恋人の誕生日が迫っているが、男たるもの焦る事無く堂々としているべきだ。
お互い初めて交際した身の上である。背伸びなんぞしてみれば青春に新たな黒歴史が生産されるであろう事は想像に容易い。ましてや相手が俺である。何時ものように受験勉強をして、帰りに少し良い物でも食べてプレゼントを渡して帰れば良い。完璧なプランだなと妹に豪語してみれば「初誕生日にそれ? センスないよ」と呆れられ彼女の親友からは「脳みそまで腐っているのかしら?」と辛辣しか存在しない言葉が返ってきた。
(どうすればいいんだ……)
まともにデートプランなんぞ考えた事がないからわからん。俺が攻略した星の数程の彼女達とデートした際には常に選択肢が出てきたし、便利な親友キャラも居た。現実は選択肢なんぞ出せば罵倒の嵐。便利な親友キャラは……葉山は竿役。材木座はバグ。戸塚はメインヒロインとこれも不可能。あれ? このゲーム詰んでない?
絶対ヒロインの由比ヶ浜のTrueとか見れなさそうだ。選択肢一つ間違えばバッドエンド直行である。しかも自意識過剰なので無駄に選択肢も多そうで嫌になる。
「……っ」
頭の悪い事を考えていると廊下を歩いていた彼女と目があった。少し周りを見渡した後軽く手を振ってくれる。どうだろうか俺の彼女。信じられないぐらい可愛い。マジで頭おかしくなる寸前までいったので思わず頭を抱えてしまった。少しした後にソシャゲぐらいしか通知のない俺の携帯が震えた。こっそりメッセージを確認すると「体調悪い?(;´・ω・)」とあった。
死んでしまうからやめてほしい。問題ないとだけ返事をすると視線を感じる。……見てるよ。これ見てる。仕方がないのでゆっくりと席を立ち廊下に出た。貴重な昼休みを浪費するのは信条に反するが、仕方ないじゃん。可愛いは正義なんだし。階段を下りて中庭に出たところで、ようやく彼女も追いついて来たようだった。
「あはは……。なんか、ごめんね。体調悪そうで心配だったからつい」
「いや、少し外の空気も吸いたかったから」
他に気の利いた事を言えない自分がとても嫌になる。普通に教室に入ってきて話しかけるのが普通のカップルだが俺達は違う。由比ヶ浜は俺が目立たないように常に気を使ってくれるし、俺と言えばあれは困るだのこれは恥ずかしいだの脳みそが腐っているような発想しか出てきてない。
おおよそカップルとして破綻している俺達だが、それはそれとして早速距離を詰めて腕と体を絡めてくる由比ヶ浜さんも大概なのだが嬉しいし楽しいのでもうこれでいいや。
「今日放課後どうする? また勉強?」
「あー……。今日はまぁ、いいんじゃない? ほら、最近勉強ばっかだったし」
「うん……。そうだね。今日ぐらいは」
由比ヶ浜さん出来過ぎた彼女過ぎて誕生日アピール全くしてこない。出木杉君もびっくりするレベル。出木杉君も由比ヶ浜の成績見たらびっくりするだろうけど。これは俺から誘った方が良いのだろうか。しかし、小町と雪ノ下から辛辣な意見を貰ったばかりだ。あのプランはダメという事になるが、そもそも今気づいたんだけど普通彼氏なら会った時に「誕生日おめでとう」ぐらい言うものではないのだろうか。……なるほど分かった。こういう所がそもそもダメなのである。
「きょ、今日誕生日だったよな。……だから、今日は勉強しないで他の事しよう。何だって付き合うからさ……」
最初噛んでしまったが及第点ではないだろうか。自分でプラン出さない所が悲しいけどこれが俺の精一杯だった。
「うわ、ヒッキーあたしの誕生日覚えてたんだ!?」
どうやら俺の渾身の死にたくなるような情けない台詞よりも驚きが勝ったらしい。何だろう。泣きたくなってきた。
「彼氏になってもうわって言われるとは思わなかったよ……」
「ごめんごめん。ちゃんと嬉しいから! ヒッキー誕生日祝うとか好きそうじゃないけど、何かはしてくれそうだなーぐらいには思ってたし」
「ごめんね。期待値低い彼氏で」
「でもそういうとこも含めて、全部好きだから……」
「あっ……はい。ありがとうございます……」
「いえ、こちらこそ……」
何故かお互い敬語になってしまった。自分の顔が見て見たい。どんな間抜け面をしているのだろうか。でもこんなの無理でしょう。何言ったってこんな空気にいつもなってしまう。まさかこの世にこんな楽しい事があるなんて予想できた? 俺はできなかった。そんな天にも昇る気持ちを抑えつつ、何とかこの緩んだ表情を何とかしようとしていると、由比ヶ浜がはにかみながら言う。
「でも嬉しいな。何でも付き合ってくれるんでしょ? あたし、ヒッキーとやってみたい事が沢山あってさ。放課後までにプラン考えておくね!」
その言葉に、俺の緩んだ表情が一瞬で引き締まった。
●
