静は突然、叔母からお見合い話を告げられる。
相手の男性は申し分ないが彼女は乗り気でなく……

一話完結。

※平塚先生以外の主要メンバーは出て来ません。

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そのお見合いは気が乗らない

 私が部屋に入った時、客は座敷机の上に置いてある書類に目を通していた。敷居に置いてあったお盆を持つと、畳の上をそっと歩き始めた。首を持ち上げるようにして見続けていた男性は私を一瞥し、見上げる。視線が合った。

「ひとつ、この娘に良い相手をお願いします。歳は大分……」

 眉に痙攣が走ったような気がする。が、言葉にも動作にもそれは現れなかったようだ。

「どうぞ」

 私は客の下手からお茶を勧めた。

「静が片付いてくれれば安心出来るのよねぇ」

 よほど大事な書類なのか、それまで目を離さなかった客は初めて顔を上げ、私を正視した。

 所謂お見合い。私とて結婚への夢は一応持ち合わせていた。合コンでは成果は出ず、同棲していた彼とは、……いや、これは思い出したくない。

 断らなくてよさそうな縁談も若い日にはあったのだが、ここまで来てしまった思いはある。

 

 

 昼食も終わった頃、食卓の上も片付けず叔母と談笑している最中だった。

「わがままにも困ったものだよ」

「わがまま?」

 私は思わず呟く。

「この間も相手が困ってたよ。貴女がはっきり返事しないから」

「ああ、この前の人のこと」

 我儘と言われた理由が分かった私は、白い歯をのぞかせて笑った。

「何がおかしいの?」

「叔母さんが急かせるからよ。『急いては事を仕損じる』って言葉があるのを知らないの?」

「国語の授業じゃないでしょ。で、断るつもりなの?」

 溜息が聞こえる。叔母は結婚するように勧めるのだが、果たして私は幸せになるのか。合コンや婚活パーティーには参加していたものの、結婚生活というもののイメージがいまいち湧かず、私自身も実はよく分からない。

「相手は申し分ない。何もかもよく出来る人だわ」

 近頃、叔母の口から彼という言葉が良く飛び出す。お見合い成立を願う叔母と、踏ん切りがつかずためらう私とではまるで違う。

「こんないい人、二度と出会えないかもしれないのに」

 叔母は強い口調で応じるが、私は素直に彼と結婚する気にはなれない。よく知りもしないのに結婚するのは無茶であり、失礼だ。

「貴女だっていわゆるアラサーでしょ。それ考えたら、もう決めてもいい頃なのに」

 今の時代でこんなことを言われるのか。乾いた笑いに包まれる。ああ、タバコが恋しい。

「ねえ決めちゃわない?」

 諦め切れぬ叔母は、私に迫ってくる。

「私にだって意思があるの」

「いつまでもぐずぐずしていると」

「彼のことだって断ったわけじゃないんだし」

「どこか気に入らないことがあるの」

 私は押し黙る。どこに欠点があるのかといえば、実は見い出せていないのだ。

「貴女高望みしていない? だから文句が出るのよ」

「大きなお世話」

 とうとう感情が爆発した私は、急いで外へ飛び出した。

 

 

 『若い人たちだけで』ということで日を改めて彼と一緒に行動することとなった。

 さわやかな風も吹く初秋のある日、私は彼とともに外に出た。どこからともなく流れてくる歌のメロディーと、行き交う人の波で、黄昏のショッピングモールは賑わっていた。

「少し歩かない?」

 私は彼の熱いまなざしを不自然に避けながら答えた。

「でも、こんな格好じゃ」

「僕は構わないけど」

「じゃあそこら辺までね」

 私は彼とともに歩き出した。だが、私はすぐ後悔した。浮かぬ顔には入念な化粧もせず、皴の残るスーツを無造作に着ていた私はいったいどうしたのだろう。

 今までもしばしば示した彼が示した好意を、私は素直に受け取らなかった。彼に悪いとは思いつつ、私の感情は甘えることを許さなかった。

「今日は私に合わないほうが良かったんじゃない?」

 私はさりげなく彼に聞いた。

「お互いの心を確かめ合うのは大切だろ」

「そこまでして会う必要はあるのかしら」

 私の胸の中は厚い膜に覆われたように苦しくなる。

「私と会ってくれるのは嬉しいけれど、貴方はどうなの?」

「静さんは何も心配しなくていい」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど……」

「どうやら静さんは僕の気持ちなど分かってくれないようだね」

「私もあなたのことを知ろうと思ったからついてきたのに」

 彼の好意は、今の私にとって重荷になっていた。私にも何かが欠けている。素直というか従順というか、それは私にも分からない。

 女らしく、というのは今の時代だと好ましくないとされる。けれど、女には愛されている気持ちを甘い声で囁かれたくなることもあるのだ。それが今かどうかは別にして。

 

 

「おい、危ないじゃねえか!」

 気が付くと、十字路の真ん中あたりにいた。凄みのある声と同時に、一台のトラックが私たちの前で止まった。

「すみません、うっかりしていて」

 彼は運転手に謝る。なぜか熱くなっていた。

「謝ることなんかない」

「なんだと!」

 出来るだけ穏やかに私が言うと、運転席から顔を出していたドライバーは鋭い目つきでにらむ。

「歩行者優先って言葉、知らないのかしら?」

「まあまあ」

 私とドライバーの言い合いに、彼は仲裁役を買って出る。

「すげえ女だな。あんたにゃ扱いきれないタマだぜ」

 ドライバーがにやつきながら彼に何か囁いているようだ。私が彼らのほうへ振り向くと、視線を外した。解せぬ。

「じゃあな」

 きつい口調に舌打ちをしながら、トラックは瞬く間に走り去った。

「静さん!!」

 彼は厳しい面持ちで私を見つめる。視線が交わる。苛立ちが収まらないのか、彼は声を荒げて続けた。

「ああいう時は警察呼ぶんですよ! 一人で突っ込む暴れん坊がどこにいるんですか!」

 ぐっと声を詰まらせた彼は肩を震わせた。

「……自分の命は大事にしなくっちゃ」

 今の私は何も言いたくはなかった。願わくばそっとして欲しかったのだ。

「今に赤の他人じゃなくなるのに」

 彼は一方的に自分の感情を押し付けてくる。私は一瞬戸惑った。私は彼の恋人ではなく、婚約者でもない。ただ、彼と見合いして付き合っているに過ぎないのだ。

「静さん、コーヒーでも飲まないか」

 彼の声にはるか前方に目を走らせると、喫茶店の明かりが見える。こんこんとした頭も冴えてきた。私は自分の心を彼に打ち明けるべく、口角を上げながら足を速めた。




いかがだったでしょうか。

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