意図せずウマ娘達から目の光を奪うお話   作:みっちぇる

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今年最後の初ウマぴょいです


第11話(ウマ娘視点)

「ほら見ろよ!お前の靴、あんな木の上に引っ掛かってるぜ」

「あちゃーこりゃあがんばってジャンプしないとな〜

まぁウマ娘ならチビでも余裕で届くだろ」

「……」

 

「ねぇ、あの子いっつも一人でいるよね。それに何か雰囲気も暗いし。ちょっと怖いよね〜」

「あーわかるー!目つきも怖いし、何考えてるか分かんないよね」

「……」

 

 ――昔っからずっとそうだった。どいつもこいつもムカつく奴らばっか。くだらない理由でからかって、バカにしてきて。

 言ってやりたいことは山ほどあった。でも、こんな奴らに何を言ったところで意味はない。

 毎日ムカついて、イライラして、何度蹴り飛ばしてやろうかと思ったことか。

 

 だからアタシにはレースしかなかった。レースだけはよかった。散々アタシをバカにしてきた奴も、からかってくる連中も、走って勝てば全員見返してやることができたから。

 全員ブチ抜いて一番でゴールした瞬間は、何とも言えない気持ちがアタシを包んでくれて、その場所だけが唯一アタシを癒やしてくれる。

 

 それからはどんどんレースにのめり込んで、中央のトレセン学園に入学してトゥインクル・シリーズに出場するって意気込んで努力した。

 

「ねぇ、アンタ春からトレセン学園に行くって聞いたけど本気?

才能も体格も何もかもがアタシ達とは比べ物にならない連中が集まってるのに、アンタみたいな小さいのが通用するわけないじゃん」

 

「ッ……!!」

 

 とあるレースに負けた時に、面識のないウマ娘から言われた言葉は未だに鮮明に覚えている。

 それがなんだ!!アンタと一緒にするな!!

 叫びたい衝動をグッと堪え、ただ相手を睨みつける。負けたアタシには何も言い返すことはできない。言葉ではなく結果で黙らすしかない。

 この日の悔しさを糧に入学までアタシはトレーニングに励んでいった。

 

 でも、実際はアイツが言った言葉通りだった。

 

(クソっ……!!位置取りに隙がない、前に出られない!!追いつけないっ……!!何だコイツら、レベルが違い過ぎる!!)

 

 初めての模擬レースの結果は散々なものだった。

 自分と同じまだデビューもしてない生徒なのに、既に差が広まっている。トレセン学園のレベルの高さに改めて自分の実力を突きつけられた。

 

(はぁ、はぁ、はぁ、……!!)

 

 どれだけ走っても、どんなにトレーニングしても、アタシを見下してきた連中の言葉が喉の奥に引っかかったまだだった。

 

(だからって……終われるもんか……!!)

 

 立ち止まったらアイツらの幻聴が聴こえてくる気がした。それを振り払うかのように、とうに消灯時間を過ぎたコースを駆けて行く。走っている時だけは何も考えずに済むから。

 

 どれだけ時間が経っただろうか。静寂が包み込むコース上では自分の足音と心臓の鼓動音しか聴こえてこない。誰にも邪魔されない中で走るコースは多少心のモヤモヤを晴らすことが出来たが、満足を得るには至らない。

 勝ちたい、誰にも一着は渡したくない、絶対に見返してやる……その思いが疲れ果てたアタシの身体にムチを打ち少しずつ速度を上げていく。

 とうに悲鳴を上げている脚を無視してひたすら前進する。

まだだ、アタシは終わってない!こんな所で終われない!全員ぶち抜いて証明してやるんだ!

 限界を超えろと言わんばかりに普段出さないような叫び声と共にコースを駆けていく。

 

「おい!!無茶しすぎだ!!そんな走り方だとケガするぞ!!」

 

「っ……!!はぁ、はぁ、なに、アンタ……」

 

 いつの間にいたのだろうか、一人の男がアタシに駆け寄って来て怒声を浴びせる。月明かりで照らされた男の顔は汗だくになっていて息遣いも荒い。

 こいつもか……!!好きに走って少しだけ落ち着いた気持ちがまた高ぶり、つい目の前にいる名前も知らない男に感情を爆発させた。

 

「っ……ぁああああもう!!どいつもこいつも同じ事ばっか言いやがって!!うるさいんだよ!!もう聞き飽きたよ!!アタシに構うな!!ほっといてよ!!」

 

「……」

 

 男は何も言わずただその場でアタシの眼を見つめている。胸の内に秘めていたものを感情に任せて次々ぶち撒けていった。

 それでも目の前の男は決して眼を離さない。年下の女に散々言いたい放題言われてムッとする表情を浮かべるわけでもなく、どこか懐かしむような顔を浮かべており、こちらが余計に腹が立ってくる。

 

「ぁああああーーーっ!!やっと見つけたーーー!!

