米派とパン派の仁義なき戦いが、今始まるっ!(始まらない)
そんなノリの恋愛もどきのナ・ニカです。
大和撫子に生まれたならばやはり米を愛すべき、というのは牛込りみの持論である。あんたは寧ろニンジャでしょと市ヶ谷有咲には鼻で笑われたが、そんな事は関係ない。とどのつまり日本人は米を食うべきなのである。
米は素晴らしい。炊き立ての芳ばしい匂いは獰猛な食欲を飼う腹を満たし、ほんのりと感じる甘さと柔らかな食感はどんなおかずでも一緒に食べることが出来る。米とは、日本が世界に誇るべきソウルフードなのである。
従って、西洋の主食であるパンは日本人にとって邪道なのである。小麦なんてくそくらえである。そんなものが米よりも美味いはずがないのだ。
りみにとってパンを食すとは悪魔に魂を売るに等しい行為であり、それをするくらいなら彼女は空腹に耐えながら10円片手に公衆電話にへばり付くのを選ぶ。
「何これうんまー!」
それが初めてパンを食べたりみの心の叫びだった。先程までの硬い決意は何だったのか、今時中々お目にかかれない手のひら返しである。
それを見て、少年は実に満足そうに笑みを溢すのであった。
☆
毎月月末になるとりみは金欠になる。それは別に家が貧乏だからとかではなく、単に彼女が仕送りの金でベースを買ったからという実に彼女の計画性の無さを表すアホらしい理由なのだが、ともかく彼女は金欠なのである。毎日公衆電話で兵庫に住む家族に電話をかけているのもそれに拍車をかけている。
そのため毎月今くらいの時期になると実家からの米も底を尽きた彼女は少しでも空腹を紛らわすために水をがぶ飲みしたり、エネルギー消費を抑えるだの言って床に寝っ転がったりと奇行に走る。それに見かねた沙綾はよく彼女にパンを餌付けようとするのだが、普段の彼女は上記のように大和撫子以下略と彼女の好意を突っぱねている。
しかし今日はいつもと少し事情が違っていた。まず今日が彼女の仕送りが来る前日であったこと。それはつまり彼女の疲労や空腹がピークに達する日でもあるということでもある。
加えて、今日のバンドの練習がいつもより激しかったこと。迫り来る文化祭に向けて、出演を決めているりみたちポピパはいつも以上に練習に打ち込んでいた。
残り滓の気力を振り絞り、アドレナリン全開で練習したりみはその反動で普段よりも3倍マシで空腹を感じていた。
しかしりみはポピパのみんなにいらぬ心配をさせたくなかった。そのためみんなの前では空腹に耐えてドヤ顔で頑張っていたのだが、解散して1人になったところでついに性根が尽きたところであった。
そこに来たのだ。来てしまったのだ。悪魔の実であるパンの香ばしい匂いを振り撒く少年が、公園のベンチでベースを抱えて某ボクシングマンガの主人公のように燃え尽きていたりみの前に。
疲労困憊のりみにはその匂いがなんなのか、最初はよく分かっていなかった。ただ腹をすかせる甘美な匂いにつられて顔を上げた。
パンを抱えた少年を視界に収め、りみが真っ先に感じたのは憤怒だった。あれほどお米道(そんなものはない)に邁進し、大和撫子であること(正確にはニンジャ)に誇りに思っていた自分が禁断の果実とも言えるパンに腹すかせてしまった自分に激しい憤りを覚えた。そしてそんな自分を強く戒めたのだった。
「ねぇ、大丈夫?」
少年の声がりみの耳に届く。まだ声変わりしていないのか、りみよりも少し低いだけの高い声。だが言葉の端に少しだが男の子っぽさを感じさせる口調だった。
「お腹減ってるの? パン食べる?」
心配そうにりみを自信を覗き込み、無償でパンを渡そうとしてくる少年の善意を感じながら、しかしりみはそれを断った。彼の無償の優しさを無碍にするのは憚られたが、ニンジャに身を捧げたものとして西洋の主食を口にするのは抵抗があった。余談だが、数年前まで朝食はパン派だったことは彼女の頭から抜け落ちていた。
「いらない……大丈夫だぞ……しょうね……」
彼を安心させるために喋ろうとしたが、遂に力尽きてしまったりみは言い終えることなくふらりと意識を失いかけた。
「うわぁ?!」
慌てた少年が急いでりみを支えようとする。パンの入った袋を持っているため片手ではあるが、りみより年下とはいえ日本男児の彼は見事にりみを支えてみせた。
