これはまだ巨狼と呼ばれる青年が攻略組を抜ける前の話――ジェネシスとティアが攻略の息抜きを兼ねて下層に降ると、攻略組を目指す少女と出会う。
 彼女と言葉を交わす内に、もう一人の黒の剣士と白夜叉はその強さに失いかけた篝火が灯されていく――諦めるのはいつ頃か、それをもう一度知る物語。

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SAO 巨狼外伝 ~篝火を灯し、形見を交わす~

 見晴らしのいい草原の中、銀の疾風が先行し、遅れて黒の影が後を追う。彼らの瞳が捉えたのは、オレンジプレイヤーの集団と、それらに囲まれている少女と気弱なそうな男性。どこからどう見てもPK行為――それを見過ごすわけにはいかない。

 

 腰が抜けてへたり込んでいる男性を庇うように少女が多勢を相手に何とか立ち回っているが、技量がそこまで高くない上に数で押されているが故に、ライフの数値が見る見るうちに減っていく。だが、迫りくる死への恐怖を感じていないのか、少女の表情は緊張で強張りつつも焦燥感は見受けられなかった。

 それでも不利なのは変わりなく、彼女の背中へ槍の穂先が到達する――直前に銀の一閃が弾き飛ばす。

 

「大丈夫か?」弾き飛ばした主は、冷静な声音で訊ねつつも長い銀髪と白いマントを翻して刀を振るう。流麗な太刀筋は見る者を惹きつけながら、その命を一瞬にして刈り取る残酷さを秘めていた。彼女が放つ閃きに相手は対応できず、ライフをいとも簡単に奪い取られてしまう。

 

「へーき、ありがとう!」

 

 少女は明るく返すと、眼前に迫る斧を大きく(かわ)して、がら空きになった脇に切っ先を突き出す。肉が貫く感触が伝わりつつ素早く引き抜いて、片手剣を次の相手へ向ける。しかし、既に捌けるような速度ではない。

 

 避ける暇もないため、少女は歯を食いしばって耐えるように腰を深く沈めると、低く獰猛な声音が耳朶(じだ)を打つ。「よそ見していると、痛い目に遭うぜ」次の瞬間、少女の目の前にいた相手は、台風以上の強風に煽られたかのように横っ飛びに飛ばされていく。

 

「遅いぞ」

「無理言うなよ」

 

 銀髪の女性が文句を言った先――黒と赤に彩られた装備と逆立った赤い髪が目立つ青年は、黒い大剣を軽々と振り回しながら悪態をつく。「お前が速すぎるんだ」並みの両手剣プレイヤーよりも素早い身のこなしと剣捌きで、相手を圧倒し、次々と遠方へ飛ばす。

 

 あまりにも実力差がありすぎる状況に、オレンジプレイヤー達は徐々に戦意を失い、互いの顔を見合わせて問いかけ合う。今やってきた二人は、攻略組なのではないかと。

 それを証明するかのように、銀髪の女性は容赦なく切り捨て、赤髪の青年が相手を豪快に吹き飛ばす。蹂躙(じゅうりん)という言葉では語れない程に、見るも無惨な光景だった。一応、削りきらないように手加減しているようだが、それでも戦意を失わせるには十分。

 

 命の危機を感じたオレンジプレイヤー達は、撤退すると指示を飛ばして、その場から立ち去る。残ったのは、歴戦の戦士である二人と、囲まれていた二人だ。

 

「無事……とは言わねえだろうが、生きていてなによりだ」

 

 赤髪の青年が一息つくと、改めて少女達に目を向けた。自身の相方である銀髪の女性より少し背丈が低い片手剣使いの少女と、自分達よりも幾分か年を重ねた男性がそれぞれ平静や驚嘆の眼差しで見つめ返す。

 

「助けてくれて、ありがとうございます」

 

 白銀の女剣士に回復アイテムを渡されて、失ったライフを回復させながら少女は折り目正しく一礼。先程の明るい口調から打って変わって、生真面目な態度に青年と女性は面食らった。意外としっかりとしているのだなと。

 

「変にかしこまらなくていい」

 

 反射的に敬語を使わず返答されたを覚えている女性は、少女を諭すように言って、さらに言葉を続けた。「私はティア、隣の怖い顔をしているのがジェネシスだ」墨色の瞳はその眼光が鋭い青年――ジェネシスを映すと、からかうように少しだけ細めていく。

 

「目つきが(わり)ぃのは、生まれつきだ」

 

 若干不服そうな顔で返し、ジェネシスはからかってきた相手――ティアを釘刺すように一瞥(いちべつ)した後、わずかに不機嫌そうな調子で訊ねる。「んで、お前らの名前は?」

 

「私はカガリ。っで、この人は……誰?」

 

 威嚇にも聞こえてしまうジェネシスの態度に鼻白むこともなく答える少女――カガリは、へたり込んだままの男性を見下ろし、首を傾げた。黒茶の双眸(そうぼう)は嘘偽りなく不思議そうに男性の顔を映し出す。

 

「お前、知ってて助けたんじゃねえのかよ」あまりにも能天気な返答を聞いて、ジェネシスは呆れたように言い返す。「いや、それは俺達もだが」ティアにまた一つツッコミを入れられる前に、彼女から目を逸らしながら付け足すが。

 

「はは、気にしていませんよ」

 

 男性はカガリに引っ張り上げられて、ようやく立ち上がると穏やかに笑みを浮かべて話す。「私はライアーと申します。商売しているもので、戦闘はからっきしなんですよ」見るからに装備が貧弱ということは、そういうことなのだろうとジェネシスは納得しているが、どこかで違和感を覚えていく。

 

 というのも、仮にフィールドに出てくるとしたら、それ相応の装備をして行くのが常識だろう。ましてや、今いる階層は少し前に攻略を終えたばかりの場所……攻略組ならともかく、その他のプレイヤー達では苦戦必須の地域だ。

 それにしても、鎧もなければ装備している武器も護身用にもならなそうな短剣が一つのみ、これでは死に行くようなもの。だから、男性の軽装すぎる装備に違和感を覚えたのだ。

 

「あのー、私の顔に何か付いていますか?」

 

 ジェネシスがじっと見つめることに耐えられなくなったのか、ライアーはきょとんした顔で質問する。少し白髪交じりの茶髪、みずぼらしい軽装がより彼の間抜けさというものを表しているかのよう。

 

「どうして、そんな安っちぃ装備をしてんだろうなってな」

 

