『高町なのは』は鉄面皮少年だけを名前で呼べない   作:世嗣

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きみの幸せって、なに?

 

 

 

 

「ふー」

 

 やはり風呂はいいな。

 あまり湯が無駄遣いできないのはアレだが。

 

「湯あきましたー」

 

 体を拭きつつシスターたちに声をかけるとそのまま2回の奥の角部屋へ。

 来年から高校に行くことになるということでこの家で一番年上の俺はこうして一人部屋をもらえたのは、ありがたいやら申し訳ないやらだ。

 

「ケータイまで持たせてもらえてるんだ、恩に着ても着たりない」

 

 いつかちゃんと恩返しがしたいものだ。

 

「……もう日も暮れるな」

 

 窓を開けると、沈みかける夕日が見える。

 

 なのはさんと初めて会った日もこうして、夕日が沈む時間帯だった。

 逢魔が時、というのを教えてくれたのはどこの誰だったか。

 

 魔と逢う時間。

 光と闇と、太陽と月の境界線。

 

 窓の外の民家にぽつぽつと電気がつき始める。時間帯的にもそろそろ家族が揃う頃合いなんだろう。

 あの光の全てに人がいて、家族がいる。

 

 ……家族、か。

 

「──あれ電話だ、誰だろ」

 

 不意に机の上で充電していた携帯がぶるると震えた。

 表示は……っと、どうしたんだこんな時間に。

 

「んんっ、コホン」

 

 咳払いして喉の調子を確かめる。

 よし大丈夫、と深呼吸と共に心を落ち着け、通話ボタンを押して応答した。

 

『もしもし、空見くん?』

 

 電話越しに風が吹いた……気がした。

 

「こんばんは、なのはさん」

 

『こんばんは、空見くん』

 

 ……なんだか、耳がくすぐったい。

 こんなに近づいて話したりしたことがないから、なんだかなのはさんに耳元でこしょこしょと話されてるような気がしてくる。

 

 そんなことを考えているとふふっと息を吐くような声が聞こえてくる。なのはさんが笑ったんだろう。

 

「どうかしたのか?」

 

『んーん、ただ空見くんの声がいつもより近くに聞こえるなーって思って、少しこそばゆかっただけ』

 

「……そ、そうか。この前ユーノと戦った時は、抱きかかえてたからそれなりに近かったんだがな」

 

『たしかに。でもあの時はどっちもあっぷあっぷだったからそんなこと考えてる暇なかったよね』

 

 なんだこれ。いつもと変わらないなのはさんの声が電話越しだといつもよりも心をくすぐってくる。

 

「コホン。それで、急に電話してきて何か用か? 電話番号は確かに教えていたが……」

 

 とりあえずさっさと用件に入ってもらおう。

 なんだか顔が見えないせいか、今どんな顔をして話しているんだろうとか考えてしまって落ち着かない。

 

『実は今日昼間話忘れたことがあって……ううん、さっき思い出したからなるべく早く伝えておいた方がいいことがあって、かな』

 

「伝えておきたいこと」

 

『今日の下校中、うちにつく前に一瞬ジュエルシードが淡く光ったんだ』

 

「それって」

 

 もしかしてジュエルシードの魔力が回復してきたってことか。だとしたら。

 

 一瞬最悪の事態に想像が及びかけたが、俺のその言葉の先はすぐに否定された。

 

『ああごめん、違う違う。願いを叶える準備をしてたとかじゃないんだ。そこは変わらないんだけど、なんとなく()()()()()()()()気がしたんだ』

 

「反応……? ジュエルシードがか?」

 

『うん。すぐに光は消えちゃったんだけど、なんか嫌な予感がするんだ』

 

 なのはさんの声は真剣そのもの。

 いつもは俺を揶揄ったりと余裕もあるが、今はなんだか少し早口だ。不安なのかもしれない。

 

