五年が過ぎた。姉はもういない。





アニメのみの視聴なので原作乖離も少なからずあるかもしれません。
暖かい目でよろしくお願いします。





1 / 1
5年が過ぎた。

姉がいた。

誰にでも優しく、親切で弟の面倒を嫌な顔一つしなかった、いつも優しい姉がいた。

でも、そんな姉はもういない。

御役目を授かり、二人の少女と共に楽しく時を過ごしていた姉はもう居ない。

御役目の最中に亡くなった。

姉が死んで5年が過ぎた。

 

 

 

 

 

 

「買えるものだな」

 

 コンビニから出てレジ袋の中を覗き込む。

レジ袋の中にはアルミ缶が二つ入っている。どこにでも売っているが、誰でもは買えないアルミ缶。何故ならそのアルミ缶には二十歳以下が飲んではいけないものが入っているから。十六歳で缶ビールを買ってしまった。

 買った理由は単純な出来心からだ。

 たまたまコンビニ行って缶ビールが目に映ったから買ってみた。もとから、背格好で大人と間違えられやすかったからダメならダメでいいや、という簡単な気持ちでレジに持っていき買えてしまった。

 

「どーしよっかなー、これ」

 

 買ってしまったのだから飲むしかないのだと、心の中で自問自答する。

 

 試しに一つプルタブを開けてみる。そうするとカシュッ!といい音がなる。

 まずは匂いからという事で鼻を開け口に近づける。

 

「おー、これが麦の匂い」

 

 久しぶりに嗅ぐ匂いだった。一人暮らしを始める前、昔はよく父が飲むビールを興味本位でせびったものだ。その度に姉からお前にはまだ早いととめられた。その食卓には父がいて母がいて俺がいて弟がいて姉がいた。

 あの頃はまだ姉がいた。

 

「ちっ、くそが」

 

 姉の事を思い出して良くない感情が上がってくるの防ごうと、缶ビールを勢いよく煽る。

 

「たいして旨くねえな」

 

 でも、大人がハマる理由は確かに分かった。嫌なことをすぐに流してくれる味がする。

 一本目が思ったよりもすぐに飲み終わり、続けざまに二本目も開ける。

 

「こんなにすぐ飲み終わるならもう一本位買っておいても良かったな」

 

 勢いよく飲み干すから気が付くと二本目もなくなっていた。

 

「頭いてー」

 

 グワングワンする頭を一回落ちつかせるために後ろの橋の柵に寄りかかる。

 

「もう橋まできたのか。飲みながらだったから全然気が付かなかった」

 

 あと数分もすれば家に着く。

 だが、その数分が物凄く長く感じる。

 重いため息を一つ零し、橋の下を見る。暗くてよくは見えないが橋の下には水が濁流の如く流れているだろう。

 

「なんか、もう何でもいいな」

 

 本当に何でもいい。てか、どうでもいい。別に夢中になれることも今はない。この五年は怠惰に無気力で生きていただけだ。一人前に何もない癖に、恐怖心だけはいっちょ前に持っているものだから、いつもその一歩の踏ん張りが付かなくて尻込みしてしまう。

 

「……なんで、死んだんだよ。姉ちゃん」

 

 地面に膝をつき涙と共に吐露を漏らす。

 うめき声と共に過去を思い出す。

 家族全員が居た楽しかった日々も、悲しかった日々も全て思い出すのが嫌だった。

 

「君、大丈夫!」

 

 突然声が聞こえた。

 声が聞こえた方を振り向くと少女が立っていた。表情からこちらの事を心配しているのが見て取れた。その少女の姿に姉の姿が重なって見えてしまった。それがたまらなく嫌で仕方がなかった。

 一秒でも早くこの場から立ち去りたくてすぐさま立ち上がる。

 

「……いえ、大丈夫です。わざわざありがとうございます」

「危ないよ、すぐに立ち上がっちゃあ。フラフラしているし。ほら、一回休んで」

「いえ、本当に何も」

「友奈ちゃん!」

 