 隠す気もなく率直に答えるジェネシスの相好(そうごう)は険しい。脳裏には攻略組を目指して奮闘していた者達が、目の前に散った映像が流れていく。今ここで「死にてぇのか」という言葉を発したいところだが、奇妙な胡散臭さが鼻について思い返している者らとは違うと警報が鳴り続けていた。

 

「ああ、元々近くで用事があったのですが、急遽遠出をしなくてはならなくて」

 

 特別大仰な仕草も口調もせず、ライアーは穏和で落ち着いた声音で丁寧に返す。「装備を揃える暇もなく、大急ぎで行く羽目になって……このざまです」困ったような、情けないような眉尻を下げた笑みは、嘘というものとはほど遠く感じられるものだった。

 

「だとしても、そんな格好でいる理由にはならねえよな?」

 

 何が原因で苛立っているのか、ジェネシス自身にも分かっていない。ただ目の前にある疑念を解決しておきたいとばかりに、語気が荒くなり、鋭い目尻がさらに鋭利になっていく。

 

「よせ、ジェネシス」

 

 これ以上はヒートアップするなとばかりに、ティアの冷たい声が割って入る。「今は街に戻ろう。話はそれからだ」彼女もまた眼光が鋭いままだが、表情は至って穏やかそのもの。ジェネシスはその言葉を聞いて、荒々しげに舌打ちをして言及を取り消した。

 

「心ばかりですが、私が贔屓にしている鍛冶屋に案内しましょう」

 

 自身よりも体躯(たいく)がしっかりした青年の乱暴な態度にたじろぐこともなく、ライアーは変わらず優しい笑顔を浮かべたまま言葉を続ける。「先程の戦闘で皆さんの武器もそれなりに消耗もしているはずなので」

 誰も彼の意見に反対することなく、無言の了承をすると、ライアーが先頭となって街へと歩き出す。彼の隣にカガリが寄っていき、他愛ない話で花を咲かせる。その様子を後ろから見守るティアは、二人に気付かれないようにそっとジェネシスへ耳打ち。「久弥、この前のこと、まだ……」

 

「うっせぇ、それは終わった話だ」

 

 声量が跳ね上がらないように、ジェネシスは小さくも荒い調子で跳ね除ける。「あいつからは、違う臭いがしやがる」商人の背中を見つめる双眸(そうぼう)は、いつになく険しく猜疑(さいぎ)心を表すように細められていく。「嘘つき……そのまま名が体を成さなきゃいいがな」吐き捨てた言葉に、ティアは何も答えることもなく、疑念を向けられている男性の隣で呑気に笑っている少女へ憂いの眼差しを送るだけだった。

 

 

 

 

 三十一層の主街区にやっていたきたジェネシス一行は、盛んに行き交う人々の流れの切れ間を縫うようにライアーが案内する店へと向かう。プレイヤーもNPCも程よく混ぜられた景色は、本当に生きた街のよう。騒がしいとも、賑々しいとも言えるメインストリートから外れ、足音一つが大きく聞こえるような静謐な空気が漂う細道へと彼らは吸い込まれていった。

 

「ここが私一押し店です」案内されたのは、少し寂れた店装の武具店。日頃から誰が出入りしている気配がなく、限られた人間しかやって来なさそう雰囲気だ。

 

「随分と年季の入った店だな」

 

 開口一番、ジェネシスは率直な感想を述べる。あまりにもストレートな発言をするのだからティアが咎めようとしたが、ライアーが制して穏やかに笑って返す。

 

「はは、ここの店主はあまり内装とかにこだわりがない人で」

 

 人の()い笑顔を浮かべ、ライアーはなるべくやんわりとした言葉を使って、フォローしていく。「でも、腕は確かですよ」柔らかい口調で話していた彼としては珍しく力強く自信の溢れる語気で店の評価を語る。双眸(そうぼう)も穏和ながらも強く信頼しているといった眼差しを店へと向けていた。

 

「ライアーさんの太鼓判が押されているなら、大丈夫ですね!」

 

 ずっと隣でライアーと話していたカガリは快活な笑みで、彼の発言を信じる。だがジェネシスとティアは、彼らの会話を聞いていなかったため、互いに顔を見合わせて疑問を共有していた。ライアーは一体何を生業にしているのだろうかと。

 

「そういえば、何の商人をしているんだ?」

 

 ティアが穏やかな語調で質問を投げかける。「聞くところには、鍛冶職人ではなさそうだが……」圏外で話していた時に、この店を案内すると言っていたところから、その他の商人であるという見当をついていた。しかし、それ以上は何も思い浮かばない。

 

「私は武器商人なんですよ」

 

 何も気に留めず、ライアーはあっさりと答える。「鍛冶スキルはあっても、商売下手な人が多くてですね」彼の口から語られる実情は、毒味が入った言葉が織り交ざっていて、嘆息も呆れが幾分か含まれていた。「鍛冶スキルがあまり高くない私ですが、彼らの足しになればと思って、この商売を始めたんです」再び浮かべた笑顔を穏やかだが、目はあまり笑っていない。

 

「卸売り業者みてえなもんか」納得したようにジェネシスは頷くが、ライアーの些細な表情の変化を見逃さなかった。良いものは共有すべきという気高い心意気もあるだろうが、どこか小馬鹿にしているような気がして、素直に彼の言葉を信用できない。

 

 そうだと同意した後、ライアーは「他にも売られた武具を職人に渡して手直しもしているんですよ」と商売内容を話す。つとメッセージウィンドウを開いた彼は、時計を確認すると「すみません。先約があるので、私はこれで」踵を返して、足早に去っていく。

 

 ジェネシス達はその背中をただ見送るしかなく、適当なところで店の中に入って武器の手入れを頼んだ。

 

 

 

 

 武器の手入れをしてもらっている間、ジェネシス達はメインストリートの方へ戻っていく。カガリがライアーから街のことを聞いていたらしく、様々な店を物色することに。元々攻略の息抜きに戻って来ていたジェネシスとティアは、彼女に連れられるまま街の景色を楽しんでいていた。

 

「おおー、ティアちんに似合うんじゃない?」

 

 雑貨屋で指輪やイヤリングなどの装飾品を眺めては、カガリが物を一つ指さして言う。その指の先へティアは視線を動かし、雫一粒に(かた)られたペンダントを認めた。

 

「そうか? だといいのだが」少し自信なさげに返した数秒後、今自分が何と呼ばれたのかに気付き、驚嘆の表情を浮かべて質問を重ねる。「何だ、その珍妙なあだ名は?」

 

「え? 何か呼びやすそうだなーって思って」

 

