シェリンはとある客室の扉をノックした。
「どうぞ。」と中から返事かあったことを確認してから、ゆっくりと扉を開けた。
中に入るとその人は窓際のソファに腰掛け、外の景色を眺めていた。
完全に都市部へと到達していた車窓からは家々や商業ビルなど生活感溢れる見慣れた風景が流れていた。
「見事な推理でしたね。流石名探偵。」
シェリンの方を向かずに外の方を眺めたままでその人は話していた。
まるで、シェリンの来訪を予期していたかのようにも見えたが、実際は窓ガラスに反射したシェリンの姿を確認しただけのようだ。
「まぁ。こちらへどうぞ。」
その人はようやく顔をシェリンの方へ向けると、右手を対面のソファに向かって差し出した。
「ありがとうございます。」
シェリンは一礼すると、その人の対面にあるソファへと腰を下ろした。
「それで...事件も解決したというのにどう言ったご用件でここへ? 」
「実は、まだ皆さんに打ち明けてないことがあるんです。それは『嘘』についてです。」
「『嘘』? 」
その人はシェリンの言葉に動揺する様子もなく、まっすぐシェリンを見つめたままだった。
「ええ。今回の事件の証言の中で全員が何かしらの嘘をついています。それは示し合わせたものではなく、ある人物を守ろうと全員が咄嗟に嘘をついたんです。見事な無言の連携プレーでした。これが犯罪に関わることでなければ実に美しいものだったでしょう。そこまでして皆さんが守ろうとした人物。それがあなただった。」
シェリンの言葉に一切のリアクションを示すことなく、その人は微笑を浮かべていた。
その様子を見たシェリンは自分の言葉を続けることにした。
「まずは勇気ちひろさん。彼女は二十三時二十分頃に僕と三枝さんと共に神田さんの部屋から出てきた赤いロングコートの人物を目撃していた。あの時、ちひろさんは少し驚いた様子で固まっていました。後に話を聞いた時に彼女は『ロングコートの人物の顔はフードで見えなかった』と証言していましたが、実際は身長の低い彼女にはフードの中がしっかりと見えていた。」
「何故嘘だと思ったんですか? 」
「僕が話を証言を聞いた時にちひろさんはやや右上を見上げながら話していました。不思議だったんです。心理的に過去を思い出す場合には左上を見上げる傾向にあります。右上の場合は未来のことを考えていることが多い。あの時、ちひろさんは顔を思い出していたんじゃなくて、既に未来の展開を考えていたんだと後になって気が付きました。」
「なるほどね。」
「次はアンジュさんです。彼女は最初に神田さんの部屋に入った時に眩暈を起こして床に蹲ってしまいました。体調が悪かったリゼさんではなかったこともあって、この行動も不自然に思えました。あれは床に落ちていた『あるもの』を拾うために蹲ったんです。」
シェリンの目の前の人物は何も言わずにシェリンの言葉に耳を傾けていた。
「皆さんには言っていませんでしたが、神田さんの部屋に乗務員の制服が隠されていました。その制服からボタンが一つ無くなっていました。恐らくアンジュさんが拾ったのは制服のボタンだったんでしょう。」
アンジュは慣れない演技をしてまでボタンを拾ったのは一つの勘違いからだった。
アンジュは床に落ちているボタンを見つけた時に思った。
そのボタンが犯人が何時も着ている服から取れたものではないのかと思ってしまったのだ。
実際は犯人が制服を見つけさせるため、わざと現場に残していたものだったとも知らずに。
「そして、星川さんはあなたが部屋を訪れていたのにそれを隠した。星川さんは瓶が割れた音を聞いた時に『部屋から出れなかった』と証言していた。あれは嘘ではなかった。部屋から出れなかった理由。それがあなただった。」
「じゃあ。星川さんも共犯だと? 」
「いいえ。違います。あなたは三枝さんがあの席に車掌として座るより以前に神田さんの部屋にいた。その時に万が一、誰かに見られたとしても問題無いように乗務員の制服を着て神田さんの部屋を訪ねたんでしょう。それから三枝さんに時計を見つけさせるために呼んだ。理由は先ほども言った通り『部屋に誰もいない』と言うことを印象付けるためでした。ただし、その時部屋に隠れていたのはあなただった。三枝さんが部屋を去ってから神田さんを殺害し、制服をベッドの下に隠して用意していた赤いロングコートを羽織り部屋を出た。そのまま三号車の方まで突っ切ってから誰もいない場所でコートを脱いで何食わぬ顔で自分の部屋へ戻ろうとしたが、ここでトラブルが起きた。」
「トラブル? 」
二人の会話を遮るように列車の車内アナウンスが終着駅への到着予定時刻を告げた。
二人の視線は自然と時計へと向けられた。
もう間もなく、約束に時間。終着駅へと到着することになりそうだ。
シェリンは気を取り直して、再び話し始めた。
「それがグウェルさんです。あなたは部屋に戻るまで誰の目にも触れられたくなかったが、偶然にもその時間にグウェルさんが車両を往復していた。困ったあなたは二号車の星川さんの部屋へ適当な理由をつけて逃げ込んだ。」
「どうしてそんな事が分かるんですか? 」
「あなたの証言です。そもそもグウェルさんが何度か車両を往復する羽目になった原因である瓶です。グウェルさんは瓶を落としてしまい割ってしまった。その音はほとんどのメンバーが聞いたと証言しています。でも、あなたはその音について証言しなかった。いや、正確には
彼はシェリンの推理に反論してこなかった。
「なぜなら、貴方が瓶を割れる音を聞いたのは星川さんの部屋に居た時だったからです。貴方にはその音が自分の部屋がある一号車でも聞こえた音なのかが判断できなかった。もし、二号車だけに聞こえていた音だとしたら、自分が聞いたと言えば一号車に居なかったことが露見してしまう。そう思った貴方は音についての証言をしなかったんです。僕が貴方に『物音や声を聞かなかったか』と聞いた時に『列車の走行音ぐらいしか聞いていない』と証言したんです。」
「なるほど...一号車でも聞こえてたんだ。」
彼は自嘲的な笑いを浮かべるながら呟いていた。
「三枝さんは貴方の姿なんか見てないのに部屋に戻っていたと証言し、ほんひまさんは貴方部屋を訪ねて返事がなかったのにそれを隠した。そして、リゼさんは直前まで神田さんが生きていたかのような証言をした。この全てが貴方を守ろうとしたからなんですよ。剣持刀也さん。」