夏のボランティア編の最終日の夜のお話

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ワンナイトラブ

「……んっ、はちま…ん」

 

 寝言が聞こえた。

 寝返りを打つと、花火の後で火照っており、汗でじんわりとした空気を醸し出す戸塚の寝顔が見える。

 昨日沈めたはずのもやもやは異なる形で胸の中にわだかまる。

 というかどんな夢を見ているんですかね、気になります。

 

「こりゃ、今日も寝れそうにねぇな」

 

 いまだ22時を指しているであろう携帯をポケットに入れて外に出ると、また昨日と同じように三人を起こさないようにそっと立ちあがり、外に出た。

 都会のように光源もないのに、月明かりでまだ明るい夜空は、なぜか昨日とは違う色をしている気がした。花火をしたせいか、夜目の慣れが違うのだろう。

 そのせいか昨日は怖いと感じられた夜の林の中は、どこか明るい気持ちになるものを感じられた。

 いや、これは単に、俺が昨日彼女がいたところと同じところに立っているからなのだろう。今日も彼女がいるんじゃないかという、期待というには軽すぎる、単なる思い付きに従って。

 

 結論から言うと、彼女はそこにはいなかった。そう、彼女は。

 

「愚腐腐、比企谷くん、そこは戸塚くんか葉山くんと一緒に来なよ。

そしたら、あわよくばこのカップリング帳にあらたな歴史が刻み込まれたのに!」

 

「ああ、そう…」

 

 そこにいたのは、海老名姫菜であった。

 てかカップリング帳ってなんだよ、そんなもんこんな夜更けに持ち歩くな。

 

 そこでいったん会話が止まると、海老名さんは俺のそばに来て、すぐ隣に腰掛けた。

 え、おしゃべりする流れなの、そうなの?

 こういうのは期待しちゃダメってママが言ってたんだけど、期待しちゃっていいの?

 そんな俺の心を読み取ったのか、海老名さんは俺の足をつついてくる。目を向けると、からかうような目にいたずら笑いでこう言ってきた。

 

「ねね、隣に座って。

いっしょに思い出作りしようよ」

 

 一瞬頭の中が凍った後で、頬が熱くなってゆくのを感じた。

 何を言ってもどうしても黒歴史を作るハメになりそうで、俺の中のトラウマ警報が理解不能のサイレンを鳴らし続けている。

 まずい、これではまるで、海老名さんに対して俺が邪な想像を繰り広げたようなものではないか…実際にそうではあるのだが。

 明らかにわざと海老名さんが放った揶揄いの一言であり、そうであるという事実がまた俺を混乱させる。

 

「……勘弁してくれ」

 

 なんとか負け犬の一声を絞り出すと、海老名さんは満足そうな顔をして、また俺にこう言ってきた。

 

「ごめんごめん、今のは冗談として、一緒に座っておしゃべりしよ。

比企谷君も寝れそうにないんでしょ?」

 

 君も、という言葉に気を取られながら、俺は足一本分離れた位置に腰をおろす。

 今更会話を切り上げる気にもならなかったからだ。

 

「海老名さんもそうなのか?」

 

「そーだよ、あんなことがあったからね」

 

 あんなこと、それが何を指すかなど、尋ねるまでもなかった。ただ小学生を脅して、人間関係を無茶苦茶にしただけ、ただそれだけのことだ。

 

「その、悪かったな。

葉山たちにあんなことやらせて」

 

 葉山にも三浦にも戸部にもかけなかった謝罪の言葉を、ふと海老名さんには放っていた。

 それは、俺が海老名さんのことを知らなすぎるからなのかもしれない。

 

「んー、別に謝ることじゃないよ。

協力したのは全員だしね。やりたくないならやらなければよかっただけだよ」

 

 そこでまた、沈黙に入る。

 ただ寝るためのリフレッシュを求めてきたはずの俺の心は、知り合ったばかりの女子のクラスメイトと夜の林の中の木の根元に腰掛けておしゃべりをするというシチュエーションによって、すっかり惑わされていた。

 しかし一方で、この会話と空気感には、不思議と違和感というか、やりづらさがなかった。葉山や戸部との会話で感じたような、リア充を相手にした時のそんな感覚が。

 