 返ってきた答えは至って簡潔で能天気なものだった。「ジェネさんはジェネさんね」カガリは後ろで二人のやりとりを眺めているジェネシスに目を向けると、あっけらかんとした調子で彼を呼ぶ。

 

「勝手にしろ」

 

 あまりにもマイペースな彼女の言動や自分の呼ばれ方に興味がない故にか、ジェネシスはため息混じりに返答する。ただそうして初対面からあだ名をつけるほど、明るい人間は見当たらなかったことを踏まえると、案外貴重な人材かもしれないと何となく感じていた。

 

「なら、私もジェネさんって呼ぶか」

「お前も呼ぶのかよ!?」

 

 少しだけ思索に耽っていたら、ティアの口から予想外の言葉が飛んできて、ジェネシスは驚いて彼女を睨みつけるように目を走らせる。長年一緒にいただけの仲だからか、ティアは彼の眼光鋭い眼差しに鼻白むことなく笑い返した。

 

「冗談だ」墨色の双眸(そうぼう)は楽しげに細められ、笑い声が少しだけ漏れ出す。「いつも通り、ジェネシスって呼ぶさ」

 

 調子を崩されたジェネシスはただ赤い頭髪を乱雑に掻いて、困惑や呆れがあるような複雑な目で彼女を見つめ返すことしかできなかった。いつも事あるごとにからかってくるのだが、楚々(そそ)とした表情で言ってくるのだから未だにペースが掴めないでいる。もしかしたら、ティアの方がマイペースなのではと思い始めるほど。

 

 ひとしきりジェネシスの反応を楽しんだティアは「そういえば」と話柄を切り替え、隣の少女と目を合わせて単純な質問を投げかけた。「カガリはずっとこの階層にいたのか?」

 

「そうだよー」

 

 変わらずカガリはのほほんとした態度で反応し、両手を頭の後ろに組んで言葉を続ける。「もうちょっとしたら、上に行くつもりだけど」最後辺りは少しだけ力が込められていたが、穏やかな相好(そうごう)に変化はなかった。

 

「やっぱり攻略組を目指してんのか?」

 

 上層部へ目指しているということは、その理由しか思い浮かばない。それでもジェネシスは好奇心がそそられて、訊ねてしまった。こんな能天気な少女にも上に行く理由があるのなら、単純に攻略組に参加するだけではないような気がして。

 

「約束したからね」

 

 先程までの緩やかな表情から一変、カガリは真面目な口調で返答する。「これ、返しに行くために」首に下げていたネックレスを手早く外して、ジェネシス達へ差し出す。それは木彫りで作られたお守りのようなものだった。

 

「なるほどな」

 

 詳しい話はともかくとして、ジェネシスは納得したと頷き、口元に獰猛な笑みを浮かべる。「それだったら、俺達も手伝ってやるよ」ティアの方へ目を奔らせると、彼女も小さく微笑んで頷き返して協力するという節の言葉をカガリへ向けた。

「ありがと!」間の抜けた、けれど快活な笑顔で礼を言うカガリ。そうと決まれば、装備を少し買い揃えておこうと言い出して、二人の間を通り過ぎていく。

 

 その背中を見て、ジェネシスは重々しい口調で相方に耳打ち。「ティア、分かっているだろうな?」

「ああ、分かっている」ティアの相好(そうごう)も険しくなり、墨色の瞳が力なく地面へ落とされる。「今度こそ、あんなことは……」甦るのは、黒猫という名を持ったギルドを結成した者達の散り際だった。

 

 

 

 

 武器のメンテナンス後、三人は再びフィールドへと出ていた。可能な限り、カガリのレベリングやスキルアップをしようと、夜に差し掛かるギリギリの時刻まで戦闘を行う。

 

 狼型のモンスターが自身の俊敏性を活かして、牙を剥く。カガリはその動きを冷静に見切り、開いた口へ刃を走らせて真っ二つに切り捨てた。

 次に襲いかかる敵の気配も察知し、肉を引き裂かんとばかりに迫る爪を(かわ)して、もう一度片手剣を振るう。逆に己の肉を断たれた狼は、吠える間もなくその場から消失。命が消えた瞬間を見つめるカガリの目は恐ろしく冷たい。

 

 普段の態度から想像もつかないような冷酷な眼差しを向ける彼女に、ジェネシスは少しばかり驚嘆していた。と同時に、どちらが本当の彼女なのだろうかという疑問が生じる。いや、今考えていても仕方のないことだが、あまりにも高低差があれば疑いたくなるもの。

 

 彼の心情など露知らず、カガリはティアが適度に削ったモンスターへ一閃を放つ。文字通り一刀両断された敵は、硝子片をばら撒く。夕日を受けて煌めく破片達の間隙を縫って、カガリは次なる獲物へと剣を薙いだ。

 

 様子を見守りつつ、ジェネシスも一撃で倒してしまわないように加減して相手を弱らせていく。両手剣を扱う彼は、ティアと違ってパワーが有り余るため、一撃の制御が難しい。しかし、当たり所を見事に調整しきり、手負いの獣達をカガリへと送る。

 動きはジェネシスやティアのように洗練されていないものの、中堅プレイヤーにしては冷静すぎる処理能力でカガリは、次から次へと迫り立てる野獣らを葬り去っていく。それなりに量と時間を重ねても、太刀筋は衰えることなく、それどころか研ぎ澄まされていた。

 

 異常な程の集中力に、ジェネシスは背筋が凍りつく感覚を認識する。決して剣速が速い訳でも、一撃の重さがある訳でもないのに、その一点だけで恐怖すら覚えてしまっているのだ。

 近くで刀を華麗に振るうティアも同じようなものを感じていたようで、表情が少しだけ強張っている。モンスターとの戦闘よりも、カガリの氷のような冷たい目つきに驚嘆とわずかな怖れが混ざった眼差しを向けていた。

 

 二人の視線を気にせず、カガリは目の前にいるモンスターを淡々と切り裂いて――最後の一体にも慈悲すら浮かべず命を斬り取った。

 戦闘が終息して、落ち着くかと思いきや、カガリの背後にある草陰から影一つが飛び出す。不意を突かれたのにも関わらず、カガリは素早く振り返って剣を構える。

 

 けれど、彼女が気付くよりも前に黒の剣士は動き出していた。「ったく、気を付けろよ」倦怠(けんたい)感が溢れる声音とは裏腹に、黒い大剣を振るう身のこなしは鋭敏で獰猛な牙をものともせずに叩き斬る。「もし俺達が動けなかったら、お前は死んでいたぞ」鋭い双眸(そうぼう)をさらに鋭利に細めて、カガリを射貫く。

