夜のマグノリアは静かだ。
だが、その静けさは優しくない。
小さな丘の上に建つ今の妖精の尻尾は、
かつての壮麗なギルドホールとは比べ物にならないほど質素だった。
窓から漏れる灯りは弱く、
それでも消えずに灯っている。
俺はその光の中に座っている。
七年ぶりの帰還。
だが歓迎というよりは、
“現実の報告会”の空気だった。
「……七年だ」
マカオが口を開く。
その一言に、時間の質量が詰まっている。
「天狼島でS級試験をやってた」
ワカバが続ける。
「そこに黒い魔導士が現れた。強大な魔力。島が揺れた」
「気付いた時には……島ごと消えてた」
沈黙。
誰も言葉を足さない。
七年の間、その場面を何度も思い出したのだろう。
「最初はすぐ戻ると思ってた」
マカオが笑う。
乾いた笑いだ。
「ナツ達だぞ? どうせ騒ぎながら帰ってくるってな」
ロメオが小さく頷く。
「俺も、そう思ってた」
だが戻らなかった。
一週間。
一ヶ月。
一年。
「三年目で、世間は“死んだ”扱いにした」
ラキが言う。
「新聞もそう書いた」
「それでも俺たちは探した」
ウォーレンが目を伏せる。
「だが魔力の痕跡すら見つからなかった」
俺は黙って聞いている。
七年。
俺が影の領域で生き延びていた時間。
こちらでは、喪失の時間だった。
「ギルドホールは差し押さえられた」
ワカバが顎で外を示す。
「見に行くか?」
俺は立ち上がった。
夜風が冷たい。
石畳を歩く。
町の人間が、こちらをちらりと見る。
昔は違った。
妖精の尻尾が歩けば、歓声と苦情が同時に飛んできた。
今は――
憐れみと、無関心。
旧ギルドホールが見える。
巨大な建物。
だが、看板は外され、紋章は布で覆われている。
ロメオが拳を握る。
「取り返す」
小さな声だが、真っ直ぐだ。
マカオは何も言わない。
ただ、その建物を見上げている。
父として。
ギルドの一員として。
「……俺は」
ロメオが言いかける。
「強くなる。みんなが帰ってきた時、恥ずかしくないように」
マカオの手が、無意識に息子の肩に置かれる。
一瞬だけ、強く握る。
それだけで、七年の感情が伝わる。
俺は建物を見上げる。
胸の奥が、静かに軋む。
守れなかったわけじゃない。
だが、ここにいなかった。
その事実は消えない。
「……シュン兄は」
ロメオが振り返る。
「七年間、何してたの?」
問いは真っ直ぐだ。
嘘はつかない。
だが全部も言えない。
「生きるのに必死だった」
それは真実だ。
ロメオは少し考え、そして頷く。
「ならいい」
その単純さに救われる。
ギルドへ戻る。
小さな建物の灯り。
中ではラキとワカバが明日の依頼書を並べている。
安い依頼ばかりだ。
雑用。
荷運び。
護衛。
かつてなら見向きもしなかった仕事。
マカオが言う。
「明日、森の魔物駆除だ。C級相当だが、数が多い」
俺を見る。
試す目ではない。
頼る目だ。
「行く」
即答。
ワカバが笑う。
「七年分働けよ」
「そのつもりだ」
椅子に腰を下ろす。
影が足元で揺れる。
俺の魔力は変わった。
深く、重く、静かだ。
ウォーレンがちらりと見る。
「……底が見えない」
ラキが小さく言う。
「頼りになるなら、それでいい」
七年の空白は消えない。
だが埋められる。
一つずつ。
仕事で。
時間で。
絆で。
俺は天井を見上げる。
あの島の仲間達が生きているかどうかは分からない。
だが――
帰ってくる場所は、守る。
今度こそ。
逃げない。
影は静かに広がる。
支配のためではなく、守るために。
七年止まった妖精の尻尾が、
ゆっくりと、呼吸を取り戻す。