 ないから大丈夫です、と続けようすると少女の後ろから聞こえた言葉に遮られた。

 

「あっ、東郷さん」

「もう、急に走り出してどうしたの?」

「この人が体調を悪そうにしていたから」

 

 後から来た人の大人びた声を俺は何処かで聞いたことがあった。姉と共にその声を聴いていた。瞬く間に姉と友達の事を思い出していく。家に少女達が来た日の事を、家で姉が少女達の事を話していたことを、姉の葬式の日の事を、全てがフラッシュバックしてくる。

 

「確かに体調が悪そうね。あなた、本当に大丈夫?」

 

 やめろ。

 

「……本当に大丈夫ですから」

 

 もう思い出させるな。

 

「でも、今にもたおれそうだよ」

 

 これ以上姉を見せるな。

 

「一旦、休もう」

「うるさいなぁ!」

 

 少女が指し伸ばした手を勢いよく振り払う。

 その時見てしまった。

 通り過ぎる車のライトを光源にして、少女の面影を残しながらも確かに大人の女性の雰囲気を佇ませている少女の顔を見てしまった。

 お互いに目と目が合い、自然と口が動く。

 

「……鉄男くん?」

「鷲尾さん……」

 

 姉の親友の一人で、姉と同じ御役目をしていた少女がそこにいた。

 鷲尾須美がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鷲尾須美。

 俺が鷲尾さんについて知っていることは非常に少ない。

 姉である三ノ輪銀の親友で鷲尾須美、三ノ輪銀、乃木園子の三人で御役目を担っていたという事だけだ。

 話したことも遊んだこともあるが、それ以上の事を知ることはついぞなく、鷲尾須美という少女は卒業式に出席せづに神樹館小学校を卒業した。だから、俺は彼女を姉と同じように死んだのだと思い込んでいた。だけれども、

生きていた。

 

「なあ三ノ輪。飯一緒に食べないか?」

 

 クラスメイトからの言葉に意識が戻る。

 

「悪いな、俺は今日学食なんだ」

 

 そう言い残して席を立ち、教室から出ていく。

 後ろからは「あいつ付き合いわりーから無理無理」などと言う声と共に笑い声が聞こえた。

 もちろん自分自身付き合いが悪いのは百も承知だ。あいさつ程度をする仲はいるが友達と呼べる人は多分いないだろ。確かに仲良く話す彼らを傍から見て羨ましいと思わなかった事がないわけではない。だからと言って、友達を作ろうとは全く思えないのだ。

 そうこうしていると、学食前にまでついた。まずは食券を買おうと券売機の前に行こうとする人とぶつかってしまった。

 

「すみません……」

「こちらこそ、ごめんなさい」

 

 鷲尾須美がそこにいた。

 俺とぶつかった相手は鷲尾須美だった。

 

「「……」」

 

 一瞬時間が止まったと錯覚してしまった。

 

「それじゃあ」

「ちょっと、待って」

 

 一言言い残し立ち去ろうとすると袖を掴まれた。

 

「ねえ、もしよかったら一緒にご飯を食べない?」

 

 背筋が凍った。

 鳥肌が全身を覆った。

 息がしにくくなった。

 鷲尾さんの言葉を聞いただけで全身を不調が襲った。

 口を動かしても言葉が出ることはなく、その代わりに息が排出された。

 嫌だと言わなければ。これ以上姉の面影を見たくない。これ以上は嫌だ。だから、何か適当な理由でもつけて断らなくちゃ。嘘も方便も全て使って断らなくちゃ。

 

「……鉄男君?」

 

 そうだ、用事があることにしよう。これから用事があるから無理だと。丁寧に礼儀を忘れずに断ろう。そうすればあっちも引いてくれるはずだ。よし言うぞ。絶対

 

「鉄男君!」

 

 結局断ることはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どこだここ?」

 

 目を開けると知らない天井が見えた。どうやら俺はベッドの上に寝かされていたらしい。

 

「保健室か……」

 

 そうだ、倒れたんだ俺。鷲尾さんに断ろうと思って息をするのを忘れて倒れたんだ。

 

