黒死の刃   作:みくりあ

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Q.なんで半年も空いたんですか
A.呪術廻戦にハマってました


第肆話 子供達

「なんだ。こっち側には雪は積もっていないのか」

「オレとしては嬉しい限りだよ。身体中痛いからね、もう休みたいや」

 

 体全体から疲れたオーラを撒き散らす童磨。夜叉は不意に彼の二の腕を触り、数回揉んだ。そして硬直した。あまりにも細すぎる。

 

「く、くすぐったいよ」

「そうか」

 

(体づくりも本格的に考えないと。っていうか人多いな)

 

 見渡すばかり、人、人、人。争いの世が終わり、平和を享受する人々は活気ある町を作った。今や刀や槍ではなく、商品が世を回している。人という資源が減らされない戦いに明け暮れるもの達。全ては今日を生き抜くため。これを平和と呼ばずなんと呼ぶ。

 二人が歩くは外様大名の城下町。厳寒を乗り越え、一足先に冬の終わりを感じる一日に、人は浮き足立つ。朗らかな笑顔を全面に出し謳歌する。

 

「……」

 

 そんな人々を童磨は睨みつける。浮き足立つのは人だけではないようで、跳んできた蛙を童磨はわざと踏みつけた。それは草履が滑るほどの体液を溢れさせて死んだ。

 嫌でも聞こえてくる笑い声が猿のようで童磨は嫌気がさした。元々人自体があまり好きでは無い彼は、静謐で満たされたあの星空の下に戻りたいと思ってしまう。

 

「やはり目立つな」

「夜叉ちゃんの方が目立ってるよ」

「それは当たり前だろう。女が刀を差しているからな」

 

 刀を差す女。それだけで変な噂は流れる。討ち取られた夫の仇討ちだとか、当主の妻の付き人か。江戸時代の結婚は常に同格の家同士。恐らく武士の嫁と、似ても似つかない奇妙な子供。話題の種にはもってこいなのだ。

 

「ほう。眼福眼福」

「なんと。あれはどこの姫ぞ」

 

 そして何より、女の容姿が優れている。無愛想な顔すら彼女を美しく引き立てるのだ。

 童磨は不躾な男達を睨む。人が嫌いなのはもちろんのこと、夜叉が衆目に晒されることはもっと嫌いだった。

 

(そういうことじゃない。そういうことじゃないんだよ)

 

 童磨が燻った感情の置き場を探していると、頭に夜叉の手が乗せられた。

 

「私よりもお前の方が目立っているぞ。そこまで綺麗な髪と瞳を持っているのだ。堂々と胸を張って歩け」

「……」

 

 童磨はキュッと頬を締めた。一言、たった一言で全て許しそうになる。我ながら安い心だと彼は思った。既に堕ちきっている。まだ子供でこの執着。大人になる頃は想像に難くない。

 

「……どーせ、みんなにそんなこと言ってるんでしょ」

「なんの話だ。思ったことを口にしただけだが」

「っ……人たらし」

「褒めているのか?」

 

 夜叉は通りに蕎麦屋の看板を見つけた。蕎麦が消化に悪いことは知っているが、とりあえず腹拵えの必要がある。ただでさえ童磨は育ち盛りの子供。痩せているとなれば一日六食でも食べさせてやりたいのが彼女の本音。

 

「そばだ。食ってくぞ」

「好きなの?」

「知り合いの夫婦が蕎麦屋を営んでいる」

「ふーん。友達いたんだ」

「友達……か」

 

 夜叉の脳裏に過ぎる二人の剣士。同じ呼吸を使う仲間だった。もしかすると初恋だったのかもしれない。

 理解しているつもりだったが、理解している気になっていただけ。自分は友達だと思っていたが、彼らはそうではなかった。あの時知ったのは自分は心までも人間では無いということ。そして、人と鬼は一生分かり合えないということ。

 

「どうしたの」

「なんでもない。友達というか仕事仲間だな。徒手空拳ならば私より強い」

 

(絶対なんでもないわけないじゃん。でも仲間がいるんだ。オレが居なくても君は大丈夫だろうけど、君がいなくなったらオレは……)

(私以外の拠り所を見つけなくちゃ。うーん。私が助けたからこんなに懐いてくれてるんだよね。雪山ではあんなこと言ってくれたけど、所詮は泡沫の刻。すぐに忘れるよ)

 

 夜叉は根本的に童磨を理解出来ていない。なぜなら彼女は生まれた時から世界にも親にも愛されていたから。子を愛さない親がいるのは知っている。子は親を選べないことも知っている。知識はあるが実感はない。

 彼女は思う。もし自分が鬼だと、人を食うバケモノだと知られたらきっと童磨は拒絶するだろうと。だが万が一、雪山の言葉が心の底から思っているのなら。嘘ではないにしろ信じてみるのも……

 

(いや、どうせすぐにいなくなっちゃう。あーあ。童磨君はいい子だな。ちょっと思い入れしちゃったけど、情が湧く前に切り捨てるべきだったかな)

 

