が。あの手の者……まして手練れの陰陽師が、あのように本体を危機に晒すような動きをするものか……)

 

 仮に突撃して自分とリンボで相打ちになれるならば迷いなく死ねる。だがそう簡単に行くとも思えない。まだ天草を狙った方が相手への打撃になる可能性が高かろう。

 自然と視線がリンボの背に庇われた天草へと向かう。その視線にリンボは即座に反応した。

 

「おっと、お気を付けください妖術師殿。あの者の顔、拙僧を無視して動き、刺し違えてでも貴方様の頸を取る覚悟を決めた様子と見えます。魔王と呼ばれるマスターの事もあります故、この場に留まるのは少々危険かと」

「…………よかろう、この場は貴様に預ける」

「ルチフェロなりしサタンの名に懸け、必ずや」

 

 リンボがその指先で空中に五芒星を描く。その術の起動によって天草の足元から光が溢れ、彼の姿を消していく。何処かへの転移魔術。城外へ、という可能性はまず無いだろう。城を核にしたのだ。恐らくは天守こそが儀式の要地になっているのだろう。

 そこに向かうのであれば、結局この城を掌握して歪めているだろうリンボの打倒は必須か。

 

 その光景を離れて見ていた立香がコダマスイカを肩に乗せる。

 彼女はコダマが連絡を繋いだ先に向け、問いかけた。

 

「もしもし、そっちは今どうなってる?」

『はいもしもし、神蔵蓮太郎です! いつもお世話になっております! 非常に申し訳ないんですけれど、今ちょっと立て込んでおりまして! 手が空きましたらこちらから折り返しさせて頂きますので、お電話番号の確認を……!』

「サラリーマンだったの?」

 

 3秒ほどの静止。蓮太郎の言葉が途絶えた為、電話の向こうで稲妻が爆ぜている音がよく聞こえる。バリバリドカンと激しい破砕音、のみならず近距離で剣を打ち合うような金属音も合わせて聞こえた。

 そんな音を出しながら、蓮太郎はぽつりとこぼす。

 

『そうだったかも……?』

「ニンジャ・サラリーマン?」

『どっかの城とかに仕えてるニンジャはサラリーマンって言える、かも……?』

 

 一際強く刃の打ち合う音。それで相手と距離を離したのか、仮面ライダーシノビはこの連絡の意味の伝達を早急に求めてくる。

 

『それで、どういう状況なんだ。君は今……土気城、にいるのか?』

「そう。それでそこには天草四郎がいて、多分この儀式を最終段階にしようとしてる。外から城の天守とかに天草四郎が見えない?」

『天草四郎って、俺はその天草四郎の外見を知らないん―――いや、天守にひとり誰かがいる。他に誰も人間がいないんだからアイツか。けど悪い、こっちも手が空いてないんだ。こいつの相手が終わり次第、すぐに向かうつもりだけど……』

「そう、なんだ。分かった、ありがとう」

 

 コダマが通信を切る。シノビが動けないならば、誰かが動く必要があるだろう。

 立香は自分の手の甲に令呪がある手で、身に纏った魔術礼装(ドレス)に触れる。可能な手段として考えていなかったが、今ここでならチャレンジして失敗しても問題ない。駄目元でやってみる価値はある。

 

 意識を集中し、令呪の魔力を礼装に流し回転させるイメージをする。

 発動するのは簡易的なサーヴァント召喚のためのシステム。カルデアに接続し、そこに存在するサーヴァントの影を呼び出す仕組み。

 

 意識を集中して自分の精神に埋没する。自分の意識は真っ暗な部屋にいて、目の前の壁には幾つもの照明のスイッチが準備されていた。これを入れる事で天井の月明かりが点灯し、彼女の前に影を生む。それこそがこの礼装の仕組みだと理解した。

 どのスイッチがどのサーヴァントに対応しているのか、説明されずとも把握できる。ゆっくりと手を伸ばし、その中のひとつに指をかけ―――

 

(呪術に造詣が深くて、天草四郎に対抗できるサーヴァント……)

 

 天草四郎個人に対抗できるサーヴァントなら多いだろう。だが呪術に関して考慮すれば、今のカルデアに適格なサーヴァントは一騎しかいないだろう。投影するべきはシャルル・パトリキウスからタマモキャットしかいない。意識を集中して彼女を感じるスイッチへと触れようとした。

 

 次の瞬間、彼女の真横で火花が散った。感じる光と熱は、ブラッドスタークの銃撃をジオウが撃墜したものだろう。危険に意識を乱さないように改めて息を入れ直し、作業を継続する。

 

 スイッチを押そうとする手の上で令呪が強い熱を持つ。おかしな感触だ、初めての感覚故に断定はできない。できない、が……まるでそのスイッチは押せないと、この術式を起動するため巡らせた魔力に、正しい行き先が用意できていないと示されているようだった。

 このまま続ければ、行き詰った魔力が暴発しかねない。危険だ。苦心は一瞬、すぐに意識を切り替えて、励起していた礼装から魔力を排出させるように停止した。魔力に反応し輝いていたドレスの光が薄れ消えていく。

 

