風呂を済ませ、食事も済ませて部屋に戻ると布団が敷かれていた。利用人数分、つまり3人分並べられており、いわゆる川の字になっている。スピネルが娘と言っても、この子実は身長が170cmある。モルガンと同じだ。大和が一番身長が高いと言っても、その差は約3cm。あまり変わらない。
そんなわけで、スピネルを真ん中にしようとも川の字らしくはない。どこで寝たいという希望もない。その結果、モルガンが真ん中となり、その左右で大和とスピネルが寝ると決まった。
「ヤマト起きてますか?」
「うん。まだ起きてるよ」
「少し、歩きませんか?」
他の客が寝静まった頃合い。スピネルもすやすやと寝息を立てた頃に、モルガンは大和と部屋の外に出ることにした。穏やかに眠っている愛娘の頭をそっと撫で、館内着の上から上着を羽織る。
今は利用客が寝静まる時間。深夜なわけで、廊下の灯りも最低限だけ。映画館が通路や段を示すために床に僅かな灯りを点けるように、この旅館でも今は床に灯りが灯っている。天井にあるものは、一定間隔に僅かな光を灯すだけだ。頼りになるのは、それらよりも月の光である。
そんな廊下を2人で歩く。珍しくモルガンが前を歩き、大和はその背を追う。2人の時ならいつもは並んで歩くというのに。
(この胸の高鳴りも……
意識すると、ほんのりと顔に熱が帯びてくる。実は今だけではない。風呂から上がった後に大和と合流した時、視線を合わせられなかった。食事中にはなんとかそこを治せたが、今度は逆に彼に視線を向け過ぎた。意識すればするほど、極端になって調整が効かない。
廊下を進んで小さな広間へ。そこは小さな憩いの場。バーカウンターもあり、営業時間なら子供向けのジュースからビールまで取り扱っている。その広間にあるガラス張りの壁。京都の和風庭園ほどではなくとも、和を意識した中庭を見られる場所。今は月明かりに照らされ、日中とは異なる装いを見せる。
そこに面して設置された2つの長椅子。そのうちの1つにモルガンは座り、ぽんぽんと自分の隣を叩いた。それに従い大和もそこに座る。
モルガンは見慣れない中庭を眺め、大和は星空を見上げた。互いに見慣れているものは違うものだ。
「……いいのか?」
何分経過しただろうか。測ってはいなかったが、10分ほどだろうか。その間互いに何も言わず、静かにそこにいた。モルガンから話があると思っていたから、大和も黙っていたのだが、彼女が切り出さないから声を発した。
モルガンとしては、どう切り出そうか迷っていたのだが。どうやら本人が思っていた以上に時間が経っていたらしい。
その曖昧な質問は何のことを言っているのか。誰にも分からなさそうなその問いを、しかしモルガンは不思議と理解した。
「そうですね」
体を横に傾ける。すぐに肩と肩が触れ合った。特に身長差もないものだから、彼の肩に頭を当てることも乗せることもできない。やろうとすると逆にしんどい。ちょっと憧れてたものだから、彼の身長がまだ伸びることを期待しよう。
触れ合う肩を意識して、距離の無くなった隙間をさらに埋めるように、モルガンは大和の手に自分の手を乗せる。重ねて、指も絡めた。
「私はヤマトに、甘えさせてもらえました」
目を閉じればすぐに浮かぶ。彼の笑顔が、共に過ごした日々が。
まだ1ヶ月も経っていないのに。もっと長い時間。それこそずっと、彼と過ごしていた気になる。それぐらい、充実した毎日だ。
「ヤマトは優しいですね。魔女である私に、これほどのものをくれたのですから」
「どうだかな。おれは、そうしようと決めて動いてただけだよ」
記憶は、曖昧だ。戻ってきているものもある。それは他人事のように思えて、けれど大事なものだと心が理解している。情報の波はとめどなく、そして不定期的に押し寄せてくる。
その波とは関係なく、分かりきっていることはあるのだ。はっきりとしていて、それが原動力になっている。
熱くて、温かくて、儚い。
「おれはさ」
立ち上がって、手を引っ張る。それで立ち上がった彼女の腰に、空いている手を回して引き寄せた。
「ゃ、ヤマト……?」
熱っぽい表情で戸惑う彼女を可愛らしく思う。
それ以上に、愛おしく感じる。
「君のことが好きなんだ
その想いを言い切った。解き放った。
顔が熱くなるのを自覚する。鼓動が耳元で鳴っていて煩い。彼女に聞こえるだろうか。きっと聞こえているだろう。
カッコつけようにも、格好がつかない。けれどそんなもの、もうどうでもいいのだ。大きな見栄なんていらない。小さなプライドもいらない。大事なことは、言葉と行動で示すから。
握っている手も離して、彼女の背に手を回す。逃さないように、手放さないように、失わないように。熱い想いも、大きく速く鳴る鼓動も、彼女に伝えてしまえばいい。
そうだ。伝えなければいけないのだ。
こうして抱き寄せてようやく
彼女は偉大であっても決して大きくない。女性的で柔らかく、折れてしまいそうな、細くて華奢な体。それもこの腕の中にすっぽり収まる程度の。
それなのにその身1つで、ブリテンという大きなものを背負っている。妖精たちに理解されずとも、孤高であろうとも。『夢』を叶えたいという、誰しもが抱く思いを胸に秘めて。