 

「ジェネさん、ありがと」元の穏やかな眼光を宿し、カガリはジェネシスににらみつけられても鼻白むことなく、能天気な調子で返す。「なんとかなるって、さっきみたいに」

 

「なんとかなる、か」

 

 あまりにも危機感のない言葉に、ジェネシスは苛立ちを覚える。「本当になんとかなるって思っていたのか?」先程カガリに向けた言葉は脅しでも何でもなく、極めて事実に近しい現状。あの一撃で倒れる訳ではないと思うが、それが起因して結果的にライフが尽きることだってある。

 そして体力がなくなった瞬間、このゲームに永久的に除外される――ゲームだけではなく、現実と世界においても。死という意味を分かっているのだろうかと、赫怒を露わにするようにジェネシスはさらに荒々しい剣幕で言い詰めていく。

 

「いつでもてめえを助けられる奴がいるとは思うなよ」

 

 だが、黄金(こがね)色の瞳はわずかに後悔や悲しみで揺れていた。「このゲームは、力があっても助けられるとは限らねえからな」向けていた相手はカガリではなく、力及ばず壊滅を眺めることしかできなかった自分自身。今口にしている言葉は、最も言う資格がないものだと自嘲が止まらない。

 

「そんなの当たり前じゃん」

 

 キッパリと言い切るカガリの双眸(そうぼう)は、一切の迷いがなく真っ直ぐな光を放っていた。「手を伸ばせば必ず届くって信じてる方が、おかしいよ」あまりにも鋭利すぎる言葉は、確実にジェネシスの胸を突き刺す。

 

「目の前にいる奴を見捨てろってのか?」反射的に口走ってしまったものは、憤激か自責か……それはジェネシスにも分からなかった。「なら、お前なんて見捨てたぞ」ただ分かったのは、見捨てることができないのに見捨てたと吐き出す、自分の愚かさだけ。

 

「それでもいい」

 

 何の躊躇いもなく返答するカガリの表情は、今まで以上に真剣で冷淡。「私達は生きてる。だから、限度はあるんだよ」鋭利で冷たく、ただひたすらに真っ直ぐな声音でジェネシスの憤慨を切り捨てた。

 彼女の迫力にたじろいだ訳ではないが、ジェネシスは口を噤んでしまう。今迷いのある怒りをぶつけても、ただ無情に切り捨てられるだけだと、ようやく理解したのだ。そして八つ当たりにも似たものをしてしまった自身への忸怩たる想いが込み上げてくる。

 

「お前は……怖くないのか?」

 

 閉口したジェネシスの代わりに、ティアが問いかけた。何に対する恐怖を感じているのかということは、彼女も明確にできていないようだが、先程の問答を聞いて思わず口に出してしまったと見て取れる。

 

「怖いよ」

 

 質問の意図も意味も分からないというのに、カガリは愚直に答え続けていく。「けど、それで止まる理由なんてない」その言葉を聞いた瞬間、二人は闇がわずかに払われた気配を感じた。

 

 

 

 

 夕日が沈み切る頃にはジェネシス達は街に戻り、一日の疲れを癒すために宿泊施設で一息つく。そして夕餉時を過ぎ、人気がなくなった宿の食堂にて、ティアとカガリが向かい合って話していた。静かな空間の中で交わされる内容は、軽いものではない。

 

「もう一度聞いてもいいか?」

 

 真剣な面持ちでティアは質問を投げかける。カガリが重々しい口調を受けたのにも関わらず、あっさりと頷くを確認すると、さらに問いを重ねた。「お前は死ぬのが怖くないのか?」

 

「怖いに決まってんじゃん」

 

 即答だった――ティアの真面目な相好(そうごう)に合わせるように、カガリもまた熱誠(ねっせい)な眼差しで応える。「死ぬのが怖いから生きてるんだよ」淡々としていながらも力強くもある、奥には執念とも呼べるような意志を感じてティアは思わず噴き出してしまう。そうか、この子も怖いと思いながら生きているのかと安堵したような気持ちも混ざり、笑い声が柔らかくなっていく。

 

「え? そこ笑うところ?」まさか笑うとは思わなかったのか、カガリは呆気に取られながらも聞き返す。黒茶の瞳はティアが見た中で、最も驚嘆して見開いていた。

 

「すまない、あまりにも普通な答えだったから」

 

 一呼吸を置いて落ち着くと、ティアはいつもの平静な声音に戻って言葉を継ぐ。「私も死ぬのが怖い」静かに語る彼女の表情は、死への恐怖を表に出すことなく、けれど強張っていた。「誰かが死ぬのも嫌さ」わずかに込められた自己嫌悪が、言葉になる。

 

 目の前で人が死ぬことで、自分の死を余計に意識してしまう。いや、いつも隣で話していた相手がいなくなるのが怖くて堪らないのだ。だから、自分が死ぬことも他人が死ぬことにも恐怖する。

「お前だって、他人が死ぬのが嫌なんだろう?」きっと目の前にいる少女も似たようなものを抱えていると、ティアは確信していた。「必ず届くとは信じてなくても、目の前に困っている人に手を差し出していたんだから」死への恐怖を認めている彼女なら、きっと――。

 

「嫌だよ」

 

 期待通りと言うべきか、何の迷いもなくカガリは返答した。「私の手が届くなら、そりゃ全力で伸ばすよ」最初に出会った時、彼女はライアーという商人を庇っていたのだから、当然かとティアは改めて納得する。だが、それだけを聞いて満足する訳もなく、まだ問いかけの言葉は続く。

 

「……零れた時はどうするんだ?」

 

 紛れもなく過去にあった出来事を反芻した質問。「届くと思っていても、届かなかった時なんてあるだろう?」ジェネシスが言っていた“力があっても助けられない”という事象を、この前体験したばかりでまだ心が晴れないのだ。いや、力があると(おご)っていた罰なのかもしれない。

 

「その時はその時だよ」

 

 躊躇いつつ言葉を発したティアとは対照的に、カガリの声に迷いはない。「その人が死んでも、私達は生きてる。だから、私達が死んでいい理由になんてならない」その言葉聞いた瞬間、ティアの(うち)に一筋の光が差し込んだ。「私は生きるよ。死ぬまで諦めないから」黒茶の瞳は一寸もブレることなく、ティアの端正な顔を映し出す。

 冷酷、冷淡とも取れる、彼女の強さにティアは羨望の眼差しを向けた。自分もそれぐらい強ければ、今でも誰かの力になれたのではないかと。

 

 

 

 

