「――どうしたよ、兄ちゃん。急に呆けた面して」
「は――?」
「リーンーガ、買うのか買わないのか、結局どーすんだ」
「え、いや俺、不倶戴天の一文無し……って言わなかった?」
「っんだよ冷やかしかよ。商売の邪魔だ、どっか行きな!」
「え?――どゆこと?」
往来の真ん中、誰に向けたわけでもない言葉を漏らす少年――ナツキ・スバルは困惑していた。
ほんの数瞬前までスバルは盗品蔵に居た。恩人の探し物を手伝ってたどり着いたそこへ単身意気揚々と乗り込んだは良いものの、そこで目にしたのは死体。その現実感の無い光景に目を取られた隙に、まだ潜んでいた殺人鬼にスバル自身も襲われ――死んだ、とそう思った。しかし、
「腹の傷、ねぇな……」
ジャージを捲って確認してみるも、バッサリと裂かれた腹部には傷跡がない。愛用のジャージにも縫い目はなく、なんなら土埃や泥すらも落ちているように見える。場所も相まってまるで異世界召喚直後のような状態だった。
傷が治っているのは治癒魔法によるものだろう。それが衣服等にも有用な可能性もまあ無くはない。ただ、時間が夜から昼になっていることや盗品蔵から果物屋に移動していることなど、困惑の種は尽きない。
「盗品蔵に戻ってみるか?手掛かりがあるとすればそこしかないが……」
倒れた直後の光景が思い出される。異変を察知し駆けつけてくれた銀髪の少女――サテラもまた、凶刃の餌食となってしまったことを。その後の記憶は曖昧で、彼女がどうなったかは分からない。しかしスバルがこうして健在な以上、彼女も無事であると考えるのが道理だ。もう一人、共に居た金髪の少女が獅子奮迅の活躍を見せたか、あるいはさらなる第三者の介入があったか。
なんにせよ、ここであれこれ考えてても状況は変わらない。盗品蔵へ向かおうと、振り返って走りだそうとして――
「わっ!?」
「うおっ――と悪い、大丈夫か!?」
軽い衝撃。すぐに近くに居た人にぶつかってしまったのだと気づき、反射的に謝罪を述べる。そして、その相手が誰だったのかに気づいたのはその直後だった。
「やば……コホン。あー、大丈夫よ。悪かったわね」
「いや、今のは急に振り返った俺のが悪い……じゃなくてだな」
目の前の少女。スバルの胸ほどしかない背丈にはやや大きめのローブ。目を引く美麗な金髪から覗くのは、人形のように整った顔立ち。惹き込まれるような瞳の金色。その姿はまさしく、スバルがつい先程思い浮かべていたもので。
「君、無事だったんだな、良かったぜ」
「……はい?」
「ちょうど君達を探しに行こうと……ってあれ、サテラは一緒じゃ無いのか?」
「……あの」
「俺の怪我、治してくれたの多分あの子だろ?結局また借りを作っちまったみたいだ」
見知った顔を見つけた安堵から、矢継ぎ早に言葉を放つスバル。それに対する少女の反応はどうにも鈍いが、その理由には心当たりがあった。
「あの、もしかして怒ってらっしゃったり……?」
「え、いやそういうわけじゃ……」
「いや、そりゃそうだよな!悪い。俺に任せてくれなんて言っといて、結局なんにも出来なかったわけだからな……ま、その件に関しては追って謝罪するとしまして、ちょっと色々聞きたいことがあるんだけどいいか?」
サテラの安否、殺人鬼の行方、徽章の所在。スバルが倒れた後の事について、その場にいたであろうこの少女なら何か知っているはずだ。それに、たとえそれを抜きにしたとしても数少ないこの世界での顔見知り。禍根を残さず良好な関係を築くためにも、この機会を逃すべきではない。
「……その前にこっちから一ついい?」
「お、聞くぜ。なんでも言ってくれ。罵倒でもなんでも、しかと受け止める覚悟は出来てる」
先程から煮え切らない反応ばかりだった少女が、ようやく口を開いてくれた。そこから出るのは果たしてどんな手厳しい言葉だろうか。それでも根は優しい子だ、自分の身を案じてくれるかも――なんて考えていたスバルには、
「――貴方は、誰?」
予想だにしなかったその言葉を、一瞬理解出来なかった。