学園お抱え装蹄師の日常    作:小松市古城

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(101):幕間11 研究員と老紳士の邂逅

 

 

 下っ端研究員の男はある休日、レースを観に来ていた。

 

 レースといっても、普段からかかわりのあるウマ娘のレースではない。

 

 数少ない旧知の友人に早朝というには早すぎる時間に拉致されるようにクルマに押し込まれ、連れていかれたのは霊峰富士に抱かれるようにある、国際格式のサーキットであった。

 

 数少ない友人が言うには、今日このコースで開催されるのは国内最速のフォーミュラカー、いわゆるF1のような形状のマシンのレースだという。

 

 出ているチームやドライバー、レースのレベルの高さのわりに観客が少なく、ゆったりと観られるのが良いのだとは友人の弁だ。

 

 確かに友人の言う通り、広大な敷地ではあるが人はまばらで、グランドスタンドも空席が目立つというよりヒトが疎らにしかいない、という有様だった。

 

 ウマ娘のレース場の雰囲気を基準に考えれば、あまりにも寂しいと言わざるを得ない。

 

 メインゲート入場時に渡されたパンフレットに記されているタイムスケジュールによれば、フォーミュラマシンによるメインレースは午後だが、それまでにフリー走行や他のカテゴリーのレースなど、ぽつぽつと走行スケジュールがあることがわかる。

 

 今日の最初の走行は、メインレースの前座となる、軽自動車によるワンメイクレースの練習走行のようだ。

 

 下っ端研究員とその友人は、指定された駐車場にクルマを止めたのち、メインスタンド脇に設けられた喫煙所で一服しつつ、コースを挟んで反対側にあるピットで整備や暖気運転をして走行準備に余念のないマシンたちを眺めていた。

 

「……?」

 

 気が付くと下っ端研究員とその友人しかいなかった喫煙所に、音もなく歌舞伎町の黒服のようなスーツ、サングラスといった出で立ちの男が3名現れていた。遠巻きに彼らを囲むように現れる。

 

「…おい、お前なんか悪いことでもしたんか」

 

 友人が下っ端研究員にこそこそと話しかける。

 

 研究員はふるふると首を振る。そもそも君と一緒にここに来たばかりではないか。

 

 さすがにこの状況では居心地はよくなく、研究員と友人は無言のうちに煙草を消して喫煙所を出ようとした刹那、黒服の一人が声を駆けてきた。

 

「トレセン学園史料課の方ですね?プライベートでお越しのところ大変申し訳ございませんが、我々とご同行願えませんでしょうか」

 

 言葉こそ丁寧だが、どうみてもカタギではない迫力に、研究員とその友人はそれを拒否する選択肢を思い浮かべることすらできなかった。

 

 

 

 

 

 

 黒スーツにサングラス、短髪オールバック×3人というおよそ堅気には見えない男たちに連行されて、グランドスタンド下の地下道を通り、関係者パスがなければ入ることはできないピット裏パドックに彼らの顔パスで通過したのち、さらにいくつか、警備員がクレデンシャルチェックをする検問を通り過ぎ、最終的にピットビル上層階にあるプライベートラウンジに放り込まれた。

 

「こちらでしばしお待ちください」

 

 黒服はそう言って部屋を出ていき、入れ違いにケータリングサービスの女性がお茶を出していった。

 

「おい…一体どうなってるんだよ。お前の知り合いでもいるのか?」

 

 友人は下っ端研究員に問う。しかし研究員は首を振る。そもそもウマ娘レース界の端に身をおいているだけで、自分の属する業界においても伝手らしい伝手はない。それが畑違いのモーターレーシング界に関わりなどあろうはずもない。そもそもこのサーキットだって友人に連れられて初めて訪れたのだ。

 

 部屋のコース側は床から天井までガラス張りになっている。天井からは大型モニターが3面吊り下げられており、ラップモニター、場内中継が常時表示されていて、快適にレースを観戦できる配慮が行き届いていた。

 

「こういう部屋があるのは知ってたけど…入るのは初めてだ…」

 

 友人曰く、サーキットは紳士の社交場という側面もあり、レースチームなどがスポンサーをもてなすためにこのような部屋が用意されていているのだという。  

 

 ごく一部の関係者が招待されるか、一般客が何らかのイベントなどに当選するかなどしないとなかなか立ち入ることのできない場所、ということらしい。

 