 目を開いて確認すれば、周囲には使用されず排出された魔力の残滓。令呪も一画が消えている。もちろん望んだ結果は得られていない。紛う事なき失敗だ。

 

「っ……」

「何だ、失敗か? 天草四郎さえ押さえられりゃお前たちの勝ちだってのに、残念だったな」

 

〈ライフルモード!〉

 

 スタークがバルブハンドルのついた短刀・スチームブレードを取り出し、今まで構えていたトランスチームガンを連結させる。合体武器トランスチームライフルとなった愛銃を両手で構えると、スタークは立香に向けて銃口を向けた。何の感慨も挟まずに機械的に引かれるトリガー。

 迸る光弾は立て続けに立香へ向けて殺到する。

 

〈ヘイ! アギト!〉

〈アギト! デュアルタイムブレーク!〉

 

 立ちはだかるジオウはライドヘイセイバーを両手で強く握り青く輝かせると、切っ先で∞という字を描くような軌道で剣を振るい始めた。その動作に合わせ巻き起こる強風。迫りくる光弾が普通ならざる風の影響を受け、弾道を逸らして散開していく。

 ひとつたりとも標的に届かない弾丸を見て、ブラッドスタークはトリガーから指を離し銃撃を止めると、スチームライフルの銃身を肩に乗せた。

 と、同時に空いた手で彼は力の源であるボトルを弄ぶ。

 

「どっちにしろアンタも逃がさないから関係ないよ」

「そりゃ怖い話だ。全力で抵抗してやらなきゃなァ?」

 

 ブラッドスタークがスチームライフルにコブラフルボトルを装填する。ジオウがヘイセイバーを床に刺し、呼び寄せたジカンギレードにライドウォッチを装填する。

 互いの武器に満ちる必殺のエネルギー。それが刀身に、銃口に、満ちた瞬間に二人が動いた。

 

〈スチームショット! コブラ!〉

〈フィニッシュタイム! ギリギリスラッシュ!〉

 

 特殊スチームを発生させ武器とするスチームブレードと、ブラッドスタークという外装を蒸血する為のトランスチームガンの連結武装、トランスチームライフル。それが放つ必殺光弾はその内部にブレードが生成する特殊スチームを内包する。

 その機能により威力の増大はもちろん、斬ろうが弾こうが逸らそうが、着弾し外殻としての役割を果たしていた光弾が崩れると同時、周囲一帯に特殊スチームを飛散させるのだ。

 

(デビルスチームでスマッシュにできる人間がいないのが惜しいがな)

 

 銃口から射出される巨大光弾。それに合わせて踏み込み、剣を突き出してくるジオウ。ジカンギレードの切っ先がスチームショットに突き刺さり、その場で光弾を破裂させた。

 激突の結果のみ見れば実に他愛ない決着。だが光弾は爆発した次の瞬間、周囲に向かって冷気と電熱を孕んだスチームが一気に拡大しようとしたのだ。相反する属性が共棲し、呑まれれば凍結と感電を繰り返す事になる地獄(スチーム)が膨れ上がる。

 

 だがその地獄が拡大する前に、ジカンギレードの刀身から白煙が噴き出した。拡がろうとする黒いスチームの内側からそれ以上の速度で噴出する白いスチーム。

 特別な性質などない、単純な高温蒸気。それは一息の間に膨れ上がり、黒い蒸気と混ざり合い、黒を呑み込み切ってそれでもまだ膨れ上がり―――

 

〈ギリギリスラッシュ!〉

 

 再度のライドウォッチ臨界。エネルギーを解放したアクセルウォッチは先程とは違う能力を発揮した。触れ上がったスチームがジカンギレードが行ったジェット噴射によって撃ち出される。白と黒とが入り混じり、灰色となった蒸気の塊。

 それが跳ね返された事で、スタークが防御のために腕を眼前で交差させる。直撃して内包していた全てのエネルギーをその場で炸裂させる巨大スチーム。灰色の空間で冷気と電熱に晒されながらブラッドスタークが苛立たしげに舌打ちした。

 

「面倒な手数の多さだよ、まったくな……!」

 

 そのやり取りの隙をつき、白煙の外周を黒い影が疾駆する。ジオウはその動きを捉えていたものの、立香を背に庇う位置からは動けない。

 

「ごめん! そっち行った!」

 

 ソウゴの言葉に即座に反応し、小太郎が垂直に跳び上がる。直後、彼の下に洪水のように押し寄せる蛇の群れとひとりのくノ一。彼女の視線を受けつつ、天井に両手が届いた瞬間に指に力をかけ、方向転換て床へと跳ぶ小太郎。

 蛇のいない場所に着地しつつジオウに目を向ければ、ブラッドスタークとアナザーキバ、両名との戦闘中。自然と小太郎の受け持ちはキャスター・リンボとアサシン・パライソとなる。

 

「パライソ、少々時間を稼いで頂けますかな」

「御意」

 

 リンボが大きな術の準備に入る。それに備え、前方で備えるパライソ。

 パライソと悪霊という守り。それを一息に突破するのは自身では不可能だ。小太郎は一瞬だけ顔を顰め、すぐさま足元へと苦無を放った。

 

