学園お抱え装蹄師の日常    作:小松市古城

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引き続き積極的に三次創作から設定をいただいて拡げております。
ネタ元はこちら
https://syosetu.org/novel/270326/15.html


69:毎日王冠の夜

 

 

 

 

 

 ウィナーズサークルでの写真撮影を終えて、ウイニングライブまでの少しの間、サイレンススズカはレース後の取材を受けていた。

 

「サイレンススズカさん!まずは今日のレースの感想を聞かせてください!」

 

 まだ汗が引き切らないサイレンススズカは記者に囲まれ、フラッシュが浴びせられている。

 

「え…と…そう…ですね…多くの方に…応援していただいて…ありがとうございます…」

 

「宝塚記念から夏を越えて、さらにスピードに磨きがかかったようにお見受けしますが、なにか夏の間に変わったこととか、あったんでしょうか?」

 

「そうですね…夏合宿は…チームのみんなとしっかりトレーニングを積みました…あ…合宿で…アドバイスを…いただきました…」

 

「それはどのようなアドバイスだったんですか?」

 

「…蹄鉄が…あまり合ってなかったみたい…で…その…新しい蹄鉄に変えて、今日が初レース、だったんです…」

 

 記者たちがどよめく。

 

「その蹄鉄とは、どんなものなんですか?」

 

「えっと…学園の…装蹄師の先生が…作ってくれたもので…これまでのものより…しっくりくるというか…安心して走れる…感じがします…」

 

 記者たちはサイレンススズカの言葉を聞きながら、早速記事の見出しを思案し始めた。

 

 

 

 

 

 毎日王冠の日の夜。

 

 

 装蹄師の男と、予告通り昨日から男の部屋に泊まり込みで観戦に来た後輩は、スピカの祝勝会に少しだけ顔を出したあと、ひと気の少なくなりつつある商店街を歩いていた。

 

 隣で杖をつきながら歩く後輩は、酒もいくらか入って上機嫌だ。

 

 

 今回の毎日王冠はリギルからはこれまで無敗の超新星であるエルコンドルパサー、ジュニアチャンピオンなれど怪我に泣いての10か月ぶりのターフに立ったグラスワンダー、そしてスピカからは今絶好調のサイレンススズカと、注目株揃いのレースとなった。

 

 それゆえGⅡというレースグレードながらもGⅠ並みかそれ以上の観客を集めていた。

 

 スターティングゲートが開いてみれば、わかりきった展開としてサイレンススズカが飛び出して、それをどこまでグラスワンダーやエルコンドルパサーが追い込んでいけるか、という展開予想そのままにレースは進行、3コーナーから4コーナーにかけて差が詰まり、最後の直線での勝負になるか、と観衆を沸かせた。

 

 しかしそこからはサイレンススズカがさらに伸びて後続を突き放し、圧勝。

 

 今現在でのトゥインクルシリーズでの圧倒的な実力を、天皇賞秋へのステップレースでも証明してみせた。

 

 

「いやぁ凄かったっすねぇサイレンススズカさん…」

 

 後輩は隣で、先ほどから同じ言葉を繰り返している。

 

 先ほどのスピカの祝勝会で写真を撮ってもらい、杖にサインまで入れてもらって今日を満喫したといえる。

 

 しかし装蹄師の男はどこか複雑な表情だ。

 

「なんすかーせっかくスズカさん勝ったってーのに、浮かない顔っスね先輩」

 

「ん…まぁな…」

 

 男は今日の第2レースで起こった出来事を思い返していた。

 

 今日は第1レースからレスキューウマ娘の試験運用が入っており、まずはコース大外に引かれた白線外を訓練を受けたウマ娘たちが最後尾よりさらに後ろを走るという形で行われた。

 

 第2レースはメイクデビュー戦で芝1800mのレースだったのだが、3コーナー途中で3番手を走っていたウマ娘がアウト側に滑り転倒、早速レスキューウマ娘が活躍することとなった。

 

 外側から先頭を狙う体制であったことが幸いし、巻き込まれた娘はいない。

 

 転倒した当人は軽い脳震盪をおこしたようだったが、レスキューウマ娘たちの迅速な展開と担架による収容が功を奏してか、大きな怪我などはないようだった。

 

 こういう事態を想定しての仕組みで、それが有用に機能したことは良いことだったが、それ自体を素直に喜ぶことはできなかった。

 

 対照的な様子でふらふらと歩く二人に、背後から声がかかる。 

 

「…貴方たち二人をセットで見ると、ここがトレセン学園の近くだってことを忘れそうになりますね…」

 

 男と後輩が振り向くと、そこには二人に共通の知人、男にとっては恩人で、後輩にとっては自分のお目付け役であった同級生が神妙な面持ちで立っていた。

 

「り、理子ちゃん…?」

 

 後輩は突然の樫本理子の出現に驚きを隠せない。

 

「おお、お疲れ様。今日は大変だっただろう」

 

 男は大した驚きもなく、理子を労う。

 

「貴方に折り入ってお願いが…」

 