「無様だな」

 

 鈍く重い頭を支えながら立ち上がる。

 ベッドを囲むカーテンを開けると保健室の先生がそこにいた。

 

「すみません。おさわがせしました」

「君、倒れたらしいけれど大丈夫?もし、体調がまだ悪いようならベッドに寝ていていいけれど」

「いえ、もう大丈夫です。ありがとうございます」

「あっ、東郷さんが」

 

 何か言っていた様だが扉を閉めて切った。

 

「頭いてー」

 

 廊下は既に茜色に染まっていて、窓からはグラウンドで練習している野球部やらサッカー部、陸上部が見えた。

 とりあえず教室に荷物を取りに行き、帰ろうと下駄箱に行くと一人の女生徒が目の前にいた。

 

「やっと見つけた。もう、待っててって言ったじゃない」

 

 そんなこと聞いてないと思いもしたがぐっと抑えた。

 

「その、保健室まで連れて行って頂いてありがとうございました」

「まって!」

 

 頭を下げ、目を合わせないようにして横切ろうとすると腕をがつかまれた。

 

「その、ちょっと今から話せない?」

 

 力強く掴まれた腕を振り解くことは出来ず、成すがまま連れて行かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと、友奈押さないで」

「だって、しょうがないじゃん。夏凛ちゃんも気になっているでしょ?」

「当たり前じゃない」

 

 勇者部なる部活に連れ込まれて十分近くが経過した。

 俺も鷲尾さんも一言も言葉を発さず、鷲尾さんが出してくれたお茶と牡丹餅を食べるだけだった。牡丹餅の味はよくわからなかった。

 背中に嫌な汗が流れる。何とか目を合わせないようにして、これ以上体調を悪化させないようにするが、無言の気まずさでも体調が悪くなりそうだ。

 

「……わざわざ保健室まで運んで頂いてありがとうございます」

「それは全然大丈夫よ。急に倒れたけれど大丈夫なの?」

「はい……大丈夫です。ただの立ち眩みですから」

「それならいいのだけれど……」

 

 言葉が止んだ。

 心なしかさらに気まずさが増したような気がする。

 

「そういえば、讃州高校にいるけれどいつこっちに引っ越してきての?」

「……今年の春です」

「そうなのね。……でも神樹館にも高等部があったでしょ?」

「……あそこは嫌なので」

 

 姉が死んでからのあそこは地獄だった。教師も生徒も全ての人が可哀想な物を見る視線を送ってきた。一部の人に至っては羨ましい事だと、誇ることだとすら言ってきた。

 馬鹿にするな。なんで、姉が死んだことを誇らなければいけない。神樹の下に行けるという大義名分で死んだことはそんなに素晴らしい事なのかよ。なら、神樹が消えたんだから返しやがれよこの野郎。どいつもこいつも当然の様な目を向けてくるのが我慢できなかった。一刻も早く逃げ出したくてここに来た。

 

「もう東郷は何やっているのよ。もっと話しなさいよ」

「夏凛ちゃんも押さないで見つかっちゃうよ」

「あれ?二人ともそこでなにしているの?」

 

 後ろから聞いたこのある声が聞こえてきた。

 その直後、音をたてて扉が開かれた。

 

「あっ、園子ちゃん」

「ちょっと、園子」

 

 気が付くべきだった。ここには鷲尾さんがいるのだ。なら、彼女がいても何らおかしくない。

 鷲尾須美と同じく姉の親友の一人で、同じ御役目を負った少女。実家が大赦のトップで天然が入った少女がここにいることはに不思議は全くない。

 

「乃木さん……」

「鉄男君?」

 

 乃木園子がそこにいた。

 俺はその瞬間、勢いよく逃げるように走り出した。

 

 

 

 

 

 

「おエ、ウッ!」

 

 胃からこみ上げて来るものを勢いよく便器に吐き出した。

 畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生!