『一個目のジュエルシードはこの世界の『高町なのは(わたし)』に干渉して『私』を呼び出した。

 二個目のジュエルシードはこの世界のユーノくんを取り込んで、私の世界のユーノくんの影を作り出した。

 もし、あの光が同じようなジュエルシードに反応するものなら、次はもしかしたら……』

 

 そこまで話してなのはさんが言葉を止めた。

 確証がないことを話したがらなかったのかと思ったが、電話越しに「なのはー」と誰か別の声の人が聞こえたあたり、家族に呼ばれたんだろう。

 

『あー……空見くん』

 

「構わない。電話は待つでも折り返しでもここで終わりでも好きにいい」

 

『ごめんね、じゃあちょっとまってて、ちょっと一回でお母さんの話聞いてくるから』

 

 軽い音がすると、その次にはとたとたと小さな足音が電話に届き、しばらくすると無音になる。

 

 確かなのはさん……じゃなくて高町さんの部屋は二階なんだっけか。

 ということはさっきの声は一階からの呼び声だったわけか。家族と暮らしてるとこういうことがあるんだな。

 呼ぶ方も呼ばれる方も大変そうだな。

 

 ん、なんか足音が聞こえ始めた。なのはさんが戻ってきたかな。

 

「早かったな。御母堂の要件は──」

 

『空見くん』

 

 なんだ。なのはさんの声が暗い。

 さっきまでの声も真剣さ故の重さはあったが、なんだか今のなのはさんの声は硬さがある気がする。

 

「なのはさん、どうした。何があった」

 

『……が、……たって』

 

 震える小さな声だった。

 けれど、すぐにその震えはおさまっていき、その言葉が再び繰り返されるときには、言葉には強い意志が宿っていた。

 

『フェイトちゃんが、家に帰ってないって。連絡もつかないって』

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は今からフェイトちゃんを探しに行くよ」

 

「この世界のフェイトちゃんは私の知ってるフェイトちゃんとはちょっと違うけど、それでも私の友だちなのには変わらないしね」

 

「できたら空見くんも……ありがとう。やっぱり人手があると違うからさ……本当にありがとう」

 

「私は取り敢えず学校の方から探していこうと思う。だから空見くんは海浜公園の方から探してみて。もしフェイトちゃんを見つけたら互いに連絡し会おうね」

 

「プレシアさんたちはもう少し待ってから警察に行くらしいから、私たちは今のうちに手分けして探そう。何もなければそれでいいし、何かあれば私たちでなんとかしよう」

 

「じゃあ、また」

 

 なのはさんとそういうふうに話をつけた後、俺は脱ぎかけていた制服のカッターシャツを羽織るとカギと懐中電灯、そしてジュエルシードをポケットに押し込んで外に出た。

 

「シスター、ちょっと出かけてきます」

 

 そろそろ夜も暗い。テスタロッサさんが暗い中道に迷っていたり、怪我してたりする可能性も考えると荷物は軽く、かつ道を照らせる道具はあったほうがいい。

 

「……もしくは、もっと別のことが起きていてもだけど」

 

 ズボンのポケットに入っている菱形の宝石の縁をつつ、と指でなぞる。

 

「海浜公園だったな。早く行こう」

 

 ここからもそんなに遠くない場所だから、十分程度あればつくだろう。

 

「はっ、はっ、はっ」

 

 しばらく走ると空気に海の色がつき始め、鼻をつんと刺す。

 

「はあ、はあ……海浜公園に来たはいいが、どこら辺を探したものか」

 

 取り敢えず公園の中……いや海近くの散歩道の方かな。T&Hに行くならこっちの道の方がいいだろうし。

 

「テスタロッサさーん! フェイト・テスタロッサさーん! どこかいますかー」

 

 この前ここあたりに来た時は迷子の『ユーノくん』を探して書き込みをしたものだが、もう日が沈んだせいでこの辺りには人はいない。

 探し出すのは自分の力しか頼れなさそうだな。

 

