鳴女さんの令和ロック物語   作:ディヴァ子

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 悪魔のお耳は地獄イヤーッ!


アデルとカミーラの鳴女式最終選別試験③

「こ、こんなの有りか……!」

 

 目の前に聳え立つ、蠅の邪神に言葉を失う。こんなの聞いてなーい!

 

《蠅声為邪神は、遥か太古の昔に存在した邪神の一柱。素戔嗚(スサノオ)率いる神の軍勢に滅ぼされるまで、古代日本を支配していた、正真正銘の怪物だッチャ》

「本当に邪神なのか……!」

 

 太古の邪神と言えば、かつて閻魔大王が封印したという夜刀之邪神(ヤトノカミ)と同類じゃないの!

 

「日本の妖怪は、かつての邪神が零落した存在だと聞いてはいるけど……だからって、何で滅んだ筈の邪神がこんな所に!?」

《確かに、オリジナルの個体はとうの昔に滅び、今はその残滓である死人憑きたちが残るのみだッチャ。……だけど、鳴女様が捕獲して、ここで餌を与え続けてたら、いつの間にか最初の個体が進化したんだッチャよ》

「カブトムシみたいな感覚で邪神を育むなよ!?」

 

 夏休みの思い出にしてはスケールが大き過ぎるわ。鳴女の奴め、何て事をしやがる。

 

「これじゃあ、来訪者が復活する前に日本壊滅でしょうがぁあああああっ!」

『ギゴォォオオオアアアアッ!』

 

 だが、蠅声為邪神は私の嘆きなど聞いてはくれない。問答無用で襲い掛かって来る。サイズ差を考えて!?

 

「くっ……食らいなさい!」

 

 接近戦は100億パーセント無理なので、代わりに鉄硬弾(アイアン・バレット)を食らわせた。周囲の金属を弾丸状に圧縮して撃ち出す、謂わば砂礫砲(ストーン・バレット)岩石砲(ロック・ブラスト)の上位互換である。

 

 ――――――カン! カン! カン! カン! カン! カン! カン!

 

「ふざけるなよ貴様ぁあああっ!?」

 

 しかし、元が蠅とは思えない外骨格に弾かれてしまった。

 いや、マジでふざけるなよ貴様。高射砲(アハト・アハト)の連射を至近距離で浴びたような物だぞ。なのに、何で無傷なんだよ。ちょっとで良いから、掠り傷でも構わないから、ダメージがあってもいいじゃん!

 つーか、それは本当に鋼鉄の塊が当たった音なのかぁ!?

 

『アデル様! このぉおおおお……嘘ぉおおおっ!?』

 

 さらに、見兼ねたカミーラが即座に特大の火炎弾(ファイヤー・ボール)を放ったのだが、蠅声為邪神の表面に妖気の電流が走ったかと思うと、当たる直前に火炎弾を相殺してしまった。

 おそらく、一瞬で魔力の質を見抜き、相反する妖気をぶつける事で無力化したのだろう。ただでさえ硬いのにバリアまで張れるとか、流石は邪神、やる事が違うわね。

 

「飛ぶわよ!」『了解です!』

 

 どう考えても真面に戦って勝てる相手ではないし、このままだと普通に踏み潰されるので、とりあえず空中に退避したのだが、

 

『キャハハハハ……ギィシャアアアアアアアア!』

『「気持ち悪っ!」』

 

 顔面を縦に御開帳した零余子型死人憑きに群がられた。お前ら絶対に出る神話を間違えてるぞ!?

 

「ハァッ!」『タァッ!』

『グギャァアアアアア!』

 

 だが、流石に蠅声為邪神程の脅威ではなく、魔法剣や魔法攻撃で迎撃可能ではある。

 なるほど、普通ならこの段階までに討伐されてしまうから、神の領域には足を踏み入れられないのか。完璧に鳴女のせいじゃん。

 しかし、この数を相手にするのは厳しいぞ……!

 

『ホォォォォォオオオ……ッ!』

『「おかわりを寄こすなぁ!」』

 

 すると、外敵に対する緊急措置なのか、元より備わっている能力なのか、蠅声為邪神が胸部の卵から、幼虫や蛹をすっ飛ばして成虫の群れを追加しやがった。ふざけるなよテメェらぁっ!

 

「カミーラ、使い魔をっ!」『分かりました! 出番よ、お前たち!』

『キャキャキャキャキャ!』

 

 これでは埒が明かないので、カミーラに眷属の魔蝙蝠軍団を召喚して貰い、死人憑きたちの相手をさせる。どれ程持つかは分からないが、この間に本体を叩かないと!

 

『コヴォォォォ……キャァアアアアアアアアアアアッ!』

『「ズワォ!?」』

 

 だが、蠅声為邪神は何と味方諸共、使い魔たちを吹き飛ばしてしまった。頭部の触角が正面で組み合わさったかと思うと、集束したマイクロ波をビームと放ち、薙ぎ払ったのだ。

 ちょ、ちょっと待って……妖力と魔力の違いはあるけど、威力が初代ブリガドーンの主砲並みなんですけど!?

