「な、なんだよこれ...」
それは、あまりに唐突な出来事だった。
ヒトという生命を冒涜するような現象。前例は恐らく皆無であり、そしてこれからも未来永劫起こらないであろう突飛な話。
「どうして...」
彼──いや、
「どうして...女になってるんだよぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
そう。
世界最強のIS操縦者の弟は、たった今
即ち、
◇
──玄関を開けると、そこには見知らぬ美少女が立っていた。
ありふれたラノベの導入のようだが、それは確かに目の前で起きている。
自慢ではないが、僕──藍沢空は特別という言葉とはかけ離れた人間だ。
成績こそ上位をキープしているが、それ以外に特筆すべき点はないただの中学生。無理やり特徴を挙げるなら、童顔で若干身長が低いということくらいだろう。
繰り返すが、見知らぬ美少女が玄関先に立っている。
しかも彼女は僕の名前を知っていて、助けてくれと涙目で懇願してくるのだ。
どう対応していいかわからずに困り果てていると、ふと彼女の服装が目に入る。
彼女は男物のTシャツと短パンを着ているのだが、そのデザインは幼馴染のお気に入りの私服に酷似していた。
ほのかに漂う柔軟剤の香りも、記憶にある幼馴染のものと一致する。
それら全てを認識したとき、突拍子のない思考が僕の頭をよぎった。
そんなはずはない。そんなはずはないのだが、しかしその可能性が一番自然だと理性が叫んでいる。
まさか、彼女は──!
「もしかして、一夏の妹さん?」
「本人だよ馬鹿野郎!」
...彼女は何を言っているのだろう。
本人というのは、もしかして一夏のことだろうか。いやいや、それは絶対にないだろう。
そもそもの話、一夏は男だ。性別からして真逆だし、身長やら髪の長さやらも全然違う。
とはいえ、一夏に妹さんがいたという話は聞いたことがないし、いたとすれば今まで一度も会っていないのがおかしい。やはり妹という線は薄いだろう。
この正体不明の女の子の正体を何とかして暴かなければいけない。だがその方法が見つからない。
諦めかけたその時、
「──ッ!」
脳裏に電流が走る。
この手のイベントがある漫画では、だいたい自分と本人しか知らない話をいくつか聞いて答えさせたりするものだ。そうすれば少なくとも本人と接触した人間であるということはわかり、正体を知るためのヒントになる。
なので、ここにいない共通の親友には犠牲になってもらうことにした。
「弾のエロ本の隠し場所と過去に見つかった回数、見つけた人の名前を全て答えよ」
「クローゼットの中のダンボール。蘭に1回、蓮さんに2回、数馬に1回の合計4回見つかってる。なんなら小学校のときの話もするか?」
正解だ。
ちなみに弾というのは四人いる親友の中の一人で、何度エロ本が見つかっても隠し場所を変えないアホである。悪いやつではないのだが、この状況を見れば確実に悪ふざけに走るようなスケベだったりする。
しかし問題に正解したとはいえ、これだけならまだ疑いの余地はいくらでもある。というわけでもう一問追加だ。
「君が今まで振ってきた女性の数は?」
「そもそも告白なんてされたことねぇよ。お前ならわかるだろ?」
...今ので確信した。この美少女は紛れもなく一夏だ。
「あー、あーあーあー、わかった。確かに君は紛れもない織斑一夏だ。...とりあえず上がってよ。話は聞く」
「なんか納得いかねぇけど...まあいいや。お邪魔します」
そういう細かいところに気づけてどうして乙女心に鈍感なのだろうか。そこを問い詰めてみたいものだけれど、今はそんな場合ではないのでやめておく。
とりあえずリビングに案内して麦茶を出すと、またたく間に飲み干してしまう。よほど喉が渇いていたみたいだ。
「で、何がどうなってこんなことに?」
「...俺にもわからない。朝起きたらこうなってた」
朝起きたら女体化してました。原因は不明です。なんて言われても、正直なところどうしようもない。