 いつにもまして表情が険しい樫本理子は、装蹄師の男に懇願するように呟く。

 

「その…ちょっと今日は体力的に厳しくて…貴方の…部屋で…か…みん…を…」

 

 すべてを言い終わる前に樫本理子は頽れる。

 

 装蹄師の男はとっさに左腕で抱えるように支えた。

 

「…ったく、相変わらず軽いなぁ…」

 

 男は左腕で担ぎ上げる。

 

「…先輩…俺…いろいろ聞きたいことがあるんスけど…」

 

 男は軽くため息をついて頷くと、とりあえず気絶した樫本理子を担いだまま、後輩を伴って自室に戻ることにした。

 

 

 

 

 部屋に戻って男の肩に担いでいた樫本理子をベッドに転がすと、男と後輩はリビングで一息ついた。

 

「…で、なんで理子ちゃんが急に現れたんスか?」

 

 男はかくかくしかじか、と経緯を説明した。

 

 樫本理子はURAに就職しており、現在は結構なお偉いさんであること、体力が全くないのは相変わらずであること、この間、後輩が帰った翌日に学園で久しぶりに会ったこと、今日のレスキューウマ娘のテスト運用の仕掛け人は彼女であること…などだ。

 

 さすがに後輩の事故に起因して、廃人状態の装蹄師の男が樫本理子に養われていた半年間の話はしない。

 

「んでまぁ、今日の2Rでトラブルがあった時、早速レスキューウマ娘が活躍したろ。あれでおそらくその後のなんやかんややってて、理子は力尽きたんだろうな…」

 

 ははぁ…と唸る後輩。樫本理子の体力の無さも知悉しているだけに、納得してくれたようだ。

 

「しかし俺、理子ちゃんと会ったの卒業以来かもしれないっス。まさかURAに就職してたとは…風のうわさで、仕事が忙しいらしいくらいの話は聞いてましたけど」

 

「まぁ、忙しくしてたのはそうだよ。あいつ、トレーナー資格も取って、一時期トレーナーやってたしな」

 

「うへぇ…お勉強できるのは知ってましたし何度もそれに(主に単位の取得的な意味で)助けてもらいましたけど…あんな超難関資格まで持ってるんスか…って、そういえばもうひとつ、理子ちゃんの噂思い出したっス」

 

 なんだ、と装蹄師の男は後輩に先を促す。

 

「なんか…子供がいるとかなんとか…しかもウマ娘の…」

 

 男は飲みかけたお茶を吹き出した。

 

「…っお前、それをどこで…」

 

 後輩は男のおかしな挙動に首を傾げる。

 

「いやぁ、噂ですよ噂…なんか同輩がどこかで見かけたとかって話を聞いただけっス」

 

 そこまで知っていれば男と樫本理子の関係も大学時代の仲間内で噂になっているのかと思いきや、そこまでではないようであった。

 

「いやぁしかし懐かしいっスねー…みんなでバカやってたのに、今やこうしてみんなそれぞれに仕事してるとかちょっと感慨深いモノがあるっス…」

 

 後輩は突如現れた樫本理子という旧い仲間に、懐かしい思いに囚われている。

 

 装蹄師の男のスマホが鳴ったのはそんなときであった。

 

 発信元はシンボリルドルフだ。

 スマホには「ルナ」と表示されている。

 男は特に気負うことなく受話のアイコンをタップした。

 

「はい…今日もお疲れ様……ん?ああ、別に構わんぞ。ちょうど今、理子は俺の部屋で寝てるが…あ?おいちょっと…もしもーし!」

 

 装蹄師の男が気が付いた時には、すでに通話が切られた後であった。

 

「…何だったんスか?」

 

「ルナ…もといシンボリルドルフがエアグルーヴと、今日の話ってか反省会みたいなのをしたいから今から来てもいいかって…。URAサイドの理子もいるからちょうどいいかと思って、理子いるぞって言ったら電話切れて…」

 

 後輩はあちゃー、と頭を抱えた。

 

「先輩ねぇ…言い方っスよ…寝てるのは事実っスけど…それ…事後の言い方っス…」

 

 男は後輩の指摘にはっとして、失言を取り繕うべくシンボリルドルフにコールバックした。しかし電話がつながることはなかった。

 

 

   

 

 言ってしまったものは仕方がないと装蹄師の男は開きなおり、シャワーでも浴びようかと思ったが、もしシンボリルドルフが来た場合、余計に誤解を助長すると主張する後輩の助言を受け入れ、落ち着かぬまま二人の到着を待った。

 

 そうしているうちに樫本理子が起き出してきて、これからシンボリルドルフとエアグルーヴが来るらしいことを告げておく。

 

「そうですか…ところで貴方は、ウマ娘をそんなに頻繁に部屋にあげているのですか…?」

 

「…そういえばそうっスね…先輩、どうなんスか…?」

 

 装蹄師の男は、これまでの無頓着が積もり積もった故の事故が現在進行形で起こりつつあることをついぞ自覚し、頭を抱えた。

 

 

 

 

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