 だから嫌だったんだ。

 姉の知り合いと会うのは。

 姉の事を、あの日の葬式の事を思い出してしまうから。だから、わざわざ神樹館から讃州に来たというのに、昨日今日で姉の親友二人と会ってしまった。

 

「ウェ、」

 

 胃からこみ上げて来るもの全てを吐き切り、トイレの床に座り込む。

 口の中はこれでもかというほどに酸っぱさが広がり、一刻も早く口を洗いたくなる。だが、そんな気力はもうない。

 

「……畜生」

 

 振り上げたこぶしを便器にぶつける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何とか立ち上がり、水道で口を洗って気だるげなまま帰路に着く。

 よろよろと歩くものだから通り過ぎる人全てに心配そうな目を向けられた。

 

「多分ここで会ってると思うのだけれど」

「鷲尾さん」

 

 アパートの玄関の前には不思議そうにしている鷲尾さんがいた。

 

「あ、鉄男君。鞄、部室に忘れてたわよ」

 

 そう言われて俺の鞄を差し出された。

 忘れていた。トイレから直で家に帰ったから鞄の事をすっかり忘れてしまっていた。

 

「わざわざ届けに来てくれてありがとうございます」

「それはいいのよ。ただ、大丈夫なの?物凄い勢いで走っていったから」

「……はい、大丈夫です。」

 

 そういい、俺は鞄から鍵を取り出して扉を開ける。

 

「あの……もしよければお茶していきませんか?」

 

 なんで自分でもこんなことを言ったのかはわからない。彼女と話せば姉を思い出してしまうのに、彼女を見れば姉を視てしまうのに。

 鷲尾さんは「はい」といい首を縦に振った。

 胸の中に懐かしい想いが蘇った気がする。

 

 

 

 

 

 

 

「こんなものしかなくてすみません」

 

 麦茶をコップに注いで差し上げる。

 

「結構きれいにしているのね。男の子の部屋だからもっと物が溢れかえってると思ってたわ」

「まあ、他の人ならそうかもしれないですけれど、自分の場合は物がないですから」

 

 実際自分の部屋に娯楽品と呼ばれるものなんてテレビとpcくらいしかない。

 

「そういえば、よく自分の部屋がわかりましたね」

 

 一人暮らしをしていると話したことはあるが住所までは教えてないはずだ。なら、どうしてこの家の場所が分かった。

 

「それは、バッグの中に入っていた学生書を見たのよ。それで……」

 

 嫌な汗が背中に流れた。

 

「もしかして、見ました?」

 

 鷲尾さんは首を縦に振った。

 別に見られていけないものが鞄の中に入っていたわけではない。ただ、誰にでも言いふらせる物かというと違う。

 俺は鞄から半透明のケースを取り出した。ケースの中には確かに十個ほどの錠剤が入っている。

 

「別に何か重い病気を患っているとかではないですよ。もちろん非合法な物でも」

「じゃあ、これは一体?」

「これはただのストレスに対する薬ですよ。安心してください、ちゃんとした病院で処方してもらった薬ですから」

 

 発作的に起こる吐き気などに対する薬。だから、彼女がそんな重そうな表情をするほどのものは何もない。

 

「それなら、さっきのあれも?」

「あのことに関してはすみません。乃木さんにも伝えてください」

「いつからなの?それは?」

「だいたい、五年の付き合いですかね」

「五年……」

 

 鷲尾さんのその言葉に失言だったと気づく。

 

「いや、違います。本当は二、三年の付き合いでっ」

 

 視界を吸い寄せらえて言葉を繋げる事が出来なかった。

顔を柔らかなものに包まれ、それが胸だと気づくのにしばしの時間を要した。

 

「ごめんなさい。ごめんなさい。私なの、私が銀を殺したようなものなのよ……」

 

 何を言われたか理解できなかった。

 鷲尾さんが姉を殺した?訳が分からない。何故鷲尾さんが姉を殺さなければならない。二人は親友だろ。あんなに仲良く笑いあっていたのに、なのになんで殺さなければならない。そもそも、姉は御役目途中の事故で亡くなったのだろう。

 

「……あの時、私とそのっちが気を失わずに意識を保てていれば、銀を一人で戦わさせなければ、銀も死ななかった。私が悪いの……」

 

