妖精騎士トリスタンとベディヴィエールが着名して十年程たったか。
モース退治で着実に武功を上げ、ニュー・ダーリントンの復興に力を注いだ二人は、この国の民にも受け入れられたようだった。
今日はそんな二人の結婚式。
目出度い日程、何があるか分からぬもの。
食事に毒が盛られるだなんてこともあり得るかもしれない。
そうならぬよう、厳重に警戒しながら式を成功させようと、私は手を尽くしていた。
暗殺が得意な茨木と協力し、当日暴れそうな妖精は粗方片付けた。
余計な妖精を処分する等、私一人の力でも十分でしたが、表立って騒ぎになればせっかくのバーヴァン・シーの祝いの席が台無しになる。
そうならぬ様に二人で手を尽くせたのは行幸だったに違いない。
そして結婚式当日、私は花嫁の元へと来ていた。
「そろそろ出番ですが、準備は出来ていますか」
「はい。お母様」
バーヴァン・シーは純白のウェディングドレスで着飾っている。
化粧にも気合が入っており、いつもは可愛らしい顔が美しく見えた。その所為か、妖精は成長しないはずだというのに、少し大人びているようにも見える。
私にはその姿が、少し眩しかった。
「似合っていますよ。バーヴァン・シー」
「あ、ありがとうございます」
素直に感想を言うと、バーヴァン・シーは照れて俯いてしまった。
まったく、私を前にすると緊張してしまうのはまだ治りませんか。
私の愛情がこの子に伝わるかだなんて、そんな事はどうだっていい。
けれど、これだけは伝えないと。
「――――バーヴァン・シー、生まれてきてくれてありがとう。今日という日を迎えてくれてありがとう。アナタが幸福であることを、私は嬉しく思います」
「お母様……」
私が率直な気持ちを述べると、バーヴァン・シーは静かに泣きだしてしまった。
ああ、せっかくおめかしをしているというのにどうするのです。
「バーヴァン・シー。せっかくのお前の晴れ舞台だと言うのに、新婦がそのような顔でどうするのです。折角の綺麗な顔が台無しですよ」
そのこぼれた涙を、ハンカチでそっと拭う。
もう大人だと言うのに、まだ子供のように思えて仕方がない。
「だって、だってお母様。私、こんなに幸せで、胸がいっぱいで。どうすればいいかわからないんですもの」
「そういう時は素直に喜べばいいのです。ほら、笑って」
頬にそっと触れ、バーヴァン・シーの顔を覗きこむ。
彼女の涙が晴れると、少し大人びたような笑顔がそこにあった。
夢にまで見たような光景に、私は少し安堵する。
……いいえ、彼女の幸せはこれからだ。これまで受けた仕打ちを考えれば、まだまだ足りない程だ。
もっとたくさんの幸福を、彼女は生きて得らなければならない。
それが私からの、最後の望み。
「……ああ、少し化粧が崩れてしまったようですね。座りなさい」
バーヴァン・シーを鏡の前に座らせると、鏡台に置かれている化粧道具を手に取る。
「お、お母様? 私、自分でもできるわ」
「いいから、私に任せなさい」
「は、はい!」
緊張で強張っているバーヴァン・シーの顔に、慣れた手つきで化粧を施していく。
彼女に幸せが守られますようにと、どこかの何かに祈りながら。
少女が終わる最後の時間、それは確かな親子の時間だったと、私と彼女は思うのです。
「なんでお前が神父やってんだウッドワス」
「黙れ下級妖精。陛下の頼みでも無ければこのようなことはやってはいない。式の最中に私語は慎めとあれほど言っただろうに」
「へいへい、悪うございました」
ニュー・ダーリントンに建てられた新しい聖堂には、新郎の俺と少数の観客、そして神父のウッドワスしかいなかった。神がいないのに神父やら聖堂やらがあるのは、妖精の人間社会の模倣の歪みと言った所か。
ここには俺達が信用できるものを招き、聖堂の周りには襲撃者が来ない様にと厳重な警戒態勢が敷かれている。
……まったく、心配性で過保護なお義母様だことで。
なんで俺なんかと結婚なんて許すんだか、そこんところさっぱり分からん。
なんでわざわざ聖堂なんて作って、そこで結婚式をしてるかって?
未来の女王陛下が結婚した聖堂だなんて、観光名所になりえるだろ?