「ソウゴ殿、こちらへ! 我が同胞たちよ、阿鼻叫喚を引き連れ現世へ来たれ! 大炎熱の地獄絵図―――! “不滅の混沌旅団(イモータル・カオス・ブリゲイド)”!!」

 

 風魔の首魁が命じれば瞬く間に周囲を暗闇が包む。夜を混沌の坩堝に変える忍が来たる。何者とも知れぬ何者かが破壊し、火付けし、風を巻き、理由も分からぬ阿鼻叫喚の地獄絵図がやってくる。下手人は闇を縫うように駆け抜けていく忍たち。最早混沌そのものとなった忍の幻影たちが、引き連れた闇に呑まれた者たちの五感を蝕んだ。

 

 術者である小太郎がそれの対象としたのはリンボたちではなく、スタークとアナザーキバ。

 

「――――?」

「チッ……!」

 

 何事かを感じたかのように動きを止めるアナザーキバ。視界にエラーを起こしたゴーグル、ハイドシーカーアイを指で叩いて苛立ちを見せるスターク。

 その相手を見張りつつ、小太郎がリンボの前に移動したジオウにも意識を向ける。

 

〈ヘイ! ディケイド!〉

〈ディケイド! デュアルタイムブレーク!〉

 

「ハァ―――ッ!」

 

 振るうライドヘイセイバーの刀身がブレ、一度の斬撃に複数の剣閃が伴う。それらで纏めて蛇を討ち果たしながら撒き散らされる呪詛も構わず突っ込み、ジオウはパライソ目掛けて突き進む。

 

 リンボを背に、ジオウを前に、蛇とその血が充満した呪界の中で、アサシン・パライソの肌に蛇に締め付けられているような紋様が浮かぶ。その現象に伴う痛みなのか、彼女は喘ぐように息を切らすと眼から滂沱と血を流しつつ、血濡れの床に手を叩きつけると共に、苦しみを隠せぬ声を張り上げた。

 

「貴様が平然と足蹴にし、踏み躙り、渡らんとする呪詛の溜まり場……! その愚かしさ、祟りとしてしかと刻み付けてやろう―――!」

 

 血の池地獄が沸騰する。その呪いの水は残った蛇ごと呑み込み膨れ、明確なカタチを作り上げていく。回廊の天井をぶち抜きながら形成される巨大な姿。漆黒の鱗を持つ八つ首の大蛇。

 

 その姿、その威容、正しく神威・八岐大蛇。

 違うカタチとは言え見た事のある姿に、ジオウの動きが一瞬止まる。

 

「呪われし我が血を浴びた貴様に、最早その返り血は雪げぬ……! この呪層の沼から足抜けできるなどと思う勿れ! 祟られもがき、苦しみに沈め!

 “口寄せ(くちよせ)伊吹大明神縁起(いぶきだいみょうじんえんぎ)”――――!!」

 

 八つの頭が一斉にジオウを目掛けて突き進む。それは水神の神威ならず、蛇神の呪いだ。魂を噛み砕き、咀嚼し、永劫苦しめる呪殺撃。物理的な防御など意味はなく、それを防げるとすればまったく正反対の概念、属性の守りだけだろう。

 

 のたうちながら迫る大蛇の顎を前にしたジオウは、龍騎ウォッチをドライバーから外して装甲をディケイドアーマーに戻しつつ、ヘイセイバーを八相に構えた。

 

「なんか……行ける気がする!」

 

 直感に従ってヘイセイバーのセレクターを回す。どれを選ぶべきなのかは、本能が察知した。選び終えた直後に、出力を最大に発揮するためジオウとディケイドのウォッチを必殺待機状態にし、ジクウドライバーを片手で勢いよく回す。

 

〈ヘイ! 響鬼! デュアルタイムブレーク!〉

〈フィニッシュタイム! ディケイド! アタックタイムブレーク!〉

 

 ヘイセイバーを片手で構え、剣の柄で自由にした拳を叩く。

 その動作を受け、剣から広がる涼やかな音色。

 周囲の呪いを跳ね除ける清らかななれど怒涛の如く弾ける音色。

 

「ハァアアアアアア―――ッ! ダァアッ!!」

 

 構えた剣に音を乗せるような呼気。呼応し奮えるヘイセイバー。剣に漲るエネルギーがその音波と共振して膨れ上がり、巨大な刀身を形作っていく。

 瞬く間に迫る大蛇と全長と並ぶほどに巨大化した剣を握り、ジオウは迫る呪いに向けて一息にそれを振り抜いた。

 

 一太刀に依って呪いを断つ。否、その怨嗟を清めて祓う。清と呪の激突は互いを侵略しあう競り合い。呪いの黒血、大蛇を形作る呪怨の塊が、じわじわと清水となり床へと流れ落ちていく。

 

「な、に……ッ!?」

 

 呪いを差し向けているパライソの表情が凍る。彼女の魂を蝕む呪い、伊吹大明神の化身が徐々に溶かされていく。肉も、鱗も、牙も、呪詛の塊であるそれが体の端からただの水へと還っていくのだ。剣圧に押し返されて、じわじわと解けていく蛇毒の呪詛。頭が透け、首が落ち、血の池がただの水溜まりに変わっていく有様は、まるで悪い夢から醒まされるようだ。