タイシィーンーーー!!」

 

 アタシの声とは別に聞き慣れたうっさい声がコースの隅から聞こえてきた。まだこちらと距離が離れてるってのに思わず耳を塞ぎそうになるほどの声量に顔が歪む。

 こっちの気も知らずに全力でこちらに駆けてくる姿を捉えると、思わず深いため息が出てしまった。

 

「こんな時間まで何してるんだよぉおおおー!!

ライトも消えてるのにっ、危ないじゃんかー!?」

 

「うるさっ……、チケットは何しに来たわけ?」

 

「迎えに来たに決まってるじゃん!クリークさんも心配して捜してるよ!早く帰ろうよタイシン!」

 

「……はぁ」

 

 チケットの言葉に火照っていた身体がいつの間にか冷たくなっていた。気持ちも興醒めして今日はもう走る気分ではなくなっている。

 一瞬だけ男の方に顔を向けた後、何も言わずにその場を後にする。今は誰とも関わり合いたくないし、話したくもない。

 

「あぁっ!?ま、まってよタイシィーーーン!!

サブトレーナーさんもまた明日ねー!」

 

 後ろから走って追い掛けてきたチケットは、アタシの心情なんてお構いなしにひたすら話しかけてくる。夏に鳴くセミの鳴き声より鬱陶しい。

 

「それでねそれでね、ハヤヒデがさぁ……

ってちょっとー!!タイシン聞いてるー!?」

 

「……あぁもぉうっさい!!聞いてるから黙っといて!!」

 

「え?うん、わかったぁ!!…………

それでねこの間サブトレーナーさんと一緒にハヤヒデにさぁ」

 

「はぁ……もういいよ。……サブトレーナーってさっきの男?」

 

「うん、そうだよ。あれ?タイシンはサブトレーナーさんと会ったことなかったっけ?」

 

「知らない。興味ないし、向こうもアタシにもう関わろうとしないでしょ」

 

「えぇーーそんなことないよっ!!サブトレーナーさんは優しいからタイシンにも優しくしてくれるよ!」

 

 別に優しくしてくれなくてもいい。チケットの言葉に心の中で否定する。そんな人はどこにもいない。あれだけ暴言を吐いたんだから、きっとトレーナー内でも問題になるはずだ。   

 アタシのような問題児に指導したいと思うトレーナーなんて……

 

 寮に着いてから同室者の小言を聞き流し、帰り道に冷えた身体を暖めるべく汗を流した後、すぐにベッドに横になった。眠りに着くまで、もう関わることはないだろうサブトレーナーの顔が離れなかったのは、心のどこかで罪悪感があったからかもしれない。

 いつまでも離れない顔を消し去れるように、中々寝付けない夜が過ぎていった。

 

「おはようタイシン!!さぁ今日も張り切ってトレーニングだ!!」

 

「おっはよー、タイシン!!今日も一日元気にがんばろーね!!」

 

「……」

 

 トレセン学園に着いてアタシを待っていたのは暑苦しい二人だった。親子かこいつらはと内心ツッコミを入れるが、アタシの気持ちが分かってくれるのは横で苦笑いを浮かべているハヤヒデだけだろう。

 

「……アンタ、昨日の。なに?説教でもしに来たわけ?」

 

「説教?悪いが俺は説教出来るほど偉いトレーナーじゃないし、というかトレーナーですらない。ただ俺は君の手伝いをしたいだけだ」

 

「はぁ!?な、なにそれ意味分かんない。昨日あれだけキレられといて、どういうこと……?」

 

「理由なんて特にない。まぁ一つだけ挙げるとしたら昨日のような無茶な走りじゃいつか満足に走れなくなる。まだ正式なトレーナーが付いてないなら、俺が出来る限りサポートするから一緒に頑張ろう!」

 

「だ、だれがアンタなんかと……げっ……」

 

「か、か、か、がんどうじだぁあぁあああーーーッ!!

