真実の終点   作:夏野 雪

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一号車 22:00

 シェリンに与えられた任務は実に単純明快なものであった。

 

今夜、寝台特急千歳内で起こる事件の真相を解明せよ。

 

客室に戻ったシェリンはベッドに寝ころびながら『探偵』と書かれていた

便箋の中に入っていた紙を眺めていた。

ふっとスマホの画面に目をやると、『21:05』となっていた。

食堂車から客室に戻ってきてから一時間半ぐらいが経っていたが、

今のところ何かが起こりそうな気配すら感じられなかった。

このまま横になっていると列車の奏でるメロディが子守歌となってこのまま夢の中へと

誘われてしまいそうだと危機感を感じたシェリンは徐に起き上がり、

スマホと早瀬のメモを手に取ると化粧台の前に向かった。

少し乱れた身だしなみを整えると、列車内の探索をするために部屋を出ようとドアノブに

手を掛けた時だった。

シェリンの部屋のドアを誰かが外からノックしてきたのだ。

「えっ? またらんねーちゃんか? 」

短い返事とともに扉を開けてみると、そこに立っていたのは剣持だった。

「おや。剣持さんじゃないですか。どうしました? 」

「実はシェリンさん...いや、()()()()に話しておかなければいけないことがあるんです。」

 

 

 剣持とシェリンは再び食堂車を訪れていた。

男女二人っきりでワイングラスを傾けるには打って付けの雰囲気となっていたのだが、

今利用しているのは男同士である上に、二人の目の前にあるのはお洒落なワイングラスではなく、

可愛げな彩り豊かな特製デザートプレートセットなのだった。

「それで...『()()()()()()()()()()()()()()()』とは一体? 」

プレートの上のケーキなどを半分ほど食べたところでシェリンが一度フォークを置いた。

それを見ていた剣持も一度セットドリンクのレモンティーを一口飲んでから、

ゆっくりと話し始めた。

「『()()() ()()()()()()』...。」

「えっ? 」

「『草賀 ティアリス』という名前に聞き覚えはありますか? 」

その名前はシェリンにとって、全く聞き覚えのないものだった。

名前と言われなければ、人名だと判断することすら出来なかっただろう。

「いや...すいません。会ったこともなければ、聞いたこともない名前ですね。

有名人とかですか? 」

シェリンが素直にそう答えると、剣持は少しだけ目を見開き驚いたような素振りを見せた。

「それは本当ですか? 文章の一部とかでも見たことありませんか? 」

「...ええ。ないと思うんですが...。その...クサガさんがどうなされたんですか? 」

剣持があまりにも意外そうに聞いてくるもので、シェリンは今一度自身の記憶の中を

検索してみたが、やはり『クサガ ティアリス』なる人物がヒットすることはなかった。

「...僕がシェリンさんに伝えなくてはいけない事は()()()()()()()()()()()()()()()()

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

「事件の背景? 剣持さん。『クサガ ティアリス』って一体誰なんです? 」

剣持は車窓から外を見つけたまま、何も答えようとはしなかった。

窓の外に流れる景色から気が付けば街の光は消え、その代わりに今まで見えていなかった

星の光が空に輝いていた。

そのまましばしの沈黙が流れた後で剣持は静かに立ち上がった。

「僕が伝えなければ...いや、伝えることが出来るのはここまでなんです。」

剣持は笑顔で「失礼します。」と頭を下げると二号車の方へ向かって行ってしまった。

シェリンは剣持を引き留めようと立ち上がったが、そんな思いに反して言葉が出てこない。

何を聞くべきなのかも分からないままでは、去り行く剣持の背中を見送ることしか出来なかった。

 

 

