アリス・マーガトロイドは偉大なる魔女。
悠久を生きる彼女にとって、人生というものは色が薄い。
ただ惰性に近い形で研究をし、たまに人と交流をする。その程度の生活。
そんな彼女を、一つの出会いが変えようとしていた──


※舞台は幻想郷ではありません


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二年前くらいに書いたもの。
今まで書いた恋愛では一番の出来かもしれない。


永久を生きる 七色の愛

 

 

 

 

 

 街のシンボルである時計塔。その根元に広がる大きな広場は、連日さまざまなイベントごとで盛り上がりを見せていた。

 

 素晴らしい人形劇を繰り広げる存在として名の売れた魔女である、アリス・マーガトロイド。

 彼女も、そこには定期的に招かれる。

 

 大盛り上がりであった定期公演を終え、一段落した彼女。

 広場の中心から離れ、石段に腰をかける。

 そばに擦り寄ってきた相棒の頭を優しく撫でると、そっと上を見上げた。

 

 澄み渡った空。落ちかけた陽が、少しだけ眩しい。

 空の遠く、向こうには雲の塊がみえた。天気は持つだろうか?

 ちらと時計を窺う。約束の時間までは、まだ少し。それを確認して、小さくため息をついた。

 

 そう。今日は、これから待ち合わせがあるのだ。

 仕事は終わり、これからはプライベートの時間。

 念のため認識阻害の魔術を自身にかけたアリスは、約束の刻を待つ。

 

 

 

 

 1分、2分と経っていく時間。今日の時計の針は、やけに遅くないだろうか?

 悠久の時を生きるようになってから、時間というものの流れは早くなった。油断すれば、あっという間に月日がすぎる。

 ……それなのに。

 

 忙しい彼のことだ。もしかしたら、時間になっても急用で来られない……なんてことはないだろうか。

 

 周囲の雑踏が、やけに煩い。

 えも言われぬ不安に押し潰されそうになっていると、不意に、服が引っ張られた。

 

「……上海」

 

 小さな体で、ぎゅっと裾を引っ張った相棒。

 私が意識を向けると、今度はこちらに向き直り、ぐっと両手を握るような素振りを見せる。

 

 そのいじらしい姿は、私の心から震えを取り除くのには充分過ぎた。

 

「……ふふっ。そうね、不安に思っていたって仕方ないものね」

 

 大丈夫。彼はきっと来てくれる。

 知り合ってまだ間もないけれど、色の薄かった魔女としての生に、確かな色合いをもたらしてくれた青年。

 今日は、どんな世界を私に見せてくれるのかな──

 

 

 

 

 

 広場の中心から離れたところには、人知れず魔女が座っていた。

 相棒と言える人形たちを近くに侍らせ、何かを待っている。

 それが何かは判らないが──それが彼女にとってとても大切で、心弾むものなのだということは……その表情を見れば、明らかだろう。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 時計塔が、約束の刻限を告げる鐘を鳴らしてから、暫く。

 ふもとの広場では、来る気配をみせない待ち人に不安を募らせる少女がいた。

 

「……来ない、ね」

 

 ぽつり、と声が零れた。

 そっと、寄り添うようにして上海がアリスの頬に触れる。

 

 元気づけようとしてくれている。相棒の気遣いが、彼女の顔に笑みを戻した。

 

「うん、そうね……きっと急用が入っちゃって長引いているのよ」

 

 彼曰く、今日は仕事終わりに直行して来るとのこと。

 多分だけど、予定していた時間に抜けられずにいるんだろう。

 

 あの人は、約束をすっぽかすような人じゃない。それに、もし来れなくなったとしても何か連絡を寄越してくれるはず。

 そう考えると、突発的なアクシデントでちょっと遅れているだけ……と考えるのが自然だろう。

 

「……ねえ、上海。迎えに行ってみない?」

 

 そう提案してみると、ちょこんと首をかしげてみせる。

 

