七つの魔剣が支配する~夜明けの魔法使い~    作:HAL1993

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第64話〜代行〜

 死者五名、重傷者多数。

 これはルネが起こした事件の結果だ。特にカルロス=ウィットロウの死とゴッドフレイの敗北は校内に大きな衝撃を与えた。

 生徒会初期メンバーの死と生徒会最高戦力の敗北は校内における生徒会の威権に関わることだからだ。

 

 加えて生徒会の主要メンバーのほとんどが重傷で動けないことも。ゴッドフレイ達は生徒会の前線メンバーのほとんどを動かし、そして全員がルネに打倒されたのだから。

 

 手足を斬られ、撃ち抜かれた重傷者は約一週間ほど医務室から動けなかった。結果、彼らが全快するまで生徒会は校舎で待機していた少数メンバーでの運営となるのだが。

 

 キンバリー生は当然のように機能不全に陥った生徒会を舐めてかかった。実に血の気の多い学生達だ。残った面子ではどうしようもないだろうと好き勝手を始めたのである。

 

 即日でどうせ捕まらないと校舎内や迷宮内での刃傷沙汰が増え、これまでゴッドフレイの威光の下で維持されていた秩序に危機が訪れたのだった。

 

 こんな時に割りを食うのは戦闘能力の低い生徒だ。キンバリーの実力主義の名の下に彼らは攻撃対象となってしまう。

 

 

 

「ほら。もう逃げられないでしょ」「どうするのかな〜、ガリ勉くーん」

「くそ、統括がいないからって……お前ら!」

 

 一人の男子生徒が人気のない教室に追い詰められていた。大人しそうな研究者肌の二年生だ。もちろんキンバリー生であるためそれなりに杖剣も扱うが、どちらかといえば工房で作業する方が得意なタイプである。

 

 だからか彼が杖剣で威嚇しても相手にはさほど脅威ではなかった。それはこの学生に杖剣を向けている生徒達の表情で分かる。明らかに余裕そうで、彼を脅威と見ていない。

 彼を追い込んだのは五人の同級生達だった。勉強一筋の男子生徒を嫌っているメンバーだ。

 

 研究者肌の男子生徒は焦る。ガリ勉などなどこれまでも悪口などの嫌がらせはあったが、こうして杖で脅しをかけてくるのは初めてだったからである。

 

 しかも五対一で。加えて自身はさほど魔法戦闘の腕前が良いわけではない。これから何が起こるのかテストの成績に関係なく誰にも分かった。

 

 しかし助けを呼ぼうにも生徒会は現在まともに動けていない。彼らが自分を見つける頃には、自分は傷だらけで倒れているだろう。

 

 研究者肌の学生の頭には嫌な未来しか浮かばず、杖剣の狙いすら定まらなかった。そんな獲物を見つめる生徒達は更に一歩と彼を追い詰める。

 

 そこに一人の少年が現れた。丁寧に教室のドアを開け、一人の生徒を囲う五人の生徒に声をかける。

 

「おやおや、こんなところでも遊んでいる人達がいましたか。まったく、本当に困った人達だ」

 

 彼らは声がした瞬間にびくりと震えた。生徒会かと思ったからだ。が、そんな名乗りはしない。最初に話しただけで、その後は静かに教室の扉を閉めるとイジメの現場へと歩き出したからだ。

 それも人数は一人。彼らもキンバリーの二年生だ、足音で分かる。

 

 五人は互いの顔を見合わせ、にやりと笑う。下手に人助けをしようとする間抜けが現れたのだと。五対一が五対二に変わっただけだと。

 

 しかしその余裕の表情もすぐに消える。振り返った二年生の一人がばっさりと斬り倒されたのだから。

 飛ぶ血飛沫に目を見開いたまま、残りの四人も斬られる。互いの血を見つめながら、五人は意識を失った。

 

 

 

