真実の終点   作:夏野 雪

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 さて、どうやって死のうかと考えているうちにいつの間にかに橋の真ん中。
ふと、橋の欄干から川を眺めて見る。
「身を投げるのは嫌だな。七つん時に井戸に落っこった事があるんだ。
あんな苦しい思いをするくらいなら生きてたほうがいいや。」
と思い直してとぼとぼ歩いていると、目の前に樹齢数百年は経とうかという大きな木が
立っている。
「お、こりゃぁ大きな木だね。そうだ、首を括って死のう。だけど...これまで
首括った事なんかねぇしな。どうやりゃいいもんか。」
「教えてやろう。」
「え!? 」
不意に木の陰からひょっと出てきた男を見ると、歳は八十以上にもなろうかという老人。
頭に薄い白い毛がぽやっと生え鼠の着物の前をはだけて、浮き出た肋骨は
一本一本数えられる様な痩せこけて藁草履を履き、竹の杖を突くじいさん。
「教えてやろう。」
「なんだいきなり、お前さん誰だい。」
「死神だよ。」
「ひゃっ! あー嫌だ。それまで死のうなんて思ったこともないのに、
急に死にたくなったんだ。さては手前の仕業だな? あっちいけ! 」
「へっへっへ、まぁそう邪険にするな。お前ぇにはまだまだ寿命が残ってる。
そう言う奴は死のうたって死ねねえようになってんだ。それより色々相談もあるから
こっちへ来い。」
「やだよ! 死神と相談することなんぞねぇや。」
その場から立ち去ろうとするのを死神は慌てる風でもなく言います。
「おいおい待ちな、逃げたって無駄だ。お前ぇは二本の足で走るが、俺は風に乗って飛ぶ。
あっという間に追いついちまうぞ。まぁ、色々話もあるからこっちへ来いよ。」
「何言っていやがんだ、死神に相談なんぞしたってしょうがねぇじゃねぇか。」
「死神死神と邪険に言うなよ。お前ぇと俺とは深い因縁があるんだ。そんな事は
言ったってお前ぇに分かりゃしねぇから言わねえが、随分困っているようじゃねえか。
だから俺がいい事を教えてやろう。」
「いいことって? 死神の下請けでもさせようってんだろ。」
「何を言ってやがる。死神の下請けなんて商売があるか。」
と呆れ顔の死神、唐突に「お前医者になんな。」と言います。

-古典落語『死神』より-


二号室(一号車) 23:30

 「今のって...誰ですか。」

「えっ? 」

赤フードを目で追っていた三枝の後ろから声を掛けてきたのはシェリンであった。

シェリンは両手にスナック菓子と飲み物を抱えて、三枝やちひろのように立ち尽くしていた。

一号車の前方には菓子や軽食、飲み物を販売している自動販売機が設置されていたのだが、

どうやらシェリンはそこに行っていたようだ。

「あ...シェリンさん。さっきの人は二号室から出てきたんで、神田さんだと思うんですけどね。」

三枝の言葉を聞いたシェリンは両腕の中にお菓子などを抱え込んだままで二号室の扉を器用に

何度かノックしてみせたが、やはり中から返事が返ってくることはなかった。

「やっぱり神田さんだったみたいですね。」

「ですね。」

そう返事をする三枝の横をちひろが何も言わずに通り過ぎて行った。

どうやらシェリンと同様に自動販売機で何かを買おうと思って部屋を出たようだ。

三枝も本来自分がやろうとしていたことを思い出し、シェリンとの会話を切り上げてから

二号車の後ろにある食堂車へ向かおうと歩き出したが、すぐにある事に気が付いた。

『自分がこの場を離れて良いのだろうか? 』

自分の役割を考えれば離れるべきではないのは明らかだったが、ミネラルウォーターは

食堂車まで行かなければ手に入らない。

どうしたものか。三枝は薄暗い廊下の真ん中で立ち止まり考えた。

「...そうか。その手があるか。」

三枝はその場でスマホを取り出すと、ある人物へ向けてメッセージを送ってみることにした。

「起きてっかなぁ...。」

その人物からの返信は思っていた以上に早く帰ってきた。

「おっ? 流石! 」

誰も居ない廊下で三枝は思わず小さくガッツポーズをしてしまった。

三枝がメッセージを送った相手。それはグウェルだった。

彼は三枝の期待通りに起きており、ミネラルウォーターを一号車まで届けてくれるということだ。

いざという時には頼りになる男だ。と三枝が彼を再評価していたのだが、その二、三分後に

グウェルが水の入った瓶を目の前で落としてしまい、盛大に瓶の割れる音が一号車に響き渡った

ことで彼の評価は帳消しとなってしまった。

グウェル劇場の突然の開演でリゼの元にミネラルウォーターの瓶が届けられたのは三枝が

最初に三号室を訪れてから五分ほどが経ってしまった頃だった。

それでもリゼは丁寧に三枝へと感謝を伝えると、ミネラルウォーター入りの瓶を受け取った。

無事にリゼへの届け物そ済ませ、席に戻ろうとしていた三枝の目に入ってきたものは

一番端にある七号室の開いた扉だった。

この列車の一号車以外の客室はスライド式の扉になっていたのだが、一号車のロイヤルルームに

限っては左勝手の外開きの扉になっていた。

そのため、扉が開いたままになると三枝が立つ先頭車両側からだと開いた扉が壁のようになり、

一時的に廊下の向こう側が見えなくなってしまうのだ。

部屋の扉が閉められ目隠しが取れた先に立っていたのは剣持だった。

丁度リゼが扉を閉めるのと同じようなタイミングで彼は自室から出てきたようだ。

シェリンの姿を見つけると笑顔を浮かべて何か話しかけようとしたのか彼の口が少し開いた。

 

パンッ...パンッ...

