食堂車内は異様なまでに静まり返っていた。
「えっ...自殺ってことですか? 」
若干気まずそうに声を上げたのはアンジュだった。
「そうです。今回の一件は全て神田さんの自作自演だったのです。三枝さんは二十二時から
事件発生までの間、神田さんの部屋に誰も入っていないことを見ていた。そして、リゼさんが
直前に神田さんの声を聞いていた。それにそもそも『赤いロングコート』という単語を
初めに言い出したのも神田さんでした。」
「それなら俺たちが見た赤いロングコートは神田さんだったってこと? 」
「いえ。三枝さんや僕が見た二号室から出てきたあの人物は神田さんが用意していた第三者。
三枝さんを適当な理由をつけて部屋に招き入れたのも『室内に誰もいない』と思わせるためです。
実際はベッドの下かどこかに隠れていたのでしょう。」
「そっか。ずっと気になってたんだよ。神田さんが何で俺を呼んだのか。誰が聞いても時計の
音だって分かるし、音がしている場所だって分かり易かったから不思議だったんだよな。」
三枝は自分が所持していたことすら忘れてしまいそうになっていた時計を取り出した。
その銀色の懐中時計は変わらずチクタクと時を刻み続けていた。
「神田さんは三枝さんの証言が欲しかった。その時間に『一人で』部屋に居たという証言が。
そして、誰も居るはずのない部屋から謎の人物が出てくる。そうやって神田さんは『死神』を
作り出したかったんだと思います。」
「し、『死神』? 」
何時ものハキハキとした喋りではなく、星川のその声は微かに震えていた。
「神田さんは『死神』についても僕に話していました。遺書などは残っていないので
あくまで僕の想像ですが、落語の死神と言う話の中では男がズルをして助けた相手と
寿命が入れ替わってしまい、男自身が死の淵に立たされるということになっています。
神田さんは自分が生きている『今』は草賀さんが生きるはずだった『今』なのかもしれない。
そんな風に一人悩んでいた神田さんは『死神』に自分の命を奪ってもらおうと考え、
このような事を思い付いたのかもしれません。」
「でも、変じゃない? 」
シェリンの推理と過去の出来事が重なり、誰もが何を口にして良いのか分からなくなっていた。
そんな中で一人声を上げたのはちひろだった。
「シェリンの言う様に笑ちゃんが後悔してたとしてさ。何でちひろたちを集めたの?
言い方は良くないかも知れないんだけど、一人で死んだ方が楽なんじゃないの? 」
ちひろの意見は全くその通りであった。こんな大仕掛けをしてまでするような事ではなかった。
「恐らくですが、神田さんは皆さんに自分の苦しさを伝えたかったんだと思います。
自分で弱音や後悔を口にすることは性格上出来なかった。でも、自分の思いをあの時のメンバーに
感じて欲しい。償いたい。を伝えるのが不器用でエンタメを愛していた彼なりの
最後の舞台だったんだと思います。彼は自分が自殺であることが敢えて分かるように
舞台設定をした。誰にも容疑が向かないように役を配置した。彼の望みは皆さんへの
復讐でもなければ、八つ当たりでもありません。ただ自分の苦しみを分かって欲しかった。
本当にそれだけだったんだと思います。」
探偵の推理が終わった。
それを聞いて涙を流す者、何も言わずに唇を噛み締める者、車窓から空を見つめる者。
食堂車内に様々な感情が綯い交ぜになっていたが、それ以上何かを口にする者は現れなかった。
食堂車に残っていたメンバーは各々の部屋へと戻って行った。
残っていたのは早瀬とシェリンの二人だけだった。
シェリンは少し疲れた様子で先程まで剣持が座っていた椅子に座り、窓の外を無言で眺めていた。
早瀬もその向かいに腰掛け、今まで自分がメモしてきた黄色い手帳を無言で見つめていた。
早瀬自身この結末に驚いているのは事実であったが、それ以上に気になる点が残っていたのだ。
「なぁ...シェリン。ちょっとおかしない? 」
早瀬が手帳からシェリンに視線を移してみたが、彼は微動だにせずに何も答えなかった。
それでも構わずに早瀬は続けた。
「いくら何でも大掛かり過ぎるし、赤いロングコートの行方も分からず終い。
それに乗務員さんの制服の件に全く触れてへんし。無くなってるボタンも。」
早瀬がそこまで言うとシェリンはゆっくりと立ち上がった。
「どないしたん? 」
「正しい嘘ってあると思いますか? 」
「えっ? 」
窓の外を眺めたままでそれだけ言うと、シェリンは早瀬の答えを待たずにそのまま二号車の方へと
姿を消してしまった。
一人残された早瀬は、再び自分の手帳へと視線を落とした。
「正しい嘘? 」
早瀬にはシェリンの言葉の意味は分からなかったけれど、シェリンが迷っていることだけは
伝わって来ていた。