「テスタロッサさーん、ご家族とお友だちが探されてますよー、いたら返事してくださーい」

 

 しばらく海浜公園を走り回り声をかけ続けたが、結局テスタロッサさんらしき姿はなかった。

 

「……こっちはハズレみたいだな」

 

 取り敢えずなのはさんに電話しておこう。なのはさんがこっちに行って入れ違いになるのは良くないし。

 

 ええと、電話ってどうやるんだったかな……電話帳のた、か、まち……あった、高町なのは。

 

『空見くん?』

 

「ああ。こっちは今海浜公園の方を一通り回ってきたがテスタロッサさんらしい人はいなさそうだ。そっちはどうだろうか」

 

『こっちも見つからないかな。あ、でもさっきクロノくんたちも駅の方に探しに行くって電話があったよ』

 

「駅……ならこっちとは反対方向だな」

 

『うん。だから取り敢えず私はこのままT&Hの方に行きつつ、ぐるっと回って学校を探すことにしようと思う』

 

「わかった。じゃあ俺もこのまま海浜公園からT&Hに向かうからそっちで合流しよう。俺の方は後15分もあれば…………」

 

 ん、なんかあの防波堤の先、人がいるな。

 さっきあそこも通ったはずなんだが、公園の方ばっか見てたから気づかなかったのか。

 

 髪色は……暗くて見えないが身長はそう高くない。たぶん俺と同じ、なのはさんより少し高いくらいだろう。

 

 もしかして、あれテスタロッサさん、だったりするか。

 

『空見くん? どうしたの、急に黙っちゃって』

 

「いや、もしかしたらテスタロッサさんがいたかもしれない」

 

『え? ほんと?!』

 

「わからん。が、取り敢えず話しかけてみる。あの人がテスタロッサさんでもテスタロッサさんじゃなくても3分くらいで折り返して電話をかける」

 

『わかった。よろしくね』

 

 ああ、となのはさんに返答しつつ通話を切る。

 そして小走りで防波堤の先、この海浜公園で最も海に近い場所に佇む人影に近づき、声をかける。

 

「すみません。そこにいる方、こんな時間にどうかされましたか?」

 

 声に気づいたその人は、呼ばれるままに振り返り俺を見た。

 金色の髪、赤い瞳、端正に整った顔立ちと、日本人離れしたメリハリのあるスタイル。

 

 間違いない、テスタロッサさんだ。

 制服がそのままなことを見ると、家に帰らずにここにいたってところだろうか。

 

「テスタロッサさんこんなところで何してるんだ。ご家族も心配されてる、電話はどうしたんだ?」

 

「……その声、なのはと最近一緒にいる人……」

 

「ああ、空見だ。3-C。挨拶は何度かしたし、この前も海浜公園で会ったろう。ほら、ユーノの時」

 

「……そう言えば、そうだね」

 

 そういうテスタロッサさんの瞳はどこか虚ろで、頬はいつもより熱っぽく赤い。

 

「テスタロッサさん、大丈夫か? 具合が悪いか?」

 

「ごめん、なんか、さっき変な石を拾ってから、調子が悪くて……」

 

 変な石、だと。

 

 そこまで言われ、ようやく、遅まきながらテスタロッサさんが何かを握りしめているのに気がついた。

 その手からは、薄ぼんやりとした青白い光が漏れている。

 

 この光り方を俺は知っている。

 

「テスタロッサさん、その石は君によくないことをする! 今すぐ捨てるんだ!」

 

「捨てる……石を……ジュエルシードを……」

 

「そうだ。それは危険で──」

 

 言い終わるよりも早く、テスタロッサさんに突き飛ばされた。

 その先は聞きたくないというかのように力任せに胸を押された俺はバランスを取ることができず、そのまま防波堤に尻餅をつく。

 

「うう、ううう……なんか、変な……」

 