熱い、熱いよサブトレーナーさん!!アタシもサブトレーナーさんとトレーニングするぅううーー!!」

 

「おぉ!チケゾーも一緒に頑張るぞ!

よし、まずは腹ごしらえだ!チケゾー、タイシン、ハヤヒデ、俺に付いてこい!」

 

「ちょ、勝手に決めんな!!ハヤヒデも笑ってないであいつら止めてよ」

 

「ふふっ、無駄な抵抗はしない方がいいぞタイシン。サブトレーナー君は中々にしつこいからな。一度目を付けられると逃げウマ娘でも逃げられんぞ」

 

 ニヤつきながらアタシに言葉を掛けたハヤヒデと渋々チケット達の後を追う。いきなりあんな事を言われても意味が分からない。

 アタシのサポートをしたい?どうせすぐにアタシのことを捨てるに決まってる。アイツもみんなと一緒だ。勝手にすればいい。

 チケットと一緒に美味いと泣きながら朝食を食べている男を観察しながら、アタシはそんなことを内心思っていた。

 

 でも、コイツは今までの奴らとは違ってて

 

「タイシン!?カロリーメイトじゃ力出ないぞ!!俺の弁当やるからちゃんと食べなさい!!」

 

 アタシが何度拒絶しても

 

「よし、ウォームアップはバッチリだ。後はしっかりと全身を使って……

よっしゃぁ!!バーベル上げ成功だ!よくやったぞタイシン!!」

 

 アンタはアタシにしつこく絡んできて

 

「ぷっ、ハッハッハ!タイシンテスト〜なんて面白いな。じゃあ俺も……あっ、あの〜タイシンさん?足を振り上げて何を!?えっ?サッカーしよう?……ごめんなさい……」

 

 いつの間にかアタシの日常に土足で入り込んでいた。

 

「よし、タイシン。これが今週のトレーニング表だ。俺が先輩トレーナーとタマに頭下げて作ったスペシャルメニューだからな。みっちりやっていこう。」

 

 アンタと過ごした日々は今までアタシが体験したことがなかったことばかりで新鮮だった。

 

「やったなタイシン!!一着おめでとう!!

いやー最後の末脚は凄かったなぁ、あの走りが完成したらトゥインクル・シリーズでもきっと通用するぞ」

 

 初めてトレセン学園での模擬レースで一着を取れた時は、胸に込み上げてくるものが抑えきれず、つい涙を流してしまった。

 泣き顔を見られないように、すぐさま顔を拭きアイツの方に顔を向けると、チケットと同じくらいに泣いていた。

 それが何だか可笑しくて、アタシの涙はすぐに止まったのはよかったが、観客席でアタシの名前を連呼するのは辞めて欲しい。

 

 年上のくせに涙脆くて、ガキっぽくて、ヘラヘラしてる変な奴だけど、今日は少しだけ素直になってもいいだろう。

 

 アンタといる日常は、嫌いではないよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ〜今日も寒いね〜。あっ!ハヤヒデの髪の中なら暖かいかも!ねぇハヤヒデ〜?ちょっとだけ入ってもいい?」

 

「バカなことを言うな!!入れるわけないだろう!!もうすぐ喫茶店があるはずだからそこまで我慢しろ」

 

「はぁ、チケットが静かになるなら入れてあげれば?」

 

「なっ!?何を言うんだタイシン!!チケットが本気にしたらどうする!?」

 

 人混み溢れる街並みは、もう誰一人夏服の者はいない。冷たい風が容赦なく襲い掛かってくる季節に突入し、街を歩く人々はいつもより足早に歩いているようだ。

 

 そんな中、三人のウマ娘”ナリタタイシン”、”ウイニングチケット”、”ビワハヤヒデ”達は休日のとある日、買い物に訪れていた。

 

