呂布を名乗るウマ娘   作:トマトルテ

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10章:デッドヒート

 

「「メリークリスマス!!」」

「な、なにごとだ!?」

 

 バーンと開かれた自室の扉に目を白黒させながら、セキトがベッドの上から飛び上がる。

 その姿はさながら、キュウリを背後に置かれたのに気づいた猫のようだった。

 

「迅速果断。セキト、すぐに準備を整えてこのシンボリルドルフ改め、赤鼻のルドルフについて来て欲しい」

 

 侵入者その1。赤い鼻のトナカイのコスプレをしたシンボリルドルフ。

 サンタクロースのトナカイの名前が、同じルドルフなのが決め手だろうと誰もが察せられる理由だ。

 

「恋人はサンタクロース…てわけにはいかないけど、マルゼンサンタとトナカイルドルフが後輩ちゃん達にプレゼントを届けるわよー!」

 

 侵入者その2。真っ赤な服に赤い帽子。チャーミングな白いひげをつけたマルゼンスキー。

 普段の勝負服とイメージがあまり変わらないとか言ってはいけない。

 

「……フゥン、そうか、頑張って来るがいい」

 

 当初は突然の侵入者に、尻尾の毛を逆立てて警戒していたセキトであるが、顔見知りであると判断すると胸を撫で下ろし、手に持っていた三国志演義を再度読み始める。

 

「応援ありがとー! ……て! セキトちゃんも行くのよ!」

「フゥン? なぜ、オレ様が貴様らに付き合わんといかんのだ?」

 

 お前も行くんだよ、とばかりにツッコミを入れるマルゼンスキー。

 しかし、セキトの方にはそんな約束をした覚えがないので、スルーする。

 

()()()()()()……フフフ、やはりクリスマスは天からの贈り物が降りて来るな」

「真冬に寒々しい話をするな。オレ様は本を読むのに忙しい。サンタ役は貴様らだけで十分だろう」

「何を言っているんだい。まだソリ役がいないだろう?」

「ソリ!?」

 

 サンタとトナカイが居るのだから、もう十分だろうと言うセキトにルドルフが真顔で返す。

 

「ああ、本当ならばマルゼンスキーのスキー部分をかけて、ソリ役をやってもらうつもりだったのだが、サンタ役の方が良いと言われてね」

「おい、オレ様に選択肢はないのか?」

「ごめんね、セキトちゃん。これ、有馬記念での着順で選択権があるの」

「1着の私、2着のマルゼンスキー、そして3着のセキトの順という訳だ」

「この暴君めが」

 

 いつの間にか勝手に決められていた選択権に、セキトは青筋を立てる。

 というか、つい先日の結果とは言え自分が勝ったレースを基準にするのは、せこくないだろうか。

 

「まあ、一応ソリ以外の選択肢もあるにはあるのだが」

「なら、せめてそっちにしろ」

「そうか! なら、私一押しのクリスマスツリーの服を君に――」

「ソリの方がマシだ! いや、そもそもついていく気もないが」

 

 にこやかな顔で差し出された、クリスマスツリーの衣装を叩き落しつつセキトはどうやって2人から逃げるか、思考を巡らせる。

 

「大体、なぜオレ様を誘うのだ! オレ様はクリスマスが……嫌いだ」

 

 クリスマスになると思い出すのはいつもあの日のこと。

 だから、セキトはあの日から父親の命日(クリスマス)を祝ったことがない。

 毎年12月24日は寮の自室に引き篭もっているだけだ。

 そして、今年もそのつもりだった。

 だが。

 

「知らないの、セキトちゃん?」

 

「クリスマスという日は家族や――」

 

「「友達と一緒に過ごす日」」

 

 彼女の友達はそれを許さなかった。

 

「セキトちゃんが居ないと、せっかくのクリスマスが退屈になっちゃうじゃない」

「画竜点睛を欠くとはまさにこのことだ。私達は3人揃ってこそだろう?」

 

 ニコリと笑って手を伸ばす2人に、セキトは嬉しさと悲しさと切なさの籠った表情を見せる。

 友達がいる嬉しさ。あの日の悲しい記憶。

 そして、この友達を紹介出来たかもしれない、ありもしない未来への切なさ。

 

 そんな複雑な感情の中からセキトが選び取ったものは。

 

「フゥン………そこまで言うのなら……付き合ってやらんでもないわ」

 

 友と共に過ごす嬉しさだった。

 

「よし! そうと決まれば早速出発よ!! たくさんのプレゼントで後輩ちゃん達の気分をアゲアゲのノリノリにしちゃうんだから!」

「それじゃあ、セキト。君は荷物持……ソリの役目を頼む。なにぶん量が量なので、頑張って欲しい。寮生全員分はあるからね」

「おい、貴様。今、荷物持ちと言ったか?」

「気のせいだろう。それとも、流石の飛将軍様にも文字通り荷が重かったかな?」

「まとめてかかって来いッ!!」

 

 こうして、三凶によるプレゼント大作戦が始まるのだった。

 

 

 

 

「………で、最後に残ったこのニンジンの山はプレゼントなのか?」

「ああ、ニンジンをお腹いっぱい食べたいと希望があってね」

「凄い量ねぇ、これなら学園みんなでニンジンパーティを開けそう」

 

 塵も積もれば山となるというが、ニンジンが積もった山は巨峰であった。

 大食いのウマ娘から見ても、どこの業者の仕入れシーンだと思う量。

 それほどのニンジンを。

 

「……もう一度聞くぞ、ルドルフ。これは1()()()()?」

「ああ、その通りだ。プレゼントを待っている子はオグリキャップという葦毛のウマ娘だ」

「ねえ、ルドルフ。本当に1人で食べきれるの? 私達3人がかりでも辛い量だと思うんだけど……」

 

 ただ1人のプレゼントとして贈ろうとしていた。

 

「無論だ。私も食堂のコックの方々に何度も聞きなおしたが、いわく『入学初日にこれぐらい食べた』と言われたよ」

 

 あの食べっぷりはまさに怪物だったとは、この道30年の料理長の言である。

 

「フゥン……よく食うとは思っていたが、そこまでだったか」

「とっても元気な子なのね、その子。それで、これをどうやって運ぶの?」

「そもそも部屋に入り切るのか、これは?」

「運ぶのは小分けにして運べば私達3人ならいけるだろう。量も部屋に入りきる量のはずだ、抜かりはない。さあ、サンタクロースとして最後の大仕事だ。誠心誠意取り組むとしよう」

 

 そして、遂にオグリキャップとタマモクロスの部屋に運び込まれ始める大量のニンジン達。

 寮長に頼んで合鍵を手に入れていたルドルフにより開かれた先に広がるのは、一見すれば普通の部屋。

 しかし、運び込まれるニンジン達にしてみれば怪物の胃袋に等しい。

 

「……メリークリスマス」

 

 小さな声と共に、小さいとは口が裂けても言えない袋が置かれる。

 農家や市場ではないとなかなか見られないサイズの人参入りの袋。

 

「フゥン……メリークリスマス」

 

 それが1つではない。

 三凶がバケツリレー方式で次々と部屋に運んでくるのだ。

 

「メリークリスマスよ、後輩ちゃん」

 

 何度も何度も、何度も何度も。

 何度も、何度も、何度も何度も何度も。

 何度も―――

 

「て! どんだけあんねん!? ウチのスペースまで侵入してきとるやないか!?」

 

 そして、遂にタマモクロスのベッドの足元にも置かれ始めたところで、耐えきれずにタマモクロスがツッコミを入れる。なお、寝ているオグリキャップを起こさないように、その声は小さなものだった。

 

「なんだ、タマモクロス。良い子は寝る時間だぞ」

「いや、ウチかて空気読んで寝たふりしとったわ。でもなぁ……これはツッコまなあかんやろ。この量は!」

 

 ニンジンを運び込む手を止めることなく、セキトは適当にタマモクロスの相手をする。

 タマモクロスの方もツッコミを入れてはいるものの、本気で止める気はないのかそれを咎めることはしない。

 

「フゥン、案ずるな。貴様の分の贈り物もちゃんと用意してあるわ」

「え、ホンマ? おおきになぁー……て、言いたいのはそのことやないわ!」

「漫才がしたいなら大阪に帰れ」

「あんた、いてこましたろか!?」

 

 タマモクロスの相手をするのが面倒なのか、若干辛らつに返すセキト。

 それに対し、勢いよく食って掛かるタマモクロス(小声)。

 無視して、タマモクロスのベッド横にニンジンを積み上げていくセキト。

 バリケードと化したニンジンの山に隠れて、姿が見えなくなるタマモクロス。

 さらに、うず高くニンジンを積み上げていくセキト。

 だんだんと不安になってくるタマモクロス。

 

「……なぁ、これホンマに入りきるんか。そもそも、ウチは部屋から出れるんか、これ」

「フゥン、いざとなれば葦毛の砂利を起こして食わせればいい。道を切り開くだけなら30分もかからんだろう」

「あかん。そんな食えるわけないやろって人として否定したくても、あっさり受け入れてしまうウチがおる」

 

 不可能だと思っていても、それでもオグリキャップなら出来ると信じられてしまう。

 まるで主人公のような信頼の寄せられ方だが、実際の所はただの腹ペコオグリンである。

 

「セキト、これで最後のニンジンだ。作業が済み(すみ)次第、(すみ)やかに撤収しよう。最後にミス(みす)をするのは見過(みす)ごせないからな」

「後はニンジン食して天命を待つね」

「……ウチはどっからツッコんだらいいんや?」

「無視しておくがいい。時間の無駄だ」

 

 ボケの渋滞に頭を抱えるタマモクロス(ニンジンの壁の向こう側)。

 そんな彼女を1人残し、三凶達は良いことをした後は気分が良いぜと言わんばかりの満足顔で部屋から出て行く。

 

「ああ、そうだ。タマモクロス」

「なんや?」

「窓の鍵が開いていたから閉めておいたぞ」

 

 いつもと変わらない平坦な口調。

 故にニンジンの壁に囲まれて、向こう側が見えないタマモクロスには分からない。

 

「あー、オグリが『サンタさんが入って来れるように』って言ってたわ。そう言えば」

「………そうか。なら、オグリキャップに伝えておけ」

 

 何でもないように伝言を残す。

 

「サンタは窓など開けなくても、ちゃんと来てくれるとな」

 

 セキトがどんな表情をしているかなど。

 

 

 

 

 

「かんぱーい!」

「本来、夜更かしはご法度だが……今日は神様もお目こぼししてくれるだろう」

「オレ様はとっとと帰って寝たいのだが?」

 

 誰もが寝て、静かになったトレセン学園屋上。

 そこには、ノリノリでコーラを片手に乾杯をするマルゼンスキー。

 コーラを持つ姿が、どこか不似合いに見えるシンボリルドルフ。

 仏頂面で乾杯を待たずにコーラを口にするセキトがいた。

 

 お前ら真冬の屋上でコーラとか寒くないのかと、言いたくなるがそこは若いウマ娘。

 高い体温とテンションで相殺する。

 若さとは良いものである。

 

「気分はアッゲアッゲよー! フー! 超気持ちいい!!」

「アルミ缶…アルミ缶……アルミ缶の上にあるミカン……フフフ」

「冬の夜空と言えば、孔明が死んだ場面を思い出すな」

 

 ただし、性格が若いとは言ってはいない。

 

 1人は語彙力が7馬身先に進んでいる怪物。

 もう1人はオヤジギャグが大好きな皇帝。

 そして、最後の1人はファッション誌よりも三国志を愛読する将軍。

 

「あ、そうだ。サンタの手伝いをしてくれたいい子ちゃんにプレゼントをあげないと」

「トナカイからもプレゼントだ。私達のぱかプチだ。私達だと思って大切にして欲しい」

「なに? 待て、プレゼント交換などオレ様は聞いてないぞ」

 

 そんな、ある意味で感性が周りからズレている3人だからこそ。

 友達になれたのかもしれない。

 

「あら、サンタクロースはプレゼントを配る人で、貰う人じゃないわよ。3着の可愛いソリちゃんを労ってあげないと」

「トナカイも右に同じだ。……それに私は有馬記念の1着を既に貰っているからな」

「貴様ら……喧嘩を売っているのか?」

 

 優しいマルゼンスキーと、他者へ配慮を欠かさないシンボリルドルフ。

 その2人が軽口を叩きながら、セキトを煽る。

 それがどれだけ珍しいことか、見る者が見れば分かるだろう。

 もっとも、当の本人であるセキトは青筋を立てているだけなのだが。

 

「いやねぇ、喧嘩なんて売ってないわよ。3着ちゃん」

「まったくだ。3着とて全力を出した結果。バカにするなどあるはずがないだろう。まあ、私は1着だったんだが」

「いいだろう、貴様ら。今すぐターフ(戦場)に行くぞ。そこで、叩きのめしてくれるわ」

 

 女三人寄れば(かしま)しい。

 その言葉を体現するかのように、夜の屋上はワイワイガヤガヤとうるさくなる。

 

 こんなことをしていると生徒会が叱りに来る?