 動けない生徒会を横目にやりたい放題を始めた悪童達、そのたびに悪化するキンバリーの治安──そんな校内の環境を改善するために一人の生徒が立ち上がった。

 その動きは疾風迅雷、彼はゴッドフレイ達の不在を良いことに暴れ始めた学生を学年関係なく制圧していった。イタズラから暴力事件まで、一年生の加害者から最上級生の犯人まで。とにかく一人残らず打ちのめしていった。

 

 

 

「大丈夫ですか、先輩」

 

 腰を抜かした二年生のずれた眼鏡を指で直し、少年は微笑んだ。そして手を差し伸べる。

 その笑みの美しさに一瞬見惚れた二年生だが、すぐにはっとして直った眼鏡の位置を癖で再度直した。矯正された視力で目の前の少年の整った容姿と制服の着こなしを眺め、その正体を察する。

 震える声で研究者肌の二年生は尋ねた。

 

「き、君は……Mr.(ミスター)サリヴァーン、かな?」

 

 少年は更に笑みを深くして答える。

 

「はい、そうです。ええと」

「……ああ、僕はロイド=ラッセル」

「はい、ラッセル先輩。初めまして、ルネ=サリヴァーンです」

 

 ルネは無言の魔法でラッセルを浮かべ、彼を立ち上がらせた。ラッセルが全くルネの手を取らなかったからだ。

 しかし不快な表情は浮かべていない。ルネには彼の気持ちが分かるからだ。五人に取り囲まれて恐ろしかったのだろう、だから上手く体が動かないのだろうと。

 

「特にお怪我はないようですね。では私はこれで。この方達を医務室に送り届けますので。またお会いできる機会があれば嬉しいですね、ラッセル先輩。今度はこんな荒っぽい時ではなく、もっと静かな時に」

 

 気絶した五人の体がふわりと浮かんだ。傷口から血を滴らせたままで。重傷だが魔法使いにとっては致命傷ではない。ただし痛みはしばらく響くだろう。

 魔法で浮かべた二年生五人の体を引き連れ、ルネは教室から出ていった。

 

 その後姿をラッセルは固まったまま見送る。ため息すら出なかった。

 彼が動けなかったのは五人のせいではない。ルネのせいである。

 

 なにせルネこそが今回のトラブルの原因なのだから。生徒会の機能不全も、校内の暴れん坊を活気づけたのも彼のせいなのだ。

  

 ラッセルは魔道倶楽部に参加していないのでルネの人となりを知らない。今回の件で風変わりな実力者から生徒会をも上回る戦力を持つ危険人物へと印象が変わったくらいだ。

 だからルネが五人を倒した後、てっきり自分もやられると思っていたのだが。そんなことはなく彼は教室を出て行った。

 

「あ、ぁ……あ!」

 

 今日襲撃を受けたのは、大きく見ればルネのせいだ。しかし今自分を助けたのはルネだ。その事実がラッセルの正気を取り戻す。

 

 動けなかった自分の体に活を入れ、ラッセルは急いで教室の扉を開けて顔を外に出す。ルネの歩みは早くなかったのでそれほど遠くまで行っていなかった。

 だがもしかしたら聞こえないかもしれない。だから大きく息を吸い込み、ラッセルは言った。 

 

「ありがとう、Mr.(ミスター)サリヴァーン! 今度君のクラブにお礼を言いに行くよ! ぼ、僕の専門は魔法陣学で、魔法陣の簡略化に関心があるんだ!」

 

 ちょっと離れた相手にかける声量ではなかったし、つい自分が話しやすい話題が出てしまった。が、ルネは彼の声に驚いた素振りも見せずに振り返るとラッセルに負けない声で返事をする。

 

「ええ、お待ちしております! その時はぜひとも魔法陣について話し合いましょう! 水路卿ブリッジウォーター家の資料や連合水路委員会による魔法陣の限界についての研究資料を用意しておきますので!」

 

 そして彼の声のように大きく手を振ると再び医務室へと向かった。

 言いたいことを叫べたラッセルは大きく息を吐くと立ち眩んだように教室の中に戻る。ぺたりと床に座り込むと再度息を吐いた。

 

「──魔法陣も専門なのか、彼は」

 

