束の間の休日
聖王国の領土に位置するとある小さな酒場にて、旅を続けるサブラクとブレインは今日の夕飯にありついていた。
「………今回もダメだったか」
二杯目の酒を煽って顔を俯かせるサブラクは、見るからに憂鬱気味だった。
「サブラク、お前だいぶ酔ってるだろ」
「そうかもしれん……」
見かねるブレインはやれやれと彼の背中をさする。
成り行きでサブラクに同行することとなってしまった彼は、王都を離れて聖王国へと足を運んでいた。
サブラクはメアという少女をなおも探し続けていたが、この辺りにも彼女を知っているという人間はいなかった。
いかんせん手がかりが繊細な絵と炎の色しかない現状は、さながら砂漠に埋もれた一粒の砂金を探すかのごとき途方もなさで、ブレインから見て最強の怪物であるサブラクもさすがに心が折れかけているようだった。
「………なあサブラク」
「なんだ」
ブレインはやや躊躇いがちに視線を泳がせてから口を開く。
「お前はそもそも、どうしてこの娘を探しているんだ?」
サブラクのような強者が探すこの少女について、ブレインは最初に会った時から気になってはいたが、実力の格差からなかなか踏み込めずにいた。
「………平たく言えば、惚れているのだろう」
少し考えこんでからポツリと呟かれた言葉に、ブレインはブハッと飲みかけた酒を吹き出す。
「ほ、惚れ!?」
無愛想な男から出たまさかの言葉に、ブレインは動揺を隠せない。対するサブラクは彼の反応を意に介さず話を続けていく。
出会って間もない頃は取るに足りない羽虫と関心すら抱かなかった。ほんの気まぐれから助けたことに何を思ったかついて回るようになった彼女は、自分よりも遥かに強大な存在であるサブラクに劣等感を抱いていた。
当時の彼はその気持ちが理解できずバカな女だと思っていたが、ある事情からより強大な存在を目の当たりにし、その時になって彼女の思いを理解することができたのだという。
だから謝罪したい、あんな気持ちにさせてすまなかったと。そしてもういなくなるなと伝えたいのだと。
「………」
サブラクの話を聞いたブレインは目を見張る。
元々独り言が多い男ではあったが、今日は酒も入っているせいかいつになく饒舌だった。
しかしその目は真っ直ぐで、彼が本当にその娘を愛しているのだと伝わる。同時にこの強者の精神性が、思いの外人間と変わらなかったことを理解したブレインは、自然と緊張が解けていく。
「そうか……見つかるといいな」
「ああ……」
ポンと肩を叩いて微笑むブレインにサブラクは小さく頷くのだった
「その噂、本当なのか?」
ふいに別のテーブルで酒を飲み交わす冒険者達の会話が二人の耳に入る。
「ああ、間違いなくギガントバジリスクを倒したんだってよ。その魔法詠唱者は」
コッソリ内容に聞き耳を立てていると、どうやらこの先のロイツという都市にかなり強い魔法詠唱者が住んでいるらしい。何度か彼の強さに興味を持った冒険者や魔法詠唱者達が腕試しに挑んだが、てんで話にならないほどだという。
にしてもギガントバジリスクを討伐できるなど、アダマンタイト級に相当する実力なのではないだろうか。
「一体なんて名前だ?」
「え〜と、確か…………
“棺の織手”、だったかな?」
冒険者がなんとはなしにその名を呟くと、突然サブラクがガタンと椅子から立ち上がる。
「サブラク?」
戸惑うブレインの声をスルーし、サブラクはツカツカと彼らのテーブルに近寄っていく。
「おい」
『え?』
「その魔法詠唱者とやらは、どこにいる?」
ロイツの空は晴天。気温は涼しく雲も少ない今日は、出かけるには申し分ない気候だ。
正式にロイツに移り住んだティスは、元来の清楚な雰囲気とアシズの身内という紹介で診療所にもすぐ馴染み、キース医師の助けとなった。
ここ最近は魔物被害もなく、平和が続き診療所も暇だった。
『アシズさん、せっかくですからたまには息抜きしてみてはいかがでしょう?』
そんななか、何かを察して気を利かせたキース医師の提案で、二人は休みを貰うことなったのである。
「うわ〜! 飛んでる飛んでる!!」
検問所を通り、ロイツの外に出たアシズ達は背中から翼を生やすと、シャナを抱えて空を飛ぶ。ティスも続いてアシズに並走し、翼を羽ばたかせる。
「お父さんすごい!」
眼下に広がる景色にはしゃぐシャナを、二人は微笑ましく見つめている。
しばらく飛び続ける二人がどこで下りようか周辺を見渡していると、ティスがある場所を指指す。
「アシズ様、あそこにしましょうか」
「わかった」
降り立った場所はロイツを見渡せるくらい高い丘で、辺りには白い花が咲き乱れていた。
アシズに優しく降ろされたシャナの目の前を、白い蝶がヒラヒラと舞い、誘うように逃げていく。
「待て待て〜!」
蝶々を追いかけ回してはしゃいでいるシャナを、草原の上に布を敷いて座り込む二人は微笑ましげに見つめるのであった。
「シャナちゃんは本当に元気ですね」
「実は、出会った当初はかなり危うい状態にあったのだ」
「そうなんですか?」
意外だと目を瞬かせるティスに、アシズは表情をやや曇らせる。
「ああ、酷いものだった……」
当時のことをかいつまんで話していけば、ティスは口元を手で覆い信じられないと悲しそうに俯く。