 ぺたり、とテスタロッサさんが座り込み頭を抑えた。

 手の中のジュエルシードが強く輝き、しだいにあたりを強く照らし始める。

 

「テスタロッサさん!」

 

「う、うううう、ああああああっ」

 

 呼びかけた声は容易くテスタロッサさんの声にかき消され、そのまま声は光に上書きされていく。

 

 逢魔が時を超えた夜の闇を切り裂いて、雷光が瞬いた。

 

 

《 SET UP 》

 

 

 ジュエルシードから生まれた光が影へと塗り変わり、その黒を引き裂くように黄金の雷光が轟いた。

 現れたのは夜の闇を切り取ったヒト型であり、身の丈に及ぶ死神の鎌(デスサイス)を手にした金色の死神。

 

「まさか、こうなるとは……!」

 

 最悪だ。またジュエルシードのせいか。

 しかもこれは最初に出会ったモンスタータイプじゃなくて、ユーノみたいな()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 おそらく、魔導師『フェイト・テスタロッサ』の姿だ。

 

 

《 SONIC MOVE 》

 

 

 ゆらり、とテスタロッサさんの影が鎌を構えると一瞬で目の前からいなくなった。

 

「消え──ぐああっ!」

 

 いっつ! なんだ、斬られた? どうやって、いや傷は。

 今の痛みは……太ももあたり。大丈夫だ、血は出てない。死ぬほど痛いし、スタンガンをまとめて10個ぶん叩き込まれたかと疑うくらいにはバチバチ来たが傷は深くない。

 

「足が痺れてる……けど、まだ動ける」

 

 いつの間にか今度は近くの街灯の上に現れていたテスタロッサさんの影がまた、ゆらりと鎌を構えた。

 

 

《 SONIC MOVE 》

 

 

 消え──何か見える前に動け! 

 

 転がるようにして横へと跳ぶと、さっきまで俺がいた場所を金色の光が駆け抜けていった。

 

「やっぱりさっきのはテスタロッサさんの影の高速移動……! ならさっきの痛みはあの金色の鎌の方か」

 

 消えてるわけじゃない。ただ早すぎて目に追えてないから俺の目には消えているように見えるだけ。

 

 なら攻撃すれば当たるし、攻撃が当たれば倒せるはずだ。

 

「……撃てるか、ディバインバスター」

 

 この前ユーノを倒したディバインバスター。あれならこの黄金の死神を倒せるかもしれない。

 

 けど、あれはなのはさんに制御してもらったからできたもので、俺だけであの威力が出せるかと聞かれると……いや違う。

 

 今この場になのはさんはいない。

 

 俺が、やらなきゃいけないんだ。

 

 記憶にある、テスタロッサさんたちと話す『高町なのは』の姿。

 あれを俺は守らなきゃいけない。そうだろ。

 

「……熱いな、これ」

 

 胸が、熱い。

 

 心の奥にある種火に薪がくべられて、真っ赤に燃えていく。

 その熱を消さないように胸から心臓の鼓動に乗せるように手の先まで伝えていく。

 霧散しないように固めて、形にしていく。

 

「……来い!」

 

 三度、テスタロッサさんの影が加速した。

 瞬き一回よりも早く駆け抜ける姿は、まさに雷光。

 

「けど、真っ直ぐだけならかわせないことはない!」

 

 死神の鎌が薙ぐように振るわれるのを地面に倒れ込むようにして大袈裟にかわす。

 大地に背を預け、俺の真横を通過していく金色の影に向けて両手を突き出し固めた魔力を放出する。

 

「く、ら、えッ!」

 

 桜色の魔力の奔流はなのはさんと二人で撃った時よりはいくらか収束が甘かったものの、確かな光と速度を以って翔けていく。

 

 これは避けられない。あれだけの速度で突っ込んできたんだ、いきなり身を捩ってかわすなんてできるはずがない。

 

 