 

 呪怨の嵐を凪ぐ清めの一閃。それは余波のみで群れた骸骨霊を全て消滅させつつ、八岐大蛇の似姿を解体しながら突き進み、その呪いの起点にまで突き抜けた。

 足元の僅か残った黒い血を蛇に変え、防御のための姿勢を取るパライソ。呪いが祓われていく事で彼女の術、蛇たちは音も無く水となって床に溜まり、アサシン・パライソの矮躯はジオウの剣撃を受け切れずに大きく弾き飛ばされた。

 

「ク、ハ……っ!?」

 

 床を転がった少女の左半身が溶けている。彼女はその総身が呪詛の塊のようなくノ一だ、伊吹大明神の呪いを跳ね除けるような清浄な音撃ならば、崩れ落ちるのもおかしな話ではない。だが“宿業”に依って維持される筈の体が戻らない。彼女はじわじわと終わり始めている。

 

「―――なんと、これはこれは……スターク殿!」

 

 周囲の清浄さを厭わしそうに見渡したリンボ。彼が自分を守るために張った防御式が限界を超えて崩れていく。手の中で焼け落ちていく呪符を放り捨て、リンボが床に転がるパライソを面白そうに見つめた。

 直後に己のゴーグルを指で叩いていたスタークが一瞬止まり、何かの合図をするようにブーツで一際強く床を蹴りつけるや、立香へと銃口を向けて間を置かず射撃を開始する。

 

〈ファイナルフォームタイム! カ・カ・カ・カブト!〉

 

 だがジオウが直後に出した加速は、その銃弾を置き去りにするほどのもの。彼は立香とスタークの間に立ちはだかると、射撃を全て迎撃した。

 

 改めて立香の守りをジオウに任せた小太郎は、パライソの状態を見て一瞬の迷いを見せる。再生力が失われたという事は、彼女の頸か心臓を潰せばトドメを刺せるという事だ。だが殺せば魔力が廻帰し、聖杯を潤す。出来る事ならば殺さず、捕獲で済ませたい―――が、この状況では敵を一騎でも欠けさせる方がよほど重要だろう。忍者刀を手に、彼はパライソに向けて疾駆した。

 

「アサシン・パライソ……大神の巫女、望月千代女殿――――御免!」

 

 祖先、甲賀三郎より血に継がれてきた神の呪。その荒魂が表出した先祖返りの異形こそが彼女、女忍者にして大神の荒ぶる魂を沈める巫女、望月千代女。本来であればこのような呪いを振りまく異形などではなかったろう。今できるのは、彼女の魂をあの呪われた器から解放する事だけ。

 

「させてはなりませぬ、段蔵!」

 

 リンボの焦燥の声。アナザーキバがジオウから視線を外した瞬間には、既に怪人はパライソの目の前に立っていた。リンボが転移させたのだろう。

 その両腕、その五指には紅の魔皇力が滾り、研ぎ澄まされた爪が形成されている。

 

(パライソを守ろうとする? 恐らく“宿業”も機能を停止したこの期に及んで?)

 

 疾走する数秒に満たない時間。その間に答えを出す事は叶わず、しかし足を止める事も出来ず小太郎は駆け抜けた。待ち受けるアナザーキバが両腕を構える。破壊力だけならば侮れない、だが小太郎からすれば緩慢な動きの操り人形など擦り抜け、背後のパライソを斬る事は容易い。

 

「貴女の相手は後程―――!」

「いいえ、いいえ。仕儀に囚われ敵としての邂逅であれ、せっかく愛し合う親子の対面なのです。その間は取り持たれるが人情というもの。席は設けてありますので、準備が整うまで―――魔獣のはらわたの中で、どうぞごゆるりとされるがよろしい!」

 

 嗤う、嗤う。アナザーキバを抜き去り、パライソの心臓を穿とうとした小太郎の耳に届くリンボの声。リンボの目前にはさかしまに描かれた五芒星。彼の腕はその中に突き込まれて消えていた。その星が繋がる先はアナザーキバの背後であり、リンボの腕が躊躇無くアナザーキバの背中に突き刺さる。腕が沈み込んだ瞬間にビクリと跳ねる怪人の体。

 

 ―――パキン、と何か致命的な音がした。リンボの腕が引き抜かれると、アナザーキバは姿を変えて元通り、絡繰り人形・加藤段蔵としての姿へと戻っていた。

 引き抜かれたリンボの手には、当然アナザーキバのウォッチがある。

 

「―――――」

「段蔵、殿……ッ!?」

 

 アナザーウォッチはリンボの手に。彼が使うのか、あるいは別の者に与えるのか。それは定かではないが、相手にとって段蔵が不要になったというのは間違いない。

 ウォッチを引き抜く際に蹂躙されたのであろう、背中から胸部に向けて抉られた大穴。体を動かす中枢を破壊されたのだ、正しく致命傷としか言いようがない。人間と違い修理できれば再起動できるかもしれないが、彼女を直せる絡繰り技師などただひとり。つまり、死んだも同然だ。

 

「キャスター・リンボ……ッ!」

 