にしても、大分イラついてるなウッドワス。
「最後に一つ。元気が無いようだが、何かあったか?」
「……陛下が、私を一人の男として見ていないような気がしてな」
「あー……」
直接陛下から聞いたわけじゃないが、確かにウッドワスに愛情はあるだろう。
だがそれは、子供に向ける母親の様なもので、結婚する異性に向けるモノではないんじゃないかと、俺も最近思っていたところだ。
俺の反応に心情を察したのか、ウッドワスは深く溜息をつく。
「もうオーロラ辺りにでも求婚した方がいいのだろうか……」
「あの女は止めておけ。ランスロットとズブズブだぞ」
「うぐぅ!」
あ、割と心傾いてたなこれ。釘刺しておいてよかった。
そんな会話を壇上の前でコソコソとしていると、聖堂の扉が開く。
そこには、モルガン陛下と腕を組み、こちらへと近づいているバーヴァン・シーの姿があった。
ああ、まったく華の様に可憐な姫君だこと。
西洋の結婚式の段取りなんて慣れない俺だったが、この式の為に多少は仕込まれた。
モルガン陛下からバーヴァン・シーを預かり、神父気取りのウッドワスへと向き直る。
「――――健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、互いを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
俺達の言葉は、もちろん決まっていた。
はい、と。
誓いのキス? 大衆の面前でそんなの冗談じゃない、と言う事でカットさせてもらった。
そういうのはベッドの中でやればよろしい。今日この場では、俺達を祝う事に全力を尽くしてもらおうか。
さて、結婚式の後には、生粋の日本人である俺にとっては訳の分からない行事が盛りだくさんだった。
慣れないことを全部こなすのは、モース退治よりも骨が折れるというものだ。
現在はパーティーの時間となり、俺は外の空気を吸う為会場の裏庭へと来ている所だ。
バーヴァン・シーの警護は一応ガウェインに頼んでおいた。すぐに戻る予定だけどな。
「こんな所にいましたか」
そんな所に、モルガン陛下が現れた。
何やら真剣なご表情……何かやらかしたか? それともバーヴァン・シーの傍にいろって所か? 今日のアイツ美しいの極みなんで顔合わせづらいんだよな。
「これはこれは、お義母様。ご機嫌麗しゅう」
「世事はいい。用件のみを話す」
用件? と内心首を傾げていると、モルガン陛下は俺に頭を下げた。
……一瞬、何が起こったか分からなかった。
なんで女王陛下が俺に頭を下げている?
俺が唖然としていると、モルガン陛下はさっさと顔を上げて淡々と話しだした。
「あなたがいなければ、バーヴァン・シーは笑顔を取り戻すことは出来なかったでしょう。感謝しています」
「……あー、素直に受け取りたい所なんだが、あいつは昔からよく笑うやつだった」
「心の奥底から彼女が笑えているのは、ここ十年だけですから」
そうは言われても、俺には実感がわかない。
それ以前のバーヴァン・シーの事は俺は知らないし、判断しようがない。
そして、やっぱりと言うべきかなんというべきか、女王陛下はバーヴァン・シーの過去を知っているようだった。
「……それが俺を婿として許した理由?」
「ええ、妖精眼であなたの愛情は視えていました。後一、二回程しかない彼女の命。その内の一回を、あなたに預けていいかと考えてもいい程に」
ああ、そういうのも分かるのか妖精眼は。
まったくもって気恥ずかしい。
「なんだ。今回しか任せて貰えないのか俺は」
「それは次の彼女の心次第でしょう」
「なら次も口説き落とすさ」
「口説いたわけではないでしょうに」
……バレバレか。
ああ、正直俺なんかを選んでくれてるのが謎だ。俺には勿体ないくらいの女だと思うよ。
「私から見れば、大分つり合いが取れています。そう心配することはありません」
俺の心を見透かしたように……いや、見透かしたモルガン陛下は、何とでもない様にそんな事を言う。
「……そういうの、バーヴァン・シーにも言ってやれよ」
「今日は言いました。祝いの日ですから」
「毎日愛を囁くぐらいすべきだね」
「それは彼女の夫であるあなたに任せるとしましょう」
モルガン陛下は優しく微笑むと、どこかへと消えてしまった。
……あの女王様、バーヴァン・シー以外にもあんな顔ができるのか。
「あ、いた」
合わせ鏡を使って、バーヴァン・シーが後ろから抱きついてくる。
お前はご立派なもの持ってるんだから、外では自重してくれと言いたくなるが、一向に治る気配はない。
「せっかくの私達のパーティーだぜ? 主役がいなくなってどうすんだよ」
「わかったから耳元で囁くな」