 残念。ここにいるのが生徒会会長ご本人様だ。

 

「あら、いいわねぇ。クリスマスのターフを走るなんて如何にもナウい感じじゃない」

「フフフ、今宵の私は赤鼻のルドルフ。世界を一晩で駆けるトナカイに勝負を挑む無謀を理解してのことかな?」

「フゥン、プレゼントのお返しをどうしてやろうかと思っていたが、存外簡単に決まったな。貴様らに敗北の苦渋をプレゼントしてやるわ!」

 

 1人で居るときには、いやこの3人で居るとき以外は決してしない行為。

 後先考えない若さに任せたノリと勢い。

 

「距離はどうするの?」

 

 怪物の肩書も。

 

「次のURAファイナルが2400m左回りだから、それでどうだい?」

 

 皇帝の威厳も。

 

「フゥン、何メートルでも同じ。オレ様の勝ちだ」

 

 将軍の異名も。

 

 彼女達には関係ない。

 彼女達を表す言葉は二文字で十分。

 3人は――

 

「OK牧場よ!」

「なら、いざ尋常に!」

「勝負ッ!!」

 

 ―――友達だ。

 

 

 

 そして、その後3人の友達は巡回中のたづなに見つかり、コッテリと叱られることになるのだった。

 

 

 

 

 

 ―――汝、自らの最強を証明せよ。

 

『怪物が逃げれば将軍が追う!

 将軍が前に出れば皇帝が差す!

 皇帝が抜け出れば怪物が突き放す!

 まさに三つ巴ッ! 天下三分の計ッ!!』

 

 ―――頭上に戴く冠は、それぞれ7つ。

 

『まさにモンスターエンジンッ!!

 我々は怪物をまるで理解していなかったッ!!』

 

 ―――分け合うのではなく、奪い合ってきた勝利の勲章。

 

『王とは! 皇帝とは! 人をその背に従えるものだと言わんばかりに、誰よりも前に立って見せました! シンボリルドルフ!! 王冠は今、皇帝に輝くッ!!』

 

 ―――対等ではあっても、並び合うことなど誰も望んでいない。

 

『我に並ぶ者無しと、先頭を駆ける姿はまさに!!

 ―――天下無双のウマ娘だぁあああッ!!!』

 

 ―――さあ、唯一抜きん出てみせろ。

 

 

 ―――URAファイナル、決勝。まもなく開催。

 

 

 

「焼きそば、タコ焼き、ポップコーン、フライドポテトにフランクフルト、それにチキン。カレーライスもいいな。後はデザートにソフトクリーム……は、溶けるから後で買うとしよう。よし、これだけあれば、レース開始()()()持ちそうだな」

 

 売り子でもここまでは持つまい。

 そう思う程の大量の食べ物を抱えて動くものだから、知ってか知らずかオグリキャップは周りの注目を集めてしまっている。

 

「さて、どこに座ろうか。トレーナーが迷子にならないようにわかりやすい場所の方がいいな」

 

 しかし、当の本人は自分が注目を集めていることなど気づいてもいない。

 それどころか、自分のことを棚に上げて、先輩への挨拶に行ったトレーナーが迷わずに戻って来れるかなど心配している。

 もっともトレーナーの方は、食べ物が山になっている場所を目指せばいいので迷子になる心配はないだろう。

 

「いいえ! 勝つのはマルゼンさんです!!」

「いーや! 勝つのはぜーったい! カイチョーだもんね!!」

 

 そんなオグリキャップの耳に、何やら言い争う声が聞こえてくる。

 しかも、片方は聞き覚えのある声だ。

 

「どうしたんだ、チヨノオー? 喧嘩はいけないぞ。勝っても負けてもお腹が空くだけだ」

 

 これはいけないと思い、オグリキャップは言い争う2人の間に割って入る。

 因みに、2人の方は突如として目の前に現れた山盛りタワーの存在にビクッとしている。

 

「あ、オグリさん。えーと、その喧嘩ではないんですけど……ただ、そちらのテイオーさんと」

「コーテーとカイブツ、どっちが勝つか予想してただけだよ……ちょっと言いすぎちゃったかもしれないけど」

「それを言うなら、私の方こそ熱くなりすぎちゃいました。ごめんなさい」

「ううん、ボクも言い過ぎたかも。ごめんね、チヨちゃん」

 

 第三者の介入により、冷静になった2人はお互いに謝り合う。

 その様子にホッと胸を撫で下ろすオグリキャップ。

 そして、グーッと彼女にしては控えめに鳴るお腹。

 

「安心したらお腹が空いて来たな。2人も食べるか?」

「え? いいの! ヤッター!!」

「い、いいんですか!? オグリさんの分が減るんじゃ……」

 

 一緒に食べようと自分の食べ物を差し出すオグリキャップ。

 オグリキャップのことをそれ程知らないため無邪気に喜ぶ、トウカイテイオー。

 逆に、オグリキャップのことを知っているので、その異常性に驚くサクラチヨノオー。

 

「いいんだ。料理はみんなと一緒に食べた方が美味しいからな。それに足りなくなったら、また、買いに行けばいい」

「オグリさん……はい! ありがたくいただきます!」

 

 ちょっと、ほんのちょっと、ホントにホントにちょっとばかり名残惜しそうな顔を食べ物に向けるオグリキャップだったが、ウマ娘に二言はない。3人で仲良く並んで座って食べ始める。

 

「ねえねえ、オグリは誰を応援しに来たの?」

「あの……テイオーさん。さっきそれでオグリさんに止められたばかりですよね?」

「もう、喧嘩なんてしないって。誰が誰を応援してもボクはカイチョーを応援するだけだもん」

 

 焼きそばで口を膨らませながら、ニシシと笑うテイオーにちょっと困った顔をするチヨノオー。

 しかし、聞かれたオグリの方は気にした様子もなく、掃除機のように食べ物を吸い込んでいた口を止める。

 

「ムグ……ゴクン…! そうだな……私はトレーナーに誘われて来たんだが、応援するのはタマだな。タマは友達でいつも世話になっている」

「タマモクロスさんですか? 突如、稲妻のように現れたダークホースと話題になっていますよね! 稲妻でダークホース……まさにブラックサンダーというわけですね!」

 

 ドヤッとした顔で、思いついた異名を口にするチヨノオー。

 なお、それが商品名に当たることを突っ込んでくれる者は、ここにはいない。

 因みに、タマモクロスの異名である白い稲妻(ホワイトサンダー)も普通に存在する。

 

「ブラックサンダー……あのザクッとした触感が堪らないな。想い出したらお腹が空いて来たな。後で買ってこよう」

「ええぇッ!? 食べてる最中なのにお腹が空くの!?」

「甘いものは別腹だと、トメさんもよく言っていたぞ?」

 

 普通のウマ娘ならば、お腹がいっぱいになる量をペロリと平らげながら、そんなことをのたまうオグリキャップの姿に、さしものテイオーもドン引きする。

 

「分かりますよ、オグリキャップさん。過ぎたるは猶及ばざるが如し、されど桜餅は別腹と言いますものね!」

「いや、そんな続きのあることわざじゃないってー」

「桜餅か……あの餡子の甘味と葉っぱのしょっぱさがまた堪らないな。よし、帰りに買って帰ろう」

「もー! 2人とも食べ物から離れてレースの話をしようよ! ほら、カイチョー達がパドックに出て来たよ!」

 

 ボクってこんなツッコミ役だったっけ?

 そんなことを思いながら、食べ物の話から何とかレースの方に話題を戻すテイオー。

 

「あ、マルゼンスキーさんだ! 頑張ってくださーい!! マルゼンさーん!」

「タマもいるな……がんばれ」

「カイチョー!! ぜーったい勝ってよね!!」

 

 URAファイナル決勝まで駒を進めてきた猛者達の登場に、会場の全ての視線が一点に集中する。

 並みのウマ娘ならば、これだけで緊張で上がってしまうだろう。

 だが、しかし。

 

 並みの存在などここには1人たりともいない。

 

『URAファイナル決勝!! ここまで勝ち進んできた18人の優駿達が今、姿を現します』

『どの娘も皆いい表情をしていますねぇ。さあ、18人の紹介を……おや、いえ、失礼しました。早速、()()()娘達の紹介をしていきましょう』

 

 パドックは一言で言えば、魔境だった。

 

『ミスターシービー! 引退も囁かれる年齢ですが、まだまだ後進に道は譲らないとばかりに決勝まで進んでまいりました!! 世代交代(せだいこうたい)ならぬ世代後退(せだいこうたい)となるか!?』

 

 本来、G1は1つとりさえすれば、それだけで一生誇れるものだ。

 だというのに、この場にいるウマ娘の過半数はそれを持っている者達ばかりだ。

 煌びやかな王冠達。それは強さと誇りの証明に他ならない。

 だが。

 

『タマモクロス! 葦毛(あしげ)のダークホース!! G1未勝利、今大会出場ウマ娘の中で最小のバ体。だというのに、それを感じさせぬ走りで並み居る大敵を破ってきた白い稲妻! この快進撃は大番狂わせか? それとも新時代の覇者の到来か? 葦毛は走らないなど誰が言った!!』

 

 それだけでこの場に立てると思わないことだ。

 強者は常に自らを狙う凶弾を意識しなければならない。

 そして何より、挑戦を続ける気概を失ってしまえば、たちどころにその立場を奪われてしまうだろう。

 

「流石だな、タマは。私が今までで見た中で一番の仕上がりだ」

「確かに凄い仕上がりです。こう……バチバチーって音が聞こえてきそうです!」

「むむむー……でも、カイチョーだって負けてないもんねー!」

 

 上の世代からの圧力に押し潰されず。

 下の世代からの押し上げに足を掬われず。

 横の同期との席の奪い合いに負けず。

 

 何より。

 

『そして、会場の期待と興奮を一心にその身に受けるのはこの3人!』

 

 三凶(たいよう)の光に飲み込まれなかった真の強者だけが。

 今、この場に立てる。

 