 歯を食い縛り、下手人の名を怒りと共に吐き出す。だがそこまでだ。この状況で情に流された行動を取るようなら、それこそ彼女に風魔の頭領として失格の烙印を押されるだろう。

 

 小太郎の絞り出すような怒声を心地良さそうに、にこやかに受け入れるリンボ。彼もまた先程のスタークのように床を靴で蹴り鳴らした。

 次の瞬間、彼らが立つ板張りの床をぶち抜いて巨大な竜の顎が突き出てきた。小太郎、段蔵、千代女、三人纏めて呑み込めるだろう巨大な口。顎が足場が噛み砕きながら少しずつ閉じていく。竜の口内に流れ込むまでの猶予は数秒。その状況に陥って、小太郎が前髪に隠れた目を見開いた。

 

(竜種……だが格は魔獣規模、ワイバーンか? 飛竜をこれほど巨大に育てられるならば、霊格を上げて上位の竜種に出来たはず。何故?)

 

 確かに魔獣格だからこそ体躯に比べ魔力が低く、隠密・暗器として今のように働けたのかもしれないが。とにかく突如現れた城の地下に隠していた巨大ワイバーン。リンボはそれに餌を与えるように自分たちを喰わせようとしている。

 思考しつつも行動は止めない。自分は当然ながら、段蔵と千代女を喰わせるわけにもいかない。アサシン・パライソは神性の大蛇を血に宿した巫女である望月千代女。彼女をそのまま喰われるような事があれば、あのワイバーンがその属性を得てしまう可能性がある。

 

 小太郎はすぐさま鉤縄を二本両手に出して準備をする。一本で段蔵と千代女を確保し、もう一本を壁に引っ掛けて竜の口から離脱するのだ。ほんの僅かにしかない制限時間の中、しかし淀みの無い動作で余裕さえ残して目的を達成する。

 

 ―――だがそれは、相手が二度と動かぬ骸ふたり分だったならばの話。

 

 段蔵と千代女を纏めて捕まえようと円を描く縄を、振るわれる忍者刀が切り裂いた。更にその勢いのまま投擲され、壁に向かう鉤縄も中途で断たれる。鉤爪は勢いのままに明後日の方向へ飛んでいき、錘を失った縄は力なく垂れ下がっていく。

 震える手でそれを成したくノ一が、咽喉を引き攣らせて嗤った。

 

「ク、カカ……情を捨てられぬが貴様の甘さよ、風魔の小僧。母の骸ごと私を拾い上げようなどとせず、ただこの心臓を撃ち抜いて貴様だけ逃れれば良かったものを」

 

 浄化され呪いを祓われようとも、残った蛇に締め付けられたような痕は消えず、望月千代女はアサシン・パライソとして血に濡れた瞳で小太郎を嗤う。

 彼女はこの結末を知っていたのか、あるいは知らなかったのか。それさえ分からないが、己の霊基を最期にこの竜種に捧げる事に迷いがない。彼女は自分が崩れた床の上を転がる事を止める事もなく、それが当然の事であるように竜の口内へと落ちていく。

 咄嗟に小太郎は彼女の霊格を撃ち抜くべく、苦無を引き抜いて―――

 

 ドッ、と視界を埋め尽くすほどに広がった黒い蒸気にその動作を中断させられた。

 

「こん、のっ!」

「悪いな魔王、お前の相手はこれまでだ。今回は大分してやられたからなァ、次までにはこの体を十分に慣らしておくとするよ」

 

 ソウゴの声が聞こえる。彼は何とか自身の周囲の蒸気を払ったのだろう。だが立香を背にしている以上、彼はそこから動けない。ブラッドスタークは広範囲に展開した蒸気に紛れてジオウから逃れたのだ。彼の撒く蒸気は当然ただの蒸気ではない。呑まれれば感覚さえ狂わされるだろう。

 

「―――とはいえ、最後に一手くらいやり返しておかねェとな?」

 

 その瞬間だった。蒸気に満たされた床を這ってきたのだろう、足元から大蛇のエネルギー体が姿を現し、その長い尾を小太郎に巻き付かせていた。周囲に満ちた蒸気と同質のエネルギー体だからか、感知が遅れた。隙を衝かれた結果、拘束は容易に抜けられない程に強く極まる。

 

「グ……ッ!?」

「小太郎!」

「おっと!」

 

 蒸気に紛れたスタークからの銃撃が立香を襲う。それを防ぐためジオウは足を止めざるを得ない。蒸気の中を移動しながら継続的に行われる銃撃。反撃しようにも蒸気の中からの銃撃は反撃するべき位置が定まらず、竜種を吹き飛ばそうにもその口の中で拘束されている小太郎を巻き込むような大出力は出せない。

 

 大蛇に締め付けられて軋む体を自覚しながら、小太郎は標的を失って投げ損ねた苦無を握り直す。この程度の武装ではこの大蛇は倒せまい。エネルギー体とは言え、鱗状の外殻を削る程度が精一杯だろう。ならば、この刃の使い道は一つだけ。

 体を捻り、何とか体の向きを変える。大蛇の拘束は強いが絞殺される程ではないと感じた。逃す気は無いが殺す気は無い、小太郎を竜の餌として喰わせたい、という事だろうか。

 