 そういえば、海老名さんは昨日の話し合いで、趣味に生きる、という唯一現実的な案を出していたのだった。

 結局それは、問題の解決にはならないという理由で却下されたものだったが、しかし今の、BL趣味を全面に押し出している海老名さんの様子を改めて間近で見てみると、それは別の意味で捉えられるものだった。

 それはつまり、そういうことなのだろうか。

 だからなのだろうか。

 

 ふと目を横に向けると、海老名さんもこちらを見ていた。

 目と目がかっちりとあってしまい、逸らそうにもタイミングが掴めない。

 しかし海老名さんが、体育座りの膝を抱えてその間に顔を口元まで隠し、赤くなった頬と両目をこちらに向けるような体勢になったものだから、すっかりその気も薄まっていく。

 雪ノ下や由比ヶ浜とは全く異なり、陽乃さんともまたどこか異なった、海老名姫菜という少女の蠱惑的な魅力が、そこにはあった。

 

「比企谷くんって、結構かっこいいね」

 

 そんな一言で、先ほどよりも激しく顔が赤くなっていくのを感じた。それなのに、俺は目をそらす気にはなれなかった。

 

 誘われている。

 

 ここまで来て、捻り曲がった俺の自意識はようやくそれを事実と確信した。

 さっきの仮説があっていたとすれば、それは海老名さんが俺を意図的に混乱させているということに他ならないし、そして何より、今のこの状況が出来すぎているからであった。

 運良くその考えに至れた俺の崩壊仕掛けの理性が、なんとか自意識を保って状況を変えるための、海老名さんのペースを崩すためだけの戯言を、持ちうるものから編み出した。

 

「海老名さんのBL趣味は、周囲に自分を許容してもらうための盾ですか?」

 

「……へぇ、すごいね」

 

 海老名さんは乾いた声でそう言うと、目を細め、月が覗いている夜空に顔を向けた。

 

 つまり、俺は海老名さんが、かつて鶴見留美と似たような状況下に陥って、その時にBLを趣味として押し出すことで問題を解消したのではないかと、そう思ったのだ。

 だから葉山や戸部とは違い、海老名さんとはスッと会話に入り込めたのだ。多くを語ろうとはしないぼっちの間合いを、そして俺の間合いを理解していたから。

 

 思えば、三浦はこの課外活動中、海老名さんのどんな冗談にも突っ込みを入れていた。突っ込みをし慣れていたのだ。今の俺とのやり取りの中で、BL趣味に呆れさせて気を緩めた後で、軽い感じで話しかけ、ぼっちを逃げ場にせずとも会話をする気にさせたのと同じように、三浦に自分を受け入れさせていたのだ。

 

 そう考えていると、全ての歯車が合っていくような感覚と共に、頰の熱も引いていった。

 海老名さんもちょうど話がまとまったのか、再び顔を膝に乗っけ、顔を少しこちらに傾けた。

 

「……ねぇ、比企谷くん」

 

「なんだ?」

 

「さっき比企谷くんは、本物じゃないって言ってたよね。

小学生たちが逃げていった時、あんなのは本物なわけないって」

 

「言ったな」

 

「そして、偽物だってわかっても、それでも手を差し伸べたいって思ったらなら、それは本物だとも」

 

「ああ、言った。多分そうだと思いたい」

 

「私はね、そうは思ってなかったよ。

偽物だってわからないようにして、曖昧な本物で繕ってる方がいいって思ったよ。

絶対的な本物なんてあるかわからないんだから。

だから、私がしたのと同じように、留美ちゃんも趣味で生きればいいって、そう思ったの。

この気持ち、わかるでしょ?」

 

「……ああ」

 

 海老名さんは、もはや繕うことをしなかった。

 BLで俺の気を休めることも、誘惑して興味を引くこともせず、ただただ初めて聞く声音で、そう俺に問いかけてきた。

 

 わからない、とは、俺に言うことはできなかった。

 いや、きっと奉仕部に入った頃なら、それを欺瞞の一言で片付けられたのだろう。

 しかし、俺は少なくない奉仕部生活の中で、そうした偽物でも大切に思う奴がいると言うことを、理解してしまっていた。

 

