「あ! あれって! 」
重苦しい静寂を一掃したのはリゼの声だった。
その声は心なしか普段より大きく語気が強くなっているように聞こえていた。
リゼが声をあげて視線を送ったのはシェリンと早瀬の後方だったので、
二人がそちらの方へ振り返ると、そこには三人の人物がこちらに向かって
歩いてきている所だった。
「おっ? 誰かと思えばシェリンさんとらんねーちゃんじゃないですか。」
手を挙げてニッコリと微笑んでいたのは三人の中で真ん中を歩いていた神田笑一だ。
「本当だ。その後ろにいるのは...リゼアンのお二人かな? 」
神田の右側、列車側を歩きながらシェリンたちの後ろを覗き込もうとしていたのは
「やっほー」と神田の左側で満面の笑みで手を振っていたのは
自分以外の女性の姿を見つけて、少し安心したのか、四人を認識した瞬間にちひろの表情が
明るくなったかのようにも見えた。
「お三方も今回の企画に企画に参加されたんですね。」
シェリンの言葉に反応して、ニヤリと嫌らしい笑みを浮かべたのは剣持だった。
「今回の企画ってミステリー企画なんですよね。まさか、シェリンさんが探偵になるなんてことは
ないですよね? 」
それを聞いたシェリンは先ほどと同じようにモノクルに指を当てた
「ええ。もちろん今回難事件を解決する名探偵こと、シェリン・バーガンディとは
私のことですよ。」
「うわー...こりゃ迷宮入りだわ。」
ちひろの真顔でのツッコミが炸裂し、先ほどまでの重苦しかった空気が幻だったかのように
明るい雰囲気が七人を包んでいった。
その雰囲気によって少なくともシェリンと早瀬はアンジュが何かを言いかけていた事を
もう忘れかけてしまっていた。
話を聞くとシェリンと早瀬と剣持以外の四人は『乗客』という役割を担っていたのだが、
剣持だけは一風変わった役職だった
「『鉄道会社のオーナー』? 」
「ええ。そうなんですよ。何をするのか見当もつかないんですけどねー。」
「せやな。自分以外の役職に何が有るかなんて知らんしね。ぶっちゃけ嘘の役職言われても
私らはわからんもんなー。」
早瀬と剣持がそんな会話をしていると再び一団に向かって話しかけてくる声が聞こえてきた。
「先生じゃないっすか! 」
ひと際大きな声で元気よく飛び込んで来たのは
「三枝先輩。急に走り出してどうしたんですかー。」
息を切らしながら三枝を追いかけてきた
「星川ちゃんにひまちゃんだ。二人も参加だったんだね。」
嬉しそうに二人に近づいて行ったのはリゼだった。
「お? リゼちゃんじゃん! にしても、思ってたんより人数多いなー。」
ひまわりも星川と共に嬉しそうにリゼと言葉を交わすと駅構内に突如として出現した一団を
ぐるりと見渡した。
見慣れた顔ぶれにしても、ここまでの人数が一堂に会するということも
中々珍しい出来事であった。
普段とは違う状況による戸惑いと期待が皆の心に渦巻いて行く中で列車の発車時刻が
近づいてきていた。
「そう言えば、この後ってどうするんですかー? 」
最初に口にしたのは星川だった。
「せやね。なんも言われてへんけど、乗っちゃってええんかな。誰か何か聞いとる人おらん? 」
ひまわりの言葉に互いに顔を見合わせる面々だったが、答えようとする者は出てこなかった。
「剣持さん。オーナー役ってなんか聞いてたりしないんですか? 」
神田が隣に居た剣持に尋ねた。
「いや。何も聞いてないですね。」
すかさず反応した剣持は首を横に振った。
「恐らく誰も知らないんじゃないかな? 俺も役割『車掌』って書いてあったけど、特別に
何か聞かされたりしていないからね。」
剣持の答えに補足を付け加えたのは三枝だった。
どうやら三枝も『乗客』以外の役割を担っていたようだ。
皆が時計とお互いの顔を見合いながら、列車に乗るべきか否かを決めあぐねていた。
「皆さん。お揃いですね。」
突然、一団の外から声が飛び込んできた。声は改札へ続いている階段の方から聞こえてきた。
ほとんど一斉に皆が声のする方へと振り返った。
皆が見つめる先、階段をゆっくりと下って来ていたのはグウェル・オス・ガールだった。
「お待たせして申し訳ございません。今回ミステリー企画の進行兼雑用を担当致します。
まだ力不足ではあると思いますが、精一杯務めさせていただきますのでよろしくお願いします。」
図っていたのかどうかはわからないが、グウェルは喋り終わるのと同じタイミングで
階段を下り切って見せると、全員に向かい微笑みを向けた。
「タモさんが引率なん? なんか一気に不安になったわー。」
ひまわりの冗談なのか本気なのかわからない鋭いツッコミが入った。
その言葉を聞き吹き出すような笑い声も聞こえてきたが、グウェル自身は何ら気にする
様子もなく変わらぬ笑顔でそれをスルリと躱すと言葉を続けた。
「さぁ! 皆さんミステリーツアーのスタートです。皆様に企画者から事前に預かっていた切符を
お渡しします。そこにお部屋のある車両番号と部屋番号が書かれてます。」
グウェルが上着の内ポケットから映画のチケットのような切符の束を取り出すと、
書かれている番号を確認しながら慎重に一人一人へと手渡していった。
「ほんまや。切符に書いてあんな。私は二号車の一号室やって。シェリンは? 」
早瀬からの質問にシェリンは受け取った切符を見つめた。
切符には大きな文字で『東京↔福岡』と書かれ、すぐ下には発着予定時刻である
『18:05発 9:58着』の文字もあった。
部屋番号は更にその下。『チトセ号』の文字の横にしっかりと記載されていた。
「えっと...私は一号室の一号室ですね。」
シェリンと早瀬以外のメンバーも隣同士で車両番号の確認などをしているようで、
その声を聞いている限りでは一号車と二号車に部屋は集中しているようだった。
「皆様は乗り込んだ後、十八時半になりましたら食堂車である三号車に集合してください。
そこで夕食と今後の説明をさせて頂きます。それまでは自由時間となります。
では、ミステリーツアーに参りましょう! 」
グウェルは列車の傍で全員が乗り込むのを確認していた。
滞りなく乗り込みが続く中で一人の人物がグウェルの前で立ち止まった。
それはひまわりだった。
「どうなさいましたか? ひまわり殿。」
「タモさんさぁ...企画者の人に直接会ったん? 」
「いいえ。全てメールで指示を受けていたので、お会いしてませんね。
何でしたっけ...くさ...。」
「あ! ありがとう! 」
グウェルが何かを口にしようとした瞬間、ひまわりは慌てた様子でグウェルの
言葉を制止すると足早に列車へ乗り込んで行った。