 後頭部に冷たい雫が垂れた。

 鷲尾さんは流れるように俺を押し倒した。

 

「だから、これがあなたに対する贖罪になるのなら……」

 

 悲しい表情をしたまま、瞳に涙を孕ませたまま顔を近づけてきた。

 違うだろ。聞く限りでは鷲尾さんたちが気を失わなければもしかしたら姉は死ななかったのかもしれない。でも、だからと言って俺に対する贖罪は違うだろ。

 俺がこうなった要因は確かに姉の死にある。だけれど、俺は知っている。俺は見ている。彼女達の表情を。大赦と一緒に壇上に立ち、絶望に染め上げられている二人の表情を俺は見たんだ。俺も被害者ではあるけれど、俺以上に彼女たちの方が被害者なのだ。だから、贖罪とかを鷲尾さんがする必要はないのだ。

 なにより、そんな顔してされてもちっとも嬉しくない。俺が姉の姿と共に見たのはそんな表情ではない。俺が希った、一目惚れした姿はそんなものではない。

 

「やめろ!」

 

 怒気が孕んだ言葉で鷲尾さんはすんでのところで止まってくれた。

 

「鉄男君……」

「……声を荒げてすみません。今日はもう帰ってもらえますか」

 

 鷲尾さんは悲し気な表情で了承して「お邪魔しました」と言い去っていった。

 

「ふざけるな!」

 

 なんで彼女にそんな表情させなければならなかった。そんなものは決まっている。俺だ。俺がうじうじと姉の死から一歩も前に進めないから、鷲尾さんにあんな表情をさせたのだ。あんな事をさせたのだ。

 

「前に進まなくちゃ」

 

 俺は薬をゴミ箱に投げ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休みになると俺はすぐさま教室を抜けて三年の教室が並ぶ三階にたどり着いた。

 

「すみません、乃木さんはいますか?」

 

 一番最初に目に着いた一組の生徒に話しかけた。

 

「乃木さんっていうと勇者部のでしょ。それならあっちの三組だよ」

「ありがとうございます」

 

 お礼を告げて三組の生徒にまた同じように告げる。そうするとクラスの中から明るい声が聞こえてきた。

 

「誰かな~て、鉄男君か。どうしたの?」

 

 鳥肌が全身を覆う。直視したくない。

 

「あの、昨日は逃げてすみません」

「ああいいよそれくらい。昨日は大丈夫だったの?」

「はい、大丈夫です。お騒がせしてすみません。それで……」

 

 言え。言うだ。これ以上、彼女を巻き込まないために。

 

「あの、一緒に昼食をとりませんか?」

「……うん、いいよ~。ちょっと待っててね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はあの後連れて行かれた生徒会室で昨日の事を話した。何故生徒会室なのかというと彼女が生徒会副会長だからだ。

 

「そっか~、だから今日のわっしーは元気がなかったのか~」

「迷惑をかけてすみません」

「全然いいよこれくらい。それにしてもまさかあのお堅いわっしーが、そんな大胆な事をするようになるとはねー」

 

 乃木さんの言葉に同調する。

 

「それで、鉄男君はわっしーとどうなりたいの?」

 

 そんなものは決まっている。別に俺が鷲尾さんとどうにかなりたいわけではない。俺はただ鷲尾さんに笑っていて欲しいのだ。三ノ輪鉄男の情けない過去に足を取られずに、今まで通りの笑顔で過ごしてほしいのだ。その為に必要な事は何でもするつもりだ。

 

「……別に俺が鷲尾さんとどうにかなりたいとかそういうのはないんです。それでも、もし言うとしたらまた一から始めたいと思ってます。姉の三ノ輪銀の死とか関係なく、一から三ノ輪鉄男として鷲尾須美さんと仲良くなりと思っています」

「そっか……うん、いいと思う。それなら、先にやることはやっておかなくちゃね」

「へっ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休みのチャイムが鳴ると俺は昨日と同じように三階に向かい、目的の教室へと向かう。