 鎌首をもたげた希望は掻き消された。既に彼女は見切りをつけている。家族さえ無事であれば、それでいいのだ。失望は期待してこそ感じるもの。

 根拠の無い期待は自らを傷つけるだけなのだ。

 

 ★

 

 一時的に重苦しい空気にはなったものの蕎麦も食べ終わり、とうとう二人は目的地である寺まで着いてしまう。

 童磨は子供なりにあらゆる手を打った。五体投地で暴れても引き摺られていくだけ。逃げ出そうにも起こりを潰される。泣いても嘘泣きとすぐにばれる。

 つまり、詰み。そもそも、もとより詰んでいた。

 

 石階段の先にある大きくも小さくもない山寺。腐食した柱には蔓が巻きついている。どこか物々しい雰囲気に童磨は尻込みした。

 夜叉にとってそんなの何処吹く風。歩みを止めることなく進み続ける。

 

「……臭いな」

「え? なんの香り?」

「ああ、すまん。こちらの話だ」

 

(藤の香。なぜ陽光の射す昼間に焚いている? まぁ耐えられる程度か)

 

 本能が受け付けない香り。鬼にとっての藤の花の香りは常人にとっての刺激臭や腐臭に当る。しかし今回は悶絶する程の濃さではない。

 夜叉は寺に上がり込み、声を張り上げた。

 

「住職はいるか!」

 

 暫くすると足音が近づいてきた。

 

「ここに。私が五木寺の住職をしております。悲鳴嶼敏道でございます」

 

 寺の奥から顔を出したのは、かなり小柄な住職であった。黒い法衣に茶色い数珠。丸めた頭に柔和な瞳。この時代の僧侶は有り体に言えば戸籍の管理者。死者を埋葬し、一帯の寺行事を請け負うまとめ役である。

 

「夜叉だ。独特な香りの香だな」

「……鬼避けでございます。太平の世とはいえ物騒でして、お気に召さなければ直ぐに消しますが……」

「構わん。嫌いでは無い」

 

 夜叉と童磨は寺の中へと通される。敏道が童磨を見て少し驚いた顔をする。しかしすぐに素面へと戻した。彼は既に好奇の目線には慣れていた。

 中へと通された二人。仏壇に鎮座する仏を見て、童磨は失望した。わけのわからない偶像に神を想像するのは自分の親と同じ。規模が違ってもやっていることは変わらない。みんな馬鹿で、可哀想で、救いようがないのだ。

 

(オレが神ならこんな世界焼き払ってるね。いや、凍りつかせているかな。熱いよりも寒い方がつらいからね)

 

 そんな童磨の不機嫌を無視して夜叉は住職と話をすすめる。

 

「単刀直入に言う。この子供を寺で預かって欲しい」

「……あなた様の子ではないので?」

「そうだ」「違う」

 

 二人の声が重なる。童磨の声は涙ぐんでいた。

 

「この人は(みなしご)だったオレを拾ってくれたんです」

「孨では無い。家族に虐げられていたから救った。それだけだ。私とはなんの関わりもない」

「家族にしてくれるって言った!」

「言ってない」

「「言っ(てない)(た)」」

 

 不毛な応酬。住職が手の平を二人に向けると揃って二人は黙った。

 

「子の意志は尊ぶべきもの。今一度、お二人で考えられてはいかがでしょう。泣くほどあなたに情を向けられていらっしゃる様子。無碍にするのは些か道理に反するでしょう」

「……ああ、そうさせてもらおう」

「ふふふ」

 

 

 ★

 

 二人は寺を去っていった。敏道は一礼して見送る。その姿が完全に見えなくなるまで頭を下げていた。恐る恐る頭を上げると既に二人の姿は無い。

 

「……小僧はいるか!」

「はい! 和尚様」

 

 床を駆ける音と共に現れた小坊主。床すら抜ける勢いで音を鳴らし駆けつけた。

 頭を丸め、炊事用の白い前掛けをかけたまま現れたのはこの寺で修行している子供である。修行とは名ばかりで、実態は小間使いや雑用と言った方が正しい。

 

「小僧、喋る烏に鬼が現れたと文を持たせる。狼煙を上げよ」

「へ?」

 

 鬼。その言葉に坊主の思考が一瞬停止する。なぜなら今は昼間。鬼が出る時間では無い。有りうるのはあの見目麗しい女。女性を見る機会がない坊主は事実、夜叉に見蕩れていた。そして隣の童磨と目が合い、逸らした。

 

「あの女は鬼よ」

「し、しかし香を放って尚あの女性は嫌がる素振りを見せませんでしたが」

「だからこそだ」

 

 困惑する坊主に対し、文を書く用意をしながら敏道が答える。

 

「夜は濃いものを使っておるが、昼間のあれは香を薄めておる。普通の鬼が耐えられる程度にな」

「なんと」

「鬼は皆、耐えられるのならば怪しまれまいとそう思うのだ。望み薄だったが、よもや昼間にすら鬼が出るとはな。前代未聞だろうて」

「ならば女の方は鬼だとして、あの奇妙な白い子供は人でしょうか、鬼でしょうか」

「……」

 