『皇帝シンボリルドルフッ!!』

 

 ただ名前が呼ばれただけだというのに、ピタリと会場のざわめきが止まる。

 皇帝の一挙手一投足に誰もが目を奪われる。

 威光を見る。威厳を感じる。何より―――恐怖を感じる。

 

『ホープフルステークス、皐月賞、日本ダービー、菊花賞、大阪杯、天皇賞春そして有馬記念。無敗の三冠など途中経過に過ぎぬとばかりに、積み上げてきたG1勝利数は7。その強さ気高さを見た者は彼女をこう呼びます。“皇帝”と!! さあ、その2つ名の通りに優駿達の頂点に立って見せるか!? シンボリルドルフ!!』

 

 普段は誰に対しても物腰が柔らかく、全てのウマ娘の幸福を祈る優しい生徒会長。

 だが、同じパドックに入った者だけが、彼女の真の姿を知ることが出来る。

 

 彼女は唯一神だ。

 

 自らの下に居る人間に平等に愛を与える神。

 されど、自らと並び立つことだけは絶対に許さない嫉妬の神。

 ウマ娘は皆、(わたし)(した)において平等(はいしゃ)であると。

 

 気の弱いウマ娘では、意識すら保つことが出来ない威圧感を飛ばす暴君が本当の彼女だ。

 

「カイチョー!! ガンバレー!! 絶対はカイチョーだって証明してみせてよ!!」

「すごい…! これが本気の皇帝シンボリルドルフ……私なんかじゃ足元にも及ばない」

「ルドルフは……やっぱり凄いな。うん、一緒に走ってみたいな」

 

 神の如き皇帝。

 それだけでも、普通のウマ娘にとっては絶望的だが。

 

 三凶(さいやく)は1人だけではない。

 

『怪物マルゼンスキーッ!!』

 

 どよめきが起きる。

 しかし、それは声を上げたからではない。

 会場の観客全てが息を止めた音の変化からだ。

 なぜ? 理由は簡単。

 

 捕食者(かいぶつ)を前にすれば生き物は皆、息を潜めるものだ。

 

『朝日杯フューチュリティステークス、桜花賞、秋華賞、有馬記念、ヴィクトリアマイル、宝塚記念、スプリンターズステークスの7つの栄冠! そして何より、短距離、マイル、中距離、長距離という前代未聞の全距離G1制覇を成し遂げた“怪物”!! 今日も私達の常識を超えた走りを見せてくれるか!? マルゼンスキー!!』

 

 葦毛の怪物、シャドウロールの怪物。

 怪物という2つ名のつく者は多い。

 だが、全て()()()()()()()()

 

 断言しよう。本物に、枕詞はつかない。

 なぜか? 本物は脚色する必要などないからだ。

 

 ただの固有名詞で十分。

 本来ならば怪物という名も不要だろう。

 何故なら、マルゼンスキーという名前そのものが――

 

 ―――最速の称号だから。

 

「フレー! フレー! マルゼンさーん!! 今日もスーパーカーの走りを見せてください!!」

「ぐぬぬぬぬ……すっごい仕上がりだけど、勝つのはカイチョーだもんね!」

「ここから見てるだけでも強さが良く分かるな。もし、あの人達と走れるなら……うん、楽しそうだ」

 

 ここまでに17人のウマ娘の紹介が終わった。

 残るウマ娘は1人。

 だが、そのウマ娘の姿はどこにも見当たらない。

 

「……あれ? セキトさんはどこにいるんでしょうか?」

「迷子じゃないか? 私もここに辿り着くまでに何度か迷ったからな。心配だ」

「ふふーん、きっとコウテーに恐れをなして逃げたんだよ」

 

 最後の1名が現れないことに、観客達の間でざわめきが広がって行く。

 何かあったのだろうか。そんな声が聞こえてくるが、意外にもその声は小さい。

 その理由は簡単。

 

 セキトのファンならば、桜花賞を見た者ならば、ある可能性に辿り着くのだから。

 

「誰が逃げただと? 砂利が」

「わプ!?」

 

 得意満面の顔をしていたテイオーの頭を、大きな手がぐしゃりと撫でる。

 

「ええええぇッ!? どうしてこんなところにいるんですか!?」

「よかった、間に合ったんだな」

「ちょっと誰!? ダレ? はなしてよぉ~!」

 

 隣でチヨノオーが驚いた声を上げ、オグリが安堵の息を吐いている。

 しかし、頭を抑えつけられているテイオーには、その人物が何者かが分からない。

 

「フゥン、主役は遅れて登場するものだと相場が決まっているものだ。砂利共は、そこで黙って見ているがいい。このオレ様の――」

 

 フッと頭を抑えられていた手が退けられて、テイオーはやっとのことで頭を上げる。

 そして、このテイオー様に無礼なことを働いたのは誰だと、視線を前に向けて目撃する。

 

 ―――(あま)()ける真紅の髪を。

 

「―――天下無双の走りをな」

 

 セキトがパドックに降り立つ。

 ただそれだけで、会場の者達がドッと沸き立つ。

 これで役者は勢揃いしたと。

 

『飛将軍セキトッ!!』

 

 地鳴りのような歓声が響く。

 否、それは歓声ではなく開戦を知らしめる銅鑼(どら)の音だ。

 

『オークス、ジャパンダートダービー、天皇賞秋、ジャパンカップ、フェブラリーステークス、帝王賞、そしてジャパンカップの連覇。芝もダートも関係ない! 戦場ならば等しく将軍の征服地!! さあ、このURAファイナルの地もまた、飛将軍が征服してしまうのか!?』

 

 派手な登場、傲岸不遜な笑み。

 だというのに、今の彼女に隙というものは一切ない。

 戦場(いくさば)こそが我が大地、我が故郷、我が住処(すみか)

 

 自分の家で肩肘を張る者など居はしない。

 たとえそれが、魑魅魍魎(ちみもうりょう)のねぐらであろうと。

 将軍の心はさざ波1つ絶たない。

 

「すごいな、セキトは。こんなにワクワクする舞台なのに、いつも通りに地に足がついている」

「気負い1つなさそうなのに、あの自信満々の笑顔……これがヤエノさんが言っている火水合一というものでしょうか」

「ふーんだ。カイチョーだっていつも通りゼッコーチョーだもんね!」

 

 皇帝、怪物、将軍。

 三つの災厄(さいやく)がここに揃う。

 

「フゥン、貴様らか。わざわざ、このオレ様に負けに来たのは」

「あら、わざわざ怪物の餌になりに来たの間違いじゃないの?」

「よさないか、2人とも。小型犬のように吠えてみっともない」

 

 そして、それを討ち滅ぼさんとする勇者達も。

 

「調子に乗ってられるのも今のうちやで。いつまでも伝説がのさばっとったら時代が前に進まんやろ?」

「ふーん。でも、逃げ切っちゃえば追いつけないよね? と言っても、アタシも追い込みだけど」

 

 時代の頂点。

 優駿の頂点。

 いや、そんな大層なものではない。

 

 ここで決まることはただ1つ。

 

『さあ、全てのウマ娘がゲートに入りました!! まもなく決まります! 誰が一番強いか!? 誰が頂点(てっぺん)に立つかが!! この一戦で決まります!!』

 

 誰が一番強い奴か、それだけだ。

 

『さあ! 始まりますよ!!』

『URAファイナル決勝! 芝2400m! 左回り!』

『『最強を決める運命のゲートが今ッ!!』』

 

 さあ。

 

『―――開かれますッ!!』

 

 

 ―――勝者(シロ)敗者(クロ)つけようぜ。

 

 

 

我天下無双也(われてんかむそうなり)!!」

Mr. Crazy Breaker(じょうしきなんてひとのかってでしょ)!!」

 

『あっと!? どういうことだ!? 全員が出遅れたぞ!!』

『いえ! セキトとミスターシービーだけが出遅れていません! 抜群のスタートを切って先頭に躍り出ています!!』

『追い込みの代表格がまさかの逃げに打って出たのか!?』

 

 スタートの瞬間だった。

 ゲートという檻に囲まれ、ある種の安心感を得ていたウマ娘達にセキトが強襲をしかけた。

 普段ならば後半から入る神域(タブー)にいきなり入った、セキトの殺気。

 

 それを心に鎧を着こむ前にもろに食らったウマ娘達は大きく出遅れた。

 レースにおいて、一度たりともハナを取られたことのないマルゼンスキーですら例外ではない。

 ただ1人。

 

「アハハハ! うん、やっぱりキミ達とのレースは最高だ!!」

 

 どこまでも自然体でいる天衣無縫のウマ娘(シービー)を除いて。

 

 殺気? プレッシャー? それがアタシの走りに何か関係あるの?

 彼女に常識など通用しない。だって、彼女が興味があることは1つ。

 楽しいか、楽しくないかだけなのだから。

 

『先頭はミスターシービー! その後ろにセキト! 抜群のスタートを切ったものの、逃げという訳ではないようです。反対にミスターシービーはそのまま行くつもりか?』

『作戦通りとしたら見事なものですが、彼女のことですからねぇ。単に気まぐれかもしれませんよ』

『どちらにせよ、ミスターシービーの動向からは目が離せません。おっと、ここでシンボリルドルフが上がって来たぞ! マルゼンスキーは中団のままだ! 大丈夫か!?』

 

 少し速度を落とし、いつものように脚を溜める態勢に入るセキト。

 逆に、ガンガン行こうぜとばかりに先頭を譲る気のないミスターシービー。

 そこへ、出遅れたシンボリルドルフがゆっくりと不気味な足取りで近づいてくる。

 

『シンボリルドルフが上がって来る! 上がって来る! そして、そのままミスターシービーの前に躍り出た!!』

『これはいつもに比べて大胆な作戦を練っていましたね! いや、それともこの荒れたレース展開を即座に組みなおしたのか!?』

『先頭はシンボリルドルフ! 2番手集団にミスターシービーとセキト!! そして3番手にマルゼンスキー! 注目のタマモクロスは最後尾につけたままだ! このまま地力の差を、むざむざと見せつけられて終わってしまうのか!?』

 

 まだ、序盤だというのに先頭に立ったシンボリルドルフ。

 その普段らしからぬ行動に後方のウマ娘達は警戒し、様子見に徹する。

 ただ1人の、破天荒を除いて。

 

『ミスターシービーが仕掛けた! ハナは譲らないとばかりに速度を上げる!』

『このまま集団に居ては危険と判断しての、脱出術ですねぇ。野生の直感と言った所でしょうか!』

 

 再び先頭に躍り出ようと、ミスターシービーが速度を上げる。

 それに付随するように、先程まで尻込みしていたウマ娘達も徐々に前へと進出していく。

 

『ミスターシービーに続けとばかりに集団が前へ前へと上がって行くぞ!』

『対するシンボリルドルフに目立った動きは無し。やはり、レース展開を立て直すのが目的で先頭に立ったのでしょう』

『後は集団の先頭付近でやり過ごし、最後に差し切るいつもの王道展開を狙っている。ということでしょうか?』

 

 解説や観客達はその動きを見て、先頭集団が団子状態になると思った。

 シービーが荒らした展開をルドルフが立て直し、よく見るレース展開に戻る。

 そう、思っていた。

 

 

「―――絶対帝政(ひざまずき、こうべをたれよ)

 

 

 だが、縮まらない。

 

『しかし、変わらない! シンボリルドルフと後方の距離は変わらない!』

『後方のウマ娘が速度を緩めたのか? それともシンボリルドルフが先頭に立ち続けることを選んだのか?』

 

 観衆から見れば、ただ何も起こらなかっただけ。

 何も変わらなかっただけ。後方が仕掛けるのをやめただけにしか見えない。

 しかし、走っているウマ娘達だけは分かった。

 

(ルドルフめ…! こちらが仕掛ける道筋を全て事前に潰してきおって!)