《 SONIC MOVE 》

 

 

 

「は?」

 

 だから、目を疑った。

 

 加速していたテスタロッサさんの影が、黄金の軌跡を残しながら()()()飛び上がったから。

 

「まさか、なのはさんの言ってた『飛行』魔法か?!」

 

 俺の魔力砲はそのまま誰もいない虚空を貫いて、防波堤を越えて海に突き刺さり飛沫をあげた。

 

「ああクソ、それテスタロッサさんも使えた魔法だったのかよ……!」

 

 テスタロッサさんの影は加速の勢いそのままに、一瞬で俺の手の届かない空へと逃げると、くるくると手元の大鎌を回す。

 

 

《 PHOTON LANCER 》

 

 

 

 バチリ、と電弧が走り、死神を包むように黄金の球状の魔力のスフィアが現れる。

 なのはさん曰く魔導師入門編、ぺーぺーの初心者の俺にでもわかる途方もない魔力量。

 

「やばい──!」

 

《 FIRE 》

 

 

 危ないと思った時にはすでに遅い。

 テスタロッサさんの影は指揮者がそうするように鎌を振り、スフィアからは指揮棒が命じた通り雷の弾丸が飛び出した。

 

 早すぎる弾丸はまるで雷そのものを固めたよう。

 全部かわすのは無理だ、頭を守って少しでもダメージを減らす。

 

「ぐ、ぐううううっ!」

 

 右足と胸と腹と──痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い──うるさい、我慢する。歯の根を噛み合わせて仕切りに訴えてくる熱さと痛みを無視して潰す。

 

「ふー、ふー、ふー」

 

 身体がなんか焦げ臭い。

 雷の弾丸のせいで、服が焦げてるんだろう。

 制服二着しかないんだぞ、シスターになんて言えばいい。

 

「でも、いまなら、反撃が──」

 

 

《 THUNDER RAGE 》

 

 

 雷雲が、鳴動した。

 

「はは、嘘だろ……」

 

 テスタロッサさんの影が天へと鎌を掲げると、頭上にあった雲が漆黒に染まり黄金の雷を蠢かせた。

 杖の先には同じく黄金の魔法陣が存在し、そこには先程のスフィアなんかとは比べ物にならない量の魔力が溜め込まれている。

 

「こんなの、どうしたらいいんだよ……」

 

 駄目だ、あの雷から逃げる道が思い浮かばない。

 

 だが黄金の死神はそんな俺に無慈悲に杖を振り下ろし──

 

 

「空見くん! 空に逃げて!」

 

 

 声が、聞こえた。なのはさんの指示が。

 

 なんでここになのはさんが……そうか、電話。俺が三分しても折り返さなかったから心配して見にきてくれたんだ。

 

 それで、今は俺に指示をくれてる。

 

「空見くんならきっとできる! やろうとしてないだけで、空を飛ぶっていうのは空戦魔導師の基本なの! 足りないのは──」

 

 その時、頭上の雷雲に溜め込まれていた雷がその許容量を超えたのか、一条弾けて地面へと降った。

 その先には俺とテスタロッサさんの影の戦いに駆けつけたなのはさん。

 

「え、きゃあああっ!」

 

 雷が落ちて、なのはさんが吹き飛ばされた。

 幸運にも雷には直撃しなかったものの、その小さな身体はまるでゴム毬のように浮かんで、防波堤を越えて海岸の埋め立てられたコンクリートへと飛んでいった。

 

「なのはさんッ!」

 

 あんなとこ頭から落ちたら大怪我とかそんな話じゃない。

 

 助けなきゃ、俺が、俺が……俺がッ! 

