──いやあり得ないでしょそんな話。
ソフィア会長へ手紙を渡すべくニーナと歩行補助具をぶら下げて(前者は文字通り)邸宅へ赴いたのだが、一読した会長からの反応は好ましいものではなかった。
ニーナと面識こそなかったものの管理者のアイーダを通して状況を知っていた会長曰く、元々この子は投薬治療中の身で以前は身体を起こす事すらできなかったらしい。改善してきて今に至ると言う。
溜息と共に手紙を焼いたその姿は、言外に「見なかった事にする」とも「余計な事はするな」とも取れる。
というか、その両方か。
『正式な手順を踏んでから行動するように。録音終りょ──』
「あちゃー……怒られちゃったっすねぇ」
双方仕事の時間もあるので孤児院へニーナを返却しつつとんぼ返りし、現在は太陽が真上のお昼。
ぎりぎり業務開始時間前に戻ってこられたぞ。
にしてもあの人、レアで慣れているのか機械的特性の扱いが上手すぎるな。
音声認識で動くでしょってノリで私を歩くボイスレコーダーとして使いやがった。
こっちはコマンド入力されたら断れないってのを理解して。
一応これからは自認人間で通していくつもりのでこう、尊厳的な所を考慮して機械的特性を利用するのは控えて頂きたい……。
「やっぱ研修技師からこつこつやるっきゃないっすねぇ。何年かかるんだか分かったもんじゃねぇっす」
「……」
「とりまソラっち、ありがとっす!」
頷き、やれやれとしたジェスチャー。
それに対しシャーロットはサムズアップで返し解散となった。
それにしても、今の世界だと機械関連を扱う者は医者と同じような括りの職となっているのだな。
資格を得て終わりではなく、現場で研修を通し学び、何年も経ってようやく一握りが正式な存在となれる。
……身内に甘い評価を出してやりたい気持ちもあるものの、正直今回のシャーロットの行動は気持ちこそ素晴らしいとはするが悪手であったとしか言いようがない。いつかこの件を持ち出されて夢が遠のかなければいいのだが。
専用のメイド服へと着替えて厨房でティーセットを受け取り、台車へ乗せてエレベーターに。
ごうんごうんと動くエレベーターには今までなかった紙が貼られており、それによると点検作業が近い内に行われるらしい。
ちゃんと日付を覚えておかないと台車を階段で運ぶ事になってしまうので気をつけよう。
「ようソラ。どうし……ああ、もうそんな時間か」
「こんにちはソラくん。今日も愛らしい姿でお元気そうだ」
今日から執務室には扉が復活しているので、噛みしめるようにこんこん叩いて執務室へ。
ジョージ&ブロンテが揃っているのは久しぶりだ。また二人の夫婦漫才が見られるのは嬉しい。
本当に夫婦なのかは確証が持てず結局のところ不明だが。
「今日は午後からなのかい?」
「……」
勘違いという名の計略でメイドに仕立て上げられてしまったレアがノリノリでこの屋敷で働き始めてしまったのもあり、元々業務内容少なめなお仕事ゆえ今やシフトも軽めなのだよ。
「働きたがりの君が仕事をセーブするとは思えないねぇ。……もしやレアくんが仕事を奪った?」
頷く。
流石ブロンテだ。言わずとも察してくれた。
「ジョージ」
「俺に言うなよ。会長が置いてったんだからほっとく訳にもいかないし」
「だからといってソラくんを持て余すのかい?」
「ならお前からレアに言ってくれよぅ。お前の部下じゃなかったっけ?」
「彼女はよく異動しているから紹介した時期による」
「あぁ、そゆこと……」
領主の立場も難儀だな。かのオッペンハイマー商会の会長様から託された部下を放置もできないし。
私としてはレアを少しは休ませてやりたい所だ。ずっと働いてるよね我が姉。
……純度100%の機械として落ち着かないだろうな。閑職になったらそれはそれで。
「ああそだ。ブロンテはシャーロットの件については聞いてる?」
「詐欺事件の事かい?」
「じゃなくって、国家資格取ろうとしてるやつ」
「あぁそっち。昨日聞いたよ。留学せず資格を進められる手がないか相談された」
ちゃんと人に相談しつつ話を進めているのだな。関心関心。
ニーナの件はやはり幼子へ対する情熱、あるいは“愛”なるものか。
「応援したいし教本見繕ってやりたいんだけど、そういうのって分かんない?」