 魔法陣でブリッジウォーターの名を出すのは彼らが循環水路を動かす魔法陣を発明した一族であることを知らなければできないし、その一族や連合水路委員会の研究資料が手に入るのは彼らと魔方陣に関する能力が同等でなければできない。

 複数の分野で活躍する一年生だが、まさか自身の分野にまでその能力が及んでいるとはラッセルは思っていなかったのだ。

 

「……もっと早く声をかけておけば良かったな」

 

 そう呟いた彼の脳裏にルネが手を差し伸べてきた光景が思い浮かぶ。本物も美少年だが、より美化された姿で。

 ふとラッセルは自分の手を見つめた。何度か握ったり、離したりしながら呟く。

 

「手、取っておけば良かったな」

 

 深いため息を吐きながらその手で自分の顔を覆った。その吐息は誰もいない教室に静かに響く。

 

 

 

「とまあ、こんなことがあったのです」 

 

 食堂の席でルネは同席した友人達にそう語った。今日も今日とて大勢の同級生や上級生を半殺しにし、医務室に放り込んできたのだと。

 

「──そうか」 

 

 オリバー達はそんな反応しか返せない。周りの同級生達も黙って食事を進めていた。ルネの団に所属するナナオは気まずそうに、カティは首にかけた銀色の笛をせわしなく触れている。

 彼らも人伝えで医務室がパニックであるとは聞かされていたのだ。連日、次々と重傷の生徒達がゴミのように放り込まれて校医が激怒しながら彼らの治療をしているのだと。

 

「学校側からは何も言われていないので?」

 

 流石にやり過ぎではと思ったのかミシェーラがそう尋ねる。

 

「いえ、特には。校舎は壊していませんし、私も限度は弁えています。現に死者や再起不能者は出ていないでしょう?」

「被害者の治療期間は生徒会の先輩方の治療期間とほぼ同じ、と。器用なことをしますわね。本当に」

 

 ルネに痛めつけられた生徒達の怪我の度合いはちょうどゴッドフレイ達が治療を終える時期に治る程度であった。つまり生徒会本格始動まで彼らが再度暴れられないようにしているわけだ。

 その達人芸が余計に校医を苛立たせているのかもしれない。揃えたように同程度の傷を見せつけられているのだから。

 

「──ゾンネフェルト先生には」

「後日労いの品を送りましょう。いつもお世話になっていますので、と」

 

 ルネの態度は全く悪びれていない。労いの品と言いつつ今回の件ではなく普段からの感謝を強調しているのだ。

 オリバーはそんなルネにため息を吐く。

 

「余計に怒りそうだな」

「そうでしょうか」

 

 くすくすとルネは微笑む。分かってやっているなとオリバーは呆れた。

 

「それに学内のトラブルが増えれば困るのは先生方も同じです。私のように自制心のある生徒ばかりではありませんから。特にタガが外れた学生となれば何をしでかすことやら」

 

 ルネは楽しげに言いながら紅茶を一口飲む。その優雅な姿を見ながら、この少年のタガが外れていない証拠がどこにあるのかと誰しもが訝しむわけだが。

 

 何度目か分からないが、オリバーとミシェーラはこの自由奔放な同級生に忠告する。

 

「少しは生徒間の勢力図にも関心を向けたらどうなんだ? 誰彼構わず倒してしまって」

「ただでさえ生徒会側を刺激してしまったのです。これ以上は止めた方があなたにとっても、あなたの派閥にとっても良いはずですわ」

「そうだ。その辺りはちゃんと考えているのか?」

 

 ナナオとカティのためでもあると二人は言うが。ここでナナオがナイフとフォークを止めてしみじみと言った。

 

「ふむ、確かに。今日、拙者も迷宮にて絡まれたにござるからな」

 

 その聞き捨てならない発言にオリバー達の視線が集まる。

 

「は!? そんなことがあったのか!? どうして今まで言わなかったんだ!」

 

 オリバーの剣幕にナナオはびくりとするが、彼を宥めようと何のことはなさげに言い訳をした。

 