そうなる瞬間を見たわけでもないのに原因がわかるはずがないし、曖昧極まる証言から原因を予測することなんて不可能に近い。
ただ、人体とは何もしていない状態で急激に変化するものではない。その事実は先人たちが証明している。
となると、確実に何かがあったはずだ。
「何か変わったことはない?部屋の状態でも何でもいいから」
「...すまん。パニックになってて覚えてない」
参考にならない答えが返ってきたけれど、この程度は想定済み。重要なのは、一夏の精神状態が安定しているかどうかだ。
先程まではパニックになっていたようだけど、今は状況を顧みることができている。今の段階では、先程より落ち着いていると考えていいだろう。
ここまで落ち着いていれば、もう大丈夫だ。
「さて、じゃあ容疑者に電話を掛けてみようか」
「犯人がわかるのか!?」
そう言った瞬間、一夏がものすごい剣幕で迫ってきた。がっしりと肩を掴まれた上に、顔もかなり近い。吐息がかかるレベルではないけれど、一般的な距離感より遥かに近い距離だ。
まして、今の一夏は女の身体。当然顔も女の子らしくなっていて、至近距離で見つめるのは少々照れくさい。
申し訳ないが、一夏には少し離れてもらおう。
「顔が近い。今の自分の容姿を自覚しろ」
「あ、ああ。悪い。それで、犯人は誰なんだ?」
とりあえず離れてくれたはいいものの、やはり興奮が抑えきれない様子だ。その証拠に、いつもより明らかに早口になっている。
無理もないだろう。同じ状況なら僕だってそうなるし、犯人をぶん殴りたいとも思うだろうから。
「あくまで容疑者だよ。だけどあの人以外には考えられない」
「そ、そうか...でも、その人以外にできないならその人で確定なんじゃないか?」
やや短絡的な意見だが、そう思う気持ちもわからなくはない。
これがサスペンスの殺人事件であれば一夏も他の可能性を疑うだろうが、今回起きたのは性別の変化というかなり特殊な現象だ。誰でもできる殺人とは違って、できる人間は限られてくる。となれば、容疑者=犯人という思考に結びつくのは自然なことだ。
「そう決めつけるのは早計だ。一夜にして性別が変化するって症例はまだ無いけど、性別が段々変わっていく症例はあるらしいからね」
「へー、知らなかった...で、容疑者ってのは?」
少々脱線してしまったが、一夏が急かしてくるのでとっとと答えを言うことにする。
いつもの一夏ならすぐに思い至っているはずだけど、これも女体化の二次被害のようなものだろうか。落ち着いているように見えるが、頭の回転は鈍くなっているらしい。
「──束さんだよ」
◇
『結論から言うと、私は関わってないよ』
「...マジですか」
『うん。今までの人生でベスト3に入るレベルで』
「本当に大マジだ...」
早速束さんに電話をかけてみたが、その返答は予想外のものだった。
真剣な口調で話しているのは篠ノ之束。14歳の頃に世界の在り方すらも変えてしまった天才科学者であり、僕と一夏の幼馴染の実姉だ。
普段はかなりハイテンションな性格なのだが、今回は内容が内容なのでものすごく真面目な口調になっている。新鮮な感覚だが、それに感動している場合ではない。
「じゃあ、心当たりとか元に戻す方法とかも...」
『...正直な話、両方ある。けど元に戻すのはリスクが大きいし、心当たりのことを話すのは
「千冬姉から...?」
『うん。何事もなければ墓場まで持っていくつもりだったみたい。でも今は緊急事態だし、後で話していいか聞いておくよ』
どうやら身内の話らしいが、そんなことを僕が聞いていてもいいのだろうか。
千冬さんが関わっている以上、僕が聞くべきではないと思うのだけど。
「...ちなみに、元に戻す方法というのは?」
『一つはISコアを体内に埋め込んで、強引に身体を矯正すること。ぶっちゃけISは条件次第で男にも動かせるんだけど、やり方間違ったらショック死だね』
「「その方法はやめよう」」
僕と一夏は、異口同音にそう言った。
何かめちゃくちゃ重大な情報があったような気がするけど今はスルー。とにかく一夏が死ぬ事態だけは回避しなければ...!