女子と買い物するのには慣れたつもりだった。
いや、小町の話なんだけど。ほら、一応女子だしね。どこに出しても恥ずかしくないし何だったらどこにも出したくないんだけど。「腕を組んで下の名前で呼びながら買い物したい」という言葉で人を殺せそうなお願いに対し、俺が出した答えは県外でなら可だった。
というわけで電車を乗り継いでお台場までやってきた。いや、ほら。お台場デートとか一度は憧れるし。ビッグサイトとガンダムの場所しか知らないのにね。駅の近くにある大きなモールで買い物ついでに誕生日プレゼントまで買えるという俺への気遣いに溢れたプランだった。
「あ……は、はち…………」
「そんなに言いにくい名前なの? どこぞの忠犬みたいになってるんだけど」
「うっさい! 照れるの! そっちだって下の名前で呼んでよ!」
「結衣…………ヶ浜」
「下につけるのずるい!」
俺が他人だったら殺したくなるようなやりとりをしながら買い物をしていく。
次のお題は「二人でプリを撮る」だった。死ぬ。マジで。由比ヶ浜が画面を見て髪を直しているのを見ていると俺も何かしなきゃとハラハラしてくるという知見を得た。実際の所無駄にベルトを締めなおしただけに終わった。俺がベルトを緩めた時に一瞬「マジ?」みたいな顔されたのが少しショックだった事も付け加えておきたい。
「流石にここではしないでしょ……」
「いやだって男の子ってさ……。我慢できなくなったりするんでしょ?」
「それ、男も女も変わらなくない?」
「えっ? そうなの?」
「何か話がかみ合ってないんだけど……。尿意の話じゃないの?」
由比ヶ浜の顔が赤くなっていくにつれて俺も色々と察した。理性の化け物と呼ばれた俺がそんな事をする筈ないだろうに。最近怪しいけど。
「お前、意外とム──」
言葉を最後まで言わせてもらえなかった。由比ヶ浜のビンタが炸裂し俺達の初プリクラは見事なまでのDVカップルの様相そのものであった。あまりの写真の取れ高の良さに笑ってしまうレベルで俺の顔がブれている。そんな初プリだったが、取れ高が良かったのが功を奏したのか由比ヶ浜の機嫌もすぐに直った。
三つ目のお題は「二人でタピオカを飲む」だった。このタピオカブームが終焉した時代に何で今更なんて思ったが、やらないといけない気がする。めっちゃする。デジャビュって奴だな。由比ヶ浜は誰かとは違って熱心に頼んだタピオカの写真を撮っていた。
「ねっ。撮らない?」
「今撮ってたでしょうが」
「そういう意味じゃなくて!」
主語がないんだよ、と言おうとした時には俺の真横に移動していた。
俺の腕をがっつりと組んでインカメラを起動して写真を撮り始める。うーん。目の腐った男と美少女が映っている。
「何か撮られ慣れてない? ここだけ余裕感じる」
「気のせいだろ」
「ふぅん。ま、いろはちゃんとも撮ってたもんねー」
グサっと刺された感じがするがあまり気にしていないらしい。加工アプリで俺の目の濁りを消す方が大事らしい。これとったら何も残らないんだけど……うわ。イケメンじゃん。
「んー。何か違う!」
「いや、そっちの方がかっこいいでしょ。戻さなくていいから!」
「ヒッキーの良さが消えてる気がするんだよねぇ。こっちの方が好き」
俺の目の事散々弄ったくせに今更ずるいよ由比ヶ浜さん。こんなの惚れ直してしまう。そのまま二人並んで歩きながらショッピングモールを出る。ガンダムの近くで写真を撮りたかったが、そんな事を言える雰囲気ではない。そろそろ日も暮れてきたので帰る準備もしなければならない。条例があるからね。
二人して海沿いの公園をぶらぶら歩きながらぽつりぽつりと会話していく。友達の事。後輩の事。学校の事。そして、俺達の未来の事。
「今日は楽しかった。……次はヒッキーの番だね。二か月後かな」
「そうだなぁ……。でも夏休みじゃんね」
「会いに行くから! 学校だけの関係じゃないでしょ!? 恋人に夏休みってあるの!?」
「凄い勢いのツッコミで必死さが怖い」
「じゃあヒッキーは夏休みあたしに会いたくないんだ?」
「冗談です……。週4回ぐらいなら……」
「意外と譲歩してきてあたしもびっくりだよ……えへへ。でも嬉しい」
やり取りが心地いい。そりゃこの俺ですら週4回は会いたくなってしまうし、何だったら毎日今日は何してるのかな?とか考えてそう。社畜ならぬ恋畜だろうか。その為にはきちんと彼氏らしく振舞わなければならない。彼女と共にあるけるように。これからも一緒に居られるように。
遅ればせながらゆっくりと咳ばらいをし、まずは最初に言わなければならなかった事を言ってから始めたい。リュックからさっきこっそり買ったプレゼントを取り出し、俺は言った。
「由比ヶ浜。誕生日おめでとう。今年もよろしく」