「彼の勤め先はわかっているの。ちょっと、様子見に行ってみるだけ……どうかな?」

 

 そう。以前、彼が働いている場所は本人に教えて貰っている。

 迷惑にならないように、職場の近くまで様子を見に行ってみるというのはどうだろう。

 もしかしたら、向かってくる途中のところで会えるかもしれない。

 

 こくこくと頷き、私の周りを飛び始める相棒。

 その姿をみていると、ますますその気になってきた。

 

 そうよ。待っているだけじゃない。せっかくなら、私から迎えに行ってみましょうか。

 その方が、会える時間が少しだけでも増えるし……決まりね!

 

 そうと決まれば、善は急げとも言う。早速、目的の場所へ向けて歩きはじめた。

 大した距離があるわけじゃない。せいぜい、歩いて二十分と言ったところか。

 

 ちゃんと合流出来たら、なんて声をかけようか。遅い! って怒ってみせる? 彼はなんて言うだろう。苦笑いを浮かべながら謝ってくるかな。

 そしたら、すぐには許さない。ちょっとだけ拗ねて見せよう。心配させた罰だ。きっと焦るに違いない──

 

 

 当初に感じていた不安は何処へやら。弾む足取りで移動すること十分程度。

 

 

 見つけた。あの人だ。

 思わず駆け出そうとして……足が止まる。

 

 彼の隣にいる人……あれは誰?

 見たことがない女性が、あの人の傍にいる。

 会話までは聞き取れないけど……とても嬉しそうな表情で、何かを抱えて、しきりに話しかけているのがわかった。

 彼の様子も、どこか満更じゃなさそうで…………っ! こっちを見た!

 

「っ!」

 

 こちらに気付いたらしい彼と、目線が合う。

 驚いた表情を見せられたところで──私の方が、背を向けた。

 

 思わず、走り出す。

 なんで。どうして。

 

 後ろから呼び止める声が微かに聞こえた気がしたけれど、止まる気にはなれなかった。

 

 

 ポツポツと、頬が濡れる。

 ほんの間もなく、強い雨が降り始めた。

 

 身体中に冷たい雨が襲いかかる。水が染み込んでいく。

 それでも、足を止めない。濡れ鼠のようになりながらも、私は止まらなかった。

 

 

 気付けば、自分の家だった。

 濡れそぼった姿のまま扉の前に座り込み、膝を抱える。

 自分でも驚くほどに、心は掻き乱されていた。

 

 

 抱いていたものは、所詮は幻想に過ぎなかった。ということか。

 

 

 私は魔女だ。そもそも、人間とは生きる世界が異なる。

 同じ場所で同じ時を過ごすケースは、確かに存在する。

 けれど、それは見た目だけ。それも、一瞬だけ。

 

 こんな魔女に色のある生活が似つかわしくないことくらい、初めからわかっていた。

 

 思考がぐちゃぐちゃになっていくのを感じる。

 心が暗く、深く沈んで。

 

 ああ、それでも。

 私は、こうまでも。

 

 

 慰めるように甲斐甲斐しく全身の水分を拭き取ってくれる相棒に構うこともせず、私は暫く膝を抱えたままだった。

 

 降りしきる雨の音が、次第に遠くなっていく…………

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 あの日から1か月。

 私は、特筆することもない、ごく普通の生活を送っていた。

 そう。『普通』。魔女として、何の変哲もない。ただ研究をしながら永遠に近い生を謳歌するだけの、これまで通りの生活。

 

 これこそが魔女としての真の姿であって、なんら問題は無い。

 そのはずなのに。

 

 胸が、痛い。

 ごく普通の生活にさえ、寂しさを覚えてしまっている私がいる。

 

 ふとカレンダーをみると、今日の日付に丸が付けられていた。

 

「……いけない。今日は公演日だったわ」

 

 そう、今日は広場で人形劇の定期公演をすることになっている日。

 

 時計をみた。幸い、時刻はまだ余裕がある。

 今から支度をして出れば、余裕を持って間に合うだろう。

 