 ティアとカガリが食堂で話している間、ジェネシスは夜の街を歩いていた。食事自体は一緒に取っていたが、夕刻の一件が原因で少しだけ気まずくて、無言のまま済ましたのだ。そして逃げるように外出して、現在に至る。

 

 思い返されるのは、今より下の階層で出会った“月夜の黒猫団”という中堅ギルド。サチという気弱な女の子を始めとした面々の願いを叶えるべく、コーチングを買って出たのだ。彼らには既にベータ版からから遊んでいた――ビーターという悪名や攻略組にいるということは告げており、多少の疎遠があったものの友人として距離が近くなるのに時間はかからなかった。

 だが、現実は無情なもので、トラップだらけのダンジョンでリーダーを残して黒猫団は壊滅。その時、ホームを購入しに行ったリーダーも彼らの死を聞いて、消息を絶ってしまう。いや、絶望して自殺しようとしたところを強引に止めて何とか生きながらえさせたが、それ以降は連絡も何もしていないので行方など知る由もない。

 

 だからこそ、カガリにも同じ目にあってほしくないと思って、怒りをぶつけてしまった。けれど、それは非力な自分への八つ当たりに過ぎなかったのことを突きつけられて、己の未熟さを思い知る。

 頭を冷やすということも兼ねて外を出ているのだが、様々な想いが巡って落ち着く気配がない。気分転換がてらに昼間に寄った雑貨屋で話題になっていた物を購入して、宿への帰路につく。

 

 と、その途中に背後から呼び止められて、振り返ると視線の先に荷物を抱えたライアーが立っていた。「店はどうした?」いつも以上に荒々しい口調なのは、まだ心の整理がついていないから。双眸(そうぼう)も鋭利に細められていく。

 

「今日は閉めました」

 

 ジェネシスのぶっきらぼうな態度に鼻白むことなく、朗らかに笑って答えるライアー。「元々そんなに開ける予定ではなかったのもありますが」元々能天気な気性なのか、それとも動じていないように演技しているだけなのか、ジェネシスには分からなかった。ただどうしてか、胡散臭さがやけに鼻につく。

 

「ジェネシスさんは買い物帰りってことですか?」

「そんなところだ」別に隠す理由も、疑う理由もないため、素直に頷いた。「っで、お前は何してんだよ?」店を閉めているなら、他に何の用があるのだろうか。あまり商人の日常を知らないジェネシスは、見当がつかない。

 

「私はこれから友人を迎えに行くところでして」

 

 猜疑(さいぎ)の眼差しを向けられているのにも関わらず、ライアーは穏やかに笑ったまま答える。「ついでに武器の選定もありますので、ここでお暇します」足早に去っていくのだが、ジェネシスは通り過ぎる間際にライアーの表情が強張っていたのを見逃さなかった。何かに対する焦燥感を露わにした顔を。

 しかし、ジェネシスは何も言わずにその背を見送って、宿に戻った。そして食堂の方に寄ると、ティアとカガリの会話を耳にし、彼女らに気付かれる前に自室へと足を運ぶ。

 

「お前、カガリとあの話の続きをしてたのか」カガリとの談話を終えて部屋に戻ってきたティアに、ジェネシスは少し刺々しい口調で問いかけた。

 

「聞いていたの?」

 

 いつもの凛々しい態度を崩し、年相応らしい豊かな表情でティアは聞き返す。「乙女同士の会話を盗み聞きするなんて、趣味が悪いね」(いぶか)しげに眉根を寄せて、彼の行為を誹った。

 

「っるせぇ、たまたま耳にしただけだ」

 

 ベッドに寝転び、ジェネシスはティアから目を逸らして不機嫌そうに理由を述べる。「……あいつは強いな」食堂で耳にしたカガリの言葉を思い返し、静かに呟いた。今の自分達にはない、前に進む強さとも過去を切り捨てる冷たさとも取れる、その意志に羨望と敬意を向ける。

 

「私達にない強さを持っている」

 

 同じようなことを考えていたのか、ティアも同意してジェネシスが思っていたことをそっくりそのまま口にした。「いや、冷たさと言うべきかもしれないけど」何から何まで同じことを感じていたのかと、ジェネシスは驚嘆すると同時に少しだけおかしくも思った。そこまで他人に対する印象が一致するのも中々珍しく、思わず笑い声が漏れそうになる。

 けれど、それもすぐに落ち着く。直後に黒猫団のメンバーが壊滅した光景が再生され、カガリが発した“死んでもいい理由にならない”という真っ直ぐな言葉が(うち)に響き始めたからだ。

 

 天井を見て、ジェネシスはおもむろに口を開く。「俺達がいつまでも引きずっていい理由には、ならねえんだよな」重々しい語調は、覚悟を決めたものではなく、再確認のためになぞった跡。「あいつらの死は」静かな部屋の中で響いた低い声音は、嫌でも自分の耳に反響していた。

 

「そうだね……私達も前を進まないと」

 

 窓の外を見つめて、ティアも弱々しい語勢ながらも前を向く。「捨てられないけど、でも生きていかなきゃ」鈍く放たれた音、けれど確かに芯は宿っていた。

 相方の様子を一瞥(いちべつ)した後、ジェネシスは寝返りを打って彼女に背を向ける。「もしあいつに、正義ってもんもあるんなら……」いつもの荒々しさがなく、不安を抱えた少年元来の感情を形にしていく。「俺はあいつに託そうと思う。俺達の拠り所を」新たに見えた道筋に期待を寄せた言葉は、二人の間をしばらく漂っていた。

 

 

 

 

 草木も眠る頃合いの圏外にて、男二人が密やかに言葉を交わす。一人は背中に背負っている大剣や体全身に身につけている鎧から、かなりの重武装をしていると見て取れるプレイヤー。もう一人は装備という装備がなく、そのまま奥へ行ってしまえば命を捨てるような軽装をしていた。

 

「おい、“黒の剣士”と“白夜叉”が来ているなんて聞いていないぞ」

 

 大剣を背負う男は、焦りと困惑の表情を浮かべて言い寄る。「いくら何でも、勝ち目がないぞ」予想外の出来事に対する怒りで、軽装の男の胸倉を掴んで凄んだ。しかし、胸倉を掴まれてもその男は動じない。

 

「落ち着け、奴らはあくまで観光らしい」

 

 軽装の男――ライアーは穏やかな相好(そうごう)を潜め、冷たく刺々しい光を瞳に宿して話を続けていく。「明朝、また来る。それまでにこの武器を慣らしておけ」ダガーや投擲武器などが入った荷物を重装備の男に押し付けるように渡した。