そんな彼女だから──
「──愛してる。
身長差なんてほとんどない。こうやって抱きしめられてしまえば、彼の声は耳元から聞こえてくる。その声に、ビクリと体を震わせた。くすぐったくて身をよじり、恥ずかしくて離れようとし、嬉しくて蕩けそうになる。
優しい彼。私の幸せを想ってくれる初めての異性。
その彼の熱も、想いも、何もかも伝えられる。注ぎ込まれて、沈んでいく。落ちていく。
──
私はこの想いを、胸に抱えているものを以前感じていたのです。
私が絶望に落とされるより以前。救世主として、トネリコとして生きていた数千年。私は夢の中でヤマトと会っていた。
夢なら、時間も空間も関係ない。世界ですら、夢の中なら超えられる。だって夢の世界は、ありもしないものを組み合わせられるから。
ヤマトは
次第にそれを、
だって、醜いものを見なくていい。辛いものを見なくていい。しんどいことは何もなくて、そこには自分とヤマトしかいなかったから。お話をするだけで良かった。それだけでも救われて、ただの女の子として接してくれる彼に、次第に心を惹かれたのは、
彼と過ごせば気持ちが上を向く。彼の笑顔で頑張れる。
そうだったのに、結果は結びつかなかったから。合わせる顔もないなんて思って、夢を見ることもやめて。恐怖で支配する女王になったのです。
それなのに彼は、
「君は頑張ったから。ほんとうに、誰にも負けなくて、誰にも真似できないぐらい頑張ったから」
彼は作った。私が女王の肩書きすら置ける場所を。それが
私が、肩の力を抜けるように。穏やかな時間を過ごせるように。
多少なりとも、私の記憶にも靄がかかっていました。それ以上に、ヤマトは自分の記憶を忘れさせていたのでしょう。
「偽善だよ。これはおれの傲慢だ。そして我儘だ。君に報いがないのは嫌だって。何よりも、君と過ごしたいって。それでおれは、君を夢から引き寄せた」
そんなことはありません。貴方の行いを、私は傲慢だと思わない。そのおかげで、私はここにいられるのですから。
それにその我儘のおかげで、私はこの想いを
「思い出した時には、これを言うって決めてた」
思い出すという行為は、ここの綻びのきっかけ。ヤマトが用意してくれた世界の、幕引きの合図。
「おつかれさま
「……ぁ」
それは、ついぞ言われなかった労いの言葉。上辺だけのものではない言葉。その感謝も、そのされ方もなかった。
震える手でヤマトの服を掴む。シワになるぐらい強く。でもそれでは足りなくて、抑えられなくて。両腕をその背に回した。
胸が熱くなり、込み上げてくるものがあって。それを抑えられたのか、ダメだったのか、
「ヤ、マト……」
きっと声は、震えています。
なんとか発せられましたが、それが最後の引き金。溢れ出るものは、すべて
腕の力を強めて。多くの言葉の中から手繰り寄せてそれを絞り出します。
「ありがとう」
思えば、その言葉をまったく使っていませんでした。さすがに0回ということは、ないと……思うのですが。
1回では言い足りません。けれど何回言っても足りません。
心地よく、幸せな夢を
……彼はこれを自分の我儘だと言います。それなら、
「ヤマト。今度は、妖精國に来てくれませんか?
「行くよ。必ず」
その即答が。力強い肯定が、この上なく嬉しい。
ですが、本当に話すべきはそれではない。これで満ちるものもありますが、これではない。
そうです。バーヴァン・シーにも背を押されました。彼の気持ちも伝えられた。
ですから、
「ぁ……」
言おうとした。その言葉を思い浮かべた。その瞬間体が熱くなって、恥ずかしさでどうにかなりそうです。
単語にしてたったの2文字。言葉にして5文字か6文字。ただそれだけなのに、それだけのものが言えない。言葉が詰まって、胸が張り裂けそうになる。
どうして、どうしてその言葉をヤマトは言えたのですか。彼を見れば分かるのでしょうか。
そう思って彼を見ても、当然ながら分かりません。分かるのは、どうしようもなく
あぁ、結局
でも仕方ありません。だって
以前にヤマトに指摘されたように、言葉が足りず、行動で示すのです。
「……んっ」
「っ!?」
それは刹那でした。そしてそれは
愛おしい人にしか、彼にしかしません。彼にしかあげません。
でも、やっぱり言葉でも伝えたい。今なら伝えられます。今なら、きっと
だって彼は──
「ヤマト。私も貴方を愛しています」
──
決めてない設定もあれば、決めてた設定もあります。ピックアップしておきます。
・知ってた上で協力した人 イリヤ、メディア、言峰
・知ってた上で静観してた人 ギルガメッシュ、槍ニキ
・上記以外の他の人は知らない人たち
・京坂家は、マーリンとモルガンの子孫が日本に流れ着いた一族。大和はその特性等が一番濃く出た
・マーリンとモルガンは師弟関係(確定とされている)であり、交際関係(モルガンと同一視されている存在がそうだった)だが肉体関係はなかった。今作ではあったということにしている
以上です!
1→1人 L→Love D→Darling K→Kiss
1人の愛する夫にのみキスするモルガン様でした。