 

「すみません、結城先輩はいますか」

「結城ちゃん?ちょっとまってね。結城ちゃんお客さんだよー」

 

 教室の扉の近くにいた女生徒に尋ねる。

 そうして結城先輩は軽快な足音を携えてやってきた。

 

「あれ、君は……」

「はい、初めまして三ノ輪鉄男といいます。その、この間はすみませんでした」

「ちょっと、いいよ謝らなくて。頭を上げて、ね」

 

 結城先輩が慌てふためいていたのが見なくても想像できた。確かにこんな公衆の面前ですることではないのかもしれないけれど、俺なりのけじめなのだ。

 ああ、本当に似ている。

 頭を上げて再度目の前で慌てふためく彼女を見て姉を幻視してしまう。別に顔だちも声も仕草もそこまでは似ていない。多分魂が似ているのだろう。そのあり方がそっくりなのだろう。

 だから、彼女を見るているとこんなに姉を幻視してしまうのだ。

 今だってそうだ。背中には脂汗が垂れている。皮膚を抓りながらじゃなければ立っても入れるかも怪しい。

 でも、ここから先に進むためには必要な事なのだ。

 

「結城先輩。これから少し時間を貰えませんか」

 

 結城先輩はきょとんとした顔でこちらを見た。

 ああ、本当に似ている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして放課後の教室に残るのは初めてだ。

 いつもは残る理由も特にないから終了と共に帰宅していた。だから、知らなかったけれどこうして教室に残るのは存外つまらなくない。確かに話し相手なんかはいないがグランドが聞こえてくる声が、廊下に見える人影が新鮮な気持ちを与えてくれる。今日みたいな日には丁度いい。

 ピロんとスマホに通知が来た。

 スマホを見てみると案の定乃木さんからのメッセージだった。返信にありがとうございますと書いて席を立つ。

 

「行くか」

 

 俺と鷲尾さんの関係はとても曖昧だ。

 鷲尾さんからすれば俺は親友の弟で、俺からすれば鷲尾さんは姉の親友でしかない。まあ、もう一つくらいつけてもいいがそれは誤差みたいなものだ。

 そんな曖昧で最近まで切れていた様な関係なのにも関わらず、鷲尾さんは俺に贖罪という言葉を使ってくれた。だから、俺はその返礼に誠意を見せなければならない。こんな曖昧でもやもやとした雲みたいな関係を終わらすために俺は誠意を見せるべきなのだ。もう鷲尾さんに贖罪なんていう言葉を使わせないために、俺はトラウマを乗り越えなければならない。

 コンコンと扉の前に立ちノックした。

 

「どうぞ」

「失礼します」

 

 扉を開けると鷲尾さんがPCの前に座っていた。勇者部には他に誰もいない。

 もう五年も過ぎたのだ。全てを終わらすのには丁度いい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鉄男君」

「鷲尾さんに話があって来ました」

「それならそこの席に座って」

 

 案内された席は一番最初の時に座った席と同じで、出されたお茶も同じものだ。

 

「それで何か用?」

 

 鷲尾さんの語尾に前まであった元気はない。多分未だにこの前の事を引きずっているのだろう。本当に申しわけなくなる。でも、それも今日で終わりする。その為に俺は来たのだ。

 

「鷲尾さんには橋で逃げたことを謝ってなかったので」

「別にいいのよそんなことは」

「それとこの前の事も謝りたかったので」

 

 鷲尾さんは俺の言葉をすぐさま否定してきた。

 

「それは違うじゃない!むしろ謝るのはこちらの方よ。私はあなたの心にも傷があると想像できたのに、この五年間私はあなたに一回も会おうとすらしなかった!私のせいで銀が死んで、私のせいであなたは心に傷を負ったのに、私は五年間もあなたの事を気にしなくて、そのうち二年間はあなたの事も銀の事もそのっちの事も勇者であった事も全て忘れてのうのう暮らしていた。だから……私に対して謝るとか言わないで」

 

 悲痛な声で鷲尾さんは瞳に涙を孕ませながら叫んだ。

 