 男は胸倉を離して荒々しく舌打ちすると、その荷物を受け取って中身を確認する。何か言いたげではあるものの、頼んだものは揃ってあると告げた。

 

「ターゲットは変わらず、あの小娘一人だ」

 

 人の()い笑顔を浮かべてきた男が、初めて軽薄で侮蔑的な笑みを見せる。「攻略組を目指しているとほざいている、馬鹿な小娘を、な」他人の夢を壊す、夢が壊れて死が目の前に迫る絶望を露わにした表情を見る、その愉悦が言葉に乗っていた。

 

 

 

 

 日が昇り、静かになっていた街の活気も盛り返してきた中、ジェネシス達は再びフィールドの方へ赴く。理由はもちろん、カガリのレベリングやコーチングをするため。今回は奥の森林へと歩を進めていた。

 カガリが何かしらの話題を振って場を盛り上げようとするが、ティアは生返事気味に相槌を打ち、ジェネシスに至ってはただ無言でその話を聞くだけ。二人の反応が鈍くても、カガリは構わず話続ける。まるで昨日のやりとりを忘れたかのように。

 

 ただそれは二人が勝手に気まずさを感じているだけというのもあるだろう。確かに口にするのも憚れるほどに重たい話題ではあるものの、だからといって引きずってしまうような傷を誰しも負っていない。強いて言えば、過去の傷を意識せさずにいられなかったというべきか。

 

 鬱蒼(うっそう)とした森林へ足を踏み入れても、重苦しい空気に変化がなかった。いや、むしろ薄暗い森の雰囲気に助長されて、増したとも取れる。

 その中で、呑気なカガリの声だけが響く。虚しさを微塵も感じない明るい調子で、ただひたすらに話し続けていた。けれど、まともな返答が返ってこない。

 流石に二人の反応が薄いことに気がつき、カガリは改めて彼らの表情を見つめる。やはり昨日のことがあって、ジェネシス達はカガリから目を逸らしていた。いや、目を逸らしていたのはジェネシスだけで、ティアはカガリの視線に反応する。

 

 ようやくまともに会話を交わすのだが、カガリの耳に微かな音が届く。音源の方へ目を向けた先、相変わらずフィールドを回るには貧弱すぎる格好の男――ライアーがそこに立っていた。

 あまりにも危機感のない装いに、珍しくカガリも苦い表情を浮かべ、すかさず話しかけに行く。その様子をジェネシスは、睨みつけるように眺めると、影が動いた気配がした。わずかな違和感からカガリに声をかけるが、もう既に彼女は先を行っており、耳に届かない。

 

 黒猫団が壊滅した時のような胸騒ぎが、ジェネシスの中で警報として鳴り続ける。そして大声で呼び止める――前に凶刃がカガリの背中へ走った。

 快足自慢のティアも突如飛来した物体に気を取られ、前へ進めない。誰も彼女を助ける事ができない、いつでも助ける人間はいないと言い放った自分の言葉がジェネシスの(うち)で木霊する。また失うのかと、恐怖がのぼせ上っていく。

 

 彼らの絶望が声になる瞬間、甲高い激突音が響き渡る。

 カガリが振り向きざまに片手剣を抜き、自身に迫る刃を弾き返したのだ。相手もティアもジェネシスも――その場で彼女の動きを見ていた者は、全員驚嘆して目を見開くばかり。

 その間隙を縫うように、カガリは剣先を容赦なく突き出す。一瞬の驚愕で固まった相手は、防御するということも忘れたかのように、易々と肉を貫かれる。プレイヤーのアイコンカラーが緑ならば、カガリはオレンジになるところだが――相手はオレンジだった。

 

 だが、そんな些事などカガリは気にしていない。剣を素早く引き抜いて、相手を蹴り飛ばすと、氷のように冷え切った眼差しで周囲を見渡す。最初の一撃が失敗したのを機に、ぞろぞろとオレンジプレイヤーがカガリを囲むように姿を現していた。

 カガリを孤立させないようにジェネシスやティアは応援に駆けつけようとするが、先程から飛来する武器の出所が掴めずに中々足が進まない。それどころか、彼らの周りにもオレンジプレイヤー達がそれぞれの得物を手に集まってくる。

 

 何も打破できない現状に、ジェネシスは荒々しげに舌打ち。背負っていた黒の大剣を引き抜いて、重々しい剣先を敵対する者へ向けた。「てめえら、覚悟はできてんだろうな?」情けも慈悲もない冷酷な黄金(こがね)色の双眸(そうぼう)が、鋭利に細くなっていく。

 彼につられるようにティアもまた無表情で抜刀する。抜き放たれた切っ先は、持ち主の心情を表すかのように鋭く冷たく光を反射していた。

 

 場が静まり返った刹那――一斉に全員が動き出す。修羅とも夜叉とも何とでも例えられるような鬼気迫るジェネシスとティアの動きに、自身より弱いプレイヤーを惨殺する快楽に浸った者達が付いて来れる訳がない。幸運にも彼らより得物を振るっても、瞬く間に弾き飛ばされ、武器が宙を舞う。

 投擲武器を放るオレンジプレイヤーも居場所がバレてしまい、狙撃場所として活用していた木を薙ぎ倒され、そのまま地面に叩きつけられた。

 もはや切っ先を向ける戦意も失せたオレンジプレイヤー達は、ただ腰を地面に縫いつけてジェネシス達を見上げるだけ。だが、そんな彼らの視線をものともせず、彼らはカガリの手助けをすべく突っ走る。

 

 視線の先にいるカガリは、荒削りな立ち回りをしながらも相手の攻撃を一つ一つ冷静に捌く。そして蹴り飛ばすか投げ飛ばすかで、相手への反撃を行い、着実に彼らを戦闘不能へ追い詰めていった。しかし、彼女も未熟故に、ライフをじりじりと削られてしまう。

 

 カガリの死角から切っ先が(はし)る。間合いを容易に踏み込んだ一閃は、今の彼女では(かわ)しきれない。剣を引き戻そうにも、遠すぎる――確実に命を貫く必殺の一筋が黒茶の瞳に迫っていた。

 

「なんとかなるって、言ったでしょ」結局彼女のペースに呑まれてばかりだと、ジェネシスはその言葉を聞きながら銀閃をいとも簡単に弾き、大剣が生み出す衝撃波で相手を吹き飛ばす。

 

「ったく、いつでもそう思ってんなよ」

 