(ならば好都合……段蔵殿っ)

 

 蒸気に沈んだ壊れた亡骸がある筈の方向を見据えて、手首のスナップだけで苦無を放つ。その刃は想定通りに彼女の襟巻を引っかけて、絡繰り人形の体を竜の口元から吹き飛ばした。苦無が襟巻を縫い留めるように壁に突き刺さり、その勢いで壁へとぶつかりながら、からからと力無く投げ出される人形の四肢。それを見届けて、小太郎が小さく息を吐く。

 

(……まったくもって、心を乱し過ぎたか。風魔の頭領としての自覚を問われる前に、汚名は返上しておかねば)

 

 喰われるならば喰われるで良し。腹の底まで落ちてから、パライソの霊基を見つけて共に自爆する。それが間に合えばパライソ共々取り込まれる事無く、この竜に大打撃を与えられるだろう。それまでに何としても、この蛇の拘束から抜け出さねばならない。

 

 体を柔くするため力を抜き始めた小太郎を見つつ、スタークは鼻を鳴らす。

 彼らからすれば別に拘束から抜けられても問題ない。残念ながらパライソはただの栄養だが、小太郎には別の役目がある。ワイバーンに呑まれた先、彼らの行き先は同じ場所ではない。仕込みはリンボ。スタークはその仕組みに詳しくないし、ただ竜が口を閉じるのを待つだけだ。それが終わり次第、スタークがここに残る理由は消化される。

 もうすぐだ、後2秒と掛からないだろう。だからこそ告げる、この場における最後の言葉。

 

「散々やられたんだ、こっちも一人くらいは貰ってくぜ? じゃあな魔王、チャオ!」

「フン、計算が合わないな。お前の体も一人分、だろう?」

 

 声に反応して即座に銃を向ける。その瞬間、腕に噛み付く狼の牙が火花を散らした。腕に噛み付かれた状態で更に顔面に押し付けられる腕。狼の爪がゴーグルに傷を刻んでガリガリと音を立てる。

 銃声、音声、足音、位置特定のための情報は幾つかあれど、この蒸気の中でスタークの正確な位置を捉えるのは本来ならば難儀する筈だ。だというのに青い狼は、それを可能としてみせた。

 スチームガンを持つ腕に噛み付く狼の顔を押し返しつつ、思わず吐き出すのは呆れ果てた声。

 

「まさか嗅ぎつけるとはな、犬らしい良い鼻してるぜ。それで何がしたいんだ? お前たちはアナザーキバのただの付属品だろうが……!」

「知ったことか。そんな事より何より俺はお前が気に食わないだけだ」

「アァン?」

 

 火花を散らしながら押し合う二人。その上から轟く盛大な破砕音。天井の残骸を粉砕しながら、緑の怪人を背に乗せた紫の怪人が空から落ちてきたのだ。緑の怪人が天井を破った瞬間、紫の怪人を蹴り飛ばして竜の口へとシュートする。

 

「ラモン!!」

(リキ)はそっち、ボクはこっち。そういう話だったでしょ?」

 

 怒るように雄叫びを上げる力と呼ばれた紫の怪人。それをあっさりと受け流したラモンと呼ばれた緑の怪人は、口から水を迸らせた。それは正しく蒸気を冷やして片っ端からスプリンクラーのように消していく。

 竜の口に突っ込んだ力は、閉じようとする上顎と下顎の牙に自分が挟まれる事で、口が閉じる動作を強制的に止めさせた。

 

 舌打ちひとつ、ブラッドスタークが狼を押し返す腕に力を籠める。

 

「ったく、人間同士のいざこざに人喰いの化け物どもが何の文句があるってんだ?」

「お前たちのやってる事じゃない、お前の腐った臭いがどこにいても不快なだけだ」

 

 組み合った姿勢のままスタークが膝を跳ね上げる。それに応じて狼もまた膝蹴りで応じた。ぶつかり合う足の勢いで互いの体勢が僅かに揺らぐ。それに便乗して相手を投げようと構えるスタークに対し、狼は相手を解放して後ろに大きく飛び退った。

 

 解放されたスタークが溜め息混じりにトランスチームガンを足元へと向ける。

 それを逃亡の動作だと理解している狼は、最大限の嫌悪を一気に吐き出した。

 

「お前に染みついている臭いで分かる。お前は最低最悪の汚物、ゴミ溜めになったドブ川が清水に思えるような臭いだ。お前がこの宇宙に存在しているという事実そのものが、一杯の珈琲を生み出す為に消費される豆や水、使われる器具。生産に携わる珈琲豆の生産者や職人(バリスタ)、様々なものに対する最大級の冒涜だ。お前はこの世界に存在するべきじゃない」

「そりゃオレの淹れるコーヒーは不味いが言いすぎだろ……」

 

 その物言いが衝撃的だったのだろうか、割と本気でショックを受けたような声でスタークがぐうと呻く。彼はそうして逃げるための動作を一手送らせたが故に―――

 

〈カ・カ・カ・カブト! ファイナルアタックタイムブレーク!!〉

 

