記者ウマ娘トチノオー。彼女は、未だに本格化は迎えていない。走りたいとも思わないし、そもそも走る事にも興味が無いと言う特殊なウマ娘だ。
今日も今日とて彼女は各地のトレセンを巡る。中央も行けば地方も行く。笠松や大井などの有名どころも行けば、高崎などの弱小のトレセンも回る。今日も今日とてネタ探しである。
なお、先に中央で見つけたタヌキのマスコットをすっぱ抜いたのも彼女であり、そこそこの手腕を持っているウマ娘であるらしい。
そして今日の所は、閑古鳥が鳴く宇都宮トレセンへと脚を運んでいた。否―。
元宇都宮トレセンといったところであろうか。ほぼ閉校と言った具合であり、ウマ娘レースの灯は、この町から消えようとしていた。
「あー、これは…末期ですねぇ」
彼女はそう言いながら、宇都宮トレセンの敷地を跨いでいた。ただ、もう宇都宮トレセンは建物がボロボロであり、人員も少ない。中央のトレセンと比べてチーム数も少なければそもそもウマ娘の数も居ない。スターも居ない。ナイナイだらけのトレセンだ。
と。
「なぁ、君。私のもとで走ってみないか?」
彼女にスカウトの声が掛かった。だが、トチノオーは競技ウマ娘では無い。はて、とトチノオーは声のした方に顔を向けた。
「私ですか?おじいさん」
そこに居たのは、一人の老人であった。そこそこのいい身なり。そしてそこそこ良い姿勢で立っていた。
「そう。君」
「あー、でも、私ウマ娘ですけど、記者をやっているので…」
そうトチノオーが言うと、老人は苦笑いを浮かべた。
「ああ、これは失礼。ああ、ではお名前だけでも」
「ああ、では改めまして。記者ウマ娘トチノオーと申します。お見知りおきを」
トチノオーはそう言いながら、名刺を老人へと手渡していた。
「キミの名前はトチノオーというのか。ふむ」
「ええ。というか、競技ウマ娘をお探しなんですか?」
「…あー、まぁ。実は私はね、最近、中央のトレーナーの資格をとってね」
「ふむふむ」
「中央で走れるウマ娘を探しては居たんだが…これがなかなかねぇ」
おじいさんはそう言って、困った顔を浮かべていた。だが、トチノオーはそれも当然だろうと納得していた。何せここはもう終わったトレセンだ。良いウマ娘は、他のトレセンに入学してしまうだろう。
「まぁ、そりゃ当然でしょうね。ここでは正直、玉石混交とはいかないでしょうね。厳しい事を言いますが、玉は居ないでしょう」
「やっぱりかぁ」
「そりゃあそうですよ。いっそのこと、中央に就職してみては?」
「はは、それが出来ればね。もう年であるし、今さら、ここから動くのもおっくうなんだ」
そう言って、老トレーナーは空を見上げていた。―そんな寂しそうな姿を見てしまったからだろうか。トチノオーは気づけば、こう呟いていた。
「あー、でももし、おじいさんが良ければ、ですけどね」
気まぐれ。そう。今の時点では気まぐれであった。
「私をトレーニングしてみません? こう見えても私、ウマ娘ですし」
「いいのかい?」
老人は少しだけ、顔に笑顔を浮かべていた。
「ええ。それに、私記者を長くやっていますが、スカウトされたのは、おじいさんが初めてなので」
そう、トチノオーは呟きながら、老人に笑顔を向ける。
「これが非常に嬉しかったんですよね。だから。―この恩は返させて頂きたいなって」
恩を返す。このささいな、小さな行動が、果たしてこの先の2人の運命をどう変えるのであろうか。
「そうかそうか…じゃあ、よろしく頼みたい」
「ええ。でも私、本格化してないんですがいいんですかね?」
「かまわない。それに、君には光るものを感じたんだ」
「そうですか。じゃあ、まぁ、予定を空けて改めてご連絡いたしますので…よろしくお願いしますね?」
そう言って、2人は世界への一歩を踏み出した。
この世界の2人に待つのは、一体どのような物語なのだろうか。
じいさんとトチノオー。彼女らの出会いは、きっと。
別世界の魂を引き継いだ存在がウマ娘なのであれば。
別世界の魂を引き継いだトレーナーがいても良いと、そう、思うのです。