 呆れの言葉に聞こえるが、ジェネシスの表情は元来の獰猛さを取り戻した笑みが浮かんでいた。猛獣よりもさらに猛々しく剣呑な光を瞳に宿して、咆哮のような風切り音を轟かせる。その先にいた者達は、為す術もなく元いた場所から遠のいていく。

 轟音の合間を縫うことができたプレイヤーらも、目に見えぬ銀の風によって武器を次々と落とされ、地に伏せていた。風が去った後に立っていたのは、見た目麗しい銀髪の剣士――ティアだけ。

 残ったのはライアーのみ。彼は黒の剣士と白夜叉の殺気とも取れる気迫に怖れ戦いたらしく、初めて恐怖に染まった眼差しで彼らを映していた。

 

「安心しろ、悪いようにはしない」

 

 最も近い位置にいたティアが切っ先をライアーに向けて鋭く告げる。戦闘が始まってから表情は一切変わっておらず、それどころか目元は鋭利さを増すばかり。

 だが、それ以上は恐れず、ライアーは頬を歪ませて彼女を()めつけた。自身の立場を理解できないほど、愚鈍な男ではなく、ただ目的を達成できなかった悔しさだけを滲ませるかのように強く拳を握りしめている。

 

 誰かが言葉を発しようとした時、重々しい足音と地響きが彼らの体に伝わった。

 音が迫る先に全員が目を向けると、木の巨人が歩を進める姿が。すぐさま動けるのは、ジェネシスとティア、カガリの三人だけ。ライアーはどう見ても戦力外だ。

 

 ジェネシスは太い手足を持つ巨木の怪物――トレントを見て、何度目かの舌打ちをする。目の前にいるトレントは、ネームドエネミーではないものの、厄介な相手であることには変わりないからだ。何ならライアーを含む他のオレンジプレイヤー達を置いて、逃げても構わないぐらい。

 

 しかし、その選択を取ることは許されなかった。カガリが即座に飛び出し、銀弧をトレントの足元へ薙いでいたから。

 刃は肉厚な皮を喰らいつくだけで、断ち切れない。痛覚があるのか定かではないが、トレントは違和感に気づいて、足元へ目を向ける。そして人を容易く潰せる拳を、地面へ叩きつけていく。

 相手の攻撃を察知したカガリは片手剣の柄から手を放し、転がるようにトレントの一撃を(かわ)す。土まみれになろうと彼女は気にせず間合いの外へ逃れて、立ち上がる。木の巨人を見つめる黒茶の瞳は、いつになく鋭利かつ戦意の炎を強く灯していた。

 

 彼女が何を考えているのかは、分からない。けれど、カガリを見捨てる理由は見当たらないため、ジェネシスも続いて大剣を振るった。

 流石に攻略組のアタッカーとしてトップクラスの破壊力を誇る一撃を受けては、トレントも大きく姿勢を崩す。さらに影からティアが一閃を奔らせたが故に、巨大な手足が切り離され、巨人が自重に耐え切れずに倒れ込んでいく。

 

 倒れる先に目を向ければ、ライアーがそこにいた。巨体が目の前に迫る恐怖に足が竦んで動けないらしく、地面に縫いつけられたかの如く立ち尽くす。避けろと、ジェネシスもティアも叫んでも動けない――このままでは圧死してしまうだろう。

 かと言って、ジェネシスの足では間に合いそうにない。快足を飛ばすティアも距離を離しすぎて、元に戻れそうにない。ああ、万事休すか。

 

 諦観が(うち)にジェネシス達のよぎった瞬間、影が一つライアーへ向かって突進していく――カガリだ。自身も潰される可能性があるかもしれないのに、一切の迷いもなく、地面を強く蹴り出す。俊足とは呼べないものの、ジェネシスより速い彼女の足は、トレントが完全に倒れる前にライアーの元に辿り着いた。

 そして彼を強勢に押し出す――刹那、トレントの背が地面に強く叩きつけられ、土煙が上がる。最悪な結末が、ジェネシスの脳裏に嫌でも駆け巡っていく。

 

 まさか、彼女は……「何とか間に合った―」胸に抱えていた不安をかき消すかのように、能天気な声が耳朶を打つ。ジェネシスは、笑った。心配した分が無駄になったと言わんばかりに、安堵を混ぜた乾いた笑いが静かな森の中を満たす。

 ほぼ全身が泥まみれと言っても過言ではないほどに、カガリは髪や衣服に土埃を身につけて、立ち上がる。彼女の眼前には、ライアーも無傷で座り込んでいた。

 誰も死んでいない。その結果は、ジェネシスの(うち)に抱えていた影を一つ打ち消した。いや、彼だけではなくティアもまた希望という名の火を瞳に宿す。

 

 手足が切り離されても、なお足掻こうとするトレントに対して、ジェネシスは疾走する。黒の大剣に赤黒い稲妻を(ほとばし)らせて一太刀振るうと、巨木はいとも簡単に割れ爆ぜ、硝子片と姿を変えていった。

 

 ティアはジェネシスが止めを刺すと分かった途端、巨木に喰らいついたままのカガリの片手剣を抜き取りに行く。剣は豪快に喰いついたままで、鎮座していた。切れ味自体は悪くないのだろうが、断ち切るにはいささか足りなかったというのが見て取れる。

 引き抜くのも大変そうな状態の片手剣を、ティアは易々と抜く。と同時に、本体が倒されたことで切り離された手足も消失した。

 

「案外なんとかなるもんなんだな」巨木の怪物を倒した黒の剣士は、自身やその相方に希望の篝火を灯した少女へ向けて不敵に笑ってみせる。直後、ライアーへ鋭い眼差しを向けた。

 完全に繋がっているのかは不明だが、明らかに彼を疑わざるを得ない状況だろう。その中でもカガリは、ライアーに一言だけ告げた。

 

「次、フィールドに行く時は、ちゃんと準備してから行ってくださいね」

 

 

 

 

 三十一層の森林地帯で発生したPK未遂事件は、ジェネシスとティアが下層の治安維持を担っているアインクラッド解放軍へ通報したため、彼らを襲ったオレンジギルドは壊滅して解決。ライアーもオレンジギルドに協力していた身として、一時的に身柄を拘束されることとなった。

 

「話すの?」

 

 日も沈んでいく頃、軍の事情聴取から解放されたティアとジェネシスは、主街区へ帰還して話し合っていた。軍から聞いた事実全てを、カガリに打ち明けるかどうかを。人気のない道、ティアが年相応の少女らしい優しさと憂いを帯びた口調で、問いかける。

 

「あいつなら、正直に話したところで折れねえよ」

 

