「草賀ティアリスは僕たちと同じくライバーとしてデビューするはずだった少女なんです。」
何も見えない窓の外を眺めながら剣持がゆっくりと語り始めた。
「昔テレビ番組で新人発掘オーディションみたいなものってよくあったじゃないですか。
それを企画でやってみようってことになったんです。選ばれたメンバーは全部で八人。
司会進行役として僕とリゼさん。審査員役として三枝くん、アンジュさん、ちーちゃん、
星川さん、ひまちゃん、そして神田くん。」
「そのメンバーって...。」
驚きの余りに声を詰まらせるシェリンに対して、剣持は冷静な表情と口調で話を続けた。
「ええ。そうなんです。この列車に乗り合わせてるメンバーと同じなんですよ。
加えて、この企画の最終選考まで残った人物。それが草賀ティアリスだったって訳なんです。」
「僕の勉強不足だと思うんですが、そんな企画があったなんて知りませんでしたし、
草賀ティアリスという名前にも聞き覚えが無かったです。もしかして名前を変えて今も
活動されてたりするんですか? 」
「彼女の明るく素直な性格や華のある容姿は僕たちの心を確かに掴んで行きました。
そして、デビュー決定まであと一歩というところで彼女は突然辞退してしまったんです。
彼女以外に候補者は残っておらず、結果として彼女からの希望もあって企画はお蔵入りとなり、
彼女や企画について知る人物はごく一部に限られたって訳です。シェリンさんが知らないのも
無理もないことなんですよ。」
「そんな事があったなんて...。」
これが寝耳に水と言う状態なのだろう。噂レベルでも聞いたことがない企画だった。
だが、シェリンにはまだわからないことが残っていた。
「でも、なぜ皆が一斉に口を噤んでしまうんでしょう。もしかして...彼女は『
なかったのではないですか? 」
彼らが口を噤んでしまう理由と神田の部屋に残された文面を考えてみれば、
自然と導き出された結論だった。
「シェリンさん。配信者にとって必要不可欠な能力って何だと思います? 」
真っすぐにシェリンを見つめている剣持の声のトーンが一段階低くなった気がした。
「えーと...なんでしょう。エンタメ性とか人を魅了する力とかですかね。」
急な話題の転換に深く考えられず、シェリンは取り敢えず頭の中に浮かんできた言葉たちを
思い付くままに並べてみた。
「確かに。でも彼が彼女に伝えた言葉は違いました。
どれだけの力で殴られようとも、どれだけの人数に何度殴られようとも、自分の立場を守りながら
立ち続けなくてはいけない。彼はそう彼女に面と向かって言ったんです。」
「彼とは? 」
「それが神田くんだったんですよ。素直だった彼女は先輩のその言葉に悩み、考え抜いた末に
配信者としてデビューする事を諦めて、そのまま表舞台から姿を消してしまいましたとさ。」
神田が見ていたであろう『死神』の本当の姿、皆が口を噤む理由、部屋に残されていた手紙。
剣持の証言によって、シェリンの頭の中でバラバラだった点が繋がっていき、ぼんやりとだが
草賀ティアリスと言う人物を描き出していた。
「その後、彼女はどうなったのですか? 」
滑らかな口調で喋り続けていた剣持の口の動きがここで一旦止まった。
しばらくテーブルの上のスマホの中に居る『彼女』の笑顔を黙って見つめていた。
「...
「えっ? 」
聞き間違えたのかと思い、気が付けばシェリンは無意識に聞き返していた。
「皮肉なことですよね。結局神田くんの言葉は正しかったってことですね。きっと彼女は自分が
辞退した決断は正しかったのかって最後まで一人で悩んで、悩んだ末にビルの屋上から
飛び降りて亡くなりました。」
「そうだったんですか...だから皆さん彼女の名前を聞くと。」
「神田くんは包み隠さず皆に彼女との会話の内容を伝えていましたからね。それでも自殺の本当の
原因は遺書も無かったようなので分かりませんけどね。だから、僕たちにとって天使でもあり
死神でもあるんですよ。彼女は...。」
シェリンがスマホの中の彼女をふと見ると、画面の中で彼女は静かに笑っているだけだった。
「他に何か知りたいことはあるかな? 名探偵? 」
「いえ。大丈夫です。貴重なお話をありがとうございました。」
シェリンは椅子から立ち上がると、剣持に向かって一礼をした。
「いえいえ。僕も神田くんのためなら出来ることはさせてもらいますよ。
ところで、皆にこうやって話を聞いて周ってるんですか?」
「そうですね。あと少しで聞き終わりそうです。」
「もしリゼさんにまだ会いに行ってないなら、明日の朝以降をおススメしますよ。
何だか体調が悪くて寝込んでいるみたいだから。」
シェリンは別れ際に再度お礼を剣持に伝え、彼の部屋を後にした。
これで一号車内で残る人物はリゼだけとなったのだが、剣持の情報によれば体調を崩している
ということなので彼の言う通りに話を聞くのは夜が明けてからにすることにした。
この列車が終点へ到着するのは明日の昼だ。
今まで集まっている情報と到着までの残り時間を考えた時に決して余裕綽々とはいかないが、
剣持から草賀ティアリスについての収穫もあったことだし絶望的な状況でもないと考えていた。
「おーい。起きてますかー。」
聞き覚えのある声に辺りを見渡すと、すぐ傍にいつの間にかに早瀬が立っていた。
考え込んでいて気付かなかったが、どうやら何度も話し掛けられていたようだ。
「ああ。すいません。考え事をしていまして...。」
「折角私が沢山情報を集めてきてあげたのになー。」
グウェルとの会話を終えた後、早瀬はシェリンの部屋の前で彼が帰って来るのを
待っていたようだ。
健気に待っていたのに無視された事で機嫌を損ねてしまった早瀬に謝りつつも、
お互いが集めてきた情報交換を簡潔に済ませた。
早瀬が手に入れてくれた情報の中で赤いロングコートについては想定内の目撃情報だったが、
貴重な情報であることには間違いなかった。
それよりもシェリンが気になったのは偶々遭遇したグウェルとの会話だった。
その話を聞いている時に
その正体が何なのかはハッキリとは分からなかったのだが、今までの証言の中にその答えが
あるような気がしていた。
「色々とありがとうございました。今日はもう遅いので休みましょう。
明日もよろしくお願いしますね。」
「せやね。ほな明日ね。」
早瀬はシェリンに手を振ると二号車の方へと帰って行った。
「あ。そうだ。らんねーちゃん。」
早瀬の姿が完全に見えなくなる寸前でシェリンは早瀬を呼び止めた。
「ん? 何? 」
一号車の廊下の突き当りで早瀬はシェリンの方へと振り返った。
「僕が二十二時過ぎぐらいに『死神』の話を聞きに部屋に行ったのを覚えてますか? 」
「うん。それがどうしたん? 」
「その後って、僕が帰ってからはずっと部屋に? 」
「そやね。と言うかシェリンが帰ってから、直ぐに眠っちゃって皆に起こされるまで、
夢の中やったわ。」
早瀬は笑いながらそう言った?
「そうですか。急に呼び止めちゃってごめんなさい。おやすみなさい。」
「気にせんといて。じゃ、おやすみー。」
そして、今度こそ早瀬の姿は二号車の中へと消えて行った。