「それこそ違う。この五年間俺は何もしてこずにただ逃げていただけだすよ。姉がいた学校からも逃げて、姉が可愛がっていた弟からも逃げて、姉と俺と金太郎を産んで育ててくれた親からも逃げて、姉が暮らしていた家からも逃げて俺はここにいる。そして、俺は姉の親友からも逃げていたんです。だから、俺は鷲尾さんにそこまで言われるほどの人間ではないんです」

 

 こんなのただのマッチポンプで被害者面していたクズだ。みんなが同情してくれてそれにのっかて可哀想な自分を演じて逃げいただけのクズだ。

 

「俺は鷲尾さんが抱えていたであろう苦悩も困難もない。ただの被害者ずらをしていただけなんですよ」

「違う。あなたは何も悪くない。もっと早くに私があなたと会って入ればこんな風になっていなかった。悪いのは全て私なのよ」

「悪いもないも、そもそもこれは鷲尾さんは関係ないんですよ。だって鷲尾さんが言ったじゃないですか。俺の事を気にも留めずに忘れていたって。その時点で俺と鷲尾さんの縁は切れているんですよ。結局俺と鷲尾さんとを繋ぐ縁は銀であり、死人に口が無いように死人を介して縁は繋げないんですよ。だから、もうここで終了です。それに、やめてくださいよ。俺の問題を勝手に背をおうと、勝手に同情しようとしないでください」

「ならっ!……私はどうすればいいいのよ……」

 

 鷲尾さんは俺と比較するのがおこがましい程に傷つき、苦しんだのが見て取れた。

 

「どうもしなくていいんですよ。鷲尾さんは俺の事を忘れてみんなで楽しく生きていけばいいんですよ。所詮俺と鷲尾さんの縁は銀あってこそですから。だから、今まで本当にありがとうございました。こうして俺と一緒にいてくれて、俺の悩みを聞いてくれて本当にありがとうございました」

 

 顔を覆う鷲尾さんに対して深く頭を下げる。

 これでいい。最近俺と会ったからこうなってしまっているだけで、俺と会わなくなり、俺の事を忘れればいつもの、俺が好きな鷲尾須美さんに戻ってくれるだろう。これは時間が解決してくれる問題だ。だから、俺と鷲尾さんの関係はこれで終了だ。

 頭を上げて、未だに顔を覆う鷲尾さんを背にしたとき大きな音と共に扉が開いた。

 

「それは、ちがうよ!」

 

 勇者部という名に似合う立ち振る舞いをする少女が、結城友奈がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「友奈ちゃん」

「結城先輩……」

 

 何でここになんてものは聞けなかった。そもそも俺が結城先輩と乃木さんに頼んだのは勇者部に二人きりにしてほしい所までで、そこから先の事はノータッチだ。

 

「三ノ輪君は何でそんな終わりだなんていうの⁉東郷さんもなんで何も言わずに諦めようとしているの⁉」

「終わりですよ。これはお互いの為に終わらせなければならいないですよ。もう時間が解決してくれたことで、これから時間が解決してくれることなんですよ」

「そうなのよ。私と彼の関係はもう当の昔に終わっていて、それを私が無理矢理繋ぎとめようとしていただけなのよ。ありがとう友奈ちゃん」

 

 俺と鷲尾さんの言葉に結城先輩は尚も否定する。

 

「違うよ。終わっていい関係なんてないんだよ。それに終わっているのならまた、始めればいいんだよ」

 

 その言葉は酷く重く圧し掛かってきて、憑き物を落としてくれた。

 ちらりと鷲尾さんの事を見るとついつい目が合ってしまった。

 

「ね、二人ともまた1から始めよう?それに二人とも今すごく悲しそうな表情をしているんだよ。そんな表情でお別れをしたら絶対後悔しちゃうよ」

 

 結城先輩は俺と鷲尾さんの手を取って近づかせてくれた。ああ、本当に似ている。こういう時にそういう笑みをするのはズルだ。俺が何も言えなくなってしまう。

 