 

 

《 FIRE 》

 

 

 封じられていた雷が放出され、あたりを飲み込んでいく。

 空も、海も、俺のいた場所も、全部、ぜんぶ。

 

 破壊の雷のあと、金色の死神だけが一人残る。

 

 

 

「はあ、はあ、でき、た……」

 

 そして、その死神の()()()()()、なのはさんを横抱きにした俺はいた。

 

「ギリギリ、間に合った。……無事か、なのはさん」

 

「空見くん、飛行……!」

 

「ああ、なんとか」

 

 雷が降り注いだ直前、走っても間に合わないと思った瞬間、俺の身体は飛んでいた。

 空を飛ぶとかできるわけがないとか、目の前の死神への恐怖とか、そういうものは吹き飛び、俺の中にあったのは『なのはさんを助ける』という想いだけ。

 

 それが、かえって良かったのかもしれない。

 

「やっぱり、空見くんならできると思ってたよ」

 

「過大評価な気がするけどな……」

 

「そんなことないよ」

 

 腕の中で、くすりとなのはさんは微笑んだ。

 

「あのね、初めて空を飛ぶ時大切なのは『勇気』だけ。空を飛びたいって、思って一歩踏み出すことができれば、それだけでいいんだよ」

 

 ……『勇気』か。

 

「なら、勇気を出せたのはなのはさんのおかげだな」

 

「……? それってどういう──っ、空見くん前!」

 

「ッ、ああッ!」

 

 なのはさんに注意され、覚えたての飛行を使って上へと逃げると、雷の弾丸が凄い勢いで背後に消えていった。

 

 

《 PHOTON LANCER 》

 

 

「……フォトンランサー、フェイトちゃんの得意魔法」

 

 遥か頭上、雷雲を背にしたテスタロッサさんの影がまたもや無数のスフィアを展開している。

 よく見れば、その後ろには巨大な魔法陣を作られているようにも見える。

 

「まさか、さっきの雷をまた撃つつもりじゃ」

 

「ううん、さっきフェイトちゃんが撃った雷の広範囲魔法、サンダーレイジは連発できる魔法じゃない。だから、今こうしてスフィアも同時に展開して時間を稼ごうとしてる」

 

「あ、なるほど」

 

 じゃあ、今俺たちがテスタロッサさんの影に勝つには。

 

「サンダーレイジが完成するより早くフェイトちゃんに近づいて、全力全開の『ディバインバスター』をお見舞いする」

 

「……シンプルだな」

 

「わかりやすくていいでしょ? 空見くんは純情一途で情熱家だし」

 

「魔力光診断はもういいから」

 

 くすくす、と腕の中でなのはさんが笑う。

 ……この人、俺の腕の中でしかも海の上なのに余裕だな。

 慣れてるのか、はたまた俺が落とさないと信頼してくれてるのか。

 

「なのはさん、飛ぶ。回避の指示を」

 

「うん、任せて」

 

 バチリ、と頭上でスフィアが弾けた。

 

「行くぞ──ッ!」

 

 雨の如く、礫の如く、雷の槍が降る。

 

 俺はそれをなのはさんの指示のもと夢中で避けて、回り込んで、時には魔力砲で消し飛ばしながら、遥か上空にいるテスタロッサさんの影に向かって突き進んでいく。

 

「──」

 

 風が、俺よりも遅い。

 

「ーーー」

 

 足に踏むべきものがなく、それと同時に360度全てが俺の地面だった。

 虚空を踏んで、前へ進んで、自由に翔ける。

 

「──ははっ」

 

 これは、確かに、一度飛んだら夢中になるかもな。

 

「空見くん! 行くよ!」

 

「……ああ! 合わせてくれなのはさん!」

 

 飛んで、飛んで、重力に反する桜色の流れ星のように空へ向かい、死神の影に向けて繋いだ両手を突き上げた。

 

 熱い。胸が、心が、何より熱い……! 

