シェリンと中尾は一号車の二号室の前に立っていた。
「本当にありがとうございます。」
シェリンは改めて中尾に一礼をした。
「会社からは列車を止めるなとしか言われてませんから。」
そう言いながら中尾は持って来た鍵を使い、二号室の扉を開けた。
室内は最後に見た時と変わっておらず、神田もしっかりとそこに居た。
シェリンがこの部屋を再び訪れた理由は『
とは言っても、そのある物に関しては具体的なビジョンが頭の中に浮かんでいるのではなく、
自分の考えている可能性を満たせるであろう物を探しに来たといったところだろうか。
自前の白い手袋をしっかりと嵌めるとシェリンは手始めにクローゼットを開けてみた。
そこまで大きくないクローゼットには何も入っておらず、神田も手を付けていないようだ。
次にベッドの周りを調べ始めたシェリンは直ぐに何かに気がついた。
それはベッドの下から顔を覗かせていた洋服の袖のようなものだった。
乱雑に押し込まれていたソレをシェリンはゆっくりと慎重に引っ張り出した。
ベッドの下からシェリンが取り出したものは、どこか見覚えのある制服だった。
「な、なんでそれがここに? 」
後ろからシェリンの様子を見ていた中尾から思わず驚きの声が漏れ出てきた。
それのしのはずだ。シェリンがベッドの下から見つけ出した制服はこの列車の乗務員と
同じものだったのだ。
制服は無理矢理に押し込まれたようで皺くちゃになっていたが、間違いなく中尾らが
着ているものと同じ制服が上下共にしっかりと揃っていた。
「これはこの列車の乗務員さんたちの制服で間違いありませんか? 」
ぐしゃぐしゃになっていた制服を手で少し確認し易いように広げながら中尾に見せた。
中尾は眉間に皴を寄せながら、制服を凝視していた。
「はい...間違いなく我々の制服のようです。」
思いもしないものが人が亡くなった現場から発見されて明らかに動揺している中尾を尻目に
シェリンは制服に何か遺留品はないかと制服を丁寧に調べ始めた。
皴を伸ばしてみたり、ポケットの中を確認してみたりしたものの、そこから何かを
見つけることは出来なかった。
「あれ? 」
後ろからシェリンと一緒にその様子を見ていた中尾が制服のある異変に気付き声を漏らした。
「どうしました? 」
「いや。あの上着のボタンが一つ無くなってますね。ほら。これ見て下さい。」
そういって自分の上着の前面をシェリンの方に向けた。
中尾の制服は上は紺色のジャケットに白いワイシャツ。ネクタイは赤となっていた。
下はジャケットと同じ色のパンツを履いていた。
ジャケットの前面には金色の丸いボタンが縦に三つ並んでいた。
しかし、シェリンが見つけたジャケットには金色のボタンが二つしか付いていなかった。
よくよく見比べてみると三つの内の真ん中の一つが確かに外れて無くなっていた。
「どう見ても当社の制服ですから、どこかで外れて落ちてしまったのかもしれませんね。」
中尾のその言葉を聞いたシェリンはスマホのライトでベッドの下を照らし覗き込んでみた。
綺麗に掃除されているベッドの下の床を隅々まで確認してみたのだが、ベッドの下には問題の
金色のボタンは落ちていなかった。
この制服があればシェリンが推理した通りの犯行が、あの人物には出来るはずであった。
無くなっている金色のボタンの行方も、とある人物の行動を思い出してみれば見当はつくのだが、
そうだとしたら一つの大きな疑問が残ってしまうことになる。
何故嘘をついたのか?
その答えはこの部屋の中を幾ら探そうとも見つかることはなかった。
朝食の時刻の八時を過ぎると続々と食堂車にメンバーが集まって来た。
八時十分を過ぎた頃には全員がテーブルへと着席していた。
前日の夕食のようなテンションとは行かないものの、各々がメニューを乗務員へと伝えていった。
朝食は和食セット、洋食セット、パン単品など数種類の中から好きなものを選ぶことが出来た。
シェリンと早瀬は同じテーブルについて、和食セットを堪能していた。
白米に味噌汁に焼き魚に卵焼き、それに小鉢も付いていた。
有り触れたメニューではあったのだが、味は申し分の無いものだった。
「昨日の夕食も美味しかったけど朝もええ感じやね。」
目の前に座っている早瀬が満足気に微笑んでいた。
シェリンも「ええ。」と笑顔で返事をしたものの、頭の中では事件のことを考えていた。
早瀬に合わせて美味しいとは言ったが、実際のところは朝食を味わう余裕はなかった。
終点の福岡までは残り三時間となっていたが、シェリンは一つの答えを既に出していた。
あとは神田の部屋にあった文章に従って真実を白日の下に晒すだけだったのだが、
シェリンは二の足を踏んでいた。
それは嘘の理由と証言の中にあった違和感の正体が分からないままだったからだ。
無心で目の前にある焼き魚の骨を一本一本抜いてみたり、味噌汁をかき回してみたりと
明らかに心ここに非ずといった感じであった。
そんなシェリンの姿を見かねた早瀬が何か話しかけようとした時だった。
食堂車内に硝子の割れる激しい音と女性の短い悲鳴が響いた。
全員の目線が音のした方へと向けられた。
その数多の視線の先に居た人物は星川だった。
星川の座っているテーブルの下には粉々になった透明な硝子の欠片と透明な液体が広がっていた。
「ごめんなさい! コップを落としちゃって。」
どうやらミネラルウォーターが入っていたグラスを手を滑らせて落としてしまったようだ。
「お怪我はありませんか? 」と心配そうな顔した乗務員が直ぐに駆け付けると、
慣れた手つきで床の清掃と替えのコップの用意の指示をしていた。
昨日の今日で何かが起こったのではと過敏になっていたこともあってか、
この些細なハプニングに胸を撫で下ろしているような素振りを見せる者もいた。
そんな中でシェリンは床に散らばった硝子の欠片をジッと見つめていた。
「
「ん? 何? 」
小さなシェリンの呟きは目の前の早瀬にも届かなかったようだったが、
それを聞き返そうと尋ねた早瀬の言葉もまたシェリンの耳には届かなかったようだ。
シェリンは言葉を返すことなく、ただ硝子の欠片を。
「だから嘘を...だからあの時...。」
シェリンの頭の中の線路ではポイントが切り替わり、進路を変えた真実は終点へと走り出した。