 こんなのに勝ったとか、嘘だろ鳴女ぇ!?

 

「仕方ないわね……」

『……やるおつもりですか?』

「背に腹は代えられん!」

 

 本当なら“その時”まで露見するのは控えたかったが、そうも言っていられない。“最終手段(きりふだ)”を使う。

 

『ハァッ! ……弾けて、混ざれぇ!』

 

 まずはカミーラに、圧縮した魔力を変じた特別な光球を作ってもらう。この球は簡易な満月のような物で、我々夜の一族の力を飛躍的に上昇させる効果がある。

 そして、私にとってはどんなドーピングよりも劇薬だ。

 

『セァアアアアアアアアアアアアッ!』

 

 そう、月の光が私の正体を暴き出す。輝く闇が我が身を怒髪天を衝く程の巨神へと変じさせる。地を見下ろす、血を吸う鬼こそが、我が血族の証である。

 つまり、月光の力で蠅声為邪神サイズに巨大化したのだ。まさに絶好調である!

 さぁ、未だに増え続ける死人憑きはカミーラに任せて、反撃開始だぁ!

 

『グヴォゥヴヴヴヴッ!』

『フヴゥウウウウウッ!』

 

 真っ向から組み合う、私と蠅声為邪神。地力は向こうの方が僅かに上だが、私には今まで培ってきた経験がある。大きさが同じなら、お前みたいな気持ちの悪い化け物、何体も屠って来たわぁ!

 

『キャァヴォオオヴッ!』

 

 蠅声為邪神が、手数に物を言わせた連打を放って来るが、当たらない。

 

『キャアアアアアアッ!』『フゥン!』

 

 さらに、至近距離からのマイクロ波ビームも、魔力を最大限に纏ったクロスガードで防ぎ切る。

 

『ハァアアアッ!』

 

 そして、お返しとばかりに、頭部目掛けて魔力光線をぶちかました。

 

『ゴヴォヴヴヴン!』『くっ……!』

 

 しかし、一発では斃れず、光り輝く触手のような物で反撃してくる。掠っただけでも皮膚が蒸発したので、直撃したら膾切りだろう。

 

『テァアアアッ!』『ガァアヴヴ!』

 

 さらに、隙を突いてもう一度攻撃を仕掛けたが、尚も斃れない。今度は身体の至る所から簡易なマイクロ波ビームを乱れ撃ちにしてきた。カミーラに当たったらどうすんだこの野郎!

 

『いい加減にしろぉっ!』『ガギャォォォ……!』

 

 そして、三度目の正直なのか、蠅声為邪神は三発目でようやく斃れた。限界を迎えた身体は粉々に砕け、塵も残さず消えて無くなる。死人憑きたちも、カミーラと使い魔たちが何とか退治してくれた。

 現代に蘇ってしまった太古の邪神は、今この時ようやく滅びたのである。

 

『――――――はぁっ!」

 

 私も限界を迎えて元通り。今の所、この形態を真面に運用するのは三分間が限度なのよね。

 

『お疲れ様です、アデル様』

 

 と、一仕事を終えたカミーラが労ってくれた。彼女も無事なようだし、これでようやく一安心――――――、

 

「ええ、貴女こそお疲れ様……って、あっ!」

 

 そこで、私はハタと気付いた。

 

『……ど、どうされました?』

「これ、絶対にお札も吹っ飛んだだろぉっ!」

 

 周りを見渡せば、菖蒲なんか一凛も残っていない焼野原。これでお札が無事なら奇跡に近いし、そんな事がある筈ない。

 何てこった、オーマイガーッ!




◆蠅声為邪神

 古代日本に蔓延っていた邪悪な存在の一柱。名前の意味は「蠅のように煩い声で喚く邪悪な存在」。謂わば八岐大蛇や土蜘蛛と同類であり、土着の神だった存在。素戔嗚が率いる神軍に滅ぼされたと言われている。絵では「T字頭の小鬼」のような姿をしているが、それが本当の物かは不明。
 今作では、蠅の合成獣を思わせる姿をしている。蠅の妖怪である死人憑きの最終到達点で、本来は死人憑き⇒魍魎⇒雷鳴蠅⇒蠅声為邪神と変化するのだが、大抵は雷鳴蠅までに討伐される為、復活する事はなかった。
 しかし、鳴女の面白半分の実験により人知れず再臨した……のはいいが、結局は誰にも知られる事なく倒された。
 ただし、高射砲でも焦げ目すら付かない装甲や妖力によるバリアも持ち合わせている他、マイクロ波に変換したビームを撃ち出すなど、その力は邪神と呼ぶに相応しい。

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