 三枝とグウェルは一号車の廊下の端に用意された椅子の前に立っていた。

椅子は背もたれや肘置きもしっかりと備わっており、座り心地自体は悪くなさそうに見えた。

「マジでやるの? 」

三枝が少し引き攣った笑顔をグウェルへ向けていた。

「ええ。もちろん。ご安心ください、わたくしもしっかりとサポート致しますから。」

一方のグウェルは変わらぬ笑顔で自分の胸をポンッと軽く叩いていた。

「いやー...それは有難いんだけどね。そういう意味じゃ...。」

この豪華な寝台列車のロイヤルルームには一つ弱点があった。

それは内線が備わっていない事だった。

そのため何か不具合があったり、ルームサービスのようなものを頼みたいと思った場合には、

自分たちで伝えに行かなくてはいけなかった。

なので、通常は車両の廊下の端に車掌がスタンバイしており、客室を出ればすぐに依頼が

伝えられるということになっていた。

今回はこの一号車が実質的にミステリー企画一行の貸切状態だったため、

そのポジションを時間を定めてメンバーの一人が担えるように取り計らってもらっていた。

時間は比較的需要頻度が低いと思われる時間帯である夜十時から翌朝六時までの八時間の間だ。

その時間はこの椅子にメンバーの誰かが座り、一号車での実務をこなすと言う訳だった。

そして、その大役を命じられたのが『車掌』である三枝なのであった。

しかしながら、三枝一人では余りにも不憫だと言うことでグウェルが名乗りを上げた。

その結果、最初の四時間を三枝。後半の四時間をグウェル。という具合に二人で分担することと

なったのだった。

「では、そろそろ時間ですね。何かあったらスマホにメッセージ下さいね。」

グウェルが腕時計を確認してみると、時計の針は間もなく二十二時を示そうとしていた。

「そろそろですね。では何かありましたら、わたしのスマホまでメッセージを送ってください。」

励ましの言葉を三枝に伝えると、グウェルは自分の客室がある二号車の方へと去って行った。

「まぁ...やるっきゃないか。」

小さな溜息を一つつくと、三枝は用意された椅子に大人しく腰を落ち着かせたのだった。

 

 

 シェリンは『クサガ』の件で何か事前に情報を得ようと考えていた。

まず彼の頭の中に浮かんだのは同期の顔だった。

「とりあえず、有能な助手にでも聞いてみるか...。」

時計を見ると二十二時近くになっていた。

いくら同期と言えどもあまり遅い時間に女性の部屋を訪ねるというのも失礼だろう。

シェリンは早瀬の居るであろう二号車に急いで向かおうと立ち上がった。

それとほぼ時を同じくして、二号車へと続いている食堂車の扉から神田が姿を表した。

「ああ。シェリンさん。実は貴方を探していたんですよ。」

「えっ? 僕をですか? 」

急にやってきたモテ期に少し困惑していると、神田は足早にシェリンに近づいてきた。

これもミステリー企画の一つの仕掛けなのかもとシェリンは内心疑っていた。

「ええ。そうなんですよ。探偵さんって...『死神』から私の命を守ることって出来ますか? 」

「...はい? 今『()()()()』って言いましたか? 」

自分の聞き間違えなのだろうか、神田は今確かに『()()()()』と言ったように聞こえた。

「そうです。『死神』です。」

自分は揶揄われているのだろうか?

普段からあまり表情からは気持ちの読み取りづらいタイプの人ではあったのだが、

神田は何時になく真剣で真っすぐな表情でシェリンの顔を見つめていた。

「ごめんなさい。ちょっと神田さんが言っている意味が...。」

()()()()()()()()。」

「消えない? 」

「呪文を唱えようとも...手を二回叩こうとも...消えないんですよ。」

そう言うと神田は目の前でパンパンと手を二回叩いた。

その音はすぐに列車の走行音にかき消され、後には沈黙だけが残っていた。

シェリンは表情一つ崩すことなく真顔で話し続ける神田に言い知れぬ恐怖を感じていた。

真顔でシェリンをしばらく見つめていた神田だったのだが、言葉が出ずに狼狽えるばかりの

シェリンの姿を見ていた所為なのか神田の口角が微かに上がった。

その時、神田は確かに笑っていた。

しかし、そこからは『喜び』や『楽しさ』と言うものは感じとれなかった。

神田の笑みから滲みだしていたのは『自嘲』や『諦め』のようにシェリンには感じられた。

「いや...すいません。忘れて下さい。」

神田はシェリンに向かい軽く頭を下げると、自分の客室がある一号車の方へと向かい歩き始めた。

「あ! 神田さん! 『クサガ ティアリス』という名前に心当たりはありませんか? 」

それは咄嗟に出た言葉だった。

その何の気なしの言葉は神田の歩みを止めることにどういうわけか成功していた。

歩みを止めた神田は振り返ることなく、立ち止まったまま動かなかった。

「...()()()()()()()()。」

「えっ? 」

神田はシェリンの方を振り向くことなく一言そう呟くと、そのまま何時かの誰かのように

扉の向こうへと消えていった。

 

 

 

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