 

「全力っ!」

 

 眼前に桜色の魔法陣が現れる。

 

「全開ッ!」

 

 集まった魔力は、収束され繋いだ両手の前で眩しく輝く。

 

 

「「 ディバインバスターァァァッ! 」」

 

 

 放たれた閃光は空へと昇る一条の柱となって、テスタロッサさんの影と雷雲を巻き込みもろともに吹き飛ばす。

 

「っとと、セーフ」

 

「よかった、フェイトちゃん、怪我なさそう」

 

「ジュエルシードは……テスタロッサさんが手の中に持ってるみたいだな。今のうちに回収しておこう」

 

 影が跡形もなく吹き飛ぶと、空から落ちてきていたテスタロッサさんを優しくキャッチ。

 なのはさんには背中に移動してもらい、テスタロッサさんを横抱きに運ぶ。

 

 あとはテスタロッサさんが目覚めるかどうかだが……。

 

「ううん、むにゃ、ごめん母さんもう食べられないよ……」

 

 この分だと大丈夫そうだ。

 

「……一件落着だな」

 

「だね」

 

「お疲れ様、なのはさん──おっと」

 

「そういう空見くんこそ……とと」

 

 互いに労を労い合うと、目と目がずいぶん近いところでぶつかった。

 なのはさんを背負っているせいで顔と顔が近いのだ。

 

 聞こえる声も、なんだか近い。

 

「……やっぱり、くすぐったいね」

 

「……だな」

 

 どちらからともなく、笑みを漏らす。

 

「うわ、どうしたの顔が!」

 

「……笑顔だ、気にするな」

 

 ……訂正、笑えていたのはなのはさんだけらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 家に帰って自分の部屋で一息つく頃にはもう既に23時を過ぎていた。

 

「色々あったけどフェイトちゃんも大事なくて良かったなぁ」

 

 あの後、空見くんと二人で眠ってるフェイトちゃんを連れてホビーショップT&Hに向かうと、プレシアさんが盛大に泣き崩れた。

 それはもうものすごくて、空見くんはかなりびっくりしてた気がする。

 

 顔には出ないけど、なんだかんだわかりやすいのは相変わらず。

 

 ちょびっとフェイトちゃんの記憶が心配だったけど、しばらくして目覚めた様子を見ても戦った時のことは覚えてなさそうだった。

 ユーノくん……と言ってもフェレットだけど……も覚えてなかったしそこら辺は記憶に残らないようになってるのかも。

 

 取り敢えず「私と空見くんが居眠りしてたフェイトちゃんを見つけた」ってことにしておいた。たぶん疑われてないと思う。フェイトちゃん天然さんだし。

 

「……疲れちゃったな」

 

 ごろん、とベッドに寝転がる。

 家具もベッドも全く同じの、『高町なのは』の部屋。

 私の部屋なのに、私の部屋じゃない、へんな場所。

 

 

 ──なら、勇気を出せたのはなのはさんのおかげだな。

 

 

「……空見くん、なんであんなこと言ったんだろ」

 

 答えを聞く前に攻撃が来て、そのままうやむやになっちゃった。

 

 空見くんはいい人だ。

 私みたいな勝手に『高町なのは』に入ってきた他人に優しくしてくれて、気を遣ってくれてる。

 私のいるべき場所に返してくれると、そう約束してくれている。

 

「でも、それはもう一人の私に会うため、なのかな」

 

 そうに決まっている。

 決まっているのに、その事実を再び確認するのが、ほんの少し嫌だ。

 

 そんな自分は、もっと嫌。

 

「……あれ、空見くんから電話だ」

 

 そんなことを考えていたせいか、手の中の携帯に『空見』という二文字が表示された。

 どうしたんだろう、さっき別れたばっかなのに。

 

「もしもし空見くん? どうかした?」

 

『あ、なのはさんか? 起きて、たんだな』

 

「? まあ、いちおうね」

 

『そうか……そうか…………』

 

 なんだろう、なんか空見くんが緊張してる気がする。

 

「あれ、空見くんもしかしていま外にいる? なんか風の音がするけど」

 