「んー。専門じゃないからなぁ」
「そっか。ここの書庫に置いてる本だと限界があるらしくて」
「レアくんの方が詳しいだろうし後で聞いてみる事にするよ。今から動けばもうすぐ春だし、速達で来週には届く」
世間話を耳にしながらテキパキお茶汲み。
今日のはリョクチャという、さっき会長のお家へ行ったらお土産に持たされたものである。
この未知なる茶葉から理解できる通り、あの邸宅はケィヒンやアガとも全く違う文化圏に根差しているらしい。つまり正しい淹れ方と作法が全く分からない。
S.Message: ワタシ ノ ジダイ ハ It was in the bottle.( ^^)旦
そうなんだ。表示途中でバイザー起動したからメッセージ文が変になっちゃってごめんね。
うーん。スキャンして解析しても酸化前の茶葉としか分からん。
とりま品種に変わりはなさそうだし、いつも通りお湯通しでいいかな。てかもうやっちゃった。どうだろ。
「緑茶か。こんなもんどっから」
「レアくんが手土産に寄越したかな。彼女、ソラくんのこと気に入ってるみたいだし」
「……」
肯定も否定もしない無動作ネック。
独り言へいちいち反応せず流した方が話がこじれないと学んだ。
無論状況にもよるが、今回はこちらへ直接問いかけられるまでは待機である。
「良い香りだ。あとは湯飲みと煎餅があれば完璧だった」
「シブくてあんま好きじゃないんだよなー」
「濃ければ濃いほど旨い。カップの底に残った濃い部分が最高なのだよジョージ」
「うげ。砂糖入れていい?」
「風情がないねぇ。侘び寂びってやつだよ」
「なんだそら」
ブロンテはこれの文化を知っているらしい。ユノミやセンベーにワビサビとは、茶請けの一種だろうか。
もっと言葉を引き出したいので茶葉増量注ぎ足し。どうかな。
「……しかし本当に良い香りだね。レアくんにしてはセンスがいい」
「俺にゃ分からんな、そういう利きお茶っての」
「ま、答え合わせといこうじゃないか。ソラくん、パッケージを見せてもらっても?」
ほい来た。
入れ物を丸ごと持ってきているので手渡す。
「これ、は……」
「どした?」
いかにも高級ですって言いたげに木の箱で金箔貼ってあるんだよね。
名前だと思うんだけど、言語設定をオートにしても読めない。“空”は知ってる?
……黙して語らず、と。
「ソラくん」
「……」
「この茶葉は、誰から貰った?」
怖い声を出さないでくれ。そして具体的な質問を。
「レアに貰ったんだろ?」
首を横に振る。
「いやいい、分かったジョージ。よせ。それ以上深掘りするな。わたし達は、これをレアくんから貰ったものとする」
「なんで。もう消去法的に会長がくれたしかないじゃん」
頷く。
「あー! あー! 聞こえない! 聞こえないよー!」
こんな取り乱したブロンテは初めてだ。
「会長がくれたんならなおのこと味知っとかなきゃじゃん」
「自然保護区でごく僅かに製造される、今や年一で国賓相手にしか出されないようなものだぞ! エルフの秘術が使われるとすらされるこれを頭通さずメイドのソラくんに渡すなんて、どういう意味か分かっているのか!?」
「いや分からんて。俺は見た事もないし」
「バレてるんだよ! ソラくんが機械だとバレた上で、歓迎してくれているんだ!」
それは喜ばしい事なのでは?
「なんでそこまで行間読んで受け取ったのかは分からんけど、お目こぼししてくれたならいいんじゃね?」
「話はそう簡単な事じゃない」
「レアだって機械だったんだし、会長の中じゃ──」
「──ふんっ!」
立ち上がったブロンテは何故かジョージの頬を引っぱたいた。
なんで……?
「なんで……?」
同じ感想をありがとう。
「レアくんが機械だったというのは初耳だが、いずれにせよ会長は兵器排除の姿勢を崩す訳にいかない立場で彼女らの存在を許した。これの意味を考えて欲しい」
「……万が一の際には商会の根幹も揺らぐ、と?」
「その通り。今後のソラくん及びレアくんの活動を慎重にせざる得ない。レアくんをこの屋敷へ置いたのもそういう理由か……?」
「……」
二人の視線が私へ向けられる。
何かあったらケィヒンも吹っ飛ぶ大事件になるのでよろしくな!