 既にデビューを果たしてレースで活躍している三人は、親友として、ライバルとして切磋琢磨している仲であることはトレセン学園だけでなく、ファンからも知られている仲だ。

 そんな三人が街中を歩いていれば当然目立つし、ファンからも声を掛けられることが多い。サインを頼まれることもあれば、写真撮影を頼まれることも多々あった。

 レースとは違う疲労感に襲われながらも、三人は何とか目的の買い物を済ませ、トレセン学園に帰る前に少し休憩しようと喫茶店を目指していた。

 

 すれ違う人々の視線が少し煩わしいと感じ始めたナリタタイシンの機嫌は徐々に悪くなり、ウイニングチケットとビワハヤヒデの会話に入ることもなくただ歩を進めていく。

 

「あれっ?ねぇあの人ってサブトレーナーさんじゃない?」

 

「うん?……遠くてはっきりと分からないが、確かに似ているな」

 

「……珍しくスーツなんか着てる。初めて見たかも」

 

 ウイニングチケットの言葉に反応した二人は、彼女の視線の先にいる男を観察した。ビワハヤヒデは断定出来なかったが、ナリタタイシンはすぐに遠く離れた男がサブトレーナーだと確認できた。

 

 三人が見つめる男はどこか挙動不審な動きをした後、店の中へと姿を消した。彼女達との距離が離れ過ぎていた為、男は三人に気が付くことはなく、また彼女達も男が何の店に入ったか分からなかった。

 

「あぁ〜サブトレーナーさん行っちゃたー!折角なら一緒に喫茶店行きたかったのにぃ」

 

「まぁ残念ではあるが、サブトレーナー君も休日くらいゆっくりさせてやらないと大変だろう?なぁタイシン?」

 

「は?何でアタシに聞くわけ?アイツが何してようとどうでもいいし……」

 

 ビワハヤヒデの言葉に思わず食い気味に反応してしまったナリタタイシンは、ここで更に反論してしまえば二人から更にからかわれることは目に見えていることを理解しており、無言を貫くことにした。

 だが、二人には彼女の尻尾が落ち着きなく動き続けているのを見られてしまい、二人のニヤついた顔が彼女の機嫌を更に悪くすることとなった。

 

 ナリタタイシンが歩むスピードを早め、からかい過ぎたと二人が謝りながら歩を進めている内に、男が姿を消した店らしき所の前まで到着し、三人は一旦足を止め店内を確認する。

 

「んー……あっ!いたよっ!……やっぱりサブトレーナーさんだった」

 

「あぁ、だがここは……?」

 

「……石材店?アイツ、こんな所で何してんの……」

 

 三人が外から店内を伺っている中、サブトレーナーは店員らしき人物と店内を見回っていた。店内はお墓がずらりと並んでおり、普段の彼を知る者が見たら似つかわしくない場所であろう。

 店員の話しを聞く彼の顔は、まるで自分達に指導している時のような真剣な表情なのだが、彼の目の前にあるのは多種多様なお墓の一覧。彼女達に気が付くことはなく次、また次へとお墓のサンプルの前に移動していく。

 

「……もう行こっ」

 

「あっ、あぁ、そうだな」

 

「うん……」

 

 ナリタタイシンの言葉にその場をあとにする三人であったが、その表記は優れない。まるで見てはいけないものを見てしまったかのように、先程までとは打って変わり口数少なく喫茶店へと向かった。

 普段あまり飲まない珈琲を飲んだナリタタイシンは、珈琲ってこんなに苦かったっけと、珈琲の味を愉しむことなくほとんど残して店から出ることにした。

 後味の悪さは最後に見たサブトレーナーの暗い表情のように、いつまでも口の中に広がっていた。

 

 翌日、若干寝不足気味のナリタタイシンは朝練の為に同室者である”スーパークリーク”より早く起床し、トレセン学園へと向かった。

 この季節は日が登りきっていない為いつもより肌寒いが、目を覚ますには効果的であったと、秋の寒風を肌で感じながら足早に歩を進める。

 

 トレセン学園に到着してすぐにジャージに着替え、室内でストレッチをしようと室内トレーニング場に向かう途中、突然横のドアが開き彼女が今一番会いたくなかった人物と鉢合わせをしてしまった。

 

「おっ?おはようタイシン。今日は早いなぁ、今から自主トレか?」

 

「……おはよ。……じゃアタシ行くから」

 

「あぁちょっと待ってくれ。この間頼まれた資料用意出来たから渡したいんだけど、少し時間あるか?」

 