『え、あ、うん。そうだな、外だ』

 

 明らかに、おかしい。なんだろう、空見くんはどこにいるんだろう。

 

『なのはさん、あの、さ。窓、開けてもらえるか』

 

「窓?」

 

『ああ。窓だ。きみの部屋のやつ。あ、嫌ならいい。全然いい』

 

「それくらいなら別にいいけど」

 

 なんで窓なんか開けて欲しいんだろう。

 けど、断る理由もないのでそのままベッドのそばの窓を開ける。

 

「え、空見くん?」

 

「……こんばんは、なのはさん」

 

 そこには、空見くんがいた。

 私の家の近く……というには絶妙に遠い場所に、ふわふわと浮かんでいる。

 

「な、なにしてるの……?」

 

「いや、その、空を飛べるようになった、から」

 

 空見くんはしばらくその先を言葉にせず黙り込んでいたが、じっと彼を見て待っていると根負けしたようにその鉄面皮を、ひくつかせながら、口を開いた。

 

「空の散歩に、いかないか?」

 

 笑顔というには不恰好に表情筋を動かして、精一杯の言葉で必死に語りかけてくる。

 

「……なんで? 私に」

 

「その、なのはさんが、空飛ぶの好きだって、言ってたから。いまなら、俺は()()()()()()空に連れて行けるから」

 

 確かに言った。私は空を飛ぶのが好きだったって。

 でも、あれは雑談の中でちょっと出しただけで、別に空見くんにお願いしたわけでもなかったのに。

 

 覚えてて、『私』のために、いま来てくれた。

 

「も、もちろん、嫌だったら全然断ってくれて構わないし寧ろこんな深夜にいきなり来て非常識なのはわかってるしでもせっかく空を飛べるようになったからだから──」

 

「いいよ、行こう。空の散歩。私を連れていって欲しいな」

 

「……あ、ああ」

 

 彼が窓に近づき伸ばした手に捕まると、ひょいっと横抱きに抱えられた。

 

「ふふ、この抱き方もずいぶん慣れてきたね」

 

「……揶揄わないでくれ」

 

「ふふ、はーい」

 

 空を飛ぶ。

 

 私の部屋だけど私の居場所じゃない小さな部屋から、空を見るため駆けていく。

 

 空見くんの飛行はもうずいぶん手慣れたもので、あっという間に民家の高さを超えて高く、高く星空に近づいていく。

 

「……きれいだね」

 

「……ああ、綺麗だ」

 

 舞う星は、砕けた宝石のように美しい。

 ジュエルシードなんかとは違う、手に入れられないからこそ何よりも尊く美しい光。

 

「見て空見くん、下、夜景だよ、夜景。光が集まって……もう一つの星空みたい」

 

「本当だ。空から見る海鳴って、こんなのだったのか……」

 

 踊るように空を飛ぶ。この時間を、この世界では誰も邪魔しない、邪魔できない。

 いつかすずかちゃんが話してくれた物語を思い出す。

 

 誰もいない宇宙を積み上げた宮殿で星空のドレスを身に纏う彼女の世界。迎えにきた王子様と踊る、孤高の二人だけの舞踏会。

 

「本当に綺麗だな、なのはさん」

 

 彼の目が近い。星空と夜景が映るその瞳はいつもよりきらきらと輝いてる。

 

「……うん、きれいだね。本当に」

 

 空見くんの言葉に頷きつつ、私は彼にバレないようにほんの少し身を寄せた。

 

 桜色の流星で雷雲を晴らしたこの空は、静かに、降り積もるように宝石のような時間を贈ってくれていた。

 

 




 

ちょうどこの投稿時間あたりになのはさんたちは空を踊っているかもしれません。カーテンを開けた向こう、その星空は彼女たちがみているものと近いのかも。

ボーイミーツガール杯は終わりましたが彼らの物語はもう少し続きます。
それまでお付き合いいただければ幸いです。
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