「だけど、留美ちゃんは結局、友達を助けたよね。

実際のところなんで助けたのかは知らないけど、でも比企谷くんの予想とは違って、留美ちゃんは友達の汚いところを見た上で、助けた。

これって、私たちには特に衝撃のことだよね」

 

「そうだな。

……葉山みたいに人に期待することをせず、性悪説で否定した海老名さんや、こいつは問題の本質を理解できてないと鼻で笑った俺からしてみれば、当然衝撃だ」

 

「そうだよね、だからなのかな、私も、本物が欲しくなったの」

 

 海老名さんはそう言った。

 その言葉を聞いた瞬間、どこか肩こりが取れたかのような、自分の中に長年詰まっていた靄が晴れたような、そんな気分になった。

 

 あまりにも急な話の展開で、どこか理解しきれてなかった部分があったのにも関わらず、その結論は、俺の心を掴んで離さなかった。

 きっと俺も海老名さんも、どこかでその存在を信じられなくなった、本物のことを。

 

 しかし、そこまできてひとつ、どうしても俺にはわからないことがあった。

 いや、実は肌では感じ取れていたが、確認したいと、そんな思いが胸に駆け巡っていたからだった。

 

「その気持ちはわかった。

そこまでは至ってなかったけど、海老名さんの話を聞いて、どこか納得したような気分だ。

だけど」

 

「どうして、よりによって比企谷くんに、今ここでそのことを話したのかって?」

 

 なぜわかったのだろうか。

 海老名さんは、最初に俺をからかった時と同じような、しかし先ほどよりも自然で妖美な笑顔だった。

 

「たまたまだよ。

ぜーんぶたまたま。

昨日雪ノ下さんが空気を読んで外にいたのを知ってたから、私もあんなことを見て寝れなくなった気分転換に外に出よっかなーって思って、そしたら比企谷くんがいたの。

比企谷くんが押しに弱いのは結衣から聞いてたから、少し揶揄えばお話しできるかなーって思って。

そしたら急に比企谷くんが見透かしたようなこと言ってきたから、急にドキドキしちゃって…だってこんな、偽物とか本物とか、はっきりと話せる相手っていないでしょ?

だから、何も知らない相手にそんなこと言ってくる人となら、いいんじゃないかなって思って、思わず言っちゃったの。

いつも一緒にいる人たち、特に戸部っちに言ったら変な誤解を受けるかもしれないし、雪ノ下さんはそこまで読み取れるとは思わなかったし、小町ちゃんに言うわけにもいかないし、戸塚くんは多分、少しずれちゃう気がしたし。

ただそれだけのことで、それ以上のことじゃないの。

そうだね、言うなれば……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、俺は海老名さんと共に半刻ほどの時間をすごしたあとで、些細な依頼を受けてバンガローに戻った。

 頭の中は興奮しきっていたが、しかしすぐ眠りにつくことができた。どこかスッキリしたものがあったからだろう。

 

 翌日の朝、海老名さんは俺といつも通りの、つまり全く相手のことを気にかけてない距離感であった。そして、俺もいつも通りに振る舞った。

 互いのことなど遠目でしか目に入ってないような距離感で、しかしそれは俺達にとってちょうどいい距離感であった。

 

 疲れ果てた体で小町とともに家路につき自分の部屋のベットに倒れこむと、メールが一件きていた。

 そこには、日付と、集合時間が記されていた。

 カレンダーを見れば、その日は夏祭りがある日だった。

 それは俺にとっては毎年小町と遊びに行く大切な日で、夏休み中もしょっちゅう遊んでいるリア充にとっては少しだけ特別な思い出作りにもってこいの、それなりに大きな行事であった。

 そのメールに対し、既読を知らせるためだけの空メールを送り返すと、俺は毛布に包まり、目を瞑った。

 

 期待に胸を膨らます、なんて、柄にもないことで興奮している自分を隠しこもうと、そう考えたからだった。

 

 

 




題名の通りワンナイトラブを想像して作りました
その場合、最後の方は下ネタチックにも解釈できますね、狙ってます

表現の仕方の指摘、改善があると幸いです

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