「い、いや。こちらに危害はなかったゆえ……同学年の生徒であったか、いや、その後にあれは確か二年生の御仁が来たような……」

「二年生も斬ったのか、君は──カティは?」

 

 話を振られたカティは戸惑いつつも小さく頷く。

 

「君も襲撃されたのか?」

 

 言葉がなかったので仕草の意味を尋ねたオリバーにカティは再度頷いた。

 

「平気だったのか?」

「うん、でも私はあの人達を攻撃してないよ。やったのはルネだから」

 

 ちらりと隣のルネを見て、首にかけた笛に触れながら答える。銀色に光るそれがアクセサリーなのか本物の笛なのかオリバー達には分からなかったが、最近カティがかけ始めたものだ。

 おそらく何らかの魔法道具なのだろうと察してはいたが、それ以上のことはオリバー達も訊かなかった。

 

「ちなみに旧生徒会の派閥の方々でしたね、Ms.(ミズ)ヒビヤにちょっかいをかけたのは。ついでに言えば三年生もいましたよ」

「な」「は?」

 

 ルネの付け足しにオリバーとミシェーラは絶句する。その様子を心配したガイが尋ねた。

 

「そいつらヤバい連中なのか?」

 

 しばらく黙っていたオリバー達だったが、深く深くため息を吐いて友人の質問に答える。

 

「キンバリーの勢力を大きく分けると二つになる。現生徒会系の派閥と旧生徒会系の派閥だ」

「旧生徒会の派閥はゴッドフレイ統括が生徒会を率いる前の勢力とはいえ、生徒間に未だに強い影響力を残していると聞きます。つまりルネはキンバリーの派閥全てに喧嘩を売ったようなものなのですわ」

「はあ?」「ぶふッ!」

 

 これにはガイも言葉を失い、ピートは飲んでいた紅茶を吹き出した。

 

「ゲホッ……つまり、ボクらも絡まれるかもしれないってことなのか?」

 

 口元にこぼれた紅茶を袖で拭い、ピートがオリバーに尋ねる。

 

「端的に言えばそうだな」

「こ、このバカ野郎! ただでさえお前と付き合い始めてから面倒なことばかり起きてるってのに!」

 

 ルネに掴みかかるガイだが。巨獣種(ベヘモト)障壁のせいでルネに触れられない。爪が見えない何かに立つばかりだった。

 

「外道が。少しは他人のことを考えろ」

 

 ピートは冷たい視線をルネに向ける。そんな二人の反応にルネは笑みを深めた。辛うじて微笑んでいるといえるが良い印象のない笑い方だ。

 その意図をオリバー達は察した。既に何かやらかしたのだと。

 

「た、たたた大変だッ!! サリヴァーンがまたやりやがった!!」

 

 そこに大声が響いた。食堂の入口から駆け込んできた生徒が大慌ての様子で叫んだからだ。

 息を切らした二年生はそこにルネがいることも気づかずに、たった今耳にしたことを食堂内の全員と共有する。

 

「とうとうあの人もやられたってよ!! エチェバルリア先輩達が!!」

 

 突如起こった食堂内のざわめきとルネに突き刺さる視線の数にガイは困惑したように呟いた。

 

「──誰だ?」

 

 頼りのオリバーとミシェーラがテーブルに突っ伏しているのを見て、ガイは更に戸惑う。二人は辛うじて顔を上げて、状況の分からない友人達に説明した。

 

「レオンシオ=エチェバルリア、統括と同じ五年生ですわ」「そして旧生徒会派閥のトップだ」

 

 彼らの隣に座っていたルネは首を取り外し、自動人形(オートマトン)であることを明らかにする。つまり本体は今どこにいるのか、今までどこで何をやっていたのか。

 

「そんな顔をしないでください。驚くことではないでしょう? 私達は少し前まで学年内での最強が誰なのかを競い合っていたのですよ」

 

 一年生最強決定戦を破壊した張本人こそルネなのだが、更にルネは友人達に──そしてこの場にいる全員に告げた。

 

「だから学生内で最強が誰であるかをはっきりさせたいと思ってもしかたがないでしょう? 私はそれをやったまでなのです」

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