うーんとりみは唸る。毎月この時期は危険な綱渡りをしているが、今月ばっかりはダメかもしれない。諦めて意識を手放そうとした時、口の中に何かを突っ込まれた。
舌に乗ったふんわりとした食感。鼻腔を駆け抜ける芳醇な香り、間違いなくパンだった。ついでに言うとチョココロネだった。
それを理解したりみは直ぐに吐き出そうとしたが……
「何これうんまー!」
それよりも少しだけ早く、りみはパンの美味しさに陥落した。いくら鋼の意思を持とうが、彼女は移ろいやすい花の女子高生なのだ。ましてニンジャである彼女の移り身の早さなど想像に難くないだろう。
全身に活力が蘇る。死に絶えていた思考力が回復する。今ならナ・ニモも習得できるような気がしてきた。
有り余るエネルギーを放出するように立ち上がったりみは目の前の少年に目を向ける。
まだ成長期を迎えていないのか、それとも単にチビなのか、少年はりみと同じくらいに身長だった。りみは丁度目の前で満足げな顔を浮かべる少年に満面の笑みで感謝を述べた。
「少年、ありがとう!」
少年は頬を赤らめ先ほど以上の笑顔をりみに向けたのだった。
⭐︎
少年は困惑していた。それもそのはずで、女子高生が公園のベンチで性根が尽きたようにベンチで項垂れていては誰だって多少は戸惑うだろう。ましてや中学に上がったばかりの少年ならその反応は尚更だった。
とはいえ彼に彼女を無視すると言う選択肢はなかった。特にこれといった特徴を持たない平々凡々な少年は、しかし人一倍優しかった。好物のパンを見ず知らずの弱った少女に渡そうと迷いなく思える程度には優しかった。
「ねぇ、大丈夫?」
少女はチラリと目だけをこちらの向けた。彼女は何故か親の仇のようにパンを注視してきた。少年はますます困惑した。
「お腹減ってるの? パン食べる?」
半歩前に出て少女の前まで身を屈める。袋からパンを適当に一つ取り出して彼女の前に持ち出してみた。少女は葛藤するように顰めっ面を浮かべ、そしてかぶりを振った。
「いらない……大丈夫だぞ……しょうね……」
しかし少女は言い終えることなく、その身からは力が抜けたように横へ倒れた。
このままでは倒れてしまうと思った少年は素早く片手を開けて少女を支える。そして倒れるほど弱った彼女に何か食べさせなければと使命感に駆られた少年は少女の口にパンを突っ込んだ。
口元の違和感に気づいた彼女は一瞬だけ少年を睨んだが、その後大きく目を見開き、つい先ほどまで弱っていたとは思えないほどの大声でパンを讃えてみせた。
「何これうんまー!」
少女は飛び跳ねそうなほど背筋を勢いよく伸ばし、勢いよく少年の渡したパン──チョココロネに食らいつく。それを見て、流石にパンを突っ込むのはやりすぎたかと今更すぎる後悔をしていた少年はほっと胸を撫で下ろした。
小動物のような可愛らしい所作で、しかし勢いは体育会系にも劣らず速度でチョココロネを平らげた少女はベンチを立ちこちらに歩み寄ってくる。
「少年、ありがとう!」
それは例えるなら夜空に咲く花火のような、とても綺麗な笑顔だった。その笑顔に少年は一目惚れした。思春期にありがちな恋に対し斜めに構えた思想を持っていない純情な少年はあっさり恋に落ちた。それこそりみの手のひら返しにも匹敵するはやさで彼女に惚れたのだった。
顔が熱くなるのを感じた。鼓動が頭の中で煩いくらいに響いている。恥ずかしさを誤魔化すように、少年はとびっきりの笑顔を少女に向けたのだった。
⭐︎
「と言うことがあってね……」
「なるほど。あんたがそこの優男に助けられたのはよく分かったわ。でも一つ教えてくれないかしら……」
りみは震えていた。普段の傍若無人な態度はなりを潜めて、ただただ般若をその身に宿す有咲を前に冷や汗を流すばかりであった。
「なんでその子をうちに連れて来てんのよー!」
「ご勘弁をー!」
目の前で繰り広げられるキャットファイト。猫耳のような髪型の少女はそんな2人を心配そうに見つめている。ポニーテールの少女はまたかと苦笑し、パーカーを着た少女はさながら野球観戦をする中年男性のようにヤジを飛ばしている。
突然りみに連行された少年は、目の前の惨状にまたも困惑するのであった。
(続きは)ないです。半年以内には出るんじゃないですかね。読者の皆様がこれを読んで妄想したことを感想に送ってくださったらそれを参考に続きができます。多分、きっと、メイビー