「あーもう、めんどくさいわね!東郷もあんたもどうしたいのよ!」

 

 声を張り上げて入ってきたのは俺よりも年上の私服姿の女性だった。

 

「私は……終わらせたくないわよ。もっと鉄男君と話したいわよ。もっと鉄男君と親しくなりたいわよ!」

 

 それはズルいと思ってしまった。でも、この場面で本当にズルいのは俺だから、返答には誠意を見せなければいけない。

 

「あんたは?」

「俺の答えは変わりませんよ。こんな関係は終わらせなければいけない。俺と鷲尾さんの関係はここで終わりにするべきだ」

「あんだねぇ!」

 

 女性の怒りは正しい。それはそうだここまで言われてこんなのを言ってきたのだ。怒らないわけが無い。だから、俺が見せるのはここからなのだ。

「鷲尾須美さん」

「……はい」

 

 俺は鷲尾さんの事を正面に見る。頬を赤く染めて悲しんでいるのが見て取れる。

 

「俺はあなたの事が好きでした」

 

 周りから動揺する声が聞こえてくる。でも、そんなものは関係ない。

 

「最初に見た時から一目惚れで、そして初恋でした。その立ち振る舞いが、その笑顔が俺は大好きでした。俺や弟の面倒を見てくれるあなたが大好きでした。今までありがとうございました。俺を覚えていてくれて、俺の事をそこまで思っていてくれてありがとうございました」

 

 深く頭を下げる。

 俺の初恋はここで終わり、俺と鷲尾須美の関係はここで終了する。

 だから、もし始めるのならここだ。ここから始めなけれなならない。

 

「俺の名前は三ノ輪鉄男です。あなたの名前を教えていただけますか?」

 

 彼女は孕ませた涙を零しながらゆっくりと言う。

 

「私は、勇者部所属、東郷美森です」

「東郷美森さん。もしよければ俺と友達から初めてくれますか?」

 

 俺は手を差し伸べる。

 東郷さんは躊躇う素振りもなく俺の手を掴んでくれた。

 

「はい、不束者ではありますが、よろしくお願いします」

 

 こうして、俺の初恋は終わり、鷲尾須美さんとの関係は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの日から幾日か過ぎて俺と東郷さんは墓地まで来ていた。

 花束と線香を持ってきて、三ノ輪家ノ墓と彫ってある墓の前に来た。

 

「久しぶり姉さん。五年間も顔を出さなくてごめん」

「久しぶり銀。私とは半年ぶりね」

 

 お互いその一言だけ告げて墓石の掃除を始めた。雑巾で墓石を拭き、花を変えて、線香に火を灯して煙を焚いた。

 未だに瞼の裏には姉の死が写っている。未だに脳裏には鷲尾須美の絶望した表情がこべりついている。

 このトラウマを克服できたのか聞かれれば俺はまだできていない。未だに思い出すだけで身体は不調をきたしてしまう。けれども、前までとは違い今は横に彼女がいてくれる。

 

「こんなものか。それじゃあ帰りますか」

「そうね。それじゃあね銀。またくるわね」

「それじゃあ、その時はまた同伴してもいいですか?」

「当たり前よ。こちらはそのつもりなのだけれど」

 

 俺の右手は彼女の左手を掴んでいる。もう離さないために。

 

「昼食はうどんにでもしよう。そして、その後はイネスでジェラートを食べよう」

 

 俺の言葉に東郷さんはそうねと了承してくれた。

 色々な事をしよう。色々な事を始めよう。俺の隣に東郷さんがいてくれる。それだけで何でも出来る気がする。

 ふと声が聞こえた。五年ぶりに聞いた声だった。

 

『須美の事を幸せにしてやれよ』

 

 そんなことはわかっている。当たり前だ。

 俺と東郷さんは手を繋いで帰路に着いた。

 姉が死に、鷲尾須美が死んで五年が過ぎた。

 長いようで短い五年が過ぎた。

 俺の初恋はこうして五年越しに終わりを迎えた。

 




読んでいただいてありがとうございます。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。