かつてフレイムヘイズとして人間を喰らう徒と闘ってきた彼女は、まだ幼い娘に降りかかった理不尽に心を痛めるしかなかった。
「それでも、あんなにも明るくなれた。きっとそなたのおかげでもあるのだろう、ティス」
元々孤児で家族などいなかった彼女にとって、義理とはいえ父と母を得て年相応に甘えることができたのは、精神の安定化に一役買ったことだろう。
「………アシズ様」
「?」
ティスは躊躇いがちに視線を泳がせる。
「………その、なんといいますか」
それはアシズが辿った末路を思えば、あまりにも不謹慎な言い草かもしれない。そう思いつつも、ティスは自身の気持ちを正直に告げた。
「こんな形でも、願いが叶ったみたいで……嬉しい自分がいるんです」
アシズとの子供が欲しい。
例え血の繋がりがなくとも、叶わないと思っていたかつての願いが成就できたことに喜んでしまっている。かつてのように笑われるだろうか、あるいは激怒されるだろうかと不安になるティスをよそに、
「ああ、それは私も同じだ」
彼女の後ろめたさすら包み込むように微笑むアシズは、壊れものを扱うような手つきで優しく彼女の頬に触れる。
「!?」
愛する男からの思わぬ返しに、ティスは真っ赤な顔で固まってしまう。
診療所に居候してからも思ったことだが……
(な、なんだかアシズ様……以前より距離が近いというか……)
元から底抜けに優しい男ではあったが、再会して以降は………なんというかティスにかなりべったりになった気がする。
1000年もの月日を孤独に過ごしたことを踏まえれば当然のことかもしれないが、こんなにもストレートに好意を向けられると心拍数がおかしくなる。
「お母さ〜ん!」
はわわわと赤面してしまうティスだったが、ここでシャナが呼ぶ声に視線を向ければ彼女がこちらに駆けてくる姿が見える。アシズの意識がそちらに向かったので、ティスはホッとしたような残念なような気持ちになる。
「はいこれ!」
両手に抱えていたそれは色とりどりの花で作った花冠で、ところどころ不格好だがよく編まれている。「お母さんにあげる!」と言って差し出す彼女の純真さに微笑ましい気持ちになり、それに答えようとティスは頭を下げる。
「ふふふ、ありがとうシャナちゃん」
花冠が頭に乗せられ、笑みを浮かべるティスに頭を撫でられる。
と、ふいにシャナの脳裏を誰かの影が過ぎる。
『今日はよくできたのであります』
逆行のせいか、その人物の顔はよく見えない。
見えないはずなのに、どんな表情をしているのかはわかる。
その人物は、ティスのような柔らかな笑顔なんて滅多にしない。
だけど、本当はとても優しいのだとわかる。
「?」
「シャナ、どうした?」
今の記憶は何だったのか……撫でられた頭を触りながら首を傾げるシャナに、アシズは不思議そうに問う。
「………ううん、なんでもない」
しかしシャナは心配をかけさせないように、首をゆるく振って笑みをみせる。
三人の周りを穏やかな風がそよぐ。
刹那、
ザワッ
「「!」」
そよ風の隙間から滲む異様な気配に、アシズとティスの顔つきが変わり二人は反射的に動く。
アシズは二人を背に隠すように立ち上がり、ティスはシャナを腕の中に抱きしめる。それぞれがシャナを守るように身構えながら、気配の発生源に視線を向ければ遠くから誰かが歩いている姿が見えていた。
その人物は見慣れないデザインのライトグリーンの鎧兜を着用し、腰に細長い剣を一振り差す、かなり大柄な体躯の人物だった。
力強いその足先は明確にこちらへ近づいてきており、アシズの全身が緊張感から強張る。
「アシズ様………」
「うむ、わかっている」
ティスのか細い呼びかけにアシズはみなまで言うなとばかりに頷く。
あの者、人間ではない。
片や“紅世の王”として、片やフレイムヘイズとしての察知能力から、二人は眼前の人物への警戒を強める。
一方の鎧の人物はゆっくりとアシズ達に歩み続けていき、互いの声が届く距離まで近づくとその場に立ち止まり、三人を………というよりはアシズをジッと見つめてくる。
その眼差しには敵意も殺意も感じられない。むしろやっと会えたことに対する感動が滲んでいるように、アシズには思えた。
「………“棺の織手”殿ト、オ見受ケスル」
暫しの沈黙ののち、まず言葉を発したのは蟲のさざめきのような震える男の声だった。
相手が自分の名を知っていることは、まだ想定内だ。
「……名を聞こう」
刺激しないよう言葉を選ぶアシズは、まず相手の名前を問う。
「コキュートス。ソシテ……」
コキュートスと名乗った男は腰に差していた刀を引き抜くと、両手で大事そうに握りしめてさながらアシズに献上するかのように見せてくる。
「コレハ我ガ剣、春雷零式」
柄は桜色、赤地の鞘に描かれた金色の模様は華の模様だろうか。華美すぎない造形は気品を感じさせ、よほど芸術に造詣の深い職人が造ったのだろうことが伺える。
(あれは……!)
だがアシズには、その刀の『本質』が一目でわかった。
間違いない、この刀は“燐子”だ。
(燐子を従えるということは、この者は“徒”なのか?)
いや、この気配………似ているが少し違う。
「………私に何か用か?」
不意打ちを警戒する中、コキュートスはその場に座り込んで刀を脇に置くと、アシズに向けて深々と頭を下げてきた。
「一手、試合ウテイタダキタイ」
コキュートス、春雷のおかげで人化できました。