 定期公演の日は、当然彼も知っている。広場に行けば、会ってしまうかもしれない。それが気がかりだけど……

 ううん。いつまでも気にし続けるのは良くない。未練がましいって言われてしまうわ。

 

 もし彼と出会ってしまったとしたら、これまで通り、知人として愛想笑いを交わそう。

 切り替えるのよ、私。

 

 出来れば、まだ会いたくないけれど……。

 

 

 さあて、あまり気は進まないけど。人形劇、今日も頑張りましょうか。

 子供たちの笑顔は見たいから──

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 劇が終わった。盛大な拍手の中、深々と礼をする。

 歩み寄ってきた何人かといくらか言葉を交わしている内に、人も随分とはけてきた。

 頃合を見計らって、片付けを始める。

 

 

「……ふう。今日も無事、終われてよかった」

 

 今回の公演も、盛況に終わった。ちゃんと成功したと言えるだろう。

 子供たちが思い思いの感想を述べ合いながら帰っていくのを眺めながら、ほっと一息ついた。

 

 観客の中に、あの人は居なかった。

 いや、そもそもこの時間の彼はまず間違いなく仕事なわけだけれども。

 

 会いたくないはずなのに、ふとした事で彼の姿を探してしまう自分が恨めしい。

 早く忘れないと行けないのに。

 片付けも終わった。今すぐにでも帰ろう。

 

 荷物を纏めて、帰路につこうとしたところだった。

 

「アリスさん!!」

 

 一番聞きたくなかった……それでいて、待ち望んでいた声が聞こえた。

 

 振り返ると、あの人がこちらに駆けてきているのが見える。

 

 切り替えなきゃ。

 会釈しようとして、頭によぎった。

 

 あの日のこと。私が探しに行った先で、優しい笑顔をうかべていた彼の姿。

 

「っ!」

 

 気がつけば、また背を向けて走り出してしまっていた。

 

 呼び止める声が聞こえる。けれど、足は止めない。止められない。

 

 これじゃいけない。逃げてもろくな事はないし、そもそも私に逃げる理由なんてない。

 その、はずなのに。

 彼の顔を、見られなかった。

 

「アリスッ!」

 

 不意に、腕を強く引かれる。

 抵抗もできないほどに強い力で引っ張られ──温かいものに、全身が包まれた。

 

 抱きしめられている。理解するのに、しばらく時間がかかった。

 

「……っ」

 

 反射的に振りほどこうとして、驚愕する。

 魔女である私と違って、なんの力もない、華奢な青年のはず。それなのに──敵わない。

 

 彼の鼓動が、温もりが。

 冷たく、硬くなっていた心が溶かされていくのを感じる。

 

 落ち着いたのを見て取ったのか、そっと抱擁が解かれた。

 

「……アリスさん。先日は、申し訳ありませんでした」

 

 ゆっくりと振り返る。

 おずおずと、申し訳なさそうな表情をしながら……それでも、彼の表情は真剣だった。

 

 それだけで、もやもやしたものが、引いていく。

 魔女として、長年かけて培われてきた落ち着き、分析力と言ったものが戻ってくるのを感じた。

 あの日に目撃した場面が、頭によぎる。

 

 けれど、それはもう、嫌な記憶としてじゃない。

 

 

「……ううん。いいの。あの時も、人助けをしていたんでしょう?」

 

 そう。冷静になって考えてみれば、すぐに分かることだった。

 あれは多分……探し物。女性が大切そうに抱えていたもの。あれの捜索を手伝って、お礼を言われている所だったんだろう。

 

 自分のことながら驚いた。ここまで、盲目的になっていたなんて。

 

 

「冷静に思い返したら、簡単なことだったわ。大方、お礼を言われて恐縮していたんでしょう?