バーヴァン・シーを地面に降ろす。ふくれっ面だが知ったこっちゃない。かわいいかよ。
「なあ、バーヴァン・シー」
「なあに?」
「俺と結婚してよかったのか?」
「もうマリッジブルーかよ」
呆れた風に笑い飛ばすバーヴァン・シー。
俺の襟を掴み、顔を強引に引き寄せる。
やめてくれ。その灰色の瞳に魅入られるだろ。
「私の夫なんて、茨木様にしか務まらないの」
そう言って、唇を俺の頬に押し付けた。
口紅をしてるし、俺の顔についただろこれ。
「私のものマークだから、消さないでよね」
「勘弁してくれ」
ハンカチを取り出そうとしたのに、見事に牽制されてしまった。
こんな顔で会場に戻れとか言われたら、間違いなく顔から火が出るぞ俺は。
そんな事を思っていたら、俺の右手がバーヴァン・シーの左手で握られた。しかもこれ、あれだ。恋人繋ぎってやつだ。
「茨木様、私の手を絶対に離さないでね」
……ずるい女だ。
そんな事言われたら、もう誰にも渡さないからな。俺。
そう伝えると、バーヴァン・シーは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「そうして欲しいって言ってるの。ばーか」
より一層、手を握る力をいれるバーヴァン・シー。これで優しさを感じるのだから不思議だ。
俺はそれに応えるように、強く握り返す。離しはしないというかのように。
「それじゃあ会場に戻りましょうか」
「かしこまりました。お嬢様」
「もうお嬢様じゃないでしょ?」
今度は小悪魔のような意地悪な笑みだ。
……あー、これは何か期待されてるな。わかった。わかったよ。わかったからそんな目で見るな。唇に舌を入れるぞ。
心の中でそんな意味も無い虚勢を張りながら、意を決して言葉にする。
「いくぞ。俺の……お嫁さん」
……あっ、これマズい。何か違う気がする。
バーヴァン・シーの方を見れば、これでもかと言う程顔が真っ赤になっていた。
「……ハニーとかダーリンがよかった、な~……なんて」
彼女なりの虚勢だ。その証拠に目が泳いでいる。
そんな甘ったるい言葉で呼べるか!
「知らない。行くぞ、俺のお嫁さん」
「無し! それ無しで! 何か滅茶苦茶恥ずかしいからやめろ!」
「俺のお嫁さんなのは事実だろうが」
「そ、そうだけど。そうだけど言い方ぁ!」
それを聞いていたのは、俺達を照らす月だけだ。
こんな甘ったるい会話なんて、恥ずかしすぎて他の誰にも聞かせられない。
なのに付き合ってしまうのは、惚れた弱味と言うやつか。
少女の時間は終わり、これから大人の女性としての生涯が始まる。
俺もまた、少女の為ではなく、ただ一人のお嫁さんの為にその生涯をささげるのだろう。
正直、何が変わったかは分からないが、悪くない人生プランだ。
新しい一歩を踏み出すように、俺達は会場へと戻るのだった。
「はっはっはっは! お盛んだったようだなぁ? 何をしていた。うん? こういう時の礼節ぐらい学び直したらどうだ?」
「傑作だね! ああ、画家に君を描かせる時には、ちゃんとそのキスマークも注文に付けておくとしよう!」
……キスマークを拭うのを忘れて、ウッドワスやランスロットに思いっきりからかわれたが、別にどうと言う事は無い。
俺も、大人になったしな。ああ!
「茨木様、あの二翅の顔に柑橘類の汁をぶっかけるのは大人げないと思うの」
「アイツらの方が年上だからセーフだよ」
「それを私達は詭弁と言うのよ」
……どうやら味方がいないようで、俺は悲しい。
茨木様の頬についたキスマーク。
拭う機会なんてたくさんあったけれど、結局はお風呂に入るまで消すことは無かった。
律儀なんだが、不器用なんだか。いじらしくて可愛らしい。
そんな人とこれから一緒に歩んでいくと考えると、私の心は軽やかに踊ってしまう。
ああ、今日も明日が楽しみだ。
きっと明日も、素敵な日になるに違いないでしょう。
誰が何と言おうと、私はそうなるのだと断言できる。
――――ありがとう、茨木様。
――――これからもよろしくね。
二人一緒のベッドに眠りながら、私はそう囁く。
彼は照れくさそうに笑うと、私にだけにそっと囁いた。
「――――――――」
その言葉は、きっといつまでも忘れない。
私の心の中へ、宝物のようにしまっておこう。
彼の腕の中で、私は安堵しながら眠りについた。
少女だった日々よ、さようなら。
よろしくね、大人としての日々。
一人の男が、惚れた少女の為に奔走する話はこれにてお終いです。
これからは一人の妻を支える為、一人の夫が奔走するのでしょう。
ここまで書けたのは、皆様の感想や評価、お気に入りなどで元気づけられたお蔭です。
本当にありがとうございました。
また何か作品を書くようなことがあれば、その時はまたよろしくおねがいします。