『ちなみにもう一つは、身体を量子化して再構築すること。これはやり方間違ったら死体すら残らないし、男に戻れても前の容姿には戻れないかもしれない』
「「それも駄目!」」
リスクが増えて確率が下がった。もっとマトモな案は無いのか!?
『他には今のところ思いつかないな。私がやれば失敗はないと思うけど、どうする?』
そう問われて、一夏は沈黙する。
リスクとリターンは等価に思える。人に本来できないことを無理矢理行うのだから、相応のリスクはつきまとうだろう。
束さんの提示する方法は、言ってしまえばその場で生まれ変わるようなもの。失敗すれば死ぬというのは確かに高いリスクだが、方法が方法である以上は仕方ない。
こうなった以上は一夏の判断を尊重する。その決意を固めて、僕は一夏を横目で見る。
目が合った瞬間、一夏はひとつ頷いて口を開いた。
「......やめておきます。女の身体でも、生きていられるだけマシですから」
長考の末、一夏は現状維持を選択した。
いくら天災と呼ばれる束さんであってもミスはある。ミスの可能性が少しでもあるなら、ましてやそのミスが生死に直結するのなら、安全な道を選ぶのが定石だ。
『りょーかい。...とりあえず女物の服を送るよ。ちーちゃんの服、多分サイズ合わないでしょ』
「女物、ですか......」
一夏は渋っているが、そんな事を言っている場合ではないだろう。
なにせ状況次第では元に戻れないかもしれないのだ。ならせめて外側だけでも女性として取り繕うべきだと思う。
『リスクの低い方法も探してみるけど、たぶん年単位で時間が必要だからさ。その間ずっと男で通すのも無理な話でしょ?』
「...そう、ですね。わかりました」
束さんがそう言うと、一夏は渋々といった様子で納得する。
実際、今の一夏は男だった時よりも背が低く、骨格が華奢で、全体的に細くなった印象だ。今まで使っていた服では腰回りが余るだろう。さっきからちょいちょい短パンの位置を直しているので、その認識に間違いはないはずだ。
ちなみに、胸はそこまで大きくない。それでも鈴よりは遥かに
『さて。私はやることあるから、そろそろ切るよ。副作用とかそういうのが出たら連絡すること。オッケー?』
「はい。束さんも気をつけて」
『うんうん!じゃーねー二人ともー!』
そう言って、束さんは通話を切った。
最後のやつは素なのか、それとも一夏を元気づけるためにあえていつものノリに戻したのか。
まあ、そんなことはどうでもいい。今優先すべきは、隣にいる一夏の方だ。
「......これから、どうすりゃいいんだ?」
不安そうな顔で、一夏は僕に問いかける。
元の身体に戻れるとはいえ、現状存在するのはリスクの高い方法のみ。ローリスクな方法を探すには"天災"の頭脳を以てしても年単位の時間がかかる。
つまり一夏は、思春期真っ盛りのこの時期を異性として過ごさなければいけないのだ。きっと想像を絶する負担がかかるだろう。
でも、今は待つことしかできない。
莫大な負担を抱えて、ただ時が過ぎることを待つしかないんだ。
「とりあえず千冬さんの連絡を待とう。細かいことはそっから詰めるとして、今は飯だな。その調子だと、朝飯なんか食ってないだろ」
ならば、せめて僕だけは明るく振る舞おう。
今まで通りに、一夏を一夏として扱おう。
それで一夏の不安を取り除けるかはわからない。心の負担を軽くできるかはわからない。自己満足以上の効果はないかもしれない。
「...そうだな」
でも、一夏は笑ってくれた。
"しょうがないな"とでも言うように、一夏は苦笑している。
なら、僕はそれでいい。
どんな形であれ、笑ってくれているのは確かだから。
「どうせカップ麺か何かだろ。俺が作るよ」
そう言って、一夏はキッチンに向かう。
小さくなってしまったその背中を、僕はずっと見つめていた。
いちかわいい!(挨拶)
昔息抜きで書いたやつを発掘してきました
続きませんよ