 必殺の音声が背後から聞こえる。その殺気に晒された直後、彼はすぐさまスチームガンのトリガーを引こうとして、しかし既に指をかけた引き金を引くより速く、その必殺の一撃はスタークの背中に叩き込まれていた。爆発するような勢いで火花が散る。

 

「ガ―――っ!?」

 

 スタークの背中へと直撃するディケイドアーマー・カブトフォームの蹴撃。背部から光翼を噴き出し加速し繰り出す乾坤一擲。全力で放っていれば背骨からへし折らんばかりの強襲だが、威力はどうしても軽減させる必要がある。スタークが肉体として扱っている清姫にまで致命傷を与えるわけにはいかない。だが戦闘不能に追い込むだけの威力を見極め放った一撃だ。

 

 着地し、排熱を行うジオウの前で派手に転げていくスターク。トランスチームの蒸血システムが限界を知らせるように、ブラッドスタークの全身を青白くスパークさせる。その攻撃によるダメージが原因なのか、竜の口の中で小太郎を拘束していた蛇の姿がブレて、締め付ける力が僅かに弱まった。

 

 更に蒸気を粗方消し終わったラモンが力の上へと飛び乗り、蛇の顔面に向けて口から勢いよく水流を迸らせた。何故こちらに協力してくるようになったか分からないが、助かるのは事実だ。小太郎は筋肉が強張らぬように四肢の芯を動かし、這い出すように拘束から抜け出していく。

 

 ジオウはスタークに注意を向けつつ、優先すべき救助対象を小太郎と決めた。ヘイセイバーの切っ先を竜の上顎へと向ける。このワイバーンがどのような目的でここまで巨大に育てられたのか、それは分からない。だが不死身の英霊剣豪と違い、ただの魔獣であるワイバーンは斬り捨ててしまえばそれで終わりだ。

 

「だあ―――ッ!」

 

 ヘイセイバーの刃が鎧のような鱗を何でもないようにザクリと切り裂く。その瞬間、切り傷から溢れてくる赤黒い返り血。だが噴水のように噴き出したそれが漆黒になるまで数秒とかからなかった。同時に深い緑だった竜の鱗が黒く変わっていき、瞬く間に黒く染め上げられていく。

 黒くなった竜は斬った筈の傷が瞬く間に塞がって、あっという間に新たな鱗で覆われた。

 

「これは……アサシン・パライソ……!」

 

 遠目で見ていた立香が呟く。その色は正しくアサシン・パライソの操る蛇と同色。八岐大蛇の呪詛。竜の腹の中で溶かされ、彼女が取り込まれたに違いないと確信できる状態変化であった。

 神威を得たワイバーンは再生力のみならず他の能力も向上していた。牙に挟まれて止めていた力の体がミシミシと悲鳴をあげ、火花と共に白煙を噴き出した。

 

「グ、ゥウウ……!」

「これ駄目そう。ねえ次狼、どうするの?」

「チッ……」

 

 限界を知らせる力の呻き声。他人事のようなラモンの呆れ声。狼は床に倒れ伏したスタークを一瞥すると、竜の口の中へと走り出そうとしたジオウの肩を強く掴む。掴んだ肩を勢いよく引き戻してジオウを床に引っ繰り返しながら、視線も向けず彼に声をかけた。

 

「お前は引っ込んでろ。()()()はお前の居場所じゃない」

「え?」

 

 意味を問いかける前に、青い狼はその場から跳躍していた。竜の口内に跳び込むや、その爪が大蛇の体を切り裂くために乱舞する。ブラッドスタークに与えられたダメージ故か、その攻撃でも酷く不安定に揺れるエネルギー体。

 その隙に蛇身による拘束から何とか体を捻り出す小太郎。彼は脱出のためにほぼ完全に外していた間接を入れ直し、跳ぶための準備を整えていく。

 

「ヌ、ガ―――っ!?」

 

 だがその前に、力の体が限界を迎えた。噛み砕かれない為には今すぐに離脱する必要がある。だが彼が力を抜けば、小太郎が離脱する前に口が閉じるだろう。とはいえ、今此処で彼に死なれるわけにもいかないのだ。

 舌打ちを一度、次狼がラモンに水で吹き飛ばせと叫ぼうとする。小太郎自身が跳べずとも、こっちから吹き飛ばしてやればどうにかするだろう。

 

 だからこそ次狼は叫ぼうとして―――その直前、視界を掠める黒い塊に気付いた。

 

「な……っ!?」

 

 竜の口の外から火薬の炸裂を推力に来襲したそれは、小太郎の襟首を掴んでそのまま竜の口の外まで彼を運んでみせた。驚愕は一瞬、その機構に心当たりがある小太郎は何故、と愕然とした顔でなすがまま運ばれる。

 

 次狼が視線を上げれば、小太郎を運んでいったモノの軌跡には鈍色の輝きが残っていた。肘関節を境に上腕と前腕を繋ぐための鋼線(ワイヤー)。そんなものを仕込んでいるのは、この場にただ一人、ただ一体しかいないだろう。

 

 ……絡繰り人形であるが故に子供も産めない。当然ライフエナジーも無い。時代柄当然なのだろうが珈琲の香りもしない、次狼という男にとって何の価値も無い女ではあったが。

 