「……国賓レベルの丁重な扱いをどうぞよろしくって意味か……」
「はぁ……。もっと味を楽しんでからこの事実を知りたかったよ……」
この身が兵器開発の技術を流用したものだという事実は変わらないし、私も気をつけないとな。
緊急時であろうと全力疾走はできないし、それこそ怒りで制御不能だなんて言語道断だ。
人の感覚を知ろう。近付こう。もっと私は人の肉体を知らなければいけない。
人のパワー、人の体力、人の感覚……。
機械を控え人間を自称するなら勉強は必要だ。
シャーロット、は……うん。一旦資料から省こう。ありゃ違う。
「責任重大だなぁ、機械人達の面倒」
「屋敷内の事であればどうとでもできるけどねぇ。だからといって閉じ込める訳にもいかないし」
「なんかこう、ぴかーって光って都合よく人間になったりしない? ほら一時期小説で流行ったろ、受肉っていうの?」
「そういうフィクションジャンルは詳しくないよ。地続きの歴史こそが最も崇高で美しい」
大人達が急に疲れた顔をしてしまった。
「わたしが趣味で君に買わせてしまったソラくんだ。最後まで責任は持つつもりだよ」
「そうじゃなきゃ困る。高かったんだぞこいつぅ」
お茶を注ぎに近付いたらこつんと肩を小突かれた。
一応これからは自認人間で通していくつもりのでこう、尊厳的な所を考慮して人身売買みたいな物言いは控えて頂きたい。
「まぁ特に直接釘を刺されたわけでもないんだし、ひとまず今まで通りの対応接し方で問題なかろう」
「だな。……教育もっと頑張れってのはアンへ向けたもんだからソラは関係ないよな?」
気絶していたブロンテは知らない話なので、代わりに私が頷いておく。
ただ私としては座学をもっとしておきたいところ。
こっそり同席して許されるだろうか。
てかそもそもちょっと触れられてた普段のアンの教育ってどういうことしてたんだろ。
アンって人前に全然出てこないし、天井裏に住んでたし。
私の場合は終業後とか休日の午前とかたまに現在の一般常識についての座学や、これ読んどいてねという教本の手渡しがあった。現在の読書趣味に繋がる話である。
「何か問題があれば直接小言がくるだろう。会長は全世界に目を持っている」
どういう原理で、と考えるだけ無駄だろう。
きっと私如きには想像の及ばない魔法の世界だ。
ブロンテにもお茶追加しまーす。どぼー。
「ソラくん、君には分からないものだがこれはとてつもなく希少なものなのだ。少しケチらないか?」
なくなったらまた取りに行くよ。会長も気に入ったらあげるって言ってたし。
もしこれが建前とか形式とか挨拶的なあれな言葉だったらむせび泣くけど。
無表情のまま。無言で。立ち尽くして。
「俺達庶民にゃ知らん世界のお茶なんだし、知らぬ顔でひと時の贅沢を楽しもうぜ」
「わたしはがっつり知ってるんだがなぁ……」
こんこんと控えめなノック音。
揃って顔を向けると、そこにはネズミの丸い耳と細い尻尾が薄く開いた扉からはみ出て見えていた。
「入れー」
「はいっ!」
アンの元気なご挨拶は健康に良いとされている(エミリー談)
何やら紙束を持ってきた様子だが、何かの報告だろうか。
元気よくしわくちゃになった一枚をジョージへと差し出した。
「まずはこちらを! うごくはこにおしらせとしてはられておりました!」
「あ、ありがとう……」
それって周知する為に貼っていたのでは? 「おしらせ」の文字だけ読んで剥がしてきちゃったか。
にこにこと満面の笑みを浮かべるアンを叱るのは難しいよな。褒めて欲しそうにしているもの。
「えっと、他は?」
「こちらはとうかんされていたおてがみです!」
「んー、チラシか。俺を割引セールに誘ってもな」
「領主様に遊びに来て欲しいんだろう。慕われているようで何よりじゃないか」
まだ手紙はあるぞ。続いては何だろう。
「ソフィアさまよりおあずかりしたはっちゅうしょ? です!」
「はぁっ!?」
「ぴえぇぇっ!」
笑顔が一転、跳び上がって私へ抱き着いてきた。
おーおー怖いねぇ。よしよし。急に大声を出すんじゃないよ町長。
会長が不意打ちしてくるなんていつもの事じゃないか。
「そんなに驚く事かい?」
「教科書買えって、小切手付き……」
「何が何でも勉強させたいつもりだねぇ」
「こ、こちらがいっしょにわたされたほんです……」
ぽす、と私の腰に冊子が当たる。それは沢山の動物が描かれた商品の並ぶ、子供向けのカタログだった。
どうやらソフィア会長は言い出したからにはとことん面倒を見るつもりらしい。
口は悪いが言葉通りを捉えればいいのは楽だね。私やジョージへ渡すでもなくアンが受け取る流れにしたあたり、やはり含みはあるが。
これなら茶場が切れたら取りに来いって話にも間違いはないはず。
あれ? でも含みがあるなら、どういう意味だろ?
定期的に顔見せにこいってこと?
……なんだか親戚のおばさんに思えてきたな。
エミリーが私の事を義妹と呼ぶなら間違っていない関係なんだろうが。
ん? でも直接の母なら義母になるのか?
わっかんね。
「またブロンテ先生の出番かい?」
「シャーロットに続いて面倒をかけるが、頼む」
「任せておきたまえよ」
そういえばシャーロットはブロンテの事を先生って呼んでたっけ。
獣人かつ人見知りのアンへ普通の家庭教師をあてがう訳にもいかないだろうし、となればブロンテ先生は最適だな。
そしてそういう状況であるなら、どんな授業になるかこっそり同席しちゃお。