 優しい貴方のことだもん。困っている人がいたら、放っておけないわよね」

 

 この表情をみるに、図星で間違いなさそうね。

 なんと説明するか迷っていたんだろう。肩透かしをくらったような、それでいて安心したような、そんな表情が見て取れる。

 

「私の方こそ……取り乱しちゃってごめんなさい。

 魔女ともあろうものが、冷静さを失うなんてね」

 

 修行不足かしら? そう言って首をかしげてみせると、ようやく彼の表情にも柔らかな笑みが浮かんだ。

 まったく、嫌な女だ。私一人で勘違いして、勝手に落胆して。

 それなのにこうやって、彼の優しさに甘えようとしている。

 

 

「まさか、アリスさんほど偉大な魔女を、俺は知りませんよ」

 

「もう。お世辞を言っても何も出ないわよ?」

 

 そもそも、他の魔女なんてまず見たことないくせに。

 ……でも、悪い気はしない。

 

 行きましょうか。そう声をかけて、二人並んで歩き始める。

 行く場所を決めていた訳では無い。ただ、気の向くままに歩きたかった。

 

 道中、前回話しそびれたことも含めて、近況を語り合う。

 彼の職場には愉快な人、事件が多いから。話上手な彼の話法も相まって、その話は聞いているだけでもとても面白い。

 

 暫く談笑していると、気付けば街の外に出ていた。

 北門を出ると一面に広がる、大草原。心が洗われるようなここは、私と彼とが、初めて出会った場所でもあるんだ。

 

 優しい風が頬を撫で、髪を靡かせる。

 遠い視線の先に、子供たちが元気に走り回っているのが見えた。

 

「……アリスさん」

 

「ん。なあに……!!」

 

 ふと呼び掛けられた声に、返事をしながら振り向く。

 そして、目の前に差し出されていたものに、思わず言葉が詰まった。

 

 真っ赤な……薔薇。

 三本が小さく纏められているそれは、小さく震えている。

 

「……その」

 

 彼が、小さく発した。

 声色が、かつてないほどに硬い。

 顔は伏せられているものの、その表情もまた、非常に硬いのだろう。

 

 そして、私の鼓動も、かつて無いほどに速い。

 

 

 一瞬のはずの時間が、無限のようにも感じられて。

 

 ただ、見つめるしか出来なかった。

 

 

「……僕に、アリスと同じ時を生きさせてくれませんか?」

 

 とくんと、鼓動が一段と跳ねる。

 

 ──同じ、時を。

 

 ──待って、それって。

 

 彼が顔を上げる。

 その目が、真っ直ぐに私を射抜いた。

 

 

「……貴女が、好きです」

 

 

「──ッ!」

 

 熱いものが、身体中を駆け巡る。

 目頭が熱い。頬を雫が伝っていくのがわかった。

 

 ああもう。嫌だなぁ。最近、泣いてばっかり。

 いつから、こんなに弱く、なっちゃったんだろう。

 

 ……でも。

 

 花束をそっと受け取り、胸に抱く。

 少しだけ、厳しめの声を作って。

 

「私は、魔女よ?」

 

「知っています」

 

「時の流れが違うの。人間の一生なんて、一瞬にも満たない」

 

「なら、俺もそうなれば良い」

 

「生半可な、道じゃないわ」

 

「覚悟の上です」

 

「……そう」

 

 正直、答えはわかっていた。これはただの確認と……私が、覚悟を決めるまでの時間。

 

 1度深呼吸をして、彼を見つめ返す。

 

「……わかった。私、アリス・マーガトロイドは、貴方を門下に受け入れます」

 

 ──そして。

 ここまでは、通過儀礼のようなもの。

 最も、伝えなければいけない言葉。それは。

 

 

「──私も。貴方を愛しているわ」

 

 

 

 

 

 この日、アリス・マーガトロイドは生涯初めて。それも、唯一となる弟子を取った。

 門下となった青年は、この先どんな苦難が待ち受けていようとも、師の手を離さないだろう。

 

 彼が真の意味でアリスの伴侶となるまで。そう時間はかからない────

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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