「良い女……いや、良い母だったんだろう。俺はその手の魅力を持つ女に縁が無かったがな」

 

 思い浮かべる女はいる。が、彼は手に入れられなかったものだ。挙句、手に入れた男は手放したときた。それを思い出すと、今やってる事がまったく間抜けに思えてくる。

 

 いつの間にか持っていた何も描かれていないブランクウォッチ。それが彼の手の中で僅かに白と青の輝きを帯びる。だがこのまま彼が持っていてもこれ以上は色づかないだろう。

 彼は誇り高きウルフェン族の最後の生き残りガルルであり、キバの従者。このライドウォッチをこれ以上輝かせる事ができる者ではない。その手の役目は自分が認めた者に譲っている。

 

 ブランクウォッチを握りながら壁に磔になった死んだ筈なのに何故か動いてる絡繰り人形を見れば、似ても似つかない筈なのに彼がよく知る二人の装着者の姿が視界を掠めた。

 子供に運命を託しながらも共に戦った良き母か、息子の危機に時を越えて手を取った親か―――どちらにせよ、これならば大丈夫だろう。こいつに関してはお役御免を貰った、と言う事で文句ない筈だ。青い狼は手首をスナップさせてブランクウォッチを投げ、小太郎を追わせる。

 

 小太郎が脱出したのを確認し、力は崩れるように竜の口の中に倒れてきた。彼の上に載っていたラモンも同様に竜の口の中へ。その瞬間、ワイバーンは大口を完全に閉じ、牙を打ち合わせて轟音を上げた。噛まれたワイヤーがあっさりと断線し、絡繰り人形が肘から先を失う。

 

 三体のモンスターをも呑み込んだ黒い鱗の飛竜は、そのまま床下へと沈んでいく。建築物の残骸を粉砕しながら、頭を出した時のように唐突に沈んでいく姿。

 

「ちょ、待っ……!」

 

 ジオウが追おうとして、しかし床に空いた穴の縁で足を止めた。彼が振り返るとそこには這う這うの体で壁に寄っかかっているブラッドスタークの姿。

 彼を放置した状態では追えない。小太郎もまだ戦線復帰できるか分からないのだ。

 

「ハ―――オレはこれ以上無理だっての。お前さんたちが取り戻そうとしてる中身ごと死にそうだったぜ、今度からはもっと気を付けて手加減しろよ? 今度こそ、チャオ!」

 

 酷く怠そうに頭をもたげ、ブラッドスタークは声を上げる。彼は言いながら手にしたトランスチームガンの銃口を床に擦りながらトリガーを引く。今度の蒸気はスタークを覆うように一瞬広がるだけで、次の瞬間には彼の姿と共に消えていた。

 

 ジオウはスタークがいた場所を見て。竜が消えた穴を覗き込み。いつの間にか姿を消したリンボを探すように首を回し。恐らく天草がいるだろう天守を見上げ。

 流石に酷使が過ぎたディケイドウォッチをドライバーから引き抜き、基本形態に姿を戻すと立香の方を見て、どうしたものか問いかけるように首を傾げた。

 

 ―――無事に済んだ小太郎が上体を起こす。彼は手を後ろに回し、自分の襟に指が絡んでいた絡繰りの腕を解きほぐし、胸の前に持ってくる。紛れもなく加藤段蔵の腕だ。自分が苦無で骸を磔にした筈の。段蔵だったものがある壁へと顔を向ければ、彼女の変化はただ一つ。片腕の肘から先が無くなり、伸ばした状態で断たれた鋼線(ワイヤー)が力なくぶら下がっている事。

 動くはずがない。リンボに心臓部を穿たれた彼女は、もう動くはずが無かったモノだ。だが状況証拠が物語っている。彼女は小太郎の危機に際して、最後に一度だけ稼働したのだ。竜の体内という死の断崖に落ちていく彼を救う為、もう動かない筈の腕で小太郎を掴んだ。

 

「母―――段蔵、殿」

 

 自分を救った腕を握り締める。そうした彼のすぐそばで何かが発光する。何事か、何事であったとしても傷心で鬱屈しているなど迂闊にすぎる。即座に立ち上がった彼の前、光を放っていたのはブランクのライドウォッチだった。

 怪訝な表情を浮かべた彼の前で、ウォッチと段蔵の腕が呼応するように同時に明滅する。その現象から数秒、ブランクウォッチは白と青。二色に彩られた新たなライドウォッチ。

 

 イクサライドウォッチへと姿を変えていた。

 

 

 




 
影霊掃天(シャドウサーベイ)月虹投影(グラデーション・ブランクムーン)
 ダ・ヴィンチちゃん、BBが仮実装したシステムを、おつるがほぼ完成の状態まで持って行った藤丸立香用新礼装のメイン機能。その能力は基本的に令呪を一角消費し、カルデアに待機しているサーヴァントを一騎召喚する、というもの。だがどうやらこの礼装では特異点までが限度で、並行世界にまでサーヴァントを呼び込む事はできないようだ。
 
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総合評価:10507/評価:9.15/完結:245話/更新日時:2021年05月13日(木) 06:00 小説情報


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