「あぁ、うん……分かった」

 

 気まずい。彼女の内心はただその気持ちのみであった。

 別に悪いことをしたわけでもないのだが、彼が内緒にしたかったであろう現場を見てしまったことは少なからず彼女の良心が傷んでいた。

 お墓を選んでいたということは、身内に不幸が訪れた可能性もある。非常にデリケートな話題である為こちらから追求する訳にもいかない。

 

 いつも通り接しよう。結局彼女が出来るのはそれだけであった。くだらない事を言い合って、また悪くない日常を送ることを。

 

「ちょっと待ってろよー、……確か鞄の中に……」

 

 サブトレーナーの部屋に案内され、相変わらずのごちゃごちゃしている部屋の中を一通り見渡していく。

 よく分からない物は錯乱しているが、レースに関する資料などウマ娘に必要なものだけは綺麗に整頓されている。几帳面なのかどうかよく分からないが、奥に乱暴に置かれている小道具のせいで台無しだ。

 清潔感を出すために今度実家から何か花でも持って来てやろうか、そんなことを考えながら鞄の中身を全て机の上に吐き出した彼の慌てように思わずため息を吐いた。

 

「あぁもう!そんなに慌てなくていいからちょっと落ち着きなよ。この書類全部大切なものなんでしょ?」

 

 机の上に散らばった書類を仕方なくまとめていく彼女に一言お礼を言うと、彼は書類の整理を始めた。

 彼女も仕方ないといった顔で書類の整理をしている最中、ふと気になるものを見つけた。

 

「……ねぇ?これなに?」

 

「えっ?……うぉ!?な、何でもないよ!!」

 

 書類の中から出てきた一枚のパンフレット。彼は彼女が手にした途端、すぐに奪い返すと慌てて鞄の中に仕舞い込んでしまった。

 

 だが彼女は既に見てしまっている。

『終活のご案内』と書かれた一文を。

 

「ねぇ、今の何?まさかアンタのとは言わないよね?」

 

「……」

 

 彼女の問いかけに彼が答えることはなかった。もし彼の身内に対してのものだったならば、この状況でならすぐに言ってくれただろう。だが返ってきたのは沈黙である。

 思いもよらぬ形で彼の秘密を知ってしまった彼女の胸中は誰にも分からない。

 

「……いい、もういい。今のは見なかったことにするから……」

 

「……すまん」

 

 何事もなかったかのように書類整理を再開した彼女につられるように、彼も慌てて作業を始めた。

 そこに会話はなく、ただ寂しげに書類の音だけが聞こえてくる。

 

「……あっ!あった!これだ!サンキュータイシン」

 

「んっ……」

 

 彼から受け取った書類の中身を確認する最中、衝突に彼の口が開いた。

 

「なぁタイシン……最期のレース、がんばれよ!」

 

「最期って……バカじゃないの!?アタシはまだまだ走れるし、アンタもアタシの走りをちゃんと見届けてよ!!」

 

「ははっ、分かってるって。全員ぶち抜いて一着でゴールするのを特等席で見届けるよ」

 

「ッ……バカ」

 

 もう用は済んだと言わんばかりに部屋から立ち去ろうとした彼女だったが、彼の方へ振り向かずに言葉だけを伝える。

 

「いい加減部屋を綺麗にしたら?掃除して花でも置けば少しは雰囲気変わるんじゃない?」

 

「んー花かぁ、いまいち花のことは分からんし、世話も大変そうだしなぁ。そういやタイシンの実家って花屋だっけ?何かお勧めある?」

 

「……今度サンビタリアでも持って来てあげる」

 

 そう告げると今度こそ彼女は部屋から退出した。

 朝練を終え、クラスで親友二人から目が真っ赤になっていると指摘されても、寝不足と答えるだけで何も話さない彼女はその日から鬼気迫る勢いでトレーニングに励んでいく。

 担当トレーナーから何度も注意されるが、彼女を止められる者はいなかった。

 

 彼と鍛えた自分を証明するため、勝ち続ければ彼女の日常がいつまでも続くと信じて、今日もまたレース場では影が迫ってくる。




今年1年色々ありましたがたくさんの方に見ていただいたことが1番嬉しいことでした。

しばらくは不定期更新になりますが、来年もよろしくお願いします。
それではよいお年を〜
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