 

 シンボリルドルフは何もしていないのではない。

 ()()()()()()()()()()

 

『しびれを切らせたミスターシービーが仕掛ける! が、変わらない! 速度を上げても! 内を突こうと! 外に回ろうと! 先頭はシンボリルドルフだ! 依然変わることなく!!』

『これは…!? 相手の動きを全てを読み切って、事前にその道筋を全て潰しているとしか思えません!! 彼女には未来が見えているとでもいうのか!?』

 

 何も起きていないように見える理由は簡単。

 目で耳で肌で感じ取った相手の動きを超越した頭脳で事前に予測し、先に手を打っているだけ。

 

 相手が速度を上げれば、同じだけ自分も速度を上げる。

 内に動くのなら、自分も内に。外に行くのなら外に。

 ただ単純に。されど、他者には未来視としか思えない精度で。

 

 後方に居る全員のウマ娘達の仕掛けを全て、事前に潰しているだけだ。

 

『おっとどうしたぁッ!? 後方のウマ娘達がみるみる速度を落としていくぞ!?』

『これはかかって無理にとばした結果、スタミナを失っているとしか思えませんねぇ。初歩的なミスと言えば初歩的なミスですよ』

『URAファイナル決勝に集まった者達が、こうもいいようにされるのは、それだけ皇帝の威圧感が凄まじいものということでしょうか!?』

 

 そして、何をやっても潰されるという状況は焦りを生み出す。

 これがダメなら、次の手段だ。それでもダメならとやっているうちにペースを乱す。

 さらに、質が悪いことに前との距離が変わらないことで、本人に無理をしている自覚がない。

 

 そして、気づいた時にはこうして全てのスタミナを失い、苦し気に(こうべ)を下げるしかない。

 まさに皇帝。逆らう者の力を奪って跪かせ、自らにその首を晒させ屈服させる。

 人の頂点。全てのウマ娘を従えるべくして生まれた存在。

 

『誰も追いつけない!! 誰も隣に立てない!! なすすべ無し!! 人は皆、皇帝に従うしかないのか!?』

『万人に逆らうことすら許さない絶対の走り!! これぞ皇帝!! これがシンボリルドルフだッ!!』

 

 

 

「―――I am Monster(アイ アム モンスター)

 

 

 

 だが、所詮。それは()()()()

 

『マルゼンスキー! マルゼンスキーだ!?

 ここでマルゼンスキーが一気に駆け上がって来たぞ!!』

 

 怪物に人の道理など通用しない。

 自分の次の手が読まれる? 知るか。とばかりに速度を上げていく。

 そこに技巧はない。純然たる力押し、上位種としての傲慢(ごうまん)慢心(まんしん)

 特殊能力などない。ただ速く走る、それだけ。

 

『当然シンボリルドルフも速度を上げる、が! 間に合わない! 間に合わない!! 怪物の疾走は誰にも止められないッ!!』

『先頭の景色は私のものだとばかりに、先頭(ていいち)に返り咲きました、マルゼンスキー!!』

 

 そんな力業だからこそ、皇帝の未来視は打ち砕かれる。

 

 原理は簡単。

 皇帝に自らの行動を読まれたとしても、止められない速度で走ればいい。

 未来が見えても、変えられなければ何の意味もないだろう?

 

 そう、あざ笑うかのように怪物は皇帝(かみ)の秩序を軽々しく踏みつぶしていく。

 

 だが、忘れることなかれ。

 怪物の進撃は―――英雄(にんげん)に止められる定めだと。

 

『しかし、マルゼンスキーの独走は許されない!! セキトがすぐさま後を追い、牽制をする!!』

『マルゼンスキーがシンボリルドルフの囲いを破って出来た隙を見逃しませんでしたねぇ!』

 

 マルゼンスキーの背中に隠れるように、ピッタリと張り付くセキト。

 まるで風よけのように怪物を利用しながら、自身も皇帝の視界から逃れる。

 そして、一度でも皇帝の前に行けばこちらものだとばかりに、クーデターを開始する。

 

『セキトがマルゼンスキーに並ぶ! 並ぶ!! そして! 一気に先頭に立ったぁッ!! いつもは終盤まで最後尾で控えているセキトが既に首位です!!』

『これは大胆な作戦にでましたねぇ! この優駿ひしめく舞台で勝つための計略か? それとも単なる苦し紛れか? この展開が吉と出るか凶と出るか、目が離せません!!』

 

 中盤では普段なら最後尾にいるウマ娘が先頭に。

 普段は先頭を駆けるウマ娘が、虎視眈々と息を潜める。

 ピラミッドの頂点が入れ替わるかのような大混乱(クーデター)

 

『まだレース中盤ですが、既にレースは大混戦を極めております!! 誰が一番に抜け出るのか!? 誰が主導権を逃げるのか、私には欠片も予想できません!!』

 

 荒れるレース。

 しかし、よくよく見れば前に居るのはいつもの面子である。

 それもそのはず。これはクーデター。

 

『先頭はセキト! 後ろ1バ身差でマルゼンスキー! その後ろにはシンボリルドルフとミスターシービーの2人の三冠バが競い合うように続く! この4人に続く後方集団は、3バ身差で集団を形成しています。このままいつもの4人の勝負となるのか!?』

 

 クーデターは支配層の中での権力闘争に過ぎない。

 ピラミッドの上部が入れ替わるだけ。

 

 だが革命は違う。

 革命とは被支配層が支配者を打ち破るということ。

 ピラミッドの底辺が頂点に入れ替わること。

 すなわち―――弱者の反乱である。

 

『いや!! 後方集団から葦毛が! タマモクロスが飛び出て来たぞ!!』

『ここが仕掛けどころと判断したんでしょう!! レース終盤に入りかけで面白い展開になってきました!!』

 

 一際目立つ葦毛が、誰もが見落としがちなちっぽけなウマ娘が。

 頂点達(てっぺん)に反逆を仕掛けた。

 

『待ってましたとばかりに、タマモクロスがシンボリルドルフとミスターシービーの背中に近づいていく!』

『素晴らしい追い上げです! ですが、シンボリルドルフの前に出るのは容易なことではありませんよ』

 

 先頭から落ちたと言っても、シンボリルドルフの先読み能力が失われたわけではない。

 ましてや、若造に自分の道を譲ってやる気など毛頭ない。

 いつものようにシンボリルドルフは生意気な民草(ウマ娘)を潰そうとする、が。

 

 

「―――雷様(かみなりさま)のお通りや!!」

 

 

 極白の電光が皇帝の掌をすり抜けていく。

 それに()()()、シンボリルドルフの目が見開かれる。

 まさか、彼女は既に至って()()()()()()と。

 

『抜いた!! タマモクロスがシンボリルドルフとミスターシービーを抜いたぞ!? まるで針の穴を縫うような挙動で抜き去ったぞッ!!』

『これは予想外でした! まさに今大会のダークホース!! そして、そのままマルゼンスキーの背も射程圏内に捉えたぞ!!』

 

 目の前に雷が落ちれば誰だって、それに目を奪われる。

 今、レース場の全ての視線を奪っているのは、もっとも小柄なウマ娘だった。

 

「目ぇ、かっ開いてよう見ときや!

 ウチがタマモクロスやッ!!」

 

 雷鳴が轟き渡る。

 おどろおどろしい雷神の声が全てを威圧するように、他のウマ娘に襲い掛かる。

 そして、それは人の理を超えた怪物ですら例外ではない。

 

『タマモクロスがマルゼンスキーを抜いた!! タマモクロスが2番手に躍り出たぞ!! さあ、残るはセキトだけだ!! このまま一気に下剋上を成し遂げてみせるのか!?』

 

 雷、かみなり、神成り(かみなり)

 URAファイナル決勝の舞台にて、タマモクロスは神へと成った。

 その才は三凶よりもなお速く、神の領域へと彼女を押し上げた。

 

『タマモクロスがセキトに並ぶ! 並ぶと分かるその差! まるで大人と子供の身長差です!!』

『ですがレースに身長は関係ありませんよ! 重要なのはどちらが速いか!! ただ、それだけです!!』

 

 以前は並ぶことが出来なかったその背に並ぶ。

 あの時は、セキトの殺気に怯えて負けてしまった。

 だが、今のタマモクロスに怯えはない。

 

 ()()()()()()()()()

 心にあるのは全能感のみ。

 まるで、自分が神になったような。

 

『タマモクロスが一気に仕掛ける!! ここは通過地点に過ぎないとばかりにセキトを抜き去っていく!!』

『先頭はタマモクロス! タマモクロス!! このまま史上最大の下剋上となるかぁあああッ!?』

 

 タマモクロスがセキトを抜き去り先頭に立つ。

 そして、さらに速度を上げて後方を突き放しにかかる。

 

「……フゥン、見事だ」

 

 いつもなら、まだ足を溜めている段階だというのに。

 

「このセキトが認めてやろう。貴様はこのオレ様を超える才を持っている」

 

 偽りの全能感に従い、足場の見えない闇に踏み込んでいく。

 

 スタミナは持つか? いける。

 脚はこの速度に耐えられるか? たぶんいける。

 作戦もなくただ走るだけで勝てるのか? きっといけ――

 

「だが―――それは今ではない」

 

 ―――いけるわけがないだろう。

 

『あっと!? どうしたタマモクロス!? 急激に速度を落としたぞ!?』

『これは心配ですねぇ。どこか怪我をしたのかもしれません!』

 

 世界一速い車だって、燃料が無くなったら徒歩にも劣る。

 どんな強固な鎧だって、無防備に攻撃を受け続ければ壊れる。

 百獣の王のライオンだって、ただ獲物を追うだけでは逃げられる。

 

 神になったような全能感?

 愚か者め。そんな小さな器に神が降りられるわけがないだろう。

 

「もっと飯を食うんだな」

 

 (うつわ)を鍛えなおせ。

 そう、言い残してセキトは無表情でタマモクロスを置いていく。

 

『急速に速度を落としたタマモクロスを尻目に再びセキトが先頭に躍り出る! そして、マルゼンスキーも抜いていく! やはり、何かトラブルがあったのでしょうか? 非常に心配です』

『期待していたんですが、非常に残念な結果になってしまいましたねぇ。後は後遺症が残らないように、すぐにメディカルチェックをしてもらいたいですねぇ』

 

 その横をマルゼンスキーが通り過ぎ、続いてミスターシービーとシンボリルドルフが続く。

 そして、ルドルフはやはりこうなったかと1人内心で嘆く。

 

 神域(タブー)は簡潔に言えば、脳のリミッターの解除。

 限界を超えると言えば聞こえはいいが、要は暴走だ。

 

 ルドルフのように超越した頭脳で筋肉の1つ1つを無理やり制御するか、シービーのように第六感(野生の感)で使い分けるか、セキトのように体を鍛えに鍛えて限界を超えた出力でも壊れないようにする。もしくはマルゼンスキーのような生まれながらの怪物ならば耐えられるだろう。

 

 そうではなければ、目の前の惨状という訳だ。

 

『トラブルがありましたが、レースは終盤! この激戦も残り数百メートルで終わってしまいます!』

『セキトがこのまま逃げ切るのか。マルゼンスキーが差すのか。それとも、シンボリルドルフかミスターシービーが追い抜くのか。私にも全く分かりません!』

 

「……………な」

 

 惜しいことだ。1年早く生まれていれば、(うつわ)が完成していたというのに。

 そうすれば、自分にとってもタマモクロスはライバルになっていただろう。

 

「…………んな」

 

 だが、彼女は神域(タブー)に辿り着くのが早すぎ――

 

 

「―――ウチをなめんなッ!!」

 

 

 瞬間、再び響き渡る雷鳴。

 すでに死んだと思っていた。

 終わったはずだったのに、稲妻は息を吹き返した。

 

『おっとぉッ!? このまま落ちていくだけだと思っていたタマモクロスが踏み止まったぞ!?』

『そして、あろうことか再度順位を上げていっています!! いやぁ、完全に終わったと思っていたんですがねぇ! 体は大丈夫なんでしょうか!?』

 

 力一杯に踏みしめられた芝が抉れる。

 そして、死んでいた瞳に再び青い光が宿る。

 そのあり得ない事態に、さしものシンボリルドルフも目を見開くしかない。

 

(再び神域(タブー)に踏み込んできただと? あの状態からどうやって……いや、そうか!)