 

乾いた大きな音が二回続けて一号車内に響いた。

その音は何かが破裂するような、若しくは手を思いっきり叩いたような音にも聞こえた。

その音はもちろん剣持の口から発せられた音ではなかった。

「何ですか...今の音? 神田さんの部屋の辺りから聞こえてきませんでした? 」

剣持の言葉を聞いた三枝が振り返ると、一号室から顔を出しキョロキョロと辺りを見渡している

シェリンとお菓子と飲み物を抱えたちひろが一号車の入り口のところに立っているのが見えた。

「何の音ですか? 」

続いて、そう言いながら部屋から顔を出したのはアンジュだった。

「神田さんの部屋から聞こえてきたっぽいんですけど...。」

アンジュの問いかけに答えた三枝の言葉を聞いた後、その場に居合わせた五人の足は自然と

二号室の前へと向かっていた。

その間も二号室には動きはなく、謎の音以降は中からは物音一つ聞こえてくることなかった。

「神田さーん? いらっしゃいますか? 」

三枝が二号室の扉をノックしながら呼び掛けてみるも返事は無かった。

扉を叩く手と呼びかける声が自然と強く、大きくなっていった。

「ん? どないしたん? 」

流石にその音を聞いて部屋から出てきたのか、気が付けばひまわりも皆の後方に立っており、

二号室の扉を見つめていた。

「...ちょっと何時だと思ってるんです...って、皆さんどうしたんですか? 」

辛そうな表情で部屋から顔を出したのはリゼだった。

誰かが廊下でふざけあって騒いでいると思ったのだろうリゼは苦情を言おうと部屋から

出てきたようだった。

リゼの言葉を聞いたシェリンが腕時計を確認すると時刻は『23:30』となっていた。

リゼは直ぐに廊下の異様な様子を察して、ひまわりの近くまで駆け寄ると

そのまま一緒になってこちらの様子を伺っていた。

「神田さーん...ってあれ? 開いてる...。」

試しにドアノブを握ってみた三枝は予想外の手ごたえがあったことに少し驚いていた。

そのまま扉を開けようとしている三枝を止めようとするものは現れなかった。

そこには些細な好奇心があったのか、それとも何かの思惑があったのかはわからないが

それぞれの思いと視線が交差する中で二号室の扉はゆっくりと開かれた。

部屋の中を見た全員の目に最初に留まったのは神田の存在だろう。

神田は窓際の青いソファに座っていた。

外を眺めるようにして座っていたため、扉側からは彼の後頭部しか確認できなかった。

「神田さん? 」

シェリンが声を掛けてみたものの、神田からの返事は無かった。

よく見れば彼の頭部はやや俯いていた。もしかしたら座ったまま眠ってしまったのかもしれない。

そんなことを考えながらシェリンと三枝を先頭にして皆が神田の座っているソファへと

近づいて行った。

ロイヤルルームご自慢の大きな車窓から見える夜景も今はただの壁紙に成り下がっていた。

全員の視線が神田に注がれる中で、ソファとの距離が縮まるに連れて彼の表情も見えてきた。

整った顔立ちは崩れることなく、特徴的な細い目は閉じており、口は少し開いていた。

安らかに眠っているのかのようにも見えるのだが、彼の口角からは不自然な一本の赤黒い細い筋が

顎のあたりまで出来ていた。

その筋は顎の先まで行ったところで、まるで蛇口から漏れ出る水のようにポツポツと赤黒い

水滴となって床に滴り、同じ色の小さな水溜まりを作っていた。

そこまで見えたところで、先頭の三枝とシェリンの二人には神田が眠っているのではないことが

はっきりと分かった。

そして、同時に口から滴っているものが()()()()であるということが分かったのだ。

なぜなら、彼の左胸には一本のナイフが突き立てられていたからだ。

 

 




 「え? 」
「俺がやり方を教えてやる。いいか、長患いをしている病人には枕元か足元、
どっちかに死神が憑く。足元に座ってんのは何とか脈がある。逆に頭の方に死神が
座ってるのはもうダメだ。寿命がねぇんだから手をつけちゃならねぇ。
そこにお前が行って、もし枕元に死神が座ってたら、これは寿命だから諦めろと言え。
逆に死神が足元にいたら呪文を唱えて死神が離れれば病人は嘘のようにケロッと治る。
どうだ、そうすりゃお前は立派な医者だろ? 」
「呪文てのはなんだ。」と聞くと、死神は慌てんなと言って声を潜める。
「いいか、決して人に言うなよ。『アジャラカモクレン、セキグンハ、テケレッツノ、パ』と
唱えてパンパンと二つ手を叩く。そうすると、どうしても死神は離れなきゃならねぇ
決まりになってるんだ。やってみな。」
「へえ...『アジャラカモクレン、セキグンハ、テケレッツノ、パ』で、手を
パンパンでいいのかい? あれ...死神さん? あぁ...そうか。呪文を唱えたから
帰っちゃったんだ。へー...こりゃ良い事を教わった。」

-古典落語『死神』より-
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