 坊主の疑問は最もであると敏道は思う。見た目でいえば子供の方が香に違和感を覚えていそうなのだ。第一、鬼は日光を嫌がるというのに女の方は無傷。

 

「わからん。だがあの女、恐らくただの鬼では無い。噂に聞く太陽の影響を受けにくい鬼かものう。一応最高戦力を要請するとするか」

「さ、最高戦力……」

「然り。柱と呼ばれる鬼殺しじゃ。あれは最早人の枠に収まらぬ暴力よ。表舞台に出ていればこの国の歴史は変わっていたかもな」

 

 

 ★

 

 

 翌日、適当な宿屋で二人は夜を明かした。特に会話もなく、詰められると覚悟していた童磨は拍子抜けした。

 

「ん……ぅ……」

 

 童磨は肌を撫でる風と仄かな陽光に目を窄めた。形の整った瞼がゆっくりと開けられ、虹を映した瞳を晒す。隣でとんでもない大きさの鼾をかいていた夜叉はとうにおらず、あるのは丁寧に畳まれた布団だけ。

 

『この子供をこの寺で預かって欲しい』

 

「っ!?」

 

 昨日のことを思い出し、勢いよく起き上がる。眠気はとうに覚めた。自らの足元が覚束無い。冷や汗か流れ、逆に体温が上がる。

 端的に言えば、彼はパニックになっていた。

 

「どこ!?」

 早く気が付かなかった己を叱咤する。この街に来た時点で夜叉の目的は果たしたようなもの。例えここで童磨を置いていったところで、優しい誰かが寺に預けるだろう。もしやするとそういう手筈だったのかもしれないと童磨は思った。

 もしやすると、既に遠くへ……

 

「はぁっ。はぁ……。どこ! どこにいるの!?」

 

 半ば過呼吸になりながら廊下を走る。夜叉と共に山を登ったのだから、体力が極端に低い訳では無い。動悸がするのは彼の被害妄想のせい。彼の本能が告げているのだ。彼女を失ってしまえば、自分は完全な伽藍堂となる。裏切られた恨みも探し出す気力も湧き上がらないような虚ろ。

 まるで皮肉にも神のような存在。

 時折すれ違う下女が声をかけてくるが、童磨は気が付かなかった。彼女以外の生物は背景。彼女の言葉以外は雑音。彼女が映る景色以外は風景。

 灰色がかった世界が彼を包み込む。童磨のいない童磨の世界。

 

「いやっ。嫌だ! 嫌嫌嫌嫌嫌」

 

 

 

「朝っぱらからうるさいぞ」

 

 

「……ぇ」

 

 透き通る世界に彼が存在する。

 自分の心音が聞こえ出す。世界に、生きてていいと肯定された気がした。彼はもう、夜叉なしでは自分を維持できなくなっている。魔性の魅了は確かに受け継がれている。

 

「夜叉ちゃん?」

「なんだ、幽霊でも見たような顔して。化け物でも出たか?」

 

「夜叉ちゃあああん! ──────ぶっ

 

 まさか飛びかかってくるとは思わず、夜叉は反射的に平手打ちをしてしまった。喜劇のようにくるくると転がり、壁に衝突した。着ていた着物はちょうどよく緩衝材になり、打ち身すらなかった。

 

「急なんだお前…………は」

 

「ごめ、ごめんなさい! だから置いてかないで! オレ、何でもするから! めいいっぱい働くし、役に立つよ! 今はまだできることは少ないけど、掃除もする、料理も覚える、邪魔な時は部屋の外にいるから!」

「っ……」

 

 泣き腫らし、赤くなった瞳。全く余裕の感じられない鼓動。

 それは年相応の感情の発露。今までどこか達観していた童磨の等身大の感情を初めて見た気がした。

 夜叉は童磨にとっての自分がどれほど大きい存在だったかをこの時知った。自分にとっての父や母、いや彼の境遇からしてそれ以上だと理解したのだ。

 

(……馬鹿じゃん。私はこんな可哀想な子を一人にしようとしてたんだ)

 

 夜叉は手を伸ばして童磨を抱きしめる。

 

「ぁあ……? う……ぇぁああ」

 

 殴り飛ばされた後に抱き締められ、とんでもない顔になっている童磨。悲しみと喜びが入り交じり、ただわけも分からずとりあえず夜叉の背中に手を回す。

 

「すまない。私が悪かった」

「離れない?」

「……今はな」

 

(いつかは別れの時が来る。その時がきたらきっと離れていくのは私じゃなく、童磨の方だよ)

 

 でも、今の彼はただの夜叉を求めている。強くない夜叉を求めている。彼女の存在が彼の中で大半を占め、不可欠になっている。それだけで夜叉の心に仄暗い感情が生まれてくる。

 それはまるで底無しの奈落を見つめているような……

 

「もう少しだけ、こうしておいてやる。だから泣きやめ」

「う……ん」

 

 優しい言葉を紡ぐ彼女の瞳は少し濁っていた。




好きな人にぶん殴られた後に抱きしめる行為って、れっきとしたメンヘラ製造行為らしいです
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