 友人の勢いのある興奮した解説に、URAのレース場にもたしかにそのようなエリアは存在するな、と研究員の男は一人、この空間に納得した。  

 

 しかしここに連れてこられた理由は相変わらず判然としない。

 

 自らがトレセン学園の人間であることを黒服は知っていた。

 

 しかしあくまでも友人とプライベートで訪れただけのこの場所で、声を掛けられる理由がわからない。

 

 研究員の男は真下のピットでのレーシングマシンの暖機運転の爆音すらささやくような音になるほどに完璧な防音を施された部屋で、考えを巡らせた。

 

 そして黒服の一団、その記憶にたどり着いたとき、ラウンジの扉が再び開かれ、仕立ての良いスーツとハットに身を包み、杖をついた老紳士が入ってきた。

 

「おぅあんちゃん、また会ったな」

 

 それは府中のウマ娘博物館で出会い、喫茶ブロンズで拉致されていって別れた老紳士であった。

 

 

 

 

「俺んとこの若いモンがあんちゃん見かけたって言うんでな。探させたんだ」

 

 部屋のソファに腰掛けて、帽子を取りながら老紳士は煙草を取り出し、くつろいだ様子だ。両脇には先ほどの黒スーツが二人、棒を飲み込んだような直立姿勢で立っている。

 

 対面に研究員の男とその友人は座り、事情の分からぬ友人は突然の貫禄ある老人、しかも取り巻きが黒スーツ一団という様子から顔色を悪くし、若干冷や汗のようなものまで浮かべている。

 

 その様子を見て老紳士ははたと気づいたらしく、懐に手を入れる。

 

「そういやあんちゃんにも自己紹介してなかったな。連れの兄ちゃんも、そんな緊張すんな。俺はこういうもんだ」

 

 研究員と友人の前に、懐から取り出した名刺を滑らせてくる。

 

 会社名、役職名、名前が毛筆のような書体で書かれている。

 

 会社名はURA関係者なら知らぬものが居ないほど縁が深い大企業の名前、役職は代表取締役会長、とある。その名刺を見た瞬間、下っ端研究員とその友人は椅子ごとひっくり返りそうなほどの衝撃を受けた。

 

「お……おおお、大企業の会長さんじゃないですか……!」

 

友人が叫ぶ。

 

「そうだぞ」

 

老紳士が鷹揚に答える。

 

「ええええええ!?」

 

「おぉ、いい反応するじゃねぇか、そっちの若いの」

 

「あの、どうしてここに」

 

「そりゃあ、ウチに関係が深いチームが出るからな。まぁ俺は名代みたいなもんだが。あんた、クルマのレースは好きかい?」

 

友人はこくこくと頷く。

 

「そりゃあよかった。まぁ今日このサーキットに来てるんだからそうだよな。よし、二人ともついてきな」

 

 

 老紳士が立ち上がると、ついてくるように二人に促した。

 

 

 

 

 ピットビルを降りてピット裏を歩く。

 

 各チームがここまでマシンや機材などを運んできたトレーラーを付けており、機材やタイヤが所せましと並べられ、関係者が行き交い、ところどころで談笑したりしている。

 

 老紳士についていくと、ひとつのピットに入った。

 

「あ、会長!お疲れ様です!」

 

 そこには老紳士に最敬礼で声をかける、ウマ娘が居た。レーシングチームのピットシャツを身に着けているあたり、このチームの関係者のようだ。

 

「おお、忙しいところ悪いな。ちょっと見させてもらっていいか。俺の客だ」

 

「モチロン!あ、でも手は触れないようにお願いしますね。危ないものもありますし、いま最終調整中なんで…って、釈迦に説法か」

 

 そういってモデルのような肢体のウマ娘はこちらをちらっと見て微笑む。

 

「会長のお孫さん…とかです?」

 

「違うわ。あ、お前さんもちょっとは関係あるかも知らんぞ。トレセン学園の職員サンだ」

 

「え!ちょっとじゃないじゃないですか!私卒業生ですよ!挨拶させてくださいよ!」

 

 老紳士は苦笑いしながら研究員とその友人に向き直る。

 

「あー、こいつはこのチームの監督、元競走ウマ娘で元レーシングドライバーの…」

 

「ブレイクランアウトです!主な勝利レースは共同通信杯です!さあ、どうぞどうぞ」

 

 ペコリと頭を下げるブレイクランアウトと名乗ったウマ娘は、ピットの中に誘う。

 

