瞳には映らぬ対岸を望みながら、川縁をひとり子供が歩いていた。あたりの陰鬱な空気による重圧か、その進みは遅い。そもそも川上にも川下にも用はない。行きたいのは向こう岸だ。
「六文銭もなしに来たのか。親の不幸のせいなら親不孝ではないけど、それっぽっちじゃ渡し賃には足りないよ」
子供の行く先を遮るかのように現れたのは、ぐねりぐねりと曲がりくねった巨大な鎌を携えた、死神。ここは三途の川の河原。死神の迫力に圧倒されるかのように、子供は歩みを止める。
「そんな顔しなさんな。あたいも鬼じゃない。お前さんみたいなのは後回しにするよう言いつけられているんだが、暇な時にでも向こう岸まで運んでやるさ。とはいえ、あたいも忙しい身でね。今の仕事が片付くまで、石でも積んで待っててくれ」
死神はふと顔をあげあたりを見回す。尖った高い岩が所々にそびえているのが目立つ河原は、小石で敷き詰められている。
「積み石といっても、あたいは鬼でも獄卒でもない。延々と積んでは崩されるのを繰り返せなんて言わないさ」
死神は、にいっと笑いかけた。悪戯を思いついた子供のような、そんな笑み。
「お前さん、数字の読み書きはできるかい?」
そう言うと死神は、どこからともなく筆を取り出し、河原に落ちている石に何やら文字を書いた。拾い上げて、子供に見せるように石を掲げた。その石には、ただひと文字、「六」とだけ書かれている。
「十まで書けるなら上出来、じゅうぶんだ。これはそう、六文銭の六だ。こいつより大きな数は気にしなくてもいい」
死神は、先程の六と書かれた石を元あった位置に置いてから、その石の隣に手近にあった別の石を積み始めた。その数は、六つ。
「六と書いた石が一つあるのが、東の塔だ。と言っても、こっちはまだ塔じゃないがね。そして、石を六つ積み上げたほうが、西の塔。まず、東の塔から一つ石を取る。次に、西の塔の天辺の数より一つ小さい数を書く。最後に、西の塔の天辺の石の下に新しく数を書いた石を入れる。基本はこれだけだが、そのうち東の塔の石が減ってくると、最後の一つになるだろう? その時は、その石を西の塔に入れる代わりに、西の塔の天辺の石を退けて、東の塔に六つ石を積んでやるんだ。それと、西の塔の天辺の数が一だった時も、もう書く数がないから、同じように西の塔の天辺の石を退けて、東の塔に石を六つ積む。やることはこれだけだ。そのうち西の塔の石が無くなって、東の塔が出来上がる頃には、あたいも時間が取れるだろう」
ひと息に言い切ると、死神は子供に筆を渡して、踵を返した。子供に言葉をかけながら去っていく。
「かの恒河の砂粒の数には及ぶまいが、何せこの広い河原だ、積み上げる石ならいくらでもある。前に同じことを三途の三でやった時は、四十積んだところで終わったっけな」
数刻後、野花に埋もれて昼寝をする死神の元に、先程の子供が訪れた。
「ええ? 石の数が足りないって?」
死神はその驚きの後、子供が連れてきた人物にもっと驚くことになるが、それはまた別の話。