 彼女の強さを信頼するような豪快な笑い声を立て、ジェネシスは踵を返す。「じゃ、後は頼むわ」事後処理自体は軍に任せてあるが、攻略組への復帰や宿の確保などの雑用もやらねばならぬから、それをティアに預けたのだ。

 ティアも分かったと了承の言葉を発し、「カガリのことはお願いね」と穏やかな声音を逞しい背中へと送る。その言葉にジェネシスは軽く手を振って応えた。

 

 大通りを抜けて、主街区中心にある広場に足を運ぶと、ベンチに腰かけているカガリの姿を認める。そして迷いなくジェネシスは彼女の隣にどっかりと座り込む。どうだったのと訊ねるカガリに、ジェネシスの口からは淡々と答えが述べられていく。

 

「ライアーは、オレンジと繋がっていた武器商人だった」

 

 話を静かに聞くカガリの顔を一瞥(いちべつ)しながらジェネシスはまだ弁舌を動かす。「あいつは職人から武器を買い取っては、オレンジギルドに横流ししていたらしい」怒りに震えることもなく、ただじっとジェネシスの横顔を見つめる彼女の瞳は、一寸たりとも揺れてはいなかった。「脅されていたんなら良かったんだが、あいつは効率よく金やアイテムを集めるために手を組んでいたんだよ」

 

 ひとしきり話し切った後、ジェネシスは改めてカガリと顔を合わせる。「お前は、許せるか?」問いかけた黄金(こがね)色の双眸(そうぼう)は、いつになく穏やか。

 

「許す、許さないは考えないよ」

 

 迷いはやはりない。カガリは真っ直ぐ見つめ返して、真剣な口調で継ぐ。「でも、その行為は止めるべきだと思う」黒茶の瞳が放つ光は、炎のように燃え盛っていた。正義感が溢れているという訳ではないが、信念という信念が表れているかのよう。

 そうかと頷いて、ジェネシスは話を打ち切る。「そういや」と次の話柄を取り出して、訊ねる。「ライアーを助ける時、怖くなかったのか?」

 

 最初カガリは何について訊かれたのかは分かっていなかった様子だが、すぐに察しがついたのか、「怖かったよ」と返答した。「でも、それ以上に諦めたくなかった」普段見せる能天気さとも戦闘時の冷静さとも違う、重々しさを帯びた声音が響く。「だって、生きているのに諦めるなんて、嫌じゃん」そう言った彼女は、言葉の重みに反して快活な笑みを浮かべる。いつもの呑気な調子が、戻ってきた。

 

「じゃあ、お前が諦める時はいつだよ?」意地悪い質問だと思いながらも、ジェネシスは好奇心に駆られて口に出す。何と答えるのか、彼女なら何を答えても面白そうだ。ただ興味が尽きない。

 

「死んだ後」

 

 カガリが出した答えは、あまりにも淡白で尋常で考えられないものだった。理解をするのに数秒遅れ、何とか反芻して事解するとジェネシスは噴き出してしまう。単純明快すぎて、理解の範疇を越えてしまい、笑うしかなかったのだ。

 

「え? そこ笑うところなの?」

 

 まさか笑われると思ってなかったのか、カガリは首を傾げるだけ。本人としては至って普通に答えただけなのだろうが、ジェネシスの(うち)を根本的に殴り壊すような破壊力を秘めており、哄笑が止まらない。

 

「諦めるのは、死んだ後か……」

 

 ようやく落ち着いたところで、ジェネシスは口元を不敵に吊り上げて頷く。「そいつは、いい心構えだ」引き際が大事だと言うのだろうが、ただ死を怯えるだけではいけない。初心を思い出したような、新たな信念を受け取ったような重みが胸に響いた。

 

 つとストレージを見て、昨夜購入したものを引っ張り出す。「お前に託したいもんがある」差し出したのは、昨日寄った雑貨屋でカガリがティアに似合うではないかと言った雫を(かた)ったチャームがついたペンダントだった。

「……ティアちんに渡さなくていいの?」恐らく彼女に渡すものだっただろうと見当がついていたのか、カガリは珍しく眉尻を下げて申し訳なさそうに聞き返す。

 

「今はいい」

 

 ジェネシスは緩く頭を横に振って、穏やかな口調で告げる。「お前が攻略組に来た時に返してもらうからな」約束代わりに手渡すペンダントは、自分達が前に進んだ時に渡す誓いのようなもの。「だから、死ぬなよ?」その言葉を受けたカガリは、無言のまま頷いてペンダントを受け取った。

 

 

 

 

 数日後、ジェネシス達はカガリと別れて、最前線へと戻る。ダンジョン攻略に復帰した初日に、鬱金(うこん)のコートを羽織った頑健そうな青年と紺碧のジャケットを着こなした少女と出会った。見慣れた姿にジェネシスは乱雑に、ティアは楚々(そそ)した態度で挨拶を交わす。

 

 再会して早々、青年に「道に迷っちゃったのかと思ったよ」と軽口を叩かれ、ジェネシスは口を尖らせて言い返した。「するか、お前じゃあるまいし」

「なら、サボり?」間髪入れずに放たれた少女の問いかけに、ジェネシスは返す言葉がなくて困窮してしまい、ティアの方へ放り投げる。

 

「言い訳ができぬというなら、その通りだな」

 

 肩を竦めて、ティアは正直に答えた。やっぱりかと青年達は苦笑いを浮かべ、また怒られるとの節を伝える。やや物臭なジェネシスが、勘弁して欲しいと口にするのには、秒という時間もいらなかった。

 それから談笑に花を咲かせていく中、青年がジェネシスの様子に気づいて「何かご機嫌だね?」と質問を投げかける。

 

「新世代の担い手ってのに出会ったんだよ」

 

 相好(そうごう)を崩して、ジェネシスは満足そうに笑う。「そいつと、形見を交わしたのさ」彼の(うち)には、“諦めるのは死んだ後”、“なんとかなる”という自身の心に再び光を灯した篝火の言葉が、強く刻み込まれていた。




 最後に読んでくださり、ありがとうございました。

 今作はジャズさんの作品からジェネシスとティアの設定をお借りました。この場をお借りして、お礼を申し上げます。お貸しいただき、ありがとうございました!

 またジャズさんの作品に興味を持った方は、下記のリンクから作品をご覧になってください。

『ソードアート・オンライン〜二人の黒の剣士〜』
 https://syosetu.org/novel/206996/


 では、この辺りで筆を休めます。今後の短編作品の投稿や連載作品の更新を楽しみに待っていただければ、幸いです。また感想の方をお待ちしています。

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