 後ろをついていくとパーテーションで仕切られた先に、研ぎ澄まされた刃物のように美しいレーシングマシンが佇んでいた。

 マシンに取りついて調整を施しているメカニックたちの中にも数人、ウマ娘がいる。

 

 カラーリングは施されておらず真っ白な車体に、いくつか小さくスポンサーロゴが急ごしらえのように添えられている。研究員の男はその中にURAのロゴがあることに気が付いた。

 

「うちは今年から、1台だけでの参戦の新参チームだから、バタバタしちゃってねー」

 

 ブレイクランアウトと名乗ったウマ娘が耳をぴこぴこさせながらニコニコと話す。

 

「小さな所帯で悪かったな。仕方ねえだろ、急にアレが思いついちまったんだから」  

 

 老紳士は苦笑いしながらブレイクランアウトに苦言する。

 

「この会長さんのお友達がね、ウマ娘の可能性を拡げるひとつの挑戦として、レースにでも出てみたらどうだ、って言うものだから。ちょっとお力をお借りして、ここまでたどり着きました」

 

 研究員の男は先ほどゲートでもらったパンフレットを見直す。

 確かに、エントリーリストの末尾に

「ウマ娘レーシング」

 というなんとも捻りの無いチーム名のエントリーが記されていた。

 

 確かに引退後、レーシングドライバーに転向したウマ娘も居るというのは知っていたが、チームオペレーションからウマ娘、というのは聞いたことがない。

 

「おいおい国内トップフォーミュラだぜ…伊達や酔狂でできるもんじゃない…」

 

 友人はぶつぶつと小声で囁いてくる。

 

「まぁまずは出て、チームとして鍛えて。そのうちウマ娘の育成ドライバーを乗せて勝つから、応援してくださいね!」

 

 ブレイクランアウトは艶然と、しかし愛嬌たっぷりの笑顔で彼らにそう告げた。 

 

 

 

 

 

 

「…とまぁ、そんなわけで、俺はあのチームの後見人のひとり、ってとこだ」

 

 パドック端の喫煙所で、老紳士と研究員は煙草を吹かしている。友人はこれ幸いとピットに張り付いて、人手不足らしいウマ娘レーシングを手伝い始めた。

 

「で、あんちゃんはどうなんだ。あのあと、調べは進んでるのか?」

 

 研究員の男はアグネスタキオンとサイレンススズカに会ったことを話す。そしてどうにも、装蹄師がカギだということを話した。

 

「なるほどな…あの女帝サマが見込んだ通りみたいだな、あんちゃん」

 

 女帝サマ、という単語に研究員の男は引っかかる。少し考えて、その単語がエアグルーヴ理事長とつながることに思い至った。

 

「エアグルーヴ嬢ちゃんとは昔からの付き合いでな。話してなくて悪かったが、あんちゃんがエアグルーヴにあげてる報告書の内容もある程度は知ってる。そしてたぶん、あんちゃんが調べてることと俺も、無関係じゃあねえんだよなぁ…」

 

 遠くを眺めながら話す老紳士の横顔を眺めていると、遠くからレーシングマシンとはまた別の、ヘリコプターの音らしき大気を叩くような音が聞こえてくる。

 

「ほら、来なさったぞ。あんちゃんの調べ物の鍵を握っている重要人物が」

 

 老紳士の視線の先に居たヘリコプターはみるみるうちに近づき パドック脇にあるヘリポートに降りてくる。

 

 着陸と同時にヘリの扉が開かれ、黒スーツの男の次に降りてきたのは、スーツに身を包んだスタイルの良いウマ娘。

 

 遠目にもはっきりわかるそのオーラに息を呑む。

 

 生ける伝説であり、ウマ娘界を支える名家のひとつ、シンボリ家の現当主。

 

 シンボリルドルフであった。

 

 

  

 




 

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いつもお読みいただきありがとうございます。
おまけシリーズがだらだらと続いておりまして申し訳ございません。書いてる本人も(完結したはずなのに何故…?)となっております。。

引き続きだらだらとお付き合いいただけますとうれしいです。よろしくお願いいたします。



ブレイクランアウトさん(元競走ウマ娘・元レーシングドライバー)のエピソードはこちらからヒントをいただきまして組み立てております。
ZENRAさんありがとうございます。
https://syosetu.org/novel/270326/2.html
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