 

 どうやって、再度神域(タブー)に入ったのか。

 そう考えるルドルフだったが、すぐに自らの勘違いに気づく。

 

(今の彼女は神域(タブー)ではなく、領域(ゾーン)を展開しているだけだ)

 

 失った体力はどう足掻いても戻らない。

 先程と同じようには走れない。

 ならば、先程より抑えて走ればいい。タマモクロスはそう考えたのだ。

 そして、それを為すために彼女は。

 

(荒唐無稽。そう思いたくなるが、間違いない。彼女は神域(タブー)領域(ゾーン)を使い分けている!)

 

 力を常時開放するのではなく、必要に応じて使い分けている。

 そうすることで、体の崩壊を未然に防いでいるのだ。

 

「へぇ、面白いことしてるね、キミ」

 

『タマモクロスがシンボリルドルフとミスターシービーを抜き、再び3位になる!! そしてぇえッ! ここでミスターシービーも続くッ!!』

『ここが勝負どころだと判断したんでしょう! 対するシンボリルドルフは、まだ早いとばかりに抑えたままです! この判断が勝負の明暗を分けるかも知れませんねぇ!!』

 

 ここに来て、火事場のクソ力を発揮したタマモクロスに、ミスターシービーが面白そうに語りかける。それに対して、タマモクロスの方は何の反応も返さないがミスターシービーは気にしない。むしろ、1人で勝手にテンションを上げている。

 

「じゃ、アタシも―――奥の手を見せよっか

 

 瞬間、ミスターシービーの姿がぶれる。

 否、残像が見える程の速さで一気に加速したのだ。

 

『競り合うタマモクロスとミスターシービー! 先に抜け出たのはミスターシービーの方だ!! タマモクロスを置いて、2番手のマルゼンスキーに一気に並びます!!』

『マルゼンスキーも引き剥がそうと加速するが、まるで影のように迫り、ピッタリと離れません!! ミスターシービーッ!!』

 

 不自然な程に急激な加速。

 ただ単に神域(タブー)を使っただけではこうはならない。

 まるで、全てのステータスをスピードだけに割り振ったかのような不自然な挙動。

 

(まさか…! そういうことか!?)

 

 その異常性に心底驚くシンボリルドルフだったが、彼女の頭脳は一瞬でその仕組みを理解した。

 

(体中のエネルギーを集めて全て脚に回しているとはな! 考えたな、シービー!!)

 

 ミスターシービーのやっていることは簡潔に言えば、ウマソウルの力の一点集中化。

 仮にゲームのようなものに例えるとすれば、スピードのステータスに他のステータス分の数値を移動させてきているのだ。スピード1600、パワー1600のステータスをスピード2000、パワー1200と言った風に。

 

『マルゼンスキーを抜いた! マルゼンスキーを抜いた!! ミスターシービーがマルゼンスキーを抜いて2位になったッ!!』

『そのまま間髪を入れずに、セキトの首を狙いに行く!! その後ろにタマモクロスが負けじと続く!!』

『旧時代の意地を見せるか、ミスターシービーッ!?

新時代を呼ぶ嵐となるか、タマモクロスッ!?』

 

「アハハハ! さあ、もっともっとモットッ! 楽しもっか!!」

「やかましいッ! どいつもこいつもまとめて、ウチがいてこましたるわッ!!」

 

 古き世代の想いを背負ってミスターシービーが駆ける。

 新しい世代の到来を告げるかのようにタマモクロスが吠える。

 最強は己だと、見るもの全てに証明するように走る。

 

『シービーがセキトに並ぶ!! タマモクロスもだ!!』

『抜きました!! 今、セキトを抜き去りミスターシービーが先頭に、そしてタマモクロスがハナ差で続くッ!! しかし、セキトも諦めない!!』

『セキトとマルゼンスキーが並ぶ! そして、負けじとシンボリルドルフも並んでくる!! 3人が横並びで先頭を目指す! しかし、先頭は依然ミスターシービーとタマモクロスのままだ!! 最強の称号はこの2人のどちらかの手に渡るのか!?』

 

 最強の称号まであと少し。

 この最終直線で全てが決まる。

 誰もが、ミスターシービーとタマモクロスに目線を集中させる。

 

 舞台の中心はまさに2人だけ。

 このまま勝負が決まる。

 もはや、2人を止められる者など――

 

 

 

ゆいいつ(Eclipse)

抜きん出て(first)

並ぶ者(the rest)

 

 

「「「無し(nowhere)」」」

 

 

 ()()()3()()()()()()()

 

 

『いえッ! まだです!! まだ三強(さんきょう)の脚が残っていました!!』

『最強の座は譲らないとばかりに3人で並んで加速していきます!! まるで3人で協力し合っているような加速ですッ!!』

 

 最強(さいきょう)? それがどうしたこっちは最凶(さいきょう)だぞ。

 そう言わんとばかりに三凶(さんきょう)がマルゼンスキーを筆頭に先頭に迫って行く。

 

「ッ! やっぱ、あんたらはまだ終わらんわな…!」

「うふふ、当然よ。この程度で終われるなら、(わざわ)いなんて呼ばれてないわ!」

 

 魑魅魍魎(ちみもうりょう)百鬼夜行(ひゃっきやこう)。もしくは地獄の軍勢か。

 たった3人に詰められているだけだというのに、タマモクロスにはそうとしか見えなかった。

 

『どんどん速くなっていく! どんどん加速していく!! 三強が信じられぬ速度で猛追していきます!! 一体どこにそんな力が眠っていたのでしょうか!?』

『お互いがお互いに負けてたまるかと、根性で速度を上げ続けているんでしょう! いやぁ、これ程の追い比べは私も初めて見ました!!』

 

 三凶が並んだ途端に速度を上げ続け始めた理由は簡単。

 お前だけには負けられないと、負けん気を発揮しているからだ。

 セキトが前に行けば、シンボリルドルフが追い、それをマルゼンスキーが邪魔をする。

 

 自分以外の2人を追い越すために限界を超えれば、相手も限界を超えて来る。

 覚醒に対して覚醒で対抗してくるために起きる現象。

 ラスボスが主人公補正を持てばこうなるという、相手にとっての最悪の悪夢。

 故に最凶。

 

「シービー、タマモクロス。1つ忠告をしておこう」

 

 シンボリルドルフが静かに語りかける。

 レース中だというのに、まるで茶の間で優雅に寛いでいるかのような気軽さで。

 

「『奥の手とは、先に出した方が負けるのだ』」

 

 去年のジャパンカップで、セキトに言われた台詞を告げるのだった。

 

『シンボリルドルフがここで三強の先団を抜け出した!! まるで先程のミスターシービーやタマモクロスのような急加速です!』

『タマモクロスとミスターシービーを抜き去り! 一気に先頭に立つシンボリルドルフ! このまま決まるか!?』

 

 そして、タマモクロスが見せた領域(ゾーン)神域(タブー)の使い分け。

 ミスターシービーが使った能力(ステータス)の一極化を使用してみせる。

 

「こんな風に、真似をされてね…?」

「アハハハ! 流石は皇帝様だね。でも―――」

 

 ルドルフに真似をされるのは想定内だったのか、まだ勝気な笑みを崩さないシービー。

 その不敵さこそが彼女の心理的アドバンテージなのだが。

 

『だが終わらない!! 終わらせない!! 1人勝ちは許さないとばかりに、セキトとマルゼンスキーも()()()()()駆け上がってきた!! 先頭は三強ッ!! 再び三人が横並び一線になったッ!!』

 

「ルドルフに出来てオレ様に出来んことなど、何もないわ!」

「へぇ、こんな走り方もあるんだ。ありがとね、タマちゃんにシービーちゃん」

「………うそぉ」

「バケモンや……あんたら」

 

 流石に3人全員にコピーされては、タマと一緒に引きつる顔を隠すことが出来なかった。

 

『やはり! 期待通りに! 約束通りに!! 最後はこの3人だ!!』

『シンボリルドルフか!? セキトか!? それともマルゼンスキーか!? 頂点に立つのは3人のうちの誰なのか!?』

 

 桁が、格が、世界が、違う。

 憧れ、怖れ、敬われ、誰もが彼女達の走りを、その目に脳に焼き付けた。

 故に人々は彼女達のことを、こう言う。

 

『“最強(さいきょう)の世代”ッ!! その玉座は誰の手に渡るのかッ!?』

 

 “最凶(さいきょう)の世代”と。

 

『残り100メートルゥッ!! 先頭は変わらず三強(さんきょう)ッ!! ミスターシービーとタマモクロスも必死に追うが、縮まらない! 縮められない!! 距離以上の差が彼女達にはある!! これが三強!! これぞ三強!!』

 

 いつの日にか、彼女達と戦ったウマ娘達は胸を張って言うようになるだろう。

 悔しさを押し殺し、憧れと嫉妬に胸を焦がしながら。

 

 

『この時代の名が―――三凶(さんきょう)だッ!!』

 

 

 私達は―――三凶(さんきょう)に負けたのだと。

 

「「「――――ッ!!」」」

 

 声にならない雄たけびを上げ、三凶が走る。

 マルゼンスキーが前に行ったと思えば、シンボリルドルフが差す。

 シンボリルドルフが抜け出たと見れば、すかさずセキトがまくり上げる。

 セキトが追い抜いたと瞬間に、マルゼンスキーが差し返してくる。

 

『ゴール板まで後少し! 後少しッ!! セキトか!? マルゼンスキーか!? シンボリルドルフか!? ハナ差も離れていないぞ!!』

『誰だ!? 誰だッ!? だれだッ!! 先頭はッ!!』

『横並び一直線ッ!! 大接戦デッドヒートォオオオッ!?』

 

 一進一退。否、本当は誰かが前に出たりなどしていないのではないか。

 そもそも、3人は本当に別人なのか。同一人物なのではないかと思う程に近く。

 もつれにもつれたまま、3人が最後の一歩を踏み出す。

 

 さあ。

 

「勝つのは――」

 

 三人の女神が微笑みかけるのは。

 

「最強は――」

 

 勝利の女神が口づけを送るのは。

 

「―――オレ様(わたし)()ッ!!」

 

 

 

 

 

 ここで決めるには距離が短すぎる。

 

 

 

 

 

『同着です! 同着です!! なんと、3人が同着という結果になりました!! 繰り返します! 写真判定の結果はセキト、マルゼンスキー、シンボリルドルフの同着ですッ!!』

 

 ざわめきが会場を埋め尽くす。

 だが、それは熱気に包まれたものではなく、どこか冷めたものだった。

 

『いやー……まさかまさかの展開です。3人同着は過去にもありましたが、まさかこの大舞台で見ることになろうとは……完全に予想外です』

『URA公式ルールでは同着の場合は、同着となった全員を1着として扱うことになっています。つまり、セキト、マルゼンスキー、シンボリルドルフが1着。そこから4着5着と決まります』

 

 困惑、動揺、そのどちらとも似つかぬ感情が観衆の心の中に渦巻く。

 こんな、こんな結末でいいのか?

 こんなありふれた結末で?

 仲良くおて手を繋いで一緒にゴールなんて、そんな幼稚な結末など。

 

「認められるかッ!!」

 

 認められるはずなどない。

 

「私達の結末がこのような無味乾燥で無味単調な興味索然としたもので終わっていいのか!? いいはずがないだろうッ!!」

 

 静まり返った会場に怒れる獅子の咆哮が響き渡る。

 そこにはいつもの完璧を絵にかいたようなシンボリルドルフはいなかった。

 居るのは獅子(ライオン)だ。

 

 (たてがみ)を振り乱し、見るもの全てを怖気づかせる表情で怒声を上げる。

 その普段からのあまりの代わり様に、彼女の本性を知らない人間は驚愕で唖然とし、逆に彼女の本性を知る人間は、優等生を取り繕うことも忘れたその怒りの大きさに震えあがる。

 

「ちょ、ちょっと、ルドルフ! 落ち着きなさい!」

「これが落ち着けるか! それともマルゼンスキー。君はこんな終わり方で良いとでも言うのか!?」

「それは………」

 

 暴走気味に叫び声を上げるルドルフを慌てて諫めるマルゼンスキー。

 しかし、こんな終わり方でいいのかと食って掛かられると、声を詰まらせる。

 

「どうなんだ!? ハッキリと言え!!」

「………いいわけないじゃない。私だって、白黒つけたいわよ!」

 

 そして、本音を吐露する。

 彼女だってそうだ。

 この日のために、ライバルに勝つために努力を積み上げてきた。

 

「あなたに! セキトちゃんに! 勝つために今日まで走ってきたんだから!!」

 

 全ては勝つため。全ては勝利のために。

 今までただひたすらに駆け抜けてきたのだ。

 

「私だってこんな中途半端な結果は納得いかないわ!! でも――」

 

 それでも予め決まったルールで、それを承諾して選手として戦ったのだ。

 一度出た結果は何があっても変えられない。

 それはスポーツ選手として脅かしてはならない鉄則だ。

 だから。

 

「フゥン、貴様らは勉強は出来るようだが、どうやらオレ様より頭が悪いらしいな」

「セキトちゃん?」

 

 このレースが引き分けなのは仕方がない。

 だが、しかし。

 

マッチレース(優勝決定戦)だ」

 

 勝手にもう1レースする分には構わないだろう?

 

「…! そうか、そうだな。私達3人でのマッチレースなら……決着をつけられる」

「待って! 確かにそれなら決着はつくけど、URAのルール上は出来ないわ」

 

 マッチレースとは一対一での勝負。または、少数での対決を指す言葉だ。

 映像技術が未熟だった時代などは、同着だった場合に優勝決定戦として、同着同士でマッチレースが行われていたりもした。

 しかし、原則5人以上でなければレースを行えない現代日本では、公式では行われることはない。

 

「別にオレ様達だけでやるのだから、トレセン学園でやればいいだろう」

「………そうね、それなら誰にも迷惑をかけないわね」

 

 そのマッチレースをやろうと言うのだ。

 公式が許さないのなら、非公式に自分達だけで。

 ―――観客なんて1人もいない状態で。

 

「ええっ! トレセン学園でもう一回やるの!? 早く戻って見に行かないと!」

「え? 今すぐなんですか!? わわ! 早く帰る準備をしないと!」

「……このままここでやらないのか? なら、学園に帰らないとな」

 

 誰かが呟いたトレセン学園に早く行こうという言葉。

 それはあっという間に観衆たちの間に広がって行った。

 

「トレセン学園で続きをやるのか? なあ、トレセン学園ってどうやって行くんだ?」

「マジかぁ……私トレセン学園の生徒じゃないけど入れるかな」

「おいおい、急がないと乗り遅れるぞ!」

「入場制限があるって本当か? 冗談じゃないぞ! こんな面白いものを見落とせるか!!」

 

 誰も確かな情報を持っていない。

 それぞれが憶測交じりに話すから、話がどんどんとあらぬ方向へと膨らんでいく。

 あっという間にレース場は大混乱へと陥りかける。

 

「こうしちゃいられない! 早く行かないと!!」

「ちょっ! 押すなって危ないだろ!?」

「だ、誰かうちの子供を見ていませんか!? 栗毛の子なんです!」

「パパー! ねぇ、パパどこー!?」

 

 このままではあわや暴動になる。

 その事態に気づいたルドルフが我に戻り、慌てて止めようと動き出すが。

 彼女の声が届く前に。

 

「皆のもの! 静粛にッ!!」

 

 幼くとも威厳のある声が、拡声器によって会場全体に届けられる。

 

「清聴!! 私はトレセン学園理事長! 秋川やよいであるッ!!」

 

 秋川やよい。トレセン学園現理事長にして、このURAファイナルの発案者である。

 見た目は幼児だが、URAファイナル発足当初から前面に出てアピールしてきた彼女を知る者は多い。

 故に、暴動寸前までいった観客達も我に返り彼女の声に耳を傾ける。

 

「感謝! 私の話を聞いていただき、感激の極み!

 結論!! 彼女達のマッチレースは()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 学園理事長直々の禁止令。

 当然、生徒であるセキト達には逆らうことなど出来ない。

 しかし、そうは言われても納得など出来るはずがない。

 

「秋川理事長! それは横暴というものだ!! 例え三女神であろうとも、私達の決着を邪魔立てなどさせるものか!?」

「ル、ルドルフ! 理事長さんに失礼よ!」

「フゥン、今回ばかりはルドルフの意見に全面的に同意だな。オレ様の邪魔をするなら女神も悪魔も諸共に斬り伏せるだけよ」

「セキトちゃんまで!」

 

 今だ興奮が冷めずに、ライオンモードで食って掛かるルドルフにそれに便乗するセキト。

 生来の常識人ぷりで、何とか場を収めようとするマルゼンスキー。

 そんな3人に対して理事長は怯むことなく言葉を続ける。

 

「陳謝! 説明が足りなかった。君達の決着は―――ここでつけてもらう!!」

 

 理事長の宣言。

 それに一瞬、会場が静まり返ったかと思うと、すぐに爆発するような歓声に包まれる。

 

「秋川理事長………不躾な真似をして、申し訳ございませんでした」

「私情! 君達の決着が誰の目にも映らない場所でなど、あまりに惜しい!」

 

 冷静になり謝罪するルドルフに微笑みかける理事長。

 

「フゥン……悪くない」

「世情! このままでは観客に不慮の事態が起きかねないと判断!」

 

 不敵に笑うセキトに、幼いながらも冷静な判断を見せる理事長。

 

「ご、ごめんなさいね、私達のせいで」

「責任は全て私が持つ!! 君達ウマ娘は全身全霊で駆けてくれればいい!! それこそが私の願いだッ!!」

 

 マルゼンスキーの謝罪に、気にするなと胸を張る理事長。

 

 彼女は全てのウマ娘を愛している。

 そう言っても過言ではない理事長のウマ娘愛の前に、責任という2文字はあまりに軽すぎた。

 否、そもそも彼女は既にそれを背負っているからこそ、トレセン学園理事長なのだ。

 

「最終確認!! このレースは非公式! 歴史には残らない一戦! 記録としてはURAの公式ルールとしての同着として扱うことになる。順位もトロフィーも賞金も、今から行われるレースには何一つとして影響を及ぼすことはない。それでも、それでも! 君達は走るのか!?」

 

 手に持った扇をビシリと差し向け、3人に心を透かすような瞳を向ける理事長。

 一転して物音一つしなくなる会場。

 観客は息も忘れ、セキト、ルドルフ、マルゼンの返答を待つ。

 

 数瞬か数刻か、あるいは那由他の時が流れたのか。

 時計すら針を刻むのを忘れたかのような静寂の後、3人の口が開かれる。

 

「地位も」

 

 シンボリルドルフが。

 

「名誉も」

 

 マルゼンスキーが。

 

「財産も」

 

 セキトが。

 

「いらない」

 

 口にする。

 

「欲しいものは」

 

 心に、魂にたぎる。

 

「ただ1つ」

 

 願いを。

 

「「「―――勝利」」」

 

 頂点に立つ。

 そんな、どこまでも純粋な宝物の様な想いを。

 その胸が張り裂けんばかりの情熱を込めて。

 

「「「君に勝ちたいッ!!」」」

 

 謳い上げる。

 

「いいぞー!! その言葉が聞きたかった!!」

「最高の勝負を!! 最高の結末を見せてくれー!!」

「セキトーッ! マルゼンスキーッ!! シンボリルドルフーッ!!」

「いつか…いつの日か……私も……あんな風に」

 

 3人の言葉が導火線につける火だったのか。

 大歓声と涙が爆発する会場。

 そんな中、3人は新たに準備されたゲートに入る前に、それぞれのトレーナーの下に向かう。

 

「すまないね、トレーナー君。こんな大事にしてしまって」

「ごめんなさいね、トレーナーちゃん。またわがまま言っちゃった」

「陳宮……いや、トレーナー。今回は文句を言うな。()()()()

 

 マッチレース、優勝決定戦。

 字面で言えば、非常に盛り上がるものだ。

 だが、全力で走った後にすぐに再戦するというのは、体に非常に負荷がかかる。

 

 このレースが現在においてほぼ行われていないのは、過去このレース中に再起不能になったウマ娘が出たからである。

 

 勝ったところで何のうま味もない。

 むしろリスクが増えるだけ。

 故にトレーナーとしては止めるべきだ。

 3人共頭では、そう結論が出ていた。

 だが。

 

 ―――勝て。

 

 口から出たのはそんな言葉だった。

 

「…ッ! ああ、絶対を証明してこよう」

「ええ、ブイブイ飛ばしてぶっちぎってくるわ!」

「フゥン、誰にものを言っている。オレ様は天下無双だぞ?」

 

 トレーナーだってウマ娘達と同じだ。

 

 君と勝ちたい。

 君に勝ちたい。

 君を勝たせたい。

 

 その心にだけは嘘をつくことが出来ない。

 

『さあ!! 再びシンボリルドルフ、マルゼンスキー、セキトがゲートに入りました!! 僭越ながら実況は私が、解説は場主さんがこのまま続けさせていただきます!』

『再び2400mを走ることになる3人ですが、とにかく無事に走り切って欲しい。それだけです』

 

 三凶が、否、ただの3人のウマ娘がゲートに並ぶ。

 全力で走った後、完璧には程遠いコンディション。

 だが、完璧でないからこそ完璧を超える走りができる。

 

『本日2度目のゲートが、夢の続きへの扉が今――』

 

 そんな偽りの全能感に3人は。

 

『―――開かれますッ!!』

 

 身を任せる。

 

『3人同時に飛び出した! そしてそのまま横並びに駆けだしていく!! 作戦などない!! 最初から全速全開!! これは意地の張り合いだと言わんばかりのデッドヒートッ!!』

『ここまで来れば技術よりも根性。意志の力が何よりも試されますよ!』

 

 並んだまま走り出していく3人。

 脇目などふらない。相手も見ない。

 ただ、まっすぐにゴールだけを目指して走って行く。

 だというのに、3人にはお互いの考えていることが分かった。

 

『速い速すぎるぞ! レースはあっという間に中盤に差し掛かります!! そして、ここまで3人共が前に出ることも後ろに下がることもしていません!! まるで少しでも引けば、そこで終わりだと言わんばかりの気迫ッ!!』

『3人共体力の限界に近いというのに、よくやるものです!』

 

 思えば、自分達が出会ったのは奇跡だったのかもしれない。

 

絶対(さいきょう)を証明してみせろ! 皇帝シンボリルドルフ!!』

 

 もし、君達と出会わなければ私は孤独(ぜったい)な皇帝だっただろう。

 レースに1人で勝って、1人で喜ぶ。

 強すぎるが故に退屈だと言われる、誰も魅せられない孤高の絶対王者。

 

『モンスターエンジン全開だ! 怪物マルゼンスキー!!』

 

 もし、あなた達と出会えなかったら、私はただ恐れられるだけの怪物だった。

 誰もついてこれない。誰も一緒に走ってくれない。

 強いだけで何の楽しみも無い走りをするだけ、そんな心が空っぽのモンスター。

 

『天下無双の走りはここに! 飛将軍セキト!!』

 

 もし、貴様らと出会わなければ、オレ様は強さを勘違いしたままの将軍だった。

 ただ弱者を踏みにじるだけで、守る強さを知らない。

 敗北を知らないままに生き、その心の脆弱さから一生目を背けたままの愚将。

 

『現在1600m! やはりと言うべきか、ここまで誰も脱落していません!!』

『これはこのまま最終直線までもつれ込みそうですねぇ!』

 

 君達に出会って敗北の悔しさを知った。

 あなた達に出会って勝利の喜びを知った。

 貴様らに出会って競い合う楽しさを知った。

 

『2000m!! ひょっとして、このまま、また同着になってしまうのか!? 体力の限界を超えているはず! それとも、限界などないのか!? いや、3人で限界を超え続けているのか!?』

 

 ―――ありがとう。

 

『肩が触れ合う程に近く! 荒い心臓の音が聞こえそうな程に3人の距離は近い! 僅かな差すら私の目には見えません!!』

『さあ! 最終コーナーに入ってきましたよ!! ここから抜け出ることが出来るのでしょうか!?』

 

 君達に出会えたから。

 あなた達に出会えたから。

 貴様らに出会えたから。

 

 ―――ここまで強くなれた!

 

『最終直線! 笑っています!! 笑っています!! これ程の死闘の最中に! まるで子供のように!! 子どもが無邪気にかけっこをするかのように! 3人が笑っていますッ!!』

『なぜでしょうか! 私、涙が止まりません!!』

 

 ありがとう。

 友達になってくれて。

 

 ありがとう。

 ライバルになってくれて。

 

 ありがとう。

 傍に居てくれて。

 

『ゴールまでもう僅かッ!! 誰か抜け出るのか!? それとも、このまま決着がつかないのか!? 何度でも戦い続けるのか!?』

『どんな結末でも! どんな結果でも! 私はこのレースを一生忘れませんッ!!』

 

 ありがとう。

 この気持ちに嘘はないし、一生忘れないわ。

 だが、例え友であっても。

 

 ―――勝利だけは譲れない!!

 

「オオオオオオッ!!」

「ハァアアアアッ!!」

「うぉおおおおッ!!」

 

 技術も体力もない。

 あるのは気力だけ。

 そんな中で3人は血反吐を吐くような叫びを上げながら、踏み込んでいく。

 

『シンボリルドルフか!? マルゼンスキーか!? それともセキトか!? はたまた同着か!?』

 

 もはや、ゴールまで両手の指で数えられる程の歩数しかない。

 3人は直感した。このまま行けば再び同着だと。

 そして、それならまた走るだけだとも思った。

 常識的に考えれば、この予測は裏切れない。

 だから――

 

 

 

「飛べぇえええええッ!! セキトォオオオッ!!」

 

 

 

「陳宮ゥッ!!」

 

 ―――常識を飛び越える必要がある。

 

『なッ!? セキトがその身をゴールに投げ出したぁああッ!?』

 

 耳に飛び込んできた陳宮の金切り声に対し、一切躊躇することなくセキトは飛ぶ。

 ゴールの地面に顔面からツッコむ形になろうとお構いなしに。

 飛将軍、その名の通りに空を飛ぶ。

 

 そして。

 

 

 

 

 

『セキトです! セキトです!! セキトですッ!!

 1着はセキトですッ! セキトの勝利ッ!!

 セキト1着! セキト1着!! セキト1着ッ!!』

 

 泥に塗れ、地面に顔を押し付けたままセキトは自身の勝利を知った。

 

『URAファイナル決勝・優勝決定戦! 勝者はセキトです!!

 2位はシンボリルドルフとマルゼンスキーの同着です!!』

『今、セキトのトレーナーが倒れ伏したままのセキトの下へ駆け出していきます。そして、シンボリルドルフとマルゼンスキーのトレーナーも自らの担当の下へと一目散に向かっていきます』

 

 地面にうつぶせになったまま動こうとしないセキトに心配が集まる中、陳宮は大声で呼びかけながら走って行く。

 

「……案ずるな、陳宮。疲れ果てて動く気がせんだけだ」

 

 陳宮がセキトを助け起こすと、当の本人は周りの心配とは裏腹に憮然とした表情で返事を返す。

 しかし、心配なものは心配だと、陳宮はなおもどこか怪我はしていないかと念入りに確認しようとするのだが、大丈夫だとばかりに本人にその手を抑えられてしまう。

 

「良いと言っている。そんなことよりもだ、陳宮………オレ様は強かったか?」

 

 まるで大人の貴婦人のような、普段の彼女からは想像できない柔らかな笑み。

 それに対し、陳宮は子供が泣くのを我慢するように、顔面をくしゃくしゃにして鼻をすする。

 そして、気を抜けばすぐに漏れ出てしまう嗚咽を抑え、万感の想いを込めて答えるのだった。

 

 

 ―――天下無双にございます!

 

 

「……フゥン、知っている」

 

 陳宮の手を取り立ち上がりながら、セキトは満足そうに1つ温和な笑みを溢す。

 そして、今度は一転してガキっぽい笑みを浮かべて、ルドルフとマルゼンに声をかける。

 

「どうだ? これがオレ様からのクリスマスプレゼントのお返しだ!」

「………君は意外と根深いな。うむ、陰湿と言い換えてもいい」

「そうねぇ、まだまだお子ちゃまって感じねー」

「はり倒すぞ、貴様ら」

 

 そんなセキトに対し、2人は若干おどけた感じで返事をする。

 敗北に対してさほど堪えていないように見えた。

 が、それもつかの間。

 

「だが、そうか……私の負けか……」

「そうね、私達の負け……」

 

 まるでダムが決壊したかのように肩を震わせ始め、小さな小さな声で呟く。

 

「どんな終わり方でも…誰が勝っても……笑顔でおめでとうと言うつもりだった」

「私も……そうね。でも……無理ね。だって……」

 

 全てを出し切った中でも最後に残った、否、最後に湧き出て来た感情を。

 勝者への賛辞として吐き出す。

 

「悔しいなぁ…!」

「悔しいわ…ッ」

 

 ボロボロと意思とは無関係に零れ落ちてくる涙。

 それを必死に止めようと拭いながら、2人は祝辞(うらみごと)を述べる。

 

「勝ちたかった……勝ちたかった…! 他の誰でもない…君達に勝ちたかった…!!」

「生まれて初めてよ……こんなに悔しいと思ったのは…ッ。ああ! どうして! どうして!?

 どうして私の足はあと一歩が踏み出せなかったのッ!?」

 

 一度溢れ出した涙は、悲しみは決して元には戻らない。

 子どもどころか幼児に戻ったように、2人はわんわんと大泣きする。

 そして、それにつられた様にセキトの目にも涙が溢れて来る。

 

「フ……ハハ…ハハハッ!! ざ、ざまあみろ! オレ様のガヂだッ!!」

「ああ…! そうだ…悔しいよ…ッ!」

「ぐやじいわ……しぬほど…ッ」

 

 3人は誰が言うまでもなく、抱きしめ合い涙と鼻水を流す。

 

「セキトの勝ちー!」

「悔しいなぁッ!!」

「悔しいわぁッ!!」

 

 皇帝が、怪物が、将軍が。

 目を真っ赤に泣き腫らして、周りのことなど気にせずに泣き叫ぶ。

 少女が赤子のように泣いているだけ。

 だというのに、それはどこか絵画のような美しさがあった。

 

「次は私が勝つッ!!」

「いいえ! 勝つのは私よッ!!」

「フハハハハ!! 何度でも返り討ちにしてくれるわッ!!」

 

 一頻り泣き合った後、ルドルフとマルゼンが自分達のトレーナー、そして陳宮に目配せをする。

 それに無言で頷き、トレーナー達はセキトの下へと近づいていく。

 そして、集まった全員でおもむろにセキトを抱き上げるのだった。

 

「ぬわ! な、なんだ!?」

「胴上げよ。しっかり宙を舞いなさい」

「ああ、堂々としていないと、うっかり手を滑らしてしまうかもしれないぞ」

「フゥン! 誰にものを言っている。天下無双の胴上げを見せてくれるわ!!」

 

 天下無双の胴上げってなんだよ、とツッコむ人間はここにはいない。

 もう、なんかみんなテンションがおかしくなっていた。

 トレーナー陣も顔にしっかりボロ泣きをした跡が残っているのだから、冷静な人間はどこにもいない。

 そして、それは観衆も同じだった。

 

「おめでとー! ショウグン! カイチョーが負けたのはすっごく悔しいけど、それでもおめでとー!!」

「おめでとうございます! セキトさん! 私なんかが語るのもあれですが……とにかく感動しました!!」

「おめでとう、セキト! いつか、私も……君達のような人の心に残るレースをしたい」

 

 まだ顔しか見えぬ芽吹きが祝福のエールを送り。

 

「かぁー! 見せつけてくれよって! これが大根役者と千両役者の違いかいな」

「白い稲妻だけにってやつ?」

「そうそう、うちの髪の毛が真っ白ーい大根とそっくりで、て! 誰が白い大根や!!」

「アハハハ! いい、ノリツッコみ。ま、期待してるよ、アタシの後継者として。……千両役者だって、誰でも最初は大根役者なんだから」

「なんや、応援してくれるんか……ん? 後継者? は? あんた引退するん?」

「あ、エースも来てたんだ。おーい! エース!」

「て、説明ぐらいしていかんかい!?」

 

 古い時代の落ち葉が地に落ち、新しい時代の花の養分となる。

 

「感動をありがとう! この日を私達は一生忘れません!!」

「ありがとう! セキトありがとう!」

「シンボリルドルフもマルゼンスキーもカッコよかったぞー!!」

「すごかったです! もう! 本当に! すごく、すごかったです!!」

「ねえ、パパ! 私もいつかこんなレースできるかなぁ!!」

「……ああ、出来るさ。パパの娘なんだから、絶対に」

 

 そして、それを見守る人々が大いなる実りに歓喜の声を上げ、自らの夢を乗せる。

 

『今! 高々とセキトが宙に舞います!

 いえ、飛びます!

 飛将軍セキトが高々と空を飛びます!』

『1回! 2回! 3回!! まだ飛び続けます! 余程嬉しいのでしょう!!』

 

 このレースは、この結果は記録には残らない。

 ただの自己満足のための戦いだった。

 だが、それでも。

 

『先に謝っておきます! 私がこれから叫ぶのは非公式の結果です!!』

『ええ、ですが私達の心の中の真実です!』

 

 この場に居る全ての人々の記憶に残り続けるだろう。

 セキトこそが。

 

 

『URAファイナル決勝のただ1人の勝者は!!

 紛うことなき優駿の頂点に立ったのは!!

 天下無双の飛将軍! セキトだぁあああッ!!』

 

 

 最強のウマ娘であると。

 

 

 

                   ~FIN~

 

 




一旦完結です。別シナリオは考え中。
感想・評価をお願いします!

下は後書きになります。




〇全体総括
 レースって難しいですね。同じ展開を無くそうと書いたらアイディアが無くなる。
 解説の言葉回しも、使えば使う程にアイディアが無くなるし。
 昔はスポーツ漫画を読んで、「5秒の間にどれだけ考えてんだよ(笑)」とか思っていましたが、今なら分かります。
 そうでもしないと色々と書けない。
 ただ、解説や実況を入れれば、台詞での説明をいわゆるモブに解説させすぎ問題が解決できることが分かりよかった。仕事としてやらせれば、誰も違和感持たないよね。


キャラ解説

〇セキト
 最初は海馬社長がブルーアイズホワイトホースのトレーナーになって、トウィンクルシリーズを遊戯トレーナー達と戦う予定でした。でも、名前が長すぎるので没に。後、トレーナーの方が絶対目立つのでやめました。その後、紆余曲折を経て赤兎馬を元ネタに書くことに。
 海馬社長はセキトの性格のモチーフとなりました。因みに、セキトのモチーフの1つには、うちはマダラも混ざっています。まあ、砂利呼びぐらいにしか生きていませんが。
 性格はオレ様系だけど、ギャップが出るようにアホの子に。まあ、アホの子成分がないとただのラスボスになるので。またアホの子にするために、親殺しの罪で内心ナイーブな所があるように、序盤から仕込んでおいて、内面は子供のままに調整。後、ボッチ。
 女の子なので作者の信念的に酷いことはしたくないので、過去編はちょっと泣きながら書きました。男主人公ならウッキウキで地獄に蹴落とせたのに。やっぱり屈強な男を曇らせる方が作者にはあってます。

〇陳宮(トレーナー)
 本名・性別共に不明の存在。ウマ娘化したらメイショウフメイになる。
 読者のアバターにしようと書いていたんですが、何か濃いキャラになった。まあ、モルモットに比べれば普通の人間なので、そのまま行くことに。
 なんか予定になかったけど、感想欄で死ぬのではと予測する読者が多かったので、期待に応えて始末しようとしたけど、セキトのパパが死の運命を陳宮の分まで持って行ってくれたのでセーフに。(メタ的には死にかけてもセキトが救うのは決まっているので、正直書くのは蛇足かなと思って没に)
 ただ作者にウマ娘がダメなら、トレーナーを曇らせればいいという発想を与えてくださった読者の皆様には感謝の言葉しかありません。次回作に活かします。

〇マルゼンスキー
 何気に書くのが難しいナウな言語。
 やはり、彼女は時代の7馬身先を行っている。
 セキトの初めて(敗北)の相手。シナリオを見て、対等なライバルが居るイケイケマルゼンさんを書きたいなと思って、セキトのライバルに。
 ボケにツッコみにフォローとありとあらゆることを書ける、ゲキマブな女性。
 因みに、作者的には一番の才能の持ち主ということで設定しています。
 有馬記念はもし、有馬記念を走っていたらの妄想で書きました。
 生来の優しさでみんなのお姉さんをしているけど、一皮むけば怪物に。
 そんなお姉さんは好きですか?

〇シンボリルドルフ
 四字熟語、ギャグと何気に書く際に要求してくることが多い暴君。
 ただ、少々暴走しても、お茶目ですませられるキャラなので助かります。
 『オレはカツラギエース』の方でも書いていますが、ライオンモードが見たいのでライバルいっぱいな環境にぶち込みました。やったね、ルナちゃん!
 ジャパンカップを負けさせたことで、多分作者はブラックリスト入り。
 合計3回もルドルフのジャパンカップ負けを書いているのは自分だけという自信があります。
 お茶目で頼りになる会長。でも、本気で喧嘩が出来る相手にははめをはずす。
 煽り過ぎ? ルナちゃんだって今まで対等の友達がいなくて距離感掴み損ねてるんだよ……。
 後、身近に参考に出来そうなのが、シリウスという会長には全力煽りしてきてる子しかいないので、そういうものかと天然で思ってそう。

〇ミスターシービー
 ルドルフ世代書くなら、自ずと書きたくなるので登場させました。
 実装おめでとう! 取りあえず80連ほど回したら3冠馬が2体来てくれました。
 ナリタブライアンっていう子なんですけどね。後、無料でラモーヌお姉様。
 取りあえず、天上分は溜めてあるので気楽に追うつもり。
 まあ、ガチャ事情はともかく、シービーは割と気を使ったキャラです。
 サポカとかチヨちゃんシナリオを参考に書きましたが、未実装だったのでこれでいいのかと試行錯誤。心の中のカツラギエースに度々ダメだしを喰らいながら書いていました。
 後、どうしても負け役になるので何とか活躍させようともがいていました。
 自分の中ではルドルフ>>>シービーの式があるので、史実勝ち馬の天皇賞秋以外では絶対にルドルフに勝てないようにしていました。そして、そうなるとルドルフの同格のセキトとマルゼンスキーにも勝てない形に……。
 カツラギエースものをまた書いて活躍させたいです。

〇タマモクロス
 昭和最後の名馬として登場させたかったので書きました。
 まあ、年の差もあって余り書けなかったのもありますが。
 最後のURAファイナルに出れたのは、まあデビュー自体は早かったということで。
 育成だと3年目で限界迎える程度には、デビューがギリギリですし。
 まあ、ぶっちゃけるとゲームだと普通に3年目以下の子も出てる気がしますし。
 モブとして出る名有りキャラとか。テイオーの日本ダービーでぶち抜いてくる会長とか。
 とにかく、もう少し書きたかったなというのが本音。
 次のシナリオでは暴れてくれそう。

〇サクラチヨノオー
 次世代代表として登場。
 活躍は次のシナリオ以降。
 格言を作る作業で作者を苦しめているのは現在進行形。でも、かわゆいので許しちゃう。
 後、マルゼンがティアラ路線に行った影響で、ティアラ路線を目指す。
 オークスをセキトが取ったので、マルゼンの代わりにオークスを取るのが目標。

〇トウカイテイオー
 次世代代表として登場。
 割と書きやすく、カイチョーがらみだとどこにでも出没させられる。
 カイチョーの無敗記録を破ったセキトが嫌いなので、割とセキトと絡む。
 そのせいで、ポツンと取り残されるルドルフの寂しげな顔には気づかない。
 自分の友達同士が思った以上に仲良くなって疎外感を感じるあれ。
 友達の少ないルナちゃんには割と特攻。

〇オグリキャップ
 次世代代表として登場。
 腹ペコオグリン。
 ゲームを基準に書いているのでダービーに出れない縛りとかないです(無慈悲)
 史実でもクラシック出れてたら、多分主人公じゃなくてラスボス扱いされてる。
 因みに、クリスマスプレゼントは当日中に平らげました。




以後本編関係ないウマ娘

〇ダイワスカーレット
 本編に出てない?
 三強への質問コーナーで質問してただろ!
 作者の最推し。彼女との出会いが作者をウマ娘の沼に沈めてくれた。
 初ログイン以来、スカーレットがずっとホームで待ってくれてます。
 後、ウマ散歩もスカーレットとしか行ってないです。
 早く、チャンミでスカーレットのミスヴィクトリアを聞きたい……。
 個人的にはチャンミの楽しみ方は推しのヴィクトリアを聞くこと。
 現在はパーマー、フラワー、タイキが聞けました。
 来月は中距離なので通常スカーレットで頑張ります。

〇ウオッカ
 本編に出てない?
 三強への質問コーナーで質問してただろ!
 クリスマス衣装の時に、スカーレット狙いに行ったときにスカーレットが180連目で来るまでに4人来てくれた良い子。多分、3体目ぐらいから凄い気まずそうな顔で、通常服のスカーレットをチラ見しては、めちゃくちゃ怖い笑顔で睨まれてたと思う。
 肝心のスカーレット? 2回天井して☆5まで上げましたけど(半ギレ)

〇メジロマックイーン
 本編に出てない?
 三強への質問コーナーでry
 特にピックアップで引いたりしていないのに、何故か全衣装でうちに来てくれた子。
 マックちゃん、うちにあるパフェ全部食べていいよ。

 ところで、実馬祖父のメジロアサマの不妊治療の話ってウマ娘になったら、エモくないですかね?
 レースを続けるための投薬で不妊になる。引退後は石女と周囲に笑われても諦めずに不妊治療を続けて、その娘のメジロティターン。そして孫のマックイーンで天皇賞を親子三代で勝つとか、ヤバい。

 そして、アサマの結婚相手はトレーナーで、メジロの当主に天皇賞を勝たせてくれた大恩あるトレーナーには、子供の産めない娘をやるのは忍びない、他の娘はどうかと勧められたのを「アサマの子、そして孫で、天皇賞を勝つのが私の夢です」と啖呵を切って欲しい。
 後、プロポーズの言葉は「君を必ず孕ませる」という最低で最高のものがいい(早口)

 ウマ娘は女の子になるとヤバくなるエピソードが多くて好き。
 ドリームジャーニーの池添さんを壁際に追い詰めて、殺す気で首に嚙みついたドン引きエピソードですら、美少女に変換したらヤバい。
 しかも、その一件で逃げなかった池添さんを認めたとかヤンデレヒロインじゃん。
 さらに自分で噛みついた出た血を自分で舐めとってもらうと私の性癖に合致しますね。

〇カツラギエース
 最初は君に出会うのが怖かった。
 勝手に抱いていたイメージが壊れるのが怖かったから。
 そして君に出会った。イメージは壊れて、もっと君が好きになった。
 声も思っていたものと違う。でも、心が体が君がカツラギエースだとすんなり認めた。
 
 エース、エース、カツラギエース。


 あの“ジャパンカップ”を想い出します

 “ジャパンカップ”の感動を!!

 もう一度、君とミスターシービーの対決を!!


 天国のようで、天国でないこの世界で。



 なんか、気持ち悪く書いていますが、カツラギエースの実装でテンションが異常に上がっております。実はこの小説ではセキトが居る影響でカツラギエースがめちゃくちゃ割を食っているのです。ジャパンカップ連覇などその最たる例です。
 なので、その罪滅ぼしで『オレはカツラギエース』をちょうど一年前に投稿したりしたのですが……今からエース貯金をしないとですね!


〇トマトルテ(作者)
 作者名そのままでゲームやってます。
 ルムマやチャンミで会ったら正々堂々戦いましょう(デバフ2体用意しつつ)


これにて後書きは以上になります。
駄文でしたが、お付き合いいただきありがとうございました。
また機会がありましたら、